ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第六十話 「現実」

「ごちそうさま……」

「ご、ごちそうさまでした……」

 

 

エリーと一緒に手を合わせる。この時代に来てから初めて一緒の朝食。もちろん作ったのは自分。一応居候させてもらう身分なのだから当たり前と言えば当たり前。その内容もそれなりに自信作。現代とは食材も調理方法も違う物の、それでもエリーが好きな物は分かっている。その証拠にエリーは残さず全て食べてくれている。にもかかわらず何故かこっちは居心地の悪さ、気まずさを感じざるを得ない。それは

 

 

「…………」

 

 

エリーの様子がおかしい。もう見るからにおかしい。行動がおかしいのはいつものことだがそういうレベルではない。不機嫌そのもの。朝が弱いから云々では済まないレベル。二年以上に付き合いになるが、ここまでひどいのは初めて見る。具体的には目が怖い。完全に目が据わってしまっている。光属性から闇属性にチェンジしてしまったのではないかと思うほど。

 

 

(な、なんでこんなに怒ってるんだ……? や、やっぱり昨日やり過ぎちまったのが原因か……?)

 

 

全く味を感じないミルクを口にしながら冷や汗を流すしかない。思い当たる節は昨日のこと。ついいつもの癖で家事を行い、就寝しようとしてしまったこと。今更ながら思い返してみると異常でしかない。完全に変質者のそれ。

 

 

『ふむ、どうやら正気に戻ったらしいな。全く、自分がいかに常識から外れていたか思い出せたようじゃの』

『ナチュラルに人の心を読んでんじゃねえよ……それとお前だけには言われたくねえ』

『照れるでない、褒めておるのだ。今まで振り回されるだけであったお主がエリーを振り回しておるほど成長したのだとな。もっとも今回はエリーの自業自得といったところだがの。考えようによってはそうじゃの……お主はエリーによってエリー好みに育てられたとも言えるか』

『なんだ……? その理論で行くと結局は俺はエリーのせいでエリーに怒られてるって事になるのか?』

 

 

マザーの戯れ言が事実だとするなら理不尽この上ない。同時に思い出すのはクレアの手紙の件。それもまた自分があずかり知らない間に自分を振り回してくれた。未来から過去に向けての嫌がらせとしか思えない物。あと何回自分はそれに振り回されることになるのか。

 

 

「えっと……ミルクのおかわりいるか?」

「…………いる」

 

 

気まずさからとりあえずそうエリーに声をかける。しばらくどこか恨めしそうに自分を見つめながらも結局エリーはおかわりを所望。慣れた手つきで渡すとお風呂上がりかと思えるような勢いで喉に流し込んでいる。とてもレディとは思えないはしたなさ。口にはとても出せないが何だか駄々をこねている子供を相手にしているような感覚。今のエリーは十四歳なので子供といえば子供なのだがいかんせん精神年齢はそれ以下だと言わざるを得ない。

 

 

『なるほど、主は主でも主夫の方がお主には向いておるかもしれぬな。年端もいかぬ少女をこんな方法で手籠めにするとは……やはりお主はクズじゃの』

『人聞きが悪いこと言ってんじゃねえよ……それを言うならお前は五十を超えたババアじゃねえか……』って痛たたたた!?」

『口には気をつけることじゃな。バルドルには対抗できるようになったようじゃが我にはまだまだ及ばぬぞ?』

 

 

ついうっかり口が滑り久しぶりの頭痛によって悶絶。それに懐かしさを僅かにでも感じてしまう自分は色々末期なのかもしれない。バルドルには対抗できたものの、まだマザーには及ばない。いつかコイツに頭痛をかましてやることが密かな自分の目標なのだが叶う日は果たしてやってくるのか。

 

 

「っ!? だ、大丈夫アキ!? また頭がおかしくなったの……!?」

「い、いやいつものことだから気にしないでくれ……あと、もう少し言い方を……」

「そっか、よかったー……あっ、ふ、ふーんだ!」

 

 

自分の頭痛を心配しエリーが慌てて駆け寄ってくるも、自分が不機嫌モードだったことを思い出し再びそっぽを向いてしまう。無理しているのが見え見え。やはり致命的にエリーには怒りっぱなしは向いていないらしい。それはそれとしてもう少し言い方をどうにかして欲しい。頭痛に関係なく自分が頭がおかしいと思われかねない。色々言いたいことはあるがこのメンバーの中では常識人……のはず。

 

 

「さてと……そういえば今日はエリーはどうするんだ? また秘密の遊び場で遊ぶ気なのか?」

 

 

とりあえず朝食を片付けて一段落。洗濯物の取り扱いについてはこれから詰めるとして、本日の予定を確認する。この時代のエリーがどんな生活サイクルなのかはまだ把握していない。やはりあの遊び場で虫っぽい物を探すのが日課なのだろうか。それはそれでどうなのかと思うが日中からギャンブルに行くと言われるよりはマシかもしれない。そんなことを考えていると

 

 

「……寝る」

 

 

そんな、全く予想だにしていなかった答えが返ってきた。

 

 

「え?」

「だから寝るの! 寝るったら寝るって決めたんだから!」

 

 

そのまま駄々をこねる子供のようにベッドに飛び込み布団に包まるエリーさん。ぴょこっと顔だけ出してこちらを恨めしそうに見つめている姿は亀そのもの。まるで学校をズル休みしようとする小学生さながらの勢い。

 

 

「寝るって……まだ朝だぞ? いくらなんでも」

「今日はお昼から踊りの練習だからそれまでは寝ててもいいの! 今日はそうするって決めたんだから!」

「そ、そうか……」

 

 

テコでも動かない意思表明するエリーにかける言葉はない。もしかしたら昨日はしゃぎすぎたせいで寝不足なのかもしれない。寝不足なんて物とは無縁だと思っていたがやはり昨日のテンションは流石のエリーでも疲れてしまったのだろう。ここでじゃあ自分も、と言えるほど今の自分には勇気はない。

 

 

「なら俺は……そうだな、ちょっと用事があるから出かけてくる」

「ふーん……どこに行くか聞いても教えてくれないんでしょ?」

「そ、それは……」

 

 

ならばとばかりにそのまま出かけようとするもエリーの鋭い突っ込みによって口ごもるしかない。そこであたしも一緒に行くと言わないのは眠いのもあるだろうが、きっと自分が教えてくれないだろうとエリーも悟っているからに違いない。一時期は自分がどこで何をしているか探っていたがどうやらあきらめたらしい。もっとも興味は津々でありどこか恨めしさを漂わせているがこればっかりは仕方がない。一緒にワープロードで魔王城に連れて行くわけにも行かない。マザーに言わせれば早いか遅いかの違いでしかないのかもしれないが、それならできるだけ遅い方がいい。色んな意味で。

 

 

「いいもんいいもん。ならちゃんと夕方には帰ってくること。前みたいに何日もいなくなったらほんとに怒っちゃうんだから! クレアさんに言いつけちゃうよ?」

 

 

いじけながらもエリーはそう妥協案を提案してくる。どうやら自分がまたふらっといなくなってしまうかもしれないと思っているらしい。自分としてはそんな気はもう毛頭ない、というかあきらめたのだが言ったところで仕方ない。そして何故か出てくるクレアの名前。あれだろうか、学校で先生に言いつけるみたいな意味合いなのか。だとすれば自分にとっては効果覿面だと言わざるを得ない。

 

 

「分かった分かった……夕方には戻ってくる」

 

 

クレアという名前を耳にしたことで若干の胃痛を感じながらとりあえず出発する。心情的にはエリーと遊び呆けてもいいのだがなんにせよ状況がそれを許してはくれない。悲しいことに今の自分は刻一刻と絶望が迫っているのだから。知らず背中に冷気を感じかけた時

 

 

「…………いってらっしゃい、アキ」

 

 

どこかエリーらしからぬか細い声が聞こえてくる。振り返ると布団の包まったエリーはそっぽを向いてしまっている。違うのは怒っているからではなく、気恥ずかしさから。ヘタレだのクズだの言われる察しの悪さの自分にもすぐに分かった。

 

 

「いってきます、エリー。あんまり寝過ぎて遅刻しないようにな」

 

 

自分にとってはいつも通り、リーシャにとってはきっと何年ぶりになるであろう言葉を口にしながらいざ出陣することとなったのだった――――

 

 

 

 

『っ!? アキ!? アキじゃない!? やっと帰ってきたの、もうずっと待ちわびてたんだから♪ 流石は魔石殺しね、焦らすのもお手の物って痛い痛い痛い!? いきなり出会い頭のこれはレベルがって痛たたたたたっ!?』

「やっぱお前には効くみたいだな」

 

 

魔王城に到着するなり小バエのごとく纏わり付いてくるバルドルに気つけ代わりに頭痛をお見舞いする。瞬間まるで殺虫剤を食らった虫のようにバルドルは地面を転がり回っている。一体こいつは何なのか。以前も思ったがこれに纏わり付かれていたらしいジェロにはその一点においてのみ共感するしかない。

 

 

『もう……久しぶりだからって歓迎が手荒すぎるわよ、アキ!? まあそこが貴方らしいって言えば貴方らしいけど。それでどうだった? やっぱり愛だった? ここにまで届くぐらい愛の波動を感じ、あ、や、止めて!? 大人しくするからそのレイヴもどきを近づけないで!?』

「いい加減大人しくしろっつーの。用事があるから戻ってきただけだ。それよりもちゃんと言いつけた仕事やってんだろーな?」

『っ!? あ、当たり前じゃない! このあたしを誰だと思ってるの? そんなことぐらい朝飯前よ! でもどうしてもっていうんなら手伝ってくれても構わないわよ?』

『相変わらず極まっておるの……扱いに関しては我が主ながら流石と褒めるしかないが』

 

 

頭痛に続いて消臭石によってダメージを受けながらも、周回遅れの気持ち悪いツンデレっぷりを披露する自称調停者様。滅多に褒めることのないマザーの反応からして自分のバルドルの扱いは間違っていないらしい。そして予想通り進んでいない修繕作業。長引けば長引く分こっちの負担も減るので遅れる分には全く構わないのだが言わぬが華だろう。

 

 

「ったくどいつもこいつも……ちょっとはラストフィジックスを見習えっつーの。なあ、ラストフィジックス?」

 

 

比較するのも失礼だが、まともなシンクレアはラストフィジックスしかいない。というか今の自分にとっては唯一の癒やしと言っても過言ではない。だがいつまで経っても返事が返ってこない。

 

 

「……? どうした、ラストフィジックス? どこか調子が悪いのか?」

『…………』

 

 

いつもと違う様子に慌てて声をかけるもラストフィジックスはうんともすんとも言わない。一体何が。体調不良を引き起こしかねない消臭石はバルドルに預けている。そもそもシンクレアが壊れるなんてあり得ない。なら何故。

 

 

『ふむ……なるほど、そうじゃったな。忘れておらぬか、アキ。お主、昨日我らに命令を出したであろう? ラストフィジックスはそれを遵守しておるだけよ』

「命令……? 俺がいつそんなこと……あ」

 

 

そこまで言われてようやく思い出す。自分が昨日何を口にしたのか。

 

 

「わ、悪い……!? もう喋ってもいいぞ、ラストフィジックス! あの命令はもう終わりだ終わり!?」

『……ほんと? もうわたししゃべってもいいの、お兄ちゃん?』

「あ、ああ……悪かったな……そんなつもりじゃなかったんだが、そもそもあれはマザーがうるさかったからで」

『? なんでお兄ちゃんがあやまるの?』

 

 

自分に話しかけないように。それが昨日DBたちに伝えたことだったのだがラストフィジックスは律儀にそれを今の今まで厳守していたらしい。そういえば声が聞こえないと思ってはいたがそんなことになっているとは。本当なら怒っていて当たり前なのだがラストフィジックスはいつも通り。どころかなんで自分が謝罪しているのかすら分かっていない。純粋であるが故の齟齬。ある意味主人の命令を忠実に守るシンクレアの鑑のような在り方。

 

 

『全く……今の今までそんなことにも気づけぬとは。ダークブリングマスター失格だの』

「てめえにだけは言われたくないっつーの……」

 

 

やれやれとばかりにマウントを取りに来るマザーに辟易するしかない。自分もさっきまで気づいていなかったことを棚に上げる図太さ。主を主と見なしていない言動。ラストフィジックスの爪の垢を煎じて飲ませてやりたい。

 

 

「ったく……いつまでもこんなことしてる暇はないんだっつーの。おい、バルドル。アナスタシスとヴァンパイアは今どこにいるんだ?」

 

 

大きなため息と共に深呼吸しながら一気にそうバルドルに尋ねる。ここはもう勢いで行くしかない。そのために自分はここに来たのだから。

 

 

『え? 二人なら地下にいると思うけど……え? もしかしてそれって!?』

『ほう……とうとう覚悟を決めたか。お主のヘタレ具合を考えるにもう少し時間がかかると思っておったが……』

『お兄ちゃん……えっと、その……がんばって!』

 

 

自分の発言によってシンクレアたちは三者三様の反応を見せるがあいにくそれをいちいち相手にするほど今の自分に余裕はない。

 

 

(とうとうこの時が来ちまったんだな……夢ならどれだけ良かったか……)

 

 

ヴァンパイアとアナスタシスの説得。

 

それが今、満を持して自らが行おうとしているミッション。半年以上前から確定されていた、自らの目的と世界を救うためには避けて通れない試練。エンドレスと、ジェロと戦うためには全てのシンクレアを一つにするのは最低条件。それを満たすためには残る二つのシンクレアを己が物としなくてはいけない。それはすなわち二つのシンクレアを口説き落とすことと同義。石を口説き落とす、という自分でも何をしようとしているのか分からない状況。これまで自分が避けてきた命題。世界を救うために。世界の命運がこれにかかっているというどうしようもない現実。もう訳が分からない。

 

 

(でもやるしかねえ……!! 落ち着け俺……!? 今までどれだけの修羅場を乗り越えてきたんだ……!! 俺ならできる……!!)

 

 

そう自分を鼓舞しながら暗示をかける。そう、今までの旅を思い出せばなんてことはない。何度死にかけたか分からない。それに比べたら石を口説くこと何て何でもない。自分にはDBに愛される特技がある。それを駆使すればこんなことできて当たり前。ちょっと人間捨てるだけ。あ、何か考えてたら何とかなる気がしてきた。後ろの方でクズだの五股だの好き勝手に盛り上がってる駄石の声が聞こえる気がするが全然気にならない。

 

 

今まで何とか守り続けてきた人間の尊厳を放り投げて、今まさに世界の命運をかけた戦場へ、いざ――――!!

 

 

 

 

(空って青いんだなー……知らなかった……)

 

 

ただ視界いっぱいに広がる晴天の空に圧倒される。いつも目にしているはずなのに、何故そんなことに気づかなかったのか。きっと自分の心に余裕がなかったのだろう。空だけではない。草木も、海も。その全てが新しく見える。ここはシンフォニアの海岸線。疲れたときにここで一人、景色に思いを馳せるのが自分のささやかな楽しみだった。今日は特にそれが嬉しい。もう何も怖くない。

 

 

『ねえ……あれ大丈夫なのマザー……? アキ、元々おかしいとは思ってたんだけどとうとう極まっちゃったんじゃない……?』

『放っておいてやれ。いつもの発作じゃ。その内戻ってくるじゃろう』

『だいじょうぶかな……お兄ちゃん』

 

 

何だろう。どうして自分だけしか知らないはずのこの場所に誰かがいるのか。できるだけ何も考えないようにしていたのに、どうやら夢想の時間は終わってしまったらしい。せめて半日ぐらい放っておいて欲しかったのに今の自分はそれすら許されないらしい。

 

地獄だった。もしこの世に地獄という物があるのだとすればあれこそが自分にとっての地獄だった。

 

意気揚々という名のヤケクソ気味に自分は二つのシンクレアがいる地下へ。しかしまず誤算だったのはヴァンパイア。元から自分と会う気すらなかったのか、引力支配の力で近づくことができず。無理矢理近づく手も考えはしたが結局断念。残るはアナスタシス。そしてその時点では自分にはちょっとだけ希望があった。短い付き合いではあるが、アナスタシスは常識的な性格をしていた。間違ってもどっかの誰かさんたちのような欠陥品ではない。誠意を持って接すれば。だが自分はここで気づくべきだった。

 

石を口説く、ということがどういうことか。

 

とりあえずアナスタシスに会うことはできた。だがそれだけ。こちらから挨拶してもアナスタシスは一言も発することはない。無音のまま。だがそのぐらいは想定内。ここであきらめるぐらいなら最初からここには来ていない。そこからはあきらめずこちらから話しかけ続ける。今日の天気の話からDBの話。前の担い手で有るハードナーの話題に加えてアナスタシス自身のこと。何が好きどんな趣味があるのか等々。しかし続く無限の無言。流れる無の時間。

 

それはただの地獄だった。物言わぬ石に向かって都合三時間以上話し続ける。此を超える地獄がどこにあるのか。自らの正気を疑い始める。そう、なんで自分は一人で必死に石に話しかけているのか。そもそも石が喋るはずがない。どこで自分は狂ってしまったのか。拷問にも近い刹那。結局それに耐えることができずめでたく自分は現世という名の現実に戻ってくる羽目になったのだった――――

 

 

『大方こっぴどく振られて傷心中と言ったところかの。全く情けない。ヘタレだと思っておったがここまでとはの』

「…………なあ、お前、本当にシンクレアなんだよな?」

『何を言っておる? 本当に頭がおかしくなったのか?』

「いや…………そうか、本当にそうならどれだけ良かったかなって……」

『大丈夫アキ? 何ならあたしから頼んでアナスタシスに頭治してもらう?』

『げ、げんきだしてお兄ちゃん! アナスタシスもヴァンパイアもほんとうはお兄ちゃんとなかよくしたいんだから! あたしたちもお兄ちゃんのことだいすきだから、ね?』

 

 

そして自分の周りにいる喋る石たち。一体何が現実なのか。じゃああっきまで自分が必死に話しかけていた石は何だったのか。いっそのこと全部夢だったらよかったのに。そう現実逃避することすら自分には許されない。

 

 

「はぁ……もうどうでもいいわ……それで? 何で俺の秘密の隠れ家にお前たちがいるわけ?」

『ふむ、とてつもなく雑になかったことにしよったな。まあよい。以前からお主がちょくちょくいなくなるのが気になったからの。バルドルの奴にお主をマーキングさせておったのよ』

「ほう……勝手にマーキングを、ね」

『……………てへっ♪』

 

 

全く悪びれることのない媚びを売るバルドルに秒でお仕置きをしながらさっさと準備をする。いちいちこいつらの言動に振り回されていては切りがない。

 

 

「とりあえずちょっとは静かにしろっつーの。魚が逃げちまうだろーが」

 

 

ラストフィジックス以外聞く耳を持たない命令をしながら用意していた釣り竿に餌をつけ、海へと放り込む。この秘密の場所で釣りを楽しむことが今の自分のちょっとしたブーム。もっとも半分以上はシンクレアたちの喧しさから逃れるためだったのだがもはやそれはあきらめるしかない。

 

 

『釣りか……理解できんな。そんなまどろっこしいことをせずともゼロ・ストリームかアマデトワールを使えば手っ取り早いではないか』

『そうそう、マザーの言う通りよ! それにさっき魚が逃げるって言ってたけどあたしたちの声は魚には聞こえないんだから逃げたとしたら貴方の責』

『あ、バルドルがきえちゃった? どこいったんだろう?』

 

 

こっちの風情を台無しにする身も蓋もない効率厨発言。大分人間らしくなってきた気がするがやはりそういった面はまだ理解できないらしい。ついでにマーキングをしてくれたお返しにバルドルを強制転移させる。以前はマザー専用のお仕置きだったが今後はバルドル専用になるのだろう。それはともかく釣りに集中しなくては。エリーの機嫌が直るかは分からないが魚をお土産にするぐらいはしなくては。

 

 

『ちょ、ちょっといきなり何するのよアキ!? いきなり氷の世界になってジェロのところに来ちゃったのかと思って叫んじゃったじゃない!?』

「ちっ……もう戻ってきたのか。別に問題ないだろ。どんだけ寒かろうと暑かろうと感じないんだし」

『そうだけど心は別よ!? 氷付けにされると冷たい気持ちがするの!』

『経験者は語る……かの』

 

 

シンフォニアの北部の氷雪地帯に送り込んだのだがどうやら違う意味でPTSDを発症したらしい。見ればマザーとラストフィジックスも黙り込んでしまっている。色んな意味でジェロはシンクレアにとってはトラウマなのかもしれない。

 

 

『あ、それで思い出したんだけど聞いて聞いて! ジェロったら泳げないのよ? こう海に入ろうとしても海が凍っちゃって入れないの! いつも水着みたいな格好してるのにおかしいったらなかったわ!』

「…………」

 

 

目の前の海と氷雪地帯に送られたことで思い出したのか、バルドルは傑作よねーとばかりに思い出し笑いをしている。ただし笑っているのはバルドルだけ。自分とラストフィジックスは当然としてあのマザーですら絶句してしまっている。

 

 

『お主……それをジェロに直接言ったのか?』

『え? そうだけどそれがどうかしたの?』

『いや……お主、本当に大物じゃの』

『やーねーどうしたの、マザー? 褒めてもDBぐらいしか出せないわよ?』

 

 

心底感服しているマザーの言葉に照れて嬉しがっているシンクレアを統べるシンクレア。会いたくは微塵もないが、もしジェロと会うことがあったらコイツを一番に差し出すことにしよう。そんなことを考えていると

 

 

「お………? やっと来たか!」

 

 

ようやく一匹目の当たりの引き。色々とけちがついてしまったがエリーの分を含めて二匹ぐらいはお土産で持って帰らなければ。散々文句を言っていたくせにいざ魚がかかるとやいやい騒ぎ出すシンクレア×2。

 

 

「うるせえんだよ、黙って見てろっつー……の……?」

 

 

それを振り払うように魚を一気に釣り上げる。かなりの手応え。ほら見たことか、とマザーたちに見せつけてやろうとするも固まってしまう。まるで今度は自分が氷雪地帯に送り込まれたかのように。だがそれは当たり前だった。何故なら自分が釣り上げたのは魚ではなかったのだから。そも海の生き物ですらない。

 

 

自分はそれが何か知っていた。見たことはなくても、一目で分かる生き物。小さな白い体に、ドリルのような尖った鼻。エリー曰く虫っぽい生き物。

 

 

『レイヴの使い』プル―。

 

 

どうしよう……これ……?

 

 

心の底から困惑しながらも、アキはただ現実を受け入れるしかないのだった――――

 

 

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