ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第二十九話 「返事」

(はぁ……とりあえずこれでやるべきことは全部やったかな……?)

 

 

いつも通りの溜息を吐きながら草原に寝そべる。周りには誰もいない。ここはラーバリアの一角。本当はクレアに聖地に泊まっていくよう言われたのだが泣く泣く断った。気持ちは嬉しいのだが悲しいかな自分にとって聖地は文字通り聖域。あそこでは落ち着いて寝ることはできそうになかった。その後無理を言ってここラーバリアに宿を借りる形に。だが寝るに寝つけずこうして人気がない丘で寝そべっている。端から見れば完全に不審者のそれだった。

 

 

(地底のはずなのにちゃんと星空があるんだな……魔法の一種かな……?)

 

 

寝そべったまま空に広がっている星空に目を奪われる。ここラーバリアは地底都市。本当なら空など見えるはずがないのだが魔法か何かの一種だろう。自分が持つイリュージョンのような力かもしれない。

 

 

(そういえば……こうやって一人きりになるのは随分久しぶりだな……)

 

 

月明りに照らされながらもふとそんなことに気づく。いつも胸元に陣取っているはずのマザーも、底抜けな元気の塊のエリーも、修行をつけてくれるゲイルさんも、自分を慕ってくれているDBたちも今はここにはいない。その静けさにどこか違和感を覚えてしまう自分。どうやら自分もなんだかんだで騒がしい生活に馴染んでしまっていたらしい。だがそれももうすぐ終わる。

 

 

(エンクレイム……時が交わる日、か……)

 

 

もうすぐそこまでその時が迫っている。そのためにこれまで準備を重ねてきた。地獄のような修行にも耐え、必要な物を揃え、仲間を集めた。今の自分ができる精一杯。それは間違いない。準備は万端。あとはやり切るだけ。だが

 

 

(だけど……うん、きっと思った通りにはいかないだろうな……俺のことだし……)

 

 

もはや悟っていた。十中八九、いや絶対に思った通りにはいかないだろうと。この世界にやってきてから一度でも思い通りにいったことがあっただろうか。いや、ない。自分の間抜けさか、それともそういう運命なのか。自分としては石橋を叩いて渡るどころか石橋を一度壊して新しく作ったうえで叩いて渡っているぐらいのつもりなのだがそれでもまだ足りないらしい。その辺りが自分が散々ヘタレだのなんだの言われる所以なのだが仕方ない。果たして自分に平穏な日々が訪れることはあるのだろうか。

 

 

(そういえば……ハルやカトレア姉さんは元気かな……心配かけてるんだろうな……)

 

 

平穏な日々、という意味では自分にとってのそれは間違いなくガラージュ島での生活だった。マザーに振り回されていたのは変わらないが、自分を兄の様に慕っていつも後ろをついてきていたハル、そんな自分たちを見守ってくれていたカトレア姉さん。親切な島民たち。意味不明なナカジマ……は置いておくとしても、あそこでの生活は自分にとって日常の象徴だった。あそこに帰ることを目標にして自分は生きてきた。そう、そのはずだった。でも今はそれが変わりつつある。

 

――――自分はもう、ガラージュ島に戻ることはない。

 

戻りたくない、ではない。戻ることはないだろうという予感、確信。言葉にできないがそう自分は感じている。もしかしたら違う選択の先にはそういう未来もあったのかもしれない。だが今の自分はきっとそうはならない。ガラージュ島に帰るという目標よりも、大事な約束ができてしまったのだから。

 

 

(だけど……二人とも、待っててくれ。ゲイルさんだけは絶対にガラージュ島に帰してみせる……!)

 

 

二人にとっての本当の家族であるゲイルさん。あの人だけは絶対に二人の元に帰して見せる。それで罪滅ぼしができるわけじゃないが、そのためにも今まで動いてきた。故に失敗は許されない。相手が自分より格下だろうと格上だろうと関係ない。ただ全力で戦って見せる。そんなマザーに聞かれれば自分らしくないと笑われそうなことを考えていると

 

 

「あ、やっと見つけた! アキー!」

 

 

一気に現実に引き戻してあまりある聞き慣れた声が響き渡る。反射的に上体を起こしてきょろきょろとあたりを見渡すとそこには元気いっぱいに手を振りながらこっちに走ってくるエリーの姿。どうやら貴重な一人きりの時間は終わってしまったらしい。

 

 

「エリー、もう大丈夫なのか? 疲れて寝てるって聞いたけど」

「うん、バッチリ! おかげで夜は眠れなくなっちゃった! アキ、もしかしてここで寝ようとしてたの?」

「……そんなわけねえだろ。ちょっと寝付けそうにないからここで涼んでただけだ」

「そっか! ならあたしと一緒だね!」

 

 

何が嬉しいのか、そのまま勢い良くエリーは自分の隣に座ってくる。体が触れ合ってしまうぐらいの近さで。ある意味いつも通りの距離感。最初の頃はそれにドギマギして右往左往していたが流石に慣れた。いや、慣れてしまったというべきか。というか一緒に寝ているのに比べればなんてことはない。自分もある意味末期なのかもしれない。

 

 

「あれ? ママさんは? 一緒じゃないの?」

「ん? ああ、あいつならどっかに行っちまってるよ。多分ゲイルさんのところだろうな。この調子じゃ今日は帰ってこないのかもな」

 

 

きょとんとしながらそう問いかけてくるエリーにそう答える。ゲイルさんには本当に申し訳ない。決戦前に余計なことをと思うが仕方がない。呼び戻してやろうとしたがどうやらマザーの方から拒否しているらしい。恐らく今日は戻ってこない気なのだろう。本気でラーバリア、もといレイヴに縁がある場所は嫌いなのだろう。

 

 

「そっか……ママさん、もしかして」

「……? どうかしたのか? 心配しなくても明日には戻ってくるさ。それとも一緒にゲイルさんのところに行くか? あんまりゲイルさんに迷惑かけるのもなんだし……」

「っ!? う、ううん何でもない! ママさんもきっとパパさんとお話したいことがあったんじゃないかな?」

 

 

どこか挙動不審なエリーが気にはなるものの、どうやらエリー的にはそうまでしたいというわけではないらしい。幸いゲイルさんはマザーと気が合うらしい。それはそれでどうなのかと思うところもあるがとりあえず大丈夫だろう。

 

 

「それよりもアキ、ちゃんとクレアとはお話できた? 喧嘩したりしなかった?」

「な、何で喧嘩することになるんだよ!? そんなことするわけないだろ! 普通に話しただけだっつーの!」

「そっか。ならよかった! せっかく会えたのに喧嘩してたらどうしようって心配してたんだから!」

 

 

本当に心配していたらしいエリーの反応にげんなりするしかない。確かに気配云々で誤解されることはあるが、初対面の相手といきなり喧嘩するほど自分は喧嘩腰ではないはず。

 

 

「まあ確かに色々言われたけどさ……エリーも何か言われなかったのか? 五十年ぶりだったんだし」

「え、あ、あたし? う、ううん! あたしは何も言われてないよ? ほんとなんだから!」

 

 

明らかに動揺してしどろもどろになっているエリーの姿に何か言われたんだなと悟る。本当に嘘をつくのに向いていない性格をしている。もしかしたらクレアはエリーにとっては姉のような存在だったのかもしれない。面倒ごとを起こすエリーとそれを叱るクレア。うん、絵になりすぎて怖いぐらいだ。

 

 

「あたしのことはいいの! もう……それよりもアキ、こんなところで本当に何してたの?」

「何って……まあ色々考えてたんだよ。ちょっと昔のこともな……」

「昔の事って……もしかしてガラージュ島にいた頃のこと?」

「あ、ああ……よく分かったな……」

「うん、だってアキ、その話になると凄く楽しそうにしてるもん」

 

 

知ってるよ、とばかりに得意げなエリー。どうやらそんな姿を自分はエリーに見られてしまっていたらしい。ガラージュ島のことは何度かエリーにも話したことがあるので知られてしまっているのもあるだろう。エリーはしきりにナカジマに会いたがっていたがあれだろうか、プルーのように珍しい生き物が好きなのだろうか。

 

 

「でもそっかー、ガラージュ島の人たちってアキにとっては家族みたいな人たちなんだね」

「家族か……そう言われれば、そうなのかもな……」

 

 

改めて言われてそうなのだと気づく。そう、自分にとってあの人たちは家族だったのだと。だがそこでふと気づく。自分にとってこの話題は楽しいものだが、エリーにとってはどうなのか。確かエリーは、そう慌てるも

 

 

「ふふっ、大丈夫だよアキ。あたし、全然気にしてないから」

 

 

そんなこっちの様子を見て取ったのか、微笑みながらエリーはそう言ってくれる。こっちを気遣ってくれているのもあるだろうが、本当に気にしていないのが分かる雰囲気。

 

 

「アキには言ったことあったかな。あたしのパパとママは、あたしが小さい頃死んじゃったの」

 

 

ぽつりと、エリーは語り始める。自らの過去を。自分が知識と知っているものとは違う、エリー自身の口から聞かされる本当の過去。幼い頃に亡くなってしまった両親。娘を愛してくれる優しいパパとママ。エリーにとってはかけがえのない家族との時間。

 

 

「二人とも病気でね……あたし、すごく小さかったから食べていけなくて……それではじめは仕方なく始めたの……踊り子」

 

 

ハマっちゃったけどね、とエリーは告げる。五十年前のシンフォニア。きっと今よりも生活することは難しかったに違いない。それでもエリーは生き抜いてきた。後に舞姫とまで呼ばれる踊りによって。いつかエリー自身が言っていた。踊っている時が最高に楽しいと。自分が生きているんだと思えるのだと。

 

 

「ちゃんとご飯も食べていけるようになったし、村のみんなも優しかったし……でも、あたし……やっぱり寂しかったの……」

 

 

ふとエリーの表情が曇る。踊り子として成功して、みんなにも優しくされて。それでもエリーは寂しかったのだと。天真爛漫なエリーからは想像できないような、心の本音。

 

 

「外ではみんながいるけど、家に帰るとあたしは一人なんだって思っちゃうの。他の子たちがパパやママと一緒にいるのを見て……羨ましいなって」

 

 

寂しさと共にエリーはそう吐露する。でもそれはエリーが悪い子だからではない。当たり前の感情。両親がいない。それが子供にとってどれだけ寂しいか。ふと思い出すのはいつかのハルの姿。父親がいないハルは友達が父親の自慢をしているのを聞いて嫉妬してしまった。どうして自分には父親がいないのか、帰ってこないのかとカトレア姉さんに八つ当たりしてしまった。自分がハルに諭したこととカトレア姉さんの言葉によってハルはそれを乗り越えた。でもエリーには誰もいない。きっとそれは自分にはわからない孤独の辛さ。自分には何も言うことができない。なのに

 

 

「でもね、それがなくなったのはアキと会えたからなんだよ?」

「……え?」

 

 

エリーは真っすぐに自分を見つめながらそんな言葉を口にする。ただ呆然とするしかない。なんでそこで自分が出てくるのか。そんな自分の反応がおかしかったのか、ふふっと笑いながらエリーはそのまま続ける。

 

 

「最初に会った時は本当にびっくりしたんだからね? いきなりあたしのことをリーシャなのにエリー、エリーって呼んでくるし。凄く怖い感じがするし、悪い人なのかと思ったんだから!」

「そ、それは……」

 

 

どこかぷりぷりしながらエリーはそんな愚痴を漏らしてくる。考えれば当たり前。いきなり知らない男からエリー呼ばわり。記憶喪失だったエリーからすれば混乱するしかない。ついでにやはりエリーも最初は自分の臭い、もとい気配にびっくりしてしまっていたらしい。

 

 

「何でかあたしのことを知ってるし、どうしてか聞いても教えてくれないし……とにかく本当に大変だったんだからね。聞いてる、アキ?」

「き、聞いてるって……悪かったよ。でもそれはどうしても仕方がなかったことで……その」

 

 

思い出すごとに不満が溜まってきたのか、ぐいっとこちらに身を乗り出しながらエリーが迫ってくる。確かに申し訳なかったがあの時は本当に仕方なかった。いきなり目覚めたばかりのエリーにあなたはリーシャ・バレンタインですと告げれるほど自分に度胸はなかった。結局真実を伝えるまでやきもきさせてしまったのは謝るしかない。

 

 

「ママさんたちもいて、みんないい子たちだったけど他の人たちには中々分かってもらえなくて……アキはアキで変なことばっかりしてたし……」

「仕方ないだろ……DBを見てすぐに受け入れられるなんてお前ぐらいだろ……」

 

 

思い出すのは今までの勘違いされる日々。時の民、解放軍、ラーバリアの民。DBを持つ自分をはいそうですかと受け入れてくれる人などいるはずがない。それはともかく、先ほどまでの寂しそうな様子は今のエリーにはない。それに安心しかけたものの

 

 

「うん、でもね。あたし、本当に楽しかったの。アキがいて、ママさんたちがいて……あたしにとって、あの日々はもう一つの家族との日々だったから」

 

 

エリーは噛みしめるように、そう告げてくる。思わずこっちが息を飲むような言葉。何を大袈裟な、と茶化すことができない。本当のエリーの気持ち。

 

 

「アキ……覚えてる? あたしが帰ってきた時に『おかえり』って言ってくれたこと……あの時、あたし、本当に嬉しくて泣きそうだったんだよ?」

 

 

今にも泣き出しそうな、それでも満面の笑顔でエリーはそう告白してくる。それがいつのことだったのか、自分にはわからない。ただきっと、その何気ない言葉がエリーにとっては泣いてしまうほど嬉しかったに違いない。

 

 

「だからね、あたし思ったの……あたし、アキと一緒にいたい。これからもずっと一緒にいてほしいって」

「…………え?」

 

 

今度こそ本当に言葉を失ってしまう。気づけばエリーが自分と目と鼻の先にまで近づいている。まるでキスをされてしまうのでは思うような距離。同時に思い出す。自分は全く同じ状況を経験している。そう、あれは

 

 

「あたし……アキが好き。家族としてだけじゃなくて……男の子として好きです」

 

 

エリーの記憶が蘇った直後。泣きながら自分に抱き着いてきたエリー。その続きが今のなのだと。月明りに照らされながら、エリーの頬は朱に染まっている。幻でも何でもない。女の子としてのエリーの、純粋な告白。

 

 

「エリー……俺は」

 

 

頭が真っ白になりながらも、それ以上先の言葉が出てこない。自分はそんなエリーにどう答えればいいのか。自分の気持ちを伝えていいのか。それが正しいのか。いつか記憶を失ってしまうエリーにとってそれは残酷なことではないのか。シバのリーシャへの想いはどうなるのか。様々な思いが巡っては消えていく。それでも答えなくては。そう自分に言い聞かせんとするも

 

 

「……ふふっ、ごめんねアキ。いきなりこんなこと言って。大丈夫だよ、アキ。返事はしてくれなくていいから」

「へ……?」

 

 

そんなエリーの言葉によって一気にすべてが霧散してしまう。こっちの真剣さが無駄だったかのようにエリーはケロッとしている。さっきの告白は夢だったのではないかと思えるような有様。

 

 

「返事はしなくていいって……じゃあどうして……?」

「だってあたし、返事をしただけだもん。あ、でもこの場合どうなるのかな……? うん、アキ覚えておいてね。あたしの方が先に告白したんだからね!」

「あ、ああ……そりゃそうだけど……」

 

 

百面相をしながらもこっちを指を指しながらエリーはそんな意味不明なことを言ってくる。そりゃ告白されたのは自分なのだから当たり前だろうにいったい何を言っているのか。というか返事がいらない告白とはどういうことなのか。渡さなくていい手紙と同じぐらい意味が分からない。

 

 

「じゃあおやすみアキ! また明日ね!」

 

 

満足したのか、いつもと変わらない姿でエリーは去っていく。まるで告白などなかったような平然さ。だがしかし

 

 

「……エリー、そっちは行き止まりだぞ」

「え? あ、ほ、ほんとだ!? え、えっとじゃあこっちに……きゃあっ!?」

 

 

エリーは元来た道ではなく、明後日の方向に走っていき、行き止まりに。慌てて逆方向に駆けていくも躓いて転びながら去っていく。これまで見たことがないぐらい動揺しているのが丸わかりな後ろ姿を自分は呆れながらも見送ることしかできない。

 

 

(何だろう……結局今夜は寝れそうにないな……)

 

 

色々あってパンクしそうだった自分に止めとばかりのこの出来事。とにもかくにも、今は目の前のエンクレイムを阻止すること。そう言い聞かせながら再び大の字になって寝そべるしかない。

 

 

それがアキにとって本当に長かったラーバリアでの一日の終わり。そして知らず五十年越しの返事を受け取った瞬間だった――――

 

 


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