「では、神流。御主は何を覚えておる?」
埃で汚れている廃屋の中で俺とセイバーは胡坐を組みながら互いの記憶について話し合っていた。
「覚えていることは、まず俺は日本人であること。魔術に関して少しの知識があること。あとは……わからない」
「道理で、儂の言葉を理解できていたのじゃな。ふむふむ、感心できるマスターだ。では、覚悟を決めて外へ出ようぞ」
セイバーは俺の話を少ししか聞いていないのに、すぐ立ち上がり外へ出ようとした。
「ちょ……ちょっと待って! 『覚悟を決めろ』って……警察とか誰か来るのを待とうよ」
セイバーは俺の言葉を聞いて、大きくため息をついて、眉をひそめた。
「儂はセイバーというサーヴァントじゃ。普通に呼んでおったから理解していると思ったのだがな」
戸惑いを隠せない俺を一瞥し、また大きくため息をついた。
「はァ…… 儂らは今、『聖杯戦争』に参加しているじゃ。儂はたぶん、御主に召喚されたのであろう」
『聖杯戦争』それは魔術師同士の戦い。元の発端は日本の冬木市で行われた7人の魔術師と7騎のサーヴァントによる、願ったことを叶えてくれる聖杯をめぐった熾烈な戦いを冬木の聖杯戦争と呼んだことから始まる。
「嘘だろ? 俺があんな死ぬかもしれない戦いを望むはずが……」
「御主、腕を捲ってみるのじゃ。もし、マスターなら令呪があるはずじゃ」
令呪はサーヴァントのマスターであることの証明であり、サーヴァントへの絶対命令を行える権利である。
もし、あったら俺は本当にマスターなのだろう。セイバーに言われて、腕を捲ってみると完全な円ではなく空いているところからそれぞれ別の方向へ進んでいる直線で描かれた……まるでギリシヤ文字のオメガのようなマークが描かれていた。
「うむ、これは令呪じゃな。魔力を感じる」
「俺は……俺は……一体、何者なんだ!」
すでに俺は命を懸けた戦いに巻き込まれていて、挙句の果てに自分の記憶がない。頭の中がグルグルと渦を巻くように混乱し始めた時、セイバーが服についたほこりを払い、俺の眼をまっすぐ見てきた。
「うむ、神流。御主の気持ちはよくわかる。だから、儂はここで誓おう。儂は御主のサーヴァント、全力を持って御主を守ろう。御主を見ているとなぜか守りたい気持ちになるのじゃ。だから、まずは外に出よう。儂も記憶喪失である。故に宝具を使うことができないのでな。まずは情報を集めるのじゃ」
宝具を使えない。それを聞いた時、俺は冷や汗が流れるのがわかった。
宝具は彼らが生前に築き上げた伝説の象徴であり、物質化した奇跡で形成される。逆に言うのなら、自分の経歴がわからないと宝具を使うことはできない。自分がどの英雄なのかを戦っている相手にバレてしまう点を除いて、宝具は重要な力を持つ。
「……あれ? なんで俺はこんなに詳しく聖杯戦争について知っているのだろうか」
俺の頭の中にまるで教科書を丸暗記したように聖杯戦争についての詳しい記憶が入っていた。自分の名前も出身も年齢もわからないのに。なぜか聖杯戦争についての知識は誰かに教えられたような記憶があるような…… あの声は一体……
「何を悩んでおるのじゃ。御主は魔術師だったのだろう。よかったやないか」
うじうじ悩んでいるとセイバーが笑いながら腕をつかんだ。
「マスター、御主が魔術師であると知って儂は嬉しいぞ! ただの人間だったら儂は御主をマスターだとは認めず切り捨てておったわ」
ガハハと笑うセイバーの腕に引かれるように俺は外に出た。
「今は夜か。時計がないから何時かわからないな。……妙だな」
星々が光っている夜空の中、川岸の廃屋から出てきた俺とセイバーはすぐに気が付いた。
「うむ、夜とはいえ……おかしいのぅ。人の気配、否、動物の気配すら感じん」
視界に見える家々にも光はともってなく、遠くに見える大きな橋にも街灯が道を照らしているだけで自動車は通っていない。誰も外にいないのだ。誰も。
誰か一人ぐらい人がいると思い、いろいろなところを見ているとぶつぶつ言っていたセイバーが叫んだ。
「怪しい……マスター! 来たぞ! 敵襲だ!」
セイバーが叫んだ瞬間、いつの間に抜刀されていたセイバーの日本刀が宙を切り裂いた。鈍い音共に、切り裂かれた矢が地面に突き刺さる。
すでに、俺らは何者かに気付かれていたのだ。