血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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狂気は一体何を求めるのか。


第9話 狂気の研究

次の日、麻子が起きると裸であった。それもそのはずだ。麻子は夜通し、みほから屈辱を受けたのだから。

しかし、あんなことがあっても麻子は麻子であった。眠くなったらすぐに寝てしまった。

 

「おはようございます…冷泉殿…」

 

優花里が声をかけてきた。

 

「おはよう…」

 

優花里は、なにやら心ここに在らずな様子だった。麻子の方をずっと見ている。

 

「あの…秋山さん…あまり、見ないでくれ…女同士とはいえ…その…」

 

麻子が恥じらいながらそういうと、優花里は麻子に近づきみほの様子がないことを確認して、耳元で囁いた。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…冷泉殿…でも、私にはああするしかなかったのです。冷泉殿も、見ましたよね?あの恐ろしい狂気を孕んだ西住殿を。そして、死の恐怖を味わい尽くしましたよね…私も、西住殿に…」

 

「ああ…」

 

麻子は、すすり泣く優花里にそれくらいの返答が精一杯だった。

 

「ところで、秋山さん…手足の拘束を解いてくれないか…」

 

「ごめんなさい…冷泉殿…西住殿が絶対に拘束を解くなと…」

 

「そうか…」

 

また、みほから屈辱を受けるかもしれない。そんな風に思って、半ば諦めているとみほがやってきた。麻子は勇気を出して、聞いてみた。

 

「西住さん。拘束を解いてくれないか?」

 

「うーん。どうしようかな…やっぱり、ギリギリまでその格好でいて。」

 

「お願いだ…どうか拘束から解いて服を着させてくれ…」

 

「ダメと言ったらダメ。あんまりしのごの言ってると、麻子さんその恥ずかしい格好で首輪とリードつけて外で散歩させちゃうよ?あ、でもそれも見てみたいかも?ふふ…」

 

「それは…やめてくれ…」

 

交渉は決裂した。麻子は結局、恥ずかしい格好のまま食事をみほに食べさせてもらい、顔もみほに洗ってもらった。お世話をしてもらっている間、みほは嬉々としていた。ただただ、惨めだった。慰み者にされた気分であった。結局、拘束から解いてもらって服を着たのは、学校へ行く10分前、脱がされてから約9時間後のことだった。

 

「じゃあ、2人とも今日もここに来てね。あ、私ちょっと家に一度帰るから、先行ってていいよ。あと、麻子さん。みんなに、何か悟られないように、いつも通りでお願いね。」

 

みほがそういうのでそうすることにした。こんな屈辱を受けておいて、律儀に待っている方が普通の精神じゃないと麻子は思った。

しばらく無言で歩いていた2人だったが、麻子から話を切り出した。

 

「なあ、秋山さん…」

 

「は、はい…冷泉殿。」

 

「西住さんは、一旦帰って一体何をしてるんだ?」

 

「多分、今日行う諜報員に関する講義と訓練の準備だと思います。私も、初めてあの場所に行った時、そうでしたから…」

 

優花里は遠い目をしている。優花里も相当ひどい目にあったのだろうと麻子は悟った。そして、また長い沈黙の後、どこからともなく声がした。

 

「ゆかりんおはよう!あれ?麻子も!!どうしたの?いつも遅刻して来るのに今日は早いね!おはよう!」

 

「おはようございます。お二人とも。」

 

沙織の元気な声と華の優雅で優しげな声だった。

 

「あぁ、2人ともおはよう。」

 

「おはようございます。」

 

麻子と優花里はなるべくいつも通りに振る舞った。何か、悟られて色々と詮索されたらこの2人がみほの毒牙にかかるかもしれない。それだけは絶対に避けなければならない。そんな思いからだった。

戦車道の時間にはさすがにみほは来ていた。その日も狭い戦車の中で、優花里と麻子は死の恐怖を感じ、吐き気を催しながら参加した。学校でのみほは、優しいみほだ。狂気に満ち溢れたみほを知っているのは麻子と優花里2人だけだった。しかし、あの顔を知った以上粗相やミスはできない。もし、ミスなどすれば何をされるかわからない。優花里と麻子は必死だった。

なんとか練習を乗り切り、集合してミーティングの時間となり、日曜日に聖グロリアーナとの練習試合を行うという話が生徒会から発表された。

朝の6時集合という話だ。6時集合ということなので5時には起きて準備しなくてはならない。麻子は朝が大の苦手である。本来ならば、そんな朝早くは無理だと辞めたいところであるが、みほの前でそんなことを口を滑らせれば、殺されるに決まっている。結局、麻子も参加するということで、練習試合は決まってしまった。

そして、放課後、沙織たちが一緒に帰ろうと言ってくれたがその日は、ちょっと用事があるからと沙織と華は先に帰らせた。みほと優花里、そして麻子の3人は拠点へ向かうため黙々と歩く。みほが、口を開く。

 

「麻子さん。朝が苦手みたいだね。もし、遅刻したら死刑ってことにすれば、麻子さんもきっと遅刻しないよね?」

 

「起きるから…しっかり起きるから…」

 

麻子の様子を見たみほは、にこにこと笑っている。

 

「あはは、麻子さんを困らせるのって楽しい。」

 

みほは、そう笑った。

 

麻子は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。それを見たみほは麻子の肩を抱きながら耳元で呟く。

 

「裏切ったら、どうなるかわかってるよね?裏切りは重罪だよ。ねえ、麻子さん。」

 

「わかっている…」

 

「よかった。」

 

そして、また3人の間に長い沈黙が続いた。しばらく歩くと拠点に着いた。廃ビルの重くて錆びた扉が大きな音を立てて開く。しばらく中を歩くと、今日は、昨日麻子が拘束、監禁された部屋とは別の部屋に通された。昨日よりも少々手狭なその部屋には、色々な機械や実験器具、薬品、そして書物や論文が置いてあり、まるで研究室のようだった。

 

「ここは、麻子さん専用の研究室だよ。ここで、麻子さんには毒薬と毒ガスの研究をしてもらうね。」

 

みほはそう言って、古びた研究ノートのようなものが山のように入った段ボール箱を渡してきた。

 

「これは、旧日本陸軍の部隊で毒ガス研究をしていた研究者の研究ノートだよ。私が、中国に行ってもらって来たんだ。このノートに書いてある薬品は一通り用意してあるし、防毒マスクもあるから使ってね。じゃあ、よろしくね。期待してるよ。麻子さん。優花里さんは、こっちに来て。新しい訓練と講義をやるよ。」

 

そういうと、みほは優花里を連れて研究室から出て行った。麻子はみほが目の前からようやくいなくなったことに少し安堵した。しかし、その安堵は束の間だった。みほからもらったノートを見て麻子は恐怖した。

 

「なんだこれは…これを作れというのか…」

 

そこには、糜爛性ガスをはじめとする化学兵器の実験、開発について記されており、マルタと呼ばれた中国人をはじめとする捕虜たちへの人体実験において、彼らにどのような症状が出てどんな風に死んでいったかまで、克明に記録されていた。どれも非人道的な実験ばかりだった。

麻子は、知っていた。これが、戦時中においてどんな役目を果たしたか、そしてその結果どうなったのか。

 

(西住さんは、これを使って一体何をやろうとしているんだ…?そして、私はこの大量殺害兵器である化学兵器を作ることで一体何を担うんだ…?)

 

麻子は恐ろしくなった。逃げ出したい。しかし、もはや逃れられない。逃げれば家族もろとも…麻子は声をあげて泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いた。

 

「うううう…うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

そして、泣き止むと、今度は笑い出した。

 

「ふふふふ…あははは!!わかった。わかったよ西住さん!私はやり遂げる。どうせ、逃げられないなら、西住さんの要求を超える最強の毒薬、毒ガスを作ってやる!!あははは!!」

 

そして、まるで狂ったかのように死の研究を始める麻子であった。

麻子は、もはや正気ではなかった。

 

つづく

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