ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第二十五話 「準備」

地平線の彼方まで続く砂の世界。太陽から照り付ける日光以外には何もないはずのこの砂漠で今、異変が起こっていた。いや、違う。ここ半年、日常となりつつある天災といえるような人災が始まった。

 

金髪の少年と銀髪の壮年の男。対照的な髪の色と親子ほどに離れた年齢。ただ共通しているのはともにその手に剣を持っていること。

 

 

「――――はあっ!!」

 

 

先に動いたのは果たしてどちらだったのか。二人の剣士の姿が同時に消え去る。瞬きの間に両者の剣が激突し、衝撃によって大地を揺るがす。まるで空気が爆発したような衝撃と共に砂が巻き上がり辺りは粉塵によって何も見えなくなってしまう。だが二人にとってそんな物は何の障害にもならない。

 

先以上の速度で両者は剣を振るう。見る者が見れば戦慄するであろう、剣撃の応酬。並みの剣士ならその一振りすら受けきれず絶命してしまうであろうレベルの戦い。およそ人間とは思えない強さ。それだけではない。この世界には人を超えた超常の力が存在する。DB、魔法、銀術、人ではない亜人と呼ばれる魔人の住人達。しかし今の二人はそれらの力を使っていない。つまり、単純な剣技、人の力のみでここまで至っているということ。

 

剣聖と呼ばれる最強の剣士の称号。それには及ばないものの、それに次ぐ、王の領域に二人は身を置いている証明。

 

一際大きな剣の交差と共に両者の間に鍔迫り合いが起きる。摩擦により金属音と共に火花が散る。完全な拮抗状態。互角の戦い。そして今度こそ決着をつけんと二人が動き出さんとした瞬間

 

 

「ふむ、ここまでじゃの。残念じゃがお主の負けじゃの、アキ」

 

 

そんなこの場に似つかわしくない女性の声によって二人は動きを止めてしまう。いや、緊張の糸が切れてしまう。

 

 

「な、何だよ!? まだ俺は負けてねえだろ!? いきなり邪魔しやがって……」

「その負けず嫌いは悪くはないがお主が一番分かっておろう。今の状態のお主ではここが限界じゃ。次の応酬でいつものように吹き飛ばされて気を失うのがオチ。そうであろう、ゲイルよ?」

「ははっ、まあそうだろうな。ママさんの言う通りだ、アキ。気にすることねえさ、万全の状態ならオレも分からなかったけどな」

 

 

先ほどまでの鬼神のような強さと気迫が嘘だったかのように銀髪の剣士、ゲイルは剣を納め笑みを浮かべる。そんなゲイルの姿にあきらめたのか、それでもどこかぶっきらぼうな顔を見せながら渋々負けを認める金髪の少年、アキ。

 

 

それがこの半年当たり前となっているアキとゲイルの修行風景だった――――

 

 

 

(はぁ……やっと、終わったんだな………)

 

 

心からの溜息を吐きながらそのまま大の字になって砂漠に寝転がる。誰かに見られれば情けないと言われんばかりの姿だが構わない。もうこのまま夜まで動かなくてもいいと思ってしまうぐらいに今の自分はボロボロだった。肉体的にも精神的にも。

 

 

(本当に長かった……もしかしたら俺、修行で死ぬんじゃねえかって何度思ったか……!)

 

 

思わずこみあげてくる涙を必死に抑えながら思い出すのは文字通り地獄のような修行の日々。朝からはゲイルさんとの剣の修行。日が暮れればそのままDBの修行。睡眠もごくわずか。分単位で管理されるスケジュール。確かに修行に関しては自分が言い出したことでもあるので仕方なのだがいくらなんでも限度がある。栄養ドリンクばりに回復薬であるエリクシルを飲みまくる日々。何度心が折れそうになったか分からない。それでもここまでやり切ったのは半ばやけくそ……という名の声に出しては言えない見栄を張るためだったのだが

 

 

「ふむ……多少マシになってきているかと思っていたがヘタレなのは変わらぬな。まあ、そこがお主らしいと言えばお主らしいが」

 

 

そんな自分の感慨をぶち壊しながらくくく、といつも通りに自分の胸元で邪悪な笑みを浮かべている(ように見える)マザー。本当ならマスターである自分を心配する一言があってもいいだろうに、こいつにはそんな慈悲は欠片もないらしい。むしろ愉し気ですらある。相変わらずドSの塊のような存在。

 

 

「……うるせえよ。それよりもエリクシルはないのか? もう我慢できねえんだが……」

「端から聞けば薬をやっているようなセリフじゃな。まあ薬には違いないが……忘れたのか、我が主様よ? もうエリクシルは使えぬ。残念じゃったな」

「っ! そ、そういやそうだったか……俺も感覚が可笑しくなっちまってるな」

「エリクシル中毒と言ったところかの。代わりといっては何じゃが今ゲイルの奴が水を汲んできておる。それで我慢することじゃな」

 

 

(こ、こいつ……! 他人事だと思って調子に乗りやがって……!)

 

 

やれやれと言った風に告げるマザーに辟易しながらも迷惑をかけてしまっているここにはいないゲイルさんに感謝するしかない。全財産をはたいて手に入れた大量のエリクシルももうほとんど残っていない。残りはたった三本。これ以上消費するわけにはいかない。もっと多く残しておいても良かったのだが、いざ戦闘となれば戦闘中に飲むことは難しい。不測の事態を計算に入れても三本あれば何とかなるはず。そんな事情もあって今の傷と疲労は時間経過で回復するしかない。当たり前と言えば当たり前だがもどかしいことこの上ない。冗談でもなくエリクシル中毒になってしまっているかもしれない。

 

 

「ったく……アナスタシスがあればこんな傷一発なのによ」

「なっ!? なんでそこであやつの名が出てくる!?」

「当たり前だろ……まったく、お前の能力がもっとマシだったら……っ!? い、痛ててて!? 止めろ!? 本当のこと言ってるだけだろうが!?」

「そんなに他のシンクレアが欲しいならさっさと奪いに行けばよかろう!? それをこの半年お主の修行に付き合ってやった我に対してこの仕打ち……やはりお主はクズじゃ! そんなことでは魔石殺しになどいつまで経っても到達できんぞ!?」

「て、てめえがそもそもシンクレアを口説けって言い出したんだろうが!? 他人のせいにするんじゃね……わ、分かった! 分かったからもう頭痛は止めろ!? このままじゃ本当に死んじまうだろうが!?」

 

 

自分としては心からの本音を漏らしただけなのだがマザーにとっては禁句だったらしい。シンクレアなりのプライドがあるのだろうか。そんなものを気にするほど尊厳も何もあったものではないがマザー的にはそうではないのだろう。そのままいつもの頭痛と格闘するも疲労している自分には勝ち目がない。結局自分が折れてしまう形。

 

 

(本当にコイツ、俺が主人だって分かってんのか……? マジで他のシンクレアの方がマシなんじゃ……いや、コイツの同類じゃ期待できそうもないな……)

 

 

一瞬、本気でほかのシンクレアが恋しくなるが気の迷いだったと悟る。結局はマザーと同じシンクレア。期待するだけ無駄というだろう。ただマザー以上がいないことだけを祈るだけ。

 

 

「まったく……それで、この半年で思う通りに計画が進んでおるのか、魔石使い(ダークブリングマスター)?」

「お前……分かってて聞いてやがるな……ったく、前にも言っただろ。やれることはやったってな……」

 

 

他のシンクレアの話題は不毛だと悟ったのか、それともただ単に飽きただけか。どこか厳かな雰囲気を纏いながらマザーがそう問いかけてくる。それに対しての自分の答えも決まっている。やれることはやった。この半年、自分はただ修行をしていただけではない。キングを倒すこと、DCを壊滅させることが当面も目標だったが最終目標はその遥か先。エンドレスを倒すこと。そのためには越えなければならないハードル、条件、手に入れなくてはいけない物が多く存在する。そのうちの一つを自分たちは手に入れることができた。

 

『時空の杖』

 

エリーが造り出した杖であり、魔導精霊力を全力で放つ事ができる唯一の武器。これがなければエンドレスを倒すことも誘き出すこともできない。だが手に入れること自体はさほど難しいことではなかった。

 

『解放軍』

 

DCに対抗することを目的とした民間組織。そのリーダーであるユーマ・アンセクトが時空の杖を守っていることを自分は知っていたのだから。解放軍に接触することができればあとは簡単……とはいかなかったのは誤算だったが。

 

 

(やっぱ俺ってヤバいんだろうか……初めて会う人会う人に怯えられるのはマジで勘弁してほしい……)

 

 

今思い出しても気が滅入ってくる。こちらとしては友好的に接したつもりだったのだが解放軍からすればDCの幹部がやってきたぐらいの恐怖だったらしい。要するに時の民たちの時と同じ。まともに話をすることができるようになるのに随分時間がかかってしまい、結局ゲイルさんに助けてもらうような形になってしまった。

 

 

(ま、まあとにかく時空の杖が手に入ったんだし……うん、それは良かったんだけど……)

 

 

結果として時空の杖は手に入った。途中、ユーマのおっちゃん(エリー曰くもうひとりのパパさん)に絡まれたり、その娘のナギサに目の敵にされたり色々あったがとにかく時空の杖は今、エリーが持っている。ちょっと前に物干し代わりに使われていたような気がしたがきっと気のせいだろう。だがそれはそれとして、やはり自分は呪われているのかもしれない。シンクレアに選ばれてる時点で今更だが運命的な意味で。何故なら

 

 

(何でよりによってディープスノーに、それに加えてハジャまでやってくるんだよ!? おかげで色々めちゃくちゃになっちまったっつーの!?)

 

 

今思い出しても悪夢でしかない。解放軍を壊滅させるために本来の歴史ではまだ参戦してこないはずの人物と遭遇する羽目になったのだから。

 

 

『ディープスノー』

 

 

その身に人工DBを宿している、キングにとってはもう一人の息子と言ってもいい存在。DCからのスパイとして帝国の将軍になっているはずの彼が何故か現れてしまった。よくよく考えてみれば結局それは自分のせい。成り行きとはいえ、解放軍と接触した自分はユーマのおっちゃんの頼みもあって助力することがあった。そのせいで解放軍は本来よりも力を付け、結果的にディープスノーが召還される流れになったらしい。

 

 

(それはまだ良かったんだけど……ハジャが出てくるとまでは読めんかった……まあ、分かっててもあれだったけど……)

 

 

いくら考えてもどうしようもない。予定外の事であったがハジャに関してはその場で倒してしまうべき相手。逃がせば自分が敵対しているとDC側に漏れてしまうリスクもある。何とかしたかったのだが当時の自分ではまだハジャと互角だったこと。空を飛ぶ魔導士に加えて、空間転移という厄介極まりない魔法の存在。加えて他の解放軍を守りながらの戦闘であったためハジャに関しては取り逃がしてしまった。あまりにも手痛い失態。

 

 

「全く、いくら修行で上手くいってそのもお主のヘタレ具合は変わらんの。みすみす逃がすとは」

「ナチュラルに心を読んでんじゃねーよ!? そもそもお前がDBの破壊ができなくなったのが原因だろうが!? それぐらいしか存在意義がないくせに役に立たないのはそっちだっつーの!」

 

 

さも当然のようにこっちの心の声に割り込んでくるマザーに突っ込みを入れながらも悪態をつくしかない。そう、確かに自分が未熟だったこともあるがハジャを倒せなかったのはこいつのせいでもあるのだから。

 

 

『六十一式DB』

 

 

それがハジャがその身に宿している人工DBであり、同時にハジャが無限の魔力を扱うことができる理由。ハジャは大魔導であり、魔法使いとして最強の称号である超魔導には劣るものの、間違いなくこの世界で三本の指に入る魔導士。それに加えて無限の魔力を持つことこそがハジャの最大の強み。魔力が切れない。それがどれだけ恐ろしく厄介なことかは身を以て経験した。だが自分が持つシンクレアであればそれを無効にできる。それどころか破壊することも意のまま。にも関わらずそれができなかった。マザー曰く制限がかかったせいで。

 

マザーたちシンクレアはその名の通り、DBにとって母と言える存在であり、それ故にいくつかの特権を持っている。

 

一つ目がDBを生み出す能力。エンクレイムのように大量ではないが、少量ずつであればシンクレアはDBを生み出すことができる。

 

二つ目がDBの破壊。シンクレアに逆らうDBを文字通り破壊することができる能力。

 

三つ目がシンクレアの加護と呼ばれる能力。これを与えられたDBはシンクレアの命令によって破壊されることはない。シンクレア同士の争奪戦を行う上での処置。

 

そのどれもがシンクレアをシンクレア足らしめている能力。だがどういうわけなのかマザーはそのうちの二つ、DBの生成と破壊の能力を使えなくなってしまっている。そのせいで本来であればハジャのDBを破壊することで有利になれるはずだったにもかかわらず取り逃がすことになってしまった。文句の一つも言いたくなるというもの。というかそれがなくなったら一体コイツに何のとりえがあるというのか。

 

 

「な、何じゃと!? 初めから我に頼ってそんな卑怯な戦法を取ろうとした主の自業自得じゃ!」

「何が卑怯な戦法だ!? 悪の化身のくせに一丁前のこと言ってんじゃねえ! そもそも裏切りがバレたわけでもないのに何でそんな制限ばっかり食らってるんだ!? お前エンドレスに嫌われてるんじゃねえのか?」

「な、何を言う! これはバルドルの奴が勝手に……そもそもこうなっているのはお主の自業自得であろう!」

「何でそこで俺が出てくるんだっつーの! 他人のせいにするんじゃねーよ!」

 

 

悪の化身とは思えないような言い訳にげんなりするしかない。というかコイツはもしかしたらシンクレアの中で嫌われているのではないか。どうやらエンドレスに裏切りがバレていないのは本当らしいがどうにも話が噛み合わない。そもそも噛み合ったことがないような気もするので気にするだけ無駄かもしれないが。

 

 

「ふん……今のお主に何を言っても無駄じゃの……それよりも良かったのか。あの忠義の騎士を置いてきて。キングの息子だから配下になれとでもいえば済むのではないか?」

「お、お前な……」

 

 

どうでもよさげに目下自分が一番悩んでいる問題を突いてくるマザー。それができたらどれだけ楽か。

 

 

(ほんとにどうしたもんかな……できれば協力してほしいんだが……虫が良すぎるか……)

 

 

頭を抱えながら状態を起こしながらここにはいないディープスノーのことを考える。今、ディープスノーは自分の持つアジトの一つに拘束……ではなく保護してる。ハジャから命を狙われる危険を避けるために。マザーのせいでディープスノーは自分がルシア(の身体)であることを知ってしまい、加えて自分と接触してしまったことでハジャから狙われることになってしまった。ハジャからすれば金髪の悪魔が生きていることをキングに知られることはあってはいけないこと。加えてディープスノーを召還したことはハジャの独断だったらしいことからそのことも関係しているのだろう。

 

ディープスノーもまたキングの役に立てなかったこと、キングの本当の息子であるルシアの存在、その忠義心故に塞ぎ込んでしまっている。今はただ見守るしかない。本音を言えばエンクレイムを阻止するための戦いに加わってほしかったがこればかりはどうしようもない。そんなことを考えていると

 

 

「相変わらず仲がいいな、二人とも。ほら水を汲んできたぞ、アキ」

「あ、ありがとうございます……」

「ふん、今更何を言っておる。当然のことじゃ」

 

 

ふふん、と自慢げなマザーは完全に無視しながら水を受け取る。それを口に含むだけで生き返った気がするのはここが砂漠だからなのかそれとも修行がきつすぎるからか。きっと後者だろう。

 

 

「しかしここまでやるとは正直思ってなかったぜ。もう教えることはない……今度はオレの方が修行をつけてもらわなきゃいけねェかもな」

「そ、そう言ってもらえれば助かります……本当にお世話になりました」

「ふむ、褒めて遣わすぞゲイル。本当なら褒美を与えたいところだが今の我にはできぬ。許すがよい」

「ははっ構わねェさ。オレも楽しかったからな」

 

 

まるで旧知の間柄の様にマザーと親しくなっているゲイルさん。突っ込みたいところは山ほどあるが今更どうしようもない。色々無理難題はあったがひとまず準備期間はここまで。本当はレイナやシュダを仲間にしたかったところだが断念した。ハジャにこっちの裏切りが露見した以上、二人に接触すればそのままハジャに始末されかねない。それでもやれることはやったはず。

 

 

「あとは……待つだけだな」

 

 

それまでの親しみやすい空気は消え去り、風が吹く。ゲイルさんはそのまま空を見上げたまま動きを止めてしまう。その空気に飲まれるように自分もまた息を飲んで実感する。

 

エンクレイム。

 

シンクレアを通さず大量のDBを生み出す儀式。キングによってそれが行われる日がすぐそこまで迫ってきている。九月九日。この世界でその日は大きな意味をもつ日でもある。

 

レイヴが生まれ、リーシャが死んだとされた日。大破壊が起きた日。本来の歴史ではゲイルとキングが争い命を落とし、ハルとルシアが最後の戦いを行った日。時が交わる接合点。故にその日はこう呼ばれる。

 

『時が交わる日』と。

 

それがもう目の前に来ている。自分の目的においては通過点でもあるがゲイルさんにとってはそうではない。十数年に渡る因縁に決着をつけるため。己の人生の全てを懸けたか戦いを前にした戦士の姿。知らずそれに見入ってしまっていたのか

 

 

「っと、すまねェな。昔からカッとなると周りが見えなくなっちまうんだ! 心配しなくても先走ったりしねェさ!」

「え? は、はは……そうですか……」

「勘違いするでないぞ。アキはただヘタレておっただけよ。まったく、エリーのことでヘタレておるだけでこっちはもう見飽きておるというのにの……」

「お、お前な……!? 俺は別にヘタレてなんか」

「半年あって手も繋いでないというのにか? ままごとに付き合わされるこっちの身にもなってほしいの。なんじゃ、そういう縛りで遊んでおるのか?」

「くっ……!」

「まあ、その辺にしておけって。オレ達がどうこうできるものでもないしな。それよりもそろそろ帰った方がいいんじゃねェか? エリーちゃんも待ってるんだろ?」

「くくく……まあそういうことにしておこうかの、我が主様?」

「うるせえよ……」

 

 

さっきまでとは違う意味で疲れながらも言い返すこともできない。マザーに関してはどういう心境の変化なのか自分とエリーのことをイジってくるのが新たな日課になっている。何でも母としての新しいポジションを得たいのだとか。何を言いたいのかこれっぽっちも理解できないあたりやはりこいつはシンクレアなのかもしれない。ゲイルさんについてはエリーの事情を知っているからか、自分の方からはそういう話題は振ってこない。ようするに、問題は自分だけ。

 

 

(どうすればいいのかな……オレ……)

 

 

『エリーを守る』

 

 

直接伝えることはできなかったがそう決意した。でもそれが恋愛感情なのかはわからない。そうであったとしてもそれをエリーに伝えることは正しいのか。エリーにとっては残酷なことなのではないか。エリーのシバへの気持ちはどうなるのか。何よりも、それを伝える勇気が自分にはまだ、ない。

 

 

「はぁ…………」

 

 

言葉にできない思いを抑えながらそのままワープロードによって家に帰還する。瞬間移動によってどんな距離でも一瞬で移動できる。いつもなら便利さに喜ぶところだがこういう時に限っては別。さっきまでの話がまだちらついているのか、どうしてもそわそわしてしまう。何とか平静を装わなければ。とりあえずは深呼吸と息を吸おうとした瞬間

 

 

「あ、やっぱりそうだった! おかえりアキ、ママさん――――!!」

 

 

そんなことなど意味がないとばかりにドアを開けた勢いそのままにエリーがいつも通りの笑顔で出迎えをしてくれる。そのまま押し倒されかねない勢いにこっちは慌てるものの、エリーにとってはなんのその。下手したらそのまま抱き着いてきそうなノリ。

 

 

「あ、ああ……ただいま。そっちは何もなかったか……?」

「うん、何もなかったよ。なさすぎて暇だったんだから! あ、そうだ! はいこれ! 今日もギャンブルで大勝ちしたんだー! これでまたしばらく生活できるよ!」

「そ、そうか……悪いな、いつも……その、ごめん」

「? なんで謝ってるの、アキ? あたし、ギャンブル大好きだから任せて!」

「ふむ……もはや何も言うまい。適材適所、といったところかの」

 

 

はい、と純粋そのままに嬉しそうにお金を差し出してくるエリー。それを受け取っている自分。どっからどうみても今の自分はヒモそのもの。遊び歩いているわけではないものの、我が家の家計はエリーによって成り立っている。罪悪感と情けなさで押しつぶされそうだがこれも世界を救うため。流石のマザーもネタにできないのかスルーしてくれる。その優しさが逆に辛い。唯一の救いはエリーが楽しんでくれていること。

 

 

「ごはんまだなんでしょ? もう作ってるから一緒に食べよ♪」

「そ、そうだな……」

 

 

見れば料理がテーブルの上に並んでいる。その全てが自分の好物ばかり。確かに好きな物なのは嬉しいが明らかに量がおかしい。DBたちの分まで作ったのかと思いたくなるような量。料理だけではない。お風呂の準備や洗濯、着替え。ちょっとした日常でのやり取りでのエリーの馴染み具合が半端ではない。言葉は変だがまるで熟年夫婦のよう。確かに一緒に暮らしてはいるのだからおかしいことではないはずだが、明らかにこの半年はその限りではない。思えばエリーが記憶を取り戻した辺りからそうなっているような気がする。こちらも負けじとエリーの生活スタイルに合わせようとしているのだがまだ追いつけていない。そんな中ふと気づく。料理が乗っているテーブルに見慣れない物があることに。

 

 

「何だこれ……本?」

「あ、ダメだよアキ! それ、あたしの日記帳なんだから!」

「日記帳……? お前、そんなもん書いてたのか?」

 

 

むー、という擬音聞こえてきそうな表情を見せながらエリーはそのまま日記帳を取り上げてしまう。心配しなくても他人の日記を読むなほど自分はクズではないと反論したかったが面倒なのであきらめる。それよりもエリーがそんなことをしていることの方が驚きだった。言ってはあれだが日記をつける習慣があるようなタイプとは思えない。

 

 

「うん、ほらあたしって忘れっぽいでしょ? だから毎日書いてるんだー!」

「そ、そうか……」

 

 

そんな身も蓋もないエリーの言葉に意気消沈するしかない。多分エリー自身は普段忘れっぽいことを言っているのだろうが事情を知っているこっちからすれば笑えないブラックジョークにしかならない。

 

 

「それはいいとして……とりあえずゲイルさんとの修行は今日で終わったから」

 

 

話題を変える意味でもそうエリーに報告する。まだエンクレイムが行われる日までは少し日にちはあるが体を休める意味でも修行は今日までとした。ゲイルさんも一人になる時間が必要だろうということもある。自分にとっては休息以外にもやることがあるからでもあるのだが。しかし

 

 

「ほんと!? じゃあ明日からは遊べるの、アキ!?」

 

 

エリーは全く理解していないのか目を輝かせながらこっちに迫ってくる。どうやらエリーはエリーでフラストレーションが溜まっているのかもしれない。一緒に遊ぶと言っても一緒にカジノに連れていかれるのが目に見えている。それに付き合わされるのも御免だったが、それ以上に自分にはやらなければいけないことがある。むしろ自分ではなく、エリーが、ではあるのだが。

 

 

「そうじゃなくて……前にも言っただろ、一緒に行くって言ったのはエリーの方だろ?」

「え……? あ、そっか! うん、じゃあ早く寝ないとね! 寝坊したら大変だから、ほら、アキ!」

「ちょ、ちょっと待てってエリー!? まだ飯食ってないだろ!?」

「ふん……我は行きたくなどないのだがな。あやつらの力など必要ない」

 

 

ようやく思い出したのか、興奮しながらそのまま自分を寝室に引っ張っていこうとするエリー。エリーからすれば興奮する、もとい待ちきれないのは分かるがせめてご飯は食べさせてほしい。いつもなら茶々を入れるはずのマザーは口数も少なく拗ねてしまっている。それもまた仕方のないこと。世界滅亡コンビに振り回されることを覚悟するしかない。明日目指す場所はそれだけの意味を持つ。

 

 

『ラーバリア』

 

 

それがその地の名。シンクレアの対となる五つの聖石、その一つである闘争のレイヴが眠る場所だった――――

 

 

 


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