ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第三十六話 「前座」

「ディ、ディープスノー……お前、どうしてここに……?」

 

 

ただただそう尋ねるしかない。この場にいないはずのディープスノーが何故ここに。自分はディープスノーに今日エンクレイムがあることも、自分がキングを止めるためにやってきていることも伝えてはいない。本当なら力になってほしかったが、とてもそんなことを頼めるような状態ではなかった。なら答えは一つしかない。

 

 

『ふん、そう熱く見つめるでない。お主の想像通り、我の計らいよ。この戦いがお主の目論見通りに行くわけもないと思っての』

『マ、マザー……お前何勝手なことを!? っていうかどうやってディープスノーを説得したんだ!?』

『なに簡単なことよ。お主がやろうとしない『パパ助けて!』をやってくれと頼んだだけじゃ。もっともちゃんとオブラートに包んではやったがの』

 

(こ、こいつ……!)

 

 

感謝しろとばかりに自分の手柄を誇示するマザーの姿に顔が引きつるが言い返すこともできない。自分の目論見通りにいかなかったのは事実。いわばマザーの一発芸のようなもの。戦力的な意味でもそれ以外の意味でもディープスノーの援護はこれ以上にないものなのだが素直に喜べないのは何故なのか。

 

 

「ルシア様……いえ、アキ様。遅れて申し訳ありませんでした。微力ではありますがこの力、お使いください」

「……いいのか、ディープスノー。相手はキングなんだぞ?」

 

 

その場に跪きかねない忠誠と共にディープスノーはそう告げてくる。ディープスノーは自分がルシアではないことを知っている。それでもその忠誠に変わりはないらしい。命を救った恩かそれとも。それでも問いかけるしかない。キング相手に戦えるのか、と。自らにとって父同然である相手。ディープスノーはその言葉に応えるようにキングを真っすぐに見据える。王であり、父であったキングの面影はもはやない。それでも、いや、だからこそディープスノーに迷いはない。

 

 

「はい。私はキングを……父を救うためにここに来たのですから」

 

 

それがこの半年で出したディープスノーの答え。誰に強制されたわけでもない、キングのもう一人の息子としての覚悟。

 

 

「どうやら話はまとまったみてェだな……アキ、オレたちで時間を稼ぐ」

「……アキ様、後をお願いいたします。その間は命に代えてでも」

 

 

キングのもう一人の息子であるディープスノー。その存在に驚き、思うところもあるであろうゲイルさんだがその全てを後回しにし、剣を構える。それを話す時間すら今は惜しいのだと。ディープスノーからすれがゲイルさんはキングを苦しめている仇に等しい存在。だがそれを表に出すことなく、その上着を破り捨てながら拳を構える。両者にあるのはただ一つ。キングを救う。ただそれだけ。

 

 

『ふむ……本当によいのだな、アキ。後戻りはできぬぞ』

『うるせえよ……そんなこと分かってるっつーの……』

 

 

最後の忠告という名の確認をマザーが口にする。もはや答えるまでもない。ここまでお膳立てをされてヘタレることなどできるわけがない。自分だけではない、二人の命もかかっているのだから。

 

 

「ああ……二人とも、力を貸してくれ」

 

 

自分一人では届かない。それでもこの場には自分だけではない。その全てを懸けてこの戦いを終わらせるために。

 

 

瞬間、戦いが始まった。最期となる一分の攻防。ディープスノーとゲイルさんが駆けると同時にキングもまた動き出す。だがキングの、羅刹の狙いは二人ではない。羅刹が襲わんとしているのは自分だけ。それは本能にも近い直感。この場で脅威となり得る存在が自分だけなのだと見抜いたが故の行動。正確には、その力を得ようとしている自分をその前に仕留めるために。

 

この刹那だけ、全ての感覚を閉じる。目も耳も、五感の全てを封じ込める。目の前で起こっているであろうキングと二人の戦いも意識の外に。今はただこの禁忌の儀式を行うためだけに。

 

 

『行くぞ、マザー』

 

 

いつものように胸に掛かっているマザーに告げる。だがいつものように答えは返ってこない。否、答える余裕をマザーは持てていない。その力が解放されていく。次元崩壊。エンドレスの根源ともいえる、大破壊すら可能な純粋なエネルギーが流れ込んでくる。そう、担い手である自分自身に。その意味も、危険も全て理解しながら。

 

『エンドレス化』

 

その名の通り、その身をエンドレスと一体化させることで神にも等しいエンドレスの力をその身に宿す奥義。人の身に余る、扱うことができない存在であるエンドレスを統べることができる者しか体現できない到達点。本来なら五つのシンクレアを統べて集めなければ発現しない能力。だがそれを今自分とマザーは疑似的に再現しようとしている。シンクレアであるマザーをして禁忌とされる行為によって。

 

『同化』

 

その名の通り、DBを己の肉体と同化させる技。奇しくも今、戦ってくれているディープスノーが宿している人工のDBである五十六式DBと同じ理屈。その力によってディープスノーは人間の限界を超えた身体能力を、ハジャは無限の魔力を得ることができている。だが当然代償もある。五十六式についてはディープスノー以外の実験体はその負荷に耐えられず絶命してしまっている。それをシンクレアで行うなど正気の沙汰ではない。大破壊にも等しい力を人の身に宿そうというのだから。その瞬間、即死して当然。肉体が崩壊する前に精神が崩壊してしまう。魔石殺しであるアキであれそれは変わらない。だからこそマザーはこの瞬間までそれを行うことを禁じてきた。

 

それこそがシンクレアの裏の役割。担い手を自らの力で塗りつぶし、操り人形とする禁じ手。裏DBと同質の能力を持つもの。その全てを覚悟した上で、シンクレアを胸に当て、取り込む。だが

 

 

瞬間、自分が消え去った――――

 

 

「――――」

 

 

分からない。自分が誰だか分からない。どうしてここにいるのか、何をしていたのかも思い出せない。あるのは恐怖だけ。目の前には紫から黒へと変わりつつある暗闇の光。マザーの、ではない。エンドレスの力が全てを飲み込んでいく。肉体の苦痛などもはや通り越している。致死量を遥かに超える毒が全身を巡っていく。これに抗う術はない。ちっぽけな自分ではどうしようもない、大いなる力。自然を超える、世界の意志。

 

消える。消えていく。誰かが自分を必死に呼んでいる。耳障りな、それでも聞き慣れた声。だがその言葉の意味が分からない。体なんてとうになくなっているのに手を動かす。何も掴めない。掴まる場所が、ない。自分には、何もない。

 

自分も、戦う理由も、戦う意味も、生きる意味も。今まで出会ってきた人たちはみんな、持っていた。自分のために。家族のために。愛する人のために。世界のために。なら、自分は何のために――――

 

思い出す。忘れることはない、いつかの夜の光景。月明りに照らされながら踊る、一人の少女の舞。

 

 

『うん、もしかしたら前のあたしも踊ってたのかなー? 体中が熱くなって、すごく心臓の音が早くなって、あたしは生きてるんだーって思えるの! アキにもそういう時あるでしょ?』

 

 

少女は告げる。踊っている時が一番楽しいのだと。なのにその時の自分には何も答えられなかった。でもそれが欲しいと思った。あれは何だったか。

 

 

『だからアキ、あたしと一緒に来てほしいの。アキと一緒ならあたし、何でもできるんだから!』

 

 

そんな自分に手を差し出してくれた女の子。ヘタレな自分を何の迷いもなく信じ切っているその姿。どうしてそんなことを言えるのか。分からない。彼女の名前が、思い出せない。

 

 

『何で……ぐす……ひっ……何でまた忘れちゃうの……? もう、忘れたくないのに………ひっく……』

 

 

そんな少女が泣いている。いつも笑顔を見せているのに泣いている。怖いのだと。悲しいのだと。誰にも言えないまま、声を押し殺して泣く、ただの女の子。

 

 

『誰か……助けて……』

 

 

その心からの本音。そうだ。この時、自分は誓ったはずだ。金の腕輪を贈るのと共に。そうだ、俺は――――

 

 

『何をやっておる、アキ!? エリーを守るのではなかったのか――――!?』

 

 

涙と嗚咽にまみれた自らの半身が叫ぶ。瞬間、全てが蘇っていく。その全てが頭を、体を駆け巡っていく。知らず体が震えていた。いつもの震えではない。心臓の鼓動は早くなり、手は知らず握りこぶしになっている。

 

 

『エリーを守る』

 

 

それが自分が戦う理由。ヘタレでもクズでも構わない。世界を守るなんて自分には言えない。ただそれでも、この願いだけは、誓いだけは、意地だけは。自分が好きな女の子を守りたい。そんな他人には言えない、恥ずかしい願望。

 

 

『ごちゃごちゃうるせえんだよ……てめえは黙って俺に付いてきやがれええええ――――!!』

 

 

そんな暴露を叫んでくれたマザーを握りながら吠える。同時に闇は消え去り全てが光に包まれていく。エンドレスではない、自分の力が全てを塗り替えていく。それが初めて自分自身の気持ちを曝け出し、マザーと一つになった瞬間だった――――

 

 

 

それは走馬灯だった。死の間際に見ると言われる夢。その言い伝え通り、世界の全てがスローに見える。目の前に迫るのは黒い凶刃。キングの持つ羅刹剣が自分を切り裂かんと迫る。それに抗う術はもう自分にはない。

 

満身創痍。キングとの戦いによって受けた無数の傷。何よりも致命的なのは自らの肉体の限界。五十六式DBの限界を超越した酷使による肉体の崩壊。体中の血管は破れ、細胞は壊死しかかっている。だがそれでもキングを止めることはできなかった。その身体に触れることすら敵わない。キングを覆う光も、羅刹剣の浸食も、自分ではどうすることもできない。それは分かり切っていた。それでも時間稼ぎだけでも。そんな足掻きすら通用しない。憎むべき相手であるゲイル・グローリーとの共闘であってもそれは変わらない。

 

 

(父さん……ごめんなさい、私は、あなたを……)

 

 

脳裏に浮かぶ、かつての日々。最初で最後の、人の温もり。その温もりをくれたキング。キングが望むなら私は何でもできた。世界を崩壊させても構わない。死んでも構わない。それでも、キングには生きていてほしかった。幸せになってほしかった。許されなくとも、一度だけでも、父さんと呼びたかった。

 

そんなディープスノーの想いを切り裂く一閃は、同じくディープスノーの想いを繋ぐ一閃によって防がれた。

 

 

「…………アキ、様?」

「待たせたな……あとは任せてくれ、ディープスノー」

 

 

アキの言葉にディープスノーは応えることはない。ただその場に倒れ伏す。だがそこには確かな安堵があった。そう、もう自分の役目は終わったのだと。後は全て託せばいい。親を信じる子のように。ゲイルもまたそれは同じ。残った最後の力でディープスノーを庇いながら全てをアキへと託す。

 

それは刹那に等しい攻防だった。アキとキングは互いの剣を以て交差する。だがその速度も力も全くの互角。アキの胸には闇の頂の証がある。そこから力が生まれ、全身を覆っていく。戦気。エンドレスの力の到達点。マザーとの同化を果たすことで一時的にアキはその領域に身を置くことができた。

 

 

「オオオオオオオオオオオ――――!!」

 

 

それは断末魔に等しい咆哮。自らに匹敵する相手が現れたことへの焦りか。羅刹剣はその全ての力を以てアキを抹殺せんと迫る。だがその全てがアキには通用しない。剣技によって全て防がれ、返される。それが同化の力。その力をその身に宿すことによってアキの身体能力は今、かつての四天魔王に匹敵する。

 

 

『――――』

 

 

自らの主の力にもはやマザーに言葉はない。本当なら行った瞬間、自我を、肉体を失う禁忌をアキは乗り越えた。シンクレアの極みを超える一心同体。それをマザーとアキは成し遂げている。もっともあまりの衝撃とアキと一つに成れた感覚でマザーは昇天してしまっているだけなのだが。

 

だがその強さは同化だけによるものではない。戦気を纏ったとしてもそれはキングも同じ。その力は全くの互角。しかしアキの剣撃はキングを圧倒していく。その重さの前に羅刹は追い込まれていく。力だけでは覆せない、もう一つの剣の到達点。

 

『想いの剣』

 

そこにアキもまた到達した証。自分ではない誰かのために。エリーのために。それがアキの得た答え。

 

その一刀が大きくキングの体勢を崩す。次の一刀にアキは全てを込める。同化による代償。肉体へのペナルティが今も襲い掛かってきている。もう数分も持たない。心では超えられない肉体の限界。それが訪れる前に決着を。避けることも防ぐこともできない完璧なタイミング。だがそれを羅刹の王は、終わり亡き者は覆す。

 

 

(なっ――――!?)

 

 

あり得ない動きと力。キングはそのまま再び剣を振り上げながらアキへと切りかかってくる。その力は桁外れ。光だけで剣ができるほどの力の奔流。今のアキであっても防ぐどころか反応できない一撃。羅刹ではない、アキを葬らんとするエンドレスの意志。迫る凶刃。一秒後の死を前に思考が凍る。だがその死の断頭台は

 

 

「――――父さん!!」

 

 

一人の子供の声によって止められる。時間にすれば刹那にも満たない間。それでもキングはその動きを止める。憎しみに囚われ、羅刹剣に侵され、エンドレスに操られながらも。その心に残っていたキングの心。子を想う父の愛。それが今、形となる。

 

瞬間、アキの一刀がキングから悪夢を切り離す。十数年続いた、世界を壊すほどの妄執。それを切り払うように。それが長く続いたこの戦いの決着。そして二人の親子が再会した瞬間だった――――

 

 

 

「う……オ、オレは……?」

 

 

うめき声と共に、キングはようやくその目を覚ます。だが同時に体中の激痛によって苦悶の声を上げている。当たり前だ、羅刹剣の浸食を全身に受けていたのだから。指一本動かすこともままならない。本当なら意識を取り戻すことすらあり得ないほどの重症。だがその眼だけを動かしながらキングは目にする。

 

 

「ひっ……えっぐ……ひっく、ひぃん……」

「ディープスノー……?」

 

 

自らの傍らで子供のように泣いているディープスノーの姿を。自分の前では冷静であり、決して忠誠以上のものを見せようとしなかったにも関わらず、ディープスノーはただ泣き続けている。まるで小さな頃に戻ってしまったように。

 

 

「全く……体は大きくなっても泣き癖だけは変わらんな、お前は」

 

 

目を閉じ、呟くようにキングはそう告げる。その脳裏にはあの日の記憶。雪山の奥で出会った、幼い赤ん坊の姿。父としての、初めてのもう一人の息子への言葉。

 

 

「キング……」

「グローリー……そうか、オレは負けたのか……」

 

 

そんな二人の様子を見ながらもゲイルもまた声をかける。キングに負けず劣らずの満身創痍。それでも結果は明らか。キングもまた悟る。自らが敗北したことを。心を、自分を捨てても敵わなかったのだと。

 

 

「止めを刺せ……グローリー。貴様にはその権利がある」

 

 

重苦しく、それでも厳かにキングは告げる。止めを刺せ、と。それがこの戦いの決着。キングにとっての贖罪。多くの命を奪ってきた贖い。ゲイルの妻であるサクラすらもその手にかけた。到底許されるはずもない罪。

 

 

「その必要はねェ……言っただろ、オレはお前を止めに来ただけだ。オレにお前が殺せるわけがねェだろ……? 友よ」

 

 

呆れたような笑みを浮かべながらゲイルはその手にある剣を鞘に納める。怒りや憎しみ。それは既に過去の物だったのだと。ただあるのはかつての、そして帰ってきた親友への想いのみ。

 

 

「…………すまない、グローリー」

 

 

それを前にしてキングの瞳から涙が流れ出す。十数年、流すことがなかった人としての涙。二人のゲイル。シンフォニアとレアグローブ。争う定めにあった二人の男がその宿命を乗り越えた証。

 

 

 

(ふぅ……これで、何とかなったかな……?)

 

 

そんな三人の姿を遠くから静かに見守りながら今度こそ安堵の溜息を吐く。本当なら今すぐその場に倒れこみたいのだが自分だけそんな無様を晒すわけにはいかない。そんな変な意地。

 

 

(ま、しょうがないか……この場に限っては俺、完全に部外者みたいなもんだし……)

 

 

結果的に見れば自分がキングを止めた形になるのだがそれはそれ。はっきり言って自分は場違いでしかない。あの空気に構わず突っ込んでいけるのはマザーかエリーぐらいのものだろう。

 

 

『……? おい、マザー……どうかしたのか?』

『…………』

 

 

だがそんなマザーは戦いが終わってから全く一言も喋っていない。そのことにようやく気付いて話しかけるも反応なし。まさか同化による影響でどうにかなってしまっているのだろうか。

 

 

『っ!? だ、大丈夫なのか、マザー!? まさかお前どっか壊れたんじゃ……』

『…………っ!? な、何じゃ!? 我は何も疚しいことは……!?』

『ハァ……何だ、喋れるんじゃねえか。なら無視するんじゃねえよ』

『う、うむ……いやなに、一気に力を持っていかれたのでな。少し休んでおっただけよ』

『あっそ……』

 

 

まるで今我に返ったかのようにマザーは驚きの声を上げているがとりあえず無事ではあるようだ。度合いであれば自分の方がボロボロ。まるでドーピングをしてしまった反動の様に体がガタガタになっている。満身創痍に加えて疲労困憊。もっともそれは他の人たちも同じなので文句も言えないが。

 

 

(これでとりあえずDCは壊滅……ってことは今度は他の闇の組織との戦いか……)

 

 

褒められた内容ではなかったがこれで当初の目的であったDCの壊滅は成し遂げることができた。唯一ハジャは取り逃がしてしまったが仕方ない。これによって他の闇の組織、担い手達も動き出すはず。そうなればシンクレアの争奪戦が始まる。自分にとってはむしろこれからが本番だと言っても過言ではない。

 

 

(とりあえず、一つずつ組織を潰していくしかないか……寝取、じゃなくて口説く必要もあるんだし……)

 

 

自分で言ってて何を言ってるのか分からないが、とにかく自分は他のシンクレアを集める必要がある。詳しくはもっと詰める必要があるがとりあえず一つずつ集めていく方針で問題ないだろう。今の自分の強さは他の担い手と比べても劣るものではないはず。これからの修行や、ゲイルさんの協力が得られれば倒すことは難しくないはず。一つでもシンクレアを手に入れることができればダークブリングマスターとしての力も跳ね上がる。

 

 

(あとはレイヴをどうするか……っていうかエリーの奴、迷惑かけてねえだろうな……)

 

 

脳裏に浮かぶのはラーバリアでお留守番をしているエリーの姿。一緒に付いてくると聞かなかったのだが流石に面倒を見切れないので置いてきた形。クレアや騎士団に迷惑をかけていなければいいのだが。とにかく今はラーバリアに戻ってみんなの治療を。そう考えるも

 

 

「……ここから離れろ、グローリー」

 

 

そんな、キングからの理解できない忠告によってその思考は全て断ち切られてしまった。

 

 

「離れる……? 何を言ってる、キング……その身体で」

「ディープスノーを連れて……一刻も早く、この場を立ち去れ……間に合わなく……なる……奴ら、が……!」

 

 

喋るのもやっとのはずのキングは咳込みながらも必死の形相で訴える。この場から早く去れと。逃げろと。その剣幕に自分はもちろん、ゲイルさんとディープスノーも言葉を失う。あのキングがここまで逃げろと叫ぶ。一体何から。そんな疑問を口にするよりも早く

 

 

『…………なるほど、そういうことか。喜べ、我が主様よ。どうやら今までの戦いは前座であったらしい』

「…………え?」

 

 

マザーがその答えを明かす。瞬間、自分も理解する。そう、その言葉通り、これまでの戦いは前座でしかなかったことを。

 

 

陽が落ち、夜の闇がジンの塔を覆っていく。明かりは月明りのみ。それに照らされながら、巨大な影が姿を現す。要塞と言われるに相応しい船。しかもそれは一隻ではない。三隻。その全てがこのジンの塔を目指して迫る。闇の頂に導かれながら。

 

 

 

男はその瞳に野望を宿す。漆黒に包まれた闇の中で。光の世界を全て闇によって、夜によって塗り替えるために。自らの絶対王権を造り上げるために。それだけの力をその男は持っている。

 

『パンプキン・ドリュー』

 

夜の支配者。そして魔王の名を持つ存在。かつて人を信じ、そして裏切られた男。その首には闇の頂きがある。

 

『ヴァンパイア』

 

持つ者に引力を操る力を与える『支配』を司るシンクレア。ドリューは動き出す。王たるものの力を示すために。

 

 

男はその欲望のままに笑い続ける。禁じられた力を持つ船の中で。自らの欲望を満たすためだけに。最強の種族である鬼の力を以て。それを為し得る力を男は持っている。

 

『オウガ』

 

鬼の中の王。金属の中の王、金を操る力を持つ絶対的強者。その首には力の証明がある。

 

『ラストフィジックス』

 

持つ者に無敵の肉体を与える『理』を司るシンクレア。オウガは動き出す。その力によって全てを手に入れるために。

 

 

男は不敵に笑う。空の中、自らの翼たる巨大な船の中で。失くしてしまった過去を消し去るために。その満たされない欲望を消し去るために。狂気とも言える執念を以て。

 

『ハードナー』

 

全てを奪う空賊の王。処刑人の名を持つ断罪者。自らすらも裁かんとする男。その胸にはその意志を示す証がある。

 

『アナスタシス』

 

持つ者に不死身の力を与える『再生』を司るシンクレア。ハードナーは動き出す。奪われてしまった過去を消し去るために。

 

 

新たな王たちが動き出す。キングという強大な王がいなくなったことによって。自らがその座を奪わんと。全てのシンクレアを我が物にせんと。今、このジンの塔に四つの闇の輝きと担い手が全て集う。蟲毒にも似た儀式を行わんがために。

 

 

今ここに、『魔石大戦』の開戦の狼煙が上がった――――

 


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