ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四話 「儚い平穏」

「ハルー! アキー! 朝ごはんできたわよー! 早く下りてきなさーい!」

 

 

大きな声が家の中に響き渡る。その声の主である少女はエプロンを身に付け、手にはお玉というまさに主婦の様な格好。だがそれがあまりにも絵になっている。長い黒髪に見事なプロポーション。それがこの島、ガラージュ島で一番の美人と言われるカトレア・グローリーだった。

 

 

「ごめん、姉ちゃん、昨日ちょっと夜更かししちゃってさ……」

 

 

まだ眠いのか、寝癖の付いた髪、手で目をこすりながら銀髪の少年が二階から下りてくる。少年の名はハル・グローリー。その名の通り、カトレアの弟であり、今年十二歳になったばかりの元気な男の子。だが朝からカトレアに怒られてしまうのはではないかとびくびくしている。どうしても姉には頭が上がらない、一言でいえばシスコンの気があるのがたまに傷だった。

 

 

「ったく……夜更かしすんのはいいけど俺まで巻き込むなよな、ハル」

 

 

そしてハルの後に続くようにもう一人の少年が溜息を吐きながら二階から下りてくる。それは本来ならこの場にいるはずのない人物。何故ならこの家はハルとカトレアの姉弟の物なのだから。その髪は金髪。そして顔には大きな切り傷があるハルと同じ十二歳の少年。それがアキ。グローリー家に六年前から居候している少年の名前だった―――――

 

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

慌ただしくも食卓に着いた三人は手を合わしながら朝食を食べ始める。食べ盛りなのかまるで親の仇に挑むかのような勢いでハルが朝食にかぶりつき、それをアキは呆れ気味に眺め、カトレアが行儀が悪いとハルを嗜めている。賑やかさに溢れた食卓。それがここ、グローリー家での日常風景だった。

 

 

「ハル! そんなに急いだら身体に悪いでしょ! ちゃんとよく噛んで食べなさい!」

「わ、分かってるって……そんなに怒ることないだろ?」

「いいからちゃんと言うことを聞きなさい。少しはアキを見習ったらどうなの?」

「そうだぞ。少しは俺を見習ったらどうなんだ」

「おい、何でアキがそこで出てくるんだよ! お前、オレの味方じゃねえのかよ!?」

「何言ってんだ、ハル。俺はいつだってカトレア姉さんの味方だ……というわけでカトレア姉さん、俺と結婚して下さい!」

「っ!? ア、アキ!? またお前そんなことを!? いい加減冗談でもしつこいぞ!」

「心配するな、ハル! 俺はいつだって本気だ! ちゃんと老後までプランはできてる、安心しろ!」

「ね、姉ちゃん! 姉ちゃんも何とか言ってやってくれよ!」

「そうね、アキがもう少し大きくなったら考えてあげてもいいわよ」

「マジすか!? 喜べハル! 俺はお前の義兄になるんだぞ! これからは俺のことを兄さんと呼べ!」

「あら、それはいいかもしれないわね。アキ、本当にハルのお兄さんみたいだし」

「なんでそうなるんだよ!? 二人ともちゃんとオレの話聞いてくれてんのかよ!?」

 

 

全く自分の話を聞いてくれないアキとカトレアへハルが声を上げながら抗議するもアキは面白がり、カトレアはいつも通りのことだと受け流すだけ。裏表のない真っ直ぐな、悪くいえば単純な性格のハルはいつも割を食うのがこの家でのお約束。ハルはしばらく騒ぎながらも収拾がつかないとあきらめ、そのまま食事を済ませた後、二階の自室へと戻って行く。もっともこれから遊びに行く準備をしに戻って行っただけなのだが。それを微笑みながら見送った後、カトレアはそのまま朝食の後片付けを慣れた様子で始める。それを邪魔しないようにアキはリビングのソファへと移動し、腰をかけ新聞を読み始める。まるで本当に夫婦のように息が合ったやりとり。とても十二歳の少年とは思えないほどの堂の入りようだった。もっとも、それは当たり前のことだったのだが。

 

 

ふう……全く、ハルの奴、もうちょっと落ち着きをもてっつーの……まあ十二歳の子供なんだから仕方ないと言えば仕方ないが、やっぱりあいつ、重度のシスコンだな。口を開けばねーちゃんねーちゃん言ってるし……うむ、だがカトレア姉さんについては残念ながら俺は本気だ。マジで結婚して下さい。その洗い物の後ろ姿だけでもうノックアウト寸前です。最近ますます美しさが、色気が増してきてるような気がします。ぜひ四年後ぐらいにプロポーズするまで待って欲しい……っといかんいかん、話が脱線しすぎてしまった。ごほんっ、お久しぶりです、アキです。ダークブリングマスターです。めでたく今年で十二歳、大きく成長しました、元気です。え? 何? 時間が経ちすぎてるって? しかもいつまにか名前が変わってるって? ははは……それから色々あったんですよ……そうだな、どこから話したものか……うん、とりあえずはガラージュ島に、ハルに出会った時からにしよう。

 

あの時、俺はワープロードを使って瞬間移動した。だがその行先は完全にランダム、運任せ。だがそれがまさかガラージュ島、ハルがいる場所になるなんて誰が想像できるだろうか。間違いなく何かの力が働いていると思わざるを得ない程の状況。しかしそんなことを言っていても仕方ない。とにかく俺はその場から脱出しようとしたのだがワープロードは力を使い果たし、すぐには使えない。加えてここは島。子供の俺ではどう頑張っても脱出することもできない。仕方なく俺はそのままハルに村に連れて行ってもらうことになった。このまま野たれ死ぬわけにもいかなかったからだ。だが大きな懸念材料があった。

 

それは言うまでもなく自分の胸に掛けられてる宝石、シンクレア。もしかしたらマザーがハルのことを二代目レイヴマスターだと気づいてしまうのではないかということ。そんなことになればハルが、いやガラージュ島が消滅させられかねない。そうなれば何もかもおしまい。物語が始まる前に終わってしまう。最悪、命がけで俺がマザーを止めなければいけないと覚悟していたのだがそれは杞憂だった。どうやらマザーはそのことには気づかなかったらしい。まあまだ現時点でレイヴマスターはシバなわけだし、今のハルは何の力もないただの子供。当たり前だった。だがもしシンフォニアの末裔だと知られれば危険はある。しかし幸いにもハルもカトレアも自分達がシンフォニアの王族の血を継いでいることは全く知らない。とりあえずは安全だろう。

 

そして俺はそのまま村の厄介になることになった。それはまさに渡りに船の話だった。いくらシンクレアを持っていると言ってもただの子供。誰かの庇護下に入らなければ生きて行くことは難しい。確かに手段を選ばなければどうにかなるかもしれないがまだそこまでする気はない、というかしたくもない。マザーはその気満々だったようだが何とか説得した。ある程度の年齢になるまではここで身を隠すと。派手に動きすぎては色々な奴に目を付けられてしまうと。だがやはり納得できないのかなかなか了承しなかったマザーだったが一つの条件を俺が飲むことで何とか説得することができた。その条件が問題だったのだが……まあそれは割愛。そんなこんなで俺はガラージュ島に厄介になることになった。だがどういうわけか俺はハルの所、カトレア姉さんの所に引き取られることになった。元々はグンマという喫茶店をしているでひゃでひゃうるさいおっさんのところに引き取られる予定だったんだが何でもハルの強い希望でそうなったらしい。どうやら自分に近い年齢の俺(ルシア)と一緒に暮らしたかったらしい。確かにこの島にはハルと同じぐらいの子供がいないし、友達が、兄弟ができたみたいでめちゃくちゃ嬉しがっていたと後でカトレア姉さんに聞いた。まあそれ以外にも母親であるサクラさんが亡くなったばかりで寂しかったのも大きな理由だったらしい。それを聞いてやはり原作通りに世界は動いているんだと悟ることになった。

 

サクラさんが亡くなったということはハルの父であるゲイルは砂漠へ、そしてキングはDCの復活のために動き出している頃。いわゆる準備期、嵐の前の静けさと言ったところか……まあとにかくそんなこんなで俺はグローリー家の居候になった。だがそこで大きな問題に直面した。

 

それは名前。

 

当たり前だが名前がなければどうにもならない。そんな当たり前のことをすっかり忘れてしまっていた。もっともそれすら気にしていられない状況だったわけだが。俺は咄嗟に何とか名前を考えた。だがそのままルシアと名乗るは論外だ。もしその名前をハルの口からDCへ、いやキングへ伝わればどうなるか分かったものではない、最悪物語が大きく変わってしまう。というか俺がどうなるか想像したくもない。かといって変な名前も嫌だ。何かないかと慌てている中でふと目の前にいるハルに気づく。そう、どうせなら何か関連性がある名前の方が良い! 訳の分からない名前にするよりは百倍マシだ! そんなこんなで俺はアキと名乗った。言うまでもなくハル(春)とアキ(秋)にかけた名前。最初はナツにしようかと思ったのだが他作品に同じ名前の主人公がいたので自動的にアキになった。結果的にはそう悪くはなかった。覚えやすい名前だし、これならルシアとの関連性もない。

 

それからは特に大きな問題もない、平和な日々。優しいカトレア姉さんに、真っ直ぐな性格のハル、そして親切な島民たち……あれ? 思い返したら涙が出てきた。何だろう、俺、このままここで暮らしていきたいんですけど。うん、せっかくRAVEの世界にやってきて何だけど、俺このままのんびり穏やかに余生を過ごしたいわ……冗談抜きで。ははっ……まあ無理だって分かってるんですけどね……

 

 

「おや、どうしたんですかアキ坊ちゃん。朝からそんな辛気臭そうな顔をなさって」

「お前は相変わらず気持ち悪い顔だな、ナカジマ」

 

 

いつの間にか俺の背後に現れた物体、じゃなかった家族に呆れながらも挨拶をする。そこにはおっさんがいた。いや、正確にはおっさんの顔をした翠色の巨大な花が壁に張り付いていた。もし何も知らない人が見たら気を失いかねない怪しい物体がそこにはあった。それがナカジマ。グローリー家のもう一人の家族? である。

 

 

「流石はアキ坊ちゃん。毒舌も絶好調ですな」

「お前もな。そういや朝食には来なかったけど飯は食ったのか?」

「もちろんです。今日はセミを頂きましたから! 坊ちゃんもいかがですか?」

「それ以上近づけたら消し飛ばすぞ、ナカジマ」

「はははっ、ご冗談を。それよりも見てください! 私のこのゴルった顔を! もっと私を褒め称えてください!」

 

 

そう言いながらどこか劇画調の顔でナカジマはその手にセミを持ちながらそれを俺に勧めてくる。間違いなく本気で。こいつは一体何なのだろうか。未確認生物か何かなのか。ちなみに何度か本気でディストーションしてやろうかと思ったのだがそれは内緒だ。というかこいつにはシンクレアの力すら通じないような気がする。何となく。

 

 

「それよりもアキ坊ちゃん、朝のはいけませんね。女性にアプローチするにはもっと上手くやらなければ」

「何だよ? お前に恋愛経験なんかあんのか?」

「もちろんです! そうですね、ではお話しましょう。あれは私が薬品会社に勤めていた頃……」

「アキ、準備ができたぜ! 早く遊びに行こう!」

「そっか、じゃあ行くとすっか」

 

 

アキとハルはそのまま凄まじい勢いで家を後にし、遊びに出かけて行く。それに気づかないままナカジマはしばらく自らの恋愛話を熱弁するも、誰もいないことに気づいた瞬間、ぐもーんという擬音と共に一人、カトレアが洗濯物を干しに来るまで沈み込み続けるのだった―――――

 

 

 

「行くぞー! アキ―!」

「おう! いつでもこーい!」

 

 

合図と共にハルがその手にあるボールを大きく振りかぶりながら投げ放ってくる。だがそれをアキはまるで見切ったかのようにその手にあるバットで打ち返す。その威力は凄まじくボールは遥か彼方へと飛んで行ってしまった。それが二人がよくやっている野球の真似事の遊び。今のところ、ハルが大きく負け越してしまっているのでムキになって挑んでくるもののやはり精神年齢の差、そしてもう一つの大きな差によってハルは今日も負け越してしまったのだった。

 

 

「ちくしょう……今日もオレの負けかよ……」

「残念だったな。まあ俺は兄貴だし、弟には簡単には負けねえよ」

「なんだよそれ? オレ達同い年だろう? ならオレの方が兄ちゃんに決まってる!」

「ふふっ残念だったな。カトレア姉さんと結婚すれば自動的に俺の方が兄になるんだ」

「まだその話続いてたのかよ!? だ、ダメだ! 姉ちゃんは誰とも結婚したりしねえんだから……」

「心配すんな、ハル。俺はブランチみたいなことにはならん。それに姉さんと結婚すれば俺達本当の兄弟になれるんだぜ!」

「っ! そ、そうか……それも悪くないかも……ってちょっと待て、何かおかしいぞ、アキ!? 何でお前と姉ちゃんが結婚することになってんだ!?」

 

 

俺の言葉に翻弄しながらハルは右往左往している。まるで本当に弟ができたかのようだ。うん、やはりはハルはいい子、いい奴だ。流石は主人公と言ったところか。誰にでも好かれる真っ直ぐな正義感の強い性格。まあその分からかいやすいんだがそれも長所だろう。六年間一緒に暮らしてきた中でやっぱり一番の友達はこいつだな。だがやはり強さの片鱗は見え隠れする。それは数年前。カトレア姉さんにはブランチという彼氏がいた。しかも最低と言ってもいい彼氏が。容姿もそうだが性格も最悪、暴力を振るい、浮気もするというクズのような男。一応原作知識で知っていたとはいえそれは見ていて怒りを覚えるものだった。本気でマザーの力を借りようかと思ったほど。だがその前にそれは解決された。

 

キレたハルによって。

 

それは本当に凄まじかった。キレる若者とまでは言わないがそれでもその凄まじさは今でもちょっとした俺のトラウマだ。というか未来の俺の姿が見えたかのよう。うん……俺、もしかしてあれを相手にしないといけないのか? しかもハル、まだレイヴも剣も持ってないのに……そしてこの状況。友達、いや兄弟のように育った二人が戦う宿命にあるんですね、分かります……って分かるか――――っ!? 何そのベタな展開っ!? なんか俺が死ぬビジョンしか見えないんだけどっ!? いや、マジで倒すのはシンクレアだけでいいんです! 俺は、俺は関係ないんです! え? 共犯も同然だって? そ、そんな……確かにハルたちを騙してるって罪悪感はあるけど……でも決して喜んでやってるわけじゃあ……

 

 

「おい、アキ、どうかしたのか?」

「い、いや、何でもねえ……」

「……? ヘンな奴だな。それよりもアキ、今日はアクセサリは付けてないのか?」

「ん? あ、ああ。今日はちょっと家に置いてきてんだ」

「ふーん、そっか。でもあれ、初めて会った時からずっと付けてるのに珍しいな」

 

 

ハルは不思議そうに俺の首元に視線を向けてくる。いつもならそこにあるアクセサリ、もといシンクレアがある場所を。

 

もちろんハルたちはそれがダークブリングであることは知らない。皆ダークブリングを見たことがないのだから当然だ。まあ、あれから少し装飾も加えて普通のアクセサリに見えるようにもしたのだが。この島で生活するようになってからほぼずっとマザーは俺の首にかかったまま。この島には危険はないと何度も言ったのだが聞こうとはしなかった。何でも俺を放っておけないとか。何? 俺ってそんなに信用ないの? というか俺、子供扱いされてるんじゃね? その名の通り母性本能でもあるのか……マザーだけに。まあ俺としてもマザーが勝手なことしないか見張る意味では手間が省けるので悪いことばかりではなかったのだが。

 

しかし……改めて考えると凄い状況だよな。だってあれだよ、俺達ってラスボスだよ? ハルからしたら敵の親玉が、大将が自分のすぐ傍にいるんだぜ? 常に爆弾が隣に入るようなもんですよ? 最近は慣れたけど最初の内は何か間違いが起こるんじゃないかと冷や冷やものだった。まあ一応マザーには島民に手を出さないようには釘を刺してるし、もし破ればボコボコにした後に海に投げ捨ててやると忠告している。どっちもマザーにとっては痛くもかゆくもないのだがやはり投げつけられたり、海に放り込まれるのは嫌らしく、渋々言うことを聞いている。もっとも最近はそれも怪しくなってきているが。どうやらそろそろ俺も成長できたと判断し、動き出す頃だと考え始めているらしい。最近そんなオーラを、雰囲気を感じる。まるで締め切り前の漫画家の気分だ……

 

ち、ちくしょう……やっぱこのままってわけにはいかないか。だが……だが、やっぱりあきらめきれない。この穏やかな生活をずっと続けたいんです! 誰か、誰か助けてくれ!? この悪魔を倒してくれ! あ、それができるのはハルだけだっけ……もしくはエリーか……どっちにしろまだまだ先の話。気が思いやられる。

 

だが今、マザーは家、ではなく。俺の秘密の洞窟にいる。そこは俺が修行に使っている場所。本当なら修行なんてしたくないのだがこの先どうしてもある程度の強さは必要になること、そしてそれがこの島に留まる際のマザーからの条件だったので仕方がない。俺は今、絶賛ダークブリングマスターとして日々、研鑽をつんでいます。マザーの鬼畜とも言えるような特訓で。夜中ずっと。おかげで最近寝不足が酷い。だけど昼はハルがいつも付き纏ってくるので夜しか時間がない。こっそり抜け出しているのだがカトレア姉さんにはばれてるっぽい。だがそれについては何も言ってこない。きっと何か訳があるからだと察してくれてるんだろう。カトレアさん、マジ良妻! 本気で結婚して下さい! 原作ではシュダといい感じだったみたいだけどそれでも構わん! シュダを追い払えるぐらい強くなりゃあ問題なし! あれ、俺、なんか大事なこと忘れてるような……まあいっか。そういやマザーの奴どうしたんだ? なんか具合が悪いとか言って洞窟に残っちまったんだが……っていうか石ころが具合悪いってどういうこと? 生理とかですか? マザーってんだから女性だろうし。まあそんなこと言ったら頭痛でひどい目にあわされそうだが……

 

 

そんなことを考えているとハルが不思議そうにこっちを見つめている。いかんいかん、ちょっと考え込んじまってたらしい。

 

 

「まあ、たまにはな。お前だってずっとそのシルバーアクセ付けてんじゃねえか。それ、親父さんに買ってもらったもんなんだろ?」

「う……お、親父は関係ない! オレはこのアクセが気に入ってるから付けてるんだ!」

「ほんとか? ほんとは親父さんに会いたいんだろ? 恥ずかしがんなって」

「違う! オレには親父なんて必要ないんだ! 親父がいなくても姉ちゃんはオレが守る!」

「はいはい、そういうことにしとくわ。さっさと帰ろうぜ、カトレア姉さんが心配するぞ」

「おい、待てよ、アキ! ちゃんと聞いてんのか!?」

 

 

もうすっかり暗くなってきた。遊んでると時間が経つのもあっという間だな。何か最初の内は子供みたいに遊ぶなんてつまらんと思ってたんだが全然そんなことはなかった。むしろハルより俺の方が楽しんでいるかもしれん。これが肉体に精神が引っ張られると言う奴なのか……俺の精神年齢が元々低いと言う可能性もあるがそれはなかったことにしよう、うん。それにしてもハルの奴、素直じゃないな。ほんとは親父に会いたくて仕方ないくせに。うむ、これが男のツンデレというやつか。

 

 

そんな訳の変わらないことを考えながらアキはそのまま家路につき、その後を文句を言いながらもハルが付いてくる。それが二人の日常。ガラージュ島の金銀コンビとよばれる二人の姿だった―――――

 

 

 

深夜、誰もが眠りに就いた時間、一人の少年が森の中を歩いている。だがその足取りはまったく危なげない。まるで夜の道が見えているかのよう。少年はそのままある場所で足を止める。だがそこには何もない。誰の目にもそれは明らかだった。だが

 

 

「チィーッス!」

 

 

少年、アキが声をかけた瞬間、まるで空間が歪むような、蜃気楼が起きるかのように何もなかった場所に洞窟が現れる。アキはそれに驚くこともなく、慣れた様子で洞窟の中に入っていく。そこはとても洞窟の中とは思えないほど広い空間だった。明かりも用意され、最低限の食料と水もある。ちょっとした秘密基地といったところだ。アキはそのまま奥に進みながら探していた物を、いや相手を見つけ足を止める。

 

 

「よう、元気にしてたか、イリュージョン?」

 

 

アキはそのまま自分を待つかのようにその場にある一つのDBに声をかける。そのDBはアキがシンクレア、マザー以外で持つ自らのDBだった。

 

そういえばまだ説明してなかったけ……これが俺のDBの一つ『イリュージョン』 まあ、マザーも入れれば今のところ俺は四つのDBを持ってることになんのかな。だが普通はDBは複数も持てるような、使えるようなものではないらしい。まあ俺もまだ完全に使いこなせてはないのだが……五つもDBを持っていたキングの非常識さを身を以て知った形だ。もっともこっちはシンクレアも持っているので同列には考えられないかもしれないが……

 

 

ん? おう! お疲れさん、いつも悪いな、常時力を使ってると疲れんだろ? そうか、まあたまには休んでくれよ。そんなに人が来ることなんてめったにないし。

 

 

しばらく考え事をしているとイリュージョンが俺に向かって話しかけてくる。見た目は赤いDB。大きさも普通の物と変わらないがこれは俺がマザーに頼んで作ってもらったオリジナルのDBだ。ランクで言えば上級DBになんのかな。能力は……まあおいおい話すとして驚くべきところはその声だ! どうやらイリュージョンは女性、いや少女らしい。らしいというのはその声から。どっかの某魔法少女のごとくのほほんとした可愛らしい声が聞こえてくるのだ! この声が俺にとっての数少ない癒しの一つだ! っていうか俺を心配してくれるのこの娘ぐらいだし……

 

 

そんなことを考えているともう一つのDBがこちらに話しかけてくる。だがその姿は明らかに普通のDBではない。

 

 

それは剣というにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさに鉄塊だった―――――

 

 

思わず別の作品の言葉を引用してしまったがとにかくそれは巨大な剣だった。黒い俺の身の丈ほどもあろうかという剣、その中にDBが組み込まれている。もはや説明もいらないかもしれないがその剣こそが『デカログス』 原作でキングがエンクレイムで作り出し、後にルシアも持つことになったレイヴの剣、TCM(テンコマンドメンツ)と同じ能力を持つDBだった。

 

 

し、師匠っ!? お久しぶりです! はい、精進してます! 今日も宜しくお願いします! ん? 何? なんでそんな態度を取ってるかって? 当たり前だろうがっ!? デカログス、いや師匠は俺に戦い方を教えてくれる文字通り師匠なんだっつーの! ちゃんと言葉づかいは気を付けないといけないだろうが! しかもこの声! 渋い歴戦の戦士を感じさせるような、まさに師匠に相応しいような貫録と凄味! これを前にして偉そうにできるわけねえだろうが! は? 俺の方がマスターで上じゃねえかって? ま、まあ確かにそうなんだが何とか言うか、条件反射というか、どうしても師匠を前にするとこうなっちまうんだよ! ああそうだ! 小心者ですよ! 悪いかこんちきしょう! それもこれもマザーが余計なことを……ん?

 

 

「そういえばマザーはどこだ? 姿が見えねえけど?」

 

 

見渡してみるがマザーの姿が見えない。大体いつもここにいるのに。一体どこに行ったのか。二人に聞いてみるが何故か口をつぐんでしまう。まるで言いづらいことがあるかのように。一体何があったのか。不思議に思いながらも奥に進んでいくとそこには

 

 

まるで何かに苦しんでいるかのように淡い光を放ち、点滅しているマザーの姿があった。

 

 

「っ!? おい、どうかしたのか、マザーっ!?」

 

 

アキは慌てながらマザーへと近づいて行く。手に取るとマザーが凄まじい熱を持っていることが分かる。一体どうしてしまったのか。だがいくら話しかけても返事がない。いや、返事ができない程に苦しんでいるようだ。アキもどうしたらいいか分からずあたふたすることしかできない。というか普通ならマザーを倒すチャンスだと考えるはずなのだが悲しいかな今のアキにはそんなことは微塵も頭になかった。何だかんだで甘い性格が災いしてしまっているようだ。

 

 

な、何だ!? 一体どうしちまったんだ!? 昨日までは普通だったのに!? まさか本当に調子が悪かったのか!? DBにも風邪とかあんの!? 熱が出てるみたいだし、これは危険なのでは!? で、でもどうすれば……とにかく医者に連れて行くしか……って言うか医者ってなんだ!? 落ち着け、俺っ!? 石ころをどうやって見てもらうんだっつーの!? おい、イリュージョン、師匠っ!? お前ら何とかできねえのかっ!? え? 心配いらないっ!? お前ら何言ってんだ!? マザーが、お前らの母ちゃんが苦しんでんだぞ!? 

 

 

そんな普段のアキなら絶対口にしないような訳が分からない言葉を口にしていると、突然マザーが凄まじい光に包まれてしまう。とても目を開けていられない程の光によってアキはそのまましばらく手で目を覆い、身動きが取れなくなってしまう。だがその瞬間、手の持っていたマザーから熱が一気になくなってしまう。まるで何事もなかったかのように。アキは突然の事態の連続に目をぱちくりさせることしかできない。

 

 

え? 何? 何が起こったの? ん? もう大丈夫だって? あっそう……ならいいけど、一体何だったわけ? は? 難産だった? どういうこと? おめでとうございます? 何言ってんの、イリュージョン? 何で無言でそんなに喜んでんの師匠? みんな一体何を……

 

 

アキが勝手に盛り上がっているイリュージョンたちにいい加減事情を説明するように声を上げようとした瞬間、ようやく気づく。

 

 

それは自らの手のひら。マザーを持っていた掌。そこに先程までなかったはずの物体がある。

 

 

それも一つではない。間違いなく石のような物が複数そこにはある。まるでいきなり現れたかのように。

 

 

「………え?」

 

 

アキは呆然としたままそれに目を奪われる。そこには間違いなくDBがあった。それも複数。ようやく気づく。先程の騒動はマザーが新たなDBを生み出そうとしていたのだと。だがそれだけなら問題はない。ある意味いつも通りのこと。驚くには値しない。だがアキの表情は驚愕に染まっていた。いや、正確には恐怖に染まっていた。

 

 

それはDBマスターとしての力。それによってアキは自分の手にある六つのDBが何であるかを瞬時に理解した。

 

 

『ホワイトキス』 『ユグドラシル』 『ジ・アース』 『ゼロ・ストリーム』 『アマ・デトワール』 『バレッテーゼフレア』

 

 

それがその六つのダークブリングの名前。シンクレアにもっとも近い力を持つ、最上級DBを超えた自然の力を操る六星DB。原作では六祈将軍(オラシオンセイス)と呼ばれるDCの最高幹部達六人が持っていたDB。

 

 

アキは悟る。これを生み出すためにマザーはあんなに苦しんでいたのだと。そして恐らくはこれらが本来はDCの元へ、六祈将軍の元へいくはずだったのだと。だがそれを恐らくは自分が邪魔してしまったのだと。色々な意味で。

 

 

 

 

どうしよう……これ……

 

 

アキは喜びの声をあげているイリュージョンたちをよそに自らの手の内にある六星DBを見つめながら呆然とその場に立ち尽くすのだった―――――

 

 


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