ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四十九話 「交流」

「うん、これでよしと!」

 

 

何度も確認しながら準備を整える。料理の出来も完璧。ちょっとでこずっちゃったけど、間違いなく前の時よりもおいしくできたはず。ちょっとつまみ食いをしちゃったほど。それはともかく、早く行かなくては遅れてしまう。別にこれと言って細かい時間を決めてるわけじゃないけど、今まで一度も先に待ち合わせ場所に行けた試しがない。今日こそはそれを塗り替えなくては。

 

 

(でもそっか……もう一週間になるんだっけ……)

 

 

あの日、あたしの秘密の遊び場所で出会った男の子、アキ。それからもう一週間も経っている。記憶喪失の変な男の子。アキと毎日お昼に会うことがあたしの新しい日課になっている。そのためにこうやって料理も作っている。今日で一週間目ということで初めて会った時に一緒に食べたサンドイッチにしてみた。もちろん、食べ物に困っているアキのために持っていくのが一番の理由だけど、一緒におしゃべりしたり遊んだりするのも楽しい。なんだろう……村のみんなにも内緒で秘密の遊びをしている、そんなカンジ。そのせいもあってか、近所のみんなには遊び過ぎないように注意されたり、誰かと逢引きしてるんじゃないかってからかわれてしまう。

 

 

(もう……みんなしてからかって! 全然そんなんじゃないのに、みんなほんとに噂好きなんだから……)

 

 

知らず一人でぷりぷり怒ってしまう。一人暮らしのあたしが心配だっていうのもあるだろうけど、変な噂を広めるのは本当に困る。確かに男の子に会いに行くという意味では間違ってないけど、アキとの間には全然そんなカンジがない。というかあたし自身、まだそれがどんなことなのかよく分かっていない。

 

 

(男の子として好き……か。うーん、やっぱりあたしにはまだよく分かんないなー)

 

 

うんうん唸ってみるも頭に浮かぶのは疑問符ばかり。あたしももう十四歳。村の同い年の子たちは誰が好きとか、付き合ってるとかの話題で持ちきりになっている。それを聞いたり見たりするのは楽しいけど、自分のことになるとさっぱり。パパやママが好き、村のみんなが好きの好きと何が違うのか。聞いてみてもまだ子供だなと言われてしまうだけ。あたしってそんなに子供っぽいのだろうか。

 

ふと姿見の鏡に気づいて睨めっこ。そこにはいつもと変わらないあたし、リーシャ・バレンタインがいる。確かにまだ子供だけど、ちゃんと背も伸びてるしおっぱいだって大きくなってる。ママに似てきたって言われるのが何より嬉しい。でも最近は違う意味で自分の容姿が気になってしまう。それは

 

 

(エリーか……あたしって、そんなにそのエリーって人に似てるのかな?)

 

 

エリーという、アキがしきりに呼ぶ人のこと。よっぽどあたしに似ているのか、それとも勘違いしているのか。一週間たった今でもアキはあたしのことをエリーって呼んでくる。何度言っても直らないので最近はもうあきらめかけてるほど。でもそれがすごく気になる。一体どんな人なのか。記憶喪失のアキが覚えてる数少ない手がかり。もしかしたらその人はアキの

 

 

(あ、いっけない! もうこんな時間だ!)

 

 

そんな中、もういつもの時間が迫っていることにようやく気付く。これではせっかくいつもより早く用意した意味がない。そのままバタバタ慌てながら家を飛び出そうとするも急停止。一度深呼吸しながら家の中に振り返る。そこには小さなぬいぐるみがある。あたしが大好きな、パパに誕生日に買ってもらったプレゼント。

 

 

「いってきます、パパ、ママ!」

 

 

いつものように、今はもういないパパとママに挨拶をしながら家を出る。それがあたし、リーシャバレンタインの一日の始まりでした――――

 

 

 

「ハアッ……ハアッ……! あれ、もしかして……?」

 

 

ランチバスケットとシート、いつものセットを持って急いで走りながら待ち合わせ場所の草原に到着するもそこにはいつもの見慣れた男の子、金髪で真っ黒の服装をしたアキが木の根に腰掛けている光景。手には何か持っている。きっとあの黒い宝石に違いない。アキはあの石が大好きみたいだから。それはともかく

 

 

「もう、アキったら何でいつもあたしよりも早く来るの? 今日は絶対に負けないと思ったのにー」

「お、お前な……何で早く来て文句言われなきゃならないんだ。俺は同じ時間に来てるだけだぞ……」

「それでもそうなの! 先に来て隠れて、あとから来たアキをびっくりさせる計画なんだから!」

「そうか……期待せずに待ってるよ。ただし、あんまり慌てずにな。転んだらはしたないなんてもんじゃないぞ、色々と」

「むー」

 

 

今回もまたあたしの負け。一度ぐらいはアキを驚かせてみたいのになかなか上手くいかない。何よりもアキに言われた言葉に言い返すことができない。散々村のみんなにも言われることなのに加えて、本当に転びかけてしまったから。恥かしくて内緒にするも、アキはどこか呆れ気味。もしかしてどこかであたしのことを見てたりするのだろうか。

 

 

「いいもん、どうせあたしははしたないですよーだ。それよりもほら、早くお昼ごはんにしよ! 今日もいっぱいつくってきたんだから!」

「わ、悪いな……いつも。別に毎日じゃなくてもいいんだぞ、エリ、リーシャも忙しいだろ?」

「? どうしてそんなこと気にしてるの? いいのいいの。あたしも楽しいし、あたしが好きでやってることなんだから! ほら、早く食べよう!」

 

 

いつものように遠慮、というか困った顔をしているアキ。最初は記憶喪失に困っているからなのかと思っていたけどこれがアキの普通らしい。なんでいつもそんなに困っているのだろうか。でも不思議とそれが当たり前に見えてくる。なんだろう、こういう人のことを何て言うんだっけ。中々出てこないのでともかくサンドイッチを勧める。アキは遠慮してるけどきっとお腹が空いているに違いない。アキはあの宝石と手紙、大きな剣以外には何も持っていなかった。なら毎日の食事もままならないはず。なのに

 

 

「わ、分かった。ありがたく頂くけど、そのお返しって意味でこれを渡しておこうって思ってさ」

「お返し? 何これ……え? これって果物!? それもこんなにいっぱい! すごい、ありがとうアキ! これでまた明日おいしいもの作ってくるね!」

「い、いや……そういうつもりで持ってきたわけじゃ……まあ、いいか」

 

 

何でか溜息をつきながら呆れているアキ。それはともかくアキから渡された籠の中にはこれでもかとたくさんの果物が詰め込まれている。その新鮮さと匂いはそのままかぶりついてしまいたいぐらい。またはしたないと言われてしまうのでそれは我慢しながらもその果物に首を傾げるしかない。その中にはこの時期には採れないはずの物がたくさん混じっている。

 

 

「ねえアキ、これってどこから採ってきたの? あんまり見たことがない物も入ってるけど……」

「え? い、いや……それは、たまたま行商人に会ってさ! ちょっと分けてもらったんだ! それよりも早くサンドイッチ食べようぜ!」

「う、うん……」

 

 

明らかに焦りながらアキはそのままサンドイッチを食べ始めてしまう。いろいろ気になるけど、こうなったらいくら聞いてもアキが答えてくれないのはもう分かっているのであたしもそのまま一緒に座ってランチタイム。最初は遠慮がちだったアキも、すぐに食べるのに夢中になってしまう。自分が造ったものをおいしそうに食べてくれるのを見るのは本当に楽しい。そういえば、この一週間は毎日アキと一緒に、誰かと一緒に食事をしている。いつぶりだろうか。ここ最近楽しいのはそのおかげもあるのかもしれない。そんな中、ふと気づく。それは

 

 

(こんなにくっついてるのに……アキ、恥ずかしくないのかな? 全然平気そうだけど……)

 

 

あたしとアキの距離感。今もあたしたちは体が触れ合うぐらい密着して座っている。羞恥心がない、なんてよく怒られてしまうあたしでも恥ずかしくなってしまうような距離なのにアキは全然気にしていない。最初はえっちな人なのかと思って緊張していたけどそんな素振りも全くない。どころかこっちの心配をしてくるぐらい。男の子は女の子にくっつかれるとドキドキして赤くなるって友達は言ってたけど嘘だったのだろうか。もしかしたらアキはあたしを女の子として意識してないのかもしれない。妹ぐらいに思っているのかも。アキの方がちょっと年上みたいだしそうなのかも。でも何だかもやもやする。今までに感じたことのない気持ち。

 

 

「どうした? 食べないのか?」

「え? ううん、あたしも食べるよ! ちゃんと二人分作ってきたんだから。えっと……そうだ、アキ、今住むところはどうしてるの? お風呂にはちゃんと入ってる? 嫌な匂いはそのままだけど……」

「食べるか喋るかどっちかにしろよ……」

 

 

知らない間にぼーっとしちゃってたみたい。慌ててアキに負けじとサンドイッチを頬張りながら気になってたことを尋ねてみる。アキが言ってたじがためっていう衣食住。頭をかきながらアキは順調だと答えてくれる。住む場所は何とか確保し、食事についてはあたしの作ってきた物と山の中の野菜や果物で何とかしているみたい。唯一服については教えてくれなかったがちゃんと洗濯はしてるみたいで臭くはない。あたしとしては住んでいるところが一番気になってるのだがそれはあえて聞かないことにする。

 

 

「あれ? アキ、あの五つの宝石は持ってきてないの?」

「五つって……お前、よくそんなことが分かるな……」

「うん、だって今日はアキの匂いだけしかしないから変だなって思ったの。今日はお留守番?」

「ま、そんなところかな……あと、うん、なんだ……あんまりそういうこと口にしない方がいいぞ、いろんな意味で……」

「?」

 

 

どこか本気であたしを心配するようにアキはそんなよく分からないことを言ってくる。うん、心配してくれるのは嬉しいけどアキはあたしのことは言えないと思う。あの宝石を持っていなくてもアキの匂いのカンジは変わらない。アキには言えないけど、最初会った時はあたしも怖くて逃げ出そうと思ったぐらい酷かった。勇気を出して話してみたら全然怖い人じゃないって分かったけど、村のみんなが怖がっちゃったのも分かる。何とかできないだろうか。

 

 

「そういえば……毎日ここに来てるけど、大丈夫なのか? その、俺のせいで村の人たちも心配してるんじゃ」

「うん、大丈夫。アキが不審者だってことは誰にも言ってないから!」

「な、何だそれ!? 俺は不審者じゃないっつーの!」

「あ、そっか。じゃあ記憶喪失の変な人になるのかな?」

「お、お前だけには言われたくないぞ……」

「何で?」

 

 

正直に感想を言っただけなのに、アキは何故かそんなことを言ってくる。不審者じゃないっていうけど記憶喪失で変な人なのは変わらないはず。あたしも変わってるって言われることが多いけど、アキほどじゃないはず。それとは別に気になることもある。

 

 

(やっぱりアキ……あたしのこと知ってるのかな……?)

 

 

アキが自分のことを知っているのではないか、ということ。思えば最初から変だった。自分と初めて会った時の反応も、その後の態度も。決定的だったのがあたしが家に泊まると聞いた時。それにアキはすぐにあたしが一人暮らしだから駄目だと断ってきた。でもおかしい。だってあたしはアキに一人暮らしをしてるなんて一言も言ってないんだから。それだけじゃない。あたしがまだ教えていないあたしのことをアキは何気なく口している。その仕草や癖も知ってるみたいに。喋ってて違和感がなさ過ぎてびっくりするぐらい。まるでずっと前からの知り合いと一緒にいるような気がする。それとなく聞いてみても誤魔化されてまともに応えてくれない。一体何なんだろうか。そういった意味でもアキはあたしにとって変な人。

 

 

「あ、そういえばアキに言おうと思ってたの忘れてた。最近山の方が物騒だから近づかないように言われてるんだけど、アキは大丈夫?」

「山が物騒……?」

「うん、山の中に入ると地震が起きたり、霧が出たりして危ないんだって。なんて言ってたかな……? そう、イジョーキショーってやつだろうって。ほら、ちょっと前に雪が降ったでしょ? この時期に降ることは滅多にないんだけどそのせいなんだって。アキも気を付けた方がいいよ。山の中に住んでるんでしょ?」

「あ、ああ……気を付けます……ごめんな」

「? なんで謝るの? あ、そうだ。やっぱりあたしのところに泊まらない? その方が心配ないと思うんだけど」

「…………そうだな、ちょっと本気で考えとく」

 

 

今日一番の青ざめた顔でアキは呟いている。やっぱり山の中での生活は辛いのだろうか。無理しないであたしの家に泊まりにくればいいのに。やっぱり村のみんなのことを、臭いのことを気にしてるのかも。女の子だから云々というのもあるのかもしれないけど、それならこんなにくっついてるのはちぐはぐすぎてやっぱり変な人なのかもしれない。

 

 

「そういえばアキ、何か思い出した? もう一週間になるけど」

「っ!? い、いや……特には何も。もうちょっと時間がかかりそうかな、はは……」

「そっかー……でもアキって全然平気そうだよね? 怖かったり不安だったりしないの?」

「それは……うん、元の場所に帰れるかどうかは心配だけど、焦ってもどうにもならないからな」

「そっかー、アキってもしかしたらこういうことに慣れっこだったりしたのかな?」

「かもな」

 

 

何故かあたしをじっと見つめてくるアキを不思議に思いながらもこっちも悩むしかない。すぐに思い出せると思ってたけど、どうやらそうはいかなかったらしい。もしかしたらまだしばらく時間がかかるのかもしれない。本当なら落ち込んでしまいそうなのに、アキからはそんな気配はあまり感じない。疲れてる、あきらめているというより何というか慣れているといった感じ。もしかしたら記憶を失う前のアキも色々大変だったのかもしれない。

 

 

「そういえばアキって何してたのかな? 宝石商人? でもあんな大きな剣持ってるってことは兵隊さんだったのかな?」

 

 

言いながら考えてみる。アキは一体何をしている人だったのか。一番に思いつくのが宝石商人。あんなにいっぱい持ってたんだから商人をしててもおかしくない。あとは兵隊さん。大きな剣を持っていたのだからそういう職業だって考えられる。でも全然しっくりこない。

 

 

「でも……うん、アキって全然強そうじゃないよね。剣持っても似合ってないと思うの」

「そ、そうか……だよな、俺もそう思う。何でこんなことになってるんだろうな……」

 

 

落ち込む、というより今自分も気づいたみたいにアキは最後のサンドイッチをもしゃもしゃ口している。悪口じゃなくて、アキは全然強そうじゃない。あの大きな剣を振るっている姿も想像できない。本当に持つことができるんだろうか。そもそも似合ってない気がする。一週間の付き合いでもそれがアキには似合ってないのはあたしにも分かる。

 

 

「ごちそうさま。あ、そうだ……俺もエ、リーシャに言っておこうと思ってたことが」

「もう、だからあたしはエリーでもエリーシャでもなくてリーシャだって何度言ったら覚えてくれるの!?」

 

 

思わず腰に手を当てながら怒ってしまう。本日二度目。一週間が経とうとしているのにアキはまだあたしのことをエリーと呼んでくる。記憶喪失のアキの勘違いだと分かっていても流石にあたしも怒るしかない。あたしはエリーじゃなくてリーシャなのだから。

 

 

「前から思ってたんだけど……もしかしてそのエリーって人、アキの好きな子だったりする?」

「え!? そ、そんなことは……」

 

 

思わず本音で聞いてしまうもアキは今度は顔を真っ赤にしながら黙り込んでしまう。誰がどう見てもバレバレだった。もしかしたらそのエリーって人のことは最初から思い出せているのかもしれない。もっと問い詰めてもよかったけどそこで止めておく。ちょっとかわいそうだし、あたしもそれ以上聞きたいとは思わなかった。

 

 

「いつも間違えるお返しだよ? それで、あたしに言っておきたいことって何だったの?」

「ああ、ちょっと二、三日出かけようと思っててさ。その間はお昼ごはんはいいって言おうと思って」

「出かけるの? もしかして記憶を探すため?」

「まあ、それもあるけど、色々あってな……」

 

 

本当に色々あるのか、アキはさっきとは違う意味で溜息をついている。言ったら怒るだろうけど、やっぱりこっちの方がアキらしい気がする。一週間の付き合いのあたしでもそうと分かるもの。

 

 

「そっか。じゃあ帰ってきた時のためにごちそう作っておくから早く帰ってきてね、アキ! あ、おみやげも忘れないでね!」

 

 

本当はそのままどこかに行ってしまうんじゃないかと心配しかけたけど、すぐに戻ってくるみたいで一安心。二、三日なんてあっという間だし、アキ一人でっていうのはちょっと心配だけどきっと大丈夫だろう。

 

 

「おみやげか……覚えてたらな。あと、後を付いてくるのはなしだぞ。山の中は物騒だからな」

「え!? う、うん、あたしそんなことしないよ? ほんとなんだから!」

 

 

帰り際にこっちを振り返りながらついでとばかりにアキはそう言ってくる。思わずあたしは誤魔化すしかない。何度かアキがどこに住んでいるのか調べようと思って隠れてついて行こうとしたもののすべて失敗。いつもちょっと目を離した隙に姿を見失ってしまう。やっぱり気づかれてしまっていたらしい。残念だけどあきらめるしかない。今度帰ってきた時に聞いてみよう。

 

 

リーシャは手を振ってアキを見送った後、もらった果物を抱えて村へ、自らの家へと帰っていく。知らず鼻歌を口ずさみながら。本来とは違う、自らの運命が動き始めたことを知らぬまま――――

 

 

 


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