ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート) 作:闘牙王
目の前にはエンドレス。本当なら一瞬でも気を抜くわけにはいかない状況。でもあたしはただ呆然とするしかない。リーシャと自分の名を呼んできた老人。でもそれだけで充分だった。あたしをリーシャと呼んでくれる人はもうこの世界で数少ない。何よりも、五十年経ったとしても、その姿を見間違えるはずがなかった。
「シバ…………?」
シバ。あのシバが目の前にいる。どうしてここにシバがいるのか。でもそれよりも早く、目から涙が溢れてくる。五十年前の、五十年経った今のわたしの気持ち。ただ謝りたかった。あの時、会いに行けなかったことを。ただ償いたかった。あれから五十年、たった一人で戦い続けたシバに。でも何から話したらいいか分からない。それはきっとシバも同じ。あたしとシバはただお互いに見つめ合う。永遠にも思えるような一瞬。だが
「っ! ――――シバ!!」
「――――うむ!」
その刹那、たったそれだけのやり取りであたしとシバは同時に動く。その先にはこちらに向けて攻撃を放たんとしているエンドレスの姿。それを前にしてあたしは手をかざす。魔導精霊力。エンドレスを倒せる唯一の力であり、あたしにとってはトモダチのような、大切な力。それを再び解き放つ。あたしが五十年を超えてきたのはこの時のため。エンドレスを倒すためなのだから。
瞬間、エンドレスの攻撃とあたしの魔導精霊力がぶつかり合う。その衝撃でもうジンの塔も、その周りも見る影もない。結果は互角。いや、あたしの方が押し負けている。その証拠にさっき吹き飛ばしたはずのエンドレスの片腕はもう再生してしまっている。あの程度ではエンドレスにダメージを与えることはできない。
「ごめんなさい、シバ……あたし」
「よい、こうして君にもう一度会えただけでも充分じゃ……それよりもアキの方が心配じゃ。このままでは……」
「えっ!? アキっ!? い、一体どうしたの……!?」
エンドレスとの攻防の狭間。その合間を縫うようにシバは倒れ伏しているアキをその肩で立ち上がらせる。しかしアキは全く微動だにしない。もう死んでしまっているのではないか。そう背筋が凍るほどに今のアキには生気がない。一体どうしてしまったのか。
「分からぬ……じゃが、もしかするとアキが持つマザー……DBをエンドレスに奪われてしまったのが原因かもしれぬ」
「ママさんが!? そっか、だからエンドレスが……!!」
苦渋の表情を見せるシバの言葉でようやく理解する。いつもアキの胸元に一緒にいたママさんがいなくなってしまっている。その意味を。かつてママさんに聞かされたことがある。曰く、アキはこの世界の存在ではないのだと。ママさんが、エンドレスを通してこの世界に繋ぎ止めているのだと。だがママさんは今はもういない。エンドレスに取り込まれてしまった。エンドレスからすれば裏切り者であるアキをこの世界に留めておく理由はない。その結果が今のアキの姿。自分の意志で動くことができなくなってしまっている。
(このままじゃアキが……!? でも、一体どうしたら……!?)
このままではアキが死んでしまう。でもどうしたらいいか分からない。ママさんならどうしただろうか。自分には何ができるのか。でもそんな時間すらエンドレスは許してくれない。
「――――」
声にならない叫びと共にエンドレスの力が高まっていく。さっきまでの攻撃が子供だましに思えるような力がそこに集まっていく。それを前にしてあたしは杖を構える。時空の杖。あたしが造った魔導精霊力を扱うことができる世界で一本だけの杖。それを使うことであたしは一度だけ魔導精霊力を全力で放つことができる。エンドレスを倒す切り札。だけど今、それを使うことはできない。
(ここじゃ全力の魔導精霊力は使えない……!! 星の記憶じゃないと……!!)
全力の魔導精霊力にはこの星が耐えられない。そんなことをすれば大破壊と同じ。そのためにあたしはレイヴを造った。レイヴが五つあれば星の記憶へ行くことができる。星の記憶は別次元、いかなる力を以てしても破壊できない場所。でも今はそれができない。ここには五つのレイヴも、ママさんたちもいない。それでも。
「……シバ、アキと一緒にここから離れて。あたしがエンドレスを何とかしてみせる!」
「リーシャ……しかし……」
「大丈夫。もう約束を破ったりしないから、ね?」
ガッツポーズを取りながらシバにそう微笑む。そこに嘘はない。五十年前みたいなことは絶対にしない。そのためにあたしはここにやってきたのだから。そんなあたしの気持ちを分かってくれたのか、シバはそのままアキを連れてその場を離れて行ってくれる。その後ろ姿に声をかけたい気持ちを必死に我慢しながら、再びエンドレスと向かい合う。
エンドレス。全ての始まりでもあり、全ての終わりでもある存在。時空操作の結果生まれた存在。その圧倒的な力、存在感に知らず冷や汗が流れる。今この瞬間に、自分の手に世界の命運が懸かっている。アキも、シバも、蒼天四戦士のみんなも、数え切れない人たちがそのために戦ってきた。だから今度はあたしの番。例えこの場でエンドレスを倒すことができなくても
「この場からエンドレスを……消して見せる!!」
あたしにはまだできることがあるのだから。
自らを鼓舞する宣言と共に時空の杖に魔力を注ぐと同時に杖を空に掲げる。瞬間、エンドレスの動きが止まる。いや止める。それに呼応するように空に亀裂が入り、雲が晴れ光が差し込んでくる。それこそが時空の杖のもう一つの役割。エンドレスの動きを止め、違う世界へ送る力。本来ならレイヴによって開かれた星の記憶へエンドレスを誘き寄せるための手段。星の記憶へは至れないため、誰もいないここではない世界に一時的にでもエンドレスを隔離する。動きを止めている間にママさんを取り戻せれば。でもそんなあたしの希望は呆気なく覆されてしまう。
「うぅ……!? あ、うぁ……うぅぅぅ……!!」
全身を駆け巡る激痛と圧迫感に悶絶するしかない。一瞬でも気を抜けば押しつぶされてしまいそうな魔力の逆流があたしに襲い掛かってくる。エンドレスの抵抗。動きを封じようとしている魔導精霊力に反発する力。その激しさは、流れは想像をはるかに絶する物。その証拠にエンドレスは徐々にではあるが動き出し、こちらに近づいてきている。完全にこちらが負けてしまっている。でもそれは当たり前の事。あたしは全力を出せない。対してエンドレスにはそれがない。どころかママさんたちを全て取り込んでいる。あたしに加えて五つのレイヴを相手にしているようなもの。どうやっても勝てるはずがない。
(ううん……絶対にあきらめない!! あたしだって……あたしも、みんなと一緒に……!!)
それでもあきらめるわけにはいかない。みんなが繋いでくれたこの力を、想いを無駄にするわけにはいかない。一緒に来てほしいとアキに手を差し出した時から、アキにマジックディフェンダーを贈ってもらった時から決めていた。守られるだけではない。今度はあたしが、みんなを守って見せる。そのためにアキからもらったマジックディフェンダーを外してもこの戦いに挑んだのだから。怖い。エンドレスが、ではない。また記憶を失うことが。魔導精霊力を使うことで自分がいなくなってしまうことが。それでも。
そんなあたしの決意も、想いも。その全てが無意味だとばかりにエンドレスの手がこちらに伸びてくる。それに抗う術がない。体も、杖も動かない。ただ最後まであきらめない。そんな想いだけを胸に、固く目を閉じようとした瞬間
「…………悪い、遅れちまった。後は、俺に任せろ……」
そんな聞き慣れた、今一番聞きたかったあたしが一番好きな男の子の声が聞こえた――――
――――分からない。どうして自分がこんなことをしているのか。
本当ならもうとうに死んでいてもおかしくないのに、自分はまだ生きている。だがどうでもいい。そんなことはどうでもいい。あるのはただ胸を焦がすようなよく分からない感情だけ。今にも体が燃えてしまいそうな激情だけ。
ヘタレにクズ。誰かさんや誰かさんに散々に言われてきた自分を示す呼び名。それは構わない。その通りなのだから。自分はヘタレでクズ。ビビりで右往左往するのが日常。だがそれでも、この瞬間だけはそれは我慢ならない。
目の前にいるのは苦悶の表情を見せながら、それでも敵うはずのない存在に立ち向かう少女。その腕にはあるはずの金の腕輪がない。自分が贈ったはずのプレゼント。それを外させてしまっている自分の情けなさ、不甲斐なさ。
――――そうだ。お前はあの時、何を誓ったのか。観客のいない浜辺で、一人孤独に踊っていた少女に。天真爛漫に振る舞いながら、一人枕を濡らして泣いていた少女に。ただ真っすぐに、こんな自分を好きだと言ってくれた女の子に。
気づけば少女の前に立っていた。自らの身を案じてくれたシバに無理を言ってここまで連れてきてもらった。知らず手は握り拳になっている。他には何もない。剣を振るう力も、DBを使う力も。それでも前に出る。目の前にはすぐそこまで迫っている終わり亡き者の手。それにかかれば自分はひとたまりもない。文字通り存在ごと消されてしまう。だが恐怖はなかった。あるのはただ
「俺が……お前を守る!!」
『エリーを守る』
ただそれだけ。あの夜、恥ずかしさと自信のなさから途中で言えなかったエリーへの言葉。事ここに至ってようやく口にできたヘタレの極み。だがそれでも誰にも譲らない自分の答え。
それと共にその手をエンドレスへとかざす。意味はなかった。ただ本能で、直感でその手をエンドレスへと向ける。瞬間、世界が、時空が崩壊した――――
『――――?』
それはエンドレスの意志だった。あるのは未だかつて感じたことのない感覚。それが何であるか知らぬままエンドレスはただその狙いを魔導精霊力を持つエリーとレイヴマスターであるシバへと向ける。自らに対抗しうる存在はあとはその二つだけ。それ以外は恐るるに足りない。だがエンドレスは気づけない。いや、気づこうとしない。何故その二人を差し置いてもなお、アキを排除しようとしていたのか。その意味を。
「……!…………!」
それは声だった。だがそれが何なのか分からない。そもここはエンドレスの中。そこにエンドレス以外の者が混じることなどあり得ない。だというのにエンドレスはただある感情に支配される。そう、まるで自ら分かれた五つの母なる闇の使者のように。人しか持ち得ぬ感情、恐怖という名の感情を。
それはまさに反逆だった。エンドレスの中に渦巻く破壊の力。それが逆流し、あり得ない流れを生み出していく。その中心には人間がいた。エンドレスからすればちっぽけな、砂浜の中にある一粒の砂のようなもの。だがそれが一気に全てを飲み込んでいく。その人間には何の力も残っていない。剣を振る力も、DBを扱う力も。その全てをエンドレスは消耗させた。キングに、三人の担い手に介入することによって。自らに反逆する意思を見せる担い手に一片の勝機も与えないために。しかしそれこそが誤りだったのだとエンドレスは思い知る。
「やっと……見つけたぜ」
自らの中に入り込んできた男こそが、エンドレスの力を操ることのみに特化した存在へと昇華していることに。
瞬間、エンドレスは苦しみ出す。今までに感じたことのない脅威、恐怖、戦慄。かつてシンクレアたちが感じたであろう感情を遥かに超える物。無限、無尽蔵とでもいうべき力が、たった一人の人間によって奪われていく、いや支配されていく。
そう、全てはこの瞬間のため。地獄のような修行も、DBの制御訓練も、六星DBを極めたのも、六祈将軍との、キングとの戦いも、担い手によるシンクレア争奪戦も。エンドレスは思い返す。間違いは一体いつからだったのか。それは奇しくも先のバルドルの言葉が全て。そう、担い手を、自らの操り人形を生み出そうとした儀式そのものこそが過ち。エンドレスはようやく悟る。自らの手で自らの天敵を生み出してしまったことに。魔石に支配される者ではない、魔石を支配する者の誕生を。だが当事者であるアキにとってはそんなことはどうでもよかった。アキにあるのはただ一つだけ。
「
自分の物である、口うるさい魔石を奪い返すことだけ。
叫びと共にアキはその手を力一杯握りこむ。その力の流れが全てそこに集う。その手の中には確かな、慣れ親しんだ自らにとっての半身であり相棒の感触。それを決して離すまいとアキはそのまま手を引き抜く。瞬間、全てが光に包まれていく。
それがこの長かった時の交わる日、魔石大戦の終焉。そしてアキが魔石使いから真の魔石殺しに至った瞬間だった――――
作者です。第四十五話を投稿させていただきました。長くなりましたが今話でようやく魔石大戦編は終わりとなります。
前作の読者の方ならお気づきになった方もいるかもしれませんが、前回と今回のエピソードは前作のラストの展開のオマージュ、リメイクになっています。前作はハルたちに助けられることでマザーを取り戻しましたが、今作ではアキ自らがマザーを取り戻す展開になっています。前作での自分が描きたかった展開と読者が望んでいた展開のギャップ、読者にとって主人公はアキなのだということを今の自分なりに表現したいというがエリールートを始めた一番の理由でした。魔石使いから魔石殺しというのも、前作のアキを今作のアキが超える、という意味合いを込めた物です。
長くなってしまいましたが次話で第二部は終了。そして第三部へと続く予定です。お付き合いくださると嬉しいです。では。