ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四十一話 「共闘」

「ハァ……ハァッ……!!」

 

 

アキはただ肩で息をしながら剣を構えることしかできない。顔は苦悶に満ち、体には無数の傷。つい先ほどエリクシルによって回復した姿は欠片も残っていない。まるで先のキングの戦いの直後に戻ってしまったかのよう。だがそれは間違いではない。ある意味、状況でいえばキングとの戦い以上の窮地に今、アキが立たされていることの証。

 

 

「どうした、動きが止まっちまってるぜガキ! キングを倒したっつー底力を見せてみやがれ!!」

 

 

心底愉しくて仕方がないという獰猛な笑みを見せながら鬼の王、オウガは自らの力をアキへと振るう。金術という王に相応しい究極の金属変化師の力。それに呼応するように全方位から逃げ場のない金の暴力がアキへ襲い掛かってくる。その物量は圧殺されかねないもの。一撃でもまともに受ければ削ぎ落されるであろう威力。その暴力をアキは紙一重で躱し、剣で捌きながら耐え忍ぶ。いや、そうするしかない。今のアキにはオウガに対して反撃の術はない。

 

 

「見るに耐えんな……光栄に思いたまえ、私が直々に引導をくれてやろう」

 

 

知性の欠片も感じられないオウガの姿を嫌悪しながらも魔王、ドリューは詠唱と共にその手を振るう。瞬間、黒い雷鳴が響き渡りアキへと襲い掛かっていく。闇魔法の使い手であり魔導士でもあるドリューの魔法。オウガの金術にも加えた魔法の追撃にアキは為す術もなく巻き込まれ、ダメージを負っていく。デカログスで防がんとするも鉄の剣では魔法を切り裂くことは叶わない。できるのはただ無様に避け続けることだけ。

 

 

「くっ……!!」

 

 

アキは渾身の力で金術を剣によって切り返し、同時にその場を離脱する。何か策があったわけでもない、ただ純粋な退避。だがそれを前にしてオウガもドリューもハードナーも追撃してくることはない。それは強者故の余裕。慢心とも言い換えていいもの。本来なら手を組むことなどあり得ない三人の王が一時的にとはいえ共闘している。信じられない事態。アキという共通の敵が現れたことによって。アキは思い知らされる。三人の担い手の力を。いや、シンクレアの力がまさに絶対であるということを。

 

 

『な、何をやっておるアキ……!? このままでは嬲り殺しにされてしまうぞ!?』

『や、やかましい!? 誰のせいでこんなことになってると思ってやがる!? 集中できねえからてめえは黙ってろ!!』

 

 

いつものようにヒステリックに頭の中で叫び続けるマザーに悪態をつきつつもそれ以上突っ込む気力も余裕も残っていない。ただ分かるのはマザーも今、これまでで一番の危機を感じているであろうということだけ。いつもの余裕が欠片もないのがその証拠。

 

 

(ちくしょう……!! なんでこんなことになってんだ……!? 三対一なんてどうしようもねえじゃねえか……!!)

 

 

必死に痺れる手でデカログスを握りながら三人の担い手と対峙する。マザーの余計な挑発によって最悪の事態になってしまったことに対する怒りもあるが今更それを言ったところで仕方がない。あるいつも通りと言ってもいいが今回はいくら何でも状況が悪すぎる。

 

詰んでいる。それが今の自分の状況。比喩でも何でもなく自分は詰まれてしまっている。もし担い手の力だけでの戦いであったなら三対一であっても自分には勝機があっただろう。そう、シンクレアという存在がなければ。

 

 

(アナスタシスのせいでこっちはDBが使えねえ……!! あいつを何とかしねえと嬲り殺しにされるだけだ……!!)

 

 

何とか呼吸を落ち着かせながらハードナーが身に着けているアナスタシスを見据える。再生を司るシンクレア。その力によって自分は今全ての能力を封じられてしまっている。マザーも、六星DBも、デカログスも。全てのDBの能力が使えない。あまりにも理不尽な能力。それは即ち自分は鉄の剣でしか戦えないということを意味する。マザーの一発芸とは明らかに一線を画すシンクレアの極み。だがそれだけならまだ勝機はあった。問題なのは

 

 

(鉄の剣だけじゃオウガにはダメージが与えられねえ……! ドリューの引力、魔法を防ぐことも……!)

 

 

オウガとドリュー。二人の能力もまた脅威であるということ。理を司るシンクレアであるラストフィジックス。その能力である物理無効は今の自分にとっては天敵にも等しい。鉄の剣しか使えない今の自分ではオウガには全くダメージを与えることができない。加えて封印剣も使用不可である以上、支配を司るヴァンパイアの引力斥力、ドリューの魔法も無効化できない。恐ろしいほどに三つのシンクレアの能力が噛み合っている。ようやく悟る。いつかマザーが言っていた言葉。シンクレアを二つ以上持つことの意味。

 

『時間逆行』『特異点化』『重力支配』

 

それを同時に相手にするということ。それは即ち、戦う前から相手を詰ませてしまうほどの理不尽なのだと。

 

 

『っ! お、お主ら恥を知れ! 三人で寄ってたかって一人の担い手を狙うなど……!』

『あら、ごめんなさぁい。でも今更よぉ? 金髪の悪魔を担い手にするってことはこうなるって分かってたでしょうに。バルドルには見逃してもらってたみたいだけど贔屓はよくないしねぇ?』

『愚かな真似であることは認めますが、それ以上にその担い手の存在を許すわけにはいきません。貴方とてそれは理解しているはずでしょう、マザー?』

『え、えっと……でもやっぱりみんなでいじめるのは、よくないとおもうんだけど……』

『ふぅん? なら好きにすればいいわぁ。その代わり、狙われるのがあんたに変わるだけよ? ラストフィジックス?』

 

 

マザーの苦肉の訴えも他のシンクレアたちには全く通用しない。いや、ラストフィジックスだけには通用しかけたもののヴァンパイアの脅しによって黙り込んでしまう。むしろ何故通用しかけたのか。そもそも何で自分はこんなに嫌われているのか。DBに愛されるのが自分の特技だったはずなのにどうして肝心なところで役に立たないのか。

 

 

『ごちゃごちゃうるせえぞマザー……てめえは黙って見てろ!!』

 

 

煩悶を全て振り切って駆ける。確かに状況は絶望的。だが唯一の突破口はある。ただ一直線にそこへと向かう。その先には処刑人であるハードナーの姿。

 

 

「ほぅ……オレに処刑されたいってわけか、小僧?」

 

 

こちらを見下すような圧倒的な余裕を見せつけながらハードナーは嗤う。だが自分の狙いはハードナーではない。その胸に輝く母なる闇の使者。

 

 

「――――はあっ!!」

「馬鹿の一つ覚えか!? オレは剣では殺せねェってな!!」

 

 

そのまま剣を振り下ろすもハードナーの処刑剣によって受け止められてしまう。瞬間、体に切り傷が生まれ鮮血が舞う。もう何度目になるか分からない処刑剣による呪い。剣を合わせた相手と自らを切り裂く魔剣。だがハードナーの傷はアナスタシスによって瞬時に癒される。ダメージを負うのは自分だけ。だがそれは分かり切っている。剣ではハードナーは倒せない。持久戦に持ち込める状況ではない。その狙いは最初から一つだけ。

 

 

(――――ここだっ!!)

 

 

そのまま体を捻りながら間髪入れず渾身の第二撃を叩き込む。ハードナーではなく、処刑剣に。瞬間、処刑剣は粉々に打ち砕かれる。武器破壊。それが自分の狙い。ドリューやオウガと違い、ハードナーの武器は剣のみ。ならそれを破壊すればハードナーは丸腰。そのわずかな隙にアナスタシスを奪い、再生を解除する。だがそれは

 

 

『――――我が主を傷つけることは許しません、金髪の悪魔』

 

 

アナスタシスの宣告によって覆される。

 

瞬間、胸が切り裂かれる。呪いではない、剣でのダメージ。一体何故。だが瞬時に気づく。ハードナーの手に砕いたはずの処刑剣が握られていることに。破壊しても瞬時に再生してしまうほどの力。肉体の再生のみに囚われてしまっていた自分の甘さ、焦り。このままではマズいと離脱せんとするも

 

 

「往生際が悪いぜ!! さっさとそのシンクレアをよこしやがれ!!」

 

 

それを塞ぐようにオウガがその巨体で迫ってくる。反射的に剣を振るうもそれは空を切る。いや、確かにオウガの身体を切り裂いたはずなのに全く感触がない。

 

 

『ごめんねお兄ちゃん……でもしかたないの。ママがお兄ちゃんをやっつけなさいって』

 

 

ラストフィジックスの謝罪。それと同時に発動する物理無効という最強の一角。それを生かすべく、オウガは自らの防御に使っていた金すらも駆使してこちらを捕縛してくる。それから逃れる術はない。シンクレアを奪われるのが先か体が千切れるのが先か。だがそれよりも早く

 

 

『ちょうどいいわぁ……全員まとめて潰してあげる』

 

 

ヴァンパイアの嬌声が全てを飲み込んだ。刹那、時空の歪みと共に全てが圧縮されていく。ヴァンパイアの極みである重力支配。その圧縮によって全てが飲み込まれていく。小さなブラックホールが生まれるような衝撃と共に全ては闇に染められた――――

 

 

 

「クソが……ドリュー、てめェオレ様ごと殺ろうとしやがったな……!?」

「ほう……まだ生きているとは。体の頑丈さだけは誉めてやろう」

「舐めた真似しやがって……次はてめえだ、ドリュー」

 

 

隕石が落ちたかのような巨大な破壊の爪痕の中にあってもオウガとハードナー、二人の王は健在だった。それを示すようにその胸にあるシンクレアはこの世の物とは思えないような邪悪な力を発している。ドリューのシンクレアの極みに同じく極みで対抗した証。シンクレアの力にはシンクレアでしか対抗できない。単純であるがゆえに覆せない真理。故にここに一つの決着がついた。残る担い手は三人。誰が生き残るのか。誰がアキの持っていたシンクレアを手に入れるのか。しかしそんな中

 

 

「ハァ……ハァッ……!」

 

 

粉塵にまみれた中から脱落したと思われたアキが姿を見せる。だがその姿は満身創痍。膝をつき、剣を杖代わりにしている有様。その光景に三人の担い手は少なからず驚愕する。何故なら先ほどドリューによって放たれた攻撃はシンクレアの極みでなければ防ぐことができなかったはず。それを示すようにアキの身体は今にも消え入りそうではあるものの、紫の光に包まれている。

 

『絶対領域』

 

破壊を司るシンクレアであるマザーの極み、次元崩壊。それをその身に纏うことによる絶対防御。それによってアキはヴァンパイアの極みを防いだ。いや、完全には防ぎきることはできなかった。

 

 

『ア、アキ、しっかりせんか……!? もう我には力は残っておらんぞ……!』

 

 

息も絶え絶えにマザーはアキに話かけるもアキは応えることはない。そんな余裕などもう残っていないのだと。そう余裕など完全になくなってしまっている。文字通り、先ほどの絶対領域がマザーの死力を尽くした最後のあがき。もう力は残っていない。次シンクレアの極みを放たれれば抗う術はない。マザーは悟る。自らの、いや自らの主の敗北を。担い手の力では間違いなく勝っていたにもかかわらず。シンクレアである自分の力が万全であれば。そうマザーは苦悶するもそうであったとしても結果は同じ。三つのシンクレアを同時に相手にして勝てる道理はない。数という覆せない摂理。何とかこの場から脱出を。そんな望みも

 

 

『どうやらここまでみたいねぇ……みっともない悪あがきは見ていて愉しかったけど、そろそろ余興は終わりにしましょうか』

『あきらめなさい、マザー……それ以上は担い手を苦しめるだけです』

『マザー……ごめんね……』

 

 

三つの母なる闇の使者を前にしては潰えてしまう。三人の担い手と三つのシンクレアはアキとマザーを取り囲む。もはや逃げ場はない。あるのは死のみ。マザーにとっては他の担い手に奪われるという死よりも耐えがたい屈辱のみ。それを嘲笑うかのように三人の担い手が再びその力を解放し、今度こそアキを葬らんとした瞬間

 

 

「――――!?」

 

 

それは驚愕と共に止まってしまう。いや、止められてしまう。理解できないのか、三人の担い手はもちろん、シンクレアたちも言葉を失ってしまっている。当たり前だ。何故なら一瞬とはいえ、シンクレアの力が発動できなくなってしまったのだから。

 

 

『ア、アキ……お主まさか……?』

「情けない声出してんじゃねえよ、マザー……もう少し、もう少しで何か掴めそうなんだ……」

 

 

その元凶であるはずのアキはまるで夢遊病のようにふらふらと立ち上がる。今にも倒れておかしくない満身創痍。限界などとうの昔に通り過ぎてしまっている。にも関わらずアキには全く恐れはない。あるのはただ高揚感だけ。まるで自分の身体が自分の物ではないかのような感覚。その視線が担い手を、シンクレアたちを射抜く。瞬間、シンクレアたちは理解する。思い出す。シンクレアである以上、逃れることができない根源的恐怖。魔石殺しの存在を。

 

寝取り(他者のDBの操作)

 

それが魔石殺しの能力。だが今アキが見せた力は今までの比ではない。シンクレアというDBの頂点に位置する存在にまで介入する。そんな存在はこの世に二つしかない。一つはエンドレス。もう一つがシンクレアを統べるシンクレアであるバルドルのみ。人の身では到達し得ない神の領域。その領域にアキは足を踏み入れんとしている。それを証明するように

 

アキが剣を振るった瞬間、暴風によって大地は崩壊する。天変地異にも匹敵しかねない威力。大地を割る真空剣の一撃。

 

 

「馬鹿な……!? どうなってやがる……!?」

 

 

その攻撃を寸でのところで躱しながらハードナーは初めて恐怖する。そのあまりの破壊力に。いや、それだけではない。自らのアナスタシスの巻き戻しによってハードナーはアキのDBを封じていた。にも関わらずアキの持つデカログスは真空剣へと変化し、力を解放している。明らかに今までのデカログスとは次元が違う力。その力を目の当たりにし、オウガとドリューもまた息を飲む。その驚愕、戦慄はシンクレアたちの方が大きかった。

 

『DBの生成』

 

それが今、アキが見せようとしている、目覚めようとしている力の正体。DBの母たるシンクレアにしか許されない能力。だがアキが成し遂げようとしているのはその比ではない。DBを生み出すのではなく、生まれ変わらせようとしているのだから。最上級DBであるデカログスを六星を超えた領域へ。シンクレアというこの世に五つしかない闇の頂きの領域へと。

 

シンクレアが使えないのなら、新しいシンクレアを生み出せばいい。そんな子供のような、あまりにも馬鹿げた理由で。だがそれを実現しかねない力をアキは持ちつつある。魔石に支配される者から支配する者へ。真の魔石殺しの完成へと。

 

ヴァンパイア。アナスタシス。ラストフィジックス。三つのシンクレアはようやく悟る。自分たちの間違いを。担い手を競い合わせる蟲毒にも似た儀式。エンドレスの力を最大限に引き出す操り人形を生み出すための物。それが今、全く逆、対極の意味を持つ儀式になりつつあることを。そう、アキという担い手を自分たち魔石の天敵足り得る魔石殺しへと覚醒させる儀式へと変わりつつあることを。

 

 

『――――』

 

 

瞬間、時間が止まる。それほどの力の開放、いや奔流が生まれ出す。三つのシンクレアから無限に思えるようなエンドレスの力が溢れ、三人の担い手たちを包み込んでいく。アキはその光景に思わず息を飲む。なぜならその光景をアキはつい先ほど見たばかりなのだから。

 

 

「マ、マザー……!? ど、どうなってるんだ……あれってどう見ても戦気じゃねえのか!?」

『う、うむ……その通りじゃ。もう分かっておろうがキングの時と同じじゃの。ヴァンパイアたちもエンドレスに飲まれておる……よもやとは思ったがやはりそうであったか……』

「エンドレスに……!? 一体どういうことだよ!? ちゃんと分かるように説明しろ!」

『そうじゃな……分かりやすく言えばエンドレスがお主を殺そうとしているということじゃ。防衛本能みたいなものじゃの……』

「エンドレスが……!?」

 

 

何とか我を取り戻して意識を集中するも、事態の流れにアキは全くついていけない。自分の中で渦巻いている新たな力の奔流も、目の前で立ち昇っている戦気も。エンドレスの意志も。ただ分かるのは自分が絶体絶命であることだけ。

 

 

『もはや時間はない! アキ、あやつら、シンクレアを寝取れ! もはやそれしか手は残っておらぬ!』

「無茶言うんじゃねえよ!? さっきのは無我夢中だったからで……そもそも戦気のせいで無理だっつーの!」

『ならば……そのデカログスを使え! 我らと同じ域にまで到達しつつあるそやつならば』

「何をゴチャゴチャ独り言を言ってやがる!? 処刑はまだ終わっちゃいねェぞ!!」

 

 

そんなアキとマザーに時間を与えまいとハードナーが処刑剣と共に迫る。その一撃を何とか受け止めるもアキは遥か彼方に吹き飛ばされる。呪いによって傷を負うもそんなことはアキの頭には全く入ってはいなかった。あるのはただ戦慄のみ。何故なら

 

 

「ハハハハ!! 最高の気分だ!! 今ならどんな野郎だろうが負ける気がしねェ!!」

「くっ……!!」

 

 

アキへと襲い掛かってくるハードナーの強さが桁外れに上がっていたからこそ。その速さも、一撃の重みも全く別物。動きを目で捉えることができない。反応することすら叶わない。戦気を纏ったハードナーの強さは羅刹剣に浸食されたキングに匹敵する。

 

 

(だ、ダメだ……!? このままじゃ……!!)

 

 

ただ全力でデカログスの力を引き出すも戦気を纏ったハードナーの強さには通用しない。まだ不完全な状態に加え、アナスタシスはエンドレスから力の供給を受けている。その凄まじさはマザーと同化したアキと同等。もはや対抗する術は羅刹剣のみ。それすら通じる可能性は低い。それでもその可能性に全てを懸けんとするも

 

 

「オレ様のことを忘れてんじゃねえだろうな!? もうマグレは起こらねえ……この世から消えてなくなれ――――!!」

「――――闇へ飲まれろ、金髪の悪魔」

 

 

その刹那すら、アキには残されていなかった。アキが逃げ込む先を見抜いていたかのようにドリューとオウガが待ち構えている。そう、アキはあらためて思い知る。三対一の恐ろしさを。連携も何もない、一時的な共闘。だが目の前のハードナーに匹敵する相手がまだ二人いる。羅刹剣を使ったとしても勝ち目はない。そんな奇跡は起こらない。もはや勝敗は決した。それを示すように黒と金の光がアキへと迫る。

 

黒き最後(シュヴァルツ・エンデ)

 

それが黒の光の正体。禁呪と呼ばれる、あまりに強力すぎるため使用はもちろん習得すら禁止されている魔法。魔王であり闇魔法を極めたドリューの奥義。その魔法は全ての生き物から命を吸い取る、闇の世界を作らんとするドリューの願いの具現。

 

王の威光(オウガ・オーソリティ)

 

それが金の光の正体。絆の銀と同質の、全ての物理を超えた無属性魔法にも似た衝撃を生み出す奥義。孤独な、それでも圧倒的な力を持つ鬼の王の威光を示すもの。

 

共に触れるだけで相手を死に至らしめる究極技。それを避ける術はない。エンドレスの供給を受けているアナスタシスの巻き戻しの一点集中によってデカログスもまた封じられてしまっている。もはやアキにできることはなにもない。だが

 

 

(まだだ……!! 俺は、まだこんなところで……!!)

 

 

それでもアキはあきらめない。こんなところで死ぬわけにはいかないと。ここで自分が死ねばどうなるか。世界が崩壊してしまう。ジンの塔にいるゲイルたちも助からない。ガラージュ島にいるハルやカトレアも。

 

 

ただひたすらに足掻く。だがその瞬間、体はどこも動かない。剣を振るうことも、DBを使うことも。だがそれでもまだあきらめられない。自らの胸元で泣き叫ぶマザーの声。それを耳にしながら、それも聞こえなくなっていく。ただ思い出すのは一人の少女の姿だけ。

 

 

自分を好きだと言ってくれた女の子にまだ返事が言えていない。そんな情けないことを胸に抱きながらアキはそのまま瞳を閉じた――――

 

 

 

 

 

「――――――――え?」

 

 

ただ呆然とするしかなかった。自分で自分の声が分からない。そんな状態。知らず自分の身体がまだあることを実感する。手も足もある。呼吸もしている。生きている。だからこそ分からない。どうして自分が生きているのか。もしかして自分は死後の世界にいるのか。そう思いながら顔を上げる。

 

そこには、一人の男の背中があった。

 

尻もちをついている自分を守るように立っている男の背中。鎧を身に纏った剣士の姿。だが分からない。それが誰なのか。いや、理解することができない。ただあるのはまるで憧れの人を見ているかのような子供みたいな感情だけ。

 

言葉を失ってしまっているのは他の担い手達も同じ。この儀式において割って入る資格がある者など存在するわけがないのだから。彼らは知らなかった。いや、忘れてしまっていた。この世界で唯一、シンクレアを持つ者以外にこの戦いに加わる資格がある者の存在を。

 

シンクレアたちは思い出す。その感情を。恐怖と呼ばれる、DBには持ち得るはずのない感情を。ただただ戦慄し、恐怖する。シンクレアである以上、逃れることができない根源的恐怖。シンクレアは思い出す。魔石殺しと対となる自分たちにとっての天敵を。

 

 

「――――久しぶりじゃな、アキ。あの時の借りを返しに来たぞ」

 

 

聖石使い(レイヴマスター)シバ・ローゼス。

 

 

今、五十年の時を超え、聖石使い(レイヴマスター)魔石殺し(ダークブリングマスター)が再び共闘する時が来た――――

 

 

 

 


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