ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

31 / 63
第三十話 「ゲイル」

見上げれば満天の星空。辺りには自分以外には誰もいない一人きりの世界。あるのは日が昇っているうちとは全く真逆の砂漠の寒さだけ。いつもならそれを感じながら独りで過ごすのが日課だったのだが今は違う。何故なら

 

 

「聞いておるのか、ゲイル? まさか寝ていたわけではあるまいな?」

 

 

今の自分の胸元にはちょっとした来客がいるのだから。端から見れば石に向かって話しかける危ない人に見られかねないが幸いにも今ここには自分だけ。少しだけアキの気持ちが分かったような気がする。確かにこれに慣れるのは時間がかかりそうだ。

 

 

「いや、そんなことないさ。ちょっと考え事をしててな。それで、どこまで聞いたか……アキと喧嘩してこっちに来たってところまでだったか?」

「だ、誰がそんなことを言った!? 本当に我の話を聞いておったのか!? 我はあの聖地とかいう場所が気に入らぬから仕方なくここにきてやったと言っておるのだ! 喧嘩などしておらぬ!」

「そうか、悪かった。だからそう怒るなってママさん。こうやって愚痴に付き合ってるじゃねェか」

「分かっておらぬ。我がいかに我が主を立てているか、改めて貴様にも聞かせてやろう。大体な……」

 

 

そのままママさんことマザーは自分の胸元で延々と愚痴を漏らし続けている。よっぽど鬱憤が溜まっていたのか愚痴という名の惚気とも言えるようなトークは終わる気配がない。まさかシンクレアとこんな関係になるなんてちょっと前までは想像すらできなかった。同じくダークブリングマスターであるアキとの出会い。半年ほどではあるが間違いなく自分の人生の中でもこんなに濃い半年はなかっただろう。色々な意味で。

 

 

「……ふぅ、もうよい。ここらで止めてやろう。あまり続けるとバルドルの奴と同じだと思われかねんしの」

「……? まあ満足したならよかったさ。しかし前々からずっと思ってたが、ママさんは本当にアキのことが好きなんだな」

「っ!? い、いきなり何を口走っておる!? 我がアキのことを……!? いったい何の冗談じゃ!?」

「違うのか? てっきり溺愛しているのかと思っってたんだが」

「そ、そんなわけがなかろう!? 我はただ主として情けないアキを……」

 

 

こっちとしては当たり前のことを聞いただけなのだがダークブリングマスターではない自分にも丸わかりなぐらいに狼狽しているママさん。夜なのもあって周りはママさんの放つ紫色の光の点滅で凄まじいことになっている。どうやらママさん的には隠している気だったらしい。ある意味アキと主従らしいと言えるかもしれない。

 

 

「……ふん、まあよい。お主になら言っても構わんだろう。確かに我はアキに惹かれておる。だがそれはお主たち人間の持つ単純な感情の類ではない。もっと根源的なものじゃ」

「根源的な……?」

「お主ら風に言うならば本能、と言ったところかの。全てのシンクレア……いや、全てのDBはすべからくアキに惹かれておる。我らシンクレアが全てのDBの母であるとすれば、アキは全てのDBの父にあたる。それがアキがダークブリングマスターである所以じゃ。もっともヴァンパイアやアナスタシスは性格的に認めようとはせぬじゃろうがな」

 

 

やれやれと言った風にママさんはそう語ってくれるが話の半分も自分は理解できない。シンクレアがDBの母であるのは分かるが何故アキが父にあたるのか。人間には理解できない感覚なのかもしれない。もっともアキが聞けば間違いなく反発することは火を見るより明らかなのだが黙っておいた方がいいだろう。

 

 

「そうか……でもその割にはママさん、アキにはちょっと厳しいんじゃねェか? アキも頑張ってると思うが」

「ふん、まだ甘いぐらいじゃ。あやつはヘタレじゃからの。ちょっと甘やかせばすぐに楽な方に流れようとする」

「ははっ、手厳しいな」

 

 

日頃思っていたことを改めて聞いてみるもそんな辛辣な答えが返ってくるだけ。その冠する名の通り、母の様に子供を育てているつもりなのだろう。もっともその度合いはスパルタと言っても過言ではない厳しさ。半年見てきた自分が言うのも何だがご愁傷様だと言うしかない。だが

 

 

「……まあそれが我が主様の弱みでもあるが強みでもある。むしろアキはヘタレでなくてはならん」

 

 

それまでの言動とは裏腹に、どこか改めてママさんはそう呟く。ヘタレ、というママさんはもちろん、エリーちゃんもよく使うアキを示す呼び方。アキからすれば蔑称でしかないのだが、今ママさんが口にしているのはそれだけではない。まるでヘタレであることに意味があるのだと言わんとしているかのよう。

 

 

「ゲイルよ、人間の最も愚かな感情は何だと思う?」

 

 

そんな自分の疑問を知ってか知らずか、ママさんは突然そう問いかけてくる。普段の様子とは違う、どこか機械的な、シンクレアとしての側面。それに気圧されるわけではないが、言葉に詰まってしまう。それを見て取ったのかママさんはそのままその答えを口にする。

 

 

「驕り、いや慢心こそが人間の最も愚かな感情だ。こと闘争に関してそれは致命的な隙を生む。他の担い手達も、キングとかいう奴も、ゲイル、貴様も例外ではない。強者であればあるほどそれは強くなる」

 

 

驕り、慢心。それから生まれる油断こそが問題なのだと。その言葉に反論する術を自分は持たない。自分自身、そのつもりはないが少なからずそういった感情はあるのだろう。自信、自負と言い換えてもいいかもしれない。剣にしろ魔法にしろ、何かを極めようとする者たちには避けて通れないもの。だが

 

 

「だがアキにはそれはない。あやつは自分が弱者だと思っておる。誰が相手であれ、相手が格上として戦うことを常としておる。故に驕りや慢心はない。同格以下の相手に敗北することはない。ヘタレであるが故の利点といったところかの……まあ、そうなるよう我が育ててきたというのもあるが、一番はあやつの性根のようなものじゃの」

 

 

アキにはそれがない。自分が弱い、臆病だと知っているからこそできるもの。それがどれだけ恐ろしいものか、自分は身を以て知っている。こと戦闘に関してアキには容赦が、躊躇いがない。時に味方であるはずの自分が空恐ろしさを、恐怖を感じるほどに。そしてもう一つ。疑念が確信に変わる。それは

 

 

「なるほど……じゃあアキが俺に勝てないように調整してたのもわざとだったんだな?」

 

 

アキが自分との修行で全力を出していなかったこと。いや、正確には全力を出せていなかったこと。

 

 

「ほう……気づいておったか」

「流石にな。ここ一月、俺との修行の時はアキは全力は出せないでいたしな。アキは気づいてなかったみたいだが」

 

 

思い出すのはここ一月ほどの修行。アキは自分との修行の時には常に疲労していた。恐らくはDBとの修行によって。そして剣の修行の際にはDBの使用を制限されていた。謂わばハンデを課せられていたに等しい。無我夢中だったのか、それを考える余裕も与えられていなかったからかアキは気づいてはいなかったようだが。

 

 

「うむ、概ねお主が考えておる通りじゃ。あやつの強さは既にゲイル、お主を超えておる。だがそれを知れば間違いなく我が主様は調子に乗るからの。まあちょうど良い頃合いではあった。流石にこれ以上は誤魔化しきれんかったからの」

 

 

あっさりと種を明かすママさんだが、やはり分かっていても驚愕するしかない。それはすなわち半年たたずに自分はアキに追い抜かれてしまったということなのだから。一体どこまで強くなるのか想像もつかない。子供が親を超えていく寂しさのようなものを感じながらも同時に悔しさもある。やはり自分は幾つになっても負けず嫌いらしい。

 

 

「それに慢心するのは我の専売特許だからの。譲るわけにはいかぬ。それを尻拭いするのがアキの役目よ」

 

 

胸を張りながらそうママさんはそう宣言する。さっきまで慢心は悪だと言っていたはずだがどうやら自分は例外らしい。それをフォローするのはアキの役目、ということなのだろう。アキとマザー。この二人はやはり二人で一つ、といった関係。互いが互いを補い合っていると言ってもいい。もっとも素直じゃないのだけは同じようだが

 

 

「ははっ、違いない。主従ってより相棒って感じだな。妬けるぐらいだぜ」

「ふふっ褒めるでない。褒めても何も出せんぞ。今の我はDBも出せんしの」

 

 

上機嫌なママさんを見ながらも心からの本音を告げる。アキについてはママさんがいる限り大丈夫だろう。主従というよりは相棒。自分にもかつては、そう思いが巡るも

 

 

「まあ、最近は我もそこまでしなくてもよくなってはいたがの。お主との修行……いや、エリーの記憶が戻ってからはアキの奴も自分で動くようになってきたしの……」

 

 

それよりも早くママさんはそう思い返している。その理由も自分には見当がつく。アキが受け身ではなく自ら動くようになった理由。ママさんもまたそれには気づいているはず。だからこそ自分は聞く必要があった。

 

 

「そういえば……ママさんはその、分かってるのか。あの二人が絶対に結ばれないってことは……」

 

 

アキとエリー。いや、正確にはエリーは誰とも結ばれることはないということを。

 

 

「……? 何のことじゃ? アキが並行世界が消滅してもエリーに告白しないということを言っておるのか? ふむ、その可能性も高いがまあ恐らくエリーの方から遠からず告白するじゃろう。もしかしたら今頃そうなっておるかもしれんの。全く情けない。せっかく我がこうして気を遣ってやっておるというのに女の方から告白させるとは」

 

 

そんな自分の真剣さが伝わっていないのか、どこか呆れ気味にママさんは愚痴をこぼしている。どうやらここにやってきたのは二人に気を遣ったらしいことは感心するしかないが今はそれどころではない。

 

 

「いや……オレが言ってるのは、エリーちゃんの記憶の事だ。もし、エンドレスを倒せたとしてもその時にはもう……」

 

 

エンドレスを倒す。それはつまり魔導精霊力を使うということ。そうなればエリーちゃんは再び記憶を失ってしまう。それはつまり今まで築いた絆、想いが全て無くなってしまうことを意味する。今回は記憶を取り戻せたようだが今度もそうなるとは限らない。それは二人にとって悲しみしか生まないのではないか。しかし

 

 

「何故そんなことを心配する必要がある? ならもう一度初めから始めればよい。記憶を失ったとしてもエリーはエリー。何を心配する必要がある」

 

 

そんな自分の危惧をママさんはあっけらかんと切って捨てる。記憶を失ってもエリーはエリーであると。そんな当たり前の、同時に人間では持てない感覚。

 

 

「記憶など所詮情報にすぎぬ。仮に我が記憶を失ったとしても再びアキをマスターとするであろう。エリーとてそれは変わらぬ。もっともアキの右往左往っぷりは倍になるであろうがな」

 

 

何でもないことのようにママさんはそう続ける。自分であってもそれは変わらないと。記憶や絆を軽んじているわけではない。失ったのならまだ生み出していけばいい。失うことばかりを恐れていては始まらない。そんな母たるマザーの言葉にどこか安堵してしまう。

 

 

「……そうだな。オレが心配する必要はないかもな」

「当然じゃ。そもそもお主に他人を心配する余裕があるのか? 明日の戦い、キングとやらに勝算はあるのか?」

 

 

お返しとばかりに今度はその矛先が自分に向けられる。言われればその通り。今の自分はアキやエリーの心配だけしていられる立場ではない。むしろこれは自分の戦いでもあるのだから。

 

思い出すのはかつての日々。相棒、親友として過ごした友との記憶。そして決別。喪失。別れてきた家族。失ってしまった妻。孤独な砂漠での日々。死の恐怖。だがそれももうすぐ終わる。全ての結末が、もうすぐそこにある。長かった旅路の、終着点。

 

 

「……ああ、オレもこの半年遊んでたわけじゃない。足を引っ張るようなことはしないさ」

 

 

その手に自らの妻の名を持つ剣を握りながら告げる。この戦いを戦い抜く、と。宣誓にも似た言葉。

 

 

「なるほど、なら問題ないな。ではガラージュ島に行くとしようか」

「っ!? な、なんでそうなるんだ!?」

「なに、心配がないのであればさっさと感動の再会を済ませておけばいいと思っての。どうした、行かぬのか?」

「い、いや……それは……」

 

 

だがそんな自分をからかうようにママさんはそうイジってくる。まるでいつもアキ相手にしているような振る舞い。自分も反論したいがガラージュのことをネタにされては敵わない。本当なら一刻も早く帰りたいのを何とか我慢しているようなものなのだから。しかし

 

 

「ふむ、貴様といい、アキといい人間というのは面倒じゃの。欲望のままに生きればいいものを……まあよい。とりあえずは気負いがなくなったようじゃしの」

「え……?」

 

 

そこまで言われてようやく悟る。ママさんの言動が全て、自分の気負いを見抜いての物だったことを。

 

 

「……やっぱりそう見えたか?」

「隠しておるつもりじゃったのか。アキすら騙せぬような有様じゃったぞ。意気込むのはいいが気負い過ぎるな。さっきの話ではないが、実力を出し切れなくては意味がないぞ」

 

 

呆れ気味にそう明かされてしまう。自分では隠しているつもりだったがバレバレだったらしい。いい年してこれでは笑われてしまう。まるで母に諭されてしまったかのよう。そんな恥ずかしさと同時に

 

 

「明日、死ぬことは許さぬ。貴様が死ねば我が主様も動揺するであろうからな。よいな?」

 

 

そう告げられる。厳かな、それでもどこか慈愛を感じさせる言葉。アキのためだというのも本当だろうが、それでも自分の身を案じているのが隠しきれていない、そんな素直ではない母なる魔石。

 

 

「……ああ、約束する。今度こそガラージュ島に送ってもらわないといけねェからな」

 

 

目を閉じながらそう約束する。かつてカトレアとハルに約束したように――――

 

 

 

 

闇を感じさせる祭壇。ジンの塔と呼ばれる塔の中に、一人の男がいた。その場にいるだけで空気を支配しかねない圧倒的な王者の風格。呪われた血であるレアグローブの証である金の髪。

 

『キング』

 

DC最高司令官にして闇の頂点とまで言われる男。キングはただその力を感じ取っていた。目の前の祭壇から感じる鼓動を。胎動とも思えるようなエンクレイムと呼ばれる暗黒の儀式の予兆。九月九日。時の交わる日であるその日のみ、それは可能となる。

 

DBの生成。シンクレアしか行えないはずの奇跡を。それを示すようにキングの手には一つのDB、いや剣が握られている。

 

『デカログス』

 

十戒の名を冠する魔剣。TCMと対となるエンクレイムの最高傑作。だがキングは知らなかった。本来ならそれがこの場にはあり得ない存在であることを。

 

本来の歴史であれば、今回の儀式でデカログスは生まれるはずだった。それが早まっている。その意味を。

 

一際大きな鼓動がジンの塔を震わせる。時はもう迫っている。キングにとっての悲願である、『大破壊』のDBの完成が。

 

キングは知らない。それを超える力が今まさに生まれんとしていることを。

 

 

「――――決着の時だ、ゲイル・グローリー」

 

 

二人のゲイル、二つの風が重なる時の交わる日はもう目の前に。

 

 

その日はのちにこう呼ばれることとなる。

 

 

『魔石大戦』と――――

 

 

 




作者です。第三十話を投稿させていただきました。

長くかかってしまいましたがこれで第一部が終了となります。このSSは起承転結の四部構成で第一部は起の部分にあたります。前作との違い、エリーの記憶が戻るところから始まり、これからの展開の布石、伏線を張るための章です。

次話からは第二部である魔石大戦編になります。これまでと違い、バトル要素が多くなりますが楽しみにしていただけると嬉しいです。では。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。