ワールドブレイク・ザ・ブラッド   作:マハニャー

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 お久しぶりです、侍従長です。
 第四話、お楽しみください。


4 戦いの狼煙 ―War Signal―

 この日、暁家で行われた、雪菜の歓迎会。

 凪沙たち(・・)が用意した夕食は、少なく見積もっても軽く七、八人分はあったはずだが、古城、サツキ、雪菜、凪沙は旺盛な食欲を発揮し全て完食。

 

「はー……食べたねえ。もう動けないよ」

 

 薄っぺらいキャミソール姿でリビングのソファに寝転がる凪沙。

 後片付けを手伝おうとする雪菜を大丈夫大丈夫と強引に自宅に追い返し、名乗り出たサツキとともに和気藹藹と皿を洗い、台所を綺麗に磨き上げたところで力尽きてしまったらしい。

 

「ほらほら、凪沙ちゃーん。こんなトコで寝てたら風邪引くでしょー」

「んー、ごめんなさぁい、サツキお姉ちゃん」

 

 幸せそうにお腹を押さえる凪沙に、サツキはいつになく優しげな、慈しむような口調で言った。

 めくれあがって白いお腹が丸見えになっていたキャミソ-ルの裾を、優しくなおしてやるサツキ。

 その光景を古城は微笑ましそうに眺めていたが、凪沙の発したサツキを呼ぶ呼称に、ふと眉を顰めた。

 

 意外に思われるかもしれないが、サツキと凪沙、つまり古城の前世の妹と、現世の妹はそこまで仲が悪くない。むしろかなり仲がいい方だ。

 古城にはよく分からないのだが、以前二人を引き合わせた途端に、何故か即座に意気投合。今では古城を介して連絡を取り合い、たまの休日は一緒に遊びに行ったりしているらしい。

 

 彼女たちの仲がいいのは喜ばしいことだが、凪沙がサツキのことをお姉ちゃんと呼ぶのは、本当にやめて欲しい。

 ただでさえ本当の妹ではないのに、執拗に妹だと主張してくるサツキに困惑しているのに、さらに凪沙を妹のように扱われては、本人の意思に関係なくそういうことになってしまいそうだ。

 

 ちなみに、二人の仲がいい理由を古城なりに考えてみたのだが、古城の中で最も有力な説として、『両者ともに、口数が多く面倒見がいい』というものが挙げられた。

 

 以下、二人仲良く台所に立ったサツキと凪沙、二人の妹の会話から抜粋。

 

『サツキお姉ちゃん、寄せ鍋だけど、量とか大丈夫かな。古城君は問題ないけど雪菜ちゃんに食べられないものがないか心配なんだよねえ。やっぱり真夏に冷房をガンガン効かせて食べるお鍋は贅沢な感じがしていいよねえ。あ、そうそう、味噌味と醤油味はどっちがいいかな? お出汁もいっぱいあるんだけど』

『そうねー。古城は結構何でも食べるしいっぱい食べるから量は多めでもいいと思うわ。どうせ鍋なんだから、全種類食べなきゃいけないなんて決まりはないわ。確かにね、この島はいつも夏だから割と微妙だけど、アッツアツのお鍋をキンキンのクーラーつけながら食べるって言うのもアジがあっていいわね!』

『でしょ!? なのに古城君ってば、夏に鍋とか馬鹿じゃないのかとか、電気代の無駄だろとか、そんなことばっかり言うんだもん! 分かってないんだよね、古城君って! 他にも、お前が作ると具がごちゃごちゃで訳分からなくなるとか! そんなに言うんなら自分で作ればいいのに』

『エー、やっぱり古城ってそんなこと言ってたワケ!? 駄目ね、我が兄様ながら全く分かってないわ。夏に鍋っていうのは、冬にアイスを食べるようなもので、むしろ風物詩とすら言えるものなのに! 電気代のことなんて自分のお金で払ってる訳でもない高校生が気にするモンじゃないわよ!』

『サツキお姉ちゃん!』

『凪沙ちゃん!』

 

 これは、二人の会話のほんの一部である。

 

「別いいけどよ。凪沙、サツキのことをお姉ちゃんとか呼ぶなよ」

「えー? だってだって、サツキお姉ちゃんは古城君の前世の妹なんでしょ? ってことは古城君の妹、あたしも古城君の妹。つまりサツキお姉ちゃんはあたしの血の繋がらないお姉ちゃん!」

「何でそうなんだよ……つうか、お前はそれでいいのか?」

「全然オッケー、むしろウェルカム・トゥ・マイホーム! あたしサツキお姉ちゃんのこと大好きだもん。あーあ、もしお姉ちゃんができるんならサツキお姉ちゃんみたいな人がいいなー」

「な、凪沙ちゃん……!」

 

 屈託なく笑う凪沙。それに感動して、サツキは力一杯、凪沙を抱き締めた。ぎゅうー、と音がしそうなほどだ。凪沙も凪沙で笑顔でそれを受け止めている。

 自己申告通り、凪沙はサツキのことを本当に好いているのだろう。

 

 しかし、今のセリフを言ってから、古城をチラチラと意味深に見てくるのは何だろう。

 テレビの前のカーペットに腰を下ろす古城と、自分を抱き締めるサツキとを交互に見て、びっくりするぐらい下手なウィンクを飛ばしてくる。

 

「あ、でも古城君にはサツキお姉ちゃんだけじゃなくて、浅葱ちゃんにモモ先輩、静乃お姉さんも居るか。えへへー、選り取り見取りだねー」

 

 君の悪いニヤニヤ笑いを浮かべる妹に不信感で満たされた視線を送り、古城はやれやれと息を吐いて立ち上がった。

 

「あれ、古城君? どこ行くの?」

「コンビニ。眠気覚ましに、何か飲み物買ってくる」

 

 部屋着の上にいつものパーカーを羽織りながら、古城は素っ気なく答えた。

 凪沙はサツキと抱き合ったまま、がば、と勢いよく顔を上げ、

 

「あー、だったらアイス買ってきて。こないだと同じやつ」

「お前、まだ喰うのかよ。太るぞ、下っ腹のところ」

「うるさいです。そんなこと言う古城君は嫌いだよ」

 

 大きく頬を膨らませて凪沙が抗議する。

 怒るということは自覚があるんだろうに、と思いつつ、古城は凪沙を抱き締めたまま何やら考え込んでいるもう一人の妹に目を向けた。

 

「サツキ。お前はどうする?」

「……んー、アイスかぁ。いつもなら一も二もなく賛成するとこなんだけどなぁ。食べたばっかりだし、古城の言う通り下っ腹が……」

「誰がアイスの話をしたんだよ。そうじゃなくて、お前まだ帰らなくていいのか、って意味だ」

 

 こいつ、あんな真剣な顔してそんなこと考えてたのか、と呆れる古城。女子には一大事なのだろうが、今も日常的に体を動かす古城には、そういうことで悩む気分が分からない。

 言われたサツキは何を聞かれたか分かっていないような、ポカンとした間抜け面を浮かべ、柱にかけられたアナログ時計に視線を移す。

 

「うわっちゃあ……。忘れてたぁー」

「もう完全に夜だぞ。親御さんも心配してんじゃねえの?」

「うん、多分っていうか、確実に怒られるわね」

 

 これまた何故か自信に満ちた顔つきでのたまうサツキ。

 いつものことなので、古城は自然に流し、

 

「んじゃ、ほれ行くぞ」

「え? 行くって、あたしも?」

「ああ。……家まで送ってやるから、さっさと準備しろ」

 

 どうにもそれを言うのが気恥ずかしく、思わずぶっきらぼうに言ってしまった古城だったが、サツキはそれはもう喜色満面の表情へと変わった。

 パッと凪沙との抱擁を解き、着ていた制服の襟や皺を正してエナメルバッグを肩にかけ、古城のカウントで約四十秒後には、すでに玄関に居た古城の隣で靴を履いていた。

 

「えへへへー、兄様ったら、いつもツレナイこと言うくせに、ホントは可愛くて大好きな妹のことが心配で心配でたまらないんでしょ?」

「誰のことだ誰の」

 

 言いながらも、古城にははっきりと違うと否定できない。

 実際、古城はサツキのことを心配していたのだ。

 

 サツキは古城の贔屓目なしに見ても、相当にレベルの高い、陽性の美少女だ。身体の発達具合は別としても。

 そんな娘が静まり返って人気のなくなった夜道を一人で歩いていれば、よからぬことをしでかす者も出てくるかもしれない。

 もしそんな者が居たとしても、今のサツキであれば(・・・・・・・・・)特に問題はなかろう(・・・・・・・・・)が、それでも心配なものは心配だ。

 

 とはいえ、認めるのが癪なのもまた事実。

 なので、古城は何も言わずに鼻を鳴らし、靴紐を結んで玄関のドアを開けた。サツキも同じようにする。

 

「――こんな時間にどこに行くつもりですか、先輩?」

「うおっ!?」

「ひゃわっ!?」

 

 外に出ると、目の前に雪菜が立っていた。

 思わず揃って悲鳴を上げる古城とサツキ。雪菜が警戒するように目を細めて、古城を冷ややかに睨んでいる。

 

「ひ、姫柊?」

「はい。何ですか?」

 

 首を傾げて訊ねてくる雪菜だったが、古城は彼女をまともに直視できなかった。

 何故なら、

 

「ちょちょっと、アンタ! 何よその恰好! 完全にお風呂上がりじゃない!」

 

 サツキが耐えかねたように叫んだ。その顔は真っ赤だ。

 

 雪菜の髪は濡れたまま、毛先から水滴を滴らせていた。しかも素肌の上に制服のブラウスをひっかけただけの無防備な姿だ。例のギターケースも背負っていない。

 まさか家の前でずっと見張っていたのかと疑ったが、どうやらそういうわけではないらしい。

 恐らく風呂に入っている途中に古城が外出する気配を感じて、慌てて飛び出してきたのだろう。

 

「もしかして、ついてくるつもりなのか? その恰好で?」

「監視役ですから」

「別にいいけど、髪とか乾かしてから来なさいよ……。アンタ、どうせ下着も付けてないんでしょ? アタシよりもよっぽど襲われるわよ」

 

 古城とサツキは、ともに軽い頭痛を感じながら雪菜を一度強制的に部屋に帰させた。

 淡々としてはいたがさすがに少し不安だったようで、雪菜は渡りに船とばかりにさっさと部屋に帰って行った。

 それを見送ってやれやれと首を振ったところで、古城は傍らから向けられる、じとーっとした疑いの視線に気が付いた。

 

「……んだよ?」

「あの娘、監視役、とか言ってたわよね?」

「ぐ……ああ」

「あれって、どういうことなのか、聞いてもいい?」

「う……あ、いやー」

 

 聞かれたくなかったことをピンポイントで聞かれて、古城は言い淀んだ。

 

 サツキは、古城が第四真祖などという馬鹿げた存在であることを知らない。古城がそれを言っていないからだ。

 彼女が知っているのは、古城の持つ、フラガとシュウ・サウラとしての二つの前世のことだけ。

 古城の封じられた記憶、第四真祖となる原因になった事件に、サツキも関わっている気はするのだが、よく思い出せず、サツキも気付いた様子はない。

 ならば改めて言う必要もない。古城が望むのは、平凡で平和な日常だ。こんなことは知らなくたっていいだろう。

 

 しかし、こういった状況になると面倒だ。

 雪菜の、先程のあられもない恰好を思い出して吸血衝動が起きかけていた古城だったが、そんなものはすでに吹っ飛んだ。

 厳しい追及の手を、古城が冷や汗を垂らしながらのらりくらりとかわしていたところで、雪菜の部屋のドアが開いた。

 

 出てきたのは、きちんと制服に着替えた雪菜。やはりあの黒いギターケースも背負っている。

 もしかして彼女は制服以外持っていないのだろうか、と古城はふと思う。

 

「ねえ、姫柊さん。アンタもしかして、制服以外の私服とか、持ってないの?」

「え? は、はい。特に必要はないと……」

「ダメよ、女の子がそんなんじゃ。あ、今度の土日とか予定空いてる? 空いてたら、あたしと一緒に服買いに行かない? 大丈夫、あたしがしっかりコーディネートしてあげるから。この流行ファッションの先駆者にして伝道師こと、サツキちゃんに任せなさい!」

 

 数時間前のホームセンターで、雪菜に常識を叩き込むと息巻いていたサツキは、早速そのための行動を始めたらしい。

 凪沙に匹敵するマシンガントークで、類稀な戦闘力を持つ雪菜をたじたじにさせていた。

 そんな光景を僅かに面白く感じながら、古城は二人を連れてエレベーターに乗り込んだ。

 

「そ、それで、どこに行かれるんですか? 先輩」

「サツキの見送りと、コンビニだよ。まさかコンビニを知らないとか……」

「いえ、さすがにそれは知ってます」

 

 古城は視界の端で、雪菜の否定の言葉にサツキが大きく息を吐いたのを認めた。

 そんなサツキに気付く様子もなく、雪菜は期待と不安がないまぜになったような、弾んだ声で言った。

 

「でも、こんな夜中に入ったことはないです」

「コンビニにそんな期待をされてもねえ……」

 

 親に内緒で悪戯をしている子供のような表情の雪菜に、古城とサツキは苦笑を向け合った。

 

「悪かったな。さっきは疲れたろ」

「え?」

「夕飯の時だよ。凪沙のヤツが騒がしかっただろ。あとサツキも」

「ちょっと、古城!?」

「いえ、楽しかったです。お鍋も美味しかったですし」

 

 少し照れたように微笑む雪菜。不満そうにするサツキを無視して、それならよかった、と古城も微笑んで、

 

「昔は交代で料理当番やってたんだけど、最近は凪沙のほうが断然上手いからな」

「いいですね、兄妹って。私には家族がいないので、憧れます」

 

 何気ない口調で雪菜が告げる。

 古城とサツキは思わず硬直した。

 

「家族がいない?」

「高神の杜――わたしたちの養成所にいるのは、全員孤児なんです」

「そうなのか……?」

 

 サツキも居るから、それ以上のことを説明するのは避けたのだろう。

 しかし予想以上に重い雪菜の身の上話に、古城たちは言葉を失った。

 

「あの、でも、家族がいなくて寂しかったとか、そういうことじゃないんです。スタッフ――教師の方々はみんな優しくしてくれましたし、ルームメイトの方もいい人でしたから」

 

 雪菜が慌てて補足した。嘘をついている雰囲気ではなかったし、彼女の言葉を古城とサツキは素直に信じられた。

 実際、魔族すら容易に圧倒する彼女の体術は、嫌々練習して身に着けられるものではない。己の意志でその道を選択し、研鑚を積んだ者だけが手にできる力だ。

 古城(フラガ)は、それをよく知っていた。

 

 そんな話をしているうちに、三人は目的地であるコンビニに近付いていた。サツキの家はここよりもさらに遠い。とはいえそこまで距離があるわけでもないので、恐らくはここでお開きになるだろう。

 古城たちのマンションがあるアイランド・サウスは住宅地がメインの人工島(ギガフロート)で、夜の人通りはあまり多くない。それでも駅前近くはそれなりに賑わっている。

 ファーストフード店やコーヒーショップ、漫画喫茶にゲームセンターも――

 

「あ……」

「姫柊?」

「あ、すみません。何でもないんです」

 

 そのゲームセンターの前を通りかかったとき、雪菜が唐突に足を止めた。古城とサツキもつられて振り返る。

 まさかゲームセンターを知らないという訳でもなかろうが、

 

「このクレーンゲームがどうかしたのか?」

 

 雪菜が凝視している店頭の筐体に気付いて、古城は訊いた。

 

「クレーンゲーム、というんですか。ネコマたんが入っているのは……」

「ネコマたん?」

「これのことよ、古城。女子の間ではそれなりに人気のマスコットね。姫柊さんの前の学校でもそうだったんじゃないの?」

「は、はい」

 

 招き猫をふかふかにしたような、二頭身のネコのマスコット。二本に分かれた尻尾が特徴で、それが名前の由来なのだろう。

 キラキラと瞳を輝かせてガラスケースの中のマスコットたちを凝視する雪菜に微笑んで、サツキが袖をまくってゲーム機に近付いた。

 

「ふっふっふ。後輩にそこまで言われちゃ仕方ないわね。任せなさい、この頼れるセンパイの嵐城サツキちゃんが華麗なクレーン捌きで、一発で獲ってやるわ!」

 

 ふぉーっふぉっふぉ、などという高笑いを上げて、サツキはゲーム機にコインを投入した。サツキのボタン操作でアームが動き出すと、雪菜もおおよその仕組みを理解したらしかった。

 つい先日見た魔族との戦闘の時よりもよっぽど真剣な表情でアームの行方を追っている。

 

 豪語するだけあって、サツキの腕前はかなりのものだった。引っかけやすい位置に居る個体を狙って、正確にアームを降下させる。

 雪菜が息を吞んで見守る中、そのネコマたんはアームに狙い違わず挟まれ――

 

 た瞬間、ガコンッという音が筐体の中から響いて、アームはマスコットを取り落とした。

 

「ハアァァァ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げるサツキ。構わずアームは、組み込まれたプログラムに沿って元の位置に移動する。

 やはりこんな結果では納得がいかないようで、サツキは再びコインを投入し、再チャレンジ。

 

 ……この後の流れは面倒臭いので、擬音とセリフだけで表現しよう。

 

 ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「……何でよぉ!? 納得いかないんですケド!」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「ぐっ、くぅ……。二度ならず三度までも……」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「いいわ、そこまで言うんなら、受けて立とうじゃないの!」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「ここからよ! ここから先は、あたしの戦争よ!」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「くんのぉ、なかなか、やるわねぇ……っ」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「まだやるワケ……? こうなったら、とことんまで……」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「くっ、まだ、まだ……」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「ま、だ……まだ……」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「……………………」

 

 チャリン。ガシッ。――ガコンッ。ポトッ。

「……くふぅっ……」

 

 投入した金額が四ケタに突入してきたところで、サツキはクレーンゲームの台に突っ伏した。目が死んでいる。

 流石に怪しんで、今度は古城が挑戦してみる。凪沙の強引なリクエストに付き合わされることが多いため、古城のクレーンゲームの腕前もそこそこだ。

 

 これまでのサツキの焼き増しのように、アームは正確な挙動でネコマたんを掴み――取り落とすこともなく、取り出し口に運ばれて行った。

 雪菜が息を殺して見つめ、サツキが絶望に澱んだ目で筐体を睨みつける中、やがて招き猫もどきの人形が取り出し口へと落下し、その瞬間、

 

「――そこの三人。彩海学園の生徒だな。こんな時間に何をしている?」

 

 背後から聞こえてきた静かな声に、古城たちは揃って電撃に打たれたように硬直した。ゲーム機のガラスに映り込んだ影を見て、古城とサツキはげっと息を呑んだ。

 そこに立っていたのは、南宮那月だった。どうやら生徒指導のための見回り中らしい。夜になってもフリル塗れのドレスを着る所は、いっそ尊敬する。

 

 まずいな、と古城は冷や汗をかいた。すでに時刻は午前零時近く。店頭のクレーンゲームとは言えゲーセンで遊んでいては言い訳できない。立派な条例違反である。

 これがサツキだけならばまだよかっただろうが、中学生同伴ではなおさらだ。

 

「そこの男。どこかで見たような後ろ姿だが、フードを脱いでこっちを向いて――」

 

 獲物を嬲るような口調で那月が言いかけた、その直後だった。

 

 ズン、と鈍い震動が人工島全体を揺るがした。一瞬遅れて、爆発音が響く。

 

「何だ――!?」

 

 攻魔師でもある那月が、異様な気配に反応して振り返った。

 なおも絶え間なく鳴り響く爆発音。単なる事故や自然現象ではない。人為的な破壊行為だ。

 それどころか、常人にも感知できるレベルの、強烈な魔力の波動までもが伝わってくる。

 

 那月の注意が完全に引き付けられた瞬間、古城は雪菜とサツキの手を引いて駆け出した。

 

「あ、待て、お前ら――」

 

 背後で那月が何か叫んでいたが、古城も雪菜も、サツキに至るまで常人とは比較にならない運動能力の持ち主だ。

 那月が咄嗟に張り巡らせた結界も、雪菜が気合一閃で破壊する気配があった。完全に虚を突かれた那月には、もはや追い縋る術はない。

 

「覚えていろ、暁古城! 嵐城サツキ!」

 

 捨て台詞のような那月の言葉は、断続的に響き続ける爆発音に掻き消された。

 疾走する古城は唇を歪めた。那月の言葉に動揺したわけではない。この爆発と異音を街に引き起こしているものの正体に気が付いたからだ。

 

 それは圧倒的に強大な、意志を持ち荒れ狂う魔力の塊。破壊の権化。

 そして今の暁古城に、限りなく近しい存在であるモノ。

 

「……眷獣か!」

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 どうする、と古城は焦燥に表情を歪めた。

 

 人工島(ギガフロート)の岸壁まで走り続けて、三人はようやく立ち止まった。

 息を整える雪菜とサツキを置いて、古城は人工島(ギガフロート)の上空を見上げた。

 

 古城の視線の先で、直径数十メートルもの火球が出現し、少し遅れて突風が襲ってくる。まるで嵐の夜のように海面が白く波立ち、人口の大地が震えて軋んだ。

 爆発の炎を浴びて、漆黒の妖鳥の姿が浮かび上がる。

 見えたのは一瞬だが、はっきりと分かった。あれはやはり吸血鬼の眷獣だ。

 長老(ワイズマン)貴族(ノーブルズ)とは言わないまでも、名のある〝旧き世代〟の使い魔だろう。

 

 戦場となっているのはアイランド・イーストの倉庫街。幸いにもほとんど無人の工業地区だが、すでに大規模な工場火災程度の被害が出ているのが遠目にも分かる。

 しかし、それでもなお戦闘は続いている。

 つまり、〝旧き世代〟の吸血鬼と戦っている相手もまた、それに匹敵するほどの力の持ち主ということだ。

 

 あれほどの規模の戦闘だ。いくら市街地から離れているとはいえ、民間人が巻き込まれていないとは限らない。そしてこの島には古城の知り合いも多いのだ。せめて彼らの安全が確認できれば、古城も安心していられるのだが――

 

「くそっ、どうすりゃいいんだよ」

「先輩、すいません。先輩は先に自宅に戻って、凪沙さんの傍にいてあげてください。聖域条約にも、先輩(魔族)の自衛権は明記されています」

「お、おい、姫柊? まさか、お前が行くつもりじゃないだろうな……!?」

「え!? ちょっと、やめときなさいよ、そんなこと!」

 

 古城とサツキの叫びにも、雪菜は一顧だにしなかった。

 背中のギターケースから、ゆっくりと武器を引き抜く。小気味いい金属音を立てて、銀の槍が刃を展開した。

 

「真祖と戦うために与えられた装備です。あの程度の眷獣、雪霞狼の敵ではありません」

 

 それだけ言って、隙を衝かれた古城たちを置いて、雪菜は勢いよく駆け出した。

 人工島の断崖から飛び降りた彼女の足元には、貨物運搬用のモノレールの姿があった。走行中の車両の上に、雪菜は危うげなく着地する。

 自動運転のモノレールは、戦闘が行われている絃神島東地区(アイランド・イースト)へと向かっていた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「くそっ……!」

 

 南地区の岸壁に取り残された古城は、荒々しく眼前のフェンスを殴り付けた。

 こんな時に、何もできない。そんな無力感に苛まれ、何もできない自分に、心底から腹が立っていた。

 今、古城の後輩は、どう考えても危険な戦場にたった一人で赴いた。古城は、その背中を見送ることしかできなかった。

 

 ギリッと歯軋りをする古城に、一転して静かな口調でサツキが語りかけてきた。

 

「ねえ、古城。んーん、兄様」

「……何だよ」

「あの娘の正体とか、あの槍とか、兄様とあの娘の関係とか。そういうのは一旦脇に置いて」

「…………」

「兄様自身は、今、どうしたいの?」

 

 いつもの騒がしいサツキとは違う、優しい口調。

 それに誘われて、古城はここ数日間の記憶を蘇らせた。

 

 ――思い出す。初対面で古城にパンツを見られて、気丈に振る舞いながらも羞恥に顔を真っ赤にした、彼女の姿を。

 思い出す。古城に自分よりも弱いと言われて、すぐに頭に血が上って食ってかかってきた彼女の姿を。

 思い出す。第四真祖になった頃の記憶がないと言った古城に、疑うこともなく笑顔を向けてくれた彼女の姿を。

 思い出す。澄まし顔のくせに、時々本気なのかどうかややこしい冗談を、しれっと真顔でのたまう彼女の姿を。

 思い出す。三人で行ったホームセンターで、陳列された商品を楽しそうに見て回っていた彼女の姿を。

 思い出す。サツキと凪沙と、鍋をつつきながら笑顔を浮かべて姦しくおしゃべりをする彼女の姿を。

 思い出す。どこにでもあるようなクレーンゲームで、たかがマスコット一つに真剣になっていた彼女の姿を。

 

 全部。いつしか、その全部が、古城にとって大切なものになっていた。

 古城が心配している者の中には、すでに彼女も入っていた。

 姫柊雪菜という少女は、古城にとって大切な後輩で、失いたくないもので、だから、暁古城は――

 

「俺は、俺から奪っていく奴を、絶対に許さない」

 

 決意を込めた宣言とともに、古城の全身から白炎の如き通力(プラーナ)が噴き出した。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

「くっ――」

 

 身長百九十センチを超える巨躯の男の半月斧(バルディッシュ)の一撃を受けて、雪菜は大きく弾き飛ばされた。

 何とか倒れないように踏ん張り、顔を上げて男を強く睨みつける。

 

 雪菜が倉庫街に着いたころには、すでに戦闘は終結していた。

 倉庫街のあちこちで大規模な火災が起こっている。街灯はすでに全て消え、自動消火装置も全く意味を為していない。

 幸いにも人の気配はなく、倉庫街の管理をしていた人々も非難を終えているらしい。

 爆発によって送電が停止したのか、モノレールも停止した。

 

 彼女の足元には、重傷を負って倒れた長身の吸血鬼。肩口から深々と切り裂かれた傷は、心臓にまで届きかけている。人間であればもちろん即死だが、息があるのは強靭な生命力を持つ吸血鬼の面目躍如といったところか。

 彼にそれだけの負傷を負わせたのが、目の前に居るこの男。

 右手に掲げた半月斧(バルディッシュ)の刃と、強化装甲服の上に纏った法衣が鮮血で赤く濡れている。

 そして男の後ろに佇むのは、雪菜よりさらに小柄な少女だった。

 素肌にケープコートを纏った藍色の髪の娘である。人工的な美しい顔立ち。薄水色の無感情な瞳。

 見れば分かる。人工生命体(ホムンクルス)だ。

 

 考える間もなく、二度目の交錯。

 負傷した吸血鬼を狙った戦斧の一撃を、雪菜の槍が受け止め、今度は逆に弾き飛ばした。

 

「ほう……!」

 

 その結果に、男は愉快そうに呟いた。

 巨体からは想像も出来ないほどの敏捷さで飛び退き、男は雪菜へと向き直る。

 

「何と、その槍、七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)ですか!? 〝神格震動波駆動術式(DOE)〟を刻印した、獅子王機関の秘奥兵器! よもやこのような場で目にする機会があろうとは!」

 

 男の口元に、歓喜の笑みが浮いた。眼帯のような片眼鏡(モノクル)が紅く発光を繰り返す。

 

「いいでしょう、獅子王機関の剣巫ならば相手に不足なし。娘よ、ロタリンギア殲教師、ルードルフ・オイスタッハが手合わせを願います。この魔族の命、見事救って見せなさい!」

「ロタリンギアの殲教師!? 何故西欧教会の祓魔師が吸血鬼狩りを――!?」

「我に答える義務はなし!」

 

 男の巨体が大地を蹴って猛然と加速した。振り下ろされた戦斧が、断頭台の如き勢いで雪菜を襲う。強化鎧によってその威力は大きくアシストされている。

 しかし雪菜は完全にそれを見切って紙一重ですり抜け、攻撃を終えた直後のオイスタッハの右腕に旋回させた槍を伸ばした。

 オイスタッハはその攻撃を、鎧で覆われた左腕で受け止め、鎧が打ち砕かれる前に戦斧を大きく振るって雪菜を引き離した。

 

 雪菜もその力に逆らわず、後ろに跳んで距離を稼ぐ。格闘戦は分が悪いと判断し、一撃離脱の戦法へと転換する。

 

「我が聖別装甲の防護結界を一撃で打ち破りますか! さすがは七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)――興味深い術式です。素晴らしい!」

 

 蜘蛛の巣状に亀裂の走った左腕の鎧を眺めて、オイスタッハが満足そうに舌なめずりをした。

 

 そんなオイスタッハの禍々しい姿に、雪菜の剣巫としての直感がけたたましく警鐘を鳴らしていた。

 この殲教師をこのまま放置すれば、巨大な災厄をこの地に呼び込むことになる、と。

 

「――獅子の巫女たる高神の剣巫が願い奉る。破魔の曙光、雪霞の神狼、鋼の神威をもちて我に悪神百鬼を討たせ給え!」

「む……これは……」

 

 雪菜が厳かに祝詞を唱え、体内で練り上げた呪力を七式突撃降魔機槍(シュネーヴァルツァー)が増幅。槍から放たれた呪力の波動に、オイスタッハが表情を歪めた。

 続けて始まった雪菜の猛攻に、オイスタッハは防戦一方になる。

 左腕の鎧が砕け散ったところで、オイスタッハは自ら大きく後ろへ跳んだ。

 

「いいでしょう、獅子王機関の秘呪、獅子王機関の剣巫、確かに見せてもらいました――やりなさい、アスタルテ!」

命令受諾(アクセプト)執行せよ(エクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 オイスタッハの代わりに飛び出してきたのは、ケープコートを纏った藍色の髪の少女だ。

 少女のコートを突き破って出てきたのは、半透明の、巨大な虹色の右腕。

 実体ではなく、眷獣と同じ実体化した魔力の塊だ。

 

 雪菜の背後で倒れている吸血鬼の眷獣を打ち倒したのも、この眷獣だった。巨大なワタリガラスに似た漆黒の妖鳥の魔力を、この腕が貪り食った(・・・・・・・・・)のだ。

 それは虹色の輝きを放ちながら、雪菜を襲った。

 

 雪菜は雪霞狼でこれを迎撃。巨大な魔力と呪力の激突に、大気が耳障りな音を立てた。

 

「ぐっ!」

「ああ……っ!」

 

 辛うじて打ち勝ったのは雪菜だ。〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟をじりじりと銀の槍が切り裂いていく。

 眷獣の受けたダメージが逆流しているのか、アスタルテと呼ばれた少女が弱々しく苦悶し、

 

「ああああああああああああ――――っ!」

 

 少女が絶叫した。彼女の細い背中を突き破るようにして、もう一本の腕が現れる。

薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟とは、左右一対で一つの眷獣なのだ。

 

「しまっ――」

 

 雪菜の表情が凍りつく。

 雪霞狼は右腕(・・)を迎撃したまま。つまり、この状況では、雪菜は左腕(・・)の攻撃を避けられない。

 

 死を覚悟するほどの時間はなかった。

 ただ最後に一瞬だけ、見知った少年の顔が脳裏を過ぎった。

 

「……先輩」

 

 雪菜の唇から、ふと呟きが漏れた。その呟きは誰の耳に届くこともなく、彼女の体は虹色の巨大な腕に為す術なく引き裂かれる――はずだった(・・・・・)

 

 その時だった。

 雪菜。オイスタッハ。アスタルテ。三者の耳に、少年の喉から絞り出すような詠唱句が響いたのは。

 即ち、

 

 

 

 冥界に煉獄あり 地上に燎原あり

 炎は平等なりて善悪混沌一切合財を焼尽し 浄化しむる激しき慈悲なり

 全ての者よ 死して髑髏と還れ いざや火葬の儀を始めん

 

 

 

 声が途切れると同時、上空から、雪菜を引き裂こうとしていた〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟の右腕に、莫大な熱量を孕む猛火が殺到した。

 かつての冥王、シュウ・サウラの闇術は文字通り火を噴いた。

 

 第三階梯闇術《火葬(インシネレート)》。

 

 その炎は虹色の眷獣を打ち倒すには至らなかったが、雪菜から引き離すことは成功した。

 まったく予想外の援護に呆然とする雪菜の眼前に、一人の少年が舞い降りた。

 

 常の気だるげな表情を引っこめ、鋭い刃物のような視線を敵へ送り、右手に鏡のように美しい刀身を持つ長剣を下げ、全身から白炎の如き通力(プラーナ)を纏った少年。

 二つの前世を持つ第四真祖、暁古城だ。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 古城が到着したころ、雪菜はすでにピンチだった。

 自重を限りなくゼロに近付ける源素の業(アンセスタル・アーツ)の闇術、《羽毫の体現(デグリーズウエイト)》に《神速通》を掛け合わせ、二基の人工島(ギガフロート)を連結する長さ十六キロの連絡橋を走ってきたのだ。

 

 そうやって、今出せる最高速度で現場に到着した古城が見たのは、巨大な虹色の腕に押し潰されようとしている雪菜の姿。

 状況の理解を一時棚上げし、古城は今できる最大の威力を持つ攻撃を使った。

 結果、倒すことまではできなかったが、引き離すことには何とか成功した。

 

「何をやってるんですか、先輩!? こんなところで――!?」

「それはこっちの台詞だ、姫柊! この馬鹿!」

「ば、馬鹿!?」

「何死にかけてんだ、あの程度敵じゃないんじゃなかったのかよ!」

「そ、それは――」

「ま、いいか。で……結局、こいつらは何なんだ?」

「分かりません。あの男は、ロタリンギアの殲教師だそうですが……」

 

 法衣の男を睨んで、雪菜が答える。

 

「ロタリンギア? 何でヨーロッパから来てまで暴れてるんだ、アイツは」

「先輩、気を付けてください。彼らは、まだ……」

 

 雪菜の警告が終わる前に、ケープコートを着た少女が立ち上がった。彼女の背後には、虹色の眷獣が実体化したまま。

 どうやら、古城の闇術のダメージはほとんどないようだ。

 

「先程の魔力……もしや、第四真祖の噂は本当ですか? それに加えて、そのオーラ……」

 

 戦斧を掲げて、殲教師が言う。

 その殲教師を庇うように前に出たのは、藍色の髪の少女だった。

 少女の無感情な瞳からは、殺意は読み取れない。

 しかし、古城は身構えた。どちらか片方だけならどうにかなるが、両方を相手にするとなると厳しい。

 

 先んじて突進してくる大男。すぐに少女も続くだろう。

 諦めず、思索を始めたところで、不意に場違いな、底抜けに明るい声が響いた。

 

「じゃじゃじゃ~ん! みんなのヒーローサツキちゃん、遅れて登場!」

 

 現れたのは、両腕両足を眉間から金色の通力(プラーナ)を噴き出す、サイドテールと夜空に星を撒いたような瞳が特徴の少女――サツキだった。

 サツキは高らかと名乗りを上げ、馬鹿みたいに真っ直ぐに突進しつつ、右手を天に掲げた。

 

「おいで、アーキュール!」

 

 彼女の掌中に光が宿り、やや小振りな両刃の剣が顕現する。

 そして、殲教師の半月斧(バルディッシュ)と真っ向から衝突した。

 

「くぉんの~……」

「むぅぅん……」

 

 ギリギリギリ、と、激しく鍔競り合いを演じる二人。

 体格差を考えれば、サツキなど一撃で押し潰されてもおかしくはない。

 だがそうはならない。何故か、簡単である。

 

 源素の業(アンセスタル・アーツ)の光技、《剛力通》による怪力を発揮しているからだ。

 サツキは未だ、右手左手右足左足眉間の、七つある門のうち五門しか開けていない。

 しかしオイスタッハが使っているのも、所詮は鎧による些細な身体強化。

 使用者に超人的な膂力を与える通力(プラーナ)に勝る道理はない。

 

「てぇぇいっ!」

「ぐ、むぬおっ……」

 

 グッと一際強く剣を押し込んだところで、サツキは右足を上げて、オイスタッハの鎧に覆われた土手っ腹に回し蹴りを叩き込んだ。

 一撃で鎧を破砕させつつ、サッカーボールのような勢いで吹っ飛んでいくオイスタッハに、サツキは容赦ない追撃を浴びせようとした。

 サツキの掲げる小振りな剣に、眩い金色の通力(プラーナ)が集結していく。

《剛力通》の派生技、インパクトの瞬間に通力(プラーナ)を集中させて攻撃の威力を上げる光技《太白》。

 

 まともに受ければ全身の骨が砕け散ること間違いなしの斬撃が叩いたのは、オイスタッハではなく、彼の連れたホムンクルスの少女の眷獣だった。

 大上段から振り下ろされる剣を握り込むようにして防ぎ切る〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟。

 古城とサツキには未だ知る由もないが、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟は魔力を喰らう眷獣だ。

 しかし、決して通力(プラーナ)まで喰えるわけではない。

 

 案の定、少女は苦悶に表情を歪めてもう一度吹き飛ばされた。

 この場の最強戦力となるホムンクルスの少女を引き離して息を吐いたサツキの、僅かな意識の隙を、オイスタッハは見逃さなかった。

 

「ぬうううん!」

「すらあっ!」

 

 それを止めるのは、もちろん古城だ。

《神速通》と《剛力通》を組み合わせて爆発的な加速を得る高等光技、《武曲》。

 サツキの細い腰を両断せんと迫る凶刃を、通力(プラーナ)をめいっぱい纏わせたサラティガで打つ。

 結果、オイスタッハの持つ半月斧(バルディッシュ)は粉々に砕け散った。

 

「あ、ありがとう兄様!」

「これは……素晴らしい」

 

 自分の武器が失われたというのに、殲教師は一顧だにしなかった。柄だけになった戦斧を投げ捨て、躊躇なく後退する。

 そして、彼と入れ替わりのように突っ込んでくるホムンクルスの少女。

 

再起動(リスタート)完了(レディ)命令を続行せよ(リエクスキュート)、〝薔薇の指先(ロドダクテュロス)〟」

 

 彼女の言葉に従って、巨大な腕が鎌首をもたげる蛇のように伸びた。

 

「やめろ、俺はあんた達と争うつもりは……」

「待ちなさい、アスタルテ! 今はまだ(・・・・)、真祖と戦うときではありません!」

 

 古城とオイスタッハが同時に叫び、少女が困惑したように瞳を揺らす。

 しかし、すでに宿主によって命令を与えられた眷獣は止まらない。虹色の鉤爪が古城たちを八つ裂きにせんと迫る。

 

「先輩、下がってください!」

 

 槍を構えた雪菜が、古城を突き飛ばすようにして前に出てきた。

 だが、まるでそれすら読んでいたように、少女の足元から右腕が放たれた。

 地面を抉るようにして飛来するその不意打ちに、さしもの雪菜も反応が遅れた。

 

「姫柊!」

 

 古城が咄嗟に雪菜を突き飛ばす。無防備だった背後からの衝撃に雪菜は為す術なく吹き飛んだ。

 目標を見失った右腕が眼下から、左腕が頭上から古城を襲う。

 

「せ、先輩!?」

「兄様!? ――くっ」

 

 受け身を取った雪菜が、立ち直ったサツキが援護しようとするも、すでに遅過ぎた。

 

「ッ、おおっ」

 

 サラティガを振るった古城が辛うじて迎撃できたのは右腕だけだった。

 頭上からの攻撃は、《金剛通》を振り絞って堪えようとする。しかし無意味。

 直撃を受けた古城の腕から、鮮血が散った。

 

 そう思われた瞬間、古城が叫んだ。まるで別人のような真剣な声で。

 

「待て……やめ……ろおおおおおおお――――――――!!」

 

 その声は、敵ではなく自分に向けられているようだった。

 古城の瞳が真紅に染まり、食い縛る口元からは鋭い牙がのぞく。

 彼の腕から迸る、目も眩むような青白い輝きと灼熱の閃光が視界を焼き尽くし、虹色の眷獣が消し飛んだ。

 

「ぬ、いけません……アスタルテ!」

 

 オイスタッハの怒鳴り声は、衝撃波が生み出す轟音に掻き消された。

 

 古城の腕から放たれたのは濃密な魔力の塊、眷獣と呼ばれているモノ――のはずだ。

 それは、人々が知る眷獣という次元を超えていた。

 それは、全てを破壊する嵐のような雷撃だった。

 制御不可能な巨大な稲妻が地上の建物を薙ぎ払い、生み出された衝撃波が暴風となって吹き荒れる。周囲に無差別に雷の矢が放たれる。

 絃神島全体が爆撃されたように揺れ動き、周辺の海が津波のように荒れ狂う。

 

 天変地異のようなその状況が続いたのは、せいぜい二十秒かそこらの出来事だった。

 しかし確かに、稲妻はその破壊の爪痕を残していた。

 扇形に抉れて廃墟と化した倉庫街。人工島(ギガフロート)の表土もごっそりと抉り取られて、その下の地下構造が剥き出しになっている。

 港に停泊していた船舶は無事な船を探すのが難しいほどだったし、モノレールの線路も倒壊している。

 落雷の影響で島内のあちこちが停電し、そのために失われた企業データなどの損害額はどれほどになるのか検討もつかない。

 倉庫街の被害もひどかったが、その他の地区も相当だ。

 

 辛うじて無事だったのは雪霞狼の結界に護られていた雪菜と、雪菜に間一髪結界の中に引きずり込まれたサツキ。そして瀕死の〝旧き世代〟の吸血鬼の男だけだった。

 雪菜が心底驚いたのは、先程の落雷を、数秒ほどとはいえサツキが自力で防いでいたことだ。

 両腕と両足に黄金のオーラを纏わせて、服が焼け落ち火傷を負いながらも、しっかりと二本の足で立っていた。

 今のサツキは、まるで糸が切れたように雪菜の傍らでぐっすりと眠り込んでいる。

 涎まで垂れていて、弛緩し切った表情だ。

 全身の火傷も、未だに漏れ出る黄金のオーラが治癒していっている。

 

「これが……先輩の……第四神祖の眷獣……」

 

 サツキの無事を確認し、あまりにも巨大な破壊の痕跡に、声を震わせながら雪菜が呟いた。

 殲教師とホムンクルスの少女の姿はすでにない。どうやら彼らは、古城の眷獣の攻撃によって露出した地下構造から逃走したらしい。

 

 爆心地と思しき場所には、古城が力尽きたようにぐったりと倒れている。全身の白炎の如きオーラも消え去り、右手の長剣も忽然となくなっていた。

 パーカーの左袖が破れていたが、本人は無傷。単に疲れて眠っているだけのようだった。

 雪菜は、銀の槍を格納状態に戻しながら、倒れている古城の許へ歩いて行く。

 古城は、まるで鬱積したストレスを発散し終えた直後のように、すっきりとした表情で眠っていた。

 

 雪菜にも色々言いたいことはあった。

 何で言いつけを破って来たのか、とか。あの白いオーラは何なのか、とか。最初の魔術のようなものはどうやったのか、とか。サツキは一体どういう者なのか、とか。

 だが、結局雪菜の口から漏れ出たのは、

 

「……どうするんですか、まったくもう」

 

 この状況に対する弱音と、弱々しい溜め息だった。




 あんまり無双しませんでしたね。
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