生徒会長が、地獄を味わっていた頃、彼女はまた別の地獄を味わっていたようです。
そして今日は桃ちゃんの誕生日です。この血塗られた戦車道の世界にはもういませんが、お誕生日おめでとうございます。
あの日、降伏文書調印式の後、会長が処刑を強制的に執行させられている時、私はあの女悪魔西住みほの配下であると思われる黒服の連中に小突き回され、銃を突きつけられながら会長とは別の場所に連行されていた。連行される途中で、反乱軍との熾烈な戦場になった街区も通った。ついこの間まで家々が建ち並び、学生たちの元気のいい声が響いて、それに緑もあってキラキラと色とりどりに輝いていた素敵な街区だった。でも、その街区は今はもうない。何もない。何一つ残っていない。面影さえも残っていない。あるものはかつて人々が生活していた家であった瓦礫とそこに何かが建っていたと思わせる家か何かの基礎だけだ。それさえも怪しい場所もいくつかある。他は綺麗さっぱり砲弾でやられていた。私が愛した学園艦の、決して特別なものではなかったけれど、確かにそこにあって、ずっと私たちを温かく見守っていてくれたはずの街はもうどこにもなかった。灰色と黒色に染まった色のない街は私の心をひどく傷つけて、今にも泣き崩れてしまいそうだったけれど、私は努めて強く振る舞った。ここで、泣いてしまったら負けだと思ったからだ。例え、今は何も無くなってしまっても、あの女悪魔が大洗学園艦からその魂を消し去ろうとしても、生きてさえいれば何とかなる。そう信じていた。武力では勝てないが、皆が心の片隅で少しでもこの学園艦のことを思っていてくれたならきっといつかはこの学園艦は力強く復活することだろう。そう信じていた。そう簡単には諦めない。私は強く拳を握りしめて心の中で誓っていた。だから、連行される時も俯いたりせずに真っ直ぐに前だけを見据えて力強い足取りで歩いていた。希望を忘れなければ、きっとこの学園艦は蘇ることができると信じて。とはいえ、このままずっと頭に拳銃を突きつけられたまま、わけもわからずに連れていかれるのも気に入らない。私は前を見据えたまま一つ深い息を吐いて私の隣で歩調を合わせながらぴったりと拳銃を私のこめかみに突きつけている短髪の少女に話しかけた。
「私をどこに連れて行くつもりですか?」
少女は突然話しかけられてピタリと動きを止めて少し驚いたような顔をした。まあ、当然の反応であろう。普通は拳銃を突きつけている相手と仲良くお話ししようなどと思う変人はそうそういない。声をかけたら即座に撃たれそうなものである。しかし、私は彼女に話しかけた。彼女にとってもそれは想定外の事であったと見える。だが、彼女はすぐに気を取り直して蔑んだ笑みを浮かべた。そしてゆっくりとにじり寄ると私の耳にぴったりと唇をくっつけて囁く。
「生きては出られないこの世の地獄さ。」
「生きては出られないってどういう意味?」
再び私が尋ねると、彼女は高く笑ってからかうような顔で私の顔を覗き込む。
「あっははは!さあね?私も詳しくは知らないよ。でも、文字通り遅かれ早かれ必ず死ぬってことさ。」
私は少女の答えに怒りを覚えた。許せない。人としてこんなことは間違っている。なぜ、それを平気な顔をしてやってのけることができるのか。私は唇を噛み、少女の顔を見たくなくて目を素早くそらした。もう我慢できない。私は撃たれることは覚悟の上で怒りに震える声で叫んだ。
「あなたたち!恥ずかしくないの?!こんなことして!人として!こんなこと間違ってる!自分たちが何やったかわかってるの!?」
その少女は少したじろいだように見えた。でも、彼女はすぐに冷酷な顔に戻ると銃を納めて私の頬を乱暴に掴み私の左側に広がる瓦礫だらけの焼け野原の方に向けさせて指をさした。彼女の指差す先を見ると何やら黒い塊がそこにはあった。
「あれが見えるか?何だと思う?」
「あれは……わかりません。」
私の答えに少女は嘲笑して耳元で囁く。
「人だよ。人間の焼死体だ。あそこにもある。ああ、あそこの街路樹には人間の首と脚と腕が引っかかってるな。」
「うっ……」
私はその凄惨な光景に思わず目を逸らそうとした。すると、少女は再び私のこめかみに銃を突きつけながら言った。
「目を逸らすな!あいつらはおまえたちが出撃させた兵隊たちだ。あいつらの末路をその目でしっかりと見ろ!おまえは聞いたな?私に人として恥ずかしくないのかと!では、逆に聞こう。おまえは私にあのようになれと言いたいのか!?あのように人間とは思えない姿で惨めに死ねと言いたいのか!?私が何でこんなことしてるか、教えてやろう!喜んでしているわけがない!死にたくないからだよ!死にたくないから、強い者に従うんだ!私たちは、おまえたちみたいに殺されるリスクを負ってまで正義を貫き通せるほど器用な性格じゃない!こいつも!こいつも!こいつも!こいつもみんなそうだ!みんな死にたくないからおまえたちよりも強い西住隊長に従っているんだ!他にどうすればいいと言うんだ!?」
彼女の心からの叫びに私は何も言うことができなかった。何か言葉を見つけようと考えて何とか言葉を紡ぎ出した。
「それでも……こんなこと……」
少女は私の言葉を遮って叫んだ。
「黙れ!もし、おまえがその信念を貫けるというのなら、今から行く場所で信念を貫いて見せろ!もし、それで生き残ることができたなら土下座でも何でもしてやる!だがな、断言してやる!おまえは絶対に私と同じ道を辿るはずだ!おまえは必ず私と同じ悪魔になるし自分が生きるためなら人を殺すようになるぞ!」
私は彼女を睨み、唇を噛みながら押し殺すような声で言った。
「それでも……私は負けない……絶対に……」
「ふんっ」
少女は銃を突きつけたまま鼻で笑った。そして再び、私を引っ張っていった。それから15分くらい歩いた頃だっただろうか。遠くに鉄条網が見えてきた。その鉄条網が見えたあたりから鼻にものすごい悪臭が飛び込んできた。その臭いは何とも形容しがたい臭いだ。強いて言うなら腐ったような臭いと言えるだろうか。私は思わず咳き込みながら口と鼻を抑える。更に200Mほど歩いていくと交差点に差し掛かった。その交差点は私たちが歩く細い道路と大きな道路が交わるところだったが、大きな道路から大勢の人たちが私たちと同じように黒服の集団に銃を向けられながらトボトボと歩いていたのが見えた。恐らく、彼女たちはあの女悪魔に捕らえられた者たちだろう。数百人はいた。私のこめかみに銃を突きつけている少女の指示で私に銃を向けていた他の少女が大きな道路を行く集団を監督している黒服の少女に何やら話しかけた。そして、話がまとまったのかこちらにやってくるとこめかみに銃を突きつけている少女に報告した。すると、その少女は頷き銃を下ろして私の耳元に顔を寄せると嘲笑を浮かべて囁く。
「ここでお別れだ。あの集団と一緒について行け。その先で地獄が待っている。おまえのそのくだらない意地で生き残ることができるかな?」
私は彼女を睨みつけて今度は強い口調で言った。
「私は絶対に負けません!どんなことがあっても!」
「ふんっ、おまえはあの人の……西住みほ隊長の本当の恐ろしさをまだ知らないからそんなことが言えるんだ。その信念がいつまで貫けるか、見ものだな。人間は案外弱くて汚い存在だ。」
彼女はそう吐き捨てると私から離れていった。私も大きな道路を歩いてきた満身創痍の集団と合流して、交差点から離れていった。その後、更に10分ほど歩いて私たちは物々しい雰囲気の大きな鉄の門扉の前に辿り着いた。近くには歩哨が2人、軽機関銃で武装して鋭くこちらを睨みながら立っていた。どうやら目的地はここのようだ。この時はこの場所が一体何をするところがわからなかったが、この場所こそ収容されたら生きては二度と出られないと言われ、"大洗のアウシュビッツ"だとか死への道に一番近い場所という意味合いで名付けられた"楽園"とか後に言われた大洗第一強制収容所であったのである。この大洗第一強制収容所は女子のみが収容された施設である。類似の施設として大洗第二強制収容所があるが、そこは男子専用の収容所だ。他にもアンツィオなどにも設置されていたらしい。これらの収容所はいずれも被収容者を殺害することのみを目的とした絶滅施設であった。主に、これらの収容所の被収容者は教職員や生徒会関係者、そして生きる価値が無いとされた何の罪もない普通の生徒や市民たちだったのである。
さて、話を元に戻そう。私たちが到着すると、門の前を警備していた歩哨が門を開けた。鉄の門扉がギイっと大きな音を立てて開く。黒服の少女たちは私たちに中に入り、更にまっすぐ進むように命じた。相手が銃を持っている以上抵抗するわけにもいかないので私たちは素直に従い門の中に入り、真っ直ぐに歩みを進めた。いくつかの建物の横を通り過ぎ、大きな広場のような所に出た。その広場には看守と思われる私たちを連行してきた者たちとは別の獰猛そうな猟犬を連れてライフルを担いだ何十人もの黒服の少女と何人かの黒い服の上に白衣を着た人物、そして縞模様の服を着た丸刈りの少女たちが何人か待ち構えていた。猟犬たちは私たちの姿が見えると激しく吠え始める。その時だった。
「早くしろ!蛆虫ども!」
一番真ん中にいた看守のリーダーらしき少女が拳銃の銃口を上に向けて発砲しながら叫んだ。私たちは命の危機を感じて自然と駆け足で看守たちの元へと集合した。私たちが完全に集合すると看守のリーダーは満足そうに手を後ろで組み胸を張って口を開いた。
「囚人諸君!地獄へようこそ。今から選別を行う!手荷物を持っている者はその場に置いていけ!」
看守のリーダーはそう言い終わると白衣の人物たちと目配せして"選別"を始めた。後に知ったことだが、ここでは囚人たちの健康状態などを基に即座にガス殺・射殺・絞殺される者、人体実験の検体、労働者に分けられていた。選別を担当するのは白衣の人物たちだ。白衣の人物たちは分厚いファイルを手にして一人一人の顔を見て一番前から順番に素早く3つの別々のグループに分けていた。私は一番後ろに並んでいたのでかなり時間がかかった。家族や友人と一緒に収容された者たちは別々に分けられた囚人たちもいたようで悲鳴のような声を上げながら黒服の少女たちに懇願していたがその声が聞き届けられることはなく、怒鳴り声をあげながら無理矢理に引き離れさせられていた。猟犬の激しい吠声と怒鳴り声と悲鳴が響き渡る中、友人も誰もいない私はじっとして選別されるのを待っていた。どうなるのかもわからない運命の中で凄まじい動悸が止まらなくて今にも倒れそうだった。そして、私の近くにも白衣の人物がやってきた。私は、怖くて目を伏せていた。すると、私の目の前に現れたその人は私の耳元に顔を近づけて囁いた。
「副会長。久しぶりだな。無事で何よりだ。」
「え……?」
私は驚いてその人の顔を見ようとした。その人の声は何処かで聞いたことがあるような気がした。しかし、その人は手でそれを制してそのままの体勢でさらに私の耳元で囁く。
「そのままだ。動くな。怪しまれる。副会長は私が必ず助ける。私は副会長を助けるためにここにきた。いいか、よく聞いてくれ。副会長はこのままここのグループにいるんだ。副会長のグループは労働のグループだ。他の2つのグループよりは長生きできる。だが、それでもいつまで生きられるかわからない。だから、少しでも命を伸ばすために副会長はここの看守どもに"特殊任務班に志願します"と言うんだ。そうすれば、更に長く生きられる。だが、それでもここにいればいずれは殺される。だから、その前に折を見て私が必ずこの地獄から助け出す。だからそれまで、辛いだろうが看守どもから何を言われても言うことを聞くんだ。絶対に反抗したり抵抗したりするな。」
そう言うとその人は離れていった。私はサッと顔を上げてその人の顔を見ようとした。その人は後ろ姿は小さくて黒髪が綺麗な白衣の少女だった。私はずっとそちらの方を見ているとその人の横顔が見えた。やっぱりだ。私はその人のことを知っていた。冷泉麻子。あの女悪魔、西住みほの
「おまえたちは運がいい。おまえたちはあの2つのグループのやつらと違ってしばらく生きられる。さて、おまえたちにはこの後、管理番号の刺青と散髪を行う!着いて来い。」
彼女はそう言うと、私たちは大きな建物に連れていかれた。私たちはそこで服を脱がされて、改めて健康診断を受けた。私はそこで看守に冷泉麻子に言われた通り、特殊任務班に志願する旨を知らせた。すると、看守は了承して別途指示を待つように言われた。そして、健康診断が終わった後、用意されていた縞模様の囚人服に着替えて、別の建物に移動した。そこで、私たちと同じような格好をした少女たちに頭髪をバリカンで丸刈りにされた。辺りには無数の髪の毛が落ちていた。さらに腕には管理番号の刺青をされた。あの刺青の痛みは忘れられない。私の腕には未だにあの時に入れられた英文字と番号の刺青が残っている。私はこれを以って"小山柚子"という名前から"A12051"に変わった。こうして、私の地獄のような日々は始まった。私はこの絶滅収容所で人間が極限まで追い込まれ理性を失うとどうなるかをつぶさに見た。生きるためには手段を選ばない人間の汚く醜い姿は30年経った今でも脳に焼き付いて忘れることはできない。また、私もその例に漏れず誓ったことを忘れて生きるために理性を忘れ本能剥き出しの獣と化していったのであった。
つづく
タイトルについてあとがきとして解説します。
ここでいう楽園は作中であるように死に一番近い場所という表現で楽園としています。この収容所は地獄そのものですが、楽園=死後の世界としてその死後の世界にいち早く行ける場所という意味合いを持たせてこのようなタイトルにしてみました。
それでは次回またお会いしましょう。
次回はまたツイッターや活動報告などでお知らせいたします。随時ご確認いただけると幸いです。