血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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30年後の話です。
リメイクするかも知れませんがよろしくお願いします。


第87話 それぞれの約束

秋山優花里がここから先の話はさらに暗く残酷な話になってくるので、一度休憩した方がいいという提案を受けて私たちはホテルのカフェでお茶しがてら休憩をすることにした。皆のテーブルにコーヒーが運ばれる。

 

「ケーキも頼んでいいか?」

 

冷泉麻子が手をあげながら言った。秋山優花里が懐かしそうに笑う。

 

「あははは。冷泉殿、ケーキが大好きでしたからね。どうぞどうぞ。いくらでも召し上がってください。」

 

「ありがとう。なら、イチゴのショートケーキにニューヨークチーズケーキ、フルーツタルトにミルフィーユ、あとは…」

 

放っておくと冷泉麻子はこの店のケーキを全て食べつくしてしまいそうだ。店員がメモを取りながらあまりの注文の多さに困惑している。それでも冷泉麻子は気にすることなくケーキを頼みまくる。角谷杏は苦笑いしながら冷泉麻子を制止した。

 

「ちょっとちょっと冷泉ちゃん。一体いくつ食べるつもりなの?いくらなんでも食べすぎでしょ。いつもそんなに食べるの?」

 

すると冷泉麻子は頷きながら得意げに微笑む。

 

「ああ。研究には頭使うからな。糖分がたっぷりいるんだ。いつも平均で10個は必ず食べるようにしている。」

 

「冷泉殿!だから、学生から言われるんですよ!妖怪ケーキ遅刻女って!」

 

秋山優花里が笑う。ネーミングのセンスを疑うが何やら面白そうな話である。面白い話が大好きな角谷杏が飛びついた。

 

「え?なになにその呼び名。聞き捨てならないなあ。面白そうな話じゃん。聞かせてよ!」

 

「ええ。もちろんです!この際、冷泉殿にはたっぷり反省してもらいます!」

 

「秋山さん。あれは私は悪くない。朝が来るのが悪いんだ。」

 

冷泉麻子は運ばれてきた皿いっぱいのケーキに目を輝かせ、夢中で頬張りながら胸を張って、自信満々に主張した。全員あまりの暴論に呆れてしまった。

 

「冷泉ちゃん。ものすごい論理だね…」

 

「この主張は間違ってはいない。米国睡眠学会の発表によると8:30の始業から10:00の始業にしたら成績が上がったと発表されている。だから、私は悪くない。世間の仕組みがおかしいんだ。」

 

「なるほどねえ。そういう観点で考えると冷泉ちゃんの言ってることもあながち間違いではないのかもね。」

 

角谷杏は冷泉麻子の論理的な話に納得させられてしまった。しかし、秋山優花里は首を横に振った。

 

「会長!騙されていますよ!大学の始業時刻は朝9:30です!」

 

「あ、そうか。そうだった。もう面倒くさいから秋山ちゃん。洗いざらい全部話しちゃって。」

 

「はい。実は私も教務支援課から聞いたのですが、冷泉殿東京帝国大学に赴任して10年近く経つらしいのですが、なんと10年間ほぼ遅刻をしているらしいです!」

 

「「えっ!?10年!?」」

 

私たちは一分のずれもない動きで口を開き驚きの声をあげた。誰もが耳を疑っていた。澤梓が確認のために秋山優花里に聞き返す。

 

「秋山先輩?今なんて言いましたか?10年って聞こえた気が…」

 

「うん。言ったよ。10年間、遅刻だそうです。」

 

私も冷泉麻子が大洗女子学園における遅刻記録保持者であることはよく承知している。しかし、ここまで今もなお遅刻し続けている冷泉麻子はある意味尊敬できるかもしれない。もし、遅刻選手権なるものがあったら間違いなく1位になれる記録だろう。しかし、そんなに遅刻してよくクビにならないものだ。やはり研究の業績があまりにも大きすぎるからだろうか。すると、私の疑問を察したように冷泉麻子が口を開く。

 

「だが、教務課からは一切注意されないし、何にも文句言われないんだ。だったらいっそのこと大手を振って遅刻してやろう。こういうことだ。眠いし。」

 

冷泉麻子はとんでもないことを言う。彼女が指導している学生たちは彼女のことをどう思っているのだろうか。私は、秋山優花里に尋ねた。

 

「秋山さん。冷泉さんの研究室の学生さんたちはこのことどう思っているんですか?」

 

「最初は戸惑うみたいです。だって冷泉殿の講義、何回遅刻してもオッケーですし、何よりも先生が毎回遅れてきますからね。研究室だともっとひどいみたいですよ。相変わらず毎回遅れて来るくせにケーキは毎回欠かさず買って来るし、二回に一度はただ寝るだけの授業もあるとかで。それでも学生は毎年、誰も留年させずに卒業させて、著名な研究者も何人も出しているんですから。すごい人ですよね。それに、研究室の学生のみんな本当に楽しそうです。本当に。」

 

私は改めて冷泉麻子という人物に圧倒させられていた。すると麻子はそんなことはないとでも言いたげに首を横に振った。

 

「そんな大したことではない。やっぱり学生諸君が私と一緒に研究したいって思って入って来てくれたからには大学で研究する科学は楽しいって思ったまま卒業して欲しいんだ。絶望して欲しくない。科学で苦しめられるのは私だけで十分だ。誰も科学に苦しめられてはいけない。だから、私はいつも学生たちには化学における倫理と化学の平和利用について話している。あの戦争で私は多くの罪のない人間の命を奪ってしまった。本来、学問を人殺しの道具に使ってはいけないんだ。生き残るためだったとはいえ私は本当に取り返しのつかないことをしてしまった。私が言える立場ではないことは重々承知だがせめてもの償いの気持ちだ。学生たちに同じ轍を踏ませやしない。これは私の決意だ。」

 

冷泉麻子は拳を強く握りながら言った。秋山優花里は冷泉麻子の言葉に何度も頷く。

 

「私も同じ思いです。ですから、私の教え子たちにも戦車の本来の役割を再認識させるための時間も設けています。戦車は本来戦争の道具であると。やはりそこは忘れてはならないことです。今でこそ特殊カーボンのおかげで安全になりましたが、やはりあの地獄を体験した私にとって平和利用については外せない永遠のテーマなんです。そして、あの反乱を2度と起こさせないようにするのも私たちの役目だと思っています。」

 

私は2人に最大限の賞賛を送りたい気分だった。この2人のような人物があの時いてくれたならばあのような悲劇はもしかしたら引き起こされなかったのかもしれない。私はそう考えていた。しかし、角谷杏はその考えに異を唱えた。

 

「平和利用?そんなことは無理だ。戦車道なんて競技がある以上、第2第3の西住ちゃんは生まれ続ける。本当の平和を求めるなら戦車道なんてやめるべきだと私は思うよ。実は、みんなとあの戦争のことを振り返って改めて町長としての政策を問い直したんだ。本当にこのまま戦車道を振興させていいのだろうかってね。そして気がついたんだ。昔と全く変わらない今の学園艦で戦車道が存在し続ける危険性をね。」

 

「どういうことですか?」

 

私は角谷杏に説明を求める。私は彼女が言いたいことを理解しかねていた。角谷杏は唇を震わせながら口を開く。

 

「気がつかない?じゃあ逆に聞くね。なんで戦車道で戦車という武器を持つことを許されていると思う?」

 

「あ…なるほど、角谷さんが言いたいことわかりましたよ。いわば軍事力とも言える戦車の保有を事実上許されている理由。それは、危険人物がその軍事力を掌握しないことを前提としている。そういうことですか?」

 

杏は深刻そうな顔をして首を縦に振る。

 

「うん。そうだよ。だけど、西住ちゃんという事例がある。西住ちゃんはこの軍事力を利用して軍事独裁政権を樹立しようと動いた。にも関わらず政府は何もできなかった。いや、西住ちゃんが何もさせなかったんだ。学園艦はその特性上情報の統制が比較的しやすい。出て行く情報も入ってくる情報もだ。例え、反乱が起こったとしても世間は反乱の事実を知らない。反乱が起こった事実を知っているのは一部の政府関係者だけということになる。西住ちゃんはこの特質を利用したんだ。西住ちゃんは政府関係者の秘密を次々と握り、その弱みに付け込んで学園艦に干渉しないことを約束させた。そうしてしまえばあとはやりたい放題だ。本来の学園艦の持ち主である文科省も国を守る防衛省でさえ手が出ない。頭を押さえちゃってるからね。西住ちゃんはまさに敵なしになった。あんなことがあったのに。戦車道は何も変わっていない。西住ちゃんという事例があったのに…隊長の選出をその人の倫理観に任せているところがある。人を殺すことができる、軍にもなり得る戦車隊隊長の選出方法を改革するべきだって私は思ってる。」

 

角谷杏はあの地獄を思い出しぶるぶる震えている。確かにその通りだ。戦車隊をまとめ上げる人物が独裁者のような人間だったら大変なことである。事実西住みほという前例があるのだ。あの戦争と西住みほの蛮行を今になってもまだ、戦車道連盟が知らないはずがない。

 

「それは私も長年憂慮していたことだ。だが、安心してほしい。この論文を見てくれ。」

 

冷泉麻子がある論文を私たちに差し出した。その論文は[学園艦における軍事独裁政権誕生の危険性]と記述されていた。内容は現在の戦車道の現状と危険人物が隊長に選出された時のリスクが例とともに紹介され最後は適性検査を実施するべきであるという提案で結ばれていた。秋山優花里が得意げな顔をしている。おそらく彼女がこの論文を執筆したのであろう。冷泉麻子に促されて秋山優花里は口を開く。

 

「実はこの論文私が書いたものなんです。私もあの戦争を経験して心底恐ろしい思いをしました。もう2度と西住殿のような事例が出ない仕組みを作らなければならない。そう思いました。だからこの論文を書いたのです。そのおかげで私は戦車道連盟に招聘され、この仕組みづくりを任されることになったんです。」

 

今まで暗い顔をしていた角谷杏の顔がパッと明るくなった。角谷杏は秋山優花里の手を取ると頭を下げる。

 

「秋山ちゃん!私は秋山ちゃんを信じてる!もう誰もあんな思いをしなくてもいい平和な戦車道を作って!」

 

秋山優花里はニコリと微笑むと頷いた。角谷杏も嬉しそうに笑った。しかし、私は秋山優花里の顔が一瞬だけ曇ったことを見逃さなかった。私は秋山優花里に追及する。

 

「秋山さん。先ほど一瞬だけ表情が曇ったような気がするのですが…何かありましたか?」

 

私の指摘に秋山優花里は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 

「あははは。バレてましたか。実は、この仕組みづくりを進めているのはいいのですが…西住流が…」

 

「また…!西住流が一体何を…!?」

 

私は怒りで震えそうになる。またしても西住流が邪魔をしているのか。今度は一体何を企んでいるのだろうか。私は拳を強く握り締めながら秋山優花里に尋ねた。

 

「はい…実は西住流がこの仕組みづくりに反対しているんです。どうやら、西住殿のことを掘り返されたくないようで…」

 

「今の西住流は西住さんの姉西住まほが継いでいるとされている。やはり、あの時のことは西住流最大の汚点と考えているらしい。西住流が反対に回ることは承知していたが…でも、島田流なら納得してくれるのではないか?」

 

「それが、まだこれは検討段階で提案は誰にもしていないんです。ただ、そういう予定だという雑談の中で出た話なので…」

 

秋山優花里は申し訳なさそうな顔をしている。その時である。ずっと押し黙っていた澤梓が口を開いた。

 

「残念ですが、その提案は…絶対に通ることはありません。」

 

「「え?」」

 

澤梓の発言に誰もが言葉を失った。その中でも一番驚いていたのはやはり秋山優花里であった。

 

「なぜ…澤殿…なぜそんなことを言うんですか!?」

 

「なぜって…あ、そうか。まだ話していなかったですね。私だけが知っている西住隊長の秘密…」

 

澤梓が何かを知っているのは確かだ。私は澤梓に照準を合わせることにした。

 

「澤さん。西住さんに何か秘密があるとおっしゃっていましたが、それと今回の秋山さんの取り組みは関係あるんですか?」

 

澤梓は静かに頷いた。すると今度は秋山優花里が突然立ち上がり声を張り上げる。

 

「澤殿!なぜですか!?なぜできないってわかるんですか!?教えてください!」

 

「秋山先輩。落ち着いてください。お願いですから。周りが見てますよ。」

 

気がつくと、周りの客の視線が一斉にこっちを向いている。角谷杏と冷泉麻子が一度仕切り直したほうがいいと言うので私たちは部屋に戻ることにした。部屋に戻り再び席につく。

 

「さあ!澤殿!教えてください!なぜ、私の提案は通ることがないと思うのか!」

 

秋山優花里は怒りをあらわにしながら澤梓に迫る。澤梓は頷くと、その秘密を話し始めた。

 

「秋山先輩は、西住隊長が西住流の枠だけに甘んじていたとでも思っているのですか?」

 

「どう言う意味ですか?」

 

秋山優花里は声を低くして尋ねる。私も澤梓の言葉を理解しかねていた。しかし、ただ1人だけ全てを理解した者がいた。冷泉麻子だった。

 

「梓、おまえが言いたいのは島田流のことだろ?」

 

澤梓は頷いた。冷泉麻子はやはりという顔をした。私はますますわからなくなり、澤梓と冷泉麻子に説明を求めた。

 

「そうです。島田流のことです。島田流と西住隊長は繋がっています。あの戦争の時、西住隊長は島田流と密約を結びました。西住隊長は島田流の金と戦車を望み、島田流は西住流を追い落とすための口実が欲しかった。まさに利害の一致です。秋山先輩、闇は秋山先輩の想像以上に真っ黒です。秋山先輩、死にたくなければこの提案を提出するべきではないです。」

 

「それでも!私は信念のために!」

 

「秋山先輩…そうですか。頑張ってください。もしかしたら、その信念が人を動かすかもしれませんね。」

 

「はい!」

 

澤梓は秋山優花里の返事を聞いて一瞬だけ悲しそうな表情をしてすぐに笑顔を作った。私はその表情を見て心の中が激しくかき乱されそうになった。澤梓が何か重要なことを隠しているのは確かである。西住みほと島田流に一体どんな関係があると言うのだろうか。真相はまだ多くが闇の中である。

 

つづく

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