ワールドブレイク・ザ・ブラッド   作:マハニャー

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 申し訳ありません、だいぶ間が空きました!
 そんなこんなで第三話です。
 サツキが登場します。
 浅葱が登場します。


3 監視者の居る風景 ―Here Comes The Watchdog―

 その夢の中で、古城(フラガ)は疲れ切っていた。

 戦場で幾千幾万幾億と剣を振るい、幾千幾万幾億と敵を屠った、その帰り道。

 分厚い雲が天蓋となって塞ぐ空を見上げながら歩いていると、ふと蹄の音が聞こえ、一匹の白馬がやってきた。

 

 背には、身目麗しい少女の姿。

 海に星を撒いたような、煌めく青い瞳が印象的。

 仕立ての良い白いドレスを着ていて、そんな恰好で馬を駆るなど無作法にもほどがあろう。

 しかし、そんなものを笑い飛ばすかのような、勝ち気そうな雰囲気の少女だった。

 

「フラガ! フラガ兄様!」

 

 凛々しくも可憐な声で呼びかけられる声に、古城(フラガ)は微笑んだ。

 体の底に澱のように溜まった闘志や、殺気や、血臭を、全て丸呑みにしてしまうが如く。

 

「戦場に一人で来るなと言っているだろう、サラシャ」

「フラガこそ、一人で出陣しないでと何度頼んだら聞き分けてくれるの!?」

 

 少女――サラシャは馬から跳び下りると、熱烈に抱き付いてきた。

 激情に駆られたように声を上げ、煌く瞳にはじんわりと涙が浮かんでいる。

 

「そうね、フラガは聖剣の守護者だものね、最強の剣士だものね! あたしたちは足手纏いでしかないものね!」

 

 古城(フラガ)の胸を叩きながら、恨みごとをぶつけてくる。

 古城(フラガ)はただ頭を掻くだけ。無言の肯定。

 

「でも、それでも! 許してよ! あたしに、フラガのことを心配する不遜を許してよ!」

「不遜なものか」

 

 泣いてるくせに、精一杯背伸びして、睨みつけてくる少女。

 その頭を、古城(フラガ)は優しく撫でた。

 

「俺の方こそ許してくれ。お前に心配してもらえる、罪深き幸福を」

 

 そう言って古城(フラガ)はサラシャの目元に口付け、自分のために流してくれた涙を唇で啜った。

 少女の頬が薔薇色に染まる。

 

「俺は、お前を愛してる」

「あたしも、フラガを愛してる」

「お前が居るから、俺は戦えるんだ」

 

 血みどろの死闘は全て、この少女のためだけに。

 世界とはつまり、サラシャのことだ。

 

「これからもずっと、俺の無茶を心配してくれ。そうしたら俺も約束する。どんな苦しい戦場に赴こうと、どんな強敵とまみえようと、どんなに離れようと隔てようと神に引き裂かれる運命であろうと――」

 

 囁き、

 

「――俺は必ず勝利し、そしてお前の元に帰るから」

 

 耳まで真っ赤にした愛しい少女に、まるで二人の誓いを立てるように、優しく口付けを――

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「……久しぶりに見たな、あの夢」

 

 カーテンから差し込む眩い朝日に目を眇めつつ、第四真祖・暁古城は起床した。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 暁古城の自宅があるのは、アイランド・サウスこと住宅が多く集まる絃神島南地区。九階建てのマンションの七階だった。建築物の高さが厳しく制限された人工島(ギガフロート)内では比較的背の高い、見晴らしのいい建物の一つだった。

 

 夏休み最後の日だったが、古城には生憎追試があり、今日も学校に赴かなければならなかった。

 冷房の効かないエレベーターから死にそうになって出てきた古城は、ゆらゆらと陽炎が立ち込めるアスファルトに、見覚えのある後ろ姿があることに気が付いた。

 彩海学園の制服を着て、ギターケースを背負った少女だった、

 

「あ……先輩」

「姫柊、ずっとここに立ってたのか? まさか、俺を見張るために……?」

 

 何か、ストーカー的な執念を感じて、古城は不安になりながら訊いてみる。

 と言うか、振り返って、こんにちは、と生真面目な口調で挨拶する雪菜の首筋や顔に汗の一つも浮いていないのが、魔族である古城よりもよっぽど人間離れしていてちょっと怖い。

 果たして雪菜は、無表情に古城を見返して、

 

「はい。監視役ですから」

「マジか、おい!?」

「冗談です」

 

 クス、と小さく笑う雪菜。妙に冷静な口調のせいで、どこまで本気かが分からず心臓に悪い。

 唇を歪めて黙り込む古城に、ふと雪菜は何かを思いついたように顔を上げた。

 

「そうだ先輩、その段ボール箱、部屋に運んでもらえませんか?」

「これか? いいぞ――って、待て。姫柊、部屋ってどこだ……?」

「こちらのマンションの、七〇五号室ですが」

「ここなのかよ!? しかも七〇五号室って、俺ん家の隣じゃねえか!」

 

 思わず叫ぶ古城に、雪菜は不思議そうに首を傾げた。

 古城はイライラと頭を掻いて、

 

「それも獅子王機関の命令ってやつかよ?」

「はい。先輩が住んでいるからだと思いますが……」

「理由は聞いてねえよ! そう言えば、先週七〇五号室の山田さんが急に引っ越していったのも、お前らがなんかしたのか!? この島で平和に暮らしてる全島民に謝れ!」

「あ、い、いえ。前の住人の方には、きちんと立ち退き手数料を払って引っ越していただいたと聞いています。転居先も同等以上の住居を用意した、と」

「ならいいが……」

「曲がりなりにも、政府機関のやることですから」

「そういやそうだったな」

 

 ロクに挨拶したこともないとはいえ、かつての隣人一家が自分のせいで不幸な目に遭ったりしたら、さすがに寝覚めが悪い。ホッと胸を撫で下ろした。

 仕方ない。息を吐き、古城は雪菜の足元に置かれた段ボール箱を三つ一気に持ち上げた。

 吸血鬼の超人的な膂力など、どうせ日常生活ではこのような場面しか役に立たない。

 

「あの、一つぐらい持ちましょうか?」

「いや、いいさ。このぐらいどうってことないし」

 

 気づかわしそうにする雪菜に笑いかけてから、古城は雪菜を連れてエレベーターに乗り込む。

 雪菜が迷いなくエレーベーターの七階のボタンを押す姿を見て、複雑な気持ちになる古城。

 やはりエレベーターの中は熱気がこもって、すこぶる不愉快だ。

 古城が暑さに辟易としている内に、やがてエレベーターは七階に到着して、扉が開いた。

 

「なぁ、もしかして、姫柊の荷物ってこれだけか?」

「はい、そうですけど……」

 

 玄関の鍵を開ける雪菜に、古城は思わずそう訊ねた。

 

 雪菜の705号室は、古城たちが住んでいる704号室と同じ造りの3LDKだった。

 家族で暮らすには少々手狭だが、一人で暮らす分には持て余すくらいの広さがある。何一つ家具がないせいで余計に寒々しい。

 

「学生寮に住んでいたので、あまり私物を持っていないんです。……一応生活に必要なものは、あとで買いに行くつもりだったんですけど……」

「……俺を監視しないといけないから、買いに行く時間がない、って?」

「ええ、まあ。任務ですから……」

 

 真顔で頷く雪菜を見て、古城は呆れたように息を吐いた。

 しかしこのままでは、夜辺りこの娘は段ボールにでもくるまって寝るのではなかろうか。何しろ布団すらないのだ。

 あまりにも殺風景な雪菜の部屋を見回して、古城は再び嘆息し、

 

「だったら、俺が姫柊の買い物に一緒に行けばいいのか?」

「先輩と一緒に……ですか?」

「それなら問題ないだろ?」

「それは、そうですけど……でも先輩はいいんですか?」

「昼過ぎまでは追試があるけど、その後でよければ付き合ってやるよ」

 

 古城は時計を確認しながら言った。予想外のイベントで時間を大分ロスしてしまった。そろそろ登校しないと、担任兼英語教師にしばかれる。

 

「そうですか。そういうことでしたら、先輩の試験が終わるまで校内で待ってます」

 

 そう言って雪菜は、少し嬉しそうに微笑んだ。そして、〝雪霞狼〟とか呼ばれていたあの妙な槍の入ったギターケースを再び背負い直す。

 

「なあ。その槍……買い物に必要なのかよ?」

 

 顔を顰めて古城は訊いた。帰ってきた答えに、さらに顔を顰め、溜め息を吐きだした。

 

「もちろんです。任務中ですから」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「まあよかろう。明日からは授業だ。ちゃんと出席しろよ」

「うっす。あざした、那月ちゃ――痛でっ!」

「教師をちゃん付けするな!」

「す、すんませんでした……」

 

 予想通りしばかれた。理由は違ったし、完全に古城の自業自得ではあったが。

 

 やれやれと首を振りつつ、雪菜との待ち合わせ場所に向かって廊下を歩いていると、不意に甲高い少女の声に呼び止められた。

 

「古城ー! 久しぶりー!」

 

 いきなり名前を大声で呼ばれ、古城は面食らい振り返る。

 手をブンブンと振りながら、自分の方に駆け寄って来る少女を認めて、古城は頬を緩めた。

 左でまとめたサイドテールを振り乱しながら駆け寄ってきた少女は、そのまま古城の胸へと、勢いよくダイブした。

 

「兄様っ!」

「ぐほっ!」

 

 その行動を予期していなかった古城は、胸に特大の衝撃を受けて押し倒されそうになった。

 何とか踏ん張ってこらえたものの、少女はさらに、胸元に埋めた頭をすりすりすりすりと、それはもう盛大に擦り付けてきた。

 そんな〝妹〟の姿に、古城は苦笑を浮かべながらも、頭に手を載せて撫でてやった。

 

「ったく、いきなり抱きついてくんなよ――サツキ」

 

 言うと、少女――サツキは勢いよく顔を上げた。それによって、眼前、お互いの息がかかるほど目の前に美しい少女の顔が近付いて、古城はドキッとした。

 夜空に星を撒いたような、煌めく瞳が印象的。

 

「だってだって、この夏休み、全然会えなかったんだもの! 愛し合う兄妹の感動の再会なんだから、このぐらい大目に見てよ、兄様!」

「色々と言いたいことはあるが――まず俺たちは愛し合ってなんかいないし、兄妹でもない。俺の妹は凪沙だっつの」

 

 サツキは古城の同級生、フルネームで嵐城サツキ。

 あまり体に凹凸はないが、顔立ちは愛らしく、十分に美少女と言えるだろう。

 同い年で、当たり前だが古城の兄妹などではない。

 

 だが、

 

「何言ってるのよ、古城(フラガ)! あたし(サラシャ)は兄様の妹でしょ?」

 

 そう、サツキはサラシャ。

 古城ではなく、古城の前世であるフラガの妹だった。

 それを知った最初の頃こそ戸惑ったが、今ではもう慣れた。

 

「妹なんだから、こうして抱きついてても文句はないわよね?」

 

 こんな調子で何度も妹、妹と連呼されればさすがに慣れる。

 とはいえ、過度なボディタッチは避けて欲しいところではあるのだが。うっかり吸血衝動に襲われたらどうしてくれる。

 

(まあ、コイツがあんまりない(・・)ってのは救いか……)

 

 いやに平たいそれを押し付けられながら、古城は恐ろしく失礼なことを考えた。

 

「誰がまな板よ!」

「そこまで言ってねえよ!」

「そこまでってどこまでよ! どこまで言ったの!?」

「しまった、口が滑った!」

「しまったって何!? 可愛い妹に抱き付かれて何考えてたのよ、兄様の馬鹿! あたしの兄様失格よ! 兄様ならあたしが抱きついたら優しく抱き締め返してから、ちゅーって愛情をこめてキ、キキキキスしてくれるもの!」

「兄様失格って何だそれ……。免許でもあんのか。つうか、フラガはお前に何をしてたんだマジで……」

 

 自分で言って自分で赤面するサツキに苦笑しながら、続いた言葉に、本気で困惑するように古城は頭を掻いた。

 少なくともまともな、例えば古城と凪沙のような世間一般の兄妹ではなかったのは確実なようだが。

 

 実は古城には、前世の記憶のほとんどがない。

 断片的に、たまに夢で見るような一幕や、通力(プラーナ)魔力(マーナ)を用いた戦い方、自分がどういう立場に居たかなどは思い出しているのだが。

 しかしまだサラシャや、冥王シュウ・サウラの隣に居た女――冥府の魔女とのことなどは、ほとんど思い出せていない。まるで硬く蓋がされているかのように。

 そのくせ、危機的状況に陥ったりすると勝手に頭に蘇ってくるのだから、どうなっているのかはよく分からない。

 

 だが、サツキの方には随分とはっきりとした記憶があるようで、しばしば今のような言動をして古城を戸惑わせている。

 

(というか前世の自分よ、お前、実の妹に何をしてんだ何を……)

 

 サツキから前世の話を聞くたびに、古城はそう思うのだった。

 しかもサツキ、またはサラシャが、全く嫌がっていないようだから始末に負えない。サツキに至っては、自分から積極的にアプローチをしてくるため、毎度毎度大変なのだ。主に自制心的な意味で。

 

「古城、今から暇? 暇よね? 暇ね。あたしとデート行かない?」

「俺の都合を聞いてきたくせに返事を待たずに断定すんなとか、デートとか言うのはどう考えても不適切だとか、言いたいことはいろいろあるが、今日は無理だ」

「何で!?」

 

 溜め息を堪えつつ言うと、サツキは目を剥いて叫んだ。その表情が本当に悲しそうで、罪悪感が刺激されるが仕方ない。

 これから雪菜と一緒に、彼女の日用品を買いに行くのだ。どうにも億劫だが、段ボールの布団にくるまって寝る美少女とか哀れにもほどがある。

 なので、出来るだけ言い聞かせるように古城は言った。

 

「今日はこれからちょっと用事があるんだよ。だから今日は無理だ。悪いな」

「……用事って何よー。最愛の妹との感動の再会を祝うこと以上に大事な用があるっていうの?」

 

 突っ込み所が多かったが、グッと堪えた。話を混ぜっ返す気はない。ジト目で睨んでくるが気にしない。

 しかし、サツキに雪菜のことを話していいか迷う。もっと言うと、どこまで話していいか。

 後輩、凪沙のクラスに入ってくる転校生というところまでだろうか。古城を監視するために来た獅子王機関とやらの攻魔師というところまで話していいものか。

 

 古城がうんうん悩んでいると、サツキが何かを察したように、ジト目の温度をさらに下げて睨んできた。

 

「もしかして、兄様……あたし以外の女とデートとか言うんじゃないでしょうね!?」

「違ぇよ! ちょっと一緒に買い物に行くだけだ! ……あ」

「……やっぱり」

 

 しまった。本日二度目の口が滑った。

 抜群の気まずさに古城が目を逸らすと、サツキは涙目になって叫んだ。

 

「何よ! あたしとのデートを断っておいて、他の女とデートに行くだなんて、信じられないわ! 兄様の馬鹿!女誑し! スケコマシ!」

「おい、おい、ちょっと落ち着けって。そもそもデートじゃねぇし、ここ学校の廊下だから……!」

 

 今更だが、今までの会話は誰かに聞かれていたら、誤解を受けそうな気がしてならない。

 バッと慌てて周囲を注意深く見渡し、人の気配を探る。幸運なことに、周囲には誰も居ないようだ。職員室との距離もまだある。

 古城がホッと息を吐いている間に、憤慨していたサツキは何かを決心したかのように、古城を強く見上げて、

 

「決めたわ。誰とどこに行くか知らないけど、あたしも付いて行ってあげる!」

「はぁ!?」

「デートじゃないって言うんなら、あたしが付いて行ったって構わないわよね? デートじゃないんなら!」

「お、おう……」

 

 サツキの異様な気迫に押されて、思わず頷いてしまった古城だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「そういやお前、何で学校に居るんだ? 補習とかなかっただろ?」

「部活よ、部活。偉い子のサツキちゃんは夏休み最終日の今日も練習に精を出してるの」

「自分で言うかよ……」

 

 ちなみにサツキが所属するのはチアリーディング部である。

 

 二人は、古城が雪菜と待ち合わせている校門前に向かっていた。

 一度教室にサツキの荷物を取りに帰って、現在地は靴箱。上履きから外履きに履き替えながらの会話だった。

 見るからに重そうなエナメルバッグを肩にかけているくせに、器用にも上体を全く動かさずに靴箱から靴を出して履いている。

 

「それで、ホントにデートじゃないのよね?」

「しつこいな。さっきから言ってんだろ? 今度凪沙のクラスに転入してくる娘で、丁度家が隣の部屋だったから、日用品とか買いに行くのを手伝うだけだって」

「それからしておかしいじゃない。何で、ただお隣さんなだけの古城が買い物を手伝うのよ」

「ぐ……それは、色々と事情が」

 

 事情が事情だけに軽々しく口にできず口ごもる古城。

 あまりにも怪しい古城の様子に猜疑心を露わにして眼を細めるサツキだったが、詰問を始めようとする前に正門前まで辿り着いた。

 

 そのことに気付いた古城が顔を上げて辺りを見回すと――居た。正門横の木陰に、校庭をじっと見つめてただずんでいる少女の姿がある。

 どうやらあそこで涼んでいたようだ。ここで待つと言われた時に古城は流石に暑いだろうと思っていたのだが、律儀にもずっと外で待っていたらしい。

 しかし、朝にも思ったが、この蒸し暑さの中で汗一つ掻いていないのが怖い。熱さを軽減する術でも身に着けているのだろうか。

 

 その術が俺にもあれば……と、燦々と降り注ぐ日差しに忌々しげに舌打ちしたところで、少女――雪菜が古城たちの姿を認めて歩み寄ってきた。肩にはギターケース。中身を思い出してさらに辟易する。

 

「補習お疲れ様です、先輩。……それで、あの、そちらの方は?」

「ん、ああ。コイツは、俺のクラスメイトの嵐城――」

「信じらんない!」

 

 いきなり叫び出したサツキに、古城と雪菜は揃って目を見開き、一歩後退った。奇行はいつものことだが、今度はどうしたというのだろう。

 そんな失礼なことを古城が考えていることは知る由もなく、二人のリアクションも気にせずに、いや、むしろその息の合ったリアクションにさらに目尻を吊り上げて、サツキは怒鳴り始めた。

 

「信じらんないわ、兄様!」

「いや、何がだよ……」

「デートじゃないとか言っておきながら、何、この娘!? すっごく可愛いじゃない!」

「……あ、ありがとう、ございます……?」

 

 初対面の先輩にビシッと指差されて、怒ったような口調で褒められたことに混乱したのか、少しズレた答えを返す雪菜。

 サツキはさらに憤慨して、

 

「どういたしまして! ……兄様ったら、あたしとのデートを断ってこんな可愛い年下の娘と買い物に行こうって言うワケ!? 見損なったわ、兄様!」

「お、おい、ちょっと落ち着けって」

「そりゃ、こーんな娘とデートする予定だったんなら、あたしなんかどうでもいいんでしょうね! 兄様の馬鹿! 年下好き! ロリコン! シスコン!」

「デートじゃねえって言ってんだろ! あと最後の何だ、誰がロリコンだ!」

「で、デート!? 先輩と、わ、わたしが……!?」

「待て姫柊、落ち着け。これはデートじゃない、断じて違う!」

 

 サツキから思わず流れ弾を喰らい、雪菜は古城に視線をやって、ここにきてようやく今から自分たちが何をしようとしていたのか理解したのか、耳まで顔を赤く染めて俯いた。

 確かに、同じ年頃の男子と買い物に行くというシチュエーションは、デート以外の何物でもなかろう。

 必死に否定しようと古城が叫ぶも、雪菜には聞こえていないようである。パンツを見られても気丈としていた初対面の時の彼女はどこに行ったのか。

 

 そしてサツキは、未だにエキサイトしているようだった。

 

「シスコンは否定しないワケ!? ……も、もう、そんなに妹が好きなら、あたしに言ってくれれば……」

「自分で言ったことに対してモジモジすんな、気色悪い。俺の妹は凪沙だって言ってんだろ」

「兄様の馬鹿ー!」

「なぜ!?」

 

 目をバッテンにして首を絞めようとしてきた前世の妹を全力で捕まえながら、古城は思わず深々と溜め息を吐いた。

 

 陰鬱とした表情で少女を羽交い絞めにしている男子高校生。ほとんど涙目になりながら男子高校生の腕の中でジタバタと暴れる女子高生。未だに顔を赤くして俯き、何事かブツブツと自分に言い聞かせている女子中学生。

 夏休み最後の日の、とある高校の正門前での出来事だった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 そんなこんなの大騒ぎの後、なんとかサツキを説き伏せた古城が雪菜とサツキを連れて向かったのは、近場のホームセンターだった。その店内に入った途端、雪菜は目を丸くして固まった。

 特に変わった店ではない。本土から遠く離れた学究都市である絃神島には怪しげな道具や薬品を扱う闇店舗も多いが、それらに比べればごく健全な日用雑貨店である。

 

 しかし雪菜は、これまでホームセンターという場所を訪れたことがなかったらしい。

 古城とサツキが珍獣を見るような目で見守る中、雪菜は陳列された商品を露骨に警戒の表情で眺め、

 

「これは何と言う武器ですか? (メイス)の一種のようですが」

「それはただのゴルフクラブよ! 勝手に物騒なものにしないで! 日用雑貨店に、んなモン売ってる訳ないでしょ!? ファーに人の頭でも乗っけるつもり!?」

「そうですか。では、この火炎放射気のような重武装は……」

「高圧洗浄機ね!? 出すのは火じゃなくて水よ! 車を燃やしてどうすんのよ、爆発するわよ!」

「これは間違いなく武器ですね。映画で見たことがあります」

「ぶ、武器って……。まあ、チェーンソーはゲームとかでもよく武器になってるけど。だからって、ダメよ? 人に向けたりしたら。斬るっていうか割るから」

「あ、これも習いました。こんなものまで販売しているとは、恐ろしい店です」

「ただの洗剤でしょ……?」

「はい。確か毒ガスを発生させるために使うものですね。酸性の薬剤と塩素系の薬剤を混ぜることで――」

「違うわよっ! そういう使い方をしちゃダメよ絶対! ここ、書いてあるでしょ!? 混ぜるなキケンって! 何で書いてあるか分かる? やっちゃいけないからよー!」

 

 何気にサツキのノリがいい。

 天然なのかボケなのか判断がしにくい真顔の雪菜に、息を激しく荒げながらもしっかり一つずつツッコんでいた。

 

 古城は感心した。いつも馬鹿なことばかりやっているが、基本的には要領が良く、面倒見がいい。それが嵐城サツキなのだった。

 この分ならば、古城はただ荷物持ちに専念しておけばよさそうだ。

 待たされるだけと言うのもそれなりに辛いが、あの天然すぎる雪菜の買い物に付き合うのがどれほどの重労働か、肩で息をして疲弊した様子のサツキを見れば一目瞭然である。

 部活の練習直後にこれだ。完全に消耗し尽くしている。

 

 一方の雪菜は、随分と楽しそうな表情を浮かべていた。どうやらホームセンターがすっかり気に入ったらしい。

 単純に、こんな風に誰かと買い物をするのを楽しんでいるという風にも見える。

 

「……古城」

 

 少し微笑ましく感じながら二人を見ていると、不意にサツキが、ゆらゆらとした幽鬼のような足取りで古城の方に向かってきた。

 その姿が割と本気で怖く、古城は思わず仰け反った。

 

「ど、どうした……?」

「……あたし、決めたわ」

「な、何を……?」

 

 震えながら訊くと、サツキは、まるで我慢ならないというように肩を震わし、くわっと顔を上げて、

 

「あたし、あの娘に常識を叩き込んでみせる!」

「…………お、おう?」

 

 キリッと。妙に真剣な表情で両の拳を握り宣言するサツキ。

 しかし古城はいまいち意味が理解できず、首を傾げるばかり。

 雪菜と言えば、いきなり古城の方に向かったサツキが、何やらよく分からない――自分が原因だとは夢にも思っていない――気迫を出したことに混乱するばかりだ。

 

「だってあの娘! びっくりするくらい常識がないと思わない!?」

「ああ、まあ……」

「え……」

 

 曖昧に頷く古城と、地味にショックを受けたような声を漏らす雪菜。やはり自覚がなかったらしい。

 そんな二人の、あまり芳しいとは言えない反応にも動じず、というより気にせず、サツキはさらに続ける。

 

「だからあたしは決めたの。あの娘――姫柊さん、だっけ。姫柊さんに、せめて! 最低限! これだけは! っていう一般常識を教えるわ」

「そ、そうか。頑張ってくれ」

「あ、あの、嵐城先輩? わたし、そんな風に言われるほど常識がないとは思わないのですけど……」

「ゴルフクラブ見て武器とか言ったり、高圧洗浄機見て火炎放射気とか言う女子中学生は絶対あり得ないわよ」

「……うぐ」

 

 雪菜が控えめに否定しようとしたが、冷静極まる意見に一撃で叩き落とされた。

 肩を落とす雪菜の手を引っ張って店内を案内するサツキを見て頬を緩めつつ、古城もその後に続いた。

 

 戸惑いをみせた雪菜だったが、サツキに無理矢理引き摺り回されながら、どこにでもあるような何の変哲もないホームセンターを見て回る彼女は、随分と楽しそうに見えた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「そう言えば支払いの方は大丈夫だったのか、姫柊? 結構買い込んでたみたいだけど」

 

 店を出て、サツキも連れて駅へと向かう道すがら古城は訊いた。雪菜は淡々と頷いて、

 

「はい。必要経費を前払いしてもらった支度金がありますから」

「ああ、そういうことか」

「え? 支度金ってどういうこと?」

 

 古城は特に疑問もなく頷いたが、彼女が見習いの攻魔師だと知らないサツキは不思議そうにしていた。

 すぐにいい訳を用意できる筈もなく返答に困りうろたえる古城と雪菜だったが、助け船は予想外のところから出された。

 

「――古城?」

 

 目の前で誰かの驚く声がした。

 

「え?」

 

 名前を呼ばれた古城が反射的に顔を上げる。そこに立っていたのは、人目を引く華やかな容姿の女子高生だった。

 華やかな髪型と、校則ギリギリまで飾り立てた制服。センスがいいのか、それでも不思議とけばけばしい印象はない。とにかく目立つ容姿の女子である。

 黙っていれば文句なく美人なのだが、常に浮かべているニヤニヤ笑いのせいか、色気はなかった。そのおかげで古城は男友達と居るような気やすさを感じるのだが。

 

「あれ、浅葱? 何でここに? お前ん家ってこっちじゃないよな?」

「うん。バイトの帰りだから……こないだ頼まれた世界史のレポートを、古城の家まで持ってってあげようと思ってたんだけど……」

 

 なぜか今は、いつもの調子で話しかけた古城に、警戒したような態度で答えてくる。

 彼女の視線が注がれているのは、古城がぶら下げている、カーテンやバスマット、スリッパにコップ、歯ブラシなどの生活感溢れる荷物たち。

 

 そして浅葱は、古城の両隣を固める雪菜とサツキ、とりわけ雪菜の方に目をやり、

 

「そっちこそ、なんで嵐城さんと一緒に居るわけ? あと、その娘、誰?」

「ああ、姫柊か。えーと、今度うちの中等部に入ってくる予定の転校生」

 

 古城は気楽な口調で雪菜を紹介した。ぺこりと頭を下げる雪菜を、浅葱はじっと見て、

 

「どうしてその中等部の転校生と、古城が一緒に居るわけ?」

「いやそれは……そ、そう、姫柊は凪沙のクラスメイトなんだよ」

「凪沙ちゃんの?」

「ああ。何か転校の手続きに来たときに凪沙と知り合ったみたいで」

 

 雪菜が国の特務機関の人間であることや、古城を監視しに来たことは秘密にしておく約束だったので本当のことを言う訳にも行かずに、古城は何とかそれらしい言い訳を捻り出した。

 そもそもそれを語ったところで浅葱が信じてくれるとも思えないが。

 

 浅葱は不審そうに眉を寄せたまま、

 

「それで古城は、凪沙ちゃんにその娘を紹介してもらったってこと?」

「まあ、そうかな」

「綺麗な娘だよねー」

 

 浅葱が古城に顔を寄せ、小声で言った。いつもと同じニヤニヤ笑いを浮かべてはいるが、目が笑っていない。

 

「だよな」

 

 深く考えることもなく適当に相槌を打つと、浅葱はピキ、と頬を引き攣らせる。古城は少し慌てて言葉を付けたした。

 

「……って、凪沙も言ってた」

「ふーん。そっか。……で? 嵐城さんは何で居るの?」

「ん、ああ。サツキはチア部の練習があったらしくて、丁度補習終わった帰りに偶然会って――」

「何よ、藍羽? あたしと古城が一緒に居ることに何か文句でもあるワケ?」

 

 古城が丁寧にしようとしていた状況説明をぶったぎり、サツキが意地の悪い笑みを浮かべて古城の腕に自分の腕を絡めてきた。

 突然のことと、二の腕に当たる女子特有の柔らかい感触に古城が動揺し、浅葱は作り物めいた笑みを消し、今度は先程よりも顕著に頬を引き攣らせた。

 

 そして、無理に笑顔を作ろうとして失敗したような笑顔で、サツキと古城を睨みつけてきた。

 

「ベ、別に文句はないけどさ……。ちょぉっと、距離感がおかしいんじゃないの? 恋人でもないくせに」

「あーら失礼ね。たかだか友達程度のアンタにとやかく言われる筋合いはないわよ?」

「ぐくっ、それを言ったら、嵐城さんも同じでしょうが!」

「あたしは兄様の妹だからいいのよ! 兄様の最愛にして魂の妹ですから!」

「また前世が何とか、ってやつ? いい加減にしなさいよ、古城が迷惑してるのが分からないわけ?」

 

 いや、少なくとも前世の妹であることは間違いないのだが。そんな益体もないことを考えて古城が現実逃避しなければならないほど、睨みあう二人の間の空気は険悪なものだった。

 学校でもこの二人はあまり仲がいいとは言えないのだが、なぜか今はそれが爆発したかのように火花を散らせている。

 どうでもいいが、自分を挟んでやらないでほしい。自分が元凶だなどと一切考えていない古城は、他人事のように祈った。

 そして、見事に置いてけぼりになった雪菜は、諦念に満ちた古城に心配そうな視線を向け、目の前で繰り広げられる熾烈な争い(女の戦い)にオロオロするばかり。

 

「大体ねえ、あなたみたいなまな板に擦り寄られても古城が痛いだけでしょ!?  もっと気を遣いなさいよ!」

「ハァッ!? どぅあれが、まな板ですってぇ!? 失礼しちゃうわね、十分柔らかいわよ!」

「へぇ? そうかしらねぇ? ――なら古城、こ、これはどう?」

「ちょっ、おい!?」

 

 唐突に、サツキが抱きついているのと逆の方の腕、左腕に、浅葱が抱きついてきた。

 細い体のくせに出る所はちゃんと出ている浅葱の、制服越しにも分かる以外に豊かなソレの感触が二の腕に伝わってきて、古城は動揺する。

 よく見ると浅葱の顔にも若干赤みが差していて、本人も恥ずかしがっているのは明白だった。

 

 そんなに恥ずかしいんならやらなきゃいいのに、と古城は思ったが、浅葱は腕を離そうとはしなかった。

 どころか、古城に緊張を帯びた不安げな上目遣いを向けて、

 

「……そ、その、どう? 気持ち、いい?」

「う、あ、いや……まあ、それは……はい」

「……そっか」

「……お、おう」

 

 どぎまぎしながら何とか古城が返すと、浅葱は安堵したように息を吐いた。

 しかしそれでも腕を離そうとはしない。自分から望んだわけではないが、女子と密着することになってしまった。

 左腕に抱きつきながら、二の腕にコツンと額を預ける浅葱の姿に、いつもは感じない女の子らしい可愛らしさを古城は実感した。

そして、上から見下ろす形となって、図らずも浅葱の細く綺麗な首筋が見えた。

 しみ一つない綺麗な皮膚の、その下にうっすらと浮かび上がる青白い血管も――

 

「……ぐふっ」

 

 鼻血を噴いた。

 

「ちょっ、古城!? 大丈夫!?」

「……あ、ああ。大丈夫だ」

 

 くそっ、と古城は毒づいた。

 喉に強烈な渇きを感じて、犬歯が激しく疼いた。吸血鬼の吸血衝動が襲ってきたのだ。

 

 力なく手を振って鼻血を抑えようとする古城の手を、浅葱がそっと押さえた。

 ポケットティッシュを一枚取り出し、赤くなった古城の鼻の辺りを甲斐甲斐しく拭き取ってくれる。

 

「まったく……馬鹿ね」

 

 そう言う浅葱の顔には先程までの厳しさなどなく、若干の呆れと優しさに包まれていて、古城は咄嗟に返事が出来ない。

 結局、浅葱が手を放すまで黙って身を任せるしかなかった。

 

 勢いよく噴き出した鼻血のおかげで吸血衝動は治まったが、浅葱の顔をまともに見れない。

 それでも何とか礼を言おうと顔を上げて――古城は凍りついた。

 

 浅葱に敵対心に塗れた視線を向けていたサツキが、どうしていいか分からずにオロオロしていた雪菜が。

 一様に、不審と軽蔑を宿した瞳で古城を見つめていたのだ。

 

「変態……」

「先輩……」

 

 何か言い返そうとして、古城はようやく、周囲から向けられる数多くの視線に気付いた。

 考えてみれば、ここは絃神島を繋ぐモノレール乗り場。そして今は夕方、夏休みとはいえ帰宅するサラリーマンなどで混雑する時間帯である。

 そんな公衆の面前で、古城たちは先程のようなアホらしい言い争いをしていたのだ。

 

 古城はもう、何もかも投げ出したくなり、天を仰いだ。

 

「勘弁してくれ……」

 

 古城のその呟きは、車両が到着したことを知らせるアナウンスに掻き消されて、誰の耳にも届くことはなかった。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 そのような一悶着がありはしたが、結局古城たちは浅葱と別れ、なぜかひっついてきたサツキを連れて古城の住むマンションへ向かった。

 タイミングよく帰ってきた凪沙の誘いにより雪菜の歓迎会が開かれることになり、凪沙が持ち前の快活さで雪菜を押し切り、手際よく家族の許可を取ったサツキも参加。

 その夜は、久しぶりに暁家の部屋から賑やかな声が聞こえてきたのだった。




 例のごとく、次まで間が空きます。
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