ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十一話 「告白」

(どうしてこうなった……?)

 

理解できない突然の事態の連続にとても頭が追いついてくれない。できるのはただ心の中であたふたすることだけ。いつもなら自分を振り回してくるのはマザーであり、強引にでも無視することもできるが今はそうすることもできない。なぜなら今自分はエリーに抱き着かれている真っ只中。それだけなら役得だと喜んでもいい状況。色々規格外であるが美少女に抱き着かれて嬉しくない男なんていないはず。だがいつまでもこのままではマズイ。主に自分の理性的な意味で。しかしエリーは一向に自分を解放してくれない。力づくで引っぺがそうかと思ったが泣き続けているエリーにそんなことできるほど自分は鬼畜でもない。

 

その結果がこれ。海岸でエリーに泣きながら抱き着かれたまま突っ立っているという、他人に、というかマザーに見られたらお仕置き間違いなしの状況だった。

 

 

「お、おい、エリー……そろそろ落ち着いて」

「ぐすっ……だ、だって、あんな別れ方になっちゃって……アキは会えるって言ってたけど、あたし、どんどん忘れていっちゃって……もしかしたらアキは死んじゃったんじゃないかって……」

「俺が……?」

 

 

ようやくまともに話せるようになったこと思ったが話してくれる内容は全く理解できない意味不明な言葉。なんで自分は死ぬことになるのか。というか死にそうな目には何度も会いそうになっているがエリーは知らないはず。誰かと勘違いしているのか。もしかしたら記憶が戻り切っていないか、混乱しているのかもしれない。

 

 

「エリー、本当に大丈夫か? もしかして記憶が混乱してるんじゃ……?」

「っ! そんなことない! あたし、全部思い出したの! あたしがリーシャだってことも、だから本当に嬉しくて……!」

「わ、分かった! 分かったから少し落ち着け! 近すぎるっつーの!?」

 

 

目から涙を流しながら必死に自分に迫ってくるエリーの剣幕に思わず後ずさってしまう。何よりもエリーの顔が自分に近すぎて慌ててしまう。下手すればそのままキスでもされてしまうんではないかと勘違いしてしまうほど。とにかくこのままではマズいと強引にエリーの両肩を掴み距離を取る。それでようやく落ち着いたのか、それとも自分が何をしていたのか気づいたのか。エリーはどこかポカンとした様子でこっちを見つめてくる。

 

 

「……? アキ、覚えてないの? もしかしてまた記憶喪失? でもあれって嘘だったんじゃ……?」

「記憶喪失……? 俺が……?」

 

 

死んだかもしれない、に続いて記憶喪失。一体エリーの中での俺はどんな目に遭っているというのか。しかもそれは俺の嘘だったらしい。何が何だか分からない。この世界に来るまでの記憶がないという意味では確かに自分は記憶喪失だがエリーがそんなこと知ってるはずもない。

 

ただただ困惑してその場で固まるしかない自分の姿に気づいたのか、エリーもようやく冷静さを取り戻してきたらしい。そのまま慌てて涙を拭い、エリーは改めて自分を見つめてくる。頭の上からつま先まで何度も。まるで見世物になってしまった気分。

 

 

(な、何なんだ……? 俺、何か変な格好してるか…?)

 

 

思わず自分でも確認するも特に変なところはない。あえて挙げるとするなら胸元がエリーの涙のせいで濡れてしまっていることぐらい。だがエリーにとっては違うのか、そのまま顎に手を当てたまま首を何度も捻っては百面相を見せている。うーん、と悩んでいるその頭の上には何個も?マークが浮かんでいるに違いない。その仕草と奇行っぷりは普段のエリーそのまま。とりあえず落ち着いてくれたらしい。一安心といったところ。そんな中

 

 

 

「……あ、そっか! もしかして……」

「……? エリー……?」

 

 

ようやく思い出したとばかりにエリーは大きな声を上げる。対して自分はただそれに思わず身構えしてしまう。また泣きながら抱き着かれたら堪らない、そんな情けない理由。だがそれはどうやら杞憂だったらしい。

 

 

「ううん、何でもない。ごめんね、アキ! あたし、すっごい勘違いしちゃってたみたい!」

 

 

ごめんね! と言いながらエリーは笑顔でこっちに謝ってくる。まるで難しい問題がようやく解けたかのような晴れやかさ。いつも通りのエリーの笑み。

 

 

「勘違い? 何を勘違いしてたんだ?」

「えーっと、なんて言ったらいいのかな……? うん、とにかくもう大丈夫だから! あと時々あたし、変な事言うかもしれないけど気にしないでね!」

「そ、そうか……」

 

 

変なことを言うのはいつものことだろう、と思わず突っ込みたかったが呆れるしかない。それはともかく勘違いとは何だったのか問いかけるもエリーははぐらかして教えてくれない。何でもお互い様だからとか何とか。気にはなるがいつまでもこのままでは話が先に進まないため一旦保留することにする。

 

 

「ごほんっ、とりあえず……記憶は戻ったってことでいいのか?」

 

 

咳払いし、改めてエリーを見つめながら質問する。知らず緊張で息を呑んでしまう。自分にとって、いや世界の命運を握っていると言っても過言ではない問い。

 

 

「うん、あたしはリーシャ・バレンタイン。五十年前からこの時代にやってきたの。あ、でもあの時から歳は取ってないからね」

 

 

しかしそれにエリーはあっけらかんと、何でもないかのように答えてくれる。思わずこっちが拍子抜けしてしまうほど。むしろ年を取っていないことの方を強調していた気すらする。聞いてすらいないことなのだが、エリーにとってはきっと重要なことだったのだろう。

 

 

「そ、そっか……じゃあ一応初めましてになるのか……? とにかくエリ……じゃなかった、リーシャに聞きたいことが」

 

 

中々シリアスな空気にならないことに戸惑いながらもとりあえず挨拶することにする。思わずエリーと呼んでしまいそうになるが訂正しながら。経緯はどうあれ、記憶が戻ったのなら目の前にいる少女はリーシャ・バレンタイン。聞きたいことは山ほどあるが何から聞いたものか。そんな思考は

 

 

「エリー」

 

 

リーシャのそんな言葉によって遮られてしまった。

 

 

「え?」

「リーシャじゃなくてエリーって呼んでほしいの。アキにはずっとエリーって呼んでもらってたから。ダメ?」

 

 

上目遣いでどこか心配そうにエリーはそんなお願いをしてくる。思わず心臓が跳ねて赤面してしまうような雰囲気。今までのエリーからは感じたことのないもの。

 

 

「ダメってことは……まあ、その方が俺も助かるからいいけど」

 

 

それに戸惑いながら、できるだけ平静を装いそう答える。誤魔化せているかどうかは分からないがとにかくエリーがそう言うのなら何の問題もない。そっちの方が呼び慣れているし、誰かに聞かれた時もエリーのほうが問題は起きづらいだろう。

 

何よりもリーシャは文字通り過去を捨てて、自分を殺してまでここまでやってきた。今はない長かった髪を切ったのもその決意の表れ。きっとそれが一番の理由なのだろう。

 

 

「うん、だからこれからもあたしはエリーです! ヨロシク!」

 

 

今までで一番の満面の笑みを見せるエリーに気圧されながら自分もまた改めて挨拶を交わす。それがこの体に憑依してから、自分が本当の意味でこの世界で誰かと触れ合えた瞬間だった――――

 

 

 

「そうなんだー、だからアキ、そんなに色んなこと知ってるんだ」

「あ、ああ……そうなんだけど、その、エリー……本気で俺の言ってる事信じてるのか?」

「? そうだけど? もしかして今までの話は嘘なの?」

「いや、嘘ではないんだけど……すぐに信じてもらえるとは思ってなくてさ……」

 

 

何の疑問もなく自分の話を聞いてくれる、信じてくれるエリーに思わずこっちの方が心配になってくる。この娘に誰かを疑うということがあるのかという保護者的な不安。そんなこっちの困り顔が面白いのか、上機嫌にエリーはニコニコしながらこっちを見つめてくる。終始ペースを握られっぱなし。いつも通りといえばいつも通りだが何故かいつも以上にこっちは疲れてしまう。

 

 

(お、おかしいぞ!? なんでこっちが質問ばっかりされてるんだ!? ふつう逆だろ逆!っ?)

 

 

ふと今の状況のおかしさに自分で自分に突っ込みを入れるしかない。今自分はエリーと一緒に海岸に並んで座って話をしている最中。流石にずっと立ちっぱなしで話すわけにもいかず、かといってマザー達がいるアジトでできる会話でもない。とりあえず最低限の事だけでもエリーに確認しなくては。そんなこっちの事情は

 

 

『あたしのことよりも、今までのアキのことが知りたいの! 教えてくれる?』

 

 

エリーには通用しなかった。何故かこっち以上に興味津々に自分のことを聞いてくる。まるで今まで聞きたくて聞きたくて仕方なかったかのような勢い。確かに今まで自分のことは当たり障りのないことしか教えていなかったがよっぽど気になっていたらしい。仕方なく自分の方から事情を明かしていくことにする。

 

自分がこの世界の住人ではないこと。この体がルシア・レアグローブの物であること。これから起こるであろう未来の知識を持っていること。マザーとの出会い、契約。ダークブリングマスターのこと。自分がマザーを騙しながら何とか世界を救おうと、生き残ろうと右往左往していたこと。

 

自分で言っていてとても信じられないような話。本当なら誰にも明かすべきではないものだが、事ここに至ってはそんなことは言ってはいられない。だがそれは全く気になっていなかった。むしろ、どこか楽しくすらあった。

 

それはほとんど告白に近かった。今まで誰にも話すことが、明かすことができなかったことを初めてエリーに告げた。それをエリーはちゃんと聞いてくれる。信じてくれる。その事実に思わず涙ぐんでしまうところだった。どうやら自分もエリーのことは言えないらしい。ただ問題があるとすれば

 

 

(なんでこんなに距離感が近くなってるんだ……!? 明らかに記憶を取り戻す前より近くなってて……っていうかこの好感度MAX感は一体……!?)

 

 

近かった。ただひたすらに近かった。比喩でも何でもなく物理的に。エリーはまるで自分に寄り添うように座っている。体が触れ合っているのに全く気にしていない。さっきのキスするぐらい顔が近づいたときに比べれば大したことないのかもしれないが自分にとってはそうではない。仕方なく指摘しても

 

 

『え? そうかな、いつもこんなカンジだったけど……あ、大丈夫、あんまり気にしないでいいから!』

 

 

全く意味がなかった。それからはとにかく意識しないように心を鉄にしながら話を続ける拷問のような状況。加えて物理的にだけでなく精神的にもエリーは自分と近くなってしまっている。確かに元々人見知りなどない、馴れ馴れしいぐらいの態度だったが記憶を取り戻してからのエリーは明らかに変だった。自分でなくとも勘違いしてしまうほどに。全く理由が分からない。ゲームに例えるなら知らない間に自分がヒロインを攻略してしまっている、そんな状況。

 

 

「難しいことはわからないけど、予言みたいなものでしょ? 五十年前にもすごい予言者さんがいたから! えっと、なんて名前だったかな……忘れちゃった。でもすっごく偉い人なんだから!」

「忘れちまうぐらい偉い人ってことか……本当に記憶、戻ってるんだよな?」

「ちゃんと戻ってるもん! だったら今から証拠に魔導精霊力(エーテリオン)見せてあげる!」

「っ!? わ、分かった!? 分かったからそれは今は勘弁してくれ!?」

 

 

洒落にもならな冗談に思わず悲鳴を上げてしまう。当たり前だ。世界を滅ぼしてしまうほどの力を持つ魔導精霊力。ダークブリングマスターである自分にとっては天敵ともいえるものを食らってしまえばどうなるのか。記憶が戻ったことでその完全制御ができるようになったとはいえ、実際に試すことなくこんな場所で発動されたらたまったものではない。はみ出しただけで大陸が割れかねない力。今のエリーが言うと洒落にならない冗談だった、

 

 

「でもそっかー、アキも本当にこの世界に来る前の記憶がないんだね。あたしとお揃いだったんだね」

「記憶喪失仲間か……あんまり嬉しくはないな」

「そうだね、でもアキは記憶を取り戻したくないの?」

「取り戻せるなら取り戻したい気もするけど……マザーの奴に振り回されてそれどころじゃなかったしな……」

「ふふっ、アキとママさんは昔から今のまんまだったんだね」

「誰かさんが来てからは悪化する一方だけどな……」

 

 

くすくす笑いながら楽しそうにしているエリーにただげんなりするしかない。思い返せば碌な思い出がないが、それが悪化してきたのはエリーと出会ってからのここ数か月。良い意味でも悪い意味でもマザーはエリーの影響を受けまくっている。あんなに機械的だったはずのマザーがまるで人間のような人格を持っているかのように思えるほどに。それを実感しながらも改めてエリーに向かい合う。色々と脱線してしまったが、それでも聞いておかなければいけない最も大切なこと。

 

 

「エリーは……これからどうするんだ?」

 

 

記憶を取り戻し、これからどうするのか。本当ならもうわかり切っている、聞くまでもない問い。それでも、エリーから直接聞かなければいけない誓い。

 

 

「うん……思い出したばっかりで、やりたいことも、しなくちゃいけないこともいっぱいあるけど……でも、絶対にやらなきゃいけない事は五十年前からもう決まってるの」

 

 

そういいながら、エリーはその場を立ち上がり深く目を閉じる。それの姿が月明りに照らされている。どこか幻想的な、先の踊りの続きを思わせる光景。それに目を奪われながら

 

 

「エンドレスを倒す。それがあたしがここに来た理由。みんなを騙して、悲しませて……ここまでやって来るまでに色んな人の力を借りて……だから、絶対にエンドレスを倒して見せる!」

 

 

かつてのリーシャの、そして今のエリーの決意を自分は聞き届ける。エンドレスを倒す。世界を救う。みんなの未来を守るために。そのために命を懸けた人たちのために。エリーには一片の迷いもない。

 

それを前にして言葉はない。そう、何の心配もなかったのだと。もし記憶が戻らなかったら、記憶が戻ったら。そんなことは些細な問題でしかない。小さな少女であっても、エリーなら間違いなくその使命を果たすことができるはず。それに比べて自分はどうだ。ただ自分が生き残るためにみっともなく足掻いていただけ。呆れを通り越して笑ってしまうほど。そんなどこか消えてしまいような虚無感に襲われかけた瞬間

 

 

「アキは? アキはこれからどうするの?」

「…………え?」

 

 

エリーの問いかけによって現実に引き戻される。一瞬、エリーが何を言っているのか分からなかった。そう、単純な質問。自分はどうするのか。どうしたいのか。何を望んでいたのか。それが分からない。まるで認めたくない現実から目を背けてきたツケがきたかのように。

 

 

(そうだ……俺は、俺は生き残るためにここまで! 今なら、それが叶うはず……なら……!)

 

 

ようやく思い出す。これまでの自分の行動理由。この世界で生き残るために。そのために今まで頑張ってきた。動いてきた。騙してきた。エンドレスを倒すこと。それが自分の願いにつながる。エリーに比べれば自分勝手な、些細な理由だがそのためにここまで来た。そしてエリーが目覚めた以上、それはもう目の前にある。エンドレスを倒すことがすぐにできなくても、すぐにできることがある。

 

知らず、手が胸元に伸びる。今はない、いつもそこにいるはずの誰か。

 

 

(シンクレアを壊せば、エンドレスが一つになることはない。なら……!)

 

 

マザーダークブリング。シンクレア。エンドレスから生まれた存在であり、今は五つに分かれている母なる闇の使者たち。完全なレイヴでなければ破壊できないが、完全制御された魔導精霊力ならそれは可能になる。そう、今のエリーならシンクレアを破壊することができる。それができればエンドレスが完全に復活することはない。それは正しい。自分はそのために動いてきた。なのに自分はそれを口に出すことができない。

 

 

「俺はマザーを……」

 

 

『マザーを壊す』

 

 

たったそれだけの言葉が。

 

 

いつも我儘ばかり、迷惑をかけてくる。それでも自らを案じ、涙を流し、共に生きてきた存在。世界の敵であり、破壊されるべき魔石。笑い話でしかない。いつの間にかそんな存在に感情移入してしまっている自分に。本当にいつの間にか自分はダークブリングマスターになってしまっていたらしい。それでも俺は

 

 

「ママさんを壊したくない……でしょ、アキ?」

「え?」

 

 

そんな自分の葛藤を見透かすように、まるで最初から分かっていたかのようにエリーは自分の言葉の先を告げてくる。どこか慈愛に満ちた表情を見せながら。

 

 

「何で……?」

「分かったのかって? 当たり前だよ。あたし、アキよりもアキのこと知ってるんだから。あたしもママさんを壊したりしないよ。ママさんだけじゃない。他のママさんたちも、他の子たちも。あたしが倒さなきゃいけないのはエンドレスだけなんだから!」

 

 

あまりにも無茶苦茶な理論をエリーは自信満々に告げてくる。意味が分からない。エンドレスはDBであり、DBはエンドレス。エンドレスを倒せばDBは消えてしまう。そんなことすら分かっていないかのようにエリーは迷い一つない。何もかも抜きにしても、どうにかしてしまうのではないか。そう思える何かがエリーにはある。

 

 

「だからアキ、あたしと一緒に来てほしいの。アキと一緒ならあたし、何でもできるんだから!」

 

 

そう告げながらエリーは手を差し出してくる。一片もこちらを疑っていない、信頼の証。どうしてそこまで自分のことを信じてくれているのか分からない。自分に何ができるかなんて分からない。それでも

 

 

「……分かった。後になって後悔しても知らないからな」

「うん、後悔なんてしないから大丈夫!」

「いや……自分に言い聞かせてただけだから気にすんな」

「え? それってどういう意味アキ? もしかしてあたしの悪口言ってるんじゃないよね?」

 

 

差し出されたエリーの手を握り返す。もうここまで来たら引き返せない。野となれ山となれ。ただ後悔することだけはないだろう、と。そう思える何かがあった。

 

 

 

「はあ……とにかく、そろそろ帰るとするか。流石にいつまでもここにいるわけにもいかねえし……」

 

 

深夜の海岸にいつまでもいるわけにいかず、仕方なくそのままアジトに帰ることにする。だがその足取りは重いことこの上ない。当たり前だ。勢いで何とかなるほどこれから先は甘くはない。

これからどう動けばいいのか。何から対処していけばいいのか。何より今までのようにマザーを騙していくためには細心の注意を払う必要がある。自分はともかく、エリーは危険すぎる。とりあえず釘を刺しておかなくては。だが

 

 

「そうだね。でもどうしたのアキ? なんだか疲れてるみたいだけど?」

「え? ああ……これからのことを考えるとな……とりあえず、家に帰ってからだな」

「うん、じゃあ帰ったらまずママさんに全部話さなきゃね!」

「ああ、そうだな。まずは全部マザーに話し……て……?」

 

 

思わず返事をしてしまったもののその場に固まり、そのままエリーを二度見してしまう。幻聴だろうか。何か恐ろしい言葉を耳にした気がする。

 

 

「え、エリーさん……なんかよくわからない言葉が聞こえた気がするんですが……?」

「? 聞こえなかったの? だからママさんにも話そうって。内緒にするのも悪いでしょ?」

「アホか――――!? な、何言ってるんだ!? そんなことしたらどうなるか分かってんのか!? 今までの話全部台無しじゃねえか!?」

「むー、あたしアホじゃないもん! ママさんにもちゃんと話しておかないと」

「話したらどうなるか分からないから言ってんだろうが!? 開始早々この街ごと消し飛ばす気か!?」

 

 

えー、と不満げに頬を膨らませているエリーに頭を抱えるしかない。どうやらこのエリーさんは開幕オウンゴールを決める気満々だったらしい。押してはいけないボタンを躊躇いなく連打するような行為。そんなことされたらどうなるか。想像するだけで恐ろしい。冗談抜きで街が、国が消滅しかねない。二人は大丈夫なのかもしれないが間違いなく自分は巻き込まれて死んでしまう。

 

 

「とにかく、今日のことはマザーには内緒に」

『ほう……いったい何の話なのか気になるの』

「うるせえぞマザー、てめえは黙ってろ! 今はそれどころじゃな……い……?」

 

 

瞬間、時間が止まった。絶対凍結もかくやという寒気が辺りを支配する。それが幻聴だったならどれだけよかったか。そのままギギギ、首だけ動かして何とか振り返る。そこには光があった。この世の全ての不吉を孕んだような紫の光。それを纏っている小さな石。それが虚空に浮かんでこちらを見据えている。かつて世界を震撼させた、五つに分かれた魔石の内の一つ。

 

 

母なる闇の使者(マザーダークブリングシンクレア)

 

 

『さて……どういうことか説明してもらおうか、我が主様よ?』

 

 

それがアキにとっての最も長い夜の始まり。そして早々にエリーとの約束を後悔した瞬間だった――――

 

 

 

 




作者です。たくさんの感想ありがとうございました。正直こんなに反応があるとは思っておらず驚きました。

このSSは題名にもある通り、エリーをヒロインとしたエピソードになり、arcadiaに投稿しているエピソードのIFストーリーのような扱いになります。プロット自体はその時からあったのですが原作完全無視の内容であること、エリーという原作のヒロインをヒロインに据えることからお蔵入りにしたものでしたが需要があればと思い今回投稿することとしました。

arcadiaにあるマザールートを読まなくても分かるように配慮していきますが読んでからのほうが楽しめる構成、内容になると思いますので未読の方は読んでいただけると嬉しいです。では。

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