ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四十四話 「故郷」

(どうしてこうなった……?)

 

 

もはやそれ以外の言葉が出てこない。そう、予想外のことが起こるのは自分にとっては当たり前。その証拠にこの時が交わる日の戦いも本来の予定とは全く異なる戦いの連続だった。それでも何とか乗り切ることができた。自分だけではない、シバの力を借りながらも。三つのシンクレアを口説き落とすことはできなかったが、とりあえず手に入れることはできた。ようやくこの長かった一日が終わる。いや、それは間違いない。間違いなく一日は終わろうとしている。問題なのは

 

 

(な、なんでこんなところにエンドレスが……!? 星跡の洞窟に眠ってるはずじゃなかったのか!?)

 

 

冗談ではなく、文字通り今日がこの星の最期の日になりかねないということ。見上げた先にはこの星全てを消し去れる怪物。力の渦が形を為し、生命体となりつつある。誰にも倒すことができない。終わり亡き者、忘却の王の名を冠する者、エンドレス。ダークブリングマスターである自分にはそれがどれだけ規格外の存在であるかを感じ取ることができる。桁が、いや文字通り次元が違う。DB、シンクレアですらエンドレスの前では霞んでしまう。それに対抗できるのは同じく次元を崩壊させるほどの力を持つ魔導精霊力のみ。だが分からない。本来の歴史ではエンドレスは星跡の洞窟の地下に眠っていたはず。それが何故ジンの塔の下にいたのか。しかし今はそれどころではない。

 

 

『いやー、まさかエンドレスもここで眠ってたなんてすごい偶然ね。もしかしてこれって運命ってやつなのかしら、マザー?』

『貴様、それで誤魔化しておるつもりか!? そもそも貴様は魔界で担い手を見定めるのが役目だったはずじゃろう!? それがこっちにやってきて……どれだけ空気が読めんのじゃ!?』

『ち、ちちち違うのよ!? わたしはただ貴方に会いたかっただけで……まさかもう他の娘たちが全部集まってるなんて夢にも思ってなかったのよ! 流石は金髪の悪魔ね、貴方が選ぶだけはあるわ、マザー!』

 

 

出落ち、どころか空気が読めないにもほどがある最後のシンクレアでありバルドルはしどろもどろになりながら必死に弁明している。何とか誤魔化そうとしているがそんなことできるわけがない。マザーが今までに見たことがないほど焦っているのがその証拠。ある意味シンクレアの中で一番残念な奴なのかもしれない。しかしそれに構っている暇は今はない。

 

 

『そ、それよりどうするつもりだ!? エンドレスが復活しちまって……マザー、お前たちでどうにかできねえのか!?』

『そんなことできるわけがなかろう!? 忘れたのか!? エンドレスは我らシンクレアの大本、いわば母に当たる存在。それに逆らうことなどできはせぬ! だからこそエンドレスが目覚める前にお主を魔石殺しに至らせる必要が……いや、今はもうそんなことはどうでもよい!! 今すぐここから逃げるのじゃ、アキ!! 一秒でも早くここから離れなければ全てが終わってしまうぞ!!』

『っ!? そ、そんなこと言ったって、まだワープロードは使えねえし……それにゲイルさんたちはどうする気だ!? ジンの塔の崩壊に巻き込まれてたら……』

『そんなことを気にしておる場合ではない!! お主の命が懸かっておるのじゃぞ!?』

 

 

決死の剣幕のマザーの叫びに思わず言葉を失うしかない。いかなる時も唯我独尊、自信と慢心の塊であるあのマザーがその全てをかなぐり捨てて逃げろと叫んでいる。それほどまでにエンドレスが恐ろしい存在であるということなのか。だが自分はすぐに思い知ることになる。エンドレスが復活する、シンクレアが五つ揃うことが自分にとって何を意味するのか。

 

 

『ふふっ……いくら悪あがきしてももう無駄よぉ? それはあんたが一番分かってるはずでしょう、マザー?』

 

 

それを看破したヴァンパイアは歓喜の声を上げている。愉しくて愉しくて仕方がない。そんな毒婦のような邪悪な笑み。

 

 

『ヴァンパイア……お主!』

『八つ当たりは止めて頂戴。文句を言うならそこの調停者さんに言ったらどう? 最後まで見られないのが残念だけど、私は退場させてもらうわ』

『望ましい決着ではありませんでしたが……今の私には何も言う資格はありません。ハードナー様……形は違えど貴方の願いはこれで果たされます』

『もうちょっとおはなししたかったけど……さようなら、お兄ちゃん』

 

 

ヴァンパイア、アナスタシス、ラストフィジックス。三つのシンクレアはまるで遺言を遺すかのように最後の言葉を口にする。一体何故。その答えに至るよりも早く

 

 

『ごほんっ! まあ過ぎたことは過ぎたことよ! そもそも担い手を生み出そうなんて考え自体が間違いだって気づくのが遅すぎたってだけだし。それに囚われのお姫様ポジションって女の子の夢だと思わない、マザー? じゃあ期待して待ってるわ、白馬の王子様?』

 

 

開き直った意味不明のバルドルの宣言と共に、火傷するかのような熱が掌に襲い掛かってくる。自分が手にしている五つのシンクレア。その全てが今まで見たことがないほどの輝きと共に熱を帯びていく。それだけではない。紫の光がエンドレスからシンクレアに向かって伸びてくる。

 

 

(まさか……!? エンドレスがシンクレアを……!?)

 

 

瞬間、ようやく全てを悟るも時すでに遅し。残された力でシンクレアを繋ぎとめようとするも敵わず、次々にシンクレアがエンドレスへと奪われていく。いや、それは正しくない。奪っていたのは自分の方。エンドレスはただ元に戻ろうとしているだけ。並行世界を消滅させ、元の現行世界に戻ろうとするように。

 

 

(くそ……!? ダメだ……!? 繋ぎ止められねえ……!?)

 

 

両手を使って必死にシンクレアたちを掴むもどうにもできない。手が溶けてなくなってしまうような圧倒的なエンドレスの力の奔流。それに抗うことができない。当たり前だ。エンドレスは星どころか次元を消滅させる力を持つ存在。対して自分はたった一人の人間。ダークブリングマスターであってもそれは変わらない。満身創痍で力もほとんど残っていない自分がエンドレスとの力の綱引きで勝てる道理など欠片もない。一つ、また一つとシンクレアがエンドレスへと吸い込まれていく。それは絶望へのカウントダウン。世界の、いや自分自身にとっての。それなににみっともなく縋りつく。それだけは、これだけは渡すわけには、奪われるわけにはいかない。

 

 

『もうよい……それ以上抗っても無駄じゃ。今のお主ではここが限界。時間がやはり足りなかったようじゃの。まあいつものことじゃが』

「何すましたこと言ってやがる!? てめえもちょっとは抵抗しろ!? こっちはもう……限界なんだっつーの!!」

 

 

この場に至ってなお、普段通りのマザーの言葉に必死に反発する。分かっている。もうマザーは悟っている。どうしようもないことを。なのにみっともなく、あきらめきれない愚かな自分。もう手の感覚がない。それでもこのシンクレアだけは、こいつだけは渡すわけにはいかない。

 

 

「ふ、ふざけんじゃねえぞ……!! 今まで散々振り回してきて勝手にいなくなるなんて……そんなこと、絶対にゆるさねえからな!?」

 

 

ただただ、子供の様にみっともなく縋りつく。そうだ、こんな終わり認めない。散々好き勝手して勝手に消えるなんてありえない。いくら言っても言い足りない文句も愚痴も残っている。ヘタレでもクズでも構わない。だから

 

 

『相変わらずヘタレじゃの……お主は。すまぬな、アキ。我はここまでのようじゃ』

 

 

そんな自分の我儘にまるで母の様に呆れながら、それでも無念を遺しながら自分にとっての半身は奪われる。瞬間、大陸が割れ始める。

 

不安定だった体は形を成し、世界を破壊するための形態が露わになる。その大きさも先の比ではない。空を覆いつくさん限りの巨躯。もはや形容することすら憚られるほどの力の集合体。何よりも違うのはその色が紫に変わっていること。失われた半身を取り戻した証。

 

 

次元崩壊のDB『エンドレス』

 

 

今ここに五つのシンクレアを取り戻した、真のエンドレスが完成した――――

 

 

 

(あれは……!? まさか、この怪物がエンドレス……!?)

 

 

ただその光景に戦慄し、息を飲みながらもシバは理解する。今世界を覆わんとしている怪物こそがエンドレス。DBそのものと言っても過言ではない、現行世界の意志。直接目にしたことはないものの、シバは理解する。自らの身体が、レイヴが震える。目の前の存在こそが自分にとっての、世界にとっての敵であると。だがそれを前にして動くことができない。否、動く術がない。

 

 

(何という力じゃ……!? かつて戦ったシンクレアを遥かに超えておる……!! これでは……!!)

 

 

五十年前、シンクレアと戦ったことがあるシバだからこそ理解する。目の前の完成したエンドレスがどれだけ規格外の存在であるか。完成した余波だけでこの一帯、いや、ルカ大陸全体が割れかねない力が巻き起こっている。それが動き出せばどうなるか。五十年前の大破壊の再来どころではない。今度こそ世界は消滅してしまう。それを許すわけにはいかない。だが

 

 

(今のワシではどうしようもない……いや、かつてのワシであっても……!!)

 

 

どれだけ虚勢を張っても、超えられない絶対の壁をシバはそこに見る。自らの衰えに加えて手にしているレイヴは二つだけ。対抗できる可能性はゼロでしかない。いや、例え五十年前の自分であっても目の前のエンドレスには敵わない。剣聖としての、剣士としてのシバの直感。故にここで戦うことは自殺行為。対抗する術はない。それでもここから何とか脱し、残るレイヴを集めることに全てを懸けるしかない。自分だけでは敵わなくとも、アキが共にいればきっと何とかできるはず。だがそんなシバのわずかな希望は

 

 

「――――アキっ!?」

 

 

その場に倒れ伏すアキによって崩れ去ってしまう。だがその倒れ方は普通ではない。受け身も何もない、糸が切れた人形のような倒れ方。

 

 

「大丈夫か、アキ!? しっかりせい!」

「あ……がっ……!?」

 

 

慌てて抱きかかえるもアキは嗚咽を漏らしているだけ。その状態にシバは戦慄する。何故なら今のアキからはまるで生気というものが感じられなかったから。顔色は青を通り越して白に染まり、体はまるで氷のように冷たくなってしまっている。まるで死人のよう。その証拠に目の焦点はもはやあっておらず、呼吸すら危うい。いくら満身創痍であったとしてもあり得ないような急変。だがその理由をシバは瞬時に察する。

 

 

(まさか……マザーを奪われたことで……!?)

 

 

それはかつてアキ自身から聞かされた言葉。アキが持つDB、マザーはアキと一心同体なのだと。それがエンドレスに奪われてしまったことでアキは瀕死になってしまっている。いや、このままでは命が危うい。とにかく一刻も早くこの場から脱出を。だがそんなシバを嘲笑うかのようにエンドレスが動き出す。

 

それは溜めの姿勢だった。竜を模したような形へと変貌したエンドレスはその口に力を貯めこんでいく。その咆哮によって全てを無に帰すために。エンドレスからすれば力の一端に過ぎない物。ただそれだけで間違いなくルカ大陸は消滅するだけのエネルギーがある。だがそれはルカ大陸を破壊するための攻撃ではない。それは

 

 

(っ!! 間違いない、エンドレスはアキを狙っておる……!!)

 

 

倒れ伏しているアキ。ただそれを狙っているだけのもの。シバはそれを悟る。エンドレスが世界の破壊よりも、レイヴマスターである自分よりも倒れ伏しているアキを優先していることを。

 

 

「逃げ……ろ……シバ……俺、は……もう………」

 

 

それを感じ取ったのか、それとも無意識か。残った力を振り絞りながらアキは叫ぶ。逃げろと。もう自分は助からないからと。だからせめて。シバはただそんなアキの言葉に瞳を閉じる。そう、アキの言葉は正しい。エンドレスの狙いはアキ。なら自分はここからの脱出を優先すべき。世界を守るためならばそうするのが当然。その全てを理解しながら

 

 

「それはできぬ相談じゃな、アキ……言ったじゃろう? まだあの時の借りを返しておらぬとな」

 

 

シバは再びTCMを構えながらアキの前に立ち、エンドレスと向かい合う。象と蟻ほどの力の差があることなど百も承知。だからこそシバに退くことはあり得ない。ここでアキを見捨てることができるなら、シバは既にここにはいない。五十年。ただ世界のために戦い続けてきた男の在り方。一人では背負いきれない物をシバは背負って生きてきた。だがそれはシバだけでは為し得なかった。シンフォニアの人々が、蒼天四戦士が、そしてアキがいたからこそシバはこの五十年、旅をすることができた。何よりも

 

同じ少女を愛した男として、アキを見捨てることなどあり得ない。

 

瞬間、死の光が放たれる。音すらも消し去る終末の光。それにシバはたった一本の剣で立ち向かう。世界に一本しかない、友であるムジカが造り出したシバのためだけの世界の剣。それが終わり亡き者の咆哮を切り裂く。

 

 

「はああああああああ――――!!」

 

 

シバもまた咆哮しながら全ての力を己が剣へと注ぎ込む。封印剣。全ての魔法を切り裂く魔法剣。レイヴを信じることでその剣はエンドレスの力すら切り裂く。それだけではまだ足りない。ただの封印剣では切り裂くことすらままならぬまま消し飛ばされてしまう。故にシバはそれを解き放つ。羅刹剣。禁忌の剣によって自らの身体能力を全盛期へと引き上げる。羅刹の封印剣。

 

だがそれを以てしても忘却の王には届かない。じりじりと紫の光によって押し戻されてしまう。切り裂いている光の線が徐々に狭まっていく。大地は崩壊し、切り裂かれた光は山々を粉々に砕いていく。世界の崩壊。大破壊。その記憶がシバを侵していく。

 

 

――――何もない荒野。人々も、動物も、自然も。全てが消え去ってしまった無の世界。そこにただ一人取り残された、生き残ってしまった自分。ただ泣き叫んだ。自らの弱さと、後悔と共に。こんな自分を守るために命を落としてしまった親友への懺悔。

 

 

だが今は違う。鏡合わせの様に、あの時とは何もかもが違う。そう、ここで屈すれば一体何のために五十年間生きてきたのか。一瞬だけでいい。

 

 

「あああああああああああ――――!!!」

 

 

あの時の自分を超える強さを。その願いと強さが終わり亡き光を両断する。それがシバが五十年前の自分を超えた瞬間、そしてアキへと借りを返した瞬間だった――――

 

 

 

「ハァッ……ハァッ……!!」

 

 

シバはただ息を乱しながらその場に倒れこむ。それでも剣を杖代わりにすることで何とか持ちこたえるがそこまで。自らの後ろにいるアキは健在。シバはエンドレスの攻撃からアキを守り切った。だがそこまで。もはやシバには力は残っていない。レイヴの力も全て使い果たしてしまった。羅刹剣の使用によって体は激痛で言うことを聞かない。それだけの代償を払ってもできるのはここが限界。エンドレスはまるで何事もなかったかのように今度はその指をシバへ、アキへと向ける。そこから放たれる攻撃は先ほどの比ではない。結局のところ今の自分にできたのは時間稼ぎだけ。絶望に染まりながらも、それでもシバが屈さない。それを嘲笑うかのように死の光が全てを染め上げんとした瞬間、

 

 

それは全てを照らし出す白の光によってかき消された――――

 

 

「――――」

 

 

ただその光景にシバは言葉を失う。あれほどの攻撃が跳ね返され、あろうことかエンドレスが片腕を消し飛ばされている。恐らくはこの世界が生まれてから一度たりともあり得なかった偉業。だがそれすらもシバにとっては目に入っていなかった。その瞳にはたった一人の少女の姿。

 

 

あの時よりも成長し、髪は短くなっているがそれを見間違えることなどあり得ない。五十年前、世界のために、自らが手にしている聖石を生み出すために命を落とした少女。この五十年間、シバが戦い続けてこれた理由。

 

 

「…………リーシャ?」

 

 

リーシャ・バレンタイン。

 

 

それがシバとリーシャの再会。そしてシバにとっての旅の終着点であり、新たな出発点だった――――

 

 

 


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