血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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小山柚子が収容された収容所ではどんな生活が待っているのでしょうか?


第127話 管理番号A12051としての生活

私が収容所に連行され名前を失い、"A12051"これが私を表す呼称になったあの日に体験したことを話そうと思う。そこで私は西住みほという悪魔によって冒された人間たちの人間とは思えない姿をたくさん見た。

頭髪を丸刈りにされ管理番号の刺青を腕に彫られた後、再び広場に集合させられた。刺青を入れられた時に傷つけられて痛む腕をさすりながら私たちは速やかに並んだ。周りには小銃を手にした看守が囲む。逆らえば射殺されることは自明のことなので皆、抵抗することはなくそんなに時間がかかることもなく並び終わった。それを見ると看守のリーダーが丸刈りの少女を二人連れて前に立つ。

 

「おまえたちには早速労働してもらう!それに当たって二つのグループに分ける。今から呼ばれる番号のものは右に出ろ!呼ばれなかったものはそのまま残れ!」

 

私は、そのまま残るグループになった。私たち二つのグループはそれぞれ別の場所に向かわされた。右に出されたメンバーで構成されたグループは収容所の外へと消えていった。後で夕方に戻ってきたメンバーに聞くと、破壊された瓦礫だらけの街区で復興のための瓦礫の撤去などを行なっていたらしい。さて、私たち収容所に残ったメンバーの任務は収容所の拡張、整備及び設備の建設だ。私たちを殺す設備を私たち自身でつくるのだ。何が悲しくて自分たちを殺す設備を自分たちのその手で奴隷のように働かされて作らなければならぬのか。だが、逆らえば命はない。何日生き延びることができるかわからないが、1日でも長く、そして冷泉さんが言った、「迎えに来る」というその日まで耐え忍ばなくてはならない。私たちは先程看守のリーダーに連れられてやってきた丸刈りの少女のうちの一人に先導されて工事現場までやってきた。その現場では既に多くの丸刈りの少女が奴隷のように強制労働をさせられていた。私たちを連れてきた丸刈りの少女は力のなく腕をあげると作業をしている方向を指差した。言葉にはしていないがどうやら始めろと言いたいらしい。私たちは困惑していた。何しろ道具が何もない。もともとこの地区は街区であるため多くの建物が建っていた。しかし、この街区は戦闘により完全に破壊されていたため辺りはコンクリートや鉄くずやガラスといった怪我をする恐れがある瓦礫がそこかしこに散乱していた。このような環境ではとても素手で作業をするのは不可能だ。私は皆を代表して私たちを連れてきた丸刈りの少女に尋ねる。

 

「あの……道具か何かは……?」

 

すると、私がすべての言葉を言い終わる前に遮るように言った。

 

「ないわよ。そんなもの、手でやれば良いでしょ?」

 

彼女は鋭い視線で私を睨む。よく見ると、彼女の手はひどく傷ついていた。彼女はかなり苛立った様子だった。当然だろう。ある程度長い間ここにいる自分たちでさえ道具を使えないのに、新入りの私たちが生意気にも道具を要求しているのである。これ以上、刺激をするようなことを言うともしかしたら何かとんでもない不利益を被る可能性が高いので大変不満だが、しのごの言わずに黙って作業を始めることにした。なるべく手が傷つかないように気をつけながら作業していたが、すぐに手に痛みが走った。これはやってしまったなと思って掌を見ると、案の定赤い血がぽたりぽたりと地面に向かって滴り落ちていた。かなり深い切り傷だった。地面を見てみると側にはカミソリの刃のように鋭い鉄くずが落ちている。どうやらこの鉄くずで手を切ってしまったようだ。これはまずい。とりあえず何はともあれ止血を試みる。何か布のようなものはないか傷口を抑えながら辺りを見回すとどうやら私は運が良かったようで瓦礫の下に破れた服を見つけた。どうやらここはもともと寮か住宅の跡だったようだ。埃だらけで薄汚れているがそれを裂いて手に強く巻きつける。一時しのぎにはなったが、こんな不潔な状態でいたら破傷風などの病気に冒されることになるだろう。そうなったら目も当てられない。もし、病気になどなったらどうなるか。価値のない人間として殺されるのがオチだ。ただでさえ人間扱いされておらず、いつでも殺していい対象とみなされている私たちをわざわざ治療してもらえるはずがない。私は手を見つめながらどうか病気にならないようにと祈った。私たちはとにかく黙々と必死に働いていた。周囲には小銃を持った看守が監視している。少しでもサボったらもしくはそのようにみなされたら射殺されることは火を見るよりも明らかだった。そう思われないように気を張って働いていた。しかし、人には体力というものがある。誰しもがそこまで長い間体力が持つかといえばそれは違う。奴隷のような強制労働が始まって3時間ほど経った頃だった。突然何かが倒れるような物音がした。振り返ると誰かが倒れている。その人は私たちよりも先にこの収容所に入っていた人だった。その人は働いている最中も苦しそうに喘いでいて酷く痩せていた。なんとか身体に鞭打って働いていた。体調が悪いことは誰の目から見ても明らかだった。そして、ついに彼女は限界を迎えてしまったのだ。すると、近くにいた看守の少女が鬼のような形相で駆け寄ってきた。そして、腰に下げた入れ物から鞭を出すと彼女の背中に向かって打ち付ける。彼女は悲鳴をあげた。

 

「お願いします……許してください……休ませてください……お願いします……」

 

彼女は苦しそうに喘ぎながら懇願する。しかし、看守の少女はホルスターから拳銃を取り出して後頭部に拳銃を突きつけた。

 

「この役立たずのゴキブリが!おまえのようなゴミクズはこうしてやる!」

 

看守は引き金を引く。先輩の少女は血を流して物を言わぬ亡骸となった。それは私の目の前で行われたが、私にはその実感があまり湧かなかった。人間というものはこんなにあっけなく死ぬのかと何か感心に近いような感情を抱くと同時にこの看守は何をし出すかわからないという恐ろしさ、そして次は私なのではないかという恐怖が湧き上がってくる。私はその突発的に起こった処刑が行われている時、無意識のうちに手を止めていたが、これを見られたら何をされるかわからない。私も処刑されるかもしれない。ハッと我に返って大げさに手を動かし始めた。すると、後ろに誰かが迫ってくる気配がした。私の全身に冷や汗が流れる。唾を飲み込みながらどうか私ではないようにと祈る。しかし、その祈りは無残にも打ち砕かれる。

 

「おい!おまえ。」

 

私に声をかけて私の肩を叩いてきたのは先輩収容者を射殺したのはあの看守だった。私はガチガチになりながら振り返る。

 

「はい!なんでしょう?!」

 

私はとんでもない緊張で声が裏返りながら答えた。すると、その看守は拳銃を弄びながら可哀想な先輩収容者を指差して命じた。

 

「おまえ新入りだな?あれを片付けておけ!」

 

「はい!わかりました!」

 

私は声を震わせながら答える。そんな私のビクビク怯える姿が面白いのか看守はくすくすと笑った。そして、別の先輩収容者に声をかける。

 

「おまえ、こいつを焼却炉まで案内してやれ。」

 

「はい。」

 

彼女は短く返事をすると駆け足でその少女は遺体のそばに寄ってくると頭を持ち上げる私も慌てて脚を持った。遺体の重みがずっしりと私の腕に伝わる。私たちは歩調を合わせて焼却炉まで運んだ。その道中で少し緊張が途切れた私は泣き出してしまった。この遺体が明日は私かもしれないと思うと泣かずにはいられなかった。堪えようとしても無駄だった。一度溢れた涙は止まらなかった。一方一緒に運んでいる彼女は全くの無表情だった。まるで何もかもを忘れてしまってどこかに置いてきてしまったようだった。しばらく何の反応も示さなかった彼女だが私の顔を一度だけちらりとみると再び前を向いて口を開いた。

 

「あなたたちは良いわね。まだ正気で。ここにいる人たちはみんな狂ってしまっている。ねえ、何で看守たちがこんなことをやれるのか、私たちがこんなにも無関心でいられるのか、あなたにはきっと理解できないでしょうね。でも、あれを見て。あれなんだかわかる?」

 

私たちの前に山のようなものが現れた。何かはわからないが何かがうず高く積まれている。その近くで何人かが作業をしていた。遠くからでも囚人服がよく目立つ。彼女たちも私たちと同胞、つまりは被収容者のようだった。そのうちの2人が手に何かを持ちながらその山に近づいてくる。よく見てみるとどうやら手に持っているものは人間の形をした何からしい。あれはマネキンかなにかの山だろうかと思ってさらに近づいてみるとそれは全て人間の遺体だった。人間の遺体がそこには山のように積まれていて、その近くにかまどのような焼却炉があった。

 

「こ、これは……!」

 

私は思わず口を手で押さえた。吐き気が込み上げてくる。彼女は遺体の山を指差す。

 

「これが答えよ。これだけ大勢が毎日死んでるとね、慣れてくるの。誰かが死ぬのも殺されるのも。そして、それは看守も同じ。みんな殺し慣れてしまうの。そうするとまるで作業のようになってしまうのよ。その結果があれね。人間って恐ろしい生き物なのよ。慣れてしまえば人を殺すことさえ簡単なことなのよ。」

 

彼女はそう言うと遺体を山のてっぺんに放り投げて回れ右して現場に戻っていった。私も彼女の後を彼女に言われた言葉を噛み締めながら追いかけた。私も慣れてしまうとそうなってしまうのだろうかと死が日常に当たり前のようにあると何も感じなくなるのかと思うと薄ら寒くなるような感覚を覚えた。元の現場に戻った私たちはその後も黙々と働いた。その日は何とかそれ以降は何も起こることがなく、正確には不明だが約10時間ほどの休憩なしの奴隷のような強制労働を乗り切ることができた。だが、この後がまた大変だった。その後、私たちは即座に解散して寝て良しとなるわけではない。その後に点呼があるのだ。全員揃ったことが確認されるまでずっと気をつけの姿勢で立っていなくてはならない。1人でも行方不明ならば見つかるまでそのままだ。足が棒になりそうなくらい働いた挙句、通常の時でも一番短くて点呼は1時間かかるのでそれまでずっと直立不動だ。今回は幸いなことに行方不明者もなく、全員が揃ったことが確認され、1時間ほどで解散になった。その後に夕食だ。夕食は私たちの寝床であるバラック小屋のような粗末な建物で配られた。しかし、収容所の食事はとても食事とは思えないものだった。固くて質の悪いパン一切れとマーガリンが少し、それだけだった。とてもカロリーが足りない。射殺された少女が倒れ、あれだけ大勢が亡くなるのも無理もないことだった。食事の分量はとてもではないが足りないしあれだけ働いて汗も大量にかいたのに水の支給も全くなかった。なぜ、水の支給がなかったのか、それは上水道が戦闘や爆撃によって破壊されてしまったからである。だから、支給が不可能だったと言う事情があったが、これだけ多くの人間を管理するのだから整備するのは当たり前のことなのになぜか整備が遅れていた。さらに、最悪なことに食事のパンは口の中から水分を容赦なく奪っていき、喉はもはや限界に近かった。喉の渇きと格闘しながら何とか食事をとり終わるとその日最後の点呼が行われるそのバラック小屋から全員が外に出されて点呼を受ける。それもまた、終わるまで直立不動の姿勢でいなければならない。幸い誰1人として行方不明者はおらず早く終わった。ようやく就寝だ。私はこのバラック小屋のリーダーである収容者が割り振ってくれた入り口に一番近い木でできた三段ベッドの一番下に潜り込む。ベッドといっても敷布団がわりに藁が敷いてあり掛け布団はボロボロの麻布というとてもベッドとは思えぬものだった。やがて消灯となり、バラック小屋の電気を含め必要最低限の電気以外全て消えた。明日は朝早いし早く寝て重労働に備えようと目を閉じた。その時だった。複数の銃声が聞こえてきた。すると、バラック小屋のあちこちからヒソヒソと何かを話す声が聞こえてきた。その声によく耳をそばだててみるとこんなことを言っていた。

 

「ねえ、今日もやられたみたいよ。」

 

「そうね。早く行きましょう。私たちの分がなくなるよ。」

 

「やっとありつけるね。もう喉がカラカラだよ。」

 

その声たちはそう言うと物音がして私の横を誰かが通ったような気配がした。彼女たちの話を聞いていると推測だが水にありつけるらしい。喉がカラカラで耐えきれなかった私はそっと起き出してその収容者たちの後についていった。消灯後に抜け出した収容者は3人、私含めると4人だ。見つかったら射殺されるかもしれない危険な賭けだ。だが、喉の渇きを潤すという欲求に負けた。これは生理的な欲求だから仕方のないことである。3人の収容者たちは収容所の奥へ向かっていた。一体どこへ向かうのだろう3人とも物音を立てないように慎重にかつ早足で歩く。私も必死でついていく。やがて、しばらくすると壁のようなものがある場所が見えてきた。どうやらここが目的地のようだ。収容者たちは辺りを見回すとしゃがみこみ何かに触れるような仕草をする。

 

「うん。まだ暖かい。」

 

それを確認すると同じく2人ともしゃがみこんで他の場所を触れるような仕草をして3人とも地面近くに顔を近づけた。何をしているのかここからではよく見えないので近づいてみるとだんだん全容が明らかになってきた。彼女たちの側には人間の形をした何かが倒れていてそれに顔を近づけていた。

 

「なに……してるんですか……?こんなところで……」

 

私は怯えたような声でその人たちに声をかけると3人ともびくりと身体を震わせて驚いたような顔でこちらを見た。

 

「なんだ。びっくりさせないでよ。あなただったの。えっと、水分補給よ。あなたもどう?」

 

彼女は奥を指差す。奥には別の人間の形をした何かが倒れていた。ああ、なるほどそういうことかと私は理解した。つまりここは処刑場でこの壁の前で銃殺が行われているのだろう。そして、先ほどの銃声はまさしくこの場所で処刑が行われた音で彼女たちはその犠牲者の血を啜りに来ているのだ。私は吐き気と同時にゴクリと喉を鳴らす。彼女たちはピチャピチャといかにも美味しそうに血を啜っていた。私はもう耐えきれなかった。理性など完全に吹き飛んで気がついたら私も一緒になって犠牲者の遺体に貪りついて犠牲者の胸のあたりから流れ出る血を啜っていた。口の中にはあの血の独特な鉄の味が溢れていた。だが、それと同時にカラカラの砂漠のようになった喉が潤される快感も味わっていた。美味しかった。身震いするほどに美味しかった。今までにこんなに美味しいものは飲んだことがないというほどだ。あの味は一生忘れない。その日は蒸し暑い日だったので喉が限界だったのだろう。私は私の行動が信じられなかった。ここまで堕ちたのかと涙も出てくる。でもやめられなかった。私は動かない少女の亡骸の銃創に唇をくっつけて顔を真っ赤に染めながら喉を鳴らして飲んでいた。これが私が獣への道の第一歩を踏み出し、人間の道を踏み外し始めるきっかけとなったと知るのはまだ後の話である。西住みほ、彼女は普通の優しい女の子だったはずだ。私はそれを知っている。だって私は生徒会の人間、しかもナンバー2の副会長、副会長はいわば参謀、私は会長の判断に必要な情報は何でも知っている。そう、西住みほの生い立ちだってここに来た経緯だって知っている。だからこそ、私は恨んでいた。私の失策と本当は優しい西住みほを変えてしまった西住流を。

 

つづく




次回の更新は実習等の関係で更新時期が開く予定です。
次回は6/23の21:00を予定しています。楽しみにしている方には申し訳ありませんがご理解いただきたく思います。
また、予定が変更されたら活動報告やTwitterなどで報告するので定期的にご覧頂けましたら幸いです。
よろしくお願いします。

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