ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第五十一話 「試練」

「――――」

 

 

ただただ固まってしまう。比喩でも何でもなく、体ではなく思考が。どうしてこんなことになっているのか分からない。そんな中、真っ白な頭の中に一つだけ残っている言葉がある。

 

『大魔王』

 

たったそれだけ。文字にすればたった三文字。なのにただそれだけで自分は固まってしまっている。いや、凍結してしまっている。それだけの意味がそこにはある。

だがそれに体が、頭が追いつかない。逃避という名の自己保存なのかもしれない。

 

 

『どうした、いきなり黙り込みおって……まだ絶対凍結されるには早いぞ、アキ?』

『セルフ絶対凍結とか流石はアキね! でもまだ絶望が足りないわよ。本物の絶対凍結はもっと無慈悲で』

『だ、だいじょうぶ……お兄ちゃん?』

 

 

雑音にしか聞こえないぎゃあぎゃあうるさいいつもの声が聞こえてくる。分かるのは現実逃避したところで意味がないということだけ。どうやら自分にはそんなことすら許されないらしい。

 

 

「ドウシテソンナコトニナッテルンダ……?」

『ようやく言葉を発したか。第一声がそれとは……前にも言ったはずであろう? お主の自業自得だと。先に言っておくが我のせいではない。むしろ迷惑しておるのは我らの方なのだからな』

「っ!? な、何だよそれ!? 自業自得って、俺は何もしてなんか―――」

 

 

ない、と叫びかけたところで思わず固まってしまう。先ほどの凍結とは全く違うもの。そう、今までは全く分からなかった。自分が理解できない、理不尽なことが起こるたびにマザーが口にしてた自業自得という言葉。それは自分を馬鹿にするためのものだとばかり思っていた。だがその本当の意味をようやく悟る。

 

 

(まさか……これから先、俺が何かしちまうのか……!?)

 

 

今自分がいる五十年前のシンフォニア。タイムスリップというあり得ない事態。これからの自分の行動によって未来が変わってしまう。いや、現代が決まっているのだと。一体これから自分は何をする羽目になるのか。というか何をしたらそんなことになるのか。自分で自分に恐怖するという事態。

 

 

『その様子ではようやく理解したようじゃな。本当に察しが悪いことこの上ない。先に断っておくが、先のことは我からは何も言えぬ。言ったところで無意味じゃし、何より言っては面白くないからの』

『全く罪な男よねー、やっぱりこの世は愛なのよ、愛! 全然羨ましくないけど、責任はちゃんと取らないと駄目よ、アキ?』

『だ、だいじょうぶだよ、お兄ちゃん。わたしがジェ、ジェロからまもってあげるんだから……!』

 

 

くくく、とドSのマザーはいつものように笑みを浮かべ、恋愛脳のバルドルは頭がおかしいことになっている。唯一の良心なのはラストフィジックスだけなのだが、言葉とは裏腹にその体が震えている。まるでかつてマザーを前にしたフルメタルのようなガクブル状態。しかも見ればラストフィジックスだけでなく、マザーとバルドルはもちろん、全てのDBが怯えて震えている有様。大量の魔石が震えてガタガタ言っている光景はシュールを通り越してちょっとしたホラー状態。

 

 

「お、お前らちょっと落ち着けっつーの!? あ、あれだ! マザー、こんな話振ってきたってことはジェロを倒す方法があるってことだろ?」

 

 

パニック、恐慌状態に陥りつつある議場を落ち着かせる意味でそう尋ねる。そう、認めたくはないが今自分たちは会議の真っ最中。その議題でジェロの話題が出てきている以上、対策はあるはず。だがそんな一縷の希望は

 

 

『え? そんなの無理に決まってるじゃない。ジェロに勝てる奴なんて過去から未来含めているわけないわ』

 

 

そんなバルドルの何気ない、これ以上にない空気の読めない宣言によって絶たれてしまう。

 

 

『え、何、まさかマザー……本気でジェロを倒そうと思ってたの? またまた冗談言ってー、あれよ? ジェロを相手にするぐらいならエンドレスを倒す方がまだ簡単じゃないかしら?』

 

 

静まり返った議場に気づかないままバルドルは持論を展開する。マザーの様にこっちを煽るための誇張でも何でもない、バルドルが文字通り直接肌で感じ取っているジェロの怖ろしさ。曰くエンドレスを相手にする方がマシなのだと。冗談でも何でもなく、バルドルはそう考えているらしい。そもそも比較対象がエンドレスの時点でおかしい。エンドレスに対抗できるのは世界で魔導精霊力だけのはず。

 

 

『うむ、確かにアキにとってはエンドレスを相手にする方がマシかもしれぬな。だがそれでもアキは、いや我らはジェロを倒さねばならん。そのために仕方なくお主らを連れてきたのだからの』

 

 

そんなバルドルの意見に納得しながらも、マザーは告げる。あの時、エンドレスから他のシンクレアたちを連れてきた本当の理由。それがジェロ打倒のためだったのだと。仕方なく、のあたりにマザーからしても苦渋の決断であったことは明らか。そんなマザーの真意をついに汲み取ったのか

 

 

『そーだったのね……うん、あ、急にあたしお腹痛くなって来たからちょっとエンドレスに帰って来るわね』

 

 

シンクレアを統べるシンクレア。調停者であるはずのバルドルは光の速さでその場から去ろうとする。まるでコンビニに、実家に帰ると言わんばかりの気軽さで。だがここで逃がすわけにはいかない。もはや反射を超えた反応で逃げ去ろうとするバルドルを鷲掴みにする。こっちの心情としてはお前も道連れ、お前だけ逃がすかといったところ。

 

 

『い、イヤよ!? ようやくジェロの呪縛から逃れられたと思ったのに!? しかも戦うってなんの冗談!? いくらマザーの頼みでもそれだけは嫌よ無理よ不可能よ! ちゃちゃっと平行世界を大破壊(オバドラ)って現行世界でのんびりイチャイチャしながら暮らしたかったのにあんまりよ!?』

 

 

完全に拘束されているにも関わらずバルドルはぎゃあぎゃあ喚きながら暴れまわる。情けなさの極み。バルドル的には日頃のストレスから解放されて、田舎で畑仕事でもしながらゆっくり余生を過ごせるとばかり思っていたのに当てが外れて発狂。マザーがレイヴマスターに怯えていたようにバルドルにとってジェロはトラウマでしかないらしい。もっともそれはバルドルに限った話ではない。それを証明するように議場は恐怖が、絶望が伝播したパンデミック状態。審議ストップの事態に。それが収まるまでにおよそ三十分の臨時休憩が設けられたのだった――――

 

 

『ごほん、それでは第二回世界女子会議を再開する。皆準備はよいな?』

『きゃー、待ってたわこの瞬間! やっぱり女子会っていいわよねー♪』

『バルドル……ほんとにだいじょうぶ……? やすんでたほうが……』

 

(バルドルのやつ……全部なかったことにしてやがる……!?)

 

 

閑話休題。いつかのように会議休憩を挟むもまるで何事もなかったかのように振る舞う、もとい記憶を改竄してなかったことにしているバルドル。そのあまりの強引さに憐れみすら感じるも、マザーは何も気にすることなく進行している。議題は変わらずジェロについて。というかそれしかないのかもしれない。自分としてはバルドルと同じように触れたくはないのだがそういうわけにもいかない。

 

 

「あーちょっといいか? ちょっと考えたんだが、今の内にその、ジェロを倒しちまうってのはどうだ? 大魔王になる前ならどうにかできるんじゃ……?」

 

 

思わず挙手しながらマザーにそう提案する。この三十分の休憩時間必死に考えた案の一つ。大魔王になっているという現代のジェロは無理でも、今の四天魔王のジェロなら倒せるのではないか。そんな淡い期待。

 

 

『なるほど、いかにもお主らしいヘタレな案じゃがそれはできん。ジェロは二万年前から自らを氷漬けにして眠っておってな。どこにいるのかは我らにも分からん。よしんば見つけられたとしても今のお主では四天魔王のジェロにも勝つことはできん』

 

 

まるで自分の提案を見抜いていたかのようにマザーは淡々と告げてくる。ぐうの音も出ない正論。こっちとしては見ようによっては卑怯だと言われてもおかしくない策だったのだがそれでも通用しないらしい。

 

 

「そ、そうか……まあそうだよな。そんな気はしてたし……」

『ふむ、発想としては悪くはないがの。ただ大魔王になる前のジェロを倒そうとするのは考えるだけ無駄じゃ。ジェロが大魔王になるのは既に決まっておる。どんなことをしても止められはせん。故に我らが考えなければならんのは、大魔王のジェロを倒すためにはどうすればよいか、それに尽きる』

「大魔王のジェロを倒すために……?」

『うむ。そのための方法、いや課題がこの三つじゃ』

 

 

どこか得意げにマザーが告げた瞬間、洞窟の壁にまるでマジックペンで書いたかのよな文字が浮かび上がる。言うまでもなくイリュージョンの能力。きっとこの時のためにリハーサルをしていたに違いない。そんなことを考えながらもただ浮かび上がる三つの課題、試練を凝視する。そこには

 

 

『剣聖を超える』

『真の魔剣の完成』

『全てのシンクレアを一つにする』

 

 

あまりにも簡潔に書かれた、俄かには信じがたい三つの文章の羅列があった。

 

 

「……あー、何だ。よく分からないんだが、これって一つの間違いじゃないのか?」

『? 何を言っておる? 恐怖で文字まで読めなくなったか? 見た通り、この三つがお主が乗り越えなくてならん課題じゃ』

「ふ、ふざけんなああああ!? どう見てもおかしいだろ!? 一つだけでも無理そうなのに三つ!? 一体何の冗談だっつーの!?」

 

 

思わずそう叫ぶしかない。当たり前だ。どっからどう見ても無理ゲーでしかない。ゲームで言えば一つだけでもクリアできればそのままラスボスを倒せそうなレベル。なのにそれが三つ。その内容も全て常軌を逸している。

 

 

「大体剣聖を超えるって何だよ!? 剣聖ってのは世界一の剣士の称号だろ? それを超えるって矛盾してんだろーが!?」

『ふむ、そこから攻めるか。予定とは違うがまあよい、どうせ全部説明するつもりだったしの。その課題については読んで字の如し。剣聖であるシバ・ローゼスを超えること。それだけじゃ』

 

 

どうじゃ、簡単じゃろ? とばかりにマザーは口にするがこっちは口を開けたまま呆然とするしかない。剣聖シバ。それがどれだけ規格外の存在か自分は身を以て知っている。言うまでもなくマザーが指しているのは現代のシバではなく、全盛期のシバ。それを目指すのではなく超える。それはすなわち剣聖であるシバを剣技で上回ることを意味している。

 

 

「そ、そんなことできるわけねーだろ!? 大体超えるったってどうやって……!? 幻との修行も打ち止めで、ここにはゲイルさんもいねえのに……!」

 

 

課題の一つ目で詰んでしまうレベル。確かに自分の剣技は磨かれているが、それでも剣聖には遠く及ばない。過大評価しても恐らくは現代のシバと同等。幻との修行の効果が打ち止めになり、ゲイルさんとの修行で腕を上げてきたがそのゲイルさんはまだこの時代では生まれてもいない。マザー曰く自分は実戦で強くなるタイプらしいがそんな都合良く実戦があるわけもない。にも関わらず

 

 

『そうはしゃぐでない。その辺りは心配する必要はない。待っておれば修行相手も戦う機会もやってくる。それまでは効果は薄いがイリュージョンによる修行を継続すればよかろう』

 

 

狼狽している自分の姿が予想通りだったのか、どこか満足げにマザーはそう自己完結してしまう。だがこっちとしては溜まったものではない。やらなければいけない凄まじい量の宿題を見せられてまだ手を付けなくてもいいと言われたような物なのだから。

 

 

「……分かったよ。どうせ聞いても教えてくれる気はねえんだろ?」

『流石は我が主様。その通りじゃ。では次の課題について話すとしよう。もっとも二つ目は説明するまでもないかもしれぬがな』

「ああ……ようするに師匠を、デカログスを完成させればいいってことだろ?」

 

 

ひとまず剣聖の話題においては保留となり、次は魔剣の話題に。それを示すようにその手に師匠を、デカログスを手にする。その姿はいつもと変わりない物。だがその力は桁違い。最上級DBのそれではなく、六星DBを超えた域に到達している。ジンの塔での戦いによって進化、生まれ変わった新しい魔剣の姿。しかしそれは完全なものではない。

 

 

『その通りじゃ。デカログスはお主の魔石殺しとしての力、DBを生まれ変わらせる能力によってシンクレアに近い存在となっておる。じゃが見ての通り完全には至っておらん。まああの時には火事場の馬鹿力のような物じゃったからの。それを完成させ、魔剣を真の魔剣……いや、お主のための魔剣にせねばならん』

「俺のための魔剣……? それってどういう」

『そのままの意味じゃ。覚えておるかはわからぬが、そのデカログスは我がTCMを模して生み出した物。お主のために造りだした物に違いはないが、お主だけしか扱えぬ物ではない』

「それは……」

 

 

思い出すのはガラージュ島でマザーの嫉妬によって生まれたデカログスの経緯。そんないきさつなど些細なものだとばかりに自分と一緒に戦い続けて来てくれた愛剣。だがそれは唯一の存在ではない。その証拠にキングもまたデカログスを手にしている。何よりも十剣はこの世に一つしかない。伝説の鍛冶屋であるガレイン・ムジカが剣聖シバのために生み出した世界の剣であるTCMのみ。その証拠に、両利きであるシバのための双竜の剣、シバにしか完全に制御できない羅刹剣、真の聖剣である第十の剣スターレイヴァー。そのどれも自分はもちろん、あり得た未来のハルですら使いこなすことはできなかった。だからこそ銀術師ムジカはハルのためだけの聖剣レイヴェルトを創り出した。それはつまり

 

 

「TCMを模したものじゃない……俺自身の剣がいるってことか」

『左様。借り物の剣ではジェロを倒すことなど不可能じゃ』

 

 

それと同じように、新たな十剣、いや第十の剣が必要であるということ。

 

 

(俺のための……俺自身の魔剣か……)

 

 

考えながらも全くイメージが、実感が浮かばない。シバが持つ世界の剣に匹敵する物が自分に生み出せるのか。本物のルシアもまたネオ・デカログスというTCMを超える剣を持っていたが今の自分が握っているデカログスとは似て非なる物。その証拠に自分が持っているデカログスの形は変わっておらず、それぞれの能力を極限まで引き出す十のDBも埋め込まれてはいない。代わりにあるのは剣の中央にある、小さな窪みだけ。TCMであればレイヴを嵌めこむ部分。なら、ダークブリングマスターである自分であれば何を嵌めるべきなのか。自覚がないだけで、もう自分の剣の形はとっくに決まっているのかもしれない。

 

 

『まあ魔剣についても剣聖の件と同様、時間はかかるが達成することは不可能ではない……もう察しておるであろうが、お主にとって最も困難なのは残る一つの方じゃ』

「…………ああ、言われなくてもな」

 

 

心底愉しそうにマザーはこちらを煽ってくる。それを前にしてもはや言葉は不要。悟りを開きかねない心境。何でそんなことが必要なのかとか、そんなことが本当にできるのかとか聞きたいことは山ほどある。ただ分かるのは

 

 

『いみじくもあの時と同じじゃ。残る四つのシンクレアを……口説き落とし、全てのシンクレアを一つにする。それができればお主は生き残ることができる……それだけじゃ……』

 

 

どうあっても自分は魔石殺しとして、石を口説き落とす試練から逃れることができないということだけだった――――

 


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