ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート) 作:闘牙王
(はぁ……俺、疲れてるのかな……?)
溜息を吐きながら頭を抱える。頭痛はない。いや、今に限っては頭痛があってくれた方がまだマシだ。よく考えれば昨日から心休まる時がない。突然のエリーの覚醒。マザーへの裏切りの露見。エリーとマザーの戦いと決着。気を失って目覚めたと思えば謎の女子会。極め付けがこの幻聴。
「あ、あー……ちょっと待ってくれ、聞き違いか? 俺が他のシンクレアを口説くとか聞こえた気がするんだが?」
シンクレアを、石を口説く、という言葉。
もうどっから考えても意味が分からない。いよいよ自分の頭がおかしくなってしまったのかと思うような有様。いくらダークブリングマスターだとしてもあり得ない。というか人として危なすぎる。だが
『っ……な、何度も言わせるでない! お主が他の四つのシンクレアを口説き落とすことができればお主は助かる。そう言っておるじゃろうが!』
何故かマザーは苦渋をにじませるような声でそう断言する。自分が生き残るための唯一の方法。それがシンクレアを口説き落とすことだと。
「ふ、ふざけんじゃねえぞ!? なんでそれが俺が助かることと関係あるってんだ!?」
『し、仕方があるまい! 我とてこんなことお主にさせたくはない……! お主に我以外のシンクレアを口説かせるなど……!』
「ちょっと待て、俺がいつお前を口説いた!? そもそも何で俺が石ころ風情を口説かなきゃなんねえんだ!?」
『い、石ころじゃと……!? き、聞き捨てならんぞアキ! その石ころ風情に助けられておるのはどこの誰じゃ!? そもそもお主が裏切らなければこんな浮気みたいなことをさせずとも済んだものを……!』
「え、アキ、浮気するの? ダメだよそんなことしちゃ!」
「お、お前は黙ってろエリー!? 俺は浮気なんて……そもそも前提がおかしいだろうが!?」
マザーに加えていつの間にかいつもの調子に戻っていたエリーも参戦しもはやその場は収拾がつかない混沌へと突入。世界女子会議は場外乱闘、審議ストップの事態に。それが収まるまでにおよそ三十分の臨時休憩が設けられたのだった――――
「ハアッ……ハアッ……! それで……一体どういうことなんだ? ちゃんと説明しろ」
『ハアッ……ハアッ……! だから何度も言っておろう……お主が我以外のシンクレアを口説き、己が物とすること。それができればお主はエンドレスの呪縛から逃れることができる』
「口説くってのはひとまず置いといて……己が物とするってのはどういう意味だ? 手に入れるだけじゃダメなのかよ?」
休憩中も全く休憩にならず互いに息を切らせながらも再び審議を開始する自分とマザー。そこで新たに耳にするシンクレアを己が物にするというワード。口説くに比べれば幾分理解しやすいがそれでもまだ理解できない。単にシンクレアを集めるのとは違うのだろうか。
『それだけではただ単にシンクレアを手に入れただけにすぎん。本来のダークブリングマスターであったならそれで充分だが、事情が変わった。言ったであろう? ダークブリングマスターとはDBに操られる者だと』
「あ、ああ……それは身を以て味わったけど……」
『お主はそれを越えねばならん。DBに操られる者ではなく、DBを支配する者……いや、支配という言葉はヴァンパイアの奴を連想させるから良くないの……うむ、いつぞやエリーが言っておった魔石殺し。これでよかろう。お主は魔石殺しとなることで真のダークブリングマスターにならねばならぬということじゃ』
「ま、魔石殺し……!? な、なんだそりゃ……一体どういう意味だ!?」
『読んで字のごとしじゃ。要するに女殺しみたいなものかの。シンクレアはそれぞれ自分が惚れた、気に入った者を担い手に選んでおる。そやつらから無理やり奴らを奪い、口説き完全に自分の物にすることがお主の役目じゃ。あれじゃ、寝取るとかいうやつじゃの』
「ふ、ふざけんなあああ!? なんで俺がそんな異常者みたいなことせにゃならんのだ!? 色ボケるのも大概にしろよこの駄石が!」
『なっ……!? わ、我とて好き好んでこんなこと言っておるわけではない! そもそも何でもやると言ったのはお主であろう!』
「人としての尊厳捨てるレベルだとは思わねえだろうが!?」
「ねえアキ、寝取るって何? 寝ている間に何か取るの?」
まさかの魔石殺しの異名襲名。しかもその意味合いが酷すぎる。響きはカッコいいのにやることは相手を口説き落とすこと。相手は石。生き残るために何でもやると言った決意が消え去ってしまうレベル。マザー、というよりシンクレアたちにとってはそれは寝取られるようなレベルの事らしい。なるほど、確かにそれならクズだのなんだの言われてもおかしくない。奇しくもいつかエリーが言っていた五股だのなんだのが現実になりかねない悪夢。そのエリーさんは会話の意味が分からず首をかしげている。どうかそのままのエリーでいてほしい。それはともかく
「じゃ、じゃあなにか……ほかのシンクレアもお前みたいに喋るのか……?」
『? 当たり前じゃろう。もっとも、どいつもこいつも自分勝手なやつらでの。威厳も何もあったものではない。シンクレアの風上にも置けん奴らじゃ』
やれやれ、といわんばかりのマザー。お前が言うなと突っ込みたいところだが面倒なので無視する。だがこれで確定した。まだこいつみたいなやつらが四人?もいるのだと。想像するだけでぞっとする。
「エリー……ちょっと聞きたいんだけど、まさか……レイヴもしゃべったりしないよな?」
「え? うん、しゃべったりはしないよ。でもママさんたち見てたらレイヴも喋れるようにしたかったなー」
「それだけは止めてくれ……頼むから」
ぐもーん、とうなだれながら本気で残念がっているエリーを見つめるしかない。これでレイヴまでしゃべりだしたら収拾がつかない。
「と、とにかくその件は置いておくとして……そのほかのシンクレアを壊しちまうってのはどうなんだ? エンドレスは無理でも、魔導精霊力なら壊すことができるんじゃ……」
頬を叩き、意識を切り替えながら疑問という名の提案を口にする。現状で考え得る最善手の一つ。シンクレアの破壊。エンドレスはともかく、シンクレアならきっとエリーの魔導精霊力で破壊できるはず。それができればシンクレアが五つ揃うことはなくなり、完全なエンドレスの誕生を阻めるかもしれない。だがそれは
「他のママさんたちも壊したらダメ――!!」
当のエリー本人によってすぐさま拒否されてしまった。
「だ、ダメって……でもそれができればエンドレスも」
「とにかくダメったらダメ! 他のママさんたちもとってもいい子たちなんだから、壊したりしたらダメ! 昨日あたし、ちゃんとそう言ったでしょ?」
「た、確かにそうだけど……」
腰に手を当て、ぷりぷりしながらエリーはこっちを叱りつけてくる。自分は至極真っ当なことを言っているはずなのにまるで自分が極悪人になってしまった気さえする。エリーからすればほかのシンクレアもマザーのようなものなのだろう。まるで見知っているかのような真剣さで、こっちはのけ反ってしまいそう。
「マザーはそれでいいのか……?」
『ふむ……我としてはどっちでもよいのだが、確かに残しておいた方がメリットもある。お主が魔石殺しになるためには必要じゃし、星の記憶に行くためには奴らの力が不可欠じゃ。魔導精霊力に恐れおののく姿が見れんのは残念じゃがの』
「お前な……」
くくく、とドSな笑いを漏らしているマザーにげんなりするしかない。つい昨日自分が恐れおののいていたくせに何を言っているのか。エリーではないが、他のシンクレアのほうがマシなのではないだろうか。能力的にアナスタシスはマザーの真逆な気がする。
「ったく……とにかく、二年後に本格的に動き出すってことでいいな?」
色々あったがとりあえずまとめることにする。問題は山積、不安は一杯だが準備期間はあと二年。それだけは間違いない。
「? なんで二年後なの?」
「昨日言っただろ? ハル……二代目レイヴマスターが動き出すのが二年後だ。それまでに色々準備しとかないとな……」
「あ、そっか! 確かアキが憧れてるカトレアさんの弟さんだったっけ?」
「ああ……元気にしてるかな、二人とも……」
思わず思いを馳せてしまう。ハルとカトレア姉さん。ガラージュ島のみんな。思えばあの生活が一番自分にとって安息の時間だったのかもしれない。あの家に帰ることが自分の目標だったが、果たして叶う日は来るのか。
「いいなー、あたしも行ってみたいな。あ、ナカジマって人にも会ってみたい!」
「ごめん……人じゃないんだ、あれ」
んふー、とドヤ顔を晒しているナカジマの姿が頭に浮かぶ。そういえばすっかり忘れてしまっていた。というか忘れたままでいたかった。というかあれは本当に何なのか。シンクレアよりもはるかに謎だ。だがそんな自分に向かって
『何を言っておる……? そんな時間はお主には残されてはおらんぞ』
何言ってるんだこいつ、とばかりにマザーの無慈悲な宣告が告げられた。
「へ? ど、どういうことだ……?」
『じゃから二年も待っている時間はないということじゃ。少なくとも一年以内にはシンクレアの争奪戦は始まるぞ。特に金髪の悪魔であるお主は優先的に狙われることになる』
「は……?」
言葉が出てこない。今までの根底が全て壊れかねないような状況。だが分からない。なんでそんなことになっているのか。まだハルが二代目になっていないのになんでそんなことが起こってしまうのか。何かがおかしい。それを口にするよりも早く
『それだけではない。これはまだ黙っておくつもりじゃったのだが……仕方あるまい。二年後には絶望のジェロがやってくる。お主を狙ってな。それまでに何としてもお主には大魔王を超えてもらわねばならん』
「――――」
完全に凍ってしまった。まだ出会ってもいないのに、理解した。
『絶望のジェロ』
四天魔王の一人であり紅一点。その名の通り、相手を絶望に凍らせる力を持つ氷の女王。
それが自分に絶望を与えにやってくるのだと。
「ふ、ふざけんなあああ――――?!?! なんでそんな訳の分からんことになってるんだ!? お前が余計なことしてんじゃねえのか!?」
『そ、そんなわけなかろう!? そもそもそうなっているのはお主が我らをキズモノにしたのが原因であろう! 他人のせいにするでない!』
「キズモノ!? お前、どんなことしたって傷なんてつかねえだろうか!? 気持ち悪いこと言うんじゃねえよ!?」
「ねえアキ、キズモノって何?」
そのまま強引にマザーを掴んで叫ぶもどうにもならない。分かるのは自分は完全に詰んでいるということ。ハル助けて、ではなくエリー助けてと叫ぶしかない状況。そんなエリーはさっきと同じように頭の上に?を浮かべている。結局そのまま第一回世界女子会議は場外乱闘のまま閉幕することになったのだった――――
「も、もういい……とにかく今日はもう疲れた。もう寝る……」
「うん、おやすみアキ!」
病み上がりにこの騒動で頭も体も限界。もうこれ以上のショックには耐えられない。というもうこれ以上の事なんて起こるはずもない。とりあえず考えるのは明日にしよう。そのままふらふらと自室へ。そういえば起きてから何も食べてないが仕方ない。今は睡眠が最優先だとドアを開けるも
「~♪」
何故か当然のように自分に付いてきている上機嫌の金髪の少女の姿があった。
「えっと……エリーさん、俺、これから寝るんだけど」
「え? うん、分かってるよ。じゃあ着替えるからあっち向いててね、アキ」
「分かった……じゃなくて!? なんでお前がここにいるんだよ!? さっさと自分の部屋に行けっつーの!?」
流れるように服を脱ぎ、どっから持ってきたのかパジャマに着替え始めるエリー。そのあまりの自然さはこっちがおかしいのかと思ってしまうほど。ある意味石を口説くに匹敵する事態。
「? だって寝るんでしょ?」
「そうだって言ってるだろ! だから自分の部屋に帰れって」
「変なアキ。ほら、早く寝よ! あたしも眠くなってきちゃった」
そのままあくびをしながらエリーはベッドに横になってしまう。ご丁寧に隣の一人分のスペースを空けながら。突然の事態に自分はもちろんマザーも言葉を失ってしまっている。もしや誘われているのかと思ったがそんな色気は欠片もない。本当に自分とただ一緒に寝る気らしい。
「な、なんで俺がお前と一緒に寝なきゃいけないんだ……?」
「あ、ひどいアキ! 先に言いだしたのはアキでしょ? あたしだって最初はびっくりしたんだから!」
「そ、そんなこと一言も言ってないっつーの!? まだ記憶が混乱してるんじゃねーか!?」
今度はマザーではなく、エリーと口論をする羽目に。しかも議論は平行線のまま。こっちとしてはたまったものではない。そもそも自他ともに認めるしかないヘタレの自分がエリーと一緒に寝ようなんて口にできるわけがない。マザーではないが、並行世界が消滅してもあり得ない事態。
「嘘じゃないもん! だって……あ、そっか。もしかして、今あたしが言ったから……?」
だが何かに気づいたのか、エリーはそのまま黙り込んでしまう。一体何なのか。
「……うん、とにかく一緒に寝よ♪ ママさんも一緒だよ」
そんな自分の戸惑いも何のその。エリーはますます嬉しそうに自分の手を摑まえてそのままベッドに引き込んでくる。何が何だか分からない。奇行が多いエリーだが流石に度が過ぎている。というか自分には刺激が強すぎる。
「や、止めろエリー!? 俺はリビングで寝るから!? 大体男女で一緒に寝るのはその……!?」
「? だってアキ、ヘタレさんだから大丈夫だってママさんたち言ってたよ? 大丈夫! あたしが保証してあげる♪」
「何でお前が保証するんだよ!? 逆だろ逆!?」
『あきらめろアキ……こうなったエリーは止められぬ。心配するでない……何かしようものなら我がお仕置きを加えてやる』
最後の砦であるマザーのあっさりと陥落してしまう。もっとも被害をこうむるのは自分だけ。
そのまま結局自分はそれからエリーと一緒に寝る羽目に。もちろん、一睡もすることはできない悪夢。対してエリーは幸せそうに安眠中。
(俺、このまま二年も生きてられるんだろうか……?)
結局三日後、耐えられなくなったアキはマザーにあるDBを生み出してもらうことを懇願する。それもまた、短い間にしか自分に安眠を与えてくれないことを知らぬまま――――
作者です。感想ありがとうございます。
長くなりましたが、今回でおおよその事情説明が終了になります。今の話でも示唆した通り、エリールートは原作開始前である二年後までに完結することになります。そのせいで原作の流れを完全に無視した内容になりますが楽しんでもらえると嬉しいです。では。