生徒会軍の指揮は杏の訓示により大きく高まった。杏と柚子は、生徒会室に戻った。杏は生徒会室に着くとペンを取る。オレンジペコへの返事を書くためだ。
[聖グロリアーナ オレンジペコ様
我々は、貴女との面会を受け入れる。ただし、面会は我々の統治下の元で行うか、誰かを人質としてお預かりし中立の地で行いたい。また、我々と合流するのであれば食料は少しでも持参していただくことを望む。我々の食料は少なく、貴女方を養う余裕はない。
大洗女子学園生徒会長 角谷杏]
杏は手紙をしたため、何もない空間に声をかけた。
「上原ちゃん。いる?」
「はい。お呼びですか?」
上原英梨はまた突然どこからともなく現れた。柚子はまだ神出鬼没の英梨に慣れないようだ。突然の声に飛び上がる。杏はニヤニヤと笑った。
「小山どうした?もしかして上原ちゃんが怖いの?」
「いえ…そんなことは。ただ、突然現れたり消えたりするので慣れなくて…」
「怖がらせてしまって申し訳ありません。」
ニコリとも笑わず、英梨は謝罪をした。柚子はなおのこと恐怖を覚え、顔を引きつらせながら無理やり笑う。
「だ…大丈夫です。」
「まあまあ、小山。怖がらないであげてよ。上原ちゃん。ポーカーフェイスだけどとても優しいから。」
「はい…」
英梨は無表情のまま柚子を見つめていた。柚子はやはり怖くて仕方なく俯いていた。すると思い出したように杏が英梨に手紙を差し出した。
「あ、そうだ。上原ちゃん。これをディンブラちゃんに。」
「わかりました。行って参ります。」
英梨は駆け出して行った。柚子は恐怖の対象がいなくなりため息をつく。
「小山。そんなに上原ちゃんが怖いの?」
「怖いというか慣れなくて…つい…」
「まあ、あまり感情を表に出す子ではないからね。まあでも、さっき言ったように優しい子だから。」
「わかってます。」
杏はにっこり笑いながら頷いた。しばらくすると英梨が戻ってきた。
「上原ちゃん。おかえり。なんて言ってた?」
「ただいま戻りました。手紙を手渡したら詳しい調整のため、検討した上で返事の使者を出すとのことです。」
「うん。わかった。上原ちゃん、ご苦労様。」
「また何かあったらいつでもお呼びください。」
英梨は頭を下げて何処かに消えた。柚子はまるで魔法を目の当たりにしたような表情をしていた。すると、今度は食料の管理を任せている生徒が飛び込んできた。
「会長!大変です!」
「どうしたの?」
「食料が後一週間持つかどうかしかありません。補給が断たれてしまって…」
食料が底をつき始めたのだ。搬入口も農地も養殖場も食料補給の場として頼っていた各施設全て反乱軍に奪い取られ補給が全くない状態だ。今までも、避難民と兵士で十分とは言えない食料を分け合って来た。杏が食料備蓄倉庫に行くと山のようにあった食料がもうほとんどなくなっていた。杏は現実を目の当たりにして呻いた。
「まずいな…食料がなくちゃ戦えない。」
「とりあえず、食料の配給を1日2食でなんとかしますが、それでも持つかどうか…食料が無いと士気にも関わりますし…」
「そうだね。とりあえず、1日2食で更にそれを少なめに節制して配給してあげて。対策はなるべく早く考える。あと、現状をみんなに説明するからみんなを集めてくれないかな?」
「了解です。よろしくお願いします。」
食料の管理を担当している生徒が退室すると杏は小山の方を向く。
「それじゃあ、小山。行こうか。」
「はい。」
杏は皆の前に立つ。
「みんな。私たちはこの間西住ちゃんに食料施設を奪われた。だから、食料が全く足りない。当然食料施設は最優先で奪還するつもりだがそれまでは時間がかかる。そこで、今日から奪還までのしばらくの間みんなには苦労かけるけど配給を1日3食から2食に減らす。更に量も減らすことになる。ちょっと。いや、かなり辛いけどみんな我慢して耐え忍んで欲しい。私の力不足だから責めるなら私を責めて。他の子たちは悪く無い。みんな、本当に申し訳ないけど何とか頼むよ。」
杏は頭を下げなら皆にお願いした。兵士はもちろん避難民を含めて誰一人杏を責めるものはなかった。
「大丈夫です。お腹が空いたら水でも飲んで耐えますよ。」
誰かがそう叫ぶと、ドッと笑いが起こった。皆とは裏腹に杏は悔しさに拳を握りしめ唇を噛む。兵士や避難民にこんな惨めな思いをさせている自分に腹が立った。この学園艦は一つの街である。その街の首長は自分でありその地位と権限は選挙という正当な手続きを踏まない限り脅かされてはならない。そのはずなのに1人の西住みほという少女に武力で脅かされるばかりか、市民の安全さえも守れず処刑や市民への攻撃などやりたい放題されている。さらには食料さえも満足に確保できていない。
(生徒会長として失格だな。)
杏は心の中で呟く。そんな様子を察してだろうか。誰かが叫んだ。
「会長。自分一人で全てを抱え込むなんてバカなことはやめてください。私たちは会長のいうことなら全てを信じて戦います。会長も私たちを信じて少しはご自分が背負われてる荷物を私たちに預けてください。」
「うん…ありがとう…でも…」
「でも、なんですか?今の会長はどう考えても自分一人で抱え込んでます。昔の会長に戻ってください。たくさん頼ってください。」
「わかった…」
杏は解散を指示した。涙を必死に我慢していたがこれ以上は耐えられない。杏は改めて自分が涙もろくなったことを痛感していた。
「小山。我々の初陣はどうやら食料施設の奪還になりそうだ。しかし、西住ちゃんもバカではない。きっとこの食料施設は重要な地だと踏んでたくさんの兵士を駐屯させているに違いない。激しい戦いになる。まさに地獄の死闘になると予想される。覚悟はいいか?小山。」
「はい。覚悟はできています。私はどこまでも会長についていきます!」
杏は満足そうに頷くとニコリと笑った。
「じゃあ、オレンジペコちゃんの返事を聞いたら出発しよう。きっと返事までまだしばらくかかるはずだから、それまでに準備しておいて。」
「はい!」
杏は初陣に際して遺書を書いた。縁起でもないことはわかっていたが、やはり殺し合いに身を置くならばそれなりの覚悟はしなくてはならない。その内容は杏らしい至ってシンプルなものだった。
[お父さんお母さんへ
2人がこの手紙を読んでる時、私って死んだってことだよね。私は学校のために戦って学校のために死んじゃった。ごめんね。でも、私の無念はきっと誰かが晴らしてくれるから大丈夫だよ。2人は私のぶんまで残りの人生を楽しんで。
角谷杏]
杏は特に時間をかけることなく手早く書き終えると、封筒に入れて封をして机の引き出しにしまった。すると杏は生徒会長の椅子でくるくると回って遊びながら食料施設奪還作戦について考えていた。
「奇襲…くらいしかないかな。」
「何か言いましたか?」
柚子が不思議そうな顔をして尋ねる。
「何でもないよ。ちょっと考え事をしててさ。」
「そうですか。」
柚子は微笑むと作業の続きに取り掛かる。杏はその様子を微笑ましく見ていた。その日は戦いなど何事もなく過ぎ去った。
次の日、杏はずっとオレンジペコからの返事を待っていた。しかし、いつまで経ってもオレンジペコからの返事は来ない。
「オレンジペコちゃんからの返事遅いな。どうしちゃったんだろう。」
杏は首を傾げる。色々な可能性が頭をよぎる。杏は身体中から汗が止まらなくなり、動悸が激しくなっているのを感じていた。あまりにも心配で気が気でなくなってしまった。杏は英梨を呼び、調べさせることにした。
「上原ちゃん。何が起こっているのか調べてくれないかな?」
「わかりました。」
英梨は調査のために出かけた。しばらくすると英梨が戻ってきた。
「オレンジペコさんとディンブラさんはどこにもいませんでした。おそらく、露呈してしまったのでは?もしかして、この世にはもういないのかもしれません。ダージリンさんが呆然として私がペコを殺したとうわ言を言っていたので。」
英梨は無表情で淡々と報告する。杏は崩れ落ちた。
「そんな…」
そして激しく後悔した。もっと早く決断してオレンジペコを信じていればこんなことにはならなかったはずである。信じることができなかった自分に激しい自己嫌悪に陥った。
「私も、ゲシュタポの制服のようなものを着た集団に危うく捕まりそうになりました。なんとか巻けたので良かったですが。自分の脚に感謝してますよ。」
杏は英梨を抱きしめた。そして泣きじゃくる。
「良かった。上原ちゃんが無事で本当に良かった…」
相変わらずポーカーフェイスな英梨は無表情で杏に抱きしめられていた。そして少しためらい気味に杏を抱きしめ返す。
「私もまた会長に会えて良かったです。今度の戦いでは会長も前線に立たれるのですよね?オレンジペコさんの無念を晴らしてあげてください。私も、西住さんのことはよく聞いています。残虐な殺戮と破壊の限りを尽くしていると聞いています。この恐怖を終わらせてください。」
英梨は無表情のまま静かに言った。
「うん、そうだよ。私も小山も前線で戦う。もちろん必ず勝つよ。この恐怖は必ず終わらせる!」
「はい。絶対に終わらせてください。約束です。さあ、会長。会長に涙は似合いません。私は、笑顔の会長が一番大好きなんです。笑ってください。会長。可愛い笑顔を見せてください。」
杏は真っ赤になった。抱きしめられて可愛いとか大好きだと言われてまるで愛の告白を受けている気分だった。
「上原ちゃん。お世辞が上手いね。」
杏がニコッと笑顔を見せる。
「お世辞じゃありません。会長。大好きです。」
「え…?」
杏は自分の心臓がドキドキしていることに気がついた。杏の顔がみるみるうちに今まで見たこともないくらいに真っ赤に染まる。気持ちが高ぶりすぎて自分でも何を考えているかわからない。そう思っていると英梨は杏を抱きしめながら耳元で囁いた。
「私は気持ちを伝えました。答えは今度の戦いで無事帰ってこられたら聞きます。それまでに答えを考えておいてください。」
「うん…」
杏は頭がぼうっとして思わず返事をしてしまっていた。すると、英梨は杏を抱きしめるのをやめて頭を下げ、退室した。杏はしばらく何も考えられなかったが、気を取り直して柚子に人員を集めるように指示を出す。すると柚子は少し御機嫌斜めといった様子で返事をした。
「小山…どうした…?」
「いいえ…何でも…」
柚子の目はまるで獣が獲物を狙うような目をしていた。杏は少したじろいだ。
杏は2000名の兵士を集め、食料施設奪還作戦の説明をしようとしていた。
つづく