ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第五十七話  「エリー」

(ふぅ……ま、とりあえずこんなもんかな)

 

 

恒例のため息をつきながら改めて辺りを見渡す。そこにはむき出しの壁と床以外何もない殺風景な場所。本当なら豪華な装飾や煌びやかな内装で彩られていた城の客間はもはやどこにも残っていない。それがこの一階から六階まで目の前と同じ有様。唯一無事だったのは最上階の玉座のみ。苦労して完成させた魔王城(仮)は三日どころか半日も経たずに崩壊してしまった。

 

 

『ふん、本当ならこんなことに使われたくはなかったが致し方あるまい。この城自体を消し飛ばすだけなら一瞬じゃが、細かい加減というのはまだ慣れんの』

「おかげで苦労したのは俺だけだったわけだ……まあ一発芸だけじゃなく、掃除に役立つことが分かっただけでも儲けものだったけどな」

『掃除……!? お主、我を一体何だと思っておる!? そもそも最近我の扱いが雑になっておらんか? 他のシンクレアを手に入れて調子に乗っておると』

 

 

そのままくどくどとお説教という名の愚痴に移行するマザー。どうやらシンクレアが増えたことで自分のアイデンティティが失われつつあるのを危惧しているらしい。元々そんな物はないという突っ込みはともかく、結果的にマザーが役に立ったのは確か。もしかしたら一発芸以外では初めてかもしれない。空間消滅の正しい使い方がゴミ処理だというのはある意味コイツらしい。産業廃棄物だろうが放射性廃棄物だろうが関係なく処理できるという意味では有用性は計り知れない。残念ながら生まれる世界を間違えたと言わざるを得ないが。そんな中

 

 

『いやーほんとに見違えるわねー! あんなにめちゃくちゃだったのにもう何も残ってないなんて。流石はマザーね♪』

 

 

心の底から感心しているのか、バルドルがマザーを賞賛、もといヨイショしている。ある意味どんな状況でもブレない存在。能力の持ち腐れという意味ではこれの右に出る物はいないだろう。

 

 

「ああ、そうだな……で? これからどうする気だ?」

『え? どうするって……まあこれはこれで趣あるしいいんじゃない? ほら、無駄のない機能美ってカンジで……どう?』

「とりあえず一週間で元に戻しとけ。それができなきゃお仕置きな』

『っ!? そ、そんなの無理よ!? あたし、貴方ほど上手く六星使えるわけじゃないのに!』

「俺には三日でやらせたくせに何言ってやがる。自分の不始末は自分で何とかしろ」

『ふむ、ぐうの音も出ぬ正論じゃの。あきらめるがよい、バルドル』

『そ、そんな……あんまりよ……』

 

 

よよよ、と泣き崩れながらもチラチラこっちの様子をうかがっているバルドル。ドジっ娘アピールのつもりらしいが見苦しいことこの上ない。とりあえず許すつもりは毛頭ないので不眠不休で修理を命じる。そもそも寝る必要はない分、夜の間に酷使すればいいだけかもしれない。他のシンクレアとは違い、自立して動けるバルドルの正しい運用法をついに発見した形。誰も味方をしてくれる者はいない。

 

 

『え、えっと……そうだ! ますたーはエリーお姉ちゃんにあいにいかなくていいの? もうしばらくかえってないとおもうんだけど』

 

 

唯一の例外であるラストフィジックスが話題を変える意味をかねてそんな風に自分に話しかけてくる。さしものラストもバルドルを庇うことは難しかったらしい。精一杯が話題を変えることだったらしいが、それが今度は自分の急所に突き刺さる。自分にとってはバルドルのやらかし以上に急務の課題なのだから。

 

 

「それは……まあ、そうなんだが。うん、ちゃんと準備をしてからの方がいいかと思ってだな」

『ぶっちゃけると忘れて放置しておって、今更どんな顔をして帰ればいいかヘタレておるわけじゃな』

「う゛っ……」

 

 

間を置かずの急所を抉るマザーの言葉に思わず黙り込むしかない。相変わらずのドSさはもちろん、こっちの思考が完全に読まれてしまっている辺りもはや反論の余地がない。

 

 

「俺だって忘れてたわけじゃねえ。ただ、ちょっと修行に没頭しちまっただけで……大体お前らだって何も言ってこなかっただろうが!?」

『我らのせいにするでない、情けない。エリー……今はリーシャになるのか。面倒なのでエリーと呼ぶがエリーについては今は我からは何も干渉するつもりはない。どうするかは全てお主次第じゃ』

『流石はマザー! アキのことなら何でもお見通しってカンジね。物は相談なんだけどその調子でわたしの減刑も嘆願してくれないかしら?』

『むぅ……じゃあやっぱりお姉ちゃんとはおはなししちゃいけないんだ……ざんねん』

「お前らな……」

 

 

相変わらずぎゃあぎゃあと自己主張が激しいシンクレアたちに頭を抱えるしかない。そしてさらっと明かされるラストフィジックスの危うさ。どうやらエリーと話そうと考えていたらしい。純粋さしかないが故の恐ろしさ。エリーと一緒にキャッキャと愉しそうに騒ぐ光景が容易に想像できる。加えて何故かのお姉ちゃん呼び。エリーもまたシンクレアに、DBに愛される才能があるのかもしれない。

 

 

(しかし本当にどうするかな……クレアの話からすると洞窟まで探しに来てるらしいし……ちょっと調子に乗り過ぎちまったかも……)

 

 

ため息と共に頭をかきながらこの一週間を振り返る。魔王城、もとい新しい拠点を作ることが今回の遠征の目的だった。だがどこでもいいわけではない。人目につく場所はもちろん、周りに被害が及ばない広大さが必要不可欠。それは単に自分の力、正確にはデカログスの力が桁違いに上がってしまったから。その能力を全て解放し修行を行えば天変地異に等しい被害が発生してしまう。色々思案し、探索した結果が砂漠の真ん中となった。

 

 

(結局砂漠って辺りがいつも通りってカンジだな……ゲイルさんの時と同じか)

 

 

砂漠での修行事自体は自分にとっては慣れ親しんだもの。周りに被害を与えないためという点ではゲイルさんと同じ結論に至ったようなもの。もっとも理由は比べものにならないが。もっともその生活は大きく異なっている。それは

 

 

(しかし何度見ても実感が湧かねえな……ここが砂漠だったなんて)

 

 

目の前に広がる自然に満ちた光景。それを生み出したのが自分、ではなく六星DBの力。生き物が生きていけないであろう砂漠の地をここまで再生、ではなく創造できる。もちろん最初は四苦八苦した。天候のコントロールから針の穴を通すような緻密な制御。まだまだ改善の、成長の余地があるが今の段階でも一週間で砂漠の一画をオアシスを越える自然に戻すことができた。そしてマザーたちには口が裂けても言えないがそれが自分にとっては少し楽しかった。戦うため、生き残るために必死に修行するのとは違う、力の使い方。寝取りだのなんだの揶揄される以外の初めて自分だからこそできるダークブリングマスターとしての力。結果として自分はそれに夢中になりエリーとの約束をすっぽかすことになってしまったわけだが。

 

 

(結局全部コイツの掌の上ってカンジだな……ま、今更言ったところで仕方ねえけど……)

 

 

知らず自分の胸元に居座っているマザーを見つめながら憂鬱になるしかない。結局自分は始まりから終わりまでこの魔石と運命を共にするのだろう。この先自分がどうなるのか。全てではないだろうが見通しているに違いない。自分もまたそれを感じ取れるほどには成長している。六星を極めた先に、魔石殺しとして完成された自分にマザーが何を期待しているのか。強制ではなく、選択する余地を自分に残しながら。最もそれが実現するとすれば最後の最後。その前にジェロを倒すことを、直近ではエリーをどうするか。要するに今までと何ら変わらない。

 

 

『……? どうした、ダークブリングマスターが魔導精霊力を食らったような顔をして。そんなに我を見つめても無駄じゃぞ。観念してエリーに魔導精霊力を食らわせられるがよい』

「なんでそうなる!? っていうか食らわされるの前提なのかよ!?」

 

 

そんな珍しく真剣に感傷に浸っていたのを台無しにする我が駄石。何だろうか、自分をおちょくらないと生きていけない病気かなのかなのか。鳩が豆鉄砲を食ったようなと言いたいのだろうが規模が洒落にならない。実際エリーにも言われたことがあるのだから冗談では済まない。

 

 

『これ以上放置するならそうなってもおかしくはないの。さっさと覚悟を決めたらどうじゃ?』

「…………やっぱり遅いか早いかの違いでしかない、か?」

『ほう、ようやくお主も理解してきたか。まあ放置プレイするのもいいが、今度クレアと一緒に怒り心頭のエリーがセットにやってくるのが目に見えるがの』

『え、こんどお姉ちゃんがこっちにくるの? ならじゅんびしなくちゃ! でもそーてんよんせんしはきらいだから、バルドルこんどはちゃんとやっつけてね!』

『え? 今のこの状況を見てわたしにそれを振るの? ラストフィジックス……恐ろしい子!』

 

 

放置しても無駄なのはもはや悟っていたが、マザーの例えが的確すぎて怖い。間違いなくクレアと一緒にぷりぷり怒ったエリーがここにやってくるのが想像できる。というかそうなるに違いない。何だが見えない力に振り回されている気がする。そしてナチュラルに鬼畜発言をするラスト。バルドルではないが、ラストだけは本気で怒らせてはいけない気がする。

 

 

そんなこんなで観念してシンクレアを伴いながら一週間ぶりに懐かしの洞窟へと帰還することになった……のだが。

 

 

「もう、ちゃんと聞いてるのアキ!? あたし本当に心配したんだからね!」

「…………はい」

 

 

一瞬だった。秒の間も与えられずに土下座をかますことになってしまった。いきなりエリーの秘密の遊び場に行くのはあれだったので一呼吸の間を置く意味と、自分のせいで汚染されてしまっている洞窟と周辺を掃除する意味で洞窟へ瞬間移動したのだが結果は見ての通り。真後ろにエリーがいるというある意味神ががった展開。思わず自分がエリーにマーキングしてしまっていたのでは思えるような偶然っぷり。

 

 

『ふむ、まさか開幕土下座をかますとは、流石の我でも予想できんかったの。二つ名を変えた方がいいのではないか?』

『やかましい!? 俺だって好きでやってるわけじゃねえっつーの!?』

『様式美ってカンジね! それはいいとして……ねえ、何だか寒気がしない? 何だか身体が震えるって言うか息苦しいって言うか……』

『……? 口どころか身体がないくせに何言ってるんだ? そもそもお前らどうやったって傷一つつかねえだろうが』

『それはそうなんだけど……ねえ、マザーとラストも感じるでしょ? 何か本能的におなかが痛くなってくるって言うか……』

『お主の表現は置いておくとして……そうじゃな。概ね我も同じじゃ。この感覚に覚えがある……これは』

『あたし、おうちにかえりたい』

 

 

そんな自分を弄りながらもシンクレアたちはどこか様子がおかしい。揃って調子が悪いだの何だの騒いでいる。何の冗談なのか。だが言われて自分もそれを感じ取る。言いようのない違和感、不快感。エリーにいきなり出会ってしまったショックで気づけなかったが自分もどこか不調であることは否めない。一体何なのか。

 

 

「それで一週間も何してたのアキ!? おかげであたし、アキの分のお昼ご飯も食べなくちゃいけなくて太っちゃったんだから! みんなにはからからわれるし、服はボロボロになっちゃうし、聞いてるのアキ!?」

「き、聞いてるって……それよりもその格好は何なんだ?」

「これ? これは山の中を歩くと邪魔だからこうやってたくし上げてるの。前汚しちゃっておばさんに怒られて……あ! アキのえっち! ちょっとあっち向いてて!」

「…………はい」

 

 

理不尽でしかない要求に渋々従い、土下座したまま百八十度回転する羽目に。一週間分の文句が溜まっているためか、何を言いたいのかさっぱり分からないが怒っているのは間違いない。何よりも目に毒だったのはその格好。太ももが見えるまで白い民族衣装のスカートをめくりあげているその姿はどっからどう見ても痴女でしかない。五十年後のミニスカの方が露出が多いはずなのに、今の方がエロく見えるのは何故なのか。あとえっちなのはお前の方だと反論したいが今の自分には発言権は存在しないため黙秘するしかない。

 

 

「もう! ちょっと前にクレアさんにも怒られたばっかりなのに……あ、そうだ! ねえ聞いてアキ! あたしちょっと前にここで蒼天四戦士のクレア・マルチーズに会ったの! 凄いでしょ? サインもらおうと思ったんだけどもらえなかったんだー」

「そ、そうか……残念だったな」

 

 

百面相のようにころころ表情を変えながら今度は興奮した子供のように目を輝かせてそう自慢してくる。自分もつい先日会ったばかりですと言うわけにもいかず為すがまま。そしてまたスカートを広げているお転婆娘。まさかそこにサインしてもらおうとしたのか。困惑するしかなかったであろうクレアに同情するしかない。

 

 

「あ、安心して! ここには怪しいアキはいないってちゃんと誤魔化しておいたから! 捕まったりしちゃったら大変でしょ?」

「……そうだな、助かったよエリー」

 

 

自分が呆れているのを勘違いしたのか、えっへんとばかりにそう豪語するエリー。絶賛自分が不審者扱いなのは思うところはあるがもうあきらめるしかない。事実、色んな意味で不審者なのは間違いないのだから。それにしてもいつもならもっと騒ぐであろうシンクレアたちが静かになってしまっている。本当にどうしたのか。

 

 

「どういたしまして! えっとそれから、そうそう結局アキはどこに行ってたの? もしかして記憶探し?」

「あ、ああ……まあそんなカンジかな。収穫はなかったけど、ちょっと色々見て回ってたんだ」

「やっぱりそうだったんだ……なら仕方ないね。あ、そういえばおみやげは?」

「え? そ、そういえばそんなこと言ってたっけ……?」

「むー、約束したじゃん。あたし楽しみにしてたのにー」

 

 

ぶーっとほおを膨らませているエリーにどうしたものかと困り果てるしかない。言われるまでお土産はおろか自分が記憶喪失の設定だったことを忘れてしまっていた。おかげでこれ以上放置していたことは追求されそうにはないが別の問題が発生してしまう。かといってお土産になりそうなものはない。渡せるのはDBぐらい。そんな自分の狼狽っぷりを見て何を思ったのか

 

 

「……そうだ! なら先に……あたしもアキに渡そうと思って準備してた物があったの! ちょっと待ってね、確かこの辺に」

「俺に渡そうと……? 何だ?」

 

 

思い出したとばかりに今度はスカートではなく自分の胸の辺りをゴソゴソと探り始めてしまうエリー。当たり前だがこの羞恥心のなさはどうにかならないものか。本当なら顔を真っ赤にして指摘すべきなのだろうが自分にとっては日常茶飯事なのでスルーする。指摘してもえっちだのなんだの言われるだけなのは目に見えている。

 

 

「あ、あったあった! 良かったーなくしちゃったかと思った! ごほんっ、はいアキ、これあげる!」

 

 

ようやく見つかったのか、慌てながらも気を取り直してエリーは自分にそれを手渡してくる。どうやら掌に収まる大きさらしい。されるがままに受け取るも、知らず身体が固まってしまう。比喩でも何でもなく物理的に。同時にただただ目を見開くしかない。何故なら

 

 

「なっ……!? お、お前、これレイヴじゃないのか!?」

 

 

自分の掌の上には光り輝く石がある。どっからどう見てもレイヴでしかない。その証拠にその輝きによって思わず身体が引きつってしまう。対極の力を無防備に浴びてしまった拒絶反応。そこでようやく理解する。自分がここにやってきてからの違和感の正体。シンクレアたちの不調の原因。それがこの手の中にある石のせいだったのだと。

 

 

「れいぶ? 何それ? そういえばまだ名前はつけてなかったけ? じゃあちょうどいいしれいぶって名前に」

「い、いやいやいやそれはナシで!? っていうか一体これは何なんだ!? 何でこんな物を俺に?」

「だってこれ、アキのために作ったんだもん。ほら、アキって臭いが凄くてみんなに嫌われちゃったでしょ? だからその臭いが消せないかなって思ってこの石を作ったんだー! ほら、洞窟の中もちゃんと臭いが消えてるでしょ?」

 

 

ふふん、と自慢げにエリーは胸を張っている。ただ自分はその場に立ち尽くすことしかできない。色んな意味で予想外でしかない出来事の連続。そしてその全てが紛れもない真実。事実洞窟と周辺に蔓延していた自分の臭いという名の邪悪な気配は完全に消えさってしまっている。どころかどこか清らかすら感じるほどに浄化されてしまっている。エンドレスと対である魔導精霊力だからこそ可能なこと。

 

 

(まさか……ってことはなんだ!? もしかしてこれがレイヴの原型みたいなもんってことなのか……!?)

 

 

自分の掌の中に存在する石に驚愕するしかない。本物のレイヴには遠く及ばないが恐らく原理は同じ。いうならばレイヴのプロトタイプのような物に当たるのだろう。まさかそんな物があるなんて。しかもその生まれた理由が自分の臭い消しのためなんて喜んでいいのか謝っていいのか分からない。

 

 

『まかさかこんなことになるとは……つくづくお主という奴は全ての元凶じゃの……』

『流石は魔石殺しよねー……名付けるとしたら消臭石ってところからしらって……や、止めて止めて止めて!? それ以上近づかせないで浄化されちゃう!?』

『どうやら効果は本物らしいな……どっちかっつーと消臭よりも殺虫ってカンジだが』

『お、お兄ちゃんほんとうにやめてあげて……ばるどるがきをうしなっちゃうから』

 

 

その効果はバルドルの反応からも明らか。レイヴほどではないがシンクレア、DBにとってはやはり効果は覿面らしい。消臭だけではなく殺虫、殺石効果もあるらしい。臭いは消しはもちろん、バルドルへの新しいお仕置きにも使えそうだ。もっともダークブリングマスターである自分にも少なからず忌避感、抵抗感はあるがシンクレアたちほどではないらしい。

 

 

「とりあえずありがとな……それとこれを作ったって言ってたけどその、大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫だよ? わたし、小さい頃から不思議な力が……じゃなくてっ!? えっと作ったんじゃなくてもらったの! えっとその、そう、クレアさんにもらったんだー!」

「そうか……とにかくこれはありがたく頂くことにするよ」

 

 

こっちとしては魔導精霊力の使用で記憶障害が起きていないかを確かめたかったのだがエリーには違う意味で伝わってしまったらしい。そういえばエリーはこの時点では魔導精霊力の存在を周りには秘密にしていたはず。必死に誤魔化そうとしているが致命的に嘘をつくことにこの少女は向いていない。

 

 

「ところで自分では分からないんだが、今の俺って臭いがなくなってるのか?」

「え? うーん、やっぱり少しは臭うかな? あたしは全然気にならないけど。でもきっと逃げ出されたりはしないんじゃないかな?」

「そ、そうか……」

『とうとう自分で臭いのだと認めたの……』

『だめだよマザー。お兄ちゃんずっときにしてたのに』

『そ、それはいいんだけど……そろそろこのレイヴもどきを遠ざけてくれない、アキ?』

 

 

何気なくエリーはそう教えてくれる。分かっていたこととはいえ、この消臭石(仮)を持っていても自分の臭いは誤魔化しきれないらしい。マシになっているだけありがたいといえるのかもしれない。もういい加減面倒なので臭いとする。そんな自分の反応に気をよくしたのか、エリーはニコニコしている。とりあえずこれで無罪放免かと安堵しかけるも

 

 

「うん、じゃあ今度はアキの番。あたし、アキにお願い事があるの!」

 

 

ここからが本番だとばかりにエリーがそう告げてくる。一瞬何を言っているのか分からず唖然としてしまう。一体何なのか。

 

 

「お、お願い事……? 何で俺がそんなこと」

「だってアキ、あたしとの約束守ってくれなかったでしょ? あたしの方からプレゼントもしたし。だから代わりにアキにお願い事一つきいてほしいの。いいでしょ?」

 

 

まるで自分の反応を待ってましたとばかりに見つめながらエリーはそう自分に提案してくる。まさかこのプレゼントにそんな意味が込められていたなんて。期日を守らなかったこととお土産を忘れていたことを含めれば自分は三つ、エリーに借りがあることになるのだろうか。

 

 

「まあしょうがないか……でも、その……俺にできる範囲ならな」

 

 

しばらく悩みながらもそう吐露する。この状況で断ることなど自分にはできない。言いながら自分にできることの範囲を考える。よくよく考えれば今の自分にできないことなどほとんど存在しない。世界を破壊することも征服することも思いのまま。例外なのはエンドレスやジェロ関係ぐらいだろうか。順調に自分が人外、もとい神の如き領域に足を踏み入れつつあることを実感するも

 

 

「ほんと? ならアキ、あたしと一緒に暮らそう♪」

「…………は?」

 

 

そんな自分の感慨を一瞬で吹き飛ばし、ダークブリングマスターの自分の叶えられる願いを大きく超えて余りあるお願いが飛び出してきた。

 

 

「……あー、悪い。ちょっとよく聞こえなかったんだが……」

「だからあたしと一緒にエリー村で暮らそうって言ったの。そんなに難しくないお願いでしょ?」

「どこがだよ!? むしろこれ以上ない無茶なお願いだっつーの!? 前にも言っただろ! 一緒に暮らすことなんてできないって!」

 

 

きょとんとしながらさも当然のように続けるエリーにただただ狼狽するしかない。

 

 

(エリーの奴、自分が何言ってるのか分かってるのか!? 端から見たら完全にプロポーズしてるようなもんだぞ!?)

 

 

戦慄するのはその一点。知らない人が聞けばそれは告白どこかプロポーズに匹敵する発言。事実、あり得た未来ではハルからエリーへの告白でもほとんど同じ内容だった。奇しくもそれが今度は自分に。決定的に違うのはエリーには全くその気がないということ。そんな浮ついた、色っぽい理由は微塵も含まれていない。純粋に自分を心配しての提案だとは分かっているが、それでも呆れ果てるしかない。エリーの将来に。もっとも五十年後振り回されるのは確定しているのだがそれはともかく

 

 

「ふふん、アキってばあたしが何の準備もしてないと思ってるでしょー? 大丈夫、ちゃんと準備はできてるんだから!」

「じゅ、準備? 一体何の話だ?」

「だからそれ! さっきあげた石のこと! それがあれば村のみんなにも嫌われないで、怪しい人だって思われないで済むでしょ?」

「っ! そ、それは……」

 

 

得意げに自分が持っている石を指差しながらエリーはそう自分に告げる。その事実に思わずこっちは黙り込むしかない。まさか意図があったとは思いもしなかった。確かにこれがあれば以前のように会った瞬間、逃げ出されるような事態にはならないだろう。本当に嬉しいのだが今この瞬間に限ってはそうではない。自分にとってはエリーのお願いを断る理由が一つなくなってしまったことになるのだから。受け取ってしまっている時点でいらないと返すわけにもいかない。

 

 

『ほう、なるほどな。最初からそれが目的だったというわけか。こうなったエリーは手強いぞ、アキ。さっさと降参した方が身のためだと思うが?』

『て、てめえ他人事だと思って……!? 大体いつもなら怒り狂って頭痛でも食らわしてくるくせに一体どういう風の吹き回しだ!?』

『以前にも言ったであろう。我は過程を楽しむだけだと。無駄なことはせぬ。繰り返しになるが今のエリーに干渉する気は我にはない。頭痛がほしいならくれてやってもよいがの』

『またまたやせ我慢しちゃってー、そんなマザーも素敵よ♪ でもやっぱりこの世は愛よね! アキ、あんまり女の子に恥をかかせちゃ駄目よ?』

『お兄ちゃんがんばって!』

 

 

そんな自分の状況が見ていて楽しいのか、さっきまでの体調不良はなんのその。シンクレアたちは面白い見世物が始まったとばかりに騒いでいる。一体何様のつもりなのか。文句の一つも言いたいところだが今はそれどころではない。このままではなし崩し的に了承してしまいかねない。

 

 

「それはそうだけど……ほら、前にも言っただろ? 男の俺が女の子のエ、リーシャと一緒に暮らすのはマズいって。村の人たちも反対するだろうし」

 

 

仕方なく最後のカードを切ることにする。前にも一度言ったことがある至極まっとうな一番の理由。あまり強調するとまたえっちだのなんだの言われかねないためできるなら言いたくなかった理由。自分としては別に今更エリーと一緒に暮らしたところでそういう心配は微塵もないのだが世間体的にはマズすぎる。例え消臭石があっても解決しようがない問題。だが

 

 

「それなら心配ないよ? わたし、もう村のみんなに話して許可もらってるから」

「へ?」

 

 

そんな問題さえ、エリーにとっては何でもない物だったらしい。一体自分はあと何度間抜けな顔を晒せばいいのか。

 

 

「きょ、許可って……反対されなかったのか!? それもみんなって!?」

「うん、村長さんにも隣のおばさんにも友達にも相談したの。でもすっごく反対されちゃって。わたしにはまだ早いとか騙されてるんじゃないのかとか……」

「当たり前だろ……なのに、どうして許可がもらえたんだ?」

「え? 何度もお願いしただけだよ? でも今回は中々許してもらえなくて、なら家出しちゃうからって言ったらやっと許してもらえたんだー!」

「そ、そうか……ちなみに前は何をお願いしたんだ?」

「前? たしかえっと、踊り子になりたいって言ったときかな? でも絶対するんだーって言ったらみんな許してくれるの! みんないい人たちばっかりなんだよ!」

「…………」

 

 

身振り手振りでその時の大変さをアピールしながらエリーはことの経緯を語ってくれる。同情するのは村の皆さん方。十四歳の少女が男を連れ込もうというのだから反対するのは当たり前。自分でも反対するに決まっている。げに恐ろしきはエリーの行動力。一度決めたら曲げることがない純粋さという名の我が儘っぷり。きっと最後は村人の方が根負けしたに違いない。今の自分と同じように。この石のことといい、一週間ずっと動き続けていたに違いない。

 

 

「大変だったんだな……そうだな、ならもうお世話になっても、いやお世話になった方がいいのかもな」

「っ! でしょ? アキが心配してるようなことはもうないんだから! お金も心配しなくていいよ? わたし、踊り子で結構稼いでるからアキが増えたって全然へっちゃらだし!」

「そ、それはまた別として……一つだけ聞かせてもらっていいか、エリー?」

「? うん、いいけど何?」

 

 

それを前にもはや断る選択肢はない。断ったところでマザーの言葉を借りれば遅いか早いかの違いでしかないのだろう。自分が折れかけているのを見て目に見えてエリーのテンションが上がっている。まるでセールスポイントのように自分の稼ぎをアピールしてくるのはいかがなものか。完全に約束されたヒモ生活まっしぐらなのが目に見える。五十年後と違うのは収入源が踊り子かギャンブルかの違いだけ。ただ一つ、どうしても聞いておかなければいかないことがある。それは

 

 

「……なんで見ず知らずの俺にここまでしてくれるんだ? エリー……じゃなくてリーシャがここまでする理由なんてないはずだろ?」

 

 

そんなある意味当たり前の疑問。いくらエリーが天真爛漫、天然だとしてもここまでするのは明らかにおかしい。かといって自分に特別な好意を抱いているとも思えない。五十年後にエリーから聞かされた告白からも、この時点ではそれはなかったはず。なのに何故。

 

 

「……怖かったの」

「……? 怖かった?」

「うん、もしも自分が記憶喪失だったらって考えたら怖かったの。夜も眠れないぐらいに」

 

 

さっきまでの元気な姿とは一転。エリーは思い出すようにぽつりぽつり語ってくれる。怖かったのだと。もし自分が記憶喪失になったらどうなってしまうのか。そんなもしもの話。自分が誰かも分からず、誰も知り合いはおらず、全く知らない場所にひとりぼっち。考えただけでぞっとすると。自分のことでもないのに怖くて夜眠れないくらいに。誰かのことを想えるエリーの優しさ。同時にそれはエリーにとっては決して他人事ではない。五十年後、エリーはその怖い状況に身を置くことになるのだから。それを覆い隠してしまうほどな天真爛漫さによって忘れがちなエリーの本音。

 

 

「だからアキと一緒に暮らしたいって思ったの。一人じゃ怖くても、誰かが一緒ならきっと嬉しいんじゃないかなって」

 

 

例え記憶を失ってもひとりぼっちじゃなければ大丈夫。誰かと一緒なら。そんな子供のような答え。その瞬間、ようやく理解する。五十年後、記憶を失うことになったエリー。偶然で、自分勝手な理由での自分とエリーの共同生活。それでもきっと、エリーにとっては嬉しいことだったのだろう。今度はエリーがそれを自分にしてくれようとしてくれている。ならそれを拒む理由はどこにもない。あるとすれば記憶喪失を装い、騙してしまっている罪悪感だけ。

 

 

「……そうだな。ならエリーが記憶喪失になったときには俺がお返ししなきゃな」

「もう、なんでそうなるの? あたしは記憶喪失になったりしないもん。それよりも……どう? あたしのお願い聞いてくれる?」

「ああ、むしろこっちからお願いしないとな。色々言ったけど、お世話になるよ」

「ほんと!? やったー! 断られたらもう最後の手段しか残って残ってなかったの。じゃあ早く帰ろう! もう準備はできてるんだから!」

「ちょ、ちょっと待てって!? 引っ張るな!?」

 

 

ついに自分が折れたからか、エリーはいつもの五割増しの元気と勢いでこっちの手を引っ張ってくる。ヴァンパイアの引力もかくやの勢い。こっちも勢いで了承してしまったものの問題は山積している。これから自分の生活はどうなるのか。分かるのは五十年後と同様、シンクレアとエリーに振り回されることになることだけ。

 

 

「あ、そうだ! 一つ言い忘れてたことがあったの!」

「い、言い忘れてたこと? まだ何かあるのか?」

 

 

すっかり忘れていたとばかりにエリーは手を離しこちらに振り返ってくる。まだ何か残っているのか。もう差し出せる物はないのだが一体何が飛び出してくるのか。戦々恐々とするも

 

 

「エリー」

 

 

エリーのそんな言葉によって遮られてしまった。

 

 

「え?」

「リーシャじゃなくてエリーって呼んでほしいの。アキってば何度言ってもずっとエリーって呼んでくるんだもん。ダメ?」

 

 

若干不機嫌、仕方ないとばかりに拗ねながらエリーはそう提案してくる。お願いというよりは妥協案。そういえばいつもなら呼び間違えたら怒っていたのにそれがなかった。エリーですらもう無理だと感じ取ったのだろう。

 

 

「ダメってことは……まあ、その方が俺も助かるからいいけど」

 

 

こっちとしては願ったり叶ったりなので断るなんてあり得ない。残念ながら自分にとってエリーはエリーでしかない。ただふと思い出すのは半年以上前。エリーの記憶が戻った瞬間のこと。その時も同じやり取りをした気がする。ただ違うのは

 

 

「うん、だから今日からアキの前ではあたしはエリーです! ヨロシク!」

「ああ、俺はアキだ。宜しくな、エリー」

 

 

あの時とは何もかもが逆だということ。自分はエリーのことを知っているがエリーは自分のことは知らない。未来と過去が繋がっていることを実感しながらいつかと同じように満面の笑みを見せるエリーに向かって自分もまた改めて挨拶を交わす。それがこの時代にやってきてから、自分が本当の意味でこの世界で誰かと触れ合えた瞬間だった――――

 

 

 

 

 

「そういえば気になってたんだが、さっき言ってた最終手段って何だったんだ?」

「え? 簡単だよ。クレアさんにここに怪しいアキがいますって手紙出しちゃうつもりだったの!」

「…………確かにそれは最終手段だな」

 

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