ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十話 「運命の再会」

「ハアッ……ハアッ……!! もう、ダメだ……」

 

 

息も絶え絶えのギブアップ宣言と共に剣から手を放しそのまま大の字で地面に倒れこむ。情けないことのこの上ない有様。だが仕方がないだろう。修業を始めてもう三時間以上ぶっ続けで動き続けていたのだから。自分で自分を褒めてもいいぐらい。なのに全然達成感も何もあったものではない。

 

 

(ちくしょう……ほんとに何なんだあれ!? 同じ人間か!? 化けもんじゃねえか!)

 

 

なけなしの体力で顔を上げた先には一人の剣士の姿がある。シバ・ローゼス。初代レイヴマスターにして世界最強の剣士の称号である剣聖を持つ男。しかも老人ではなく、恐らくは全盛期の姿。その姿に思わず息を呑んでいると次第にその姿が消え去っていく。まるで幻のように。

 

 

「や、やっと終わったのか……」

 

 

ようやくイリュージョンを使った修業が終わったのを確認して仰向けになりながら溜息を吐く。幻が相手の修行のため体には傷一つないが、肉体的、精神的な疲労はその限りではない。しばらくは起き上がるどろか指一本動かせそうにない。このまま眠れたらどんなに気持ちいいか。だが

 

 

『ふん、情けない。もう少し威厳がある姿を見せられんのか。相変わらずヘタレじゃの』

 

 

そんなこっちの気分を台無しにしてくれる高飛車な声が響き渡る。それも自分の胸元から。それだけならまだいい。問題はさっきまでシバがいたはずの場所に黒いドレスを纏った金髪美女が現れていること。

 

 

「や、やかましいぞマザー!? こっちは修業が終わってボロボロだっつーの!?」

『ふん、痛みも怪我もない修行で何を偉そうに。文句を言うならシバに一太刀くらい浴びせてからにするがよい』

「てめえ……他人事だと思って好き勝手言いやがって……そもそも五十年前に無様に負けたお前にだけは言われたくないわ!」

『っ!? そ、そんなことはない! 確かに苦戦はしたが我らはレイヴマスターになど負けはしなかった! そ、そもそもあれはお主が!』

「俺? 俺に何の関係があるってんだ!? あれか、ダークブリングマスターがいなかったから負けたとかいうつもりか!? お前が単に油断してただけだろうが! 他人のせいにするんじゃねえ! それとその恰好とキャラ付け全然似合ってねえんだよって……痛ててててっ!? 頭痛はやめろ頭痛は!?」 

 

 

売り言葉に買い言葉。体は動かせないのでそのまま口だけで目の前のマザーと言い合うも切りがない。どうやら五十年前の敗北はマザーにとってもトラウマらしい。加えてイリュージョンを使った実体化とキャラ付けもどうやらマザーは気に入っていたらしい。容姿は憧れのカトレア姉さんそのままなのだが中身は全くの別物。比べるのもおこがましい。出会った頃は無機質だったくせにどうしてこんなことになってしまっているのか。もっともその原因は分かり切っているのだが。

 

 

『ふん……そんなことはどうでもいい。お主が情けないのはいつものことだが今日は輪をかけて酷かったからの』

「そ、そんなことは……」

『その様子では分かってはいたようじゃな。全く、喧嘩するぐらいなら放っておけばいいものを』

 

 

やれやれと言わんばかりのマザーの忠告に言い返すことができず黙り込むしかない。

 

 

(好き勝手言いやがって……どうにかなるならとっくにしてるっつーの……)

 

 

思い出すのは今朝の出来事。いつも通り朝食を済ませて修行に出かけようとした時、エリーとちょっとした口論になってしまった。理由は言わずもがな、エリーの記憶のこと。それを教えてほしいと。マザーたち、DBのことがバレてからは久しくなくなっていたのだが珍しくエリーは食い下がってきた。どうやら断片的に夢の中で過去の記憶を見たらしい。もっとも見たらしいことしか覚えておらず、夢の内容は忘れてしまっているようだったが。結果は押し問答の末にエリーが怒り、喧嘩別れ。エリーはそのままいつもの見送りもなく部屋に戻ってしまった。そのことが気になり修行もこの有様。もっともシバの幻相手にボコボコにされるのは変わりはないのだが。

 

 

(こればっかりはどうしようもないしな……教えたらどうなるか分からないし、そもそも教えても記憶が戻るとは限らない訳だし……何よりもマザーにバレたらどうなるか……)

 

 

大きな溜息を吐きながらもどうしようもない現状に頭を抱えるしかない。あまりにも頭が痛くなる問題。確かに真実を告げるのは簡単だがその結果どうなるか予想がつかない。もしかしたら記憶が戻ったショックで魔導精霊力が暴走してしまうかもしれない。記憶を取り戻してもこの先どうなるのか。自分が知っている流れからはかけ離れてしまう。そのせいで世界が救われなくなってしまうかもしれない。何よりもそれがマザーに、エンドレスに知られればどうなるのか。

 

 

(結局このままが一番いいのかも……エリーには悪いけど、ハルが二代目になるのはまだ二年先……それまでは)

 

 

世界を救える可能性があるハルが二代目レイヴマスターになるのはまだ二年も先。それまではエリーを自分が守る必要がある。自分はともかく、エリーはジークに命を狙われているのだから。物語が始まるのはまだ先。罪悪感は覚えるが、何とか誤魔化すしかない。

 

 

『なんだ、辛気臭い顔をしおって。あれだけ一目惚れだのなんだの啖呵を切っておったくせにもうヘタレたのか?』

「うるせーよ! ハァ……なんでこんなことになっちまったんだろうな……」

『何を今更。全てはお主の自業自得。せいぜい男を見せることだな、我が魔石使い(ダークブリングマスター)様よ』

 

 

くくく、とこっちの事情も知らずに愉し気に笑っているドSの魔石を無視しながら、アキはその手にワープロードを持ち、そのまま記憶喪失のヒロインが待っているアジトへと瞬間移動するのだった――――

 

 

「た、ただいま……」

 

 

知らず恐る恐るといった感じにドアを開けて帰宅する。瞬間移動なのでそのまま家の中に移動すればいいのだが、一々玄関に移動して家に入ってしまうあたり、自分のみみっちさを感じるが仕方がない。そんな中

 

 

「あ、お帰りなさい、アキ! 今日は早かったんだね……あ!」

 

 

こっちの不安を吹き飛ばすようにいつもの天真爛漫さで元気にエリーが出迎えてくれたのは一瞬。エリーは喧嘩をしていたのをすっかり忘れていたのか、慌ててそのまま頬を膨らませそっぽを向いてしまう。小さな子供のような有様。どうやらエリーの機嫌はまだ直っていないらしい。

 

 

(やっぱまだ怒ってるか……でも思ったよりは尾を引いてないのかも、なら……!)

 

 

こっちが思っているよりは事態は深刻ではななさそうだ。なら、とポケットに仕舞っていた物に手を伸ばす。そこには金の腕輪、ブレスレットがある。だがそれはただの腕輪ではない。

 

マジックディフェンダー。

 

腕にはめることで魔力を感知されなくなる道具。代わりに腕輪を着けている間は魔法が使えなくなってしまうがそれは大きな問題ではない。重要なのは魔力を探知されなくなるということ。エリーは現在絶賛ジークに狙われている最中。自分はハイドという気配を消すことができるDBで探知されなくなっているがエリーはそうではない。今はたまたま見つかっていないがいつまたジークが襲ってくるかはわからない。前渡しそびれていたのもあるが、ある意味プレゼントのような物でもある。あわよくばこれで機嫌を直してくれないだろうか。そんな淡い期待は

 

 

「え、エリー……実はお前に渡したいものが」

「ふーんだ、アキなんて知らないんだから。あ、そうだママさん! また新しい遊び考えたんだ! イーちゃんとハーちゃんも一緒にやらない?」

『ほう……まあ暇つぶしにはなりそうだ。言っておくが前のカジノのようにはいかんぞ、エリー』

「モチロン! あたしだって負けないんだから! アキ、ママさんたち借りてくね!」

「え? ちょ、ちょっと待てって……!?」

 

 

無残にも崩れ去ってしまう。ツーン、と知らんぷりをしながらエリーはそのまま強引に自分の胸にあるマザー達を連れ去っていってしまう。制止する間もない強引さ。それ、一応世界を滅ぼしかけた魔石なんだけどという突っ込みをしたかったのだが今更だろう。もっとも正体を知ったところでエリーの態度が変わるとは思えないが。

 

 

(女子会だとかなんとか言ってたけど……世界滅亡会議の間違いじゃねえのか……?)

 

 

マザーたちが女子にあたるかは甚だ疑問だが、世界を滅亡させかけたシンクレアであるマザーと世界を滅ぼす力を持つエリー。そんな世界滅亡コンビが仲良くやっている現状にめまいを起こしそうになるも、そんな自分を心配したのかデカログスという名の師匠とワープロードの二人が自分を労ってくれる。

 

 

(なんだろう……やっぱり俺ってダークブリングマスターなのかな……)

 

 

自分を振り回すのも慰めてくれるのもDB。マザーではないが自分には本当にDBに愛されるあるのかもしれない。そんな才能があるならほんのちょっとでも人間の女の子に愛される才能が欲しかったと心からの涙を流すしかなかった――――

 

 

 

時間はあっという間に流れ、今は深夜。辺りを照らしているのは月明りだけ。

 

 

(よし……マザーたちももう眠ったな……)

 

 

ゆっくりを体を起こしながら自分のベッドの隣にあるテーブルにあるDBたちを盗み見る。その気配から眠っているのは明らか。どうやら心配なさそうだ。

 

 

(ひとまずは安心だな……っていうかDBが寝るってどんな冗談なんだ……?)

 

 

頭を抱えながら現実逃避したくなるも仕方がない。もっとも眠ると言っても消費した力を回復させるための休息状態のようなものであり、自分が力を使おうとすればすぐに動けるため何の問題もないのだが初めて知ったときには突っ込まざるをえなかかった。それはともかく

 

 

(マザーがいたらまた話がこじれるかもしれないからな……早めにエリーと仲直りしとかないと……)

 

 

こそこそとまるで泥棒になったかのように部屋を抜け出し、エリーの部屋に向かう。結局のあの後、エリーとはまともに話ができないまま。流石にずっとこのままでは精神衛生上宜しくない。マザーが割って入ってこない深夜の内に謝ったほうがいい。いいのだが……

 

 

(あれ……? もしかして今の俺、夜中に女の子の部屋を訪ねようとしてるヘンタイになるんじゃ……?)

 

 

ふと気づく。今の自分の状況は誰がどう見てもエリーに夜這いをかけようとしているように見えるのではないか、と。

 

 

(いやいや、そんなことはない! これはそう、ただエリーと仲直りにしようと思って……! 大体エリーにはハルっていう相手がいるんだから!)

 

 

頭を振りながら妙な煩悩を必死に振り払う。確かにエリーは魅力的な女の子だがそういう対象ではないはず。というか問題はエリーの方に多い。自分がいるのに羞恥心というものがなさすぎる。風呂上りにバスタオル一枚でうろうろしたり、あんな薄着で目の前をうろうろしたり、挙げだせばキリがない。そう考えたらよく自分はそれを耐えているなと感慨深くなるほど。

 

 

(とにかく今は余計なことは考えずに……!)

 

 

ひとまず深呼吸を済ませ、エリーの部屋のドアをノックする。だが反応はなったくなし。うんともすんとも言わない。もう眠ってしまっているんだろうか。

 

 

「エリー……? もう眠っちまってるのか……?」

 

 

何度かノックした後、ドアを触ってみる。するとドアは何の抵抗もなく開いてしまう。鍵もかかっていないようだ。慌てながらも恐る恐る覗いたそこには

 

 

誰もいない、抜け殻になったベッドだけが残されていたのだった――――

 

 

 

「ハアッ……ハアッ……!! くそっ……エリーの奴、どこに行ったんだ……!?」

 

 

無我夢中で走りながら周りを見渡すもエリーの姿はどこにもない。あの後、家の中をくまなく探したがどこにもエリーの姿はなかった。どうしたらいいか分からず、いまはただひたすらに街を走り回っているだけ。エリーが行きそうな場所は全て回ってみたがすべて外れ。初めは自分の目を盗んでカジノにでも遊びに行っているのかと思ったがそうではないらしい。そもそも今は深夜。カジノ以外で開いている店も限られる。だとすれば

 

 

(まさか……一人で記憶探しの旅に出ちまったのか……!?)

 

 

それしか考えられない。元々エリーは自分と出会わなければハルに出会うまで一人で自分の記憶を探すために旅をしていたはず。自分がエリーの記憶の手掛かりを持っていると思っているからこそエリーはここに留まっていた。それが手に入らないとあきらめたのなら出て行ってもおかしくない。

 

 

(っ! ダメだ、一人で旅に行かせたらいつジークに襲われるか……! それに、原作通りにハルに会うことができなくなっちまうか……も……)

 

 

頭の中に様々なことが浮かんでは消えていく。このままエリーがいなくなってしまったらどうなるか。その影響は計り知れない。全てが無駄になってしまいかねない。それでも

 

 

(……どうやって、連れ戻すっていうんだ? 何も本当のことが言えないのに……)

 

 

どうやってエリーを連れ戻すというのか。見つけても、どうやって。そんな自分に愛想をつかして出て行ったというのに。何よりも

 

 

(結局俺……自分の事しか考えてねえじゃねえか……)

 

 

知らず、足が止まり立ち尽くしていた。呆れ切っていた。自分の滑稽さに。エリーがいなくなったらどうなるか。そればかり考えていた自分に。そのせいで世界が救われなくなってしまうかもしれない。いや、そうじゃない。自分が助からない、生き残ることができないかもしれない恐怖に。

 

何一つ、本当の意味でエリーを心配していない自分。

 

 

(何やってるんだろ……俺……)

 

 

ただ生き残るために頑張ってきた。それは間違いじゃないし後悔もしていない。でも、分かっていて目を背けていた。エリーの辛さを。少女が記憶を失って誰一人知らない世界で生きていく意味を。この世界に来る、体に憑依するまでの記憶を失っている自分はそれを一番理解できるはずなのに。自分が生き残るためには、自分が知っている未来にたどり着くには仕方がないのだと気づかない振りをしていただけ。

 

そのまま案山子のようにただ立ち尽くす。まるで初めてこの世界に来たかのように、どうしたらいいのか分からない。そんな中、

 

 

「…………え?」

 

 

あり得ない、幻を見た。

 

 

そこは海岸に面した小さな公園だった。知らずこんなところまで来てしまっていたらしい。だがそんなことはすぐに頭から消え去ってしまった。ただその光景に目を奪われてしまった。

 

 

月明りに照らされながら踊る、一人の少女の舞によって。

 

 

「――――――――」

 

 

言葉が出ない。息すらも。まるで時間が止まってしまったように、体が動かない。それほどまでに、その踊りはただ美しかった。少女が一人、観客のいない海岸で月明りだけを頼りに舞っている。ようやく悟る。今、自分が何を目にしているのか。

 

 

舞姫『リーシャ・バレンタイン』

 

 

彼女が今、目の前で踊っている。五十年前、シバが見たであろう光景を自分もまた目にしている。違うのただ、美しさだけでなく、儚さがそこに現れていたこと。

 

 

「あれ? アキ、どうしてこんなところにいるの?」

「え?」

 

 

いつの間にか踊りは終わってしまっていたのか、目の前にきょとんとした顔をしているエリーがいる。思わず慌ててのけ反ってしまう。改めてエリーを見つめるも普段と変わらない。まるでさっきまでの彼女は、光景は幻だったのかと思えるほど。

 

 

「い、いや……その……そうだ! エリーが家にいなかったから、ちょっと探してたというか何というか……!」

「え、あ、そっか! ごめんねアキ、あたし抜け出してきてたの。ちょっと踊りがしたくて」

「踊り……?」

「うん、最近踊りにハマってるんだー! 時々夜に抜け出してここで踊るのがあたしの日課なの! ごめんねアキ、今度からは一人で出歩かないようにするから」

 

 

てへへ、と悪戯がバレた子供のように舌を出しながらエリーは謝罪してくる。本当なら嫌味の一つでも返すところなのだがそんな気も起きない。どうやら機嫌も直っているようだ。もしかしたら一晩経ったらこうなっていたのかもしれない。

 

 

「分かった……それより、エリーは踊りが好きなのか?」

「うん、もしかしたら前のあたしも踊ってたのかなー? 体中が熱くなって、すごく心臓の音が早くなって、あたしは生きてるんだーって思えるの! アキにもそういう時あるでしょ?」

 

 

両手を広げながら嬉しそうにそうエリーは問いかけてくる。そう、リーシャにとっては踊ることが最高に楽しいと思える瞬間だった。それは記憶を失っても変わらない。生きているんだという実感が持てるもの。でも自分にはそれがない。自分が自分だと思える何かが。

 

 

「……そうだな、エリーやマザーの奴にはいつもそんな感じで振り回されてるけど」

「もう! そういう意味で言ってるんじゃないのに! アキの意地悪!」

「悪かったよ……勝手に出歩いた罰みたいなもんだ」

 

 

まともに取り合ってくれなかったからか、エリーはまた不機嫌になってしまったが仕方がない。でもこれで決心がついた。

 

 

(エリーに全部話そう……きっとそれが正しいはず)

 

 

エリーに全てを明かすことを。それによってどうなるかはもう関係ない。それを含めて何とかなるように頑張るしかない。さっきの踊りを見て、そう決心できた。

 

 

「エリー……実は大事な」

「あれ? アキ、そのポケットから出てるの何?」

 

 

そんな一世一代の決心を台無しにするようにエリーは興味津々に自分のポケットを覗いている。空気が読めないのにもほどがある。ある意味エリーらしいといえばらしい。とりあえずはこちらから用事を済ませることにしよう。

 

 

「ああ、これか。実はこれ、エリーにプレゼントしようと思っててさ。今朝の喧嘩の仲直りも兼ねて」

 

 

口にしたら台無しなような気もするがひとまずマジックディフェンダーをエリーに贈る。詳しい説明もあとで一緒にすればいい。だが

 

 

「――――」

 

 

エリーはそれを手に取ったまま動きを止めてしまう。いや、体が何故か震えている。その瞳が腕輪を見つめたまま固まっている。いや、焦点があっていない。

 

 

「エリー……?」

「これ……何か……何か……思い出せそう……」

 

 

エリーはそのまま虚ろな瞳を震わせながらその場に座り込んでしまう。だがその様子は普通ではない。顔面は蒼白になり、今にも木を失ってしまいそうな状態。何とか体を支えるが収まる気配はない。一体何がどうなっているのか。

 

 

「ハアッ……ハアッ……ハッ……! 痛っ……頭が……でも、あたし、あの時……もう会えないって……」

「だ、大丈夫かエリー!? しっかりしろ!?」

 

 

頭痛は激しすぎるのか、目を閉じただ痛みを耐えているエリー。うわ言のように意味不明の言葉を口走っている。

 

 

(ま、まさか記憶が戻りかけてるのか!? なんで!? まだ何も伝えてないのに!?)

 

 

この状態が記憶が戻りかけている前兆だと気づくも混乱するしかない。自分はまだ何も話してはいない。もし記憶が戻ることがあるにしても明らかにおかしい。だが今はそんなことはどうでもいい。このままでは流石にマズイ。記憶が戻る前にエリーが危ない。医者に連れて行くにしても今は深夜。ワープロードがあれば家まで移動できるが今は持っていない。そもそも記憶が戻ったエリーをマザー達に会わせるわけにはいかない。八方塞がり。できるのはただ苦しむエリーを抱き留めることだけ。

 

 

それがいつまで続いたのか、痛みに苦しんでいたエリーのうめきが止まってしまう。何か起きたのかと思ったがどうやら痛みが治まっただけのようだ。最悪、魔導精霊力が暴走する可能性も考えていたのでひとまず一安心といったところ。

 

 

「……エリー、大丈夫か?」

「…………え? …………アキ?」

「ああ、とりあえず大丈夫そうだな。起きれそうか?」

 

 

どこかポカンとした様子で自分を見上げているエリー。まだ意識はしっかり覚醒していないようだが体調には問題なさそうだ。

 

 

「アキ……なの……?」

「? 何言ってんだ、俺以外の誰に見えるってんだ?」

 

 

まだ夢うつつなのか。まるで信じられない物を見たかのようにエリーはこちらを凝視してくる。どうやらまだすぐに動けるような状態ではないらしい。もうしばらく様子を見て、無理なようなら背負って帰らなければ。そんなことを考えていると

 

 

「ゔっ……うぐっ……ぐすっ……ひんっ……! アキ、あたし、あたし……!!」

「え、エリー……? もしかしてお前、本当に記憶が」

「アキ――――!! うわああああああ!!」

 

 

エリーはただ目に涙をあふれさせながら号泣する。それしかできない子供のように。アキはただそんなエリーを抱きしめることしかできない。

 

 

それがダークブリングマスターの運命が変わった瞬間。そしてアキとエリーの運命の再会だった――――

 

 

 


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