血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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二つ目です。よろしくお願いします。
交渉会議の裏でアンツィオの学園艦では……?


第121話 アンツィオ編 もはやこれまで

一つ仕事が終われば次なる仕事。私にはまだまだやることが山積みであった。まずは明後日交渉の為に継続へと派遣する人員を決めなくてはならない。誰がいいだろうか。おそらくはここにいる誰かになることは間違いない。だが、ここで人選を間違えると大変なことになる。なるべく計算高くてなおかつ社交的な人物がいいだろう。そう考えると、思い当たる人物は一人だ。総務班班長の依田さん。この人以外はいない。副使は依田さん自身に指名させよう。私は依田さんのデスクに行って対策本部の隣の空き教室に来るよう呼び出した。彼女は少し不安そうな顔をして後ろをついてくる。何か怒られるとでも思っているのだろうか。それとも、何か粗相をして隠していたことがバレてしまったと勘違いしているのだろうか。ともかく、今回は説教ではない。とはいえ、重大な事案であるので真剣な表情をしながら口を開いた。

 

「依田さん。継続に行ってくれませんか?」

 

「私がですか?構いませんけど、どうしてまた私が?」

 

「依田さんの今までの様子を見て総合的に判断しました。依田さんはいつも社交的で人に好印象を与えることができる。これは交渉に有利に働きます。それと、計算高さや説得する力もあります。その力を持つ依田さんならきっと少しでもいい条件で交渉をまとめることができると信じています。依田さんに学園の運命を託します。依田さんを全権大使として任命します。」

 

「わかりました。そういうことなら継続に行きます。私に任せてください。少しでも良い条件を相手から引き出して帰ってきます。」

 

「期待しています。あと、他に副使を一人任命して一緒に行ってください。今日はもう何もしなくていいので、明日の準備を一緒にしましょう。」

 

「はい。わかりました。」

 

私たちは早速交渉の内容について吟味を始めた。交渉するといっても私たちは決して勝っているわけではない。むしろ負けているのだ。無論こちらは宣戦布告などした覚えもなければ直接の交戦した覚えもない極めて理不尽かつ不正な武力攻撃だが。もちろん今回はとりあえずは相手の話を聞くだけである。しかし、降伏しなければならないという事態が起きることも十分予想できる。ならば、こちらの条件も考えておかなくてはならない。しかし、その際に相手が私たちに有利な条件を何個も飲んでくれることはありえないということは当然のことであった。最低限の条件に抑えなくてはならない。私たちはその条件についてとりあえず二人で考えた。だが、たった一つだけの条件を決めるのにそこまで時間はかからなかった。市民の安全を条件とすることにした。後で会議で皆に諮ることにしよう。恐らく、皆も反対はしないと思う。さて、会見も終わって平沼さんと河村さんが戻ってきたところで明日の交渉について確認等をするために会議を招集した。議題はもちろん、交渉会議についてである。先ほどの条件については皆も特に反対することなく、全員賛成という形となった。また、継続には依田さんを全権大使として、依田さんが指名した田上さんを副使として派遣することについて異議があるか諮ったが、それも特に問題になることなく承認され、正式に任命された。その他、交渉の結果がどうなったのかこちらが確認する方法についての話になった。アンツィオの学園艦では未だに修理が終わっておらず外部と交信する手段がなかった。そこで、代替え手段として継続での交渉の結果の通達はラジオの短波による乱数放送で内容を伝え、期限を設定し回答はこの間と同じように発光信号で行うことにした。そのような細々とした確認事項など最終確認を行って会議は解散した。さて、あとやることは明日来る予定の全日本航空高校の輸送機の受け入れ準備だろうか。私は街から少し外れたところにある未だ無傷のメイン道路に誘導灯を設置した。さて、これで後は明日を待つばかりである。その後、しばらく通常業務についたが、昨日徹夜だったからか夜21時くらいには急速に眠気を感じ、眠りについた。

次の日の朝になった。私たちはいつもの通り朝礼を行なった。どうやらまだ航空機は到着していないようだ。時間が惜しい到着するまではこちらの仕事をしていよう。3時間後の9時30分頃、空に轟音が響いた。空を見てみると見慣れぬ飛行機が超低空で飛行し昨日誘導灯を設置したところに着陸した。全日本航空高校の飛行機だ。私は急いで依田さんと田上さんとともに着陸場所へと向かった。30分ほど走ると小型の輸送機が見えてきた。遠くで誰かが手を振っている。私たちはより一層走ってその人のところに向かった。

 

「全日本航空高校の方ですか?」

 

私が尋ねると相手は姿勢を正して手を差し出しながら元気よく言った。

 

「はい!全日本航空高校の飯島美優です!本日機長を努めます!よろしくお願いします!安全運航でお送りさせていただきます!」

 

「こちらこそよろしくお願いします。私は落合陽菜美です。代理でアンツィオの責任者を務めています。こちらは本日使者として向かう依田と田上です。本日はお世話になります。」

 

私たちはそれぞれ握手を交わして簡単な挨拶をすませると飯島さんはすぐに離陸するのですぐに乗り込むように言った。

 

「それでは、行ってきます!」

 

「学園艦の未来は依田さん、田上さんあなたたちの双肩にかかっています。どうかよろしく頼みます。」

 

「「はい!」」

 

彼女たちは力強く返事をして輸送機に乗り込んだ。私は満足気に頷いて少し離れた場所から離陸を見送った。どうにか頼む。この学園を救える道を切り開いてほしい。どうか彼女たちに力を。私にはそう願うことしかできない。私は無意識に手を教会で祈るときのように組み合わせてまさしく神といわれる概念に祈っていた。

依田さんたちが継続へ向かって2時間後のことである。私は対策本部で仕事をしていた。二人はそろそろ継続に着いてる頃かと思っていたときだった。突然爆音とものすごい揺れを感じた。

 

「なに!?なにが起きたの!?」

 

私は慌てて窓のそばに駆け寄る。すると、西市街地付近で真っ黒な煙が上がっていた。目の前に広がる現実から導き出される解は一つ。またやってきたのだ。無防備で無抵抗の市民を狙った最悪の攻撃。そう無差別空襲だ。空を見上げるとやはりだ。あの時、私のかけがえのない戦友たちを失った日に見た忌々しい知波単の爆撃機が西市街地の住宅密集地付近で爆弾を投下していた。しかも戦闘機までくっついてきている。見えるだけでも爆撃機は30機、戦闘機は20機ほどいるだろうか。見えないところにもまだまだたくさんいるだろう。まだやるのか。まだ殺したりないのか。一体どれだけ殺せば気がすむのだろうか。私たちはどれだけ反乱軍、そして知波単の悪魔たちが持つとどまる所を知らない悪意に甚振られればいいのだろうか。第一、私たちは要求に従って交渉を受け入れたはずだ。それなのに攻撃するとはどういう了見だろうか。私の心は怒りと憎しみで支配されそうになったが、何とか抑えて深呼吸をして皆に姿勢を低くして机に潜るように指示をした。空襲は約30分間に及んだ。執拗に爆弾を落としていく。どうやら今回の攻撃目標は西市街地で当該地区を完全に壊滅させることを狙っているらしい。机の下に蹲りながらも窓を見上げると爆撃機は西市街地付近で爆弾を投下すると旋回して去っていくのが見えた。こちらには向かってくる気配がない。爆弾の炸裂音が響く中、私はあることに気がついた。空襲警報のサイレンが未だに全く鳴っていないのだ。一体なにがどうなってる?なぜ、こんなことになっているのに鳴らさないのか。私は監視担当官の怠慢に怒りを覚えた。そう思っているとようやく空襲警報の不気味なサイレンが街に鳴り響いた。今更サイレンを鳴らしたところでもう遅い。一体何人の命が失われたのだろう。サイレンがしっかり鳴らされていれば失われなかった命かもしれないのに。これは大変な被害になる。私は過酷すぎる現実と更なる悲劇に向き合う覚悟を決めたのであった。爆弾の炸裂音がやみ、ようやく空襲が終わったと思って机から這い出たところで今度は機銃の雨あられが浴びせかけられた。私たちはまたしても机の下に縮こまる。知波単の爆撃機と戦闘機は爆弾と銃弾で蹂躙の限りを尽くした末に去っていった。私はもう一度机から這い出して、皆を集め被害状況の確認を指示した。それはそれは酷い状況だったことは言うまでもない。報告によると炸裂痕のクレーターが何個もできていて、街は瓦礫だらけで砂塵にまみれなにもなくなっており、辺り一面360度瓦礫とクレーターだけであり、建物の形として成り立っているものは何一つない。あっても壁の一部だけだ。何かに引火したのか火の手も上がっているようだ。一体この西市街地という狭い範囲内にどのくらいの量の爆弾が注ぎ込まれたのであろうか。報告される現実から膨大な量であったことがわかる。その地区が今や全員避難してゴーストタウンと化していたならまだよかった。しかし、その地区には一時帰宅者が多くいた。理由は片付けのためや自分の寮や家は前回の空襲の被害を免れたからなど様々だ。今回の空襲に巻き込まれた者が多くいるのは想像に難くなかった。更に最悪なのは今回、空襲警報のサイレンが鳴らなかったことだ。後々、なぜ鳴らさなかったのか監視官に問い詰めると真相は次のようなものだった。その日はどうやら曇っていたようで爆撃機に気がつかず、爆撃機に気づいたのは爆弾が投下され始めてからだったので対応に遅れたとのことだった。知らされなければ逃げられないのは当然である。まさに神様のいたずらと言ってもいい偶然に偶然が重なって被害は拡大したのだ。この日の空襲の死者は1000人を超えるとも言われているが30年経った今でも詳細な犠牲者数は不明だ。この空襲があった日は怪我人の救護などに忙殺されて終わった。さて、大規模空襲があった次の日、この日は反乱軍との交渉会議が行われている。そしてその結果が夕方17時30分に乱数短波ラジオにて知らされる日だった。この日も、昨日の空襲の被害者に対する業務を行っていた。その日の昼間のことだった。空襲警報のサイレンが鳴った。空を確認すると今度は十数機の戦闘機の編隊が見えた。その戦闘機集団はまたしても機銃掃射を行って飛び去っていった。この空襲で今度は15人が犠牲になった。私は継続高校へ反乱軍との交渉にあたる使者を派遣したその日から空襲は収まるかと予想していたが全く真逆の結果になった。私はこの執拗に繰り返される空襲に対して今まで感じたことがないものすごく嫌な胸騒ぎを感じた。この胸騒ぎは何だろうか。これよりも更にとても悪いことが起きる予感がしていた。この日も私たちは昨日の空襲被害者の救済に加えて更なる被害者への救済に忙殺され、あっという間にその日の夕方17時25分、継続からの乱数短波ラジオが放送される5分前になった。被害者の救済が一時中断するのは心苦しいが、重大な放送である。聞き逃すわけにはいかない。私は心の中で許しを請い、乱数表を睨みながらラジオのスピーカーに耳をそばだてていた。やがて17時30分放送時間になる。淡々とした女性の声がラジオからは聞こえてきた。ラジオは乱数表の組番号と乱数表に記載された番号を5回ほど告げて放送を終えた。その内容を文章に直す。すると、今回の会議で反乱軍の外交官から突きつけられた条件の全容が明らかになった。その内容は以下の通りである。

 

第1条 アンツィオは生徒会三役等の指導者層及び教員ら知識人層を直ちに大洗女子学園反乱軍に引き渡すこと

第2条 アンツィオは戦車道隊員と戦車を全て引き渡すこと

第3条 アンツィオは大洗女子学園反乱軍へ統治権全権を引き渡すこと

第4条 アンツィオ高校に発令されている諸命令・法律・憲章等は全て効力を失効する

第5条 アンツィオ高校学園艦市民は市民権等の権利が剥奪される

第6条 アンツィオ高校は大洗女子学園反乱軍から派遣される総督によって支配され総督府を設置する

第7条 アンツィオ高校の外交権及び徴税権は大洗女子学園反乱軍に委任される

第8条 その他補足事項、改正などは大洗女子学園反乱軍の要求により行われ、アンツィオ側からの改正は不可能である

 

なるほど。そういうことか。私はこの条件を見て全てを理解した。なぜ知波単学園は使者派遣以降、執拗な空襲を行なったのか。知波単は私たちを度重なる空襲で心理的に追い込み、疲弊させてこの決して受け入れ難い条件を丸呑みさせることを狙っていたのだ。数字から文字へと直し終えた要求文章を思わず握りつぶし、拳を机に叩きつける。私は臨時会議を招集した。この条件を検討することができるタイムリミットは0時0分だ。今から6時間後までに意見をまとめて回答しなくてはならない。しかし、会議は予想通り紛糾した。徹底抗戦か降伏か。どちらを取っても非常に危険だということは理解できていた。だからこそどうすればいいのか私たちは抜け出せない迷路で迷走したのである。しかし、夜21時頃終わりの見えなかった会議を大きく動かすできごとが起きた。今日2度目の空襲警報が鳴ったのだ。その後すぐに暗い空からキラキラ、ゆらゆらと火の雨が南市街地方面に降ってきた。火の雨は地上に落ちて徐々に火の海へと変わった。焼夷弾による無差別空襲だ。私たちはそれを呆然と見ていた。この空襲はダメ押しとなった。これ以上、生徒や市民への犠牲を出すわけにはいかない。私たちはこの学園の生徒、市民を守るという義務がある。もし、降伏して私たちが捕虜になり反乱軍に殺されることになったとしても市民が救われるならそれでいい。私は静かに口を開いた。

 

「もはやこれまでです。市民の安全が保障されるのであれば降伏すると回答しましょう。これ以上の犠牲は……許されません……無念ですが……降伏した末に私たちが殺されるとしても多くの生徒、市民が救われるなら公人たる私たちは喜んでその命を捧げるべきです。」

 

会議に参加していた各班長たちは涙を流しながら頷いた。皮肉にも空襲によって私たちの意見は一つにまとまった私たちは火の海を眼下に見ながら0時0分回答の確認にやってきた全日本航空高校の飛行機に向かって発光信号で通達した。これで明日の会議で双方に承認され、使者が双方署名すればようやく泥沼の戦いは終わりを告げる。しかし、その後にやってくるものは何だろうか。私にはその先は何も見えなかった。学園艦には消防車のサイレンが虚しく鳴り響いていた。

さて、この後どうなったかといえば、この空襲により南市街地は焦土と化し壊滅したが、西市街地を壊滅させた空襲を受けて一切の一時帰宅を禁じていたので人的被害は出なかった。交渉については当然降伏は受け入れられたようで翌日の昼12時ちょうど、乱数短波ラジオで降伏文書に調印したと通達があった。それを受け、降伏をするということを市民へと伝えるために臨時記者会見を行うことにした。いつものように河村さんに準備するように指示を出す。今まで多くの記者会見に臨んできたが今日ほど嫌な会見はない。今までだって辛いことを記者会見で生徒たちに説明してきたが今回ばかりはどう説明すれば納得してもらえるかずっと考えていた。しかし、何かを取り繕っても現実に変わりはない。落ち着いて行動してもらうためには現状を丁寧に説明して納得してもらうしかない。私は姿勢を正しながら会場に入室して多くの記者を前にして壇上に立って一礼しておもむろに口を開いた。

 

「本日12時、アンツィオ高等学校学園艦は現状を鑑み大洗反乱軍及び知波単学園に降伏しました。先日の度重なる空襲を始め、敵は残虐な無差別攻撃を行ない、アンツィオ高等学校学園艦を焦土に変え滅ぼすことも辞さない構えです。私たちもこれ以上市民の皆様の犠牲を出すわけにはいきません。皆様の今までの献身に感謝するとともに私たちの力不足で多くの命を奪われ生活が破壊され降伏という結果になってしまったことについてお詫び申し上げます。私たちは最後の最後まで市民の皆様の安全が保障されるという条件を確実に履行するよう大洗反乱軍側に求めてまいります。どうか皆様におかれましては落ち着いて行動していただくようお願い申し上げます。また、これから占領軍がアンツィオ高等学校学園艦に乗艦してくるものと思われますが政務の引き継ぎ等が行われるまでのしばらくの間、無意味な衝突等、治安悪化を避けるため戒厳令を発令します。そのため、今から1時間後から引き継ぎが完了するまでの間、一切の外出を禁じます。ご協力よろしくお願いします。私からは以上です。質問は河村が受け付けます。私は他の職務がありますので失礼します。」

 

なるべく丁寧にゆっくりと言い聞かせるように告げた。記者の顔は愕然としていた。まさか、降伏の二文字が出てくるとは思っても見なかったのだろう。しかし、それが現実なのだ。どうか皆、わかってほしい。そう願いながら私は対策本部へと戻っていった。立ち去る前に後ろをちらりと見てみるといつも以上に記者たちは熱心に質問していた。さて、その日の様子を詳しく述べておこう。その日は戒厳令を出したためか特に何か混乱があるわけでもなく、いつもとは違う静かな日が流れていった。いや、もはやこの学園はやがて降伏するだろうということは度重なる空襲から理解していたのかもしれない。ともかくその日は平和であった。久しぶりに空襲に怯えることない一日を過ごした。外には出ることはできなかったが部屋の中でゆったりと過ごした。皆、これから何が起きるかはあえて考えないようにしていたように思える。とりあえずは今、目の前にようやく姿を現した久しぶりの平和を楽しんだのであった。しかし、そんな平和はすぐに消え去った。戦争の終わりは新たな地獄の幕開けであった。次の日、可憐な悪魔は大軍勢を率いて何の前触れも通達もなくこのアンツィオの地に降り立ったのである。それは新たな蹂躙と破壊、そして殺戮の始まりであった。

 

つづく


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