「ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり…」
「まりさ、あまあまよ?このあまあまをむーしゃむーしゃすればなおるの!ありすのおはなしさん、りかいできる!? 」
怒涛の不幸ラッシュに耐え切れず「非ゆっくり症」を患ってしまったママまりさ。
パパありすが東奔西走し、どうにか群れに伝わる秘薬・オレンジジュースの素を得たものの食事も睡眠もままならず、時間の経過と共に衰弱する一方だった。
いわゆる「うつ」状態ではひたすら「ゆっくり」と連呼するばかり。そして「躁うつ」状態では陸に上がった魚の如く、ピチピチと跳ね続ける。永遠のゆっくりは、確実に迫っていた。
「ゆっくり!ゆっくり!」
「まりさっ、はやくありすのまりさにおくすりさんをのませてあげて!」
そこでパパありすは自身のカスタードにジュースの粉末を塗した団子を作り、ママまりさを羽交い絞めにしている隙に義姉まりさに薬団子を突っ込ませる、と言う強硬策に打って出た。
娘同士の婚約解消によって著しく関係が悪化していた相手に協力を取り付けるあたり、彼女の形振り構わぬ姿勢が窺い知れよう。
「いもーとをしっっっかりおさえてるんだぜ?こんどはなしたら、いくらかんっだい!な おねーさまといえど、しょーちしないんだぜ?」
そんな周囲の必死さがママまりさには身の危険を感じさせるらしく、1回目は掴まれていた自身のおさげを力尽くで振り解くと、実姉に対して強烈なビンタを見舞っていた。
「くらえさんぱうろっ、これが!まりさの!ねお・たいがーしょっとなんだぜぇぇぇ!」
謎の口上と共に放たれた強烈な一撃は、脇で構えるパパありすをブッ飛ばし、ママまりさの前歯を粉砕しながらゴールたる口の奥に深々と突き刺さる。
主審のホイッスルのような幻聴を聞きながら、夫婦の意識はゆっくりと遠のいて逝った。
「ちっ、せわのかかるやつらなんだぜ‥‥‥ゆんしょっと!ふん、なかなかのべっとさんなのぜ?おやとしてはどさんぴん!でもまいすたーさんとしてのしたまえは みとめざるをえないんだぜ」
病ゆんである妹・ママまりさをベットに運び、義妹には葉っぱのお布団を掛けてやる。口が悪く利己的だが、ゲスと言う程でも無い義姉まりさ。
群れの中では困った時に相談すれば相応の対価を要求される分、それなりーに頼りになる存在と目されていた。
「ゆゆゆっ、さっすがはおれんじじゅーす!おれた は までなおってるんだぜ」
「ゆぅ?しらないてんじょうさんだよ…」
「まりさぁぁぁ!」
義姉まりさがその効能に感嘆しているうちにママまりさが目を覚まし、愛しい妻の声に反応してパパありすまでもが連鎖的に飛び起きる。
非ゆっくり症は、治癒したと診て間違いなさそうだった。
「ゆふふ、ありすったらどうしたの?ねーさままでいっしょにいるなんて、なにがあったの?」
「まり‥‥‥さ?」
しかし安堵したのも束の間。オレンジジュースの力を借りた、ゆっくりの奇跡の再生機能を以てしても、1つだけ深刻な後遺症が残っていた。
「びょーいんさんのべっとさんはもっさもさしててゆっくりできないから、まりさはもうたいいんさんするよ♪ おうちのふーわふーわのべっとさんですーやすーやしたいから、ありすはすぃーをごよういしてね!」
新しいおうちを、群れの中には有りもしない病院なんだと思い込むママまりさ。
何やら様子がおかしい、パパありすと義姉まりさが顔を見合わせる。だが妻は、妹は普段通り、ゆっくりとした笑顔を浮かべている。
「いもーとはなにをいってるんだぜ?ここは…」
「か、かきゅーてきすみやか~にはいりょするわ!それよりまりさ、おなかぺーこぺーこでしょ?なにかむーしゃむーしゃしたくないかしら?とかいはなかすたーどなんていかが?」
「ゆ?あまあまがあるんだったらまりさじゃなくておちびちゃんたちにあげてねっ‥‥‥ありす?そういえばおちびちゃんたちはどこにいったの?まりさはまだごあいさつしてないよ?」
比較的聡明な2ゆは、このやりとりの中でママまりさの状態をゆっくり理解した。
彼女はここ数日のゆっくりしてない記憶を、餡子の中から一切合財消し去っていたのだ。
「ま、まりさはいままでにゅういんさんしてたのよ?おちびちゃんたちはありすたちのありすにあずけてるわ!だからしんぱいしないでゆっくりしていってね?」
「おそくなってごめんなさいっ!このこがとちゅうでうんうんもらしちゃって…」
「ゆちっ、うーぅーちゅっぴぴ~♪」
苦心して話を合わせている最中に、最低最悪のタイミングで登場する娘と娘の出来損ない。
こんな足りゆでも、もしかしたら何かの役に立つかも知れない。そう思うと潰すのも忍びなく、食事の世話だけはしていたのが仇となった。
「ああぁ、ありすたちのありすったらどこのおちびちゃんをひろってきたの?! そんなゆっくりしてないいなかものはもとのばしょにかえしてらっしゃい!」
「ぱぱ?‥‥‥ままっ!」
一体全体これはどう言う事なのか?肝心な時に間に合わなかったのは申し訳無いと思うが、それもこれもみんなこの全然ゆっくりしてない妹が悪いのに。
もう何日も泣き叫ぶ自ゆんの可愛いおちびちゃんを差し置いて、こんなにも醜い足りゆの面倒を看ているというのに!
嗚呼、世界はどこまで麗しきアクトレスにトラゲディを演じさせれば満足するのだろう?ママありすは声を大にして叫びたかった。
「みゃみゃみゃゆっくちぴょぴょぴょっぴょぴょ?」
「なにゆってるの?そのこはまりさのおちびちゃんだよっ‥‥‥ねぇ、きょうのありすはとってもおかしいよ?なんだかぜんぜんゆっくりしてないよ!」
「あーこれはもうなにをゆってもむだなんだぜ?」
擦り寄る足りゆまりさを愛おしげに抱き抱えるママまりさ。産んだ記憶が無くなっても我が子の認識は可能な点こそ、正にゆっくりらしいご都合主義の真骨頂である。
ワガママお嬢気質は相変わらずも、精神的に弱っていた面はスッカリ回復したらしく、言い包めるのも一筋縄には行きそうに無かった。
「かかかっ、かくなるうえはありすのとかいはあいによる かれいなべっとてく!で、すっきりーかいっけつ!するわぁぁぁ」
『うわぁぁぁっ、れいぱーだぁぁぁ!』
所詮ゆっくりの浅知恵では、アドリブを利かせるのにも限度が有る。処理能力の限界を超えた事態に、パパありすの中枢餡はアッサリとオーバーヒートした。
突如レイピスト…日本語圏だからなのであろうか、レイパー化するパパありす。ぶっちゃけママまりさと番になれたのも勢い任せに既成事実を作ったからであり、後は誠意(結納品)で周囲を納得させたのだ。
ゆっくりしたおちびちゃんさえ授かれば、一先ず現状を受け入れてくれる筈。子育てに専念しているうちにこのおうちでの暮らしにも慣れるだろうし、時間さえ稼げれば前よりうんと都会派なコーディネートを施して見せる。
パパありすの考え方も、一理あった。
「んほぉぉぉ、こんかいはたいっせいにんっしん!にはっつとらーいよぉ!! 」
「ふっざけるんじゃないのぜぇぇぇ!」
だが本ゆん的には標的を間違えるような愚かしい失態を犯すつもりは無くとも、傍目は単なるれいぱーありす。
わざわざ不義理な妹夫婦を助けに来て「れいぽぅ」されてなるものか、とお帽子に潜ませていた護身用の鋭い枝を取り出し、熱り立つレイパーのぺにぺに向かって一閃を放った。
「ぎゃあああ!ありすのせーけんが えくすかりぱーにぃぃぃ!」
「しっかりしてぱぱぁぁぁ!? そもそもま(い)んごーしゅれべるだったでしょぉぉぉ?! 」
「ふんっ!まだおれんじゅーすのもとがすこしだけのこってるから、めいっこありすがすりこんでやっとくといいのぜ?‥‥‥さていもーと、これからおねーさまがするおはなしさんをゆっくりりかいしてねっ!」
噴水の如くカスタード飛沫を撒き散らしながら、のた打ち回るパパありす。面倒臭くなった義姉まりさは、実妹に洗い浚いブチ撒けた。
「このしんっちくはびょういんさんなんかじゃないのぜ?いもーとのあたらしいおうちなんだぜ!」
‥‥‥言われてみれば、今はこのゆっくりプレイスに病院さんは無い。思い出した。
まだリトルプリンセスたった頃、モグリの天才外科ゆんを自称するみょんは居たが、食べ過ぎで苦しんでいたでいぶに「ていおーせっかいのひつようがあるみょん!」とオペを強行し、誤診の咎を負ってセップクさせられたのだ。
だが姉も勘違いしている、ここは独ゆ立ちした可愛いまりさのまりさの為に作ってあげた新居なのだ。はて、どうしてこんな所ですーやすやしてたのか?
「いもーとのおちびだったまりさは、はきっけをもよおすじゃあく!てんっせいのげすなのぜっ、そしてそのおちびたちもまたげすなのはめいはっく!なんならこのおぼーしにかけたっていいんだぜ?」
嘘だっ、この大嘘吐きのクズ姉め!
全身全霊で否定したかったが、相手は狡猾で卑劣ながらも一応の筋は通す任侠ゆん。それがおかざりに誓うと公言するのだから、只事では無い。
同じ家族の一員だったありす達も反論しないと所を見ると、何時の間にかそうなってしまったのかも知れない。わかった、きっとあの嫁が悪いのだ。早く離っ婚させなくては!
「あたらしいおちびたちはこのたりないゆいがい、えいえんにゆっくりしてしまったのぜ!だから、またつくりなおしてこんどこそしあわせー!になるんだぜ?」
‥‥‥たりない、ゆ?
世界一ゆっくりしたまりさ似の、おちびちゃんが?そんな莫迦な。だってこんなに可愛い――
「ゆぴーっ!ちゅりちゅりちゅりぃぃ~~♪」
愛する我が子と孫までもがゲス。そのゲス一家におうちを乗っ取られ、ゆっくりした生活はもう2度と帰って来ない。
そして高貴なる名門の姫まりさが、事もあろうに足りないゆっくりを、うんうん奴隷を産んでしまった。
人間の手厚い保護を受けられる飼いゆっくりならば、記憶喪失も対処の仕方によっては寧ろプラスに作用させる事も出来ただろう。
だが野生の環境下においては、もう1度悲惨な現実を知らしめたに過ぎない。
「ゆぼ、ゆぼぼぼぼっ!!」
「ゆげっ、いもーとっ?! 」
『(まま)まりさぁぁぁっ、あんこさんはいちゃだめよぉぉぉ!』
絶望の果てに生きる気力を失ったママまりさは致死量に当たる自身の2/3を超える餡を一気に吐き出してしまい、そのままお空のゆっくりプレイスへと旅立ってしまう。
その表情に、群れ1番の美ゆと謳われた面影は、微塵も感じられなかった。