出発から3日目、サラマンダーガンシップを退けた補給部隊と護衛のマルダー部隊は、ライカン峡谷に侵入していた。
後数日もすれば、レーン砦攻略部隊と合流出来るだろう。指揮官のマックス・ファルケンバーグ大尉は、そう言って部下達を鼓舞した。
「この峡谷に来れば、共和国軍も爆撃してくることは無いだろうなぁ」
ハインツは、周囲を囲む険しい土色の岩の壁を見上げながら、クルツに言う。
「ああ、連中もここには、爆撃してこないだろうな。」
彼もハインツと同意見だった。
複雑に入り組んだライカン峡谷は、迷路の様に入り組んでいて、上空から敵を発見するのも大変だった。
また運よく敵部隊を発見しても航空攻撃するのは容易ではなかったからである。
また空爆を行って峡谷を閉塞させることもやろうと思えばサラマンダーを多数保有する共和国空軍は可能だったが、今までそれが行われた事は無かった。
理由は簡単で、閉塞させた場合、共和国がライカン峡谷を渡って帝国領に進軍することも出来なくなるからである。
「あともう少しか……」
レーン砦攻略部隊との合流を目指す彼らに突如、攻撃が浴びせられた。
マルダーの丸い胴体装甲にビームが着弾した。指揮官機には2発のビームが命中した。
どちらもマルダーの分厚い装甲と対ビーム、レーザーコーティングに減衰され、大した損傷にはならなかった。
補給部隊のモルガにも攻撃は及び、1機の頭部装甲にビームが命中した。
「敵の地上部隊?!」
前方に出現した機影を見た帝国兵の一人は驚愕する。
「共和国軍め、今度は地上部隊か。」
ファルケンバーグは、忌々しげに顔を顰めて言う。
彼らの目の前に共和国軍の地上部隊が現れた。
複雑な地形が入り組んだライカン峡谷には、ヘリック共和国軍のゲリラ部隊も複数行動していた。
これまでレーン砦攻略作戦が度々失敗したのも、補給部隊を攻撃した航空部隊と基地守備隊の奮戦もあったが、これらのゲリラ部隊が奇襲攻撃で帝国軍の後方を脅かしたという事情もあった。
敵部隊は、ガイサック4機とスパイカー6機で編成されていた。
どちらも小型で全高も低く発見されにくいゲリラ部隊向けの機体だ。
ガイサックは、背部に長期行動用のエネルギータンクを搭載していた。
スパイカーは、通常機と異なり、羽が追加装備されていた。
「全機敵部隊を迎え撃て!補給部隊に指一本触れさせるな」
「了解!」
クルツらマルダー部隊と、共和国軍ゲリラ部隊は、狭い峡谷の中で戦闘を開始した。
数では、マルダー部隊が10機しかいないゲリラ部隊を上回っていた。
だが、狭い峡谷という地形の問題で、数の利を生かす事が出来なかった。
その為、当初は苦戦を強いられた。
幸いにもゲリラ部隊のゾイドの装備火器は、マルダーの重装甲を貫けるほど強力では無かった。
マルダー部隊は、火力と装甲を活かして補給部隊を狙うゲリラ部隊を圧倒し始めた。
スパイカー3機がビームを受けて爆発した。
1機のスパイカーが跳躍した。
「補給部隊の中に入り込むつもりか?」
この改良型スパイカーは、追加装備された羽とパワーアシストによって短時間だけであったが、飛行、跳躍する事が出来た。
スパイカーのパイロットは、それを利用して護衛のマルダーを飛び越えて、補給部隊の懐に飛び込むつもりだった。
「!!叩き落とせ!」
「……(奴に内側に飛び込まれたら……)」
補給部隊の中に飛び込まれたら、厄介なことになる。
こちらは、峡谷で動きが制限されるうえに味方機が邪魔で攻撃できない。
対するスパイカーは、自慢の鎌で補給部隊のゾイドの装甲を切り裂くだけでいい。
モルガやザットンといった重装甲のゼネバス帝国小型ゾイドの装甲の継ぎ目を切り裂く奇襲戦術こそ、スパイカーの得意技だった。
スパイカーはマルダーを飛び越えて補給部隊の懐に着地しようとした―――――――――――その時、1機のマルダーが自己誘導ミサイルを発射した。
対空ミサイルの誘導装置は、パワーアシストを全開にした空中のカマキリ型小型ゾイドの放つ赤外線を捕捉し、見事柔らかな下腹に突き刺さり、炸裂した。
ミサイルの直撃を受けたスパイカーの華奢なボディは引き裂かれ、空中で火球に変じた。
「ブラント!ミサイルで跳躍した敵機を狙うとは……なかなかやるな!」
ファルケンバーグ大尉は、部下の機転をほめると、捕捉した敵機に向けてビームを発射した。跳躍を試みたスパイカーがビームを受けて大破する。
頭部からアンテナが伸びた指揮官機らしきガイサックの尾部のロングレンジガンが発射され、補給部隊のザットンの頭部を掠めた。
「食らえ!」
ファルケンバーグ大尉のマルダーが中口径電磁砲を発射した。その一撃は、背中のエネルギータンクに命中した。
一瞬、両軍のパイロットには、マルダーとガイサックが赤い火線が結ばれた様に見えた。
次の瞬間、ガイサックは火達磨になった。エネルギータンクが誘爆したのである。
2機のガイサックは、8本の肢を使って谷の急な斜面を器用に移動してくる。
スパイカーもそれに続く。どちらも多脚の昆虫型ゾイドならではの戦法だと言えた。
「後方を突くつもりか!させるか!15番機と13番機は、補給部隊に奴らを近づけさせるな!」
マルダー数機が斜面を移動する3機の小型ゾイドを攻撃する。
ガイサック2機の後ろを移動していたスパイカーがビームを受けて爆発炎上。
燃え盛る残骸が斜面から転がり落ちる。対するガイサックも攻撃を開始した。
尾部のビームライフルがモルガを掠める。
マルダーに接近したガイサックの鋏に装備されたポイズンジェットスプレーが発射される。
ガイサックの素体には、鋏に毒腺を持つ種類と尻尾の先に毒腺を持つ種類の2種類が存在していた。
この時期、共和国軍は、2種類の素体を用いてガイサックを生産していた。
後に生産性を上げるために、共和国軍では、鋏に毒腺を持つ種類を素体とするガイサックに一本化される事になる。
ゾイドの装甲にも損害を与える毒液がマルダーの胴体側面に浴びせられた。
パイロットや内部機関に致命的なダメージを与えることが出来るその一撃も、重装甲の前では、効果がなく、マルダーの装甲を若干溶かしただけだった。
ガイサックは、マルダーの胴体に自慢の鋏 レーザークローを突き刺そうと接近した。
補給部隊のモルガの頭部ガトリング砲が火を噴いた。
ガトリング砲を受け、ガイサックの薄い装甲は穴だらけになった。
胴体を蜂の巣にされたガイサックは、爆発炎上した。
もう1機のガイサックは、ゲーターのビームガトリングを浴びて蜂の巣になった後爆散した。
「残りは貴様だけだ!」
最後のガイサックは、ファルケンバーグのマルダーとその僚機のマルダーの発射した中口径電磁砲の直撃を受けて爆散した。
3時間後、ザットンとモルガで構成される補給部隊は、マルダー部隊の護衛の下、ライカン峡谷の出口を塞ぐ共和国軍 レーン砦の攻略部隊が展開する場所に到着した。
レーン砦に程近い、ライカン峡谷の開けた地点には、ゼネバス帝国軍のレーン砦攻略部隊が展開していた。
攻略部隊は、レッドホーンを指揮官機とする部隊で、マーダやモルガ、ゲルダーやゲーターの姿もあった。
ゾイドだけでなく、アーマードスーツや対ゾイドライフル、無反動砲等の装備で武装した歩兵部隊の姿もある。
どのゾイドも損傷し、歩兵部隊の装備や軍服も汚れて不揃いだった。満足に補給を受ける事が出来なかったのは一目で分かった。
その隣には、撃破されたゾイドや兵器の残骸がある。中でも巨大なのは、要塞攻略用に持ち込まれた長距離砲の残骸である。
レッドホーンの手前にも破壊された長距離砲が黒焦げになって転がっていた。
長距離砲――――――――ザットンやモルガが牽引するタイプのこの大砲は、レーン砦の城壁やトーチカを破壊する為にこの地に運ばれてきた。
その全てが、共和国軍との戦闘で破壊された。
対照的にレーン砦は、少なくない守備隊の戦力と防衛設備を喪失しつつも、未だに健在で帝国軍の兵士達に高く聳える城壁を見せ付けていた。
レーン砦の周辺には、破壊された両軍のゾイドの残骸が転がっていた。
マーダやエレファンタス等の旧式機だけでなく、モルガやゴドス等の新鋭機も含まれていた。一際目を引くのは、ビガザウロの残骸である。
両軍にとって最初の大型ゾイドの残骸は、太古の地球に存在していた竜脚類を思わせた。
「他の部隊もいるぞ!」
同僚の一人が叫ぶ。彼の言う通り、マルダーと補給部隊のザットンとモルガの隊列がレーン砦攻略部隊の近くにあった。
「あれは、前にガニメデの防衛に参加した第22防空部隊……」
クルツは、マルダーの胴体側面に見覚えがあった。
その部隊―――――第22防空部隊は、2か月前のガニメデ防空戦で共にガニメデ市をサラマンダーの空爆から守った部隊であった。
クルツ達は知らなかったが、他の補給拠点から出撃した補給部隊の護衛にも対空能力に優れたマルダーを装備した防空部隊が参加していたのである。
「よく来てくれた諸君、これで我々は勝利できる。部隊の全員を代表して言う。ありがとう、よく物資を届けてくれた。」
ライカン峡谷攻撃部隊指揮官のホルスト大佐は、補給部隊の到着を喜び、彼らを自ら出迎えた。
彼の前には、護衛部隊指揮官のマックス・ファルケンバーグ大尉と彼の部下、補給部隊の護衛を務めたマルダー部隊の隊員達、彼らが守り抜いた補給部隊の指揮官と部下、別の補給部隊と護衛を務めた第22防空部隊の隊員達の姿があった。
彼らがここまで物資を届け、敵の妨害を排除してくれなければ、レーン砦攻略部隊は、敗残の兵として退却を余儀なくされていただろう。
クルツもこの中にいた。他の隊員達と同様に晴れがましい気分だった。
「よくやってくれた。諸君らの奮闘のお陰で、我々は、この地で戦いを継続する事が出来る。」
感謝に堪えないといった口調でレーン砦攻略部隊の指揮官である髭面の男は、言った。
今も補給部隊のザットンからは、輸送されてきた補給物資を満載したコンテナが降ろされ、モルガの胴体後部からは、格納されていたコンテナや補充のミサイルや弾薬、整備部品が取り出されていく。
暫く整備を受ける事が出来なかった攻略部隊のゾイドも整備作業が開始されていた。
レーン砦攻略部隊の戦闘能力は回復しつつあり、再び城壁に守られた敵の要塞を攻略する事に着手できそうだった。
「今日にでも総攻撃を行う予定だ。マルダー部隊にも防空任務に従事してもらいたい。」
「了解です」
「少し気になったことがあるのだが……」
「なんでしょうか?」
「補給部隊には、増援の砲兵部隊が付属していると聞いたが、彼らはどこにいるのだね。私の見る限り、肝心の砲兵隊がいないようだが?」
ホルスト大佐は、怪訝そうに言う。
弾薬が補充されても現在の砲兵戦力だけでは、レーン砦を陥落させるのは、困難であった。
当初、長距離砲が牽引されてきたが、どれも現在は破壊されている。
「大佐!我々の部隊が砲兵隊です。」
ファルケンバーグは、髭面に晴れやかな笑みを浮かべて言う。
「!!」
ホルスト大佐の威厳のある顔に驚愕の表情が浮かんだ。
マルダーは、搭載しているミサイルを交換する事で対空攻撃にも地上攻撃にも対応できた。
補給部隊の護衛機にマルダーが選ばれたのも対空能力の高さだけでなく、ミサイルを交換することで後方支援用にも運用できるという点が着目されたからである。
そして、彼らが守り抜いてきた補給部隊のザットンが輸送してきたコンテナの中には、マルダーのミサイルランチャーに搭載可能な新型の要塞攻撃用ミサイルが含まれていた。
「…………そうだったか。では、諸君らには、攻撃の第1弾を行ってもらおうか」
「喜んでその任務に従事させて頂きます。」
3時間後、全ての準備が完了し、レーン砦攻略作戦が開始された。
ファルケンバーグ大尉らマルダー部隊は、攻略部隊の最後尾に展開した。
砦に突入する友軍部隊の後方支援が彼らの任務である。
「お前達、せっかく物資をここまで運んできたんだ。攻略作戦、何としても成功させるぞ!」
ファルケンバーグ大尉は部下達を鼓舞した。
「了解!」
「はい!指揮官殿!」
「隣の部隊に負けねえ様に敵の城壁にミサイルを撃ち込んでやります!」
部下達もそれに答える。要塞攻撃という晴れ舞台に参加するのだから彼らが興奮するのも当然であった。
「砲撃開始!」
ホルスト大佐のレッドホーンが背部の大口径3連電磁突撃砲を発射した。
それが攻撃開始の合図となった。
隊列を組んだマルダー部隊が一斉にミサイル発射口を開いた。マルダーの胴体上面部のハッチが開き、要塞攻撃用のミサイルが発射された。
彼方のレーン砦の城壁と周辺にミサイルが着弾し、幾つもの爆炎が生まれ、轟音が大気を震わせる。
帝国軍によるレーン砦攻略作戦が開始された。
ライカン峡谷の出口を塞ぐ拠点である共和国軍の基地 レーン砦は、四方を城壁で囲まれている。
レーン砦を攻略するうえで重要なのはレーン砦を守る城壁を破壊し、内部への侵入口を確保することである。
城壁は分厚くレッドホーンの体当たりにも耐えられる防御力を有している。
更に城壁の上には、砲台がいくつか設置されていた。
レーン砦攻略作戦が開始されてから砲台に対してはゼネバス帝国軍の集中攻撃が加えられ、現在では3分の1を残して破壊されていた。
だが、残された3分の1も攻略作戦を行う上では十分な脅威になりえる存在だった。
モルガ部隊がミサイルを発射した。マルダー部隊も引き続き、自己誘導ミサイルや要塞攻撃用のミサイルを発射した。
マルダー部隊が発射した自己誘導ミサイルが要塞の城壁に次々と着弾する。
城壁の上に建設された砲台が反撃する。マルダー1機が被弾、2機が衝撃波で横転した。
だが、他のマルダーがミサイルを叩き込んで沈黙させた。最後の砲台がレッドホーンの砲撃を受けて破壊された。
全ての砲台を喪失した城壁は、帝国軍から撃ち込まれる砲撃に打ちのめされるだけの存在になり下がった。
「城壁のひび割れた個所にミサイルを叩き込め!友軍部隊の突入口を形成するぞ!」
ファルケンバーグの命令が伝達され、部隊のマルダーは、更に攻撃を行った。
マルダーのミサイルが城壁の破損個所に次々と撃ち込まれ被害を拡大させる。
レーン砦の分厚い城壁が更に崩れ始める。
「全部隊突撃!」
マルダーの支援を受けたレッドホーンとモルガ部隊が進撃を開始した。
その背後には、マーダとゲルダーがいる。
モルガがミサイルを発射し、レッドホーンが、背部の大口径3連電磁突撃砲と全天候自己誘導ミサイルランチャーを発射してレーン砦へと突撃する。
「食らえ!」
レッドホーンのクラッシャーホーンが城壁に炸裂。
これまでの戦闘で撃ち込まれた砲弾とミサイルで痛めつけられた城壁は、ビスケットの様にひび割れ、轟音と共に崩壊した。
メインゲートからマンモスと小型ゾイドで編成された迎撃部隊が出現した。
ゴドスの蹴りを受けてゲルダーが撃破される。直後、そのゴドスは、別のゲルダーの集中攻撃を受けて大破した。
モルガ3機がガイサックを踏み躙る。その近くでは、ガイサックがモルガをレーザークローで撃破していた。
ホルスト大佐の操縦するレッドホーンは、襟飾りのビーム砲を連射し、ゴドスとガイサックを数機纏めて葬る。
守備隊のマンモスとホルスト大佐のレッドホーンがにらみ合う。
火力と装甲、機動性ではレッドホーンはマンモスを凌駕している。
だが、ゾイドとしてのパワーではマンモスが若干レッドホーンを上回っている。
マンモスのパワーとビーム発振器を仕込んだ牙 ビームタスクとの組み合わせは、レッドホーンにとっても油断すれば致命傷に成りかねない。
マンモスがレッドホーンに突進した。肉弾戦に持ち込んでレッドホーンを撃破する腹積もりの様だ。
ホルスト大佐のレッドホーンは、大口径3連電磁突撃砲と自己誘導ミサイルを発射する。
マンモスは、損傷を受けるが、恐れることなく突進を継続した。
マンモスの長い鼻がレッドホーンの頭部に振り下ろされる。レッドホーンはそれを回避すると、懐に飛び込んだ。
レッドホーンが下顎に装備した高圧濃硫酸噴射砲を発射する。
マンモスの左脚に濃硫酸のスプレーが浴びせられた。
マンモスの甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。
「今だ!A小隊とB小隊は集中攻撃!」
ホルスト大佐の指揮の元、部下のモルガとゲルダーがマンモスを包囲し、集中攻撃を行った。
ゲルダーの角の連装電磁砲とモルガのミサイル、ガトリング砲がマンモスの黒い巨体に浴びせられた。
「止めだ!」
ホルスト大佐のレッドホーンが大口径3連電磁突撃砲を3連射した。
その一撃は、マンモスの頭部コックピットを撃ち抜いた。
パイロットを失ったマンモスは、レッドホーンの目の前に膝をつく様に崩れ落ちた。
「敵の大型機はこれで最後だ!全機突撃!」
マンモスが撃破された事で守備隊の戦力と士気は大幅に低下した。
マルダー部隊も援護のミサイル攻撃を欠かさない。
城壁に空いた穴から、モルガ部隊が内部に突入する。
砦内にいたガリウスとエレファンタスが迎撃するが、モルガは分厚い頭部装甲で攻撃を弾き返し、体当たりで敵機を叩き潰す。
モルガの胴体後部の装甲が開放され、中からミサイルが発射される。
砦の防御施設にミサイルが着弾し、煙と炎が要塞内に巻き起こった。数機のモルガの胴体後部からは、歩兵部隊が次々と降り立つ。
モルガから降りた歩兵部隊が砦内部に突入した。
「勝ったな」
目の前でレーン砦に殴り込みを駆けていく友軍部隊を見つめ、クルツは、呟いた。
「見ろ!敵の司令部を!」
「帝国の旗だ!勝ったんだ!」
司令部が置かれていた建物の屋上にそれまで翻っていた円と稲妻を描いた旗……ヘリック共和国の国旗が引き摺り降ろされた。
数秒後、その国旗に代わって、赤地に蛇と短剣……ゼネバス帝国の国旗が掲げられた。
それは、この砦の主が変わったことを、見る者全てに対してどんな言葉よりも雄弁に教えていた。
「………諸君!レーン砦は、陥落した。これにより我軍はライカン峡谷を超えてヘリック共和国の領土に侵攻する事が可能になった。これも補給部隊が与えられた任務を危険を顧みず、行ったからである。そして、彼らを守り抜いた我々の活躍のお陰である。我々は、この任務で祖国と戦友に貢献する事が出来たのだということを忘れるな!」
30分後、レーン砦は完全に制圧され、ゼネバス帝国の手に落ちた。
戦闘が終了し、太陽が地平線に隠れようとする光景をマルダー部隊のパイロット――――クルツは、眺めていた。
彼の隣には、愛機のマルダーがいる。
丸みを帯びた銀色のボディは、夕日に濡れて真鍮色に輝いていた。
これまで彼は、防空任務を危険な割に地味な任務だと思っていた。同じ様に乗機のマルダーについても火力と装甲だけの鈍足機と思っていた。
だが、この任務を終えた後はそれぞれに違う感想を抱いていた。
鈍足のマルダーでも戦い方次第では、活躍できると。
今回の戦いで彼とマルダーは、補給部隊を守り抜き、祖国の勝利に貢献出来た。
クルツは、この日、自分がマルダーのパイロットとなれた事を初めて誇りに感じていた。
クルツの上官 ファルケンバーグも、彼の部下達も、生涯、この任務を忘れることは無いだろう。
蝸牛型小型ゾイド マルダーは、ZAC2038年にロールアウトされてから、対空砲台として、ある時は、支援砲撃用として後方から、前線を進撃するゼネバス帝国機甲部隊を援護した。
だが、後に対抗機として共和国側にカメ型小型砲兵ゾイド カノントータスが就役したことで支援砲撃機としては旧式化した。
マルダーは、他の旧式化しつつある帝国ゾイドと同様に性能強化が図られたが、限界があった。そして苦闘を重ねつつもZAC2039年の第一次中央大陸戦争の終結までゼネバス帝国軍によって使用された。
中央大陸に残存したゼネバス帝国ゾイドの多くは、ヘリック共和国の手に落ち、研究資料として活用され、一部は復興用に民間に流出した。
鹵獲されたマルダーも他の帝国ゾイド同様にこの運命を辿った。搭載量を生かして民間で輸送用等に利用された機体もあった。
また共和国に占領された旧ゼネバス帝国領で活動していた残存帝国軍もマルダーを運用した。
残存帝国軍のマルダーは、対空戦闘や最大射程から砲撃して撤退するという戦法で使用された。
そして2年後のZAC4041年 暗黒大陸で、再建を果たしたゼネバス帝国軍が、かつて皇帝が僅かな部下と共に脱出した場所であるバレシア湾に上陸、中央大陸に帰還を果たしたことで、第二次中央大陸戦争が勃発した。
多くのゼネバス帝国ゾイド同様、マルダーも再建された帝国軍のゾイドとして再び、投入された。
しかし、性能面で旧式化していたこともあって対空部隊では、ブラキオスの対空型、砲兵隊の支援機では、シーパンツァーとモルガの砲撃型 キャノリーモルガ(後にガイロス帝国軍が配備した同名の機体とは、一部性能が異なる)が、それぞれ後継機として就役した。
それでも生産数の多いマルダーは、後継機の数が揃わないこともあり、引き続き前線に多く配備され、性能的に旧式化した後も味方部隊の空を守った。
ゼネバス帝国滅亡後、その軍事力と人材の多くを接収した暗黒軍ことガイロス帝国は、マルダーも接収し、ディオハリコンにを投与する事で強化、実戦配備した。
この暗黒軍仕様と呼ばれることの多いマルダーは、装甲防御力が強化され、ゼネバス帝国のマルダーとは比較にならない程の高い防御性能を発揮したと言われている。
大異変後、国力をある程度回復させたガイロス帝国は、軍備再建に乗り出した。
この際、主体となったのは、かつて旧式機と見下したゼネバス帝国ゾイドであったが、マルダーの再生産、対空部隊と砲兵隊への配備が検討された。
しかし、どちらも最終的に却下され、マルダーが再生産されることは無かった。
対空部隊への配備は、レドラーを多数配備した強力なガイロス帝国空軍の存在とモルガAAという対空性能と量産性に優れた防空ゾイドが開発されたことでマルダーを配備する必要はないと言う判断から却下された。
砲兵部隊への配備も、モルガに大型ゾイドを撃破可能な火力を与えることのできる追加装備 キャノリーユニットが開発されたことで必要無しと判断された。
キャノリーモルガを採用した方が、整備や量産性でマルダーを再配備するよりも安上がりだったのが大きな理由だった。
皮肉なことにマルダーは同じ初期ゼネバス帝国ゾイドであるモルガに再配備への道を絶たれたのであった。
しかし、かつての様に本格的な実戦投入こそ行われなかったものの、ガイロス帝国軍に残存するマルダーは、本土防衛部隊や西方大陸の占領地警備部隊に配備された。
ZAC2101年 ガイロス帝国本土 ニクス大陸にヘリック共和国軍が上陸 摂政 プロイツェンの総動員命令により、旧式機であるマルダーも最前線に投入された。
総動員命令で出撃した部隊に配備されていたマルダーは、ZAC2101年10月中旬から下旬まで続いたニクス大陸の戦闘最大の激戦となったセスリムニルの戦いに投入された事が確認されている。