ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第二十七話 「聖域」

(あれが蒼天四戦士の一人、クレア・マルチーズか……! 本当に動物の格好をしてるんだな……)

 

 

知らず息を飲みながら突然姿を現したクレア・マルチーズに目を奪われる。かつて剣聖シバと共に王国戦争を戦った英雄。王国最強と言われた蒼天四戦士の中の紅一点。その姿と強さを自分は知っている。幸か不幸かマザーの記憶の再現によるイリュージョンとの修行によって。双剣の使い手であり同時に王国最速の戦士。その異名は伊達ではなく、事実その速さは不完全なはずの幻影であっても音速剣を超えていた。間違いなく六祈将軍を凌駕する強さを持つ女性。だがもはやその面影は今は見られない。

 

 

(やっぱり力が弱まってんのかな……ほとんど力を感じないし)

 

 

本来であればレイヴの守護者であり、結界を張る力を宿しているはずのクレアからは微弱な力しか感じ取れない。力を隠している可能性もゼロではないが、恐らくはそうではないのだろう。本来の歴史でクレア本人が言っていたように今の彼女には魔人一人と戦う力も残されていないということなのかもしれない。そんな彼女がどうしてここに。

 

 

「クレア様!? どうしてこんなところに……!? 聖域を出られては……!?」

 

 

そんな自分の疑問を代弁するように血相を変えながらソラシドが駆け寄っていく。得体の知れない自分とエリーの前で口にしてはならないことを喋ってしまったことに気づき、咄嗟にソラシドは口を紡ぐも誤魔化しきれていない。そう、クレアたち蒼天四戦士たちはアルパインを除く全員が死者。今はその魂をアルパインが術によってこの世に留めている状態。その制限によってクレアたちは限られた場所でしか存在できない。クレアにとっては聖域と呼ばれる場所がそれにあたる。そこから出てくることは即ち消滅の危機に他ならない。

 

 

「すまない、ソラシド。それでも私はここに来なければならなかった。このレイヴの輝きがその証」

 

 

自らを案じるソラシドたちに礼を述べながらもクレアはその手の中にある輝きを解き放つ。そこにはまばゆい光を放つ一つの石があった。それこそが

 

 

(あれがレイヴか……!! 初めて見た……!)

 

 

レイヴ。かつてはホーリーブリングと呼ばれ、リーシャの名前を取ってその後、RAVEと呼ばれるようになった聖石。知識や話では散々知ってはいたものの、その現物を目にすることで知らず興奮してしまう。誇張でも何でもなく世界を救うための存在。男なら憧れて当然。だがそんな僅かな興奮は

 

 

(っ!? な、なんだこれ……!? まるで見えない力があるみたいな……っていうか気分が悪くなってきたような……!?)

 

 

呆気なく砕かれてしまう。まるで光に拒絶されるように思わず後ずさりしてしまう。早くこの場所から逃げ出したい衝動と気分の悪さに襲われる始末。その原因が何であるかはもはや考えるまでもない。レイヴ。光属性の力によって自分が影響を受けているのだということ。一瞬忘れてしまっていたが自分はダークブリングマスター。いわば悪の化身のような存在。対してレイヴはそんなDBに対抗して生み出された存在。自分にとっては天敵にあたるもの。光堕ちさせられそうな輝きに圧倒されながらも何とかその場に踏みとどまる。そういえばマザーも黙り込んだまま。どうしたのかと気に掛けるも

 

 

「クレア…………」

 

 

ぽつりとそんな声が響き渡る。その声によってその場の誰もが静まり返ってしまう。その視線の先にはエリーがいる。だがいつもの天真爛漫な姿は欠片も残っていない。両手を胸の前で握ったまま立ち尽くし。微かに体は震えている。その瞳からは一筋の涙が流れ落ちる。ソラシドたちは一体何が起きているのか分からずただ立ち尽くすことしかできない。今のエリーの心情を理解できるのは恐らくは自分ともう一人だけ。

 

 

「――――リーシャ……様……?」

 

 

クレアはその名を口にする。目は見開き、思考は定まっていないのは明らか。それでも無意識にその名をクレアは呼んでいた。

 

 

「ク、クレア……クレアあああああっ!!」

 

 

それが合図だったのか。堰を切ったようにエリーは泣き叫びながらクレアに抱き着いてしまう。クレアはそれにされるがまま。何が起こっているのか分からず、思考が追いつかない。恐らくはソラシドたちもそれは同じ。彼らから見ればエリーの奇行は理解できないもの。

 

 

「ゔっ……うぐっ……ぐすっ……ひんっ……! ご、ごめん……なさい……あたし、あたしずっと……みんなにあやまりたくて………!!」

 

 

ただ子供のようにエリーはクレアにしがみつきながら泣き続ける。ごめんなさい、と。謝りたかったのだと。五十年前、エンドレスを倒すために皆を騙してこの時代にやってきたこと。共に戦うことができなかったこと。全てを押し付けてしまったこと。後悔と懺悔。贖罪。今まで誰にも言えなかったであろう胸に秘めてきた気持ち。

 

 

「……大丈夫ですよ、リーシャ様……私たちは誰も貴方のことを責めたりはしません。謝らなければいけないのは私たちの方ですから」

「クレア……?」

 

 

一度深く目を閉じたままクレアはエリーを抱きしめ、その頭を撫でながらそう告げる。その声色は先ほどまでとはまるで違う。レイヴの守護者ではない、クレア・マルチーズとしての物。凛とした中にも確かな優しさを含んだ声色。それによってエリーも顔を上げる。涙によってぐちゃぐちゃになってしまっている姿を見ながらクレアは優しく微笑む。

 

 

「お久しぶりです、リーシャ様……もう一度会えてよかった」

 

 

エリーがリーシャ・バレンタインであると、今まで誰一人信じてくれなかったことをクレアは認め、肯定してくれた。その事実にエリーはまた声を殺して泣き続ける。五十年分の涙。それがとめどなく溢れ続けている。

 

 

それが五十年の時を超えたエリーとクレアの再会だった――――

 

 

 

(良かったな……エリー……)

 

 

エリーとクレアの再会の光景に思わずこっちも涙ぐんでしまう。エリーからすればこの時代にやってきてから初めて自分を知っている相手と出会えたのだから。自分はエリーの正体や経歴を知識としては知っているがその当時を知っているわけではない。そういった意味ではクレアは間違いなく当時のエリーを知っている数少ない人物。その天然ぶり、奇行ぶりから忘れがちだが魔導精霊力を持っているとしてもエリーはまだ十五歳の少女。しかもエンドレスを倒すためとはいえ国民を騙してたった一人、この時代にやってきている。その心細さはきっと自分には分からない。それでもこれで少しはそれも和らぐはず。

 

 

(とりあえずもう大丈夫そうだな……ちょっと席を外すかな……)

 

 

二人の感動の再会に自分は完全に場違い。流石にここで割って入るほど無粋な真似はできない。騎士団もそれは同じなのか、困惑しながらも二人の邪魔をする様子はない。唯一邪魔しかねない馬鹿石は騎士団に没収されている。一抹の不安は覚えるもののそのまま紳士的にその場をクールに去ろうとした瞬間

 

 

「…………待て」

 

 

そんな制止の声によって思わず体が跳ねてしまう。それは決してビビったわけではない。少しはビビったかもしれないが何よりもその声の主が問題だった。振り返ればクレア・マルチーズが自分に向かって声をかけてきている。どうやらエリーとの再会の驚きから少し落ち着いてきて自分の存在に気づいてしまったらしい。

 

 

(ま、マズい……!? また同じパターンになっちまう……!!)

 

 

思わず顔が引きつってしまう。もう飽きるほどに繰り返してきた自分の臭い騒動。そういえばクレアの登場でうやむやになっていたが全然解決していなかったような気がする。むしろ状況は悪化していると言ってもいい。クレア、蒼天四戦士にとってDBは怨敵にも等しい存在。それを扱う自分。もうそれだけで詰み。頼みの綱のエリーも今は当てにはできない。また土下座か物理的な話し合いになってしまうのか。というか武器を没収されている今の状態はまずいのでは。むしろマザーが暴走しかねない。戦々恐々とするも。

 

 

「お前……まさか……」

「え……?」

 

 

予想していなかったクレアの様子に思わず口を開けっぱなしになってしまう。自分と初めて会った人間の反応はおおよそ決まっている。驚愕し、怯え、警戒される。だがクレアは驚愕してはいるものの警戒している様子が見られない。まるで信じられない物を見たかのような表情。確かに自分自身、ダークブリングマスターなんて信じられないような存在なのだがそれは置いておくとして何かおかしい。だが

 

 

「あ……っ! 待ってクレア! えっと、そのえっとね……うん! あたし、もっと話したいことがあるの!」

「リ、リーシャ様……? ですがあの男は」

「いいからいいから! ここじゃクレア、消えちゃうかもしれないんでしょ? だから行こ!」

 

 

泣きはらして真っ赤になった顔のままエリーが慌ててクレアを引っ張っていこうとする。対してクレアは困惑しながらも変わらず視線はこっちに向いたまま。自分と騎士団は完全に置いてけぼり。

 

 

「ごめんねアキ、ママさん! あたしもうちょっとクレアと話があるからちょっとここで待ってて!」

 

 

親を引っ張っていこうとする子供のようにエリーはクレアを引っ張って行ってしまう。お前、聖地の場所知ってるのかという突っ込みを入れる間もない素早さ。

 

 

(何だったんだ……? まあ、あのまま揉め事になるよりはマシだったけど……)

 

 

取り残されてしまったことに思うところはあるがいつものこととあきらめるしかない。エリーの奇行に全て付き合っていたら身が持たない。もしかしたらあのまま騒動になるのをエリーなりに防いでくれたのかもしれない。何はともあれ一段落と胸を撫で下ろすも

 

 

「…………事情は分からないが、とりあえず拘束させてもらうよ」

「抵抗すればどうなるかは分かっておるな?」

 

「…………はい」

 

 

自分は全く無罪放免ではなかったことを思い出し、大人しく拘束されることになるのだった――――

 

 

 

(はぁ……そういえば投獄されるのは久しぶりだな……)

 

 

げんなりとしながらも思い出すのはかつて自分が投獄されていたメガユニット。そこに比べれば今のこの牢獄は天国のようなもの。と言っても全然嬉しくはないのだが自分も大抵の事では動じなくなってきているらしい。

 

 

(どのぐらい時間がたったのか分からねえけど……エリーさん、できれば早くしてください……)

 

 

思わずさん付けしながらここにはいないエリーに懇願する。ここから出して下さいと。しかし一向にその気配がない。昔話の花が咲いているのかもしれない。何しろ五十年ぶりの再会。どうやら解放まではもう少しかかりそうだとあきらめるしかない。

 

 

『おいマザー……どうしたんだ、そんなに黙り込んで。調子でも悪いのか?』

 

 

手持ち無沙汰もあり、仕方なく胸にかかっているマザーに話しかける。没収されていたのだが、どういうわけか少し前に返却された形。何でもクレアの許可が出たらしい。どうせなら解放の指示が欲しかったのだが文句が言える立場でもない。

 

 

『……ふん、何だ、散々我に喋るなだのなんだのと言っておったくせに都合の良い時だけ利用しおって。やはりお主はクズじゃの』

『人聞きが悪いこと言うんじゃねえよ!? 人が心配してやって……あ』

『ほう、それはそれは。たまには喋らない石に戻ってみるのもいいかもしれぬの』

『…………ふん』

 

 

思わず本音を口走ってしまい誤魔化そうとするも手遅れ。面白いものが見れたとばかりにマザーは怪しい光を放っている。やはり黙っていてもこいつは自分の天敵らしい。

 

 

『ともかく、どうかしたのかお前。いつもはいくら言っても邪魔してくるくせに今回はやけに静かじゃねえか』

『……特に深い理由はない。ただここは居心地が悪い。それだけよ』

『居心地が悪い……? あ』

 

 

そこまで言ってようやく気付く。そう、言うならばここはレイヴを守るための聖地。先ほど自分がレイヴに忌避感を覚えたように、マザーもまたそれを感じ取ったのだろう。もしかしたらシンクレアであるマザーは自分の比ではないかもしれない。

 

 

(そういえばこいつ……ここに来るって言った時から乗り気じゃなかったっけ……)

 

 

思い返せばここに来ると決めてからマザーの機嫌が悪かった。最近つい忘れがちだがこいつは歴としたシンクレア。レイヴはいわば天敵に当たる相手。五十年前敗北した記憶もマザーは持っている。来たがらないのも当然と言えば当然か。そう納得しかけるも

 

 

『ふん……どいつもこいつも気に入らぬ。あんな大した力も持たず喋れぬ石ころに右往左往しおって。あんな物に頼らずとも我がおれば十分だというのに』

 

 

やはりこいつはこいつだった。ある意味期待を裏切らない。

 

 

「……お前、もしかしてレイヴに嫉妬してんのか」

『っ!? な、何でそうなるっ!? 我があいつらに嫉妬だと!?』

「違うのかよ? 大方みんなレイヴばかり気にして構ってくれなくなったから不貞腐れてたんだろ」

『お、お主と一緒にするでない! お主こそレイヴに目を輝かせておったではないか! やはり貴様はクズじゃ。そんなお主がレイヴを扱えるはずもないじゃろう。性根が腐っておるヴァンパイアがお似合いじゃの。いや、レイヴよりレイヴらしいラストフィジックスの方が良いかの?』

「お、お前な……」

 

 

図星だったのか動揺しがらもマザーはそんな意味不明の弁明という名の醜態をさらしている。石が石に嫉妬するなんて何の冗談なのか。ヴァンパイアはともかくラストフィジックスは一体何者なのか。

 

 

「何を一人でぶつぶつ言っておる。静かにせぬか!」

「っ!? す、すみません……」

 

 

看守であるフーアの声によって我に返りながらも謝罪する。どうやら知らない間に声に出てしまっていたらしい。気を付けなければ臭いだけでなく頭まで可笑しい奴扱いされかねない。そう反省している中

 

 

「フーア、もういい。その人を解放してやれ」

 

 

いつの間にかクレアたちと一緒に聖域に行っていたはずのソラシドが現れる。どうやらマザーとの喧嘩に夢中で自分も気づけなかったらしい。それはともかく

 

 

「ソラシド!? だがこやつは」

「クレア様のお言葉だ。それにお前も分かっているだろう? 確かに邪悪な気配を纏っているが彼は悪い人間ではない。そもそも本当に彼が悪人であればこのラーバリアはもう廃墟と化しているはずだ」

「ぬうぅ……」

 

 

未だに納得がいっていないのか、難しい顔をしているフーアだったが渋々こちらを解放してくれる。どうやらエリーが上手くやってくれたらしい。

 

 

(やれやれ……これで無罪放免かな……?)

 

 

本日何度目になるか分からない溜息を吐きながらようやく牢屋から解放される。色々あったがこれで大きな課題だったラーバリアとの和解が達成された。後はあとわずかに迫ったエンクレイムに備えるだけ。そう思いかけるも

 

 

「待ってくれ。まだ君にはしてもらわなければならないことがある」

「お、俺に……一体何を……?」

 

 

やれやれと牢屋から解放され、ようやく自由の身になったのも束の間。すぐさまソラシドに捕まってしまう。今度は一体なのか。やはり無罪放免とはいかなかったのか。どんな罰金、もとい罰則をこなさなければいけないのかヘタレかけるも

 

 

「……クレア様がお呼びだ。君と話がしたいとのことだ」

「…………へ?」

 

 

そんな予想だにしていなかったソラシドの言葉によって固まってしまう。

 

 

何もかも分からない状況に翻弄されながらもダークブリングマスターアキはそのまま蒼天四戦士が待つ聖地へと連れ去られてしまうのだった――――

 

 


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