ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四十七話 「リーシャ」

「こんなところでなにしてるの?」

 

 

一瞬、思考が止まってしまう。当たり前だ。気づいたら全然知らない場所、一刻も早くみんなのところに戻らなくてはいけないのにどうしたらいいのか分からない状態。そんな中で目の前に今一番会いたかった人物が現れたのだから。

 

 

「っ!? エリー!? どうしてこんなところに……じゃなくて!? エンドレスはどうなったんだ!? シバは!? みんなは無事なのか!?」

「きゃっ!?」

 

 

思わず飛び起きながらエリーの肩を掴んでしまうが今はそんなことを気にしている余裕はない。マザーは大丈夫だろうと言っていたがいつまたエンドレスが動き出すか分からない。シバはもちろん、ゲイルさんたちの安否も気にかかる。とにかく今は急がなくては。だが

 

 

「えりーにえんどれす……? あなた、一体何を言ってるの……?」

 

 

エリーはどこか驚き、困惑している表情でこちらを見つめている。普段のエリーならあり得ないもの。そこにはどこか怯えも含まれている。焦っていたとはいえ、強く掴みすぎたのかもと慌てて手を放すもやはりおかしい。エリーの様子はまだ変なまま。まるで知らない人にいきなり話かけられたといった風。

 

 

「何をって……お前こそ何言ってるんだエリー……? まさか、魔導精霊力の使い過ぎでまた記憶が……!?」

「えーてりおん? それは分からないけど、あたしはエリーじゃなくてリーシャだよ? リーシャ・バレンタインって言うの」

「え……? リーシャ……? エリーじゃなくて……?」

「うん、何であたしがエリーなの……? 誰かと間違えてるの? あ、ここはエリー村っていうんだけど、もしかしてそれと間違えてるの?」

 

 

エリーはそのままうーんと首をひねってしまっている。その声も仕草も間違いなくエリーそのもの。なのに自分がエリーだと忘れてしまっている。いや、それどころか自分の事すら覚えていない。一瞬、エンドレスとの戦いによる魔導精霊力の使い過ぎで記憶を失ってしまったのかと戦慄するが、それもまた違うのだと気づく。そう、本当に記憶を失ってしまったのだとすれば自分がリーシャであることを覚えているのはおかしい。

 

 

(待てよ……? これって、もしかして……?)

 

 

ようやく落ち着いてきた中で、もう一度改めてエリーを見つめる。頭のてっぺんからつま先までを何度も往復して確認する。傍目から見れば少女を舐め回すように見つめる変質者そのもの。だがその全てを無視して確認する。その容姿を。まずはその服装。いつものタンクトップにミニスカではない、白い民族衣装。明らかに自分が知っているよりも小さい胸(それでも十分大きい)……ではなく、幼い容姿。何より決定的な違いはその髪型。腰まで届くような長い金髪。リーシャである自分を殺してエリーとなった証がまだない。それはつまり

 

 

「も、もしかして……本当に、リーシャなのか……?」

 

 

目の前にいるのは自分が知っているエリーではない、五十年前のエリー。リーシャ・バレンタインその人だということ。

 

 

「だからそうだって何度も言ってるでしょ? 変な人」

「へ、変な人って……それよりも……そうだ! 今日は何日だ!? 何年の何月何日か分かるか!?」

「え? えっと、0014年の9月10日だけど……それがどうかしたの……?」

 

 

きょとんとしながらもエリー、もといリーシャは指を折りながら教えてくれる。自分にとっては信じられない、それでも認めなくてはいけない現実を。

 

 

(間違いない……! 俺、五十年前にタイムスリップしちまってる……!!)

 

 

自分が五十年前の、恐らくはシンフォニアにタイムスリップしてしまっているというにわかには信じられない事態。だが認めざるを得ない。エンドレスや魔導精霊力は文字通り次元、時空を歪めるほどの力がある。本来の歴史ではハルやエリーも魔導精霊力とレイヴの共鳴によって五十年前にタイムスリップしている。恐らく自分の場合はあの時、エンドレスからマザー達を取り戻す時のショックで時空の歪みに飲み込まれてしまったのだろう。何よりも

 

 

(ま、マザーの奴、分かってて黙ってやがったな……!? こうなることが分かってて……!?)

 

 

自分の胸元で吹けない口笛を吹いて誤魔化しているマザーが動かぬ証拠。ここがどこか分からないのは本当だったに違いないが、ここがいつかは分かっていたのだろう。それに気づいた自分の狼狽っぷりを楽しむために。だがまさかいきなりエリー、じゃなくてリーシャに遭遇するとまでは思っていなかったのかマザーもまた少なからず驚いているのは間違いない。その他にもぎゃあぎゃあとうるさい同類の声が聞こえているが今は完全無視するしかない。

 

 

「大丈夫……? 何だか顔色が悪いけど……」

「っ!? い、いや何でもない! 悪い、俺、色々と勘違いしてたみたいだ!」

「勘違い? 何を勘違いしてたの?」

「えっと……なんて言ったらいいのか……とにかくもう大丈夫だから! あと時々俺、変なこと言うかもしれないけど気にしないでくれ!」

「う、うん……」

 

 

気にはなっているようだが、有無を言わせぬこっちの勢いに渋々リーシャは納得してくれる。強烈なデジャヴを感じるしかない。ようやく気付く。今と全く同じ状況が半年前にあったことに。違うのは自分とエリーの立場が逆転していること。事ここに至ってようやく理解する。あの時の不可解なエリーの言動。その理由。そう、半年前に記憶を取り戻したエリーは既に自分のことを知っていたのだと。自分がまだ知らない、これから先の自分のことを。そうであれば全てが納得できる。あの時、あの時も。考えだせばキリがない。

 

 

「それで、あなたこんなところでなにしてたの?」

「え? そ、それは……その、ちょっと考え事をしながら日向ぼっこしててさ、はは……」

 

 

ようやく一番気になっていたことをリーシャは改めて聞いてくる。ここで何していたのか、と。色々疲れて不貞寝してただけですなんて答えるわけにもいかず、ひとまずそう答えるしかない。一応嘘ではない。

 

 

「そっかー、あたしと一緒だね!」

 

 

それが気に入ったのか、リーシャはそのまままるでベッドに飛び込むように草原に無造作に横になってしまう。それだけではない。そのままゴロゴロと横に転がりながら上機嫌に日向ぼっこを満喫し始めてしまう。

 

 

「どうしたの? あなたも一緒に日向ぼっこしない、気持ちいいよ?」

「いや……遠慮しとく。それよりももうちょっとおしとやかにしたらどうだ? 女の子なんだし」

「え? もう、近所のおばさんと同じこと言うんだから! いいの、ここはあたしの秘密の遊び場所なんだから!」

「そっか……でも気を付けた方がいいぞ。下着も丸見えだったし」

「え? 嘘っ!? えっち!」

「嘘に決まってんだろ……これに懲りたらもう少し気を付けるんだな」

「むー」

 

 

自分の慌てぶりが恥ずかしかったのか、それよりもその近所のおばさんと同じように子ども扱いされてしまったことが悔しかったのか。不機嫌そうに頬を膨らませながらリーシャはこっちを横になったまま睨んでくる。もうそれだけで子供なのだが言わぬが花だろう。それにしても当たり前だが、その天真爛漫、もとい破天荒っぷりは変わらない。初対面の相手の前で惜しげもなく天然っぷりを発揮している。これから先が思いやられる……までもなく知っているのでどうしようもない。

 

 

「それで、エリーはここに日向ぼっこしにきたってわけか?」

「もう、エリーじゃなくてリーシャ! それだけじゃないよ、あたしここにいつも虫っぽいものを探しに来てるの!」

「虫っぽいもの、ね……残念ながらここら辺にはいなさそうだな」

「そっかー……あ、でも変な人には会えたかな?」

「そっくりそのままお返しするよ……何でそんなに虫が好きなんだ?」

「だってかっこいいでしょ? あたし、小さい頃は虫になりたかったんだー、パパには無理だって言われちゃったけど」

「そりゃ無理だ。ならギャンブラーなんてどうだ? お金も稼げて一石二鳥だし」

「え……? うん、ギャンブルも好きだけど、どうしてそんなこと知ってるの……?」

 

 

思わず出てしまった言葉にリーシャは不思議そうな顔を見せている。それはこっちも同じ。ついいつものノリで会話をしてしまっていたが忘れてはいけない。目の前にいるのはリーシャであってエリーではない。自分が知っていること自体おかしいのだから。どうしてもエリーと呼んでしまうのがその証拠。半年以上一緒にいた習慣はちょっとやそっとでどうにかなる物ではない。

 

 

「い、いや……じゃあ、そろそろ俺、帰るわ! エリ、じゃなかったリーシャも元気で」

 

 

これ以上ボロが出る前に、面倒なことになる前に脱出を。そう言いながら、可及的速やかにその場を去ろうするもそれよりも早く、草原中に聞こえるような大きな音が鳴り響く。丸一日以上、何も飲み食いしていない証。

 

 

「サンドイッチあるけど、一緒に食べる?」

 

 

その腹の音にはあえて触れず、ニコニコしながら一本取ったとばかりにリーシャはその手に持っているランチバスケットをかざしてくる。それを前にして、自分の色々な葛藤、天秤は一気に傾く。

 

 

「…………はい」

 

 

ぺこりと頷きながらリーシャの元へとすごすご戻っていくしかない。ただ分かることは一つだけ。五十年後であろうと五十年前であろうと、自分は目の前の少女には敵わないということだけ。

 

 

「さあ、座って座って! いっぱい作ってきたから大丈夫だよ!」

「お、お邪魔します……」

 

 

慣れた手つきでシートを広げながらリーシャはどうぞどうぞとばかりに手招きしてくる。どうやら虫探しだけではなく、ピクニックも兼ねていたらしい。それはともかく、そのままお呼ばれすることにしてシートに腰を下ろす。本当なら色んな意味でリーシャとは接触を避けるべきなのだろうがいかんせん空腹だけは抗えない。これを逃したら次まともな食事にいつありつけるか分からない。

 

 

「おお……!」

 

 

思わず開かれたバスケットの中身、サンドイッチに感嘆の声を上げるしかない。見慣れたエリーのサンドイッチ、どうやら五十年前……ではなく、年齢的な意味では約二年前のリーシャであってもそれは変わらないらしい。そういえば記憶が蘇った時に歳を取っていないことを強調していたがあれは自分と会っていたからだったのだろう。そんなことに今更気づいていると

 

 

「…………」

 

 

リーシャがどこか驚いた様子でこっちを見つめている。だが分からない。なんでそんなに驚くことがあるのか。自分はサンドイッチを食べようとしているだけ。変なことに言っていないはず。だが

 

 

「ど、どうかしたのか……? 嫌になったのなら別にサンドイッチは……」

「え? ううん、そうじゃないの。ただ、急にあたしの横に座ってきたからびっくりしちゃっただけで……」

「へ……? それがどうかし……あ」

 

 

言われてようやく気付く。自分が無意識のうちにリーシャの隣に腰掛けてしまっていることに。それも肩が触れてしまうような密着した状態で。どっからどうみてもカップルにしか見えないような距離感。だがそれは自分にとっては特段おかしいことではない。エリーによっていつの間にかそれが当たり前になってしまって習慣になってしまっている。だがリーシャにとってはそうではない。今あったばかりの怪しい男にいきなり隣に座られて密着されてしまっているのだから。

 

 

「っ!? ご、ごめん! いや、別に変な意味はなくって……!? ただ何となく座ってしまったというか何というか……」

 

 

慌ててその場から離脱するもいい言い訳も思いつかず意味不明事を口にするしかない。本当に慣れというのは恐ろしい。初めはドキマギしてまともに対応できなかったのに、今はそれが当たり前になってしまっている。記憶が戻ったばかりのエリーからの距離感が一気に近くなって右往左往したのをようやく思い出す。だが本当に驚くべきは

 

 

「そっか……うん、ならこのままくっついて食べちゃおっか! その方が楽しそうだし!」

 

 

そんな自分を何の疑問もなく受け入れてしまうリーシャの順応性、もとい危機感のなさ。楽しそうだから、という理由で本当に納得してしまったのか羞恥心がないのか。リーシャはそのまま今度は自分からこっちにくっついてくる。

 

 

「や、止めろって!? 俺が悪かったから……」

「いいからいいから。でもあたしにはしたないって言ってたけど、あなたの方がえっちなんじゃない?」

「え、えっちって……!? 俺は別にそんなつもりは」

「さっきのお返しだよ? ほら、早くしないとあたしが全部食べちゃうよ?」

 

 

はしたないと言われたのを根に持っていたのか、それとも悪戯が成功したからか。リーシャは楽しそうにべーっと舌を出しながらこっちをからかってくる。そんなリーシャの姿に理解する。五十年の時を超えたとしてもエリーはエリーなのだと。同時に自分もまた自分のままなのだと。

 

 

「……ごちそうさまでした」

「お粗末様でした……でいいんだっけ?」

 

 

ぐったりしている自分に向かってクスクス笑いながらリーシャはそうからかってくる。結局自分がほとんどサンドイッチを頂くことになってしまったのは申し訳なかったが、それとこれとは話が違う。相手がエリーであってもリーシャ(自分で言っててもよく分からない)なことに気づいてしまい、どこか気恥ずかしくなってしまったのを感じ取ったのか、リーシャはさっきまでのお返しとばかりに自分をからかってくる。おかげでサンドイッチの味もよく分からなかった。おいしいことだけは間違いないが。

 

 

「ふふっ……あ、そうだ! まだ聞いてなかった! ねえ、あなたなんて名前なの? どこに住んでるの? なんでこんなところにいたの?」

 

 

一通り満足したからなのか、ぐいっと身を乗り出しながらリーシャはこっちを質問攻めにしてくる。最後の質問に関してはもう答えたような気もするがそれはともかくどうしたものか。本当のことを言っても信じてくれないのは明らか。いや、エリー、ではなくリーシャであればもしかしたら信じてくれるのかもしれないがいくらなんでも危険すぎる。色々考えた末に

 

 

「俺の名前はアキだ……それ以外は、その……覚えてないんだ」

 

 

名前だけを明かすことにする。それ以外のことは分からない、もとい覚えていないことにする。

 

 

「覚えてない……それって、何も覚えてないってこと……?」

「あ、ああ……名前だけは憶えてたんだけど、それ以外は……記憶喪失ってやつかな……?」

 

 

自分で言ってておかしくなってくる。胡散臭さしかない嘘。だがそれ以外にいい言い訳も思いつかない。右も左も分からないという意味では間違ってはいないのだが。そもそも自分はどうやって帰ったらいいのか。そもそも帰れるのか。今更ながら自分の置かれた状況の深刻さに直面しながらもふと気づく。記憶喪失という咄嗟に出た嘘。それが奇しくも自分とエリーの立場が逆転したものになる、という事実に。そうなればどうなってしまうのか。

 

 

「ほ、本当に!? た、大変じゃない!? ど、どうしたらいいの? 帰る場所も家族のことも分からないってことなんでしょ!?」

 

 

それを示すようにリーシャはまるで自分の事の様に狼狽し、慌てて心配してくれる。当たり前だ。自分の目の前に記憶喪失の人物が現れたら誰だって焦る。驚くべきはこんなバレバレの嘘を本気で信じてくれるリーシャの純粋さとそれをすっかり忘れてしまっていた自分の迂闊さ。

 

 

「い、いや……そうなんだけど、大丈夫だって。きっと転んだときに頭でもぶつけただけだろうし、その内思い出すと思うから……」

「で、でも思い出せなかったらどうするの? あ、そっか……だからさっきから変なことばっかり聞いて……頭がおかしくなっちゃってるの!?」

 

 

案の定、リーシャは真剣にこっちの心配をしてくれるが罪悪感しかない。騙してしまっているのもそうだが、約一年後に記憶を失うことになるリーシャにとってはブラックジョークにしかならない。頭を打っただけだからということにする(もちろん嘘ではない)も収まりそうにない。リーシャだけでなく本当に自分が頭を打ったショックでおかしくなったと信じたラストフィジックスが自分のせいかと半泣きになっているのを宥めるのでこっちも精一杯。何なのか。本当に天使なのか。頭がおかしいのは元々だとか抜かしている誰かさんは絶対に後でしめてやる。それはともかくリーシャはどうしたものか。途方に暮れていると

 

 

「……うん、じゃあとりあえずアキ、服を脱いでみて! 何か記憶の手掛かりがあるかもしれないから!」

「…………はい」

 

 

リーシャはうん! と気合を入れながらこっちを見つめてくれている。身体検査、もとい持ち物検査という名の自分の記憶探しを行うために。それを前にしてもはや言葉もない。いつものマザーの言葉ではないが完全な自業自得。

 

 

それが自分とリーシャの出会い。そして本来なら逆であるはずの、自分の記憶探し(偽)の始まりだった――――

 

 

 


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