神奈とセイバーがたたずんでいた廃屋の横から数百メートル離れた建物の屋上に、弓を構えた赤い外套を纏った浅黒い肌の男とあどけない笑顔を浮かばせた白い服を着ている若い男が並んで立っていた。
「マスター、どうやら気が付かれたようだ。どうする?このまま狙撃を続けるか?」
弓にはすぐに矢をつがえてあり、男は振り向くこともなくただ一点を見つめていた。
「いや、もう気が付かれている以上暗殺は無理だろうね。彼らと顔を合わせるのもまだ早い。撤退しよう」
「了解した、マスター」
男たちは闇夜に消えていった。
「……うむ。儂らへの視線が消えたの」
一点をジッと見つめていたセイバーは日本刀をおろした。すぐさま、切り裂いた矢をひろって俺に渡してきた。
「御主、これを持っておいてくれ。大丈夫、毒はない」
「これをどうするつもりだ?」
半分に裂けた矢を見ながら、セイバーは言った。
「今、これを放ってきた奴は恐らくサーヴァントじゃ。あの長距離で正確に狙ってくる性能は並大抵のものではないぞ。ゆえに、サーヴァントの矢なら何者かがわかるかもしれないと思ってな」
「セイバー、相手の場所がわかっていたのか」
驚いている俺がセイバーに聞くと、セイバーは自慢げにニンマリ笑いながら言った。
「しっかりと弓を構えている姿がボンヤリと見えたぞ! 儂もなかなかやるじゃろう」
「いや、相手に逃げられているからね。しかし、セイバーは千里眼のスキルでも持っているのか……」
記憶はないのに魔術に関する知識だけはある俺の頭の中でセイバーの真名を考えていたが、それはすぐにセイバーに遮られた。
「おい! おい! 大丈夫じゃの?」
「ん? どうした」
どうやら隣で呼びかけていたセイバーが俺の軽くこづいてきた。
「御主、まだ夜中じゃ。朝になるまで眠っておれ。儂が番に就く」
「え?」
そう言えば、まだ夜中だった。眠気が俺を襲う。
「明日から敵と戦うかもしれんからの。寝れるときに寝るのが一番じゃ」
セイバーがしつこく廃屋を指さすので、俺はありがたく従った。サーヴァントがマスターを殺すときはあるそうだが……何故かさっきから俺はセイバーに安心感を抱いていた。
「じゃぁ、言葉に甘えさせてもらう。何かあれば起こしてくれ」
「ガハハ、安心せい! 御主の熟睡と安全は儂が守るのじゃ」
その言葉を聞きながら俺は糸が途切れたように眠りに落ちていった……
男が小さい俺の顔を見ながら力強く言った。
『私たちには使命がある。一族が積み重ねてきた努力と知識が報われる日が来るんだよ』
『ねぇ、父さん。なんの話をしてるの?』
『ここから先は、お前にはまだ早い話だ。ただ、忘れないでくれ。私たちには使命がある』
男の微笑んだ顔が薄れて消えていった
「もしもし、起きてください!」
「ん……ん? セイバー?」
変な夢を見たなと思ってぼんやりと寝っ転がっていたら、誰かの声が聞こえてきた。
「もしもし! そこのお嬢さん! 大丈夫ですか!?」
お嬢さん? まさか。
「こんな川辺で倒れているなんて……大丈夫ですか!?」
俺はすぐに立ち上がり外に出た。そこには
「むにゃむにゃ……」
「もしもし、起きてください!」
倒れるように爆睡しているセイバーと、起きてくれなくて激怒寸前の制服警察官が居た。
「おい、セイバー!起きろ!」
俺がセイバーのもとに走り寄り、体を揺らすとセイバーはゆっくりと眼を開いた。
「ん? 御主、どうした? 儂はこうやって番をしておったぞ」
「そうか。お前は地表の温度を肌で測ることが見張りの仕事だと思っていたのか」
「うむ、実に心地よい冷たさであったぞ」
「良かったな。ついでに味も確かめておけ」
俺がセイバーの顔を地面に埋めようと喧嘩していると黙ってみていた警察官がしゃべり始めた。
「君たちが喧嘩するのは別にいいのだけどね。そこに置いてある日本刀。それについて話を聞かせてもらえないかな」
俺とセイバーの動きが止まった。警察なんかに捕まったら、自分の記憶探しも何もできない。どうしようかと悩み始めた瞬間、
「どりゃぁ!」
セイバーが目にも見えない速さで警察官を殴りつけ、気絶させた。
「なぁ、セイバー」
「なんじゃ? 儂は面倒な雰囲気を感じたから殴っただけじゃぞ?」
そっぽを向いているセイバーと青あざを作って倒れてる警察官。明らかに……いや、今はどうでもいい。
「そのことじゃない。確か、夜中には人なんて誰一人いなかったよな」
「うむ、儂も覚えておるぞ。何かが夜と変わっておる……ん?」
警察官を地面に横たえていると、セイバーは何かに気が付いた。
「どうした?何か見つけたか?」
「御主、ここはどこかわかったのじゃ」
セイバーが指さした方向には、日本によくある、別の町から観光に来た人へ出迎えるあいさつ文が書かれてある大きな看板があった。
「ようこそ! 海と山に包まれる冬木市へ!」
俺とセイバーは終わったはずの冬木の聖杯戦争に巻き込まれていると考え始めるのは容易だった。