ワールドブレイク・ザ・ブラッド   作:マハニャー

2 / 18
 思ったよりも長くなりました。よろしくです。



 0話と同じく編集しました。


第一章 聖者の右腕
1 魔族特区 ―Demon Sanctuary―


 ほぼ直上に位置した太陽から、強烈な日差しが降り注いでいる。

 

「熱い……焼ける。焦げる。灰になる……」

 

 真昼も真昼、学校のとある教室の机に突っ伏して、暁古城は弱々しく呻いた。

 制服姿の高校生である。白いパーカーを羽織り、その前髪は狼の体毛のように若干白い。それなりに造りのいい顔には気だるげな表情が浮かび、目は眠たげに細められている。

 これといった特徴はあまりない、どこにでもいるような高校生だった。

 

 八月最後の月曜日。天気は忌々しいほどの快晴。外気温はとっくに人間の体温を超えており、今になっても一向に下がる気配はない。

 さらに最悪なことに、この教室にも一応設置されているエアコンは起動していない。完全な蒸し風呂状態だ。

 薄っぺらいブラインドを突き抜けてくる殺人的な量の紫外線を浴びながら、古城は目の前に座る人影を気だるく睨みつけた。

 

「この間から薄々気になってたんですけど……なんで俺はこんなに大量の追試を受けなきゃならないんですかね?」

 

 真夏の太陽光線が降り注ぎ、窓から絶え間なく熱風が吹き込む地獄のような環境で、古城は担任教師監督のもと、『後期原始人の神話の型の研究』なる怪しげな英文を翻訳させられていた。明らかにまだ習っていない表現が使われており、もはや追試ではなくただの嫌がらせだ。

 

 いくら第四真祖などという馬鹿げた肩書きを持ち、二つもの前世を持っていようと、今この場においては何の意味もなさない。

 いや、少なくとも前世の一つにおける古城(シュウ・サウラ)は学者気質であったのだが、どうも古城はそうではないらしい。

 

 そんな古城の自問するような問いに、目の前の人影は、フンと鼻を鳴らし、高圧的な口調で答えた。

 

「何を言うかと思えば、決まっているだろう、バカめ。あれだけ毎日授業をサボりにサボり、夏休み前の期末テストですら学校に来てすらいなかった貴様だ。これだけで済ませていることを感謝しろ、暁」

 

 教壇の中央。どこからか勝手に運んできたビロード張りの豪奢な椅子にもたれかかった彼女は、皮肉げな笑みを浮かべて見せた。

 

 その彼女、南宮那月(みなみやなつき)は、私立彩海学園の英語教師だ。

 年齢は自称二十六歳だが、実際はそれよりもかなり若く見える。美人というよりも美少女、あるいは幼女と言った方が相応しいほど。

 顔の輪郭も体付きもとにかく小柄で、まるで人形のようでもある。

 その一方、どこかの華族の血を引いているとかで、妙な威厳とカリスマ性があったりもする。そのせいか教師としては有能で、生徒からの評判も悪くはなかった。

 一つの問題を除いて、だが。

 

「いやまあ、それはその通りなんですけども。……暑くないんですか? 那月ちゃん」

「教師をちゃん付けするなと言っているだろう」

 

 彼女が着ているのは、レースアップした黒のワンピース。襟元や袖口からはフリルがのぞいて、腰回りは編上げのコルセットで飾り立てている。ゴスロリと呼ぶには少々上品だが、見た目の暑苦しさでは大差ない。しかし那月は、黒レースの扇子で優雅に自分を仰ぎながら、

 

「この程度、目の前で暑さで死にそうになっている奴がいたら、逆に涼しいな」

「いやいやいや、性格悪いなアンタ」

 

 いやみかよ、と古城は頬杖をつく。それを一顧だにせず、淹れたての紅茶を呷る那月。

 これがカリスマ教師、南宮那月の最大唯一の欠点だった。彼女のファッションセンスには、TPOというものが決定的に欠落しているのだ。この常夏の人工島において、那月の暑苦しいドレスはそれだけで視覚への暴力になる。

 似合っていないわけではないが。いやむしろ、似合いすぎているため何も言えないというのが実情だ。

 

「つか、自分だけ何か飲んでるし……」

「ふ、羨ましいか?」

「いや、この暑さでそんな熱いもん飲む気にはなれませんって。……俺もう帰っていいですよね」

「採点するから少し待て」

 

 そう言って那月は古城から視線を切り、古城の答案を摘まんで赤ペンを手に持った。

 馬鹿馬鹿しいくらいに採点が早い。間違った箇所にでかいバツ印をいくつか書き、

 

「ふん。まあいいだろう。残りの試験勉強も済ませておけよ。……ああ、それと、また何か思い出したら私に言え。相談ぐらいは乗ってやる」

「あーはい。いつもながら、世話になります」

「気にするな。お前はただでさえ、前世の記憶なんてものを背負いながら、さらには世界最強の吸血鬼でもあるのだからな。生徒のケアも教師の務めだ」

「……ありがとう、ございます」

 

 少し優しげな口調で言う那月に、古城は恐縮した。

 

 英語教師、南宮那月のもう一つの肩書きは攻魔師だ。

 魔族特区内の教育機関には、生徒保護のために一定の割合で国家攻魔官の資格を持つ職員を配置することが義務付けられており、那月もその一人なのだった。

 しかも彼女は実戦経験者。特区警備隊(アイランド・ガード)の指導教官も兼任している、現役のプロ攻魔師である。

 そして南宮那月は、古城が第四真祖であることを知る数少ない人間の一人でもある。

 世界最強の吸血鬼などという非常識な体質となった古城が、まがいなりにも一般人のように学校に通えているのも、ひとえに彼女のお陰だった。

 

 さらに古城は彼女に、己の保持する二つの前世の話もしている。

 剣聖フラガと、冥王シュウ・サウラ。その二つ(・・)の前世の記憶のことを、彼女には話していた。

 普通なら一笑に付されるような話だが、彼女は至極真剣に聞いてくれたたため、思わず全部喋ってしまったのだった。

 それだけでなく親身に相談に乗ってくれたり、それとなく気遣ってくれたりして、古城は那月に頭が上がらない。

 まだ全部を思い出したわけではない前世の記憶も、新しく思い出したことがあったら彼女に言うようにしている。

 古城にとって、南宮那月という女性は担任であり、恩人であり、ほぼ唯一の理解者だった。

 

 そのせいで、しばしば彼女の個人的な稼業(・・)の手伝いをさせられたりもするのだが、その程度であれば苦にもならない。

 ともあれ、古城は今日の分の追試を終え、教室から退室しようとする。すると、

 

「ああ、ちょっと待て、暁」

「はい? なん……――――」

 

 いきなり呼びとめられ、不思議に思いながら振り返った直後。

 

 古城に向かって、何の前触れもなく数本の黒い鎖が突進した。

 

「――――!」

 

 古城は声もなく、臨戦態勢に入った。

 

 己の中に眠る、右手、左手、右足、左足、心臓、眉間、丹田の七つの門から超常の力、通力(プラーナ)を引き出す。

 すると、古城の体は(ことごと)く白炎を纏った。

 同時に右手を翳し、その手の中に、前世で幾千幾万幾億と振るった愛剣の姿をイメージし、

 

「……来いよ、サラティガ!」

 

 まるで、鞘から剣を抜き放つように、右手に感触を感じた瞬間に一閃する。

 

 ギキキキィン! と、迫っていた鎖がまとめて弾かれ、吹き飛んだ。

 

 源素の業(アンセスタル・アーツ)の光技、《剛力通》と呼ばれる基礎的な光技で筋力を大幅に強化、元の吸血鬼としての常人離れした筋力と合わせ鎖を押し返したのだ。

 

 振り切った古城の右手には、一振りの剣が握られていた。

 細工を凝らし、意匠を凝らした柄。鏡のような刃。がっしりとした実用的な鍔。長い刀身。鋭い切っ先。

 まさに神々しいまでの美しさ。

 どれだけ鍛え抜かれ、磨き抜かれた逸品か、切れ味を試すまでもなく万人に分かるだろう。

 宝剣――それ自体が既にして一つの宝と言うに相応しい。

 銘をサラティガ。

 剣聖フラガが守護する、正真の聖剣だ。

 

 一度鎖の攻撃を凌いだはいいものの、まだ、さらにもう一陣迫っていた。今度は十本程度。

 

「すらぁぁっ」

 

 凄まじい速度と勢いで迫るそれを、古城は《天眼通》で見切り、《剛力通》を発動して剣を振るい、ことごとくを撃ち落とした。

 しかし、正面から迫る鎖の対応をしている内に、後ろからも鎖が唸りを上げていた。

 古城は慌てず、戦闘で昂りながらもあくまで自然体のまま、後ろに向かって左手の人差し指を向ける。

 

「綴る――」

 

 その瞬間、纏っていた白炎とは対照的な、漆黒の炎が古城の全身を駆け巡った。

 己の中で練り上げた魔力(マーナ)を掻き集め、人差し指を動かす。

 古城の指先は、何千万年前もの遠い記憶を頼りに、魔法の言葉を綴った。

 虚空に光で軌跡を描き、叱声を放つ。

 

「――果断なる意志を!」

 

 トン、と。目の前に綴った魔法の言葉を指先で叩くと、そこから不可視の槍が撃ち出された。

 源素の業(アンセスタル・アーツ)の闇術、第一階梯闇術《精神の槍(マインド・スラスト)》。

 

 その槍は、ギャキィン、という甲高い音を立てて鎖と接触、鎖の軌道を逸らして砕け散った。

 

 最も初歩的な闇術である《精神の槍(マインド・スラスト)》ではこれが限界。しかし、これで十分だ。

 直撃コースから外れた最後の鎖を、裂帛の勢いを込めた《剛力通》の派生技、《太白》で打つ。

 これもまたあらぬ方向に吹き飛び、虚空に溶けるように霧散した。

 

 さらなる追撃がないことを確認した古城はサラティガを持つ手をだらりと下げ、元凶である担任教師に視線を向けた。

 

「……で、那月ちゃん。今のは一体、どういうわけだよ?」

 

 そう問う古城の口ぶりには、多大な疲労が込められていた。

 この年下にしか見えない教師に、本気で自分を害する気がないことは分かっていたが、やはりいきなり攻撃されて納得がいくわけがない。

 果たして那月は、そんな古城の苦情も意に介した様子を見せずに、

 

「ふむ……相変わらず不思議な力だな、お前のその、光技と闇術とかいうのは」

 

 まるで学者や科学者のように好奇心に満ちた目で、那月は古城の全身を覆う白炎の如き通力(プラーナ)をしげしげと眺めていた。

 常人には視認できない通力(プラーナ)魔力(マーナ)だが、ある一定以上の異能力者、魔術師、攻魔師となると、これを肉眼で確認することができる。

 これまでにも那月は古城の力を見たことがあったはずだが、どうやら今回は純粋な興味本位だったらしい。

 それを思い知って、古城は思わずげんなりした。

 

「……んな理由で生徒を襲うなよ、アンタは。結構ドキドキしちまったじゃねえか」

 

 そんなぼやきが口を衝いて出てきた。

 しかし古城のその言葉は、那月のドS心に火を付けただけだった。

 那月は、その幼げな美貌に嗜虐的な色を載せ、椅子から立ち上がってするりと古城に身を擦り寄せた。

 既に古城の手からサラティガは消え去り、白炎の如き通力(プラーナ)もいつの間にか失せている。

 

「ほう? ドキドキとは、お前は私のような体形の女に迫られて欲情すると? まったく、大した変態吸血鬼だな第四真祖」

「は? いや待て、何言ってんだアンタ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げて仰け反る古城だが、それは那月を余計に悦ばせるだけだったようで、

 

「ふふ、そう怖がるな。私はオトナだからな。多少の無礼は目を瞑ろう、そう、たとえば。自分の担任に獣欲に塗れた視線を注ぐぐらいはな……」

「……~~~~っ!?」

 

 幼い外見に似合わぬ艶っぽい口調で、耳元に囁かれた古城は、頭の中が真っ白になった。

 わたわたと視線を巡らせる中で、古城の視線は那月のワンピースの襟元からのぞく首筋で止まった。否、止まってしまった。

 真昼の強い日差しがなくとも、青く透ける血管の位置がよく分かる。

 

 

 

 前述の通り、南宮那月は、非常に優秀で強力な攻魔師だ。

 

 ならば、彼女の総身を絶え間なく駆け巡る血液は、彼女の豊潤な魔力の沁み渡った血潮は、一体どんな味なのだろうか。

 

 甘露な果実の果汁の如く、甘いのだろうか。あるいは、舌が焦げるほどに鮮烈で、香ばしいのだろうか。

 

 どちらにしろ、その血は自分(吸血鬼)にとって、とても甘美な味わいに違いない――

 

 

 

 と。その瞬間、古城は強烈な喉の渇きに襲われた。それと同時に、古城の虹彩も赤く染まる。

 これはマズイと悟り、自分に擦り寄っていた那月を力いっぱい突き放す。

 古城は、一度だけ、しかし大きく喉を鳴らした。

 妖気にも似た異様な気配が、古城の全身から静かに放たれる。

 

 吸血鬼の吸血衝動。こればかりは、いくら古城でも抗うのは至難の業だ。

 

「……………………っ!」

 

 そして次の瞬間、古城は自分の鼻先を押さえ、低く息を吐きだした。

 その指先から真紅の液体がこぼれる。口腔の中に、生暖かい感覚が広がっていく。鼻血。

 甘く金臭い、血の匂い。

 噴き出した鼻血を乱暴に拭いながら元凶を睨みつけるも、口元を赤く染めながらなのであまり怖くはない。

 

「那月ちゃん……あんま、そういうこと、してくんなよ……」

 

 かなり弱々しい声になってしまった。

 けれど那月はむしろ呆れたように肩を竦めて、

 

「どちらかと言えば、私のような女に擦り寄られて興奮する貴様の方が悪いんじゃないか? 暁古城」

「………………あざす」

 

 言いながら差し出されたティッシュ箱を受け取り、数枚出してから鼻の辺りと手の平をふく。

 いろいろ言いたいことはあったが、努力して抑え込んだ。

 このドS英語教師の享楽に、何を言っても意味などないと分かっているからだ。

 

 既に吸血衝動は去っている。チッと苛立たしげに舌打ちしながら首を振る。

 

「それで。俺、今度こそ帰っていいっすよね?」

「ああ。すまんな、時間を取らせた。……暁古城」

「はい? まだ、何かあるんすか?」

「あまり見境なく盛って、見知らぬ女に襲いかかったりするなよ。それこそ、物語の中の吸血鬼のようにな」

「………………あ、アンタなあ……!」

 

 んなことするか! アンタ、生徒を何だと思ってんだ!? 叫ぼうと思ったが、そこで那月はどこかいつもと違う艶やかな雰囲気で、

 

「……私相手なら、まあ構わんがな?」

 

 クスリ、と。僅かに微笑んだ。

 思わず目を見開いて那月を凝視したが、その時にはすでに、いつもの見慣れた傲岸不遜な表情に戻っていた。

 

「そういえば、もう一つあったな」

「……なんすかね、今度は」

 

 応える古城の声音は、完全に警戒しきっていた。それも当然だろう。

 しかし那月はそんな古城の警戒を鼻で笑うように、フッと息を吐き、

 

「安心しろ、別にお前をどうこうという話じゃない。昨日、アイランド・ウエストのショッピングモールで、眷獣をぶっぱなした馬鹿な吸血鬼(コウモリ)が居たらしい。お前、なにか知らないか?」

「は?」

 

 思わず、本当に思わず、気の抜けた声を上げてしまった。

 昨日。西地区(ウエスト)のショッピングモール。眷獣。吸血鬼。

 残念ながら、古城には心当たりがあり過ぎた。

 

 本当ならここで那月に昨日の騒ぎを話してしまうべきなのだろうが、それは憚られた。なぜなら、騒ぎには古城とその吸血鬼以外にも、とある中学生が絡んでいる。

 もしもその中学生が事件の参考人として事情聴取を受け、特区警備隊(アイランド・ガード)あたりに古城の正体をばらされでもしたら、古城としては困るのだ。

 なぜなら、この絃神市に第四真祖などという吸血鬼は存在しないことになっているからだ。つまりは未登録魔族。それが露見したら非常に面倒なことになる。

 

 結果、錆びついた歯車のような動きで首を振るしかないのだった。

 

「そうか。ならいい。私はてっきり、お前の正体を知って尾け回していた攻魔師が、そこらの野良吸血鬼と遭遇して揉めたんじゃないかと心配していたんだ」

「は、ははっ……まさかそんな……」

 

 しかし、那月の心配していたという言葉は嘘ではないのだろう。偉そうな口調なので分かり辛いが、彼女は古城のことを本当に気にかけてくれている。

 そんな担任教師に偽りを伝えなければならないことを心苦しく思いながら、古城は昨日のことを思い返していた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「さて、帰るか……凪沙のヤツが、飯の支度を忘れてないといいんだが……」

 

 古城はそう呟き、教科書と問題集をカバンに放り込み、伝票を掴んで立ち上がった。

 この日は、級友である矢瀬基樹(やぜもとき)とその幼馴染、藍羽浅葱(あいばあさぎ)に勉強を教えてもらうため、市内のとあるファミレスに来ていた。

 しかし心ない友人たちは支払いを古城に押し付けてさっさと帰ってしまったため、古城はひとり寂しくそれなりの行列のレジに並ばなければならなくなった。

 

 精算を済ませて店を出て、残念な感じになってしまった財布の中身を見て、深い溜め息を吐く。

 吸血鬼である古城を呪い殺さんばかりの日差しに、顔を顰めてパーカーのフードを目深にかぶり、古城は歩き出した。

 いや、正確には歩き出そうとした。実際には、店を出て二歩進んだ時点で立ち止まった。

 なぜか。簡単である。店を出た時点から、どこからか視線を感じたからだ。

 

「………………」

 

 無言で周囲に視線を巡らし、眉間にだけ通力(プラーナ)を纏わせて《天眼通》を発動し、視線のもとを探る。

 見付けた。見付けたが、殊更反応するようなことはせずに、そのまま何気ない様子で歩きはじめる。

 ファミレスの軒先から出た瞬間に感じる、じりじりと肌を焦がすような日差しを浴びながら、古城は尾行者を連れて帰路に着いた。

 

 

 

 

 

「やっぱり尾けられてる……な」

 

 何気ない仕草で背後を確認し、面白くなさそうに鼻を鳴らした。

 

 古城から十五メートルほど離れた後方を、一人の少女が歩いている。ファミレスを出た時点から付いて来ていた尾行者である。

 彼女が着ているのは、浅葱のものと同じ彩海学園の女子の制服だ。襟元がネクタイではなくリボンになっているということは、中等部の生徒なのだろう。肩に担いだベースギターのギグケースが目を引く。

 見覚えのない顔だった。綺麗な顔立ちをしているが、どことなく人に馴れない野生のネコに似た雰囲気がある。短いスカートに慣れていないのか、ときたま動きが無防備で危なっかしい。

 彼女は古城から一定の距離を保ったまま、話しかけることもせずに追従していた。明らかに尾行されているが、本人は古城に気付かれていないつもりらしい。

 

「気配の消し方からして、素人じゃないな」

 

 一応、古城の一歳違いの妹で彩海学園中等部の生徒である暁凪沙(なぎさ)の関係者であるセンも考えてはみたが、そうであるなら話しかけてこないのはおかしい。

 それに加えて、尾行は素人としか思えなくても、足音や衣擦れ、呼吸音などを極力抑える気配の消し方は明らかに素人ではなかった。

 

 正直に言えば、古城には一つだけ心当たりがあった。だがそれは、あまり考えたくない可能性である。

 脳裏に浮かんだ考えに思わず顔を歪め、ちょうど目についた自動販売機に立ち寄る。

 ポケットから財布を取り出し、投入口に入れながら、古城は自分の体を陰にして、その影の中からとあるモノ(・・)を出現させた。

 

「起きろ。渾沌ルズガズリンケン」

 

 言った瞬間、たちまちにして異変が起きた。

 古城と自動販売機の間にある影から、黒い何かが滲み出てくる。

 犬のような、決して犬でないような、いわく言い難い怪物だった。

 それが一匹のみ。サイズは犬というよりも猫並。

 

「あの娘――俺の後ろにいる娘を後ろから追いかけろ。気付かれるなよ」

 

 犬のようなモノ――ルズガズリンケンと呼ばれた怪物は、頷くように首を振り、自動販売機の壁と天井を蹴って立ち並ぶ建物の合間を駆けていった。

 渾沌ルズガズリンケンとは、前世の古城、冥王シュウ・サウラが創造した、四凶と呼ばれる戦闘用魔法人形(ゴーレム)の一体だ。

 かりっかりの戦闘用だが、サイズや数を自由に変えられるためそれなりに重宝する。

 

 あまり長く自販機の前に居ても怪しまれる。缶コーヒー(もちろんアイス)を買って、ササッと自販機の前を離れる。

 ルズガズリンケンがきちんと命令通り、少女の後方に位置したことを確認し、今度は古城から接触を試みるため、ショッピングモール前の路地を曲がった。

 しかし深くまで行くことはせずに、曲がってすぐのところで待ち構える。ギターケース少女がどういうつもりで尾行しているのかは知らないが、古城の姿が見えなくなれば何かしらの動きがあるだろうと踏んだのだ。

 

 そして案の定、少女は困り果てたように周囲に視線を巡らせた。

 古城の姿を見失うのは避けたいが、かといって路地裏に入ってしまえば古城とばったり鉢合わせる可能性が高い。そんなところだろう。

 夕暮れ時、寂れた細い路地の前で一人立ち尽くす少女の姿は、ひどく儚げに感じられた。

 

 それを観察しながら、古城は何故か、酷い既視感(・・・)に襲われた。

 

「…………っ!?」

 

 不意に脳髄の奥に激痛が迸り、ヂリリ、ヂリリ、と頭を裏側から引っかかれるような感覚に古城は堪らず倒れそうになる。

 慌てて壁に手をついて姿勢を保つが、頭痛は全く治まることなく、むしろ彼女の姿を視界に収めるごとに少しずつ強くなっていた。

 まるで、自分の中に居る他の誰かが、何かを思い出せ、思い出さなければいけない、と盛んに叫んでいるように――――

 

 古城はこの感覚に覚えがあった。前世の記憶が蘇ろうとしている時の前兆だ。

 だが、いつまで経っても何かの映像や感覚が脳裏に蘇ることはなかった。

 ギリッと奥歯を噛み締めて耐え続けていると、やがて直前までの痛みが嘘だったかのように跡形もなく消えて行った。

 

「何だったんだよ……」

 

 はぁ、と古城は深々と溜め息を吐き、少女の方を見るが、今度はいきなり頭痛に襲われるようなことはなかった。

 不審に思いながらも、古城は通路の外に出た――と同時に、間の悪いことに少女の方も覚悟を決めたのか、意を決して踏み込んできた。

 結果、先程の予想通り、二人はばったり鉢合わせてしまった。

 

 古城たちはしばしの間無言で見つめ合う。

 

「…………」

「…………」

 

 どうしてか、どちらも相手から視線を外すことが出来なかった。

 古城の方はまたもやあの既視感が襲ってきて、少女の方は何故か古城の顔をジッと見つめたまま呆けたように固まっていた。

 そのまま見つめ合うこと数十秒。

 どうにか先に反応したのは、ギターケース少女の方だった。

 

「……第四真祖!」

 

 彼女はやや上擦った声で叫ぶと、重心を低くした。その速度は、古城(フラガ)の目からしてもなかなかのものだったが、既視感も吹っ飛んだ古城の内心は深い落胆で彩られていた。

 間近で見ても綺麗な少女だが、今の一言でそれも帳消しである。

 どうやらこのギターケース中学生は、第四真祖という吸血鬼を探していた訳だ。真祖の命を狙っているという訳でもなさそうだが、何にしても面倒な相手だった。

 

 世界最強の吸血鬼、などという非常識な肩書きを古城が受け継いだのは、ほんの三カ月ばかり前のこと。ひた隠しにしている努力と担任教師の協力のおかげで、その事実を知る者は、この島に古城と那月の二人しかいないはずだった。

 

「誰だ、お前?」

「わたしは獅子王機関の剣巫(けんなぎ)です。獅子王機関三聖の命により、第四真祖であるあなたの監視のために派遣されてきました」

 

 は、と古城は気の抜けた声を漏らした。何やら知らない単語が多すぎて、何を言っているのかさっぱりだった。

 ただ厄介事の予感だけはひしひしと伝わってくる。

 

 なので、ここはさっさと離脱することにした。

 

「あー……わりィ、人違いだわ。他を当たってくれ。俺は古城なんて名前じゃないし」

「え? 人違い? え、え……?」

 

 困惑したように視線を泳がせる少女。生真面目そうな瞳や雰囲気といい、意外と騙されやすいのかもしれなかった。それとも素直なだけか。

 その隙に立ち去ろうとした古城を、少女は慌てて呼び止める。

 

「ま、待ってください! 違いますよね!? あなたが、暁古城ですよね!?」

「違うから。俺はフラガだから」

 

 嘘は言っていない。

 

「誰ですか、それは!? 嘘をつかないでください!」

「じゃあ、シュウ・サウラだから」

「さっきと違うじゃないですか!」

 

 重ねて言う。嘘は言っていない。

 

「じゃあ、ルシフェルだから」

「えっ…………ルシ、フェル……? それ、は……って、ちょっと待ってくださいって!」

「いや、監視とか、そういうのはホント間に合ってるから。じゃあ、俺は急いでるんで」

 

 ……嘘は言っていないが、少女は何故かその名に激しく反応した。

 古城はそんな彼女に特に興味を示すこともなく、ぞんざいに手を振ってその場を離れた。

 

 呆然と立ち尽くす少女を見た限り、どうやら尾行を諦めてくれたらしい。根本的な解決になってはいないが。

 ショッピングモールの前を完全に通り過ぎようとしたところで、古城はルズガズリンケンを少女に尾けさせていたことを思い出した。撤退の命令を出そうとして振り返り――そこで目にした光景にぎょっと目を見開いた。

 

 さっきのギターケース少女を挟み込むようにして、見るからに軽薄そうな男の二人組が立っていた。状況から察するに、ナンパだろう。

 

「中学生に手を出してんじゃねぇよ、オッサンたち」

 

 古城の顔に焦りが浮き、低い呻きが漏れた。いつの間にか、少女の冷ややかな態度のせいで少々険悪な雰囲気になっていた。

 しかし古城は容易には動けない。

 万が一騒ぎが大きくなって警察沙汰にでもなった際、古城にとばっちりが来ないとも限らないことと、もう一つ。

 

 男達が手首に嵌めている金属製の腕輪の存在だ。生体センサや魔力感知装置、発信機などを内蔵した魔族登録証。それを付けているということは、彼らは魔族特区の特別登録市民、すなわち人外。魔族《フリークス》だ。

 あれを付けている以上、彼らが特区警備隊《アイランド・ガード》の大群と立ち向かう度胸を持っていなければだが、少女に危害が及ぶことはないだろう。

 

 問題は、古城の正体、第四真祖の正体が少女の口から漏れる可能性があること。

 むしろそちらの方が、古城にとっては大問題だった。

 

「仕方ないか……」

 

 再び溜め息を吐き、古城は歩き出した。何とかこの状況を丸く収めねばなるまい。

 

 彼女の制服のスカートが、ふわりとめくれ上がったのは、その直後だった。

 男の片方が少女のスカートをめくったのだ。小学生みたいな真似をする男である。

 パステルカラーのチェックの布切れを視界に収めて、古城は思わず硬直した。そして、

 

「若雷《わかいかずち》っ――!」

 

 少女が柳眉を逆立てて叱声を放ち、次の瞬間、彼女のスカートに手をかけていた男の体が、トラックに撥ねられたような勢いで吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 もう一人の男の方には見えていなかっただろうが、古城にははっきりと少女の動きが見えていた。

 あれは掌底だ。魔力の流れや精霊たちの動きは感じなかったから、可能性があるとすれば気功や仙術の類。しかし古城の目にはそれだけでなく、僅かではあるが新雪のような色の、白銀の通力(プラーナ)が見えていた。

 

 この世界のほとんどの人間には通力(プラーナ)を知覚することもできなければ、使用することも出来ない。

 通力(プラーナ)魔力(マーナ)といった力は前世の記憶を受け継いだ転生者のみが持つものであり、それが故に世間にはあまり広まっていない。

 と、いうことは、彼女もまた古城と同じ転生者ということになるのだが……見えたのが一瞬だけだったせいで、アレが本当に通力(プラーナ)だったのか古城は自信がなかった。

 

 今しがた吹き飛ばされた男は、強靭な肉体が売りの獣人種らしかった。それほど強力な個体ではなさそうだが、それでも華奢な少女の一撃程度で昏倒するような、やわな種族ではないはずだ。

 

「このガキ、攻魔師か――!?」

 

 呆気に取られていたもう一人の男が、ようやく我に返って怒鳴った。

 

 攻魔師とは、魔術師や霊能力者などの魔族に対抗する技術を身に付けた者の総称である。

 軍人や警察の特殊部隊員、民間の警備会社の社員、あるいはそれ以外の雇われ攻魔師――彼らの身分は様々で使用する技術体系も千差万別だ。

 だが、いずれにしても彼らが魔族にとっての天敵であることは間違いない。

 

 そして、あまりにも突然の出来事で、男も動揺していたのだろう。

 恐怖と怒りに表情を歪ませ、魔族としての本性をあらわにする。真紅の瞳。鋭い牙。

 

「D種――!」

 

 少女が表情を険しくして呻いた。

 D種とは、様々な血族に分かれた吸血鬼の中でも、特に欧州に多く見られる〝忘却の戦王(ロストウォーロード)〟を真祖とする者たちを指す。一般的な吸血鬼のイメージに最も近い血族である。

 

 どうする、と古城は思索する。

 

 普通に考えれば吸血鬼に襲われている少女の方を助けるべきなのだろうが、どうやら彼女もただの中学生という訳でもないらしい。

 そもそも彼女は古城を狙ってきた訳で、最悪の場合敵に回るかもしれないのだ。

 だがしかし、彼女がどれだけ優れた攻魔師でも、たった一人で吸血鬼に正面から挑んで勝てるとは、とても思えない。

 いくら日没前とはいえ、吸血鬼には高い身体能力、魔力への耐性、そして不死身とすら言われる強靭な再生能力がある。さらに、彼ら吸血鬼にはもう一つ、魔族の王と呼ばれるに相応しい圧倒的な切り札が存在した。

 

「――灼蹄(シャクテイ)! その女をやっちまえ!」

 

 吸血鬼の男が絶叫し、左脚から何かが噴き出した。

 それは鮮血に似ていたが、血ではなかった。陽炎のように揺らめく、どす黒い炎だ。

 その黒い炎は、やがて歪な馬のような形を取った。

 甲高い嘶きが大気を震わせ、炎を浴びたアスファルトが焼け焦げる。

 

「こんなところで眷獣を召喚するなんて――!」

 

 少女が怒りの表情で叫んだ。

 男の左手に嵌められた腕輪が、攻撃的な魔力を感知して、けたたましい警告を発している。

 

 眷獣。そう、男が喚び出した怪物は、眷獣と呼ばれる使い魔だった。

 吸血鬼は己の血の中に、眷族たる獣を従える。

 その眷獣の存在こそが、攻魔師たちが吸血鬼を恐れる理由である。

 吸血鬼は、確かに強大な力を持った魔族であるが、海力や敏捷さも、生来の特殊能力でも、吸血鬼を凌ぐ種族はいくらでもいる。

 にもかかわらず、なぜ吸血鬼だけが魔族の王として恐れられているのか――

 

 その答えが眷獣なのだった。

 眷獣の姿や能力は様々。しかし、最も力の弱い眷獣でさえ、最新鋭の戦車や攻撃ヘリの戦闘力を凌駕する。

〝旧き世代〟の使う眷獣ともなれば、小さな村を丸ごと消し飛ばすような芸当も可能だと言われている。

 

 無論、若い世代であるナンパ男の眷獣にはそこまでの能力はない。だが、この灼熱の妖馬が走りまわるだけで、ここら一帯にどれだけの被害が出るか。

 そんな危険な召喚獣が、たった一人の少女に向かって放たれたのだ。

 宿主である男は、どうやら上手く眷獣を制御することができていないようだった。恐らくは、召喚すること自体がこれが初めてなのだろう。

 制御が利かず半ば暴走状態となった眷獣は、周囲の街路樹を薙ぎ払い、街灯の鉄柱を融解させ、アスファルトを焼け焦がしている。その様はまさに暴れ馬。

 これはさすがにマズイ。さしもの古城も危機感を抱き、サラティガを召喚して参戦しようとして身構える。その刹那、チラリと少女の様子を窺う、と。

 

 少女の顔に恐怖の色は浮かんでいなかった。

 

「雪霞狼――!」

 

 背負ったままのギターケースから、少女が一本の銀槍を抜き放つ。

 槍の柄が一瞬でスライドして長く伸び、格納されていた主刃が穂先から飛び出した。まるで戦闘機の可変翼のように、穂先の左右にも副刃が広がる。洗練された近代兵器のような外観である。

 

 吸血鬼の眷獣とは、意志を持って実体化するほどの超高濃度の魔力の塊。すなわち魔力そのもの。一度放たれた眷獣を止めるには、より強大な魔力をぶつける以外にない。

 しかし少女は、二メートル近くにも伸びた美しい槍を軽々と操って、暴れ狂う妖馬へと突き立てた。

 もちろん、その程度で眷獣が止まる筈はない――のだが、

 

「な……!?」

 

 ナンパ男が、驚愕と恐怖に目を見開いた。

 銀の槍に貫かれた姿で、彼の眷獣が止まっていた。

 少女が無言で槍を一閃する。切り裂かれた妖馬の巨体が揺らぎ、跡形もなく消滅する。

 それはロウソクの火を吹き消すような呆気なさだった。眷獣の姿は完全に消えている。

 

「う……嘘だろ!? 俺の眷獣を一撃で消し飛ばしただと!?」

 

 使い魔を失ったナンパ男が、怯えたように後退る。しかし少女の表情は険しいままだ。

 怒りの籠もった瞳で男を睨みつけ、槍を構えて、硬直して動けない男へと突進する。そして銀色の槍が、男の心臓を貫こうとしたその時――

 

「起きろ、渾沌ルズガズリンケン!」

 

 古城が叱声を放った。

 同時、少女の影から犬のような形をした黒いナニカが湧き出て、少女の構えた槍の柄に噛み付く。

 

「えっ!?」

 

 冷ややかに猛り狂っていた少女の目が、驚いたように見開かれた。

 

「眷獣――いえ違う、まさか魔法人形(ゴーレム)!? こんなに精巧なものを、一体誰が――」

 

 動転しながらも、少女は咄嗟に槍を大きく振るって、齧りついたルズガズリンケンを振り払った。

 そして次に、この近辺で強力な魔法人形(ゴーレム)を使役できそうな、つまり強大な魔力を持つ人物――古城の方を振り返る、が。

 その瞬間には、もう古城はサラティガを召喚して、走り出していた。

 

「すらあぁっ!」

「なっ!?」

 

 全身に白炎の如き通力(プラーナ)を纏い、《神速通》の派生技、《武曲》を用いて超スピードで突進。

 ロクに反応できない少女の手に握られていた槍の柄を、源素の業(アンセスタル・アーツ)の《太白》で下から上へと打ち上げる。

 流麗なシルエットを持つ銀色の槍と、鏡のように磨き抜かれた刀身を持つ聖剣が、一瞬だけ激しくぶつかり合い、火花を散らす。

 結果、打ち勝ったのは古城の握るサラティガの方だった。

 キイィィン、と甲高い音を立てて銀色の槍がくるくると回転しながら、少女の背後のアスファルトに突き立つ。もちろん、古城が気を遣った結果だった。

 

「暁古城!? 雪霞狼を弾き飛ばすなんて、魔力を使っていないとでも……っ!」

 

 攻魔師の少女が、愕然とした表情で槍を掴みつつ、後ろへ飛んだ。突然現れた古城を警戒するように距離を取り、近くに停めてあったワゴン車の屋根に着地する。まるで猫のように俊敏な動作だった。

 

「おい、アンタ。仲間を連れて逃げろ」

 

 古城は忙しない口調で、背後に立ち尽くしているナンパ男に怒鳴った。

 

「これに懲りたら、中学生をナンパすんのはやめろよな。不用意に眷獣を使うのもな!」

「あ、ああ……す、すまん……恩に着るぜ」

 

 男は青ざめた顔で頷くと、気絶した仲間の獣人男を担いで去っていく。

 それを見て動き出そうとした少女に、古城の隣に来ていたルズガズリンケンが唸り声を上げて威嚇した。

 古城はやれやれと息を吐く。

 

「おまえもさ……どういうつもりかは知らないけど、やりすぎだって。もういいだろ」

「どうして邪魔をするんですか?」

 

 むっつりと古城を睨みつつの非難がましい言葉に、古城はますます気だるげな表情になった。

 

「邪魔っつうか、目の前で喧嘩してるやつらがいたら、普通止めようと思うだろ。大体お前、なんで俺の名前を知ってんだよ?」

「……公共の場での魔族化、しかも市街地で眷獣を使うなんて明白な聖域条約違反です。彼は殺されても文句を言えなかったはずですが」

「それを言うなら、あいつらに先に手を出したのはお前の方だろ。むしろ、あいつらは正当防衛も証言できる」

「そんなことは――」

 

 途中で黙り込んでしまう少女。男達と争いになった経緯を思い出したらしい。

 ほらな、と古城は強気な表情で少女を睨み、

 

「お前が何者なのかは知らんけど、ちょっとパンツ見られたぐらいでそんなもん振り回して殺そうとするのはあんまりだろ。いくら相手が魔族だからって――」

 

 そこまで言ったところで、ようやく古城は自分の失言に気が付いた。

 銀の槍を持った少女が、蔑むような目つきで古城のことを睨んでいた。

 

「もしかして、見たんですか?」

「あ、いやそれは……」

 

 古城は言い訳を探して口ごもり、未だサラティガを握ったままの手を無意味にブンブン振り回す。危なっかしい。

 

「でもほら、そんな気にするようなことじゃないだろ。中学生のパンツなんぞ俺も興味ないし、なかなか可愛い柄だったし、見られて困るようなもんでもないんじゃないかと……」

「………………」

 

 あたふた言い訳する古城を眺めて、少女が深く溜め息を吐いた。しかし古城に向けた軽蔑の目つきはそのままだ。

 好転させるどころか、むしろ状況を悪化させた主に呆れるように、ルズガズリンケンが尻をペタンと付けて、わふう、と溜め息のようなものを吐いた。

 

 そしてその瞬間、まるでタイミングを見計らっていたかのように、離島特有の島風が海沿いのショッピングモールを吹き抜けていった。

 ワゴン車の屋根に立っていた少女のスカートが、ふわりと無防備に舞い上がる。

 古城はそのままの姿勢で動きを止めた。無意識に視線が吸い寄せられて動かせない。

 

 息苦しいほどの静寂が訪れる。

 

「なんでまた見てるんですか」

 

 両手で槍を構えたままの姿勢で、少女が訊いた。

 完全に硬直していた古城は、その声でようやく我に返って、

 

「いや待て。今のは俺は悪くないだろ。お前がそんな所に立ってるから――」

「……もういいです」

 

 うろたえる古城を冷たく見下ろし、少女は刃を格納した槍をギターケースに収めて、音もなく地上へと舞い降りる。

 そして、醒めた目で古城を一瞥して、

 

「いやらしい」

 

 今度こそ古城に背を向けて走り去っていった。

 

「………………」

 

 ぽつん、と一人残された古城は、まずサラティガをしまってルズガズリンケンを再び影の中に押し込んで、パーカーのポケットに手を突っ込んで歩きだそうとした。

 一方的にひどいことを言われたような気がしたが、立ち去る直前の彼女が真っ赤な顔をしていたせいか、不思議と腹は立たなかった。

 冷静ぶっていても、所詮は中学生(コドモ)だよなあ、と思う。

 

 もう少しすれば、吸血鬼のナンパ男の嵌めていた登録証から眷獣の魔力を感知した特区警備隊(アイランド・ガード)が来るだろう。疚しい所はないとはいえ、こんな所に長居して巻き込まれたら面倒だ。

 疲れた、と嘆息して帰路につこうとした古城は、

 

「ん……?」

 

 ふと道路上に落ちていた何かに気付いて、眉を顰めた。

 それは、白地に赤い縁取りの、二つ折りのシンプルな財布だった。

 そのカードホルダーに差しこまれていたのは、クレジットカードが一枚と学生証。

 

 学生証には、ぎこちなく笑う少女の顔写真と、姫柊雪菜――という名前が刷り込まれていた。




 あれー、おっかしいな。
 これはまさか、那月ちゃんヒロインに入っちゃうかな?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。