ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第三十二話 「宣言」

ジンの塔の入り口。そこから見下ろすように王は君臨していた。黒い魔剣に黒い甲冑。悪魔の札が記されたマント。何よりもその金髪こそが王の証。呪われた血であるレアグローブの末裔。

 

 

「たった一人で乗り込んでくるとはな……その度胸だけは認めてやる」

 

 

闇の頂とまで言われる男、キング。その眼下には既に壊滅し、無様な姿を晒している部下たちの姿がある。千の軍勢はもはや見る影もなく、魔界から召喚された王宮守五神たちもまたそれは同じ。自らが持つ切り札である六祈将軍には及ばないものの、あの五人を同時に相手にして勝利する。しかも全くの無傷で。その意味を誰よりもキングは理解していた。

 

 

「…………」

 

 

そんな並みの者ならその威圧、空気にあてられただけで腰を抜かしてしまうほどのキングの殺気に晒されながらも、アキは黙り込んだまま。微動だにしない。ただ階段の下からキングを見上げているだけ。ただその手だけは剣の柄を握りしめたまま。いつでも動くことができるように。明らかに先ほどまでとは違う雰囲気。

 

 

「名乗る気はねェってわけか……ふざけた奴だ」

 

 

どこか不敵な笑みを浮かべながらキングは一歩、また一歩と階段を下りていく。本当であれば部下たちをかわいがってくれた相手に激高してもおかしくない場面。にも関わらず今のキングにそんな感情は一切なかった。あるのはただ奇妙な高揚感と好奇心。目の前の剣士は過小評価しても間違いなく六祈将軍レベル。だが全く心当たりがない。他の闇の組織の幹部である可能性もあるが、であれば姿を隠し名乗りすら上げないのは不自然。加えてその戦い方も異常だった。剣技については言うに及ばず、相手のDBを操作、支配して戦う者など見たことも聞いたこともない。闇の頂点とまで言われているキングですら不可能な芸当。

 

 

「エンクレイム前の余興だ……軽く遊んでやろう」

 

 

キングはそう宣言しながらアキの前にまで迫る。互いの剣の間合いに入るギリギリ一歩外。そしてついにその剣が振るわれるかに思えた瞬間

 

 

「いや……その必要はねェ。お前の相手はオレだ……キング」

 

 

そんなその場にあり得るはずのない第三者の声が響き渡る。だがアキはもちろん、キングも全く動揺することはない。まるでその存在を最初から知ってたかのように。

 

 

「ふん……やはり貴様だったか、ゲイル・グローリー」

 

 

待ちわびたとばかりの笑みと共にキングは誰もいないはずの虚空を見つめる。瞬間、その一帯の景色が歪んでいく。まるでそれは砂漠の蜃気楼。光の屈折、幻影が解かれた先には一人の男がいた。

 

 

「やっと会えたな、ゲイル・レアグローブ……もう一人のオレよ」

 

 

キングに勝るとも劣らぬ風格と存在感。二本の剣を携えた剣士。対照的なのはその銀髪。レアグローブと対を為す、シンフォニアの末裔であることの証。ゲイルとキング。同じ名を持つ二人の王がついに邂逅する。まさに時の交わる日の始まりに相応しい瞬間。

 

 

「どうやらオレが来ていたことには気づいてたみてェだな」

「当然だ。今日が何の日であるか忘れたわけではあるまい。生きていれば必ず来ると思っていたぞ……貴様はそういう男だ、グローリー」

 

 

一触即発。互いに眼光を光らせながらキングとゲイルは睨み合う。一瞬でも隙があればその瞬間、生死が決まる。遥かに次元が違う王の領域。そんな領域にいるはずのもう一人の男はただただその場で戦々恐々とするしかない。どう考えても場違いなので下がってもいいだろうか、と本気で迷ってしまうほど。

 

 

「だが驚いたぞ……まさか貴様が仲間を連れてくるとはな……貴様が身を隠していたのもそいつのDBの能力ってところか……」

 

 

そのままキングは値踏みするようにアキへと視線を送ってくる。圧倒的な王の威光。ハイドを使わなくても気配遮断ができるほど空気を消していたはずなのだがそう上手くいくはずもない。思わず体を震わせそうになるが、アキは必死に耐えるしかない。色んな意味で空気をぶち壊しかねない。

 

ゲイルにキングとの一対一ができる状況を作ること。

 

それこそが今回の戦いにおけるアキの役目。そのためにアキは魔人の軍勢と王宮守五神の相手を買って出た。無論、ゲイルであっても万が一にも後れを取る相手ではないが、体力の消耗は避けられない。何よりもゲイルだけに任せるわけにはいかないというアキなりの意地のような物。その間、ゲイルはアキのDBの一つであるイリュージョンによって姿を隠していたのだがどうやらキングには通じていなかったらしい。改めてキングの怪物ぶりを見せつけられた形。

 

 

「お見通しだったってわけか……それも邪悪を極めたお前の力か」

「邪悪か……貴様にそんなことが言えるのか、グローリー? オレを倒すためとはいえ、その邪悪な力を扱う者に助力を乞う貴様に」

 

 

キングとゲイル。両者はこれまでの因縁、月日を埋めるかのように言葉を交わす。その応酬だけでもうアキには一杯一杯。その言葉通り、アキには反論する余地がない。むしろ邪悪さでいうなら認めたくはないが自らの方が上かもしれない。

 

 

「いや……DBは邪悪な物ではない。それを扱う者……キング、お前自身がその邪悪に染まっている。闇も光も関係ない。オレがお前を倒す……決着の時だ、キング!!」

 

 

そんなアキの雑念を振り払うように、剣を構えながらゲイルはそう宣言する。奇しくもそれはアキがクレアから聞かされた言葉と同じもの。DBもレイヴも、闇も光も関係ない。ただ人間の邪悪さ、弱さと戦うために。長きにわたる二人の因縁。それに決着をつけるために。

 

 

「フフ……なるほど、単純な貴様らしい答えだ、グローリー。いいだろう、なら見せてやろう……邪悪を極めた……闇の頂とまで呼ばれたオレの力を!!」

 

 

もはや言葉は必要ない。歓喜と共にその両手を掲げながらキングはその力を解放する。時の交わる日。全ての時の接合点であるこの瞬間のみ、キングはエンクレイムの、エンドレスの力を扱うことができる。それに呼応するように大地が揺れ、ジンの塔が倒壊していく。いや、生まれ変わっていく。

 

 

「ちっ……アキ、離れろ!」

 

 

ゲイルの言葉と同時にアキもまたその場を飛び退く。同時に空が暗黒に染まっていく。暗黒の儀式の始まりを告げる天変地異。その先には生まれ変わったジンの塔の姿がある。まさに新たな闇の力を生み出す終焉に相応しい異形。偉大なる魔の光エンクレイムの真の姿。その光景と力にゲイルは圧倒されてしまう。だがアキのそれは比ではない。それはダークブリングマスターとしての感覚。シンクレアを含めた数多のDBの力を目の当たりにしたアキだからこそ分かる。目の前で起ころうとしているエンクレイムの異常さに。この儀式の終着点はエンド・オブ・アースの完成。すなわち大破壊のDBを生み出すこと。だが目の前の力の規模はそんなレベルではない。何故。そんなアキの疑問を嘲笑うかのように

 

 

「驚いてくれたみてェだな……その礼だ。エンクレイムではない、オレの見出した力を見せてやろう」

 

 

キングはその力を解放する。キングが持つ五つのDBの一つ。ワープロード。自らや他の者を瞬間移動させることができる能力を持つDB。だがその恐ろしさはそれだけではない。今この瞬間、キングが扱うという点においてワープロードは最強のDBと化す。

 

瞬間、紫の光と共にキングの従者が召喚される。その数は五つ。奇しくもゲートの王宮守五神と同じ数。違いがあるとすれば、その一人一人が王宮守五神など足元にも及ばない強さを誇るということ。

 

六祈将軍(オラシオンセイス)

 

DC最高幹部でありキングに選ばれし六人の戦士。それぞれが六星DBとよばれる自然の力を操る特別なDBを装備している者たち。その力は一人一人で一国に匹敵するといわれるほどのもの。まさにDCの切り札。

 

『無限のハジャ』 『悪魔候伯ベリアル』 『龍使い(ドラゴンマスター)ジェガン』 『銀術師(シルバークレイマー)レイナ』 『氷の魔法剣士ユリウス』

 

一人欠けるものの残る五人の六祈将軍が今、キングの手によって混沌の地、ルカ大陸にあるジンの塔に召喚される。今ここに、その力によって闇の組織の頂点に立つ、DC最高戦力が全て終結したのだった――――

 

 

 

「なんだここは? ジンの塔か? オレ様が呼ばれるだけの敵がいるんだろうなぁ、キング?」

「あんまり美しくない言葉を使うものではないよ、ベリアル。ああ、それにしても今日はなんて素晴らしい日なんだ! DCの全てが集結するなんて!」

「あんたに同意するのもなんだけど……本当に全員が揃うなんていつぶりかしら? それにしても本部で待機命令を出してたのに呼び出すなんて、いったい何の用かしら、キング?」

「…………」

 

 

突然の召喚によって六祈将軍たちはそれぞれにキングへ疑問を口にしている。だがそこに動揺や焦りは全くないどころか隙一つない、臨戦態勢。軽口を叩きながらもそこには圧倒的な強者の風格が漂っている。そんな彼らであっても今の状況はすぐに理解できない。当たり前だ。つい先ほどまでDCの本部で待機命令が出されていたばかり。その命令に疑問を感じ、六祈将軍たちは別の場所で待機していたのだから。

 

 

「皆、口を慎むがよい、(キング)の御前であるぞ」

 

 

そんな空気を一瞬で引き締めるような重苦しい声が響き渡る。無限のハジャ。六祈将軍のリーダーにして最強の男。ハジャは忠誠を誓う騎士の様に膝をつき、キングに向かって首を垂れる。それに続くように他の六祈将軍たちも頭を下げる。唯我独尊。その強さ故に協調性の欠片もない者たちにも関わらず、キングを前にすることでそれは変わる。六祈将軍を一人で束ねることができる力をキングは持っているのだから。

 

 

「よく来た……六祈将軍。お前たちに下す命令はただ一つ。エンクレイムを邪魔する者たちを排除しろ。それだけだ」

 

 

自らに忠誠を誓う将軍たちを前にして王は告げる。邪魔者を排除しろと。単純な、これ以上にない命令。ただ違うところがあるとすれば

 

 

「ただし、その銀髪の男には手を出すな。その男はオレ自ら殺す。分かったな」

 

 

ゲイル・グローリー。彼だけは自らの手で始末する。それこそがキングの目的。魔人の軍勢も王宮守五神もただそれを邪魔するものを排除するための存在でしかない。その役目が六祈将軍に引き継がれただけ。逆を言えばアキにはそれだけの価値があると認めたことに他ならない。そこに間違いはない。ただあったとするならば

 

 

「…………頼んだぜ、二人とも」

 

 

ゲイルとアキにとって、それは既に分かっていたことだったということだけ。何のためにアキがこの場にいるのか。それは奇しくも同じ理由。ゲイルとキング。二人の戦いに邪魔が入らないようにすること。

 

ゲイルはアキの肩に手を置いた後、そのままジンの塔を駆けあがっていく。キングの姿は霧のように消え去っている。ワープロードの瞬間移動によってジンの塔の最上階へ。最後に相応しい決戦場へと。六祈将軍たちもそれを見ながらも手を出すことはない。キングの命令は絶対。それに逆らえばどうなるか。六祈将軍であれ例外はない。

 

アキはそんなゲイルの後姿を見送りながらも意識を切り替える。そう、自分の役目はここからなのだから――――

 

 

 

「けっ、なんだってんだ。あの銀髪の男は何だ? キングの野郎の知り合いか?」

「……ゲイル・グローリー。DCの創始者の一人にして、キングと五分の強さを持つとされる剣士なり」

「キングと互角……? 冗談でしょ?」

「ああ、何ということだろう……これぞ宿命の二人の邂逅なんだね」

「…………」

 

 

六祈将軍たちはそれぞれにゲイルへの疑問を抱くもハジャの言葉によって皆一様に驚きを隠せない。あのキングと互角の強さ。俄かには信じがたいがハジャが言うのであれば事実なのだろうと。しかしそれでも動揺はない。いくら互角とされようがキングが敗北するなどあり得ない。万が一そんなことがあったとしてもこの場には全ての六祈将軍がいる。キングと同時に自分たちを相手にして勝利できるものなど存在するわけがない。

 

 

「それはどうでもいいけどよ、それで残されたオレ様たちはあのローブの野郎一人の相手ってことか? それだけのために呼び出されてちゃたまったもんじゃないぜ」

「確かにそうだね。キングは邪魔者たちって言ってたけど……どうみても一人しかいないよ。キングも宿命の相手を前にして焦ってたのかな?」

「かもしれないわね。とにかく、命令は命令よ。誰が相手をする? ジェガン、あなたまだ一言も喋ってないじゃない。暇ならそこにいるドラゴンちゃんにやってもらえばいいじゃない」

「…………」

 

 

キングからの命令。普段なら緊張感を伴って然るべき物だが流石の六祈将軍たちも困惑を隠せない。なにせ相手はたった一人。しかも全く動く様子もない。面倒ごとは御免だとばかりにメンバーたちは互いに押し付け合う。五対一などあり得ない。なら誰が相手をするのか。そんな中

 

 

「……ここはお主らに任せる。よいな」

 

 

しばらく沈黙を守っていたハジャがそう告げる。その視線は変わらずローブを纏っているアキを見据えている。

 

 

「え? どういうつもりなのハジャ。これはキングの命令なのよ。いくら貴方でも命令違反に」

「左様。だがいささかここには戦力が集中し過ぎている。我も動かなくてはならぬ件がある。ここはお主らだけで充分であろう」

「当然さ。むしろ僕一人でも十分すぎる。君も忙しいだろうしね」

 

 

困惑するレイナをよそにハジャは最後にこちらを一瞥したまま姿を消してしまう。空間転移という大魔法。確かに副官であるハジャからすれば六祈将軍を一つに集めるなど見過ごすことができないのは分かる。しかしキングによってどんな罰を与えられるか。

 

 

「なんだ……ジジィの奴、まさか臆病風に吹かれたんじゃねえだろうな」

「それこそまさか、だよ。キングには及ばないにしても、ハジャが美しく強いことは君も知っているだろう」

「冗談はこれぐらいにしましょ。ハジャはともかく、あのゲイルって奴がヤバいってことは確かなんだから。私たちは私の役目を果たすだけよ。ジェガン、あなたさっきからいったい何を気にしてるの?」

 

 

いつまで経っても話が進まないことにレイナは頭を抱えるしかない。ジェガンに至ってはどこか明後日の方向を向いたまま会話にすら参加していない。癪ではあるがさっさと自分が始末をつけるべくレイナが動き出さんとした時、

 

 

「なんだ……? 手なんて差し出しやがって……降参でもしてるつもりか?」

 

 

今まで微動だにしなかったアキが動きを見せる。何の変哲もない、手を差し出す、端から見れば雨が降っているか確かめるような動き。両手を上げるならまだ分かるがあまりにも不可解な行動。しかし、次の瞬間、それが衝撃に変わった。

 

 

「――――っ!?」

 

 

声にもならない声が木霊する。それは六祈将軍全てのもの。その視線の先はアキの掌。何もなかったはずのそこに、四つの輝きがある。見間違えるはずのない、自らの半身ともいえる存在。

 

 

『ジ・アース』『ホワイトキス』『ユグドラシル』『アマ・デトワール』

 

 

自分たちが装備している六星DBがアキの手に渡ってしまったのだから。

 

 

「なっ!? て、てめえオレ様のDBを……!?」

「あ、あり得ないよ……一体どうやって……!?」

「私たちからDBを奪ったっていうの……!?」

「……っ!」

 

 

混乱の極地にありながらレイナもまた何度も確認する。だが結果は変わらない。自分が装備しているDBが消え去ってしまっている。いや、奪われてしまっている。だが一体なぜ。攻撃を受けた気配はなかった。アキは手を出しだしただけ。それなのに何故。

 

 

「奪ったんじゃねえ……返してもらっただけだ」

 

 

ぽつりと、今まで一言も喋らなかったアキが口を開く。そう、それは正しい。アキは奪ったわけではない。取り戻しただけなのだと。六星DB。それはマザーから生まれし六つの奇跡。自然の力を操る最もシンクレアに近いDB。そしてそれは本来アキのために生み出された物だった。それをアキが六祈将軍に、DCに流していただけ。本来あり得た未来を再現するために。そのためにアキは最初から六星DBにワープロードのマーキングを施していた。六祈将軍の動向を探るために。ヘタレの極みのような事情。だがその必要はもうない。アキはもう、ルシアを演じる必要も、歴史を再現する必要もないのだから。

 

その全てを振り払うように、アキはそのローブを脱ぎ捨てる。全てのしがらみを脱ぎ捨てるように。何よりも頭の中で喧しく物理的寝取りだの略奪だの卑怯者だのと喚き散らしている相棒を黙らせるために。

 

 

「……売人のアキ改め、魔石殺しのアキだ。悪いがお前らはここで退場してもらう」

 

 

アキは宣言する。魔石殺しという自らにとっては不名誉極まりない二つ名を。

 

 

六祈将軍は思い出す。ダークブリングが本来いかなるものなのか。因果応報。その力を向けられる恐怖を――――

 

 

 


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