ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第三十一話 「開戦」

『ジンの塔』

 

天高くまで伸びる巨大な塔。暗黒の儀式であるエンクレイムの中心となる場所。DCの中でも限られた者にしか知られていないその場所に、一面見渡す限りの人影がある。だがそれらは人ではなかった。その全てが魔人と呼ばれる魔界の住人。その証拠に人ではあり得ない怪物のような形相。一般人ではひとたまりのない力を持った者たち。だが最も恐れるべきはその数。その数は優に千人を超える。その中に会って一際目立つ存在がいた。

 

ジンの塔の管理人であるグネット。その名の通り、ジンの塔の管理を任されている、同時にこの千の魔人をまとめるリーダーである存在。

 

 

「いいか――!! よく聞け――!! オマエら――!! ついにこの時が――!! 来た――!! ゲイル様がこのジンの塔に――!! やってくる時が――!!」

 

 

まるで演説をするかのようにグネットは高らかに宣言する。高揚した感情を抑えきれていない。今にも特攻しかねない狂気を秘めた咆哮。だがそれも無理ないこと。何故ならこの瞬間こそ、グネット達が一年間待ち望んでいた日なのだから。

 

『ゲイル・レアグローブ』

 

グネット達魔人の頭にして、DC最高司令官。キングと呼ばれる男が今、この場にやってこようとしているのだから。それをお迎えし、エンクレイムの儀式を滞りなく進行して頂く。それこそが魔人達の使命。そして

 

 

「今我々が――!! するべき事はひと――つ!! 我が千の――!! 魔人兵をもってェ――!! 今日こそ――!! ラーバリアを――!! 潰――――す!! 出撃ィィ!!」

 

 

もう一つの使命が結界の都であるラーバリアを壊滅させること。この一年、幾度となく攻め込んだが結界と結界聖騎士団によって阻まれてきた使命。だが結界の力は弱まりつつある。加えて騎士団も疲弊してきている。故にこの日を以ってそれを殲滅し、レイヴを頭であるゲイルに献上する。ついに念願の時が来たとばかりに魔人たちは戦意高揚し、咆哮と共に出撃せんとする。結界騎士団の数はたかが百。十倍以上の戦力差。殲滅戦、いや蹂躙にしかならない一方的な虐殺が始まらんとした瞬間、それはたった一人の男によって阻まれてしまった。

 

 

「――――」

 

 

荒野にたった一人。ローブを纏った男が魔人たちの前に姿を現す。その背には身の丈ほどもあるような巨大な銀の大剣がある。間違いなく剣士のそれ。だがこの状況においては正気とは思えない愚行。

 

 

「なんだ――!? アイツは――!? たった一人で――攻め込んで来ただァ――? 自殺志願者か――?」

 

 

嘲笑と共にグネットはそう吐き捨てる。もはや呆れを通り越して憐れみすら感じてしまうほど。他の魔人たちもそれは同じ。千の軍勢に対して相手はたった一人。戦いにすらならない。誰の目にも明らか。しかし魔人達を前にしながら、ローブの男はただ静かに、それども力強くその愛剣の柄に手をかける。

 

魔人達は知らなかった。目の前の男が人であって人でない者であることを。

 

 

「……行くぞ、マザー」

『……よい。では往くとしようか、我が主様よ』

 

 

『金髪の悪魔』

 

 

かつて世界に恐れられた存在がここに現れたのだということを。

 

 

瞬間、『魔石殺し(ダークブリングマスター)アキ』の戦いの火蓋が今、切って落とされた――――

 

 

それはまさしく悪夢だった。誰にとって、などもはや語るまでもない。目の前の光景が全てを物語っている。ほんの数分。ほんの数分でもはや大勢は決しつつあった。響き渡るのは阿鼻叫喚。悲鳴と絶叫。先ほどまでの高揚し、人を殺せる悦びに打ち震えていた魔人たちの姿はどこにも残っていない。あるのはただ死の恐怖。魔人たちは思い出す。自らの故郷である魔界。その世界にある単純な、それでも絶対の掟。弱肉強食。魔王ですらその例外ではない世界の真理。

 

それはただの剣だった。何の能力も持たない、鉄の剣。だがその一振りによって、数十の魔人たちが一瞬で葬られていく。だが魔人たちもただそれに甘んじていたわけではない。前後左右。全方位から絶え間なく、ただ全力でアキを殺らんと襲い掛かっていく。しかしその爪も牙も届かない。剣の結界とでもいうべき剣技を前にして傷一つどころか、ローブに触れることすら敵わない。

 

 

「なっ――――!? な、何をやっている――――!? あ、相手はたったの一人だぞ――――!?」

 

 

刹那の放心。そこから我を取り戻し、グネットは叫ぶ。ただ叫ぶしかない。当たり前だ。相手はたったの一人。こちらは千人。子供でも分かる戦力差。それが一瞬で崩れ去っていく。もはや軍勢は半分ほどにまで数を減らしている。グネットの号令ももはや意味を為さない。魔人たちにはもう戦う気力が残っていない。恐怖が伝播し、軍勢を蝕んでいく。それほどまでにアキの力は魔人たちの理解を超えている。無双。一騎当千。そう形容する他ない実力。敵わないならば持久戦に持ち込めば、そんな指揮官としての思考がよぎるもグネットは一瞬で切り捨てる。そう、まだ戦いが始まってから数分。その間に五百を超える兵が倒されてしまっている。そんな相手に持久戦など挑めるはずがない。その前にこちらが全滅してしまうのは火を見るよりも明らか。

 

 

「こ、これ以上は進ませ――ん!! ザージップいでよ!! ザーシップ!!」

 

 

自らに生まれ始めた恐怖を吹き飛ばすかのようにグネットはその名を叫ぶ。千の魔人の中でも最高の戦闘力を誇る切り札。魔人兵の数倍の巨躯とそれから繰り出される怪力。何よりもその強さの根幹はザーシップが持つDB。サブマリーンソイル。潜水艦のように土の中を移動できる能力。ザーシップがそれを扱うことによってそれはまさに敵に知られることなく奇襲できる存在へと昇華される。グネットの指示に従うようにザーシップはそのまま地中を先行し、狙いを定める。それはアキの足元、人間である以上避けることができない絶対の死角。加えて今アキは地上の魔人と交戦中。気づける術はない。そのまま地中からの無慈悲な奇襲が行われんとした瞬間

 

 

「――――邪魔だ」

 

 

そんな呟きと共に、ザーシップは両断される。片手間のような斬撃によって大地ごと。その光景にグネットはもちろん、他の魔人達も言葉を失う。当然だろう。自らの軍勢の中で最強のザーシップが一瞬でやられてしまった。しかも地中から出てからではなく、地中に潜んでいる状態で。あり得ない現実。まるで最初からそこにいるのが分かっていたかのような戦慄。グネットはようやく悟る。目の前のアキの脅威を。その存在の危険性を。

 

 

「よ、よく聞け――――い!! 者ども――我は悟ったり!! この男……ゲイル様に会わせてはいかーん!! 今すぐ殺せ!!」

 

 

グネットは決死の覚悟で部下たちに最期の命令を下す。目の前の男をゲイルに、キングに会わせるわけにはいかない。ゲイル、という自らの頭の名によって魔人達は一気に戦意を取り戻し、アキに向かって特攻していく。技術も何もない、ただ純粋な突撃。自らの身など顧みない行動。それを示すように魔人達は次々に自爆していく。敵わないのならせめて道連れに。その狂気と共に、殺せ! という言葉が怨嗟のように木霊する。残った全ての兵、五百の魔人達が全て爆発し、辺りは爆炎によって支配される。残ったのは爆煙と何も残っていない荒野だけ。跡形すら残らない、魔人達の執念。だがそれだけの力を以てしても

 

アキには傷一つ与えることはできない。アキはただ変わらずその中心に立っていた。傷はおろかローブすら焼くことすら敵わない。遥か怪物。

 

 

「ば、バカな……!?」

 

 

グネットはただその光景に恐怖するしかない。自らが誇る魔人軍が一瞬で壊滅してしまった。だがそれ以上に、自らの今の感情に。あり得ない幻影が見える。そう、まるで今目の前にいるのが自らの主である、キングなのではないか。そんな感覚。だがそれも一瞬、残された理性でグネットは自らのDBに手を伸ばす。それによって敵わずともわずかでも足止めを、だがそんな思考を先読みしたように、アキの剣閃がグネットを切り裂く。

 

それがアキと魔人兵との戦いの決着。同時に長く続いたラーバリアと魔人達との戦いの終焉でもあった――――

 

 

「…………」

 

 

一度だけ、魔人達との戦いの跡を振り返りながらもアキはそのままジンの塔へと足を向ける。疲労の一つも感じさせない、まるで何事もなかったかのような振る舞い。だが

 

 

「中々やるようですね……私たちが召喚されただけはある、といったところですか」

 

 

そんなどこか機械的な声が響き渡る。ジンの塔の入り口。そこに先ほどまでは存在しなかった人影がある。その数は五つ。その出で立ちは人間とも魔人とも異なる。明らかに異質な物。当たり前だ。彼らは先ほどまでの魔人たちとは文字通り、格が違う存在なのだから。

 

 

「申し遅れました。我々はキングを守りし魔界の騎士、王宮守五神です。名もなき剣士よ」

 

 

『王宮守五神』

 

その名の通り、魔界から呼び出されしキングを守る五人の騎士。

 

『角殺のルチアングル』 『竜人(ドラゴンレイス)レット』 『反撃のラカス』 『影使いリオネット』 『針使いロン・グラッセ』

 

五人全てが魔人千人に匹敵する力の持ち主たち。キングが持つDBの一つ、ゲートによって呼び出された存在だった。

 

 

「魔人たちを倒されたようですが、我々を同じだと思わないことです。残念ですが貴方をキングに会わせるわけにはいきません。エンクレイムを邪魔することは何人たりともできないのですから」

 

 

塔のような兜が付いた異形の鎧を纏っている王宮守五神のリーダー。ルチアングルは冷静にそう宣告する。それは純然たる事実。魔人千人などこの五人の前では意味を為さない。それにふさわしい風格と強さをルチアングルは兼ね備えている。

 

 

「その通りである。お主はここで死ぬことになる。あきらめるがいいのである」

 

 

リオネットもまたルチアングルに続きそう告げる。どこかマリオネットを思わせる奇妙な風貌とは裏腹に五人の中で最も残虐な性格の持ち主。

 

 

「……待たれよ。このままではこの戦は多勢に無勢。少々ワシの道徳に反する。剣士よ……ワシと一対一の勝負をされよ」

 

 

そんな二人とは対照的に、どこか武人の風格を感じさせる竜の顔をした男が一歩前に出てくる。竜人と呼ばれる亜人であるレット。他の四人とは違い、純粋に強さを求める存在。そんなレットにとってこの状況は五対一という状況は好ましくないもの。だからこそ一対一の尋常な勝負を。だが

 

 

「ずるい!! ずるい!! オレ!! 殺し!! 我慢!! 無理!!」

 

 

そんなレットの行動が許せないとばかりに全身を甲冑で纏った大男が割って入る。ロンは人を殺すことを何よりの楽しみにしている存在。その証拠に全身の身体は震え、蒸気のようなものまで噴き出している始末。目の前の人間であるアキを殺したく殺したくてたまらない。もう我慢できないとばかりにロンは暴走しかけている。

 

 

「まったく……いいでしょう。早い者勝ちです。それなら問題ないでしょう?」

 

 

そんな個性が強すぎる部下たちの有様に若干呆れながらもルチアングルはそう告げる。ルチアングルにとってこの戦いはキングを守ることが全て。一対一であろうがなかろうがそれは変わらない。邪魔者に死を。この一点のみがこの五人に共通する認識。だがそんな中、ルチアングルはふと気づく。

 

 

「……どうかしたのですか、ラカス。先ほどから一言も喋っていませんが?」

 

 

五人のうちの一人、ラカスが一言も発していないことに。だがそれはあまりにも珍しいこと。ラカスはそのダンサーのような風貌からも分かるようにムードメーカー的な立ち位置。同時に隊長であるルチアングルを敬愛しており、「ですよね? 隊長」という口癖と共にルチアングルに話を振ってくるのが日常茶飯事。だというのに一体どうしたのか。そこでようやくルチアングルは気づく。

 

ラカスがアキを見つめたまま、体を震わせているのを。

 

ラカスは五人の中でもカウンターを得意とし、自らのリズムに合わせてDBを駆使し相手の攻撃を何倍にもして反撃する戦法を取る。それはラカスのリズム感覚、スピードもあるがそれ以上にもう一つのラカスの能力によるところが大きかった。

 

読心術。

 

その名の通り、相手の心を読み取る力。それによって相手の思考を読み取り、先読みすることでラカスはその二つ名が示すように反撃を行うことが可能となる。相手によっては反則にも近い能力。だがそれによって今、ラカスは戦慄していた。いや、ただ恐怖によって震えていた。

 

それはアキの思考。今まで数多の人間の思考を読んできたラカスであっても、それはまさに悪夢でしかなかった。それは三つの恐怖。

 

一つ目が、アキが自分たちの能力の全てを知っていたということ。能力だけではない、その戦い方も、強さも。その全てをアキは知っている。理解している。その経緯が何であったかは問題ではない。情報という、戦闘において大きな意味を持つアドバンテージを全てアキは持っている。

 

二つ目がその思考。戦いの身を置く者たちの思考には必ず自信、自負がある。だがそれは慢心、油断と言い換えてもいい。だがこの男にはそれがない。ただあるのは

 

『どうやって五人を殺さずに無力化するか』

 

たったそれだけ。五対一であることなど全く関係ない。自信や慢心ではない。ただ冷静に、客観的に自分たちを無力化する方法を思考している。殺さずに、なんてふざけた条件を設けたまま。だがそれは妄言ではない。ラカスは読んでしまう。そう、それだけの力の差が自分たちとこの男にはあるのだと。

 

それが三つ目。アキ自身の能力。その中でも自分たちにとって、いやDCにとって天敵ともいえる能力がある。それこそが――――

 

 

「――――た、隊ちょ」

 

 

恐怖を振り払い、絶叫と共にその事実をルチアングルに伝えようとした瞬間、ラカスは意識を失う。アキの一刀によって地面へと倒れ伏す。反撃のラカスにあり得ない敗北。カウンターすら合わせることができない。思考を読めたとしても反応できなければ意味がない、そんな当たり前の道理。何よりも焦りと恐怖によってラカスは読み取ることができなかった。アキにとって一番先に倒すべき標的が自分であったことを。

 

 

「――――っ!?」

 

 

瞬間、残された四人の時間が止まる。一瞬。瞬きの間にラカスが倒された。その衝撃と意味。ただの兵であれば狼狽し、隙を晒すであろう展開。だが四人にそれはない。魔人千人に匹敵する彼らにとってこと戦闘においてそんな醜態はあり得ない。

 

 

「っ!! 覚悟するのである!!」

「お前!! オレ!! 殺す!!」

 

 

リオネットとロンは弾けるようにアキに襲い掛かっていく。リオネットはすぐさま自らのDBによってアキを捕らえんとする。シャドードール。その名の通り、影を操る能力を持つDB。リオネットに影を踏まれた者はそのまま身動きが取れなくなってしまう。それに合わせるようにロンはその手に針のような槍を持ってアキに振り下ろす。その怪力であれば敵を串刺しにして絶命させて余りある一撃。二人は確信する。まさに必勝の型。だがそれをアキは難なく躱す。自らの身体をわずかに逸らすだけで。

 

リオネットはただ驚愕するしかない。確かに自分は相手の影を踏んでいる。なのになぜ動くことができるのか。だがそれでも勝利は揺るがない。何故なら

 

 

「針地獄!!」

 

 

ロンの攻撃はまだ終わっていないのだから。その名の通り、無数の巨大な針が地面から生まれていく。それこそがロンが持つDBニードルペインの能力。攻撃をよけられたとしても地面から針を生み出すことで相手を串刺しにする技。それを避ける術はない。だがそれは大きな間違いであることにリオネットとロンは気づく。そう、アキには避ける必要すらないのだということを。

 

 

「がっ……!? な、何で……? オレ……?」

 

 

今度こそリオネットは言葉を失う。目の前にはロンが針によって串刺しになっているというあり得ない光景があった。ロンは何が起こったのか分からないまま倒れ伏す。当たり前だ。自分の攻撃で自爆するなど誰が考えるのか。いくら感情をコントロールできない、暴走するロンであってもあり得ない。対してアキは微動だにしていない。まるでアキだけを避けるかのように針が生み出されている。その事実にようやくたどり着かんとした瞬間、さらなる恐怖がリオネットを襲う。

 

 

(こ、これは……針地獄……!?)

 

 

ロンの技であるはずの針地獄が自分に向かって襲い掛かってくるという事態。ロンは既に戦闘不能になっているはずなのに何故。しかも味方であるはずの自分に。そんな思考の狭間で何とかリオネットは自らのDBの力を解放する。シャドードールのもう一つの能力。一時的に自らの身体を影に変え、攻撃を無力化する極み。だがそれは叶わない。それだけではない。自分の身体が動かなくなってしまっている。まるでマリオネットになってしまったかのように。

 

 

「あ、あり得ないのである!? お主、まさか――――」

 

 

その答えを口にすることすら許されず、リオネットは針地獄に飲み込まれる。今までおもちゃのように人間の命を奪ってきた末路。

 

 

「なるほど……いささか我々はあなたを甘く見ていたようですね。いいでしょう……最初から私の全力を見せてあげましょう」

 

 

自らの部下が三人やられたにも関わらず、一切の動揺を見せぬまま隊長であるルチアングルは宣告する。知らず自分たちの慢心と油断があったことを。故に最初から全力。一切の慈悲も容赦もなく相手を抹殺せんとルチアングルは自らのDBの力を解放する。

 

『トランスペアラント』

 

あらゆる物質を透明にする事が出来る上級DB。それによる死角からの攻撃によって相手を抹殺することから角殺の異名を持つ男。その極みである自らの透明化と同時に相手を四方から串刺しにする奥義こそがイディナローク。王宮守五神の中でも最強であるルチアングル。だが

 

 

(っ!? な、何です……? 奴の姿が消えた……?)

 

 

感情を持たないはずのルチアングルは初めて動揺する。それは先ほどまで目の前にいたはずのアキの姿を見失ってしまったからこそ。だがあり得ない。自分は一瞬たりとも相手から目を離していなかった。そんなミスを犯すほど自分は甘くない。一体どこへ。とにかくその場を移動し、機会をうかがわなくては。そんな思考の中、ようやくルチアングルは気づく。それは

 

 

「なっ――――!?」

 

 

自分の手が、体が見えていること。能力の使用中は自分ですら見えないはずの姿が見えている。そんな今まで起こったことのない事態。本当なら声を抑えていなくてはならないにも関わらず、なりふり構わずルチアングルは自らのDBを確認する。変わらずそこには自らのDBがある。その力も感じられる。ただ違うのは

 

その力が、自分ではない誰かによって操られていたこと。

 

 

「っ!? た、助け――――!?」

 

 

生まれて初めての恐怖の叫びと共にルチアングルは切り裂かれる。誰もいないはずの場所で。消えゆく意識の狭間に確かにルチアングルは見た。徐々に姿を取り戻していく、半透明のアキの姿を。同時に思い知る。知らず、自分には死角などないと思いあがっていた己の傲慢さを。

 

 

寝取り(他者のDBの操作)

 

それこそがアキの得た新たな力。この半年、マザーによるDBとの修行によって会得したアキだからこそできる奥義。持ち主の命令を遮断するだけでなく、直接触れなくとも自らの意志のまま操ることができる。シンクレアの持つ絶対命令権に匹敵するダークブリングマスターだからこそ許されるもの。

 

魔石(ダークブリング)を持つ者では魔石殺し(ダークブリングマスター)には敵わない。

 

それが母なる闇の使者(マザーダークブリング)でない限り。

 

もっともマザーからすれば他の担い手からシンクレアを寝取る予行練習。ヘタレからクズにランクアップするための物なのだがアキには知る由もない。

 

 

「……まだやる気か?」

 

 

倒れ伏した四人の魔人を見据えながら、アキはそう問いかける。勝敗は決した。そう誰の目にも明らかな状況。にも関わらず、最後に残った一人の男は構えを解くことはない。むしろそれまで以上の闘志を見せている。

 

 

「当然じゃ……ワシはただ強者との戦を望み続けるのみ。お主ほどの相手であれば猶の事じゃ」

 

 

レットはその拳と瞳に力を込めながらアキを前にする。アキの実力を見誤っているわけではない。自らよりも格上である隊長のルチアングルが為すすべもなく敗れ去った。それだけで充分。勝ち目はないと言ってもいい。他の者のようにレットはDBを持っていない分、アキに対しては有利ともいえるが焼け石に水程度でしかない。それでもレットに退くという選択肢はなかった。

 

『生か死か』

 

それこそがレットの生きる道。ただ戦うことこそが望み。そのためにDCに所属している、善か悪かなど些細な違いでしかない。戦いは楽しむもの。想いや思想など不純物でしかない。レットは確信する。目の前の男は間違いなく今まで自分が戦ってきた誰よりも強い。だからこそ、この戦を楽しみたいと。結果自らの死が待っていたとしても。

 

 

「……そうか」

 

 

ぽつりと、どこかこの場に似つかわない空気を一瞬見せながらも、アキは剣を構える。レットもそれに合わせる。持久戦などにはならない。勝負は一瞬。互いにそれを理解している。だがらこそレットはその拳に自らの力の全てを込める。竜人(ドラゴンレイス)に伝わる奥義の一つ。全てを無に還す天竜の一撃。

 

 

「奥義……天竜虎博――――!!」

 

 

その無双の一撃が放たれる。これが生涯最後。そんな覚悟を込めた拳。それに合わせるようにアキもまた剣を振るう。奥義でも何でもない、ただの剣の一振り。剣と拳。相反する二つが交差する刹那。レットは理解した。

 

それはある領域を超えた者同士の感覚。優れた剣士は剣を交えただけで互いを理解する。剣と拳であってもそれは変わらない。走馬灯にも似た感覚の中、レットは知る。目の前の男、アキが何もかも自分とは正反対であることを。

 

戦いを忌避している。これほどの強さを持っていながら、戦いたくないと思っている。戦いが好きでないのだと。理解できない感情。自分にとって戦いは楽しみ。だがこの男は違う。この男にとって戦いは手段でしかない。目的ではない。では何のために戦っているのか。その狭間に、確かに見た。

 

見知らぬ金髪の少女の姿。霞んでしまうような、幻影。たったそれだけのためにこの男は自分たちを、世界を敵にしようとしているのだと。

 

レットは思い出す。これまでの自分。いつの間にか忘れてしまっていた、逃げていた感情を。自分にも目的があったはず。いつの間にかそれを失ってしまっていた。それは

 

 

「…………ジュリア」

 

 

愛していた女の名前。自らの未熟によって親友に奪われてしまった存在。それこそが自分の戦う意味だったはず。

 

レットはそのまま一閃によって膝をつき、そのまま地に臥していく。だがその口元には微かな笑みがある。あるのは自分がそのことに気づくのが遅かったという後悔だけ。

 

それがアキとレット。最初で最後の戦いの決着だった――――

 

 

「…………」

 

 

ローブをたなびかせながら、アキは倒れ伏したレットを一瞥した後改めてジンの塔を見つめる。もうその道を邪魔する者はいない。今まさにその階段に足をかけようとした瞬間

 

 

「全滅か……ゲート、使えねェDBだ」

 

 

そんな重苦しい声と共にDBが投げ捨てられ、アキの足元に転がってくる。もう用無しだと言わんばかりの扱い。だがそれは間違いではない。その男にとって王宮守五神など足元にすら及ばない存在でしかないのだから。

 

DC最高司令官『キング』

 

今ここに、世界の命運を賭けた『魔石大戦』が開戦される時が来た――――

 

 




作者です。第三十一話を投稿させていただきました。今回から第二部となります。展開が早いと感じる方もいるかもしれませんがテンポよく進めた方がいいとの判断です。アキの心情を想像しながら読んでいただければ嬉しいです。

また切りがいい機会だったので前作であるダークブリングマスターの憂鬱もこちらに投稿させていただきました。改めてエリールートとの違いを楽しんでいただけると嬉しいです。では。

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