ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第五十四話 「招待」

見渡す限り砂しかない世界。あるのは照りつけるような太陽の光と吹き荒れる風のみ。人はおろか、生き物すら存在しないかのような灼熱の世界。シンフォニア王国の南部に位置する砂漠地帯。原因不明の砂漠化によって今は人が住める土地ではなくなってしまった場所。そんな人々から忘れられてしまった場所を渡っている一つの人影があった。熱を避けるためのローブを身に纏っている人物。それだけなら珍しくもない。砂漠を越えようとする者がいること自体はおかしくはない。ただ違うのはその人影、女性にとってはこの砂漠こそが目的地であったとこいうこと。

 

蒼天四戦士の一人、クレア・マルチーズ。彼女はようやくその足を止め、辺りを見渡す。予言者によって告げられた予言の成就。半信半疑でしかないその言葉の真意を求めて。

 

 

 

(おそらくこの辺りのはずだが……やはり何もない、か……)

 

 

砂に沈みつつある両の足を止め、フードを脱ぎながら辺りを見渡す。あるのは数時間前から何も変わらない、地平線まで広がった砂漠だけ。もっともそれは分かり切っていたこと。この場所にたどり着く前からここには何もないのは見えていたのだから。それでもわざわざここまで足を運んだのは予言のせいでも何でもなく、半ば自棄になっている部分が大きい。いや、正確にはこの手にある手紙に言いようのない何かを感じ取ってしまっている自分自身への苛立ちだろうか。

 

 

(手紙に書かれている座標自体はこの辺りで間違いないはず……やはり私を騙すための罠だったのか……?)

 

 

改めて件の手紙を手に取り、目を通す。そこにはアルファベット四文字と四つの数字、世界座標が記されている。それがここ、シンフォニアでも誰も近づこうとはしない砂漠地帯。明らかに自分をおちょくっているとしか思えない。だがどうにも不自然だった。自分を誘き出すにせよ攪乱するにせよそれが目的ならもっとマシな場所を指定するはず。こんな調べた時点で嘘だと分かるような座標を残す意味が分からない。何よりも

 

 

(ダークブリングマスター、か。読んで字のごとしならDBの使い手、主ってことになるんだろうけど……)

 

 

ダークブリングマスター。この手紙の差出人が自称している通り名。そのまま受け取ればDBの使い手と言うことになるのだろうか。だが何にせよ自分、いやシンフォニアにとっては無視することができない類の物。

 

DB。持つ者に超常の力を与える魔石。自分たちと戦っているレアグローブ王国が主に兵器として運用している物。その力は凄まじく、それを手にすればただの一兵卒が兵士百人分の力を持つことすらある理から外れた、まさに悪魔の兵器。その力故、シンフォニアは苦戦を強いられている。だがシンフォニアも指をくわえていたわけではない。目には目を、歯には歯を。DBにはDBを。少量ではあるが、手に入れたDBを使用し、軍の強化を図ったのだがその結果は散々たる物だった。確かに兵力としては強化に成功としたと言ってもいいが副作用とでも言うべき問題が発生。DBを手にした兵士は例外なく凶暴性、暴力性が増し手がつけられなくなってしまう。挙げ句虐殺や略奪に走ってしまう者まで現れてしまった。まるで持つ者の心を蝕むかのように。結果として自分たちはDBを運用することはあきらめた。いや、正確には禁じた。国王曰く、人の手に余る悪魔の石なのだと。

 

だがそれが何なのか、私たちには全く分かっていない。どこから生まれているのか、何のために存在しているのか、いつから存在しているのか。何よりも

 

 

(どうすれば破壊できるのか……いや、対抗できるのか。それが分からない限り、私たちに勝機はないだろうね)

 

 

蒼天四戦士としては口が裂けても言えない事実を内心だけとはいえ吐露してしまう。そう、このままではシンフォニアには勝ち目がない。DBを持つ者相手では普通の兵士では相手にならない。自分たちのような力量を持つ者なら話は違ってくるが、そんな者がそう都合良くいるわけがない。このまま戦争が続けば敗戦するのは火を見るより明らか。軍師であるダルメシアンは誰よりもそれを理解しているはず。リーダーであるアルパインも感情では否定しつつも、理性では悟っているに違いない。ディアハウンドには今更それがどうしたとばかりに笑い飛ばされそうだがそれはともかく。もしそんな袋小路の現状をどうにかできる可能性がわずかでもあるのなら。目の端に手紙の最後の一文が留まる。

 

 

『ダークブリングの秘密が知りたければ指定の場所まで来られたし』

 

 

それがきっと自分がこの手紙に誘われるままこんなところまでやってきてしまった本当の理由なのだろう。

 

 

(さてと……いつまでもここに突っ立ってるわけにもいかないか。とりあえずこの周辺をもう一度調べて)

 

 

砂漠の真っ只中でこれ以上時間を浪費するのはリスクが高すぎる。無駄だと半ば理解しながらとりえあえずもう一度この周辺を調べようと一歩踏み出した瞬間

 

 

まるで蜃気楼のように、目の前の景色が一変した――――

 

 

「な――――っ!?」

 

 

思わず反射的に驚愕の声を上げながらその手に愛剣を握り戦闘態勢を取ってしまう。しかしそれは当然。自分の視界には先ほどまであった灼熱の砂漠の姿はない。あるのは見渡す限り一面に広がった緑の世界。草木が生い茂っている密林の中。それだけではない。近くには湖のような物、樹木には果物が実り、空には鳥や蝶が舞っている。どこか楽園のような雰囲気を感じる幻想的な光景。

 

 

(何だこれは……!? 幻覚……? いや、何か攻撃を受けた感覚はなかった……それにこの感じ、幻覚の類じゃない。どこか違う場所に飛ばされた……?)

 

 

周囲の状況に気を張りながら瞬時に思考する。まず第一に何者かに攻撃を受けた可能性。DBや魔法を使えば相手を幻惑することなど容易い。だがそれを易々と許すほど自分は甘くはない。その証拠に目の前にある光景は全て現実。足で踏みつけている草木の感覚も、肌に感じる砂漠ではあり得ない湿気も。だとすればもう一つ考え得るのは自分が全く別の場所に飛ばされてしまった可能性。実際に見たことも体験したこともないが、魔法には空間転移と呼ばれる瞬間移動の術があるとダルメシアンに聞かされたことがある。もっとも大魔導士であっても容易ではない大魔法であるらしい。なら相手は魔導士なのか。だがいつまで経っても攻撃はおろか、気配すら感じ取れない。そもそも空間転移など使わなくとも直接魔法で攻撃してくればいいだけ。冷静さを取り戻し、改めて思考する。ここに来る直前、自分は何をしたのか。

 

瞬間、その場から飛び退くように後ろへ飛ぶ。そう、砂漠からこの場所に迷い込む前に自分は一歩前に踏み出していた。あれがきっかけだったとするなら。そんな単純な答え。だがそれは結果的に正しかった。何故なら顔を上げた先には、変わらぬ砂漠の雪原が広がっていたのだから。

 

 

(やっぱり思った通りだね……幻覚、いや蜃気楼のようなものでここから先も砂漠があるように見せかけてるってことか……)

 

 

改めて手を差し出しながら自分の仮説が正しかったことを確信する。そう、自分が一歩踏み出した場所が砂漠と緑の世界の境界線だったのだと。その存在を隠すために魔法かDBかの力で砂漠の世界が広がっているように見せかけていたのだろう。さながら砂漠で見ることがある蜃気楼のように。その証拠に突き出した手の先には草木に触れている感覚がある。

 

 

(間違いなくこれは人為的な物……なら、この先にダークブリングマスターなんていう巫山戯た奴がいるってことか)

 

 

これほど大がかりな、人の身では実現できないような力。間違いなく何者かの仕業。それがこの手紙の主であるのはもはや疑いようがない。ここで踵を返す選択肢はない。細心の注意を払いながら再び一歩踏み出し、そのまま緑の世界に踏み込んでいく。だが進めど進めど何も起こらない。侵入者である自分に気づいていないのかそれとも。そのことに疑問を抱きながらもただ目の前の光景に目を奪われるしかない。

 

 

(一体どうやってこんな真似を……? 幻想を見せる能力なら分からなくもないが、こんな自然を生み出すような力など見たことも聞いたことも……そもそもこれは本当にDBの力なのか……?)

 

 

目の前に広がっている、触れている自然の世界。これが元々ここにあったとは考えづらい。ならここの主が砂漠からここまで生み出したということ。そんなことがありうるのか。今まで目にしてきたDBは全て破壊に特化した兵器でしかなかった。ある物は己の体を鉄に変え、ある物は己の内に人あらざる力を宿し、ある物は目に見えない力を振るう。しかしそのどれを持ってしてもこんな奇跡は為し得ない。何かが根本的に違う気がする。そう、まるでこれは神の、そんな気の迷いのような妄想が頭をよぎりかけた瞬間、それがとんでもない間違いだったのだと自分は悟る。そう、これは人でもなければ神の御業でもない。文字通り悪魔、魔王と呼ばれる存在の仕業なのだと。

 

 

(あれは……城?)

 

 

密林を抜けた先に確かに見える建物。それは城だった。巨大な、シンフォニア城にも引けを取らない巨大な城。違うのはその外観。禍々しさしか感じられない黒を基調とした異形。どこか幻想的だった自然の世界から地獄に迷い込んでしまったのかと感じてしまうほどのアンバランスさ。何よりも決定的なのがその気配。まだ城に入ってすらいないのに口と鼻を覆いたくなるような瘴気が蔓延している。それが何なのか自分は知っていた。忘れようがない、あの洞窟で感じた醜悪な気配と同質のもの。いや、城の外でこれなら内部はその比ではないはず。とにもかくにもどうやってあの城の侵入するか。だがそんな自分の思考を読んだかのように城の巨大な正門、扉が開かれていく。明らかにこちらを知った上での、これ以上にない歓迎という名の挑発。

 

 

「――――面白いじゃないか。そっちがその気ならこっちも本気でいかせてもらうよ」

 

 

その光景に思わず笑みが浮かぶ。そう、細かいことをグジグジ考えるのは自分の性分ではない。それはダルメシアンやアルパインの仕事。私がすべきことはただ、駆け抜けることだけ。

 

 

蒼天四戦士クレア・マルチーズはそのまま風のような速さを纏いながら駆ける。自作自演の招待状と共に。その先に待ち受けているものが、自分の想像とは全く違うものであることを知らぬまま――――

 

 

 




投稿が滞ってしまい申し訳ありませんでした。リハビリ的な意味で今回は短くなってしまっていますが楽しんでいただければ嬉しいです。では。

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