ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第二十三話 「魔導士殺し」

ただ目の前の光景に目を奪われるしかない。当たり前だ。自分は間違いなく、時の民によって処刑されるはずだった。そこに助けがやってくるなど想像できるわけがない。ただ助けがあっただけならここまで醜態をさらすことはないだろう。何故なら

 

 

「お前は……金髪の悪魔……?」

 

 

自分の前にいるのは間違いなくあの金髪の悪魔。時の番である自分が消去するべき時を狂わせる罪人。自分がそれを見間違えるはずがない。それがどうしてこんなところに。思考が定まらないものの、反射的に金髪の悪魔に対抗しようとするも

 

 

「ま、待ってジーク!? 攻撃しないで! ボクを助けてくれたのはこの人なんだ!」

「なっ……!? 金髪の悪魔がお前を……?」

 

 

ニーベルの言葉によってそれは止められてしまう。だがその言葉の意味が全く理解できず呆然とするしかない。何故金髪の悪魔がニーベルを助けるようなことを。いや、それを言うなら何故自分たちを今助けるようなことをしているのか。

 

 

「…………」

 

 

気づけば金髪の悪魔がこちらを見つめている。瞬間、得も言えない感覚が全身に襲い掛かってくる。今まで感じたことのないような邪悪な気配。それが金髪の悪魔から発せられている。対面しているだけで逃げ出したくなるような、圧倒的な負のオーラ。自分が最後に遭遇した時とは比べ物にならないほど力をつけている証。同時に目の前にいるのが間違いなく金髪の悪魔であることの証明。

 

 

「お前は一体……」

「…………」

 

 

何度か自分を見つめた後、そのまま背中を見せながら金髪の悪魔はミルツ様へと対面する。突然の事態の連続に固まってしまっていたミルツ様。だが

 

 

「金髪の悪魔……そうか、時の民でありながらあろうことか時の罪人と手を組むとは……!」 

 

 

ようやく理解したかのようにその手に持つ杖を振り上げなそう叫ぶ。どうやら金髪の悪魔と自分たちが通じていたと思ってしまっているらしい。だが反論する余地はない。もし自分がミルツ様であっても同じように判断するだろう。それに呼応するように時の民たちも杖を構え、臨戦態勢。もはや戦いは避けられない。この街の全て住人であり、魔導士千人を前にしながらも金髪の悪魔は全く動じることはない。言葉を発することもない。まるで喋ることができないのではと思うほど。

 

 

「もはや容赦せん……ワシ自ら金髪の悪魔もろとも処刑して――――」

 

 

くれる、と号令を出さんとした瞬間、ミルツ様は言葉を失ってしまう。そう、文字通り言葉を発することができなくなってしまった。

 

 

「……? ………っ!?」

 

 

理解できない事態にミルツ様は混乱してしまっている。だがそれはミルツ様だけではない。他の時の民たちもまた言葉を失ってしまっている。混乱しながら周りを見渡している。共通しているのは皆、自らの喉を抑えていること。それは自分も同じ。確かに声を出しているはず。なのに全く声が出ない。だがその理由が分かるよるより早く金髪の悪魔が黒い大剣を手にしながら弾けるようにその場から駆け出した。

 

 

「……!? ……っ!!」

 

 

それが戦闘の合図だったのか、ミルツ様は口を開け、杖を振り回しながら他の時の民たちに迎撃を命令する。いや、しているのだろう。声が聞こえないため分からないが恐らくはそうなのだろう。それを理解したのか時の民たちは襲い掛かってくる金髪の悪魔を迎撃せんとする。だが誰一人魔法を使うことはできなかった。

 

 

(これは……そうか……!!)

 

 

瞬間、この状況の意味を理解したのは恐らく自分とミルツ様のみ。それを示すように最前列にいた時の民の一人は為す統べなく金髪の悪魔によって切り捨てられてしまう。それを見ながら応戦しようとするも最初に一人と同じように周りの魔導士たちも一瞬のうちに剣閃とともに戦闘不能にされていく。あまりにも一方的な戦闘。だがこれこそが金髪の悪魔の狙い。

 

 

(恐らくは音を消失させるDB……! 魔導士の詠唱を封ずるためのものか……!)

 

 

消音による魔導士の詠唱の阻止。それが金髪の悪魔の狙い。その証拠に声だけでなく、戦闘が始まっているにも関わらず物音ひとつ聞こえてこない。恐らくは周囲の音を全て消失させる能力なのだろう。だが驚愕すべきはその策。詠唱は魔導士にとっては欠かすことはできないもの。それが封じられてしまえば魔導士の力は半減してしまう。その証拠に魔導士たちは戸惑い、混乱しまともに動くことができない。加えて五感の一つである聴覚が奪われての戦闘。瞬く間に時の民たちは一人、また一人とその数を減らしていく。だが

 

それに抗うように、抵抗するように無数の魔力光が生まれ出す。エレメントの光。火、水、風、土、雷。様々な自然の力が魔力と共に金髪の悪魔に襲い掛かっていく。確かに詠唱は魔導士にとっては要。それがなければ複雑な魔法や大魔法は扱うことはできない。だが、それで全ての魔法が使えなくなってしまうわけではない。無詠唱や、基本的な魔法であれば詠唱がなくとも扱うことは可能。突然の事態に混乱していたものの、歴戦の魔導士たちはすぐさま立て直しえ詠唱を破棄しながら魔法を繰り出していく。数を減らし、千には及ばないものの、数十、数百にも届くであろう圧倒的な魔法の海はしかし

 

 

金髪の悪魔のたった一振りによって再び、切り伏せられてしまった――――

 

 

(なっ――――!?)

 

 

思わず声にならない声を出してしまう。だがそうならざるを得ない光景が目の前にある。人の身を超えた、DBにも匹敵するであろう魔法の力がたった一本の剣によって無効化されてしまったのだから。魔法を切り裂く剣。そんな信じられないような現実。見れば金髪の悪魔が手にしている剣は黒い大剣から緑の剣へと姿を変えている。形態を変える剣。剣に疎い自分たち魔導士でも知らない者はいない、世界最高の鍛冶屋ムジカが打ったとされるレイヴマスターの剣。TCM。だがそんな荒唐無稽な思考を切り捨てるように金髪の悪魔は恐ろしい強さで魔導士たちを葬っていく。

 

それはまさしく悪夢だった。詠唱を封じられているとはいえ魔法を使える魔導士が手も足も出せず倒されいく。魔導士千人がたった一人の少年に。確かに魔導士は遠距離戦を好み、近接戦闘には慣れていない。後れを取ることもあるだろう。だが魔導士側は千人。覆すことなど考えられない戦力差。しかし、現実は違う。時の民たちは為す術なく倒されていく。

 

 

そう、ただの鉄の剣によって。

 

 

何の魔力も持たない鉄の剣。本当なら取るに足らない武器であるはずの物が、自分たち魔導士たちには天敵だったのだと思い知る。

 

 

『魔導士は魔力無きものは防げない』

 

 

そんな当たり前の、魔法という力に知らず驕ってしまっていた自分たち突き付けられる真理。それを体現している者がここにいる。魔法を切り裂く剣を振るったのは先の一度のみ。金髪の悪魔はただ鉄の剣、剣士としての技量の身で千の魔導士を圧倒している。その身のこなしに、速さに、強さにただ目を奪われるしかない。

 

 

『剣を極めしも魔の前にひれ伏す』

 

 

剣聖と呼ばれる者でも魔法の力の前では立ち上がれない。それが道理であり自分にとっての、魔導士にとっての信念。だがそれはもはや残ってはいない。詠唱を封じるDB、魔法を切り裂く剣、そして魔導士では防げない鉄の剣。そして剣士としての強さ。

 

 

それが今の金髪の悪魔。『魔導士殺し』と呼ばれて然るべき存在だった――――

 

 

 

「…………っ!」

 

 

顔を歪ませ、体を悔しさで震わせながらミルツ様はたった一人立っている金髪の悪魔を凝視している。対して金髪の悪魔は全く無傷。どころか息一つ乱していない。その表情も変わらず平然としたまま。あれほどの戦いをしたにもかかわらず。知らず、戦っているわけでもないのに自分も息を呑んでしまう。それほどの怪物じみた、悪魔じみた何かがあの少年にはある。間違いなく、世界を脅かす存在。

 

だがそれを前にしてミルツ様はすぐには動けなかった。当然だろう。詠唱はできず、相手には魔法を切り裂く剣と魔法では防げない鉄の剣がある。加えて魔導士千人を事もなげに倒せる剣技。詠唱ができれば。そう悔しさを感じているに違いない。だがそんな思考を嘲笑うかのように

 

 

世界に音が戻ってきた。

 

 

「っ! これは……!?」

 

 

間違いなく金髪の悪魔の仕業だろう。声が出せるように、音が聞こえるようになっている。何故そんなことを。そんな思考よりも早く

 

 

「全く……時の民などと大仰な呼ばれ方をされておるから少しは期待しておったのだが、この程度とはな」

 

 

そんな、人ならざるものの声がその場を支配した――――

 

 

「な、何じゃ貴様は……!? い、一体何者じゃ……!?」

「そんなことはどうでもよい。あれじゃ……さっきから散々言っておったであろう。そう、お主らが大好きな時を狂わす罪人とかいう奴じゃ」

 

 

心底嘲笑うような女性の声が響き渡る。その正体が何であるかはもはや考えるまでもない。その証拠に、金髪の悪魔が首から掛けている魔石が妖しげな光を放っている。間違いない。

 

 

母なる闇の使者(マザーダークブリングシンクレア)

 

 

全てのDBの頂点である五つの母の一つ。それが金髪の悪魔が持つDBなのだと。そして今話しかけてきているのがシンクレアの意志そのものなのだと。金髪の悪魔にシンクレア。考え得る中でも最悪の組み合わせ。その意味に気づいたのか、ミルツ様もまた言葉を失ってしまっている。だが

 

 

「なんだ、もう戦意を失ってしまったのか? せっかく魔法を使えるように消音を解いてやったというのに、つまらん。ほれ、かかって来んか。貴様がここの主なのだろう? それとも魔法が使えなかったと言い訳する気か?」

 

 

シンクレアはただ愉し気にそう挑発する。DBの母に相応しい醜悪さ。ようやく悟る。わざわざ消音を解除したのも、ミルツ様を最後の一人に残したのもこのため。自らの無力さを嘲笑うためだったのだと。

 

 

「き、貴様……ワシを舐めるでない……!! 滅ぶのは貴様の方……狭間の世界(ワームホール)へ行くがよい!!」

 

 

それに抗うように詠唱と共に魔法が放たれる。触れればその瞬間この世から消滅する限りなく邪悪な者にしか許されない空間大魔法。ミルツ様が持つ、最強の魔法。だが自分も、ミルツ様も知らなかった。

 

 

それを遥かに超える、本当の消滅、というものを。

 

 

「…………え?」

 

 

それは一体誰の声だったのか。分かるのはただ、自分が生きていることだけ。先ほど放たれたはずのミルツ様の魔法はもう存在しない。それだけではなかった。ミルツ様の後方にある一際高く、この街で一番巨大な建物である時の塔。それが完全に失くなってしまっている。文字通り、跡形もなく。まるでそこだけ切り取ったかのように。恐らくはワームホールと似た力。だがその規模も、威力も桁が違う。

 

 

空間消滅(ディストーション)

 

 

破壊を司るマザーの力。次元崩壊に至るための四つの力の内の一つ。その前には時の賢者ですら抗えない。

 

 

「さて……選ぶがよい。我が軍門に下るか、このまま死ぬか」

 

 

興が乗ったのか、それとも腰を抜かして座り込んでしまったミルツ様の姿が可笑しかったのか。シンクレアは悪魔の様に囁いてくる。だがミルツ様でなくとも悟るしかなかった。自分たちでは目の前の存在には敵わない。先ほどの一撃はそれほどまでに桁外れだった。そう、最初からあの力を使っていれば一撃で時の民たちは消滅していただろう。例え魔法を使えたとしても自分たちには勝機など初めからなかった。そう見せつけられたのだから。軍門に下ることなどあり得ない。なら残るは死、のみ。逃れられない絶望が全てを支配しようとしたその時

 

 

「マ、マザーてめえ勝手に何やってやがる!? もう少しで皆殺しにするところだったじゃねえか!?」

 

 

そんなその場には全く似つかわしくない、心底慌てている少年の声が響き渡った。

 

 

「なんだ、そんなことを心配しておったのか。案ずるな、ちゃんと威力は調整してある。それよりもお主こそ一体どういうつもりだ。チマチマチマチマと面倒なことこの上ない戦法を取りおって。やっと少しはまともになってきたかと思っておったがやはりヘタレはヘタレじゃの」

「やかましい!? こっちにはこっちの手順があるんだよ! それを勝手に無茶苦茶にしやがって! どうすんだよこの状況!?」

「ふん、何あとはこやつらを全員支配すればいいのじゃろう? 造作もない。最初から我を使っておれば済んだものを」

「てめえを使ったからこんなことになってるんだろうが!? 今日こそ我慢ならねえ、今すぐ砂漠に送り返してや……痛ててて!? や、止めろ頭痛は反則だろがあああ!?」

 

 

何故か金髪の悪魔は自分のDBであるシンクレアと喧嘩を始めてしまう。人間と石の喧嘩という意味不明の光景。しかも追い詰められているのは人間、もとい金髪の悪魔の方。頭を抱えたままその場を転がりまわっている。本当に先ほどまでと同一人物なのかと思うような光景。気づけばミルツ様もその光景に違う意味で言葉を失い呆然としている。どうしていいか分からず、ただ時間だけが流れようとした時

 

 

「もう、また喧嘩してるの二人とも!? いい加減にしないと魔導精霊力でお仕置きするよ!?」

 

 

雷が落ちるかのような少女の声。それによってまるで借りてきた猫のように大人しくなってしまう金髪の悪魔とシンクレア。自分が悪いわけではないと言い訳をしているようだが結局怒られてしまっている。それを自分もまた、心ここにあらずと言った風に眺めているしかできない。当たり前だ。金髪の悪魔に加えて、自分が追っていた魔導精霊力の娘まで現れたのだから。もはや言葉はない。

 

 

それが魔導士殺しであるアキによって、時の番人ジークハルトの常識が木っ端微塵に破壊された瞬間だった――――

 

 

 


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