寝返った者は、優花里が再教育を担当することになった。優花里は新たなプランを考えていた。自分で、戦線に投入すると言っておいてプランを変更するのはなんだか気が引けたがそちらの方が数段良い気がした。優花里は改めて許可を貰おうとみほの執務室を訪ねた。優花里は少し緊張しながら執務室の扉を叩く。
「どうぞ。」
入室の許可が出た。緊張の面持ちで扉を開ける。
「失礼します!西住殿!」
「優花里さん。どうしたの?何かあった?」
「は…はい!私たちに寝返った子たちの処遇について改めてご相談が…」
「いいよ。聞こうか。」
「は…はい!実は、戦場に投入するのもいいと思ったのですが、スパイとして利用できないかと思いまして!」
「詳しく聞かせて?」
みほは興味深そうに尋ねる。
「彼女たちは、今まで生徒会の陣営として働いていたわけです。ですから、彼女たちは会長たちの動向や次の作戦など全てを私が調査するよりも怪しまれずに掴みやすいはず。ですから、ぜひ諜報活動局の預かりにさせていただけないかと思いまして。どうでしょうか?」
「なるほど。わかった。優花里さんに全て任せるよ。」
「ありがとうございます!それでは早速、再教育をします!」
優花里は思わず、みほに敬礼をした。みほもにっこり笑って答礼する。
「うん!よろしくね。」
優花里は、嬉しそうに微笑みながら部屋を出た。優花里は、養殖施設に待機させていた寝返った者たちを集合させた。
「皆さん!皆さんにはこれから再教育を受けてもらいます!」
皆、ざわざわとしている。そして不安そうな声をあげていた。誰かが代表するように尋ねる。
「あの…再教育というのは…」
優花里は優しそうに微笑む。
「安心してください。そんなに恐ろしいものではありませんし、皆さんのことは人道的に丁重に扱うつもりです。さあ、皆さん!私たちの拠点にご案内いたします!ついてきてください!」
優花里が指示を出すと皆、ぞろぞろとついてきた。優花里は慌てて声をあげた。
「ああ!すみません…皆さんは900人近くいて、全員は入りきらないので何個かのグループに分けます。9つのグループに分かれてください。すみませんがよろしくお願いします。」
すると速やかに合わせて9つのグループを作り、整列した。
「今日は、私から見て左の3つのグループの再教育を行います。今からは一番左のグループ、そしてお昼からは左から2番目のグループそして夜は左から3番目のグループに再教育を行います。他のグループの皆さんは明日以降同じように行いますので、よろしくお願いします。では、一番左のグループの皆さんは私についてきてください。」
「はい!」
優花里はにっこりと微笑みながら、出発を指示した。
「それでは、出発します!」
みんな安心したのかおしゃべりを楽しみながら素直についてくる。しばらく歩くとすぐに拠点に到着した。
「さあ、皆さん着きました!私は、西住殿に報告してくるのでしばらくこちらでお待ちください!」
「はい!」
優花里は皆の返事を聞き、頷くと駆け出した。建物の中に入り、みほの執務室へ向かう。長い廊下を歩きみほの執務室の前に着くと、扉を叩く。
「どうぞ。」
「失礼します。西住殿、再教育を受ける子たちを連れてきました。一度には入りきらないので100人とりあえず連れてきました。今、外に待たせています。」
「ありがとう。優花里さん。それじゃあ、私も外に行くね。みんなに色々挨拶しなくちゃ。」
「はい。お願いします。こちらです。」
みほと優花里は再教育受講者のもとへと向かう。歩きながらみほはボソッと呟く。
「やっぱり、優花里さんに諜報活動局長を任せて良かった…間違いではなかったな…」
「何か言いましたか西住殿?」
優花里が不安そうな顔でこちらを見た。みほは愛おしそうに優花里に微笑む。
「なんでもないよ。さあ、行こっか。」
「はい!」
建物の外に出るとみほは満足そうに頷いた。ずらりと100人の人間が整然と並んでいた。みほが現れるとその集団は若干ざわついた。やはり、少しみほに恐怖を感じているのだろう。当たり前である。遺体を見せつけられた相手なのだからそうなるのも仕方ない。みほはその様子を微笑みながら見ていた。みほはなかなか話はじめない。雑踏が静まってからみほは静かに話しはじめた。
「諸君。先の戦闘では感謝する。諸君が寝返ったおかげで我々は速やかに勝利を手にすることができた。今日から諸君は我々の仲間だ。我々は諸君を歓迎する。諸君にはこれから再教育を受けてもらう。諸君は生徒会の動向を良く知っているはずだ。そして、今まで生徒会側で働いていたのだから良く知っているはずだ、だから諸君には秋山優花里の指導のもと、スパイになるための教育を受けてもらおうと思う。我々のために大いに働いてくれ。期待している。」
みほの言葉に皆は少し戸惑っていた。まさか、そんな教育を受けるとは思っていなかったのであろう。
「あ…あの!スパイってどういうことですか?」
誰かが代表して尋ねた。皆、息を飲むような表情をしている。みほは微笑みながらその問いに答える。
「そのままの意味だ。諸君は今まで生徒会の一員だったわけだから簡単に聞きだせるはずだ、それを我々に情報を提供してほしい。」
「そ…そんなことできるわけないじゃないですか!」
すると別の女子生徒が迫った。みほは黒い笑顔を見せながらその女子生徒のそばに歩みよると耳元で囁く。
「だからね。貴女たちに選択肢はないんだよ。貴女たちの命は実質私たちが握ってるんだから。生きのびたいなら素直に従った方が身のためだと思うな。」
女子生徒は青くなってへなへなと跪いてしまった。みほはニッコリと笑いながら皆を見回しながら問うた。
「さあ、諸君!やるのか?やらないのか?どっちだ!」
生徒会から寝返った者たちは悟った。これには選択肢などない。やらなくては命がないということに。
「やります…やりますから…」
「なに?聞こえないなあ?」
みほは意地悪そうな笑顔と口調で聞き返す。
「やります!やらせていただきます!」
「そっか。ありがとう。では、今から再教育に入る!諸君はこのままこの建物の1階にある一番大きな部屋に入れ!」
秋山優花里は必死に今まで培ったスパイや誘拐などのスキルを寝返った者たちに叩き込んだ。寝返った者たちも必死にそれを吸収した。そして、1組目の講義は終了した。それをあと2回、昼と晩の2回行う。1日ぶっ通しで喋り続けるというのは大変である。その日は声がかれてしまった。ようやく全ての講義が終わりヘトヘトになり椅子に腰掛けているとみほがやって来た。
「優花里さん。お疲れ様。」
「お疲れ…様で…す。西住殿。」
優花里の声は酷かった。それが可笑しくてみほは思わず笑ってしまった。
「あはは。優花里さん。ひどい声。」
「笑うのはひどいです…西住殿…」
「ごめんごめん。優花里さん。今から報告会するよ。あとひと頑張りしよっか。」
「はい…」
みほに促されて優花里は立ち上がる。そして、昨日と同じ会議室に行くと、すでに梓と小梅は到着して待っていた。
「お待たせしてすみません。澤殿、赤星殿。」
「みんな待たせてごめんね。それじゃあはじめようか。」
「いえ、私たちも今、来たばかりですから。それにしても秋山先輩、ひどい声ですね。」
「ええ。今日は、1日ずっと寝返った子たちの再教育のための講義をしてましたから。」
「お疲れ様でした。大変でしたね。」
「ま…まあ、色々ありましたけど、結構楽しかったですよ。みんな、素直でしたし、なかなか素質ありました。」
「素質があるって…?」
「ああ、そういえば澤殿たちにはまだお話ししていませんでしたね。寝返った子たちの処遇を改めて考え直して、あの子たちはスパイとして再教育して使おうっていう話になったんです。もともと、生徒会の陣営にいたわけですから、普通に戻っても何の違和感もありません。私よりも怪しまれずに情報収集できるはずです。」
「なるほど、そういうことでしたか。そう考えてみれば確かにスパイとして使った方が良さそうですね。これは、隊長の案ですか?」
「いいえ!これは私の案です!」
優花里は自慢げに胸を張る。
「優花里さん。いいところに目をつけてくれたよ。確かに、そっちの方が効率的だし、そこは盲点だったよ。さすが優花里さん。」
「えへへ。西住殿に褒められました!」
優花里はまた髪をくしゃくしゃと掻きながら嬉しそうにはにかんだ。優花里の様子を3人はおもしろそうに見ていた。
「秋山さん。可愛いです。」
小梅が切なそうに呟く。
「そんな…照れちゃいます…」
優花里は恥ずかしそうに照れていた。パンと手を叩きみほが次の話題に強制的に切り替える。
「さて、次は梓ちゃんたちだけど、何か報告ある?」
梓は椅子に座りなおしながら報告をはじめた。
「はい。私たちは、まずオレンジペコさんの動向を探るためにずっと張り込んでいました。その結果、やはりオレンジペコさんは誰かに何か手紙のようなものを託していました。そしてその人は生徒会が拠点を置く場所へ走って行きました。やはり裏切りはほぼ間違い無いと言えるでしょう。」
「そっか。」
「どうしますか?逮捕しますか?」
「うーん。とりあえず、ほっておこうか。処分するならもっと…楽しい方法を取らなくちゃね!」
優花里がみほの方をちらりと見るとみほはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべている。優花里はその笑みを見て恐怖で動けなくなってしまった。その顔はまるでどんな処分で苦しませてやろうかと想像しているように見えた。
「わかりました。でも、捜査は継続します。それは、よろしいですか?」
「うん。いいよ。よろしくね。」
「はい!あと一つ、今日1日戦闘が全くなかったというのは少し気になります。普通食料施設が奪われたら是が非でも取り返そうとするはずです。それなのに何も動きがない。これは何でしょうか?これも少し調べてみます。」
「それは、私も少し気になってたんだ。もしかしたらオレンジペコさんの一件と何か関連があるかも…その調査もお願いね。捕虜はどうなった。」
「はい。今日、早速市街地のあとの瓦礫の片付けや遺体の処理などの作業をさせました。あ、そうだ。隊長。私たち、秘密警察の制服としてこれを採用したのですがどうですか?」
梓は制服を取り出した。しかし、その制服は普通の制服ではなかった。
「梓ちゃん。これかっこいいよ。今度、来てみてよ。」
みほは不敵な笑みを浮かべる。
「そうですか?ありがとうございます。わかりました。でも何だか照れちゃいます。」
梓は顔を赤面させた。優花里は目を剥いていた。そして、ガタガタ震えながら呻くように声を出す。
「さ…澤殿、それは…」
「はい。ゲシュタポの制服ですよ。」
「澤殿、ゲシュタポがどのような組織だったかご存知ですか?ゲシュタポは…」
「もちろん知ってますよ。悪名高いですからね。」
梓は何も気にしていないといった様子だった。優花里は小梅に助けを求めるような視線を送ったが無駄だった。小梅もその制服に見とれていたのである。梓はみほの方に向き直る。
「隊長。私に拳銃と鞭を貸していただけませんか?捕虜がいつ暴れ出すかもわからないので護身用として持っておきたいのです。」
「うん。わかった。ちょっと待ってて。」
みほはそういうと、会議室を出る。優花里は息を呑んだ。呼吸することさえも優花里にとっては苦痛であった。冷や汗が止まらない。しばらくしてみほが戻ってきた。
「この制服せっかくだから着てみせてよ。着ている姿見せてくれないと拳銃も鞭もあげない。」
みほはいたずらっ子のように笑う。梓は一瞬だけ困ったような顔になった。そして、赤面させる。
「うぅ…わかりました。ちょっと待っててください。」
梓は制服を持って外に出る。しばらくすると着用して戻ってきた。梓は恥ずかしそうにモジモジとしていた。
「梓ちゃん。かっこいいよ!自信持って。はい、約束通り拳銃と鞭だよ。拳銃はこのホルスターに入れてっと。よし!できた。」
しかし梓は拳銃と鞭を受け取ると誇らしげにみほに敬礼をする。みほも梓に答礼する。梓の姿はまさに本物のゲシュタポのようであった。そして、梓の一連の行動は新たな狂気の始まりを予感させていたのであった。
つづく