ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十六話 「喪失」

晴天の空の下、どこまでも続く荒野の中心に二つの人影があった。

 

一つは黒髪の少年。だがその風貌は普通ではない。全身に黒い鎧を纏い、黒いマントをたなびかせている。何よりも目立つのその手にしている大剣。身の丈ほどもあるのではないかと思えるような大剣を少年は構えている。まさに黒い剣士。その表情は真剣そのもの。緊張からかその頬には一筋の汗が流れ落ちる。視線はただ目の前にいるもう一つの人影に向けられていた。

 

金髪の少女。その姿は少年とはあまりにも対照的。今からショッピングにでも出かけるかと思えるような軽装。何よりもその表情は笑顔そのもの。まるでこれから楽しい遊びが始まるかのようにワクワクしている。

 

 

「アキー! こっちはいつでもいいよー!」

 

 

少女、エリーは大きく手を振りながら少年、アキに向かって声を上げる。早く一緒に遊ぼう、そんなノリのお誘い。だがアキは体をこわばらせたまま微動だにしない。まるでこれから戦地に向かうかのような臨戦態勢。

 

 

「お、おう! 言っとくけど手加減しないからな……! そ、それと……うん、お手柔らかにお願いします……」

 

 

恰好からは考えられないような情けない宣言とともにアキは大剣、デカログスを手にしたまま駆け出す。その瞬間、アキにとって初めての幻ではない相手の模擬戦という名の修業が開始されたのだった――――

 

 

(どうしてこうなった……?)

 

 

手にデカログスを持ち、エリーに向かっていきながら走馬灯のように思い出す。それは昨日の夜のこと。エリーの一言から始まった。

 

『あたしもアキやママさんと一緒にその修業ってやつやってみたい!』

 

自分やマザーがいつも日中留守にして修業していることを知ったエリーはそんなことを言い出した。きっとずっと家にいるのが退屈だったからというのが一番の理由なのだろう。本当なら情けないことこの上ない修業の光景は見られたくはなかったのだが、それは別にしてもエリーにとってはメリットもある。

 

それは魔導精霊力の完全制御。記憶を取り戻し、先のマザーとの戦いでも見せたようにエリーは魔導精霊力を制御できているが完全ではない。何よりもエリーは魔導士ではあるが戦闘経験は皆無。マザーとの戦いでは魔力のゴリ押しで何とかなったがこの先もそれでうまくいくとは限らない。それを考慮した上でマザーから提案されたのが自分とエリーの模擬戦。エリーにとっては戦闘経験を積むため。自分にとっては幻ではない相手との修業と魔導士との戦闘経験を積むため。確かにそれは理にかなっている。かなっているのだが

 

 

(なんでいきなり相手がエリーなんだよ!? 相手は魔導精霊力だぞ!? 勝てるわけないだろうが!?)

 

 

あまりにも難易度が理不尽すぎる。冒険を始めたらいきなりラスボスとエンカウントしたレベル。正面からではどうやっても勝ち目がないムリゲー。

 

 

『くくく……どうした、そんなに慌てて。そんなことでは魔石殺しには到底到達できんぞ、我が主様よ?』

『うるせえよ! てめえだってエリーにはボロボロに負けてたじゃねえか!?』

『うむ。だからこそお主にもぜひ体験してもらおうと思っての。散々我が弱いだの役立たずだの言っておったのだ。お主なら我よりも善戦できるのだろう?』

 

 

エリーに向かっている自分の脳内にマザーの声が響き渡る。いつも通りこっちを煽ってくる、ドSの極みのような言葉。本当に楽しいのだろう。声が生き生きしている。それはまだいい。そんなことは昔から分かりきっている。どうしても納得いかないのが

 

 

『そういうお前はなんでエリーのところにいやがる!? お前もちゃんとこっちに来い!』

 

 

マザーが自分ではなく、エリーの胸元にいること。どっからどうみてもおかしい状況だった。

 

 

『言ったであろう、おぬしの力を見せてもらうと。今回は我抜きじゃ。それにこっちからの方がお主の動きを客観的に見れるしの』

『都合がいいこと言って、結局お前が怖いだけだろうが!? いいからお前もこっちに来い!』

『そ、そんなことはない! とにかく魔導士との戦闘はお主にとっても必要な経験。あの蒼髪の魔導士と戦うのならな。というわけで精々死なない程度に男を見せてみろ、アキ』

 

 

やはりエリー、というか魔導精霊力と対面するのが怖かったらしい我らがマザーはあろうことかエリー側についたらしい。裏切り扱いしたいところだが先に裏切ったのはこっちなので仕方がない。それは別にして後で思い知らせてやると心に誓いながら一旦、思考を切り替える。

 

 

(こうなったらやるだけやってやる……! 俺だって今まで遊んでたわけじゃないんだ……!)

 

 

今はとにかく目の前のエリーに集中する。模擬戦といっても本気で戦闘するわけではない。そんなことになれば一瞬で自分が蒸発してしまうのもあるが、かといってデカログスでエリーを傷つけるわけにはいかない。それを考慮し、この模擬戦は自分がエリーに触ることができれば勝ち。その前にへばってしまえば自分の負け。つまりこの模擬戦は自分がエリーに近づけるかどうかに全てが懸かっている。口で言うのは簡単だがそれがどれだけ困難か。

 

 

「うん、じゃあ行くよ、アキ!」

 

 

走って向かっている自分に対してエリーは片手をこちらに向けてくる。瞬間、空気が震えるほどの魔力がその掌に集まっていく。同時に掌から魔力弾が放たれる。小さなボールほどの大きさの光の玉。そのままでは直撃は免れないコース。だが

 

 

「あれ?」

 

 

それを確認しながら自分は速度を上げ、悠々と魔力弾を回避する。間違いなく当たると思っていたのかエリーは戸惑いの声を上げている。だがそれも当然。今の自分は文字通り、風のような速さで動いているのだから。

 

 

(よし……! 音速剣(シルファリオン)ならエリーの魔力弾を回避できる!)

 

 

音速剣(シルファリオン)

 

 

魔剣(デカログス)第三の剣であり、使い手に音速のような速さを与える形態。その速度は常人なら相手が消えてしまったかのように見えるほど。エリーは確かに魔導精霊力を持ってはいるが戦闘に関しては素人同然。ならば音速剣で翻弄しながら一気に距離を詰めて勝負を決める。それは確かに間違ってはいなかった。

 

 

瞬間、凄まじい爆発と爆風が巻き起こらなければ。

 

 

「ぶっ――――!?!?」

 

 

そのまま木の葉のように吹き飛ばされる。人間ってこんなに飛べるんだと他人事のように考えてしまうほどに吹っ飛ばされてしまう。荒野を転げまわり全身泥まみれ。息も絶え絶えに顔を上げた先にはまるでミサイルでも落ちたかのようなクレーターができてしまっている。

 

 

「ごめん、アキ! ちょっと魔力を込めすぎちゃったみたい! 今度はちゃんと調整するから!」

「え? ちょ、ちょっと待てエリ」

 

 

ごめんと謝りながらエリーはうーんと頭をひねりながら新たな魔力弾をこちらに放ってくる。制止する間もなくただそれを音速剣で回避し続けるしかない。だがその着弾の余波によって自分は吹き飛ばされてしまう。

 

 

(な、なんつーバカ魔力だ!? 避けるとか避けないとかそういう次元じゃねえ!?)

 

 

何とか直撃を避けているもののその余波だけで体力が持っていかれてしまう。間違いない。さっきの『あれ?』は自分の速さにではなく、魔力量をうまく調節できなかったことに対する戸惑い。改めてエリーの規格外さに戦慄しながらも行き詰ってしまう。音速剣はその効果で自身の体重も軽くなってしまうため、爆発の余波だけでダメージを受けてしまう。かといって真空剣や爆発剣を使えばエリーをケガさせてしまう……までもなくきっと『えいっ!』という気合だけで無力化されてしまうのは間違いない。唯一対抗できる剣もあるが今使ってもジリ貧になってしまうだけ。

 

 

『くくく……どうした、そうやって転げまわっているだけでは勝負にならんぞ。もっと真面目にやらんか』

『て、てめえ……どっちの味方だ!? 見てやがれ……今すぐそこから引っぺがしてやる……!!』

 

 

悠々自適に魔導精霊力の威を借る母なる闇の死者。情けなさでは自分にも引けを取らない駄石に目にもの見せてやる。そのためにはデカログスの力だけでは足りない。今自分が持ちうる全ての手札(マザー除く)を以て証明して見せる。

 

 

(見せてやる……! てめえ以外の俺とDBの絆の力を……!)

 

 

自分だけではない、DBたち、いや仲間たちとの絆の力。それを以てエリーにではなく、あのマザーに一矢報いて見せる。なんで仲間がDBなのかとか、悪の側なのに絆の力なのかとか思うところはいろいろあるがこの際どうでもいい。ただ全力を尽くすのみ――!!

 

 

「え? アキがいっぱい!?」

 

 

その光景に思わずエリーが驚きの声を上げる。当たり前だ。いきなり数十人の自分が現れ、エリーに向かっていくのだから。普通ならその光景に混乱し身動きできなくなってしまってもおかしくない事態。しかし

 

 

『慌てるでない、エリー。あれはイリュージョンの幻。ヘタレなアキらしい小細工だ。まとめて吹き飛ばしてやればいい』

「そっか! ありがとうママさん!」

 

 

さも当然のようにエリーにアドバイスするマザー。もはや突っ込む気力もない。その指摘通り、それらはイリュージョンによって生み出した幻影。それに紛れながら接近することが自分の狙い。だがそれは一瞬でマザーに看破されてしまった。呼応するようにエリーの手の一振りによって魔力の竜巻が発生し、幻影もろとも自分は吹き飛ばされてしまう。それでこの模擬戦はお終い。そう、それがマザーの読み通りであったのなら。

 

 

「え!? どこにもアキがいないよ、ママさん!?」

 

 

エリーは目を丸くするしかない。避けることができない広範囲の魔力攻撃。幻影に紛れていたとしても逃げ場はなかったはず。

 

 

『っ! いかん、後ろじゃエリー!?』

 

 

瞬間、全てを理解したマザーが叫ぶももう遅い。その言葉通り、一瞬で自分はエリーの後ろに移動、いや瞬間移動する。自分が持つ五つのDBの一つであるワープロード。それが自分の切り札。イリュージョンはエリーたちの目を引くための誘導。その間に自分はイリュージョンとハイドによって姿を消し、隙を見てエリーの背後に瞬間移動。ワープロードの瞬間移動にはマーキングが必要だがそれは既に済ませている。最初の音速剣での鬼ごっこ。その間にマーキングを済ませ、自然にエリーをそこに誘導する。正面から駄目なら背後から。卑怯と言われればそれまでだが構わない。地力で敵わないなら手数で。複数のDBを扱えるダークブリングマスターである自分の真骨頂。しかし

 

 

「えいっ!」

 

 

それすらもエリーは凌駕する。マザーの声よりも早くエリーは自らの周囲に魔力放出を行う。エリーからすればちょっと気合を入れた程度のこと。だがそれはマザーの空間消滅を易々弾き飛ばす力がある。自分もそれと同じ運命を辿る。だが

 

 

「————師匠っ!!」

 

 

それを覆す剣を自分は持っている。自分の声に応えるように魔剣は形態を変え、力を振り絞る。

 

 

封印剣(ルーンセイブ)

 

 

いかなる魔法も切り裂く魔法剣。それは最強の魔法と言われる魔導精霊力ですら例外ではない。レイヴマスターならレイヴを信じることで。ダークブリングマスターである自分はDBを信じることでその力を引き出すことができる。

 

その力によって一瞬、魔力放出が切り裂かれる。それは一瞬。だがそれで十分だった。本当ならここで鉄の剣(アイゼンメテオール)を使うことで魔導士殺しは完成するがエリーにそんなことをするわけにはいかない。その代わりに空いた右手をエリーに、マザーに向かって伸ばす。マザーを手に入れることでこの勝負は自分の勝ち。そう勝利を確信した瞬間、マザーが最後の悪あがきを見せる。それは自分に捕まらないように動くこと。ここまで来て逃がすかと手を伸ばした瞬間

 

 

もにゅ、とマザーではない何かを自分は鷲掴みにしてしまった。

 

 

「…………え?」

 

 

それは果たしてどちらの声だったのか。ただ自分とエリーは互いに固まってしまっている。ただ自分の右手はまるで勝手に動くかのようにその感触を確かめてしまっている。マザーの硬くて冷たい感触とは真逆の柔らかくて温かい感触。

 

 

「…………アキの、バカ――――!!」

 

 

それがエリーのおっぱいの感触だと気づくよりも早く、自分はエリーのガンズ・トンファーの一撃によって意識を失ってしまったのだった――――

 

 

 

 

「もう、アキなんてもう知らない! 行こ、ママさん!」

 

 

ぷりぷりと怒りながらエリーはそのまま自分から離れて行ってしまう。その剣幕に圧倒されているのか、それとも吹っ飛ばされてしまった自分が面白かったのか。マザーもそのままエリーに連行されて行ってしまう。自分としては冤罪だと主張したいところだが今は何を言っても火に油を注ぐことにしかならない。できるのは黙って正座して反省するのみ。というか最近正座ばっかりしている気がするのは気のせいだろうか。

 

 

(はぁ……とにかく死なずに済んだのは良かったけど、やっぱあれが限界か……)

 

 

あの後、平手打ちされた頬を擦りながら思い出すのはさっきの模擬戦。結果的には自分の勝ちだったのだが全く喜べるものではなかった。正確には分からないが自分の今の強さは過大評価しても六祈将軍(オラシオンセイス)レベル。複数のDBの能力を使うという反則級の特権を使っても触るのが精一杯。しかもエリーは恐らくめちゃくちゃ手加減してくれている状態。分かってはいたがここまで見せつけられると乾いた笑みしか浮かんでこない。

 

 

(エリーを守る……か。これじゃあ逆に守ってもらうことになっちまうな……)

 

 

溜息を吐きながら右手にしているデカログスという名の師匠に目を向ける。同時に師匠からの言葉が伝わってくる。男なら女を守れ。そんな時代錯誤ともいえるような自分ではとても口にできないような漢らしい言葉。どうやら師匠は男が女を守るというシュチエーションに燃えるらしい。本当に師匠は魔剣なのか疑わしいがその考えには自分も同意せざるを得ない。問題は現状、そんなこと口が裂けても言えないほど自分とエリーの間には力の差がある。むしろ足手纏いでしかない有様。

 

 

「っ!? な、なんだ……!? 地震……?」

 

 

そんなことを考えているとここから離れたところで白い光が空に向かっていくつも昇っては消えていく。その度に地震のような揺れも起こる始末。間違いない。エリーが魔導精霊力の制御訓練をしている。ところどころで自分を罵倒するような声が混じっているような気がするがきっと気のせいだろう。

 

 

(ち、力の差についてはすぐにどうこうはできないとしても……エリーの奴、やっぱり変だよな……?)

 

 

魔導精霊力のお仕置きという恐ろしいフレーズが頭の中にちらつくも無視しながら考える。それは最近のエリーの様子。元々奇行が多かったエリーだが最近はそれが悪化している。単純に言えば近かった。物理的にも精神的にも。馴れ馴れしいというよりは気づくと自然に近くにいるといった感じ。その最たるものが一緒に寝ること。結局何度言っても聞いてくれず毎日自分はエリーと一緒に寝ている。もっとも寝ているのはエリーだけで自分は一睡もできていなかった。当たり前だ。目と鼻の先に美少女が寝ていて熟睡できるやつがいるはずない。このままでは命に係わるということで泣く泣く自分はマザーに頼み込んで一つのDBを生み出してもらった。

 

ダックスドルミール。睡眠のDBで相手はもちろん自分も眠らすことができる能力を持つもの。だが自分が持っているのはその劣化版。なんでもダックスドルミールはマザーで言う六星DBにあたるDBらしくマザーでもオリジナルを生み出すことはできなかったらしい。それはともかくそのおかげで自分は何とか睡眠をとることができるようになった。もっとも、最近その効きが悪くなってきているような気がする。もしかしたらDBに耐性ができつつあるのかもしれない。

 

 

(やっぱりこれってそういうことなのか……? でも、なんで……? 特に思い当たるようなことはないのに……)

 

 

いくら鈍感な自分でも明らかにこれが好意であることは分かる。でもその理由が皆目見当がつかない。自分がエリーに一目惚れしたという話が嘘なのはエリーも知っている。こちらからそういうアプローチをしたことは一度もない。当たり前だ。

 

 

(エリーはハルの相手なんだから……それなのに俺がそんなことを考えるなんて……!)

 

 

エリーはハルと結ばれる相手でありヒロイン。それを自分は誰よりも分かっている。それなのにエリーに惹かれ始めている自分がいる。このままではいけない。エリーとどんな距離感で接したらいいのか分からない。いろいろな意味でエリーのことで頭を抱えていると

 

 

『なんだ、情けない顔をしおって。なんなら頭痛をくれてやってもいいぞ』

『っ!? マ、マザー!? お前いつの間に!?』

 

 

いつの間にか自分の胸元にはマザーがいる。エリーと一緒にいたはずなのにどうなっているのか。

 

 

『なに、いつまでもエリーのところにいてはお主が寂しがるかと思っての。ワープロードで瞬間移動してきただけじゃ』

『お、お前な……どうせエリーの訓練が怖くなったから逃げてきただけだろ』

『な、何を言う!? 我はお主が心配になってだな……』

 

 

図星だったのか、マザーは目に見えてうろたえながらも虚栄を張っている。そんないつもと変わらないマザーの姿に毒気が抜かれてしまう。

 

 

『はあ……何だが悩んでるのがバカみたいだな……』

『ふむ、また何か余計なことを考えておったのか。無駄なことを。今度は何をグジグジしておる?』

『いや……これからどうしようかなって……色々ありすぎてな……』

 

 

思わずそんな本音が漏れてしまう。生き残ること。エンドレスを倒すこと。シンクレアを口説く、もとい集めること。やるべきことは山ほどあるがありすぎてどこから手を付けたらいいか分からない。だがそんな自分の悩みを

 

 

『おかしなことを。全て好きにすればよい。世界を滅ぼそうが世界を救おうが構わん。お主の欲望のままに生きればよい』

 

 

一片の迷いもなく、胸元にある母なる闇の使者は肯定する。どんな願いも違いはない。正であろうと負であろうとその全ては等価値だと。エンドレスではなく、マザーとして自分を肯定してくれる言葉。

 

 

「…………ようするに好き勝手やって、右往左往する俺が見たいってことだろ」

『よく分かっているではないか。その通り、ヘタレならヘタレらしくみっともなく足掻けばよい。それしかお主にできることはない。今までもこれからもな』

 

 

今更何を言ってるのかといわんばかりのマザーの態度に悩んでいたことすらいつの間にか忘れてしまっていた。そう、自分には物語の主人公のようにはなれない。そんなこと分かりきっている。なら癪だがヘタレらしく行くしかない。

 

 

「とりあえずそろそろ帰るか……もう暗くなってきたし……」

 

 

ゆっくり立ち上がりながら空を見上げればもう夕暮れ。次第に暗くなってきている。気づけばいつのまにか魔導精霊力の光が見えなくなっている。どうやらエリーの訓練も終わったらしい。

 

 

「おーい、エリー! そろそろ帰るぞー!」

 

 

少し離れたところにいるエリーに向かって声をかける。だが一向にこっちに反応しない。もしかしたらまだ胸を触ったことを怒っているのかもしれない。

 

 

「え、エリー……? もしかしてまだ怒ってるのか……? わ、悪かったって……今度カジノでもなんでも付き合うからさ……」

 

 

顔を引きつかせながら改めて謝罪する。というかもうこれ以上できることは自分にはない。これで駄目なら自分だけ先に帰ってあとはマザーに任せるしかないかもしれない。だがそれは

 

 

「……え? アキ、何の話をしてるの?」

 

 

きょとんとしているエリーの返事によって遮られてしまう。しかし今度はこっちがあっけにとられてしまう。

 

 

「いや、だから……」

 

 

もしかしたらまだ怒っていて知らないふりをしているのかもしれない。

 

 

しかし、瞬間、背筋が寒くなる。知らず息を飲む。それはエリーの挙動。まるで子供のように落ち着きなく周りを見渡している。その表情はいつもの笑顔ではない。不安に満ちているもの。自分はこの光景を知っている。何故なら

 

 

「アキ、あたし……どうしてこんなところにいるの……?」

 

 

二年前、自分は全く同じ光景を目にしていたのだから――――

 

 

 

 

 


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