ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第五十二話 「希望」

「口説く……口説くね……それで? 口説くこととシンクレアを一つにすることと何の関係があるってんだ……?」

『ほう? もっと拒否反応を見せるかと思ったのだが……つまらん。もっと右往左往してくれねば……』

『流石は魔石殺しなだけはあるわね! でももうちょっと節操はあったほうがいいと思うわよ?』

『えっと……その……』

 

 

自分たちが口説かれることに何の疑問も抱かないシンクレアたち。もはやそこに突っ込む気も起きないので華麗にスルーして話題を切り替えたいのだがそれはそれでマザーは面白くないらしい。一体こいつは何様なのか。自分を右往左往させることに特化した何かなのか。空気が読めない恋愛脳(バルドル)はともかく、ラストフィジックスまで何故かもじもじしている。一体何なのか。

 

 

『まあよい……とにかくアキ、お主は今五つ全てのシンクレアを手に入れた。だがそれだけではジェロには届かぬ。それらをお主のダークブリングマスターとしての力で一つにすることが必要不可欠となる』

「俺の力でシンクレアを一つに……?」

 

 

改めて告げられるマザーの課題に呆気に取られるしかない。全てのシンクレアを一つにする。それはすなわち次元崩壊のDB『エンドレス』の完成を意味することであり、自分としては絶対に阻止しなければいけない事態だった。なのに今度はそれを実行しなければいけない。

 

 

『左様。本来我らが五つ揃うと同時にエンドレスの力によって我らは一つとなるはずじゃったが見ての通り、お主の寝取りによって我らはお主の物にされてしまったのでな。エンドレスの役目をお主が果たさねばならぬということじゃ。お主に分かりやすく言うならそうじゃの……あれじゃ、エリーがレイヴマスターとしての役目も負ったようなもんじゃ』

「それを最初から言えっつーの……」

 

 

いつもの寝取り扱いにげんなりしながらも最後の例えでようやく自分の状態を理解することができた。

 

 

(ようするに俺はレイヴ側でいうハルとエリーの役割を同時に持ってるってことか……)

 

 

本来の歴史では五つに分かれたレイヴを記憶を取り戻したエリーが再び一つにしていた。その役目を自分が負わなければいけないということなのだろう。言うならば完全なレイヴを装備した魔導精霊力完全制御状態のエリー。TCMを扱えないことを差し引いても最強感が半端ない。エリーが三代目レイヴマスターになっていたらそうなっていたのだろうか。

 

 

「やっぱり今のままと一つにした時じゃ力が違うのか?」

『当たり前であろう。文字通り桁が違うと言ってもよい』

『あれよ? 今の状態が足し算だとしたら一つにした時の力は掛け算よ! もう敵ナシって感じで……あ、ジェロは例外でね?』

 

 

詐欺師の様に大袈裟に騒いでいるバルドル。こいつを五乗しても元がゼロなのでゼロにしかならない気がするがそれはともかく、やはりシンクレアを一つにすることは必要不可欠らしい。その力の違いは自分が知っている王国戦争の結末からも明らか。五つに分かれた状態のレイヴでは一つになっていたシンクレアを完全に破壊することができなかったのだから。

 

 

(あれ……待てよ? だとしたらおかしくないか? 今の時代はエンドレスは眠ってるとしてもシンクレアは五つに分かれてない状態のはず……なのにレイヴは五つに分かれてる状態……こいつらが言ってることが本当だとしたら、シンフォニア側に勝ち目なんてないんじゃ……?)

 

 

ふと気づく違和感。五乗云々は本気にしないとしても一つになっているシンクレアの力は桁違い。対してレイヴマスターであるシバが所有しているレイヴは五つに分かれてしまっている。レイヴとDBは対を為す物。その理屈で考えるならレイヴには、シバには勝ち目が全くない。担い手の有無の差はあるが、それでも埋められる差であるとは思えない。ならどうして

 

 

『アキ? 聞いておるのか? いつまで呆けておる。せっかく我らが傾向と対策を練っておるというのに』

「っ! け、傾向と対策……!? な、何のだよ!?」

『決まっておろう。ここにはおらぬヴァンパイアとアナスタシスの担い手の好みについてじゃ』

「な、なんだよそれ? 何で俺がそんなこと……」

『口説くために決まっておろう? さては本当に聞いておらんかったようじゃな。もう一度しか言わぬぞ。シンクレアを一つにするには極みの習得が必須。そのためには我とお主が成し遂げている一心同体とでもいえる感覚が必要となる。そのためには真に不本意ではあるが奴らと同調せねばならん』

「……突っ込みたいことが山ほどあるが、その結論があいつらの担い手の好みに関係あるのか?」

『大有りよ? これって人間で言うなら相思相愛になるようなものだし、それを五つ同時にしなきゃいけないのよ? あの娘たちの好みを抑えておくぐらい当たり前じゃない!』

「…………」

 

 

もはや言葉もない。いや、言葉にされた分さらに深刻さは増している。シンクレアの極みの習得。本来ならそれぞれの担い手しか扱えないはずの極みを身に着けるためにはシンクレアと心を通わせる必要があるらしい。どっから突っ込んだらいいのか分からないが一番の問題はその数が五つである、ということ。

 

 

(ま、待てよ……これじゃ俺、五股のクズ野郎になっちまうんじゃ……?)

 

 

そう、このままでは自分は本当に石相手に五股をかけることになってしまう。奇しくもいつかエリーが言っていた通りに。いや、そうではない。

 

 

(まさか、エリーの奴最初から知ってて……ってことはもう……!?)

 

 

まるで今までバラバラだったパズルのピースがはまっていくような感覚。これまでのエリーの言動。その意味。自分の未来。エリーがそのことを知っているということは既にエリーがシンクレアたちとも。考えだしたらキリがない。あえて現実逃避という名の思考停止を行う。全てを受け入れるにはまだ自分は覚悟ができていない。遅いか早いかの違いでしかないがそれでもまだ。

 

そんな半分魂が抜けたような状態でマザーとバルドルがきゃっきゃと騒いでいるのが聞こえてくる。ヴァンパイアは担い手を堕落させるのが趣味だとかアナスタシスは慈悲深い、お涙頂戴の担い手が好みだとか。分かるのはそのどれにも自分はかすりもしないということだけ。どうしたものかと途方に暮れていると

 

 

『あ、あの……お兄ちゃん!』

 

 

いつからそこにいたのか、ラストフィジックスが自分の目の前にやってきている。それも一人で。純粋、もとい引っ込み思案気味のラストフィジックスからすれば珍しい光景。

 

 

「? どうしたんだ、ラストフィジックス? お前も参加しなくていいのか? それともどっか調子が悪いとか……」

『ううん、あたしはだいじょうぶだよ! え、えっと……うん! あたし、お兄ちゃんにいっておきたいことがあったの……』

「言っておきたいこと……?」

 

 

そんな自分を前にしてラストフィジックスはもじもじしながらもそんなことを告げてくる。そういえばさっきからラストフィジックスはいつも以上に黙り込んだままだった。どうやら自分に言いたいことがあったが言えずにいたためらしい。ぎゃあぎゃあと騒がしいあの二人とは違ってどこか真剣なら様子にこっちも座りなおす。どうやら真面目な話らしい。だがそれは

 

 

『あたし……ううん、ラストフィジックスはお兄ちゃんをにないてとしてみとめます! だからげんきをだして!』

 

 

自分の想像の遥か斜め上を行く告白だった。

 

 

「へ…………? それって、つまりどういう」

『だ、だからね……あたし、お兄ちゃんがますたーならいいなってずっとおもってたの。でも、まざーにさきをこされちゃって……あ、でもそれはいまはどうでもよくて、あの……とにかくあたしはお兄ちゃんが好きです! きわみもあげていいっておもってるから……』

 

 

そこまで言って自分が何を口走っているのか自覚したのか、ラストフィジックスは黙り込んでしまう。そんなラストフィジックスの姿に思わず息を飲んでしまう。そう、どっからどう見てもこれは愛の告白だった。その証拠にダークブリングマスターとしての感覚で見えないはずの幻が見える。小さな少女が顔を真っ赤にして俯いているイリュージョンの能力ではない幻想が。飾ることのない、ただ純粋な好意。いつか受けたエリーの告白に匹敵するもの。

 

 

(お、おおお落ち着け俺!? あ、相手はシンクレア、石なんだぞ!?)

 

 

知らず自分も混乱状態。ただ必死に自分に言い聞かせる。相手は石なんだと。それ以外の何物でもない。なのにどうしてこんなに焦っているのか。動悸が激しくなってしまうのか。好意を向けられていることは嬉しいがそれ以上ではないはず。でなければ自分はただのサイコ野郎になってしまう。そう、これはダークブリングマスターとしての自分に対するシンクレアの忠誠。それだけのはず。

 

 

「あ、ああ……ありがとなラストフィ……痛てててて!? や、止めろ頭が、頭が割れ――――?!?!」

『き、貴様、他人が自分のために話しておると思えば何をやっておる!? しかもよりによって何も知らぬラストフィジックスを誑かしおって……!? こ、この魔石殺し(五股クズ)が!!』

「な、何言ってやがる……!? そもそも口説けだのなんだの言ってたのはてめえの方で……!?」

『きゃー♪ いきなり告白なんてやるわねラストフィジックス! なに、もう愛にまでなっちゃったわけ? 極みあげちゃう? あげちゃうの?』

『や、止めてバルドル……恥ずかしいから……』

 

 

瞬間、全てが地獄に変わる。さっきまでの空気はどこに消えたのか。あるのは嫉妬と怒りのマザーの頭痛だけ。間違いなく今まで最大級のお仕置き。理不尽さも今までの比ではない。散々煽っておいていざ口説く(間もなく告白される)と怒るとか一体何の冗談なのか。そして安定のバルドル。極みをあげるとはどういう意味なのか。ただ真っ赤になって見悶えているラストフィジックスの様子からするにそういうことなのだろう。シンクレア的には。

 

 

とにもかくにも意図せずラストフィジックスを口説くことに成功したものの、そのまま世界女子会議は混乱による二回目の休憩を挟むこととなるのだった――――

 

 

 

『そ、それでは……会議を再開する……』

「ハアッ……ハアッ……ったく、ほんとに殺す気か……?」

 

 

互いに息も絶え絶えに会議は再開される。もっともダメージを受けているのは自分だけ。マザーは怒りに任せて頭痛を連発しただけなのに疲労しているとか何の冗談なのか。ラストフィジックスは申し訳なさと恥ずかしさが極まっているのか黙り込んだまま。それでも自分の近くに居座っているあたり、やはりこの娘もシンクレアなのかもしれない。

 

 

(とにかく……これで二つシンクレアを口説けたってことになるのか……?)

 

 

色んな意味で頭を抱えるしかないが、とにかく自分は二つのシンクレアを本当の意味で手に入れたらしい。もっとも口説いた事実はなく、マザーに至ってはいつのまに口説いたことになっているのかは謎だがもはや言うまい。だがその残る二つはこんなに簡単にいくはずもない。途方に暮れるも

 

 

『…………てへ♪』

 

 

ふと気づくと、自分の視界にチラチラと映りこんでいる謎の物体。気持ち悪いことこの上ない。もしかしたら本格的にあの魔石は壊れてしまっているのかもしれない。触れないでやろう。

 

 

「あー……そういえば一つ聞き忘れてたんだが、シンクレアを一つにした時お前らは」

『ちょ、ちょっとわたしは!? わたしを口説くかどうかの話はないの!?』

 

 

こっちの優しさを理解していないのか、ウザいチラチラアピールだけでは足りなかったのか、バルドルはそんな全てのプライドを捨てて叫び始める。自分を口説く相談を自分の前でしろとか意味不明すぎる。

 

 

『いや、別に……でもお前、何もできないだろ?』

『うむ、得意なのは空気を読まない事とルールを破ることかの』

『も、もはや悪口になってるじゃない……ああ、でもやっぱりマザーはマザーね。そんなところも大好きよ?』

 

 

ただ本当のことを口にしただけなのだがバルドルとしてはそうではなかったらしい。にも関わらず何故か罵られて喜んでいる始末。こいつは一体何なのか。属性は一つにしてほしい。

 

 

「で、具体的には何ができるんだ、バルドル?」

『ようやく聞いてくれたわね。聞いて驚きなさい。わたしはシンクレア以外の全てのDBの力を使えるのよ!』

 

 

仕方なく聞いてやると待ってましたとばかりにバルドルは宣言する。己が能力を。シンクレアを除く全ての能力の再現。それこそが自分の能力なのだと。全てのシンクレアの頂点に立つバルドルに相応しい能力。それは間違いない。だが

 

 

「うん……まあ、すごいのか? まあそうだよな……うん」

 

 

そう絞り出すのが精一杯。口説くつもりは毛頭ないが、それでもできるだけ誉めてやろうと思うがそれ以上は言葉が出てこなかった。

 

 

『リ、リアクションが薄っ!? ぜ、全部! 全部なのよ? もっと驚いてくれても』

「でも、俺、シンクレアもそれ以外のDBもほとんど持ってるし、正直そんなに」

『うむ、お主らしい残念感じゃの』

 

 

渾身のギャグが滑ってしまった芸人のような必死さで迫ってくるもやはり残念さは拭えない。無数にあるであろうDBの能力が全て扱える。もし最初からバルドルを持っていればその能力は役に立ったかもしれないが今の自分は全てのシンクレアに加えて六星、最上級DBをこれでもかと所持している。はっきりいってもうこれ以上DBは必要ないレベル。ゲームに例えるなら最強装備を揃えているのにそれ以下の装備全種類を渡されたようながっかり感。まさにバルドルという存在を形にしたような能力だった。

 

 

『そ、そんな……!? え、えっと……そうよ! わたしはアキの命を繋いでるのよ! これってすごいことでしょ?』

「俺の命を……? それって、エンドレスがやってたことを今はお前がやってるってことか?」

 

 

もはや立ち上がれないダメージを受けながらも、自分のアイデンティティを取り戻すためにバルドルは必死にこっちに縋ってくる。本当なら払いのけたいところだがその内容は予想外のもの。いや、ある意味ではこの会議において一番重要な案件ともいえるようなものだった。

 

 

『そうなのよ! 本当ならエンドレスとの繋がりが絶たれたら消えるしかなかった貴方を、わたしがこの世界に留めてるってわけ。もう忘れちゃってるかもしれないけど、わたしって結構偉いんだから!』

 

 

ようやく自分の地位を思い出したのか、バルドルは我が世の春が来たとばかりにテンションMAX。それは置いておくとしても自分にとってそれは大きな意味を持つもの。今までの自分はその魂をエンドレスの力によってこの体に留めていた、仮初の存在だった。それを示すようにエンドレスに逆らえば命はない操り人形同然。

 

 

(ってことは俺、ようやくエンドレスの呪縛から解放されたってことか……?)

 

 

だがバルドルの言うことが本当ならそれはもうなくなったということ。つまり、自分の当初の目的が一つ達成されたということになる。ようやく自分の存在を確立できたことに感慨深くなるのもすぐさまそれは消え去ってしまう。そう、エンドレスという呪縛はなくともジェロという名の呪縛は変わらず自分を捕えているのだから。

 

 

「そっか……てっきりマザー以上の役立たずかと思ったけどそうじゃなかったみたいだな」

『い、いろんな意味で心外よ!? 分かってるの、アキ? つまり貴方の命はわたしが握ってるわけ。あんまり調子に乗るんならどうなるか……え? い、痛い痛い痛いっ!? な、何でこんなにあたしの頭が痛いの!?』

「なるほど、今度はこっちからも干渉できるみてえだな」

『そ、そんな!? 止めてアキ!? っていうか止めてくださいお願いします調子に乗ってました!? ああ、でもこれが痛みって感覚なのね……』

 

 

思わぬ逆襲だったのか、どこに頭があるのか不明だが頭痛のようなものにバルドルは襲われ悶絶している。自分の力が上がったからなのか、自分側からもシンクレアに干渉できるようになっているらしい。役立たずと言われたことに怒ったマザーのお仕置きで自分も悶絶しながらも同じく悶絶しているバルドル。とにもかくも自分とシンクレアは一心同体……ではなく、同体になっているらしい。つまり自分が死ねばシンクレアも破壊されてしまう。逆もしかり。要するに自分はこの魔石たちと一蓮托生であるのは変わらないということ。

 

 

「やれやれ……酷い目に遭った……それでさっき聞きかけたことなんだが」

『え? ちょ、ちょっと待ってもう終わり? まだあたしに聞きたいことがあるんじゃない?』

「え? いやもう用はねえんだが……」

『き、極みよ極み! あたしの極みについて気にならないの?』

 

 

ようやく終わったと思ったのにバルドルはまだだとばかりに纏わりついてくる。ある意味マザー以上に厄介な存在。まだ自分のアピールが足りないらしい。

 

 

「ったく……そもそもお前に極みなんてあるのか?」

『存在そのものが極まってるがの』

『ふ、ふたりとも……もうちょっとバルドルのはなしをきいてあげても……』

 

 

流石に不憫に思ったのかラストフィジックスがフォローするも自分とマザーの意見は変わらない。こいつと意見が一致するなんて初めてかもしれない。

 

 

『しゅ、主従揃ってドSなんだから……! でもいいわ、聞いて驚きなさい! あたしの極みはね、担い手の願いを何でも叶えることなのよ!!』

 

 

 

「…………何だって?」

『え? だから言ったでしょ? あたしの極みは願いを叶え』

「何だって?」

『だ、だから……あたしの極みは貴方の願』

「あー、分かったわかった。悪かったな、バルドル。ちょっと俺もやりすぎちまったらしい。とりあえずちょっと休んできたらどうだ?」

 

 

つい反応が面白くて弄り過ぎてしまったが、バルドルも限界だったらしい。きっと自分でも何を口走っているのか分かっていないぐらいに。今はそっとしてあげなければ。だが

 

 

『な、何で信じてくれないのアキ!? ほ、本当なんだから! あたし空気が読めなかったりルールを破ったりはするけど調停者として嘘だけは絶対つかないんだから! ね、ねえマザー!? あたし嘘なんて言ってないわよね!?』

 

 

ダムが決壊したかのようにバルドルは泣き叫びながらマザーに纏わりついて行く。嘘はつかないのは当然だがその前の二つについては調停者としてどうなのかと突っ込みたいがそれどころではない。

 

 

『ええい纏わりつくな鬱陶しい!? 全く……アキよ、バルドルの肩を持つわけではないが、こやつが言っておることは真実じゃ。アキ、覚えておるか? 我がお主と契約する時にした話を?』

「お前と契約した時の話……?」

 

 

心底嫌そうにバルドルをあやしながらマザーはそんなことを尋ねてくる。だがすぐにその内容が思い出せず首を傾げるしかない。そもそもそんな前のこと細かく覚えてなどいない。あの時は生き残ることで必死だったのだから。

 

 

『その様子では本当に忘れておったようじゃの……いや、信じておらんかっただけかの。ダークブリングマスターとなる代わりにお主の願いを叶える。それが我とお主が交わした契約。その能力を持つのがこやつということじゃ』

「は…………? それって本気だったのか? だってそんな怪しい約束信じるわけねえだろ? お前らシンクレアだろ?」

『うむ……言われれば確かに胡散臭さしかないが我らは契約は決して違えぬ。例え相手が誰であってもな』

『そ、そうなのよ! わたしたちは契約は絶対に守る存在なんだから!』

 

 

思い出すのは最初にしたマザーとの契約。どんな願いでもかなえてやるという報酬。どっからどうみても胡散臭さの塊のような内容。これを信じるようなら今の自分は生きてはいないだろう。そもそも悪の化身であるシンクレアとの約束を信じるなんて客観的に考えてあり得ない。自覚はあるのかマザーも言い淀み、バルドルは改めて発狂している。そんな二人を見かねたのか

 

 

『あのね、お兄ちゃん。ママやあたしたちのほんとうのちからはねがいをかなえることなの』

 

 

ラストフィジックスが自分に明かしてくれる。それはエンドレスの生まれた理由。時空操作という人の願いを叶える力。その副産物であるエンドレス。故にその本質は同じ。エンドレスの、DBの根源もまた同じ。次元崩壊の対極にあたる時空操作。並行世界の破壊、次元崩壊を成し遂げた者に与えられる報酬、ある意味では星の恩返しがバルドルの極み、時空操作なのだと。

 

 

(なるほど……本来の歴史で死んだはずのハルの仲間たちが生き返った星の恩返しのエンドレス版って感じなのか)

 

 

あり得た未来では最終決戦で命を落としたはずのレイヴの戦士たちが星の記憶の力で生き返っていた。いわばあれは並行世界からの報酬、星の恩返し。今の自分に置き換えればエンドレス、もとい現行世界からの報酬にあたるのだろう。もっとも自分のせいで前提も条件もめちゃくちゃになってしまっているが。ともかくバルドルが言っていることも満更嘘でもないらしい。

 

 

『どうやらやっと信じたようねアキ! 分かったでしょ? あたしがシンクレアを統べるシンクレアだってこ』

「そっか……じゃあエンドレスを消してくれ」

『え…………? そ、それはちょっと……』

「じゃあジェロを消してくれ」

『ちょ、ちょちょちょちょっと待ってアキ!? 何でそんな願いを増やしてレベルの無茶難題言ってくるの!? 明らかにあたしの力を超えてることは無理なのよ!?』

「なんだ、使えねえな……」

『流石は我が主様。容赦がないの』

 

 

分かり切っていたこととはいえ、ここまで役立たずだと呆れるしかない。願いを叶えると大層な謳い文句がありながら結局限界があるらしい。

 

 

『ま、待って! もうちょっとこう、世俗的な願いはないの? 例えばそう……不老不死とか! 人間っていうのはそういうのに憧れるんでしょ?』

「不老不死か……不老不死になればジェロに勝てるか?」

『え? そんなの無理に決まってるじゃない。生きたまま氷漬けにするのが趣味なのよ? むしろ生き地獄になるっていうか……じゃなくて!? な、なら……億万長者とか酒池肉林とかどう? どっちも人間の欲望に沿ったポピュラーでおすすめな』

「別にいいかな……面倒くさそうだし……」

 

 

心底本音でそう告げる。そんなもんよりもちょっとでも絶望に抗う可能性が欲しい。もっともそれが無理なのは分かり切っている。そもそも時空操作なんて極み、使う気も起きない。そのせいで新たなエンドレスでも生まれたら洒落にもならない。

 

 

『め、面倒くさいって……ほ、本当に個人的な願いがないの? そんなんじゃ人生枯れ果てちゃうわよ……?』

 

 

さっきまでとは違う意味で心からこっちを心配、もとい憐れみながらバルドルはそう問いかけてくる。頭痛をくれてやろうかと一瞬考えるも、改めて自問自答する。自分の個人的な願い。それは

 

 

『まあ、お主の真の願いは平穏に暮らしたいといったところかの。もっとも時空操作であっても叶わぬ願いであろう』

「うるせえよ……」

 

 

自分よりも早く、誰よりも自分の願いを理解してるマザーが答えを口にする。恐らくは時空操作でも実現できない遥か遠き理想郷。

 

 

『なるほどねー、流石マザー、担い手の事ならお見通しって感じね! じゃあ極みは保留ってことで。あ、勘違いしないでね? わたしの極みは簡単には』

「それで、さっきの三つをやり遂げれば俺はジェロに勝てるんだよな……?」

 

 

とりあえずバルドルの話を切り捨てながら改めて確認する。マザーによって挙げられた三つの試練。それを乗り越えればジェロを超えることができるのかと。だがそう上手くいかないことは分かり切っている。それでも五分には持っていければ。だがそんな願いは

 

 

『そうじゃな……まあ三割といったところかの』

 

 

時空操作を以てしても敵わないらしい。

 

 

「三割……? 負ける確率が?」

『勝率に決まっておろう? これでも高く見積もってじゃがの』

「ふ、ふざけんなあああああ!? これだけやって三回やって一回勝てるかどうか!? なんだ!? 俺は神様とでも戦うってのか!?」

『大魔王じゃ。あれじゃ、足りない分は気合いで何とかするしかあるまい』

 

 

冗談ではなく本気でマザーはそう締めくくる。気合い。ある意味自分とは最も縁がない言葉。対極ともいえる在り方。曰く主人公補正。ハルやシバならともかく、自分にそんな物があるわけない。無論マザーもそれは百も承知。ようするに

 

 

「……行くぞ、マザー」

『……よい。では往くとしようか、我が主様よ』

 

 

自分はいつものように、生き残るために右往左往しなければいけないということ。違うのはその難易度が絶望的だということだけ。

 

 

『いいわねー、心が通じ合ってる主従ってカンジ! そうよ、やっぱりこの世は愛なのよ、愛! でも二人とも、ジェロと戦うってのは考え直さない?』

『うん、あたしもマザーにまけないぐらいがんばるね、お兄ちゃん!』

 

 

五つの母なる闇の使者と多くの魔石を手にしながらアキはアジトを後にする。ダークブリングマスターの絶望を振り払うための希望を求めて――――

 

 

 

 

 

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