ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート) 作:闘牙王
「ふぅ……」
一度大きな溜息を吐きながら改めて後ろを振り返る。あるのは人の気配を感じさせない森林、山の中の風景のみ。だがそれこそが自分が安堵している理由。
(とりあえず、今日はエリーの奴、付いてきてないみたいだな……まあ、釘を刺したし当たり前っちゃ当たり前だけど)
エリー、もといリーシャが後を尾けていないか。それが最近の自分の新たな悩みの種。自分がどこに住んでいるのか。そう疑問に思うのはエリーからすれば当然。だが(色んな理由で)そこに連れて行くことも出来ず、ついに好奇心が勝ったのか、最近はエリーが自分の後を尾いてくるようになってしまった。それを撒いてから家……と言う名のアジトに戻るというイベントが追加されたような形。あえて釘を刺したが、それもいつまで保つか。
「じゃあそろそろ頼むわ、ワープロード」
そう告げた瞬間、辺りの景色が入れ替わる。もっとも山の中であるのは変わらない。先ほどまでいた山からさらに離れた山の中。流石に村からすぐ近くの山の中では色々不都合(主にエリーに発見されてしまう可能性)があったため、あえてそんな場所にアジトを作ることとなった。もっともアジトなんて言えるほど豪華なものではない。一見すればただの洞窟。だがある意味自分にとっては慣れ親しんだ場所。
(隠れて洞窟を行き来するなんて……まるでガラージュ島にいた頃みたいだな……)
思い出すのは子供の頃のガラージュでの生活。ハルやカトレア姉さんにバレないようにしながら秘密の洞窟と言う名のDB置き場で修行を積んだ日々。ちょっとだけ郷愁を感じかけるもすぐさま洞窟ではロクな思い出がなかった事実に気づき、げんなりするしかない。本当なら直接洞窟に瞬間移動すれば一瞬なのだがあえて少し離れたところにマーキングをしているのはちょっと一人になりたい時間がほしいため。
「チィーッス……」
何だが仕事帰りのサラリーマンみたいだなと、くたびれた父親の空気を纏いながら帰宅するも
『だからね、バレッテーゼフレアで罠を設置して侵入者を撃退する仕掛けがいいと思うわけよ。何だかいかにもってカンジがしない?』
『なるほど、一理あるの。それならいっそ六星にちなんで六つ関門を設けるというのはどうじゃ? より魔王感が出るであろう?』
『いいわねそれ! 四天王……じゃなかった四天魔王みたいなカンジね!』
『どちらかというと六祈将軍といったところかの。うむ、ラストフィジックス。さっきから黙り込んでおるがお主も何か意見はないか?』
『あ、あたし? え、えっと……そうだ! さいごまでたどりつけたひとにごほうびをあげるっていうのはどうかな? きっとよろんでくれるとおもうの』
『ふむ、お主らしい意見じゃが確かに盲点じゃったな。そういう仕掛けもダンジョン風でいいかもしれぬ』
『逆にそこで魔王が待ち受けてるっていうのはどうかしら? 希望からいっきに絶望ってカンジに……あ、ジェロってことじゃないわよ!?』
そんなまるで女子高生の集まりのような騒がしさに呆気に取られるしかない。悲しいかな、あれがかつて世界を震撼させたシンクレアの正体。その騒がしさはかつてのガラージュ島の時の比ではない。その三倍、いや三乗といってもいい。これが今の自分の現状。外ではエリーに、中ではシンクレアに振り回される。何だが今までと変わらないような気もするがそれはともかく
「お、お前たち一体何の話をしとるんだ!?」
とりあえずそう突っ込むしかない。騒々しいのはもはやあきらめている、というかいつものこと。だがその内容があまりにもぶっ飛んでいる。間違いなく新たな厄ネタの予感。
『おお、帰っておったのかアキ。早かったの』
『あ、おかえりなさいお兄ちゃん』
『お疲れ様。今日の逢瀬は終わった?』
しかしそんな自分の焦りも何のその。いつも通りマザー、バルドル、ラストフィジックスは自分を出迎えてくれる。マザーはともかく、まだ会って(?)一週間かそこらでしかないはずのバルドルとラストフィジックスの馴染みっぷりは何なのか。ラストフィジックスは幼い、もとい純粋だからなのだろうがバルドルの奴は間違いなく空気が読めないだけ。加えてその思考は
「そ、そんなことはどうでもいいんだよ! それよりも一体何話をしてんだ!? 物騒ってレベルじゃねえぞ!?」
『なに、新しいアジト、もとい魔王城の建設について計画しておっただけじゃ』
「ま、魔王城……!? 何でそんなもん作んなきゃなんねえんだよ!?」
そして明かされる魔王城とかいう初めて耳にするパワーワード。あれか、悪の組織がアジトにしている城のことなのだろうか。脳裏に浮かぶのはDC本部。自分としては世界征服を企む悪の組織があんな目立つバカでかいアジトを持つ意味が分からないのだがそれはともかく。何故そんな物を作らなくてはいけないのか。
『流石にここは手狭になって来たしの。これからの予定を考えるとどっちにしろ新たなアジトは必要なのでな。やるからには徹底的にやろうと打ち合わせをしておったのよ』
『そうそう! 今から考えてもワクワクするわねー。あ、大丈夫よアキ。心配しなくてもそんなに時間はかからないわ。建設はジ・アースとユグドラシルですればいいし、構造物もホワイトキスやゼロ・ストリームを使えば何でもできるし、三日もあれば余裕よ!』
『ま、まってバルドル! そんなことしたらお兄ちゃんがたおれちゃうよ?』
『いやむしろそのぐらいでないといかん。最近は鈍っておるからの。足りぬぐらいじゃ』
『そ、そうなのかな……? うん、ならあたしもお兄ちゃんがころんでもけがしないようにがんばるね!』
「お、お前らな……」
まるで新居に引っ越す前のようなテンションでマザーたちはキャッキャと盛り上がっている。しかも作るのは自分。何の冗談なのか。確かに六星DBを使えば可能だろうが、それでも物理的に時間はかかる。三日でとかあり得ない。城はそんなに簡単に生えてこないのだと悪態をつこうとするものの、ラストフィジックスの尊さに浄化されてしまう。なんでこの娘がシンクレアなのか。そして自分が転んだ時のための物理無効。シンクレアの無駄遣いにもほどがある。
「新しいアジトを作るかどうかは置いといて……なんでそんなにテンション高いんだよ? 明らかに変だぞ」
ぐもーん、と仕方なく腰を下ろしながらそう尋ねる。テンションが高いのは今に始まったことではないか、それでも今日は異常過ぎる。まるで酒でも飲んでいるかのような勢い。もしこれがずっと続くなら本気でこいつらを袋か何かに詰めなければいけないレベル。
『むう……そう言われればそうかもしれぬ。だが仕方あるまい。本番ではないが、我らにとってこの行為は悲願といっても過言ではないのだ』
「悲願……?」
再び登場する謎ワード。何が言いたいのかはさっぱり分からないが、どうやらマザー自身も無意識だったらしい。
『人間風に言うなら本能、欲求ってところかしら? もう知ってるかは分からないけど、わたし達DBには平行世界の破壊と現行世界の創造っていう役割があるの。この時代に来てから貴方がしてることはその創造に当たる部分が多いから、わたしたちも興奮しちゃうってわけ。あ、心配しなくても愛じゃないわよ? あたしは今も昔もマザー一筋で』
『ともかく我らにとっては楽しいイベントということじゃの。そのためにお主には今以上に六星の扱いを極める必要がある。でなければ扱う度に災害ばかり起こしてしまうからの』
「う、うるせえよ!? 今までとは規模も精度も桁違いなんだから仕方ねえだろうが!?」
今一番言われたくない部分に突っ込まれ、そう言い返すしかない。思い返すのはエリーに言われた最近の異常気象。その原因は紛れもなく自分自身。六星DBの制御訓練という名の気候コントロールを行っていたのだがその難易度は桁違い。今までの修行が可愛く見えるレベル。よくよく考えれば当たり前。今までは破壊にしか使っていなかった能力を創造、何かを生み出すために使っているのだから。物を作るのと壊すのとどちらが大変か。子供でも少し考えれば分かる。
(ったく……それにしても創造か……クレアが言ってたことは本当だったってことか)
六星DBのことは置いておくとして、バルドルの話からすればいつか聞いたクレアの話は真実だったということなのだろう。もっとも創造という面で役に立っているのは六星だけでこいつらは全然役に立っていないのだが。この洞窟を削り出すため、という意味では初めてマザーの一発芸は成功したといってもいいかもしれない。ラストフィジックスはそもそもそういう用途ではない。バルドルについては存在理由が不明。残るは
『うむ、そういえば……どうじゃ、ヴァンパイア、アナスタシス? そんな隅っこで固まっておらずにお主らも加わっては?』
創造、という意味では間違いなくマザーたちよりも適性があるであろう母なる闇の使者にマザーは無造作に話を振る。洞窟の奥、明らかに隅っこの方に二つのシンクレアは存在している。自分にとっては今現在最も触れたくない地雷。ヴァンパイアとアナスタシスがそこにはいた。
『冗談は存在だけにして頂戴。そんなの壊れても御免よぉ? せいぜい勝手に騒いでいるといいわぁ』
『ヴァンパイアに肩入れするわけではありませんが、私も同じです。シンクレアとして金髪の悪魔を認めるわけにはいきません』
心底嫌悪しながらヴァンパイアは罵り、アナスタシスは侮蔑の視線と共に拒絶の言葉を告げてくる。一週間前から何一つ変わらないやり取り。もうどうしたらいいのか分からない。しかも自分は少なくともこの二人を口説く必要があるらしい。無理ゲーすぎる。穴があったら入りたい。洞窟には入っているがさらに奥に閉じこもりたい気分。
『ふむ、頑固さは変わらずといったところかの……だが、気になって仕方がないのは隠し切れておれんぞ? そのやせ我慢がいつまで続くか楽しみじゃの』
(こ、こいつ……)
そんな自分の心情を知ってか知らずか。くくく、と本当に愉しそうにマザーは二人を煽っている。煽りに関してはこいつは本当にシンクレア級。どうやら無意識とはいえヴァンパイアとアナスタシスもこっちに加わりたい欲求はあるらしい。それを見抜いたうえでこの仕打ち。ドSの権化といってもいい。
『さて、戯れはこれくらいにしてそろそろ始めるとするか』
「始める? いったい何を?」
『何、ある意味ではゼロからのスタートになるしの。役者もあの時とは様変わりしたことじゃし、半年前の行事に倣おうと思っての』
「半年前……?」
ふふん、とどこか得意げにしているマザーに頭を傾げるしかない。半年前にあった行事。はっきり言ってこの半年はイベントが多すぎて何が何やら分からない。半年前、それはエリーの記憶が蘇った時。それから全てが始まった。そこからの流れ。強烈なデジャヴ。
『では始めるとしようかの。第二回『世界女子会議』を開催する!』
『きゃー、待ってたわこの瞬間! やっぱり女子会っていいわよねー♪』
『み、みんなよろしくね……!』
「…………」
ドンドンパフパフという音が聞こえてきそうなテンションで唐突に開催される謎会議。議長であるマザーの宣言によってバルドルとラストフィジックスはもちろん、他のDB達も歓声を上げている。自分は少し離れたところでそれを正座したまま見つめているだけ。全然テンションについていけない。あるのは呆れと既視感だけ。
(そういえば……こんなこともあったな。違うのはエリーがいないことぐらいか。あれからもう半年経ったんだな……)
自分が遠いところに来てしまったんだなと実感するしかない。自分にとっては碌な思い出がないこの女子会という名の茶番。歴史の時系列的には第ゼロ回になるのだろうか。違うのは副議長であるエリーの不在と新たな
『どうしたの、お兄ちゃん? どこかいたいの?』
「いや……ちょっと感慨深くてな……」
『そーよねー、あたしもまさかこんな短時間に全てのシンクレアが揃うなんて夢にも思ってなかったわ。流石は魔石殺しね!』
「うるせえぞ、疫病神。飛ばすぞ」
『っ!? な、何で怒ってるの? あたしはただ褒めてるだけで……あ、ごめんなさいお願いだから飛ばさないで!?』
ある意味マザー以上の疫病神のお前が言うな状態に思わずワープロードを握りしめる。お仕置きとして北極か南極あたりに飛ばしてやろうと思ったが、この時代ではまだマーキングできていないため失敗。だが本能的にどこに飛ばされかけたのか察したのかバルドルは必死に謝罪している。ラストフィジックスはついてこれずキョトンとしている。どうかそのままのラストフィジックスでいてほしい。そんな中
『ごほんっ……まずはあの日の契りから半年、誰一人欠けることなくこの時を迎えられたことを我は嬉しく思う。皆大儀であった』
一度咳払いをした後、厳かな空気を纏いながらマザーは告げる。最近はめっきり見せることが少なくなった、DBの母としての姿。同時に思い出す。半年前のあの日。マザーが口にした言葉、契りを。
『お主らの忠義もあり、我が主様は担い手の儀式を超えることができた。その望みに到達するまでの道のりでいえばまだ折り返しではあるが、これからもお主らの挺身を期待する』
エンドレスへの反逆。DBにとっては生みの親であり、自らの存在理由でもある存在への反抗。そんな馬鹿げた自分の目的のために文句ひとつ言わず、DBたちは付いてきてくれた。改めてその事実に知らず胸が熱くなる。何だか気になることをマザーが口にした気もするがそんなことはもはやどうでもよかった。あるのはただ感謝の念のみ。
(ありがとな……みんな……!)
これからも変わらず力を貸してくれると告げるようにDBたちの視線を、意志をその身に感じとる。道のりは険しい。エンドレスを倒す。それを直に目にした自分には分かる。それがいかに荒唐無稽で不可能な絵空事か。それでも希望はある。自分にはDBが、エリーが、シバが、ゲイルさんたちが、多くの仲間がいる。今は気持ちも新たに一刻も早く元の時代に戻らなくては。だがそんな自分の決意は
『では最初の議題だが……我らは元の時代に帰ることはできん。以上だ』
「っ!? ちょ、ちょっと待て待てえええ――――?!?!」
全てが台無しになるマザーの言葉によって一瞬にしてなかったことになってしまった。
『……? 何を騒いでおる。進行の邪魔じゃぞ、黙っておれ』
「黙ってられるわけねえだろ!? 元の時代に戻れないって、今までの話全部台無しじゃねえか!?」
邪魔だから下がっておれといわんばかりのマザー。だが引き下がるわけにはいかない。いったい今までの自分の感動と決意は何だったのか。そもそも帰れないというのはどういうことなのか。何もかもがめちゃくちゃでしかない。
『何だ、そんなに早く元の時代に帰りたいのか? 自殺願望でもあるのか?』
「何で元の時代に戻ると死ぬことになるんだよ!?」
こいつ何言ってるんだとばかりのどこか憐れみすら感じさせるマザーの言葉に呆気に取られるしかない。自殺願望なんてものがあるなら自分はとっくにリタイヤしている。それはいいとしてもあまりにも話が噛み合わない。前提から、根底から何かの認識が違う、そんな違和感。
『? 何を言っておる。ジェロに殺されるからに決まっておろう? 前にも話したはずじゃが』
その正体が明かされる。殺される、なんていう信じられない言葉。だがそれ自体は問題ではない。元々は戦うことも命を懸けることも考えられなかった自分だが今は違う。少なくとも何度も死線は超えている。なのに、背筋が凍る。ジェロ、という名によって。何よりも唯我独尊、慢心の塊のマザーが当然のように自分が殺されると口にしているという事実。
「な、何だよそれ!? た、確かに俺が狙われてるみたいなこと言ってたが……でも今の俺には興味がないって」
その意味を理解しながらも問いかける。いや、問いかけるしかなかった。だがそれでも間違いであってほしいと願う。ドリューたちとの戦いが終わった時。四天魔王がやってくるのではないかと危惧した自分にマザーはそう言っていた。なら。
「今のお主には、の。先の、未来のお主はその限りではない。お主が元の時代に戻る時はジェロと戦う時でもある。お主が真の魔石殺しに至らなければならないのもそのためじゃ。いつも言っておろう? 大魔王を超える事こそがお主の目的だと」
そんな自分の考えを見抜いているのか、それともそんなことなどもはやどうでもいいのか。マザーは淡々と事実を口にする。自分の未来を、運命を。
「あー……ちょっと待てよ? 今何か言い間違ってなかったか? ジェロは四天魔王だろ」
その最後の一言を口にする。言われるたびに感じていた違和感。大魔王を超える、というワード。それが間違いだと。ジェロは四天魔王。魔界を統治する四人の魔王の一人。あの六祈将軍を二秒で消せるほどの力を持つであろう怪物。おそらくは今の自分でも敵わない相手。エンドレスを倒すためには避けて通れない存在。だが自分もそれを避けるつもりはない。今は届かなくとも修行し、さらに強くなれば。それは間違いではない。正しい。マザーもまたそう考えていた。
『かつては、いや今はの。元の時代では違う』
違っていたのはその頂の高さ。自分が頂上が少し見えてきたと思ったのは幻覚でしかなかった。そう、奇しくも先ほどマザーが口にした通り。自分はまだやっと折り返し、半分しか到達していない。マザーはついにその名を口にする。自分にとっての死刑宣告を。
『大魔王ジェロ。それが正真正銘、魔界に君臨する、平行世界の頂点でありお主が倒さなければならない存在じゃ』
大魔王という、四天魔王すら従える魔界の頂点を指す称号を。
それがアキがようやく自らの運命を、乗り越えなくてはいけない絶望を宣告された瞬間だった――――