ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十三話 「ダークブリングマスターの絶望」

(や、ヤバい……何とかしねえと……!! でも、体が……一体どうなってるんだ……!?)

 

 

必死に体を動かそうとするも微動だに出来ない。頭痛と吐き気は慣れてきたのか、それともマザーの仕業か収まってきたが体は変わらず動かせない。いくらダークブリングマスターがシンクレアの思いのままだったとしても明らかにおかしい。電池が切れてしまったロボット同然。自分の身体が文字通り自分の物ではなくなってしまっている。そのせいで自分はただ倒れたまま見守ることしかできない。

 

エリーとマザー。

 

世界滅亡コンビと呼んでいた二人が向かい合っている。冗談でも何でもなく、世界の危機。こうなるのを避けるために四苦八苦してきたのにどうしてこうなってしまったのか。

 

 

『どうした……来ないのか? それとも今になって怖気づいたのか?』

「ううん、そんなことない。言ったでしょ? あたし、ママさんと戦う気なんてない。ただちゃんと話がしたいだけなの」

 

 

淡々と機械的に告げるマザーはこれまで見たことないほどに殺気に満ちている。当たり前だ。エンドレスにとっての怨敵ともいえるリーシャ・バレンタインが今、目の前にいるのだから。自分ならすぐさま逃げ出してしまいそうなマザーの姿を前にして、それでもエリーは変わらない。まっすぐ、その瞳でマザーを見つめている。その答えもエリーらしいもの。戦うのではなく話がしたい。先ほどエリーが言っていた言葉。マザーを壊したりしない、というのは嘘ではないのだろう。だがそんなことはマザーにとっては何の関係もない。

 

 

『話? そんなものは必要ない。どうしても言うことを聞かせたいというのなら、力づくでやってみるがいい――――!!』

 

 

叫びと共に再びマザーの、シンクレアの力が解き放たれる。空間消滅。文字通り空間を消滅させてしまう、『破壊』を司るシンクレアであるマザーに相応しい力。どんな盾も防御もその前では無力。唯一の対策は避けること。だが

 

 

(な、何やってんだエリー!? 避けろ――――――!?)

 

 

空間消滅を前にしてもエリーは全く微動だにしない。あり得ない。さっき空間消滅の威力を目の当たりにしているはずなのに。恐怖で動けなくなってしまっているのか。今の自分ではもうさっきのようにマザーの邪魔をすることはできない。エリーが跡形もなく消え去ってしまう。そんな最悪の結末を前に、声にならない悲鳴を上げた瞬間

 

 

「えいっ!」

 

 

エリーの声と共に空間消滅がまるで、最初からなかったかのように呆気なく消し飛ばされてしまった――――

 

 

「………………え?」

 

 

絶句して、目を丸くするしかない。訳が分からない。一体何が起こったのか。目の前には変わらずその場に立っているエリーの姿。傷一つどころか息一つ乱していない。マザーもまた言葉を失ってしまっているのが分かる。当たり前だ。そう、エリーはただ自分の魔力を放出しただけ。きっと本人とってはちょっと気合いを入れた、その程度の物だったに違いない。ただそれだけで空間消滅を吹き飛ばしてしまった。自分はこの展開を知っている。そう、本来の歴史でルシア・レアグローブが初めて空間消滅をお披露目したときのこと。羅刹の剣を使ったハルの叫びによって空間消滅がかき消されてしまうという出落ち、渾身の一発ギャグ。どうやらその運命からは逃れられなかったらしい。

 

 

「どうしたの、ママさん。これで終わり? だったらママさんはあたしには勝てないよ?」

 

 

主従揃って放心している自分たちを気にした風もなく、エリーはそう告げてくる。圧倒的大物感。こっちは間違いなく呆気なくやられてしまう小物側。そのことに冷や汗を流しながらも違和感も覚える。およそエリーが口にするとは思えない相手を煽るような言動。

 

 

『―――っ!? ふざけおって……我が貴様に劣るじゃと……? 今すぐこの空間から消し去ってやる!』

 

 

それに釣られるようにマザーはさらなる力を行使する。完全に頭に血が上ってしまっている。その巻き添えになる形で自分にまで被害が及んできてしまう。それは

 

 

(な、何だこれ!? ど、どんどん力が吸い取られてく……!? このままじゃ俺が一番先に死んじまうっつーの!?)

 

 

自分の中にある体力、ダークブリングマスターとしての力とでもいえるものがマザーに一気に力を吸い上げられていく。もちろん強制的に。そのせいでこっちは体が動けないのに加えて干からびていってしまう。完全に主従が逆転してしまっている。さっきマザーが言っていた言葉をこんなにも早く身を以て体験する羽目に。その力を利用した、間違いなくマザーの全力の空間消滅が再びエリーを襲う。さっきとは規模も、威力も桁違い。しかしそれさえも

 

 

「――――――はあっ!!」

 

 

エリーの腕の一振りで吹き飛ばされてしまう。魔力を込めたであろう腕の一振り。たったそれだけで魔力の竜巻とでもいうものが発生し、空間消滅を文字通り吹き飛ばしてしまう。その衝撃によって海は荒れ、砂浜は無残にも崩壊していく。この世の終わりのような光景。

 

 

(う、嘘だろ……?)

 

 

位置関係的に何とか吹き飛ばされずに済んだことに安堵しながらも、ただ恐怖し、戦慄する。マザーにではない。エリーのあまりの強さに。それはマザーも例外ではない。きっと正面から向き合っているマザーの恐怖は自分の比ではない。これではどっちがラスボスかわからない。そう、頭では分かっていた気になっていただけ。魔導精霊力がいかなるものか。破壊と創造の魔法。エンドレスと対になるもの。それはすなわちエンドレスと同等の力を持つことを意味する。つまり今、マザーはエンドレスと戦っているようなもの。この星が耐えられないため、エリーは全力は出せないにしてもエンドレスから生まれたシンクレア、その一つであるマザーでは逆立ちしたところで敵う道理はない。

 

 

「分かったでしょ、ママさん。今のままのママさんじゃ、あたしには勝てないよ。本当の事を言わないで、嘘をついてる内は」

 

 

魔導精霊力の恐ろしさの片鱗を見せつけながらも、エリーは変わらず話しかけ続ける。まるで子供を諭すように。そう、これはエリーにとっては子供の駄々に付き合っているようなもの。それだけの力の差が今のエリーとマザーにはある。

 

 

『っ!! もうよい、戯言はそこまでじゃ!! 五十年前と同じように、全て消し去ってくれる――――!!』

 

 

それを認められないのか、それともシンクレアとしての意地か。マザーは残された力を全てを解放する。だがその力の流れが今までと違う。空間消滅ではない、何か。それが何なのか本能的に悟る。ダークブリングマスターである自分にはそれが分かる。

 

 

(これはまさか……大破壊(オーバードライブ)!?)

 

 

大破壊(オーバードライブ)

 

 

五十年前、世界の十分の一を破壊したとされる大災害。シンクレアによってもたらされた世界の禁忌。破壊のシンクレアであるマザーにはそれを扱うことができる。その破壊の光が指向性をもって放たれる。五十年前の再現とまではいかずとも、この街を一瞬で容易く蒸発させるだけのエネルギーが、たった一人の少女に向かって襲い掛かる。

 

 

「うっ……ううう……!!」

 

 

それをエリーは魔力を込めた両手で受け止める。その衝撃と威力によって初めてエリーの顔が苦悶に歪む。威力を殺しきれないのか、そのまま徐々に後方に押し出されていく。だがエリーに避けることはできない。避ければその瞬間、後ろにある街は破壊されてしまう。紫と白。破壊と創造の力が互いにぶつかり合う。

 

 

『ぐっ……! 我は…負けぬ……! リーシャ・バレンタイン! 貴様にだけは絶対負けるわけにはいかんのだ――!!』

 

 

残された力の全てを込めながらマザーは叫ぶ。そこにはもうエンドレスとしての側面は欠片も残ってはいなかった。あるのはただ――――

 

 

「あああああああ――――!!」

 

 

瞬間、エリーもまた力を振り絞り、魔導精霊力によって大破壊をそのまま空に向かって弾き出す。その衝撃によって空にあった雲は消し飛ばされ、月が露わになる。後には月明りに照らされた、いつもと変わらぬ海岸があるだけ。それがエリーとマザー、最初で最後の戦いの決着だった――――

 

 

 

『ハアッ……ハアッ……!』

 

 

マザーは息を乱し、喋ることもままならない。あれだけ爛々と輝いていた紫の光は今にも消えてしまいそうなほど微か。もうマザーには全く力が残っていないのが分かる。当たり前だ。空間消滅の連発に加えて大破壊。それをもってしても敵わなかった。完敗と言っておかしくない状況。

 

 

「ママさん……」

『忌々しいが……今の我では……貴様には及ばぬ。だが、残念だったな。貴様は我を、いや、エンドレスを倒すことはできん』

 

 

それを突き付けられながらもまだマザーにはまだあきらめは見られない。ある意味悪役の鏡とでもいえるような謳い文句。だがどっからどう見ても負け犬の遠吠え。小物臭全開なのはやっぱり自分とこいつは主従なのだと呆れるも

 

 

『何故なら……我を壊せばアキも死ぬ。アキは我の、エンドレスの力によってこの世に留まっている。そのエンドレスを倒すということは、アキを殺すという事……貴様にそれができるか、リーシャ・バレンタイン?』

「…………へ?」

 

 

そんな、自分にとって想像だにしてなかった核爆弾級の事実がさらっと明かされてしまった。

 

 

(な、何だよそれ……!? じゃあ、俺ってどうやってももう詰んでるんじゃ……!? そ、そうか……この状態も、もしかして……!?)

 

 

何が何だか分からない。そんな中でも何とか頭を整理して落ち着こうとするもやはり思考が定まらない。分かるのは自分がどうやっても詰んでいるということだけ。つまり自分はシンクレアと、エンドレスと一蓮托生、異心同体。おそらく今の身体が動かなくなっているのもその証明。自分をこの体に留める力をマザーが意図的に弱めているに違いない。どうしようもない袋小路。もう自分は助からない。もう戦う意味も理由もない。絶望の染まりかけるも、そんな中エリーの姿に目を奪われる。エリーは変わらない。自分の事情を理解したはずなのに、なぜか微笑んですらいる。まるで何も心配はいらないのだと告げるかのように。

 

 

「ふふっ、やっぱりママさんってつんでれなんだね。そんな嘘ついてもバレバレだよ?」

『は……? な、何を言っている……? 我は何も嘘などついて』

「ついてるよ? エンドレスを倒したらアキが死んじゃうっていうのは本当だけど、あたしが言ってるのはママさんの事」

『我の……?』

 

 

その手にマザーを取りながら、エリーは話しかける。マザーが嘘をついていると。エリーにとってはそのことが一番大切なことなのだと。それは

 

 

「ママさんはエンドレスや自分のためじゃなくて、アキのためにあたしと戦ってた。そうでしょ?」

 

 

マザーが戦っている、本当の理由。自分にとっては俄かには信じがたい、目が点になってしまうようなもの。

 

 

『な、何を言っておる……! 我は、エンドレスのために……この平行世界を消滅させるために全てを』

「もう、アキと一緒でほんとに素直じゃないんだから。そんなことばっかり言ってたらママさん、他のママさんにアキ取られちゃうよ?」

 

それに声を挟む間も、余力もない自分を置いてけぼりにしたままエリーはマザーを完全に手玉に取ってしまっている。マザーもまたいつもの自分のように右往左往しているだけ。どっからどう見てもいつものマザー。それが嬉しいのか、エリーもまたニコニコしながらそれを楽しんでいる。

 

 

『……お前は何を考えている、リーシャ・バレンタイン。我に何を望んでいる?』

 

 

ふと我に返ったのか、いつもの調子に戻りながら、それでも真剣にマザーは問う。マザーだけではない、自分にとっても問い。エリーはいったい何を望んでいるのか。

 

 

「言ったでしょ? ママさんにも力を貸してほしいの。あたしとアキ、それにママさんの三人ならきっと何でもできるから!」

 

 

さも当然のようにエリーは即答する。力を貸してほしい、と。三人なら何でもできる。どこからどう見ても上手くいきっこないトリオ。それでも、どうにかなるのではないかと思ってしまうのは何故なのか。分かるのは、きっと今まで以上に自分は憂鬱になる羽目になる、ということだけ。

 

 

『……我はお前に負けた。今は従うこととしよう。あやつをマスターに選んだ時点で……いや、もうよい。だが、後悔しても知らんぞ』

「あ、アキと同じ事言ってる! 大丈夫、絶対後悔なんてしないから! だからこれから宜しくね、ママさん! あ、あとあたしのことはエリーって呼んで♪」

『はぁ……先が思いやられるの……』

 

 

自分と同じ思いなのか、マザーもまた溜息を吐いている。ここに本当の意味での世界滅亡コンビが誕生する。俺の役目はそんな二人の面倒を見ること。いや、振り回されること。ようするに今までと何も変わらない。それはもうあきらめる。あきらめるので

 

 

「あ、あの……そろそろ、こっちも助けてくれると……嬉しいんだけ、ど……」

 

 

ひとまず、この状況から助けてほしい。体の自由は利かず、体力は奪われ、二人の喧嘩の余波によって吹き飛ばされてボロボロになってしまっている。そのことに今更気づいたのか、二人は慌ててこちらに駆け寄ってくる。

 

 

それがアキにとって一番長い夜の終わり。そして新たなダークブリングマスターの憂鬱の始まりだった――――

 

 

 

 

 

 

何も見えず、何もない真っ黒な空間。決して人間では立ち入れない領域に、一つの光が姿を現す。紫の小さな光。だがその光は、並行世界にとっては何よりの不吉の象徴。

 

 

『遅れて申し訳ありません。少し時間がかかってしまって。皆さんお集まりになっていますか?』

 

 

聞く者を癒すような声がその空間に響き渡る。もし人の姿であったならお淑やかな和服美人に違いないと思えるような所作。だがその正体は決してそんな生易しいものではない。

 

 

『アナスタシス』

 

 

それが彼女の名前。かつて世界を震撼させた、五つに分かれたシンクレアの一つ。持つ者に不死身の力を与える『再生』を司るシンクレア。

 

 

『いいえ、まだ集まってないわぁ。いるのは私とラストフィジックスだけよ。それにしても久しぶりねぇ、アナスタシス。相変わらず律儀なこと』

『そういう貴方もお変わりなさそうですね、ヴァンパイア。元気そうで何よりです』

 

 

そんなアナスタシスの言葉に呼応するように新たな紫の光が空間に現れる。いや、初めからその場にいた。

 

聞く者を震え上がらせるような声。もし人の姿であったなら魅入られた者を食らいつくす毒婦に違いないと思えるような所作。

 

 

『ヴァンパイア』

 

 

それが彼女の名前。持つ者に引力を操る力を与える『支配』を司るシンクレア。

 

 

『あ、あの……ひ、ひさしぶり、アナスタシス。よかった……ほかの子たちもこないから、しんぱいになっちゃってて……』

 

 

そんなヴァンパイアの気圧されながらも、可愛らしい声がその場に新たに現れる。人の姿であったなら、可憐な少女に違いないと思えるような所作。

 

 

『ラストフィジックス』

 

 

それが彼女の名前。持つ者に無敵の肉体を与える『理』を司るシンクレア。

 

 

『そうねぇ、正直に言ってもいいのよ? 私と二人きりだと耐えられなかったって。本当に五十年たってもあんたは変わらないわねぇ、ラストフィジックス?』

『そ、そんなことない……ただ、もうちょっとやさしくしてくれたらなって……そ、その……』

『なるほど、ヴァンパイアに絡まれていたわけですね。もう大丈夫ですよ、ラストフィジックス。私もいるので少なくても一方的にはなりません』

『よ、よかった……』

『相変わらずの優等生ぶりとお子様ねぇ。反吐が出るわぁ』

『貴方の嗜虐趣味は置いておくとして、他の二人はどうしたのでしょう』

『さあ? 案外ヘマしてレイヴにでもやられちゃったんじゃないかしらぁ?』

『こ、こわいこといわないで、ヴァンパイア……あたし、レイヴはきらい』

 

 

三人のシンクレアは互いにけん制しながらこの場にはいない残る二人の存在を訝しむ。そんな中

 

 

『ごめんごめん! いやーなかなか抜け出してくるのが難しくて遅れちゃった! みんなもう集まってるー?』

 

 

聞く者を呆れさせるような元気な声が響き渡る。もし人の姿であったなら天真爛漫、もとい天然なお嬢様に違いないと思えるような所作。

 

 

『バルドル』

 

 

それが彼女の名前。持つ者に全てのシンクレアを従える力を与える『シンクレアを統べるシンクレア』

 

 

そんな彼女の提案によってこの会合は開かれている。およそ五十年ぶりの、思念だけとはいえ全てのシンクレアが集う場所。だが

 

 

『とっくに集まってるわよぉ、バルドル。招集をかけておいて遅れてくるなんて、いい度胸してるじゃない? 何か申し開きはあるかしら?』

『相変わらずねちっこいわねー、ヴァンパイア。過ぎたことは過ぎたことよ! もっと前向きに生きなくちゃ! ね、ラストフィジックス?』

『え? あ、あたしは……その……』

『やってることがヴァンパイアと同じですよ、バルドル。ともかくこれで残るはマザーだけですが……バルドル、マザーはまだ来ないのですか?』

 

 

そんな中、最後の一人であるマザーだけはこの場にはいなかった。そのことに残る三人のシンクレアは疑問を口にする。しかし

 

 

『え? い、いやーその、何だが忙しいみたいで今日は参加できないみたいなの! なんで今日はこの四人で会議、じゃなかった女子会をしましょ! 女子会よ女子会!』

 

 

まるでマズいことになったとばかりに焦り、同時に誤魔化しながら強引にバルドルは話題をすり替える。スイーツ脳だと言われてもおかしくないような挙動っぷり。

 

 

『女死会の間違いじゃないかしら? それにしても、マザー大好きのあんたがそんなに物分かりがいいなんて珍しいわねぇ? 前はあんなに騒いでたのに』

『そ、そんなことはないわ! あたしだっていつまでもマザーに付きまとってるだけじゃないの! これからはニューバルドルとしてバリバリ調停者としての役割を果たしていく所存です!』

『明らかに不自然ですが……もしや、マザーが金髪の悪魔を引き当てた、ということですか?』

『そうなの……? マザーが、あのお兄ちゃんをますたーにしたの?』

『え!? な、何でそうなるの!? あたし、そんなこと一言も……あ』

 

 

だがそんな精一杯のごまかしは一瞬で泡となって消え去ってしまう。一応この場では一番上位であるはずのバルドルだが全く威厳がない。

 

 

『語るに落ちてるわねぇ、バルドル? そう、マザーがねぇ……一番我ら(エンドレス)に近いと思ってたのに。それで? バルドル、あなた調停者としてまさか見逃すつもりじゃないでしょうねぇ?』

『へ? あ、当り前じゃない! ちゃ、ちゃんとペナルティは与えるわよ? でもまあ、担い手の一人として特別扱いはしないわ、あくまでもマスターはマスターなんだから!』

『確かにそうですが……かの者がエンドレスに敵対するならばその限りではないのでは?』

『そ、それはそうだけど、まだ確定事象じゃないわけだし、仮にそうなったとしてもあたしたちとエンドレスでどうとでもできるわ。元々担い手同士で争う儀式なのは変わらないわけよ!』

『そうなの……? やっぱり、たたかわないといけないの? みんないっしょのほうがいいのに……』

『相変わらず腑抜けてるわねぇ、ラストフィジックス。それにバルドル、あなたもよ。そこまで言うならそうねぇ、マザーの担い手が私たちに優先的に狙われても文句はないわよねぇ?』

 

 

そんなバルドルを嘲笑うかのようにヴァンパイアはそう提案する。まるでそうなるのを見越していたかのような手際の良さ。その証拠にその紫の光は妖しさを増している。まさにシンクレアを体現するかのような妖艶さ。

 

 

『え!? な、何でそうなるわけ? あたしの話ちゃんと聞いてたの? 儀式はみんな平等に』

『ええ、でもどっかの調停者さんがえこひいきするなら、こっちも相応の手段でバランス取っても仕方ないんじゃないかしら、ねぇ?』

『そうですね……あまり好ましくはありませんが、我が主の勝率が少しでも上がるなら、私も異存はありません』

『あ、あたしは……その、戦うよりもあのお兄ちゃんに会ってみたいな……』

 

 

あれよあれよという間に状況は流れていく。バルドルは何故か口ごもり、謎の点滅中。その意味を唯一理解していないラストフィジックスは何故か目を輝かせている。

 

 

『決まりねぇ、もっとも誰が相手でも私が勝つのは変わらないわぁ。下僕もいい感じに仕上がって来たし、後はどん底まで叩き落すだけね』

『マスターを軽んじている貴方にだけは負けるつもりはありません、ヴァンパイア。シンクレアとしてあるべき姿を教えてあげましょう』

『わ、わたしのますたーもすごいんだから! そ、その……す、すっごく強そうなんだから!』

 

 

あとはバルドルを置いてけぼりにした女子会という名の担い手、もとい自分の彼氏自慢が始まってしまう。どっからどうみても世界の滅亡にかかわっているとは思えないような有様。

 

 

(な、何だか変な感じにまとまっちゃったけどまあ仕方ないわね。それにしてもみんな可愛いんだから……やっぱりこの世は愛なのよ、愛!)

 

 

とりあえずそれ以上の糾弾を免れたことに安堵しながらも三人の様子をどこか満足げにバルドルは見守っている。そう、これこそがバルドルが求めているもの。マザーはもちろん、いつの日か自分にも現れるであろう担い手に心を躍らせているもそれは

 

 

「いなくなったと思ったら……こんなところで何をしているのかしら、バルドル」

 

 

一瞬にして絶対零度まで凍らされてしまう。

 

 

聞く者を一瞬で凍結させてしまうような声。もしその姿が見えたなら、白い雪のような肌をした無慈悲な氷の女王が見えたに違いない。

 

 

『っ!? い、いやちょっと……あの、みんなで女子会をしてて、そ、そうだ貴方も参加しない? みんなで嬉し恥ずかしの恋バナを……あれ? みんな、どこいったの? あ、あたしを一人にしないで!? もう氷漬けにされるのは――』

 

 

そこで思念は途絶えて消えてしまう。その前に彼女の気配を感じ取ったシンクレアたちはとっくに逃げてしまっていた。その後、バルドルがどうなったかはもはや語るまでもない。

 

 

本人の与り知らぬところで、ダークブリングマスターの絶望は刻一刻と迫ろうとしていたのだった――――

 

 

 




作者です。たくさんの感想ありがとうございました。時間がかかってしまいましたが今回でエリールートのプロローグが終わった形になります。

登場人物や設定はマザールートと変わりませんが、いくつか前提が変わっているため流れは全く別物になる予定です。前回はアキが周りに勘違いされる側でしたが今回は勘違いする側になります。

これからもお付き合いくださると嬉しいです。では。

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