ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート) 作:闘牙王
「あー楽しかった! 良かったねアキ、村のみんなと仲直りできて! ちゃんとあたしが渡したそれ、役に立ったでしょ?」
「ああ……おかげで逃げ出されなくて済んだし、助かったよ……」
「うん! 村のみんなにもアキを紹介できたし、後は色々用意しなきゃいけない物が……ん? どうしたのアキ? もしかして疲れちゃったの?」
「まあな……いつものことだし、気にしないでくれ」
ぐもーんとうなだれながらそう返事するのが精一杯。どっからどうみても今の自分は疲労困憊。その原因であるリーシャ、もといエリーさんは頭の上に?マークを浮かべたまま首を傾げている。今更だが一体この娘の元気はどこから出てくるのか。
『ふむ、どうやら若返った分今のエリーの方が体力が有り余っているようじゃの。いや、年老いた分お主の体力が落ちておるだけかの?』
『人をさらっと老人扱いするんじゃねえよ……あんだけお祭り騒ぎすれば疲れて当たり前だろうが』
自分を疲労させるという意味ではエリーに引けを取らない我が魔石、マザー。ぐったりしている自分の姿がよほどお気に召したのか上機嫌になってしまっている。本当ならもっと食ってかかっていくところだがそんな余力も残っていない。何故なら
(まさか村総出でのお迎えになるなんて……いくらなんでもやりすぎだっつーの!?)
今自分はようやく村総出の歓迎会から解放されたところ。事の起こり今から遡ること数時間前。エリーの提案(脅迫)によって一緒に暮らすことを承諾したもののすぐはいそうですというわけにはいかない。村人たちから見れば自分はエリーを誑かした男であり、同時に村を混乱させた前科を持つ不審者。いくらプロトレイヴという名の消臭石があるとしてもそれがチャラになるわけではない。なので自分は迅速かつ穏便に事態を解決すべく動くことにした。それはエリー村の村長とエリーの近所に住むおばさんに事情を説明すること。エリーから必死に集めた情報によればその二人が両親を失ってからのエリーの後見人、保護者であることが判明。ならその二人に事情を説明し、説得することが最善手。もっとも記憶喪失(設定)の怪しい男を村に住まわせてほしいというお願い自体難易度MAXなのだがそれはもうあきらめるしかない。難易度云々は今更でしかない。絶望を迎えることが確定しているのに比べれば。その気概が通じたのかは分からないが、説得は思ったよりも順調に進んだ。やはり消臭石の効果だったのか、それとも事前のエリーの我が儘っぷりが効いていたのか。恐らくは後者なのだろうが、厳しい目を向けられながらも何とか滞在の許可が出るかに思えた瞬間
『お待たせアキ! 挨拶して回るのも大変だからみんな呼んできたよ!』
知らぬ間に説得の場から姿を消していたエリーがお待たせとばかりにドアを開けながら登場。その後ろには人だかりになっている村人たち。エリーが村に連れ込もうとしている怪しい男、先日村に現れた不審者を一目見ようと村人全てが集結。穏便に事を済ませようとしていた自分の企みは全てご破算。そのまま村はちょっとしたお祭り状態。好奇の目、質問攻めに遭う羽目に。それを絶賛満喫しながら自分を連れ回すエリー。唯一救いがあったとすれば、エリーに振り回され息も絶え絶えになっている自分の姿によって村人たちが全てを察してくれたこと。懐疑の目はいつの間にか憐れみに変わり、終いには頑張れよと励まされる始末。一応おばさんからは羽目を外しすぎないように釘を刺されたが、あれは間違いなくエリーに対してのもの。当のエリーは全く気づいておらず、最後には踊り始めてしまう。何故か途中からは自分を巻き込んで。あれが一番恥ずかしかった。
『しかし傑作だったな。明日からは踊りを修行に加える必要があるかもしれんの、我が主様?』
『うるせえよ……もう二度と御免だっつーの……』
『? どうして? お兄ちゃんもお姉ちゃんもあんなにたのしそうだったのに』
純粋なラストフィジックスにはそう見えたらしいが楽しかったのは間違いなくエリーだけ。ただでさえ踊りなんて踊ったことがない自分の下手さ具合に加えて相手は舞姫とまで言われている踊り子リーシャ・バレンタイン。観客から見たらお見せできない惨状だったに違いない。本気でワープロードでの脱出を考えたほど。
『ふん……まあそれはいいとして、結果的には上手くまとまってしまったか……つまらん』
『っ!? 何言ってやがる!? 人がどれだけ苦労してると』
『エリーに右往左往されているお主を見るのも悪くはないが、村人によって右往左往する姿をもっと見れると思っておったからの。期待外れじゃの』
『お、お前な……』
『だいじょうぶだよ、お兄ちゃん! なにがあってもわたしがお兄ちゃんにはゆびいっぽんふれさせないんだから!』
相変わらず主人を主人だと欠片も思っていない母なる魔石。そして今ここにはいない恋愛脳の魔石。まともなのはラストフィジックスだけなのだが、何だろう。どこか背筋が寒くなるのは気のせいだと思いたい。そんな脳内、もとい魔石内会議を行っている間に
「いらっしゃい! ここがあたしの家だよ!」
いつの間にかエリーの家に到着してしまっていたらしい。とりあえずマザーたちに静かにするよう言いつける。言っても聞きはしないが言わないよりはマシ。気をつけてはいるがあまり石とばかり会話していると独り言をつぶやいているように見えるらしい。それはともかく
「そうか……じゃあ、お、お邪魔します……」
「うん、入って入って! あ、ちょっと散らかってるけど気にしないで! 後で片付けるから!」
あれだけ歓迎会ではしゃいでもう日も暮れて夜中になっているのにこのテンション。まるでプレゼントがあるから見て見てとはしゃぐ子供のように早く早くとエリーが背中を押してくる。シチュエーション的には女の子が男を家に上げようとしているはずなのだが全く遠慮も何もあった物ではない。もっともエリーなのだから当たり前といえば当たり前なのだが。
(ここがエリーの……リーシャの家か……)
気を取り直して家の中にお邪魔する。初めて見るこの時代のエリーの家。ちょっとどころではない散らかりっぷりが目につくがそれはあえてスルー。五十年前であることもあって、現代のエリーの部屋とは違う物も多いがそのあちこちにエリーらしさが見て取れる。よく分からない、恐らくは虫っぽい小物からたくさんのぬいぐるみ。ただ違うのはテーブルに三つ椅子が置かれていること。今はもう亡くなってしまっている両親の物。一人暮らしには大きすぎる家。ラーバリアでエリー自身が言っていたことを思い出す。まだ十四歳の少女がこの家で一人きりで過ごす。その意味。それに思いを馳せるも
「えっと、この辺に確か紅茶があったはず……ってきゃあっ!?」
「……」
そんなことなんてお構いなしに台所で絶賛悪戦苦闘中のエリーさん。どうやらお茶を出してくれようとしているらしいが興奮が収まっていないのかそれとも単に部屋が散らかってしまっているためか。何かが割れる音と共に悲鳴が木霊している。珍しくシリアスになりかけたものの台無しだった。エリーにも言われたことがあるがそういうのは自分には合ってないのかもしれない。
「大丈夫か、エリー……? 別に気を遣わなくても」
「だ、大丈夫大丈夫! あたしっていっつもこうなんだー。そそっかしいっておばさんにもよく叱られちゃって」
「だろうな……おばさんの気持ちが分かるよ」
「もう、アキまでそんなこと言って! そういえばアキってばいつもあたしのこと子供扱いしてるでしょ? あたしだってちゃんとしたレディなんだから!」
「レディは自分でレディなんて言わないけどな」
「むー」
嵐が去ったように一段落しながらティータイムとなるも、エリーは拗ねてしまったのか頬を膨らませてしまっている。淑女さは欠片も見られない。今のエリーが自分を全く男扱いしていないのと同じぐらい、今のエリーをレディ扱いすることはあり得ない。そもそもレディ扱いしたところで気持ちが悪いと言われるのが目に見えている。それに呼応してレディという言葉に反応したのか頭に雑音が響くも無視する。ある意味エリー以上にレディとは程遠い存在。それは放っておくとして一つ気になることがあった。
「そういえばエリーはその、ペットだったりは飼ってないのか?」
「ペット? あたしは飼ってないよ? 飼いたいなーって思ってはいるけど」
「そうか……ちなみにどんなペットを飼いたいんだ?」
「もちろん虫っぽいやつ! かっこいいもんねー」
「だろうな……」
目を輝かせながら予想通りの答えを聞かせてくれるエリー。あれだろうか、そのために秘密の遊び場で虫っぽい物を探しているのだろうか。だがそれよりも重要なのは
(やっぱりプルーはここにはいないのか……ってことはこれからエリーが見つけるってことになるのか?)
レイヴの使いでもあるプルー。五十年前のこの時代からエリーと共にいた虫っぽい犬。プルーがここにいるのではと気にはしていたもののどうやらまだいないらしい。場合によっては面倒なことになりかねないと思っていたので安堵した所もあるが、なら今はどこにいるのだろうか。現代においてはレイヴを探すために必要不可欠な役割を持つ存在であり、間違いなくマザーたちとは相性が最悪な存在。遠からず出会うことになるのだろうが今から胃が痛くなる。
「そーいえば今日はずっと動き回ってて汗かいちゃった。お風呂入っちゃお。あ、アキはどうする? 先に入る?」
「いや、俺は後でいいから先に入ってくれ」
ようやく自分の動きっぱなしっぷりに気づいたのか、エリーはそんな風にお風呂を勧めてくれるが譲ることにする。本当は入浴しなくてもDBを使えば清潔を保つことができるのだが流石に言うわけにもいかない。さっきの続きではないが一応レディファーストといったところ。何よりも気になって仕方がないことがある。エリーが入浴中にさっさと終わらせてしまおう。
「うん、分かったじゃあ先に入っちゃうね…………あ、アキ先に言っておくけど」
「言われなくても覗いたりしねえから安心して入ってこい」
「っ!? いーだ!」
先手を打たれてしまったのが予想外だったのか、右往左往する自分が見れなかったのが面白くなかったのか。とてもレディがしていい物ではない表情で不満を見せながらエリーはさっさとお風呂場に消えていく。これがエリー出会う二年前であったなら顔を真っ赤にし狼狽えるところだが今の自分は違う。数多くの修羅場という名の理不尽を乗り越えてきた自分にとってはこの程度何の問題にもならない。
「さてと……やるか」
身につけていたDBを外し、一度背伸びをした後、動き出す。目に映るのはエリー曰くちょっと散らかっている部屋の惨状。実は家に入ったときから気になって気になって仕方なかったのだがいきなり掃除を始めるわけにもいかずうずうずしていた。エリーはお風呂に入れば三十分は出てこない。片付けをするには十分すぎる時間。善は急げと掃除に取りかかる。この二年で身についた悲しい習性。
(散らかし癖はこの頃からだったってことか……まあこの頃は一人暮らしだったわけだし仕方ないけど……あ、また洗濯物そのままにしてやがる。自分の物ぐらい自分で畳めよな……)
テキパキと食器から洗濯物まで片付けていく。ついでに部屋の間取りや収納も確認。当然だが五十年前。家具や食器なども現代とは大きく異なっている。エリーの服も当然同じ。タンクトップやミニスカなんてあるわけもなく、好きなメーカーであるハートクロイツもこの時代にはまだ存在すらしていない。服はもちろん、下着のサイズも違う。エリーの肉体年齢的には二年以上前なのだから当たり前だがその成長ぶりを目の当たりにした形。もっとも口には出せないが。
そのまま洗濯物を全て畳み終え、収納していく。ついでにエリーの替えの下着と寝間着も準備。お風呂の時には高確率で持って行くのを忘れるので先に浴室にセッティング。後は自分の着替えや荷物をどこに置くべきか。というかDBはここに持ち込んでいいのか。いくら消臭石があるとはいえ限度はある。
『……ふむ。今更だがお主、自分が何をしているか客観的に見えておるか?』
『何訳が分からないこと言ってやがる? 鏡でも見てみたらどうだ? そもそも話しかけるなって言っただろうが』
『いや、もはや何も言うまい……育て方を間違ったかの』
『急に気色悪いこと言ってんじゃねえよ』
お前が言うな、とばかりのマザーの意味不明の突っ込みに辟易するしかない。コイツの口から客観的なんて言葉が出てくるなんて夢にも思わなかった。そして何故か教育ママ気取り。一体何の冗談なのか。存在自体が間違いだと突っ込みたいが頭痛が待っているだけなので自粛する。そして自分の言いつけを守って話したそうにしながらも我慢しているラストフィジックス。やはり天使なのか。黙るように命令するのはマザーだけで良かったかもしれない。
「あ、しまった忘れちゃってた!? どうしよう……てあれ? これって」
「着替えならそこに置いといたぞ」
「え……? あ、ありがと……」
そして聞こえてくる様式美。だがそこで対応を誤る自分ではない。着替えの準備に加え、エリーの裸体を目にすることがないよう背を向けている体勢。これでエリーによるお仕置きもマザーによるお仕置きも受けることはない。正直エリーの裸云々は今更なところもあるがそれはそれ。奇しくもレディファーストを体現しているといっても過言ではない。
「あれ……? 部屋がきれいになってる?」
「ああ、悪いけど片付けさせてもらった。居候するのに何もしないのは申し訳ないし」
「……うん、ありがと」
お風呂上がりのエリーにそう告げる。何だかんだでお世話になる以上、これぐらいの家事はしなくては。これから訪れるであろうヒモ生活に比べれば何てことはない。ここ半年はゲイルさんとの修行で家事もできていなかったのでそのお返し。もっとも今のエリーからすれば返される恩でもないがとりあえずは自分の心境的に。だがエリーはどこか難しい顔をしながら立ち尽くしている。もごもごと何か口にしたいのに口にできない、そんな雰囲気。何かあっただろうか。
「どうしたんだエリー? 何か気になることでもあるのか?」
「え? ううん……ただちょっと気になって。ねえ……アキってもしかしてこういうのに」
「こういう?」
「っ! な、何でもない! じゃあ今度はアキの番! お風呂に早く入ってきて!」
「あ、ああ……」
そのまま強引にお風呂場にまで押し出されてしまう。何かマズいことをしてしまったのか。言われるがまま入浴し考えるもこれといって思い当たる節がない。だがお風呂を出てからもエリーの様子はどこかおかしい。奇行という意味でのおかしさでいえばいつも通りなのだが何よりもさっきまでのお転婆、もとい天真爛漫っぷりがなりを潜めてしまっている。今更人見知りをするような娘ではないことは自分が誰よりも分かっている。お風呂に入ったことで疲れが出てしまったのか。それとなく尋ねても曖昧な返事が返ってくるだけ。
「ハアッ……とにかく今日はもう疲れたし、そろそろ寝ようかな……」
「そ、そうだね。あたしも眠くなってきたし、じゃあ寝ちゃおっか!」
うんうんと何故か肯定してくれるエリー。もしかしたら眠気で大人しくなっていたのかもしれない。遊ぶだけ遊んですぐに寝るなんて子供みたいだなと思いながら口には出さずそのまま立ち上がり、エリーの後についていく。色々考えなければいけないことが山積みだが、とりあえず考えるのは明日にしよう。そのままふらふらと寝室へ。
「あー……疲れた……」
そのままエリーよりも早くベッドにダイヴ。みっともないことこの上ないが許してくれるだろう。ある意味毎日の修行以上に精神的には疲労したのだから。だがいつまで経ってもエリーは来ない。一体何故。不思議に思いながら振り返ったそこには。
何故か目をぱちくりさせながら自分を見つめている困惑し切った金髪の少女の姿があった。
「えっと……アキ、あたしこれから寝るんだけど……」
「え? ああ、それがどうかしたのか?」
「どうかしたじゃなくて……どうしてアキ、そんなところにいるの? もしかして、一緒に寝る気なの?」
「? 何当たり前のこと言って……」
瞬間、時間が止まる。絶対凍結さながらの思考停止。そして活動再開。刹那にも近い思考。そこでようやく至る、自身のあまりにも常軌から逸した行動の意味。
(な、何やってんだ俺―――――!? これじゃどっからどう見てもヤバい奴じゃねえか―――――!?)
まるで夢から覚めた気分。同時に今までの自分がいかにおかしい環境でエリーと生活していたかを思い知らされる。げに恐ろしきは人間の慣れ。どんなに異常なことであってもそれが毎日続けば日常となってしまう。その証拠に今の今まで自分がどれだけ異常な行動をしていたか気づけなかった。初めて女の子の家に転がり込んで下着を含めた洗濯物を畳んで、それをお風呂場に準備し、とどめとばかりに同衾しようとしている。どっからどう見てもヘンタイだった。そのまま家から放り出されてもおかしくない所行。
「わ、悪い……!? ちょっと混乱してて、俺は床で寝るから!?」
「……ううん、いいよ。一緒に寝よ、アキ? だってそれがアキにとって当たり前なんでしょ?」
にも関わらず、エリーはそのままあろうことか出て行こうとする自分を掴みベッドに入ってくる。その顔はニコニコ笑っているが目は全く笑っていない。何度か見たことがある、エリーの逆鱗に触れてしまった証。その理由は分からないがこうなったらエリーはテコでも動かない。例え自分が床に寝たとしても一緒に寝ようとするだろう。いつかのエリーの言葉を思い出す。あれはそう
『あ、ひどいアキ! 先に言いだしたのはアキでしょ? あたしだって最初はびっくりしたんだから!』
エリーが普通に自分と一緒に寝ようとした時のやり取り。自分が先に言い出したのか、エリーが先に言い出したのか。答えの出ない命題。分かるのは、どうやっても自分はこの状況からは抜け出せないということだけ。
「お……お休み、エリー」
「お休み、アキ」
冷や汗を滝のように流しながらのお休み。対してどこか拗ねながらのお休みで返してくるエリー。言葉を出さないまま呆れきっているマザーとエリーと一緒に寝れることに喜んでいるラストフィジックス。
(どうしてこうなった…………?)
先の見えない、前途多難さで頭を痛めながらもアキはそのまま泥のように眠りに落ちるのだった――――