ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート) 作:闘牙王
(どうしてこうなった……?)
都合何度目になるかわからない心からの疑問。どうしてこんなことになっているのか。だがそんなことは今更でしかない。これまでも理不尽な修羅場、死線は何度か超えてきている。ちょとやそっとの出来事ならいつものことかとさらっと流せるだろう。しかしそうはいかなかった。何故なら
(何でこんなところにプルーがいるんだよ!? っていうかこれって本当にプルーなんだよな……? もしかしたら俺の幻覚ってことも『プーン……』あ、やっぱこれプルーだわ)
プルーだった。どっからどうみてもプルーだった。一瞬過度のストレスによる幻覚かと思ったがやっぱりプルーだった。むしろそうならどれだけよかったか。
(お、落ち着け俺……!? ひとまずこれを……じゃなくてプルーをどうするか……!? 流石にこのままじゃ……いや、このまま海に戻したらダメだろうか……?)
放心状態のまま釣り上げてしまったプルーを凝視する。どうして海にいたのか、何で釣り竿にかかっているのか。疑問は尽きないがきっとそんなことは考えるだけ無駄だろう。そういえば本来の歴史ではハルもプルーを釣り上げてしまっていたはず。まさかその因果が自分に巡ってくるとは。ハルはプルーのことを変な魚だと勘違いし、カトレア姉さんは見事犬だと見抜いていた。だが自分にはそのどちらにも見えない。
(生き物っていうよりナマモノって感じだな……こんな変なナマモノは初めて……でもないか、アイツがいるし……)
瞬間、脳裏に浮かび上がってくる我が家に張り付いていたナカジマという名の謎の生物。変な生き物が溢れているこの世界であってもあれほどの存在はそうはいない。それに比べればプルーは可愛いほうなのかもしれない。そんな風に黄昏かけるも
『っ!? それってまさか……!? やっぱりそうよ、レイヴマスターに付いて回ってた変なヤツじゃない!? ダメよアキ、さっさと捨てないと罰が当たるわよ!?』
「変なのはお互い様だろ……」
まるでゴキブリを見つけてしまったかのようにばっちぃとばかりにバルドルが騒ぎ出す。そのまま一直線に自分の後ろに逃げ出すあたり本当にコイツはブレない。主を盾にするのに一切の躊躇がない、まさに駄石の鏡。喋る石に比べればまだプルーの方が何倍もマシだろう。だが自分の都合の悪いことはなかったことにするバルドルまでもが覚えているということはプルーもこの時代でシバと一緒に活躍していたということなのだろう。
『ふむ……レイヴの使いか。まさかこんな形で接触することになるとは……我も予測できんかったの。やはり全ての元凶であるお主を中心に因果は回っておる、ということか……』
『何一人で勝手に納得してやがる!? ど、どうすんだよこれ!?』
『くくく、さての? 釣り上げたのはお主。お主の好きにすればよかろう?』
水を得た魚のように生き生きしながらマザーは薄気味悪く笑うだけ。久しぶりに自分が右往左往する姿が見れて上機嫌といったところ。バルドルのせいで忘れかけてしまっていたがコイツの性格の悪さも決して劣るものではない。こと自分を困らせることに関してはこれを超えるものは存在しないといってもいい。とにかくマザーたちは当てにはならない。なら残るは一人しかいないのだが
『お、お兄ちゃんきをつけて! あんまりちかづくとあぶないから!』
「え……? 危ないって何が……?」
唯一自分を主人として見てくれているラストフィジックスがいつになく真剣に自分に警告してくる。言葉は違うが意味合い的にはバルドルと同じ内容。てっきりいつまでも釣り上げたままだとプルーが可哀想だとか言いそうだなと思っていたのだが虚を突かれた形。やはりレイヴに所縁がある存在は嫌悪の対象なのかもしれない。しかし危ないとはどういう意味なのか。それを聞くよりも早く
「……プーン!!」
「あ!」
自ら釣り針から脱出し、脱兎のごとくプルーが逃げていく。その姿にやっぱりプルーは犬なんだなと納得するのも束の間。
「ちょ、ちょっと待てって!?」
「っ!? ププ!?」
すぐさまプルーの動きをゼロ・ストリームで捉え拘束する。停止させるだけならアマデトワールのフリーズでもいいのだがあれには時間制限がある。とりあえずはこれで大丈夫。
(危ねえ……!? いきなり逃げられるところだった……いや、もしかして逃がしてもよかったのか……? でもこのまま行かせたらエリーと出会うことがなくなっちまうんじゃ……)
とにもかくにもいきなりすぎて考えがまとまらない。あのまま逃がしてもよかったのではないか。だが歴史通りならエリーはシバと出会う前からプルーと一緒に暮らしていたはず。なら自分がプルーとエリーを引き合わせなくてはならないのでは。いや、そもそも自分がそんなことをしなくても歴史の修正力でどうにでもなるのか。そのまま頭を悩ませるも
『ふむ……エリーの時もそうだったがお主、自分が何をしておるのか客観的に見えておるか?』
「は? 何言ってやがる? そんなことよりもお前もこれからどうするか考え」
『いやなに、やっておることが完全に悪役だと思っての。まあお主の立場からすれば間違ってはおらぬが』
「へ……?」
心底呆れ気味といった風に溜息を吐くマザーの姿に思わず目をぱちくりさせるしかない。強烈なデジャヴを感じる。あれは何だったか。そう、先日エリーに対して自分が無意識に行ってしまった非常識な行動。瞬間ようやく気付く。自分が今、いったい何をしているのか。
(っ!? 待てよ、もしかして俺とんでもないことしちまってるんじゃ……!?)
そう、今の自分はプルー、レイヴ側から見れば完全に悪役。ダークブリングマスターという名の宿敵。プロトレイヴによって軽減はされているがその悪臭(読んで字の如し)も健在。そういえば初めてだから分からなかったがプルーはめちゃくちゃ震えていた。元々震える生物だと思っていたから気に留めなかったがもしかしたら怯えていたのかもしれない。いやそうに違いない。
加えて咄嗟に逃げられまいと動きを止めてしまったこと。いや、正確にはDBを使ってしまったこと。プルーから見れば魔王に力づくで拘束されてしまったようなもの。その恐怖は計り知れない。だが弁明させてもらえるのだとすればそれは自分だけの責任ではない。
(ちくしょう……!? 間違いねえ……マザーの修行のせいで俺の感覚もおかしくなってきちまってるのか!)
それはこの時代にやってきてから行われているマザーによる修行の影響。その一環であるDBの操作の熟練度を上げるために今、自分は四六時中常に六星DBを使用している。マザー曰く手足を動かすのと同様に、息をするようにDBを扱うことができるようにするための修行。だがそれは生半可なことではない。常に戦闘態勢、ダークブリングマスターとしての力を消費するような状態で生活するようなもの。それもあり最初の一週間ほどは昏倒しフラフラになってしまっていたのだがげに恐ろしきは人間の、いや自分の順応力。コツを掴めてきたのもあるがほぼ意識せずとも自然にDBを扱えるようになった。プルーをゼロ・ストリームで拘束したのも自分的には待ってほしいと肩に手を置いたぐらいの咄嗟のに何気ない行動だったのだが結果はこの有様。違う意味で気をつけなければエリーにも同じことをしてしまいかねない。それはさておき
「わ、悪い!? 別に怖がらせるつもりはなかったんだ!? ただちょっと用が……」
「ププーンっ!?」
すぐさま拘束を解除し弁明するもプルーはそのまますぐさま再び逃げ出してしまう。当たり前だ。いきなり見ず知らずの邪悪な気配を振りまく男に見えない力で捕まってしまったのだ。俺でも逃げる。だが逃がすわけにもいかない。逃がしてもいいのかもしれないがもうここまできたら後に引けない。意識を切り替えてDBではなく、己の体を動かしそのまま直接捕獲を試みようとプルーを追いかけようとするも
『あぶないよお兄ちゃん!? あれにちかづいちゃだめ!』
普段からは考えられないような必死な訴えをラストフィジックスが叫んでくる。思わずこっちが今度は固まってしまう。これがマザーかバルドルの言葉だったら無視してもよかったのだがラストフィジックスの進言となれば話は違う。
「そういえばさっきもそんなこと言ってたな? 何で近づいたら危ないんだ……?」
『あ、ご、ごめんなさい……お兄ちゃんはあたしのちからでまもってあげれるけど、レイヴのつかいにやられたらほかのこたちはこわされちゃうかもしれなくって……』
「……? 他の子たちが壊される……? 一体何の」
『ふむ、そういえばそうであったな。王国戦争後は身内ばかりで争っておったせいか我も失念しておった』
『っ! そう、そうなのよ! 気を付けてアキ! 油断するとあなたが持ってる他のDBたちが壊されちゃうわよ!?』
ラストフィジックスの言葉によって思い出したのか、マザーとバルドルも反応する。そこでようやく自分も思い出す。プルーがレイヴの使いとされている理由の一つ。
(そうか……! プルーもDBを破壊する力があるんだった!)
DBの破壊。魔導精霊力とレイヴのみ可能なことだが、レイヴの使いであるプルーもその角(?)を使うことでDBを破壊することができる。すっかりそのことを忘れてしまっていた自分の間抜けさに呆れながらも同時に戦慄する。思わず戦闘態勢になりながら間合いを外してしまう。
(あ、危ねえ……!? 下手に近づいたらDBが破壊されちまうかもしれねえってことか……!?)
冷や汗とともに息を飲みながら自分が所持しているDBを握りこみ後ろ手で隠す。確かプルーでは普通のDBは破壊できるがシンクレアには鼻が立たなかったはず。しかし自分はシンクレア以外にもDBを所持している。六星も破壊できるのかどうかは分からないが試すわけにもいかない。
(ど、どうする……? もしかしたらまだDBを壊す力は持ってないかもしれねえが……リスクが高すぎる。でもこのままずっと鬼ごっこを続けるのも……!?)
とりあえず必死に逃げるプルーを走って追いかけながら解決策を考えるもまとまらない。無理やり捕獲してもいいが何かの弾みにDBを壊されては敵わない。その力が本当にあるのかバルドルで確かめる手も考えたが流石に鬼畜すぎるので却下。プルーの好物である飴で釣る手を思いつくも肝心の飴がない。いくらダークブリングマスターの自分でもいきなり目の前に飴を生み出すことはできない。いろいろな意味で最終手段であるエリーに助力を求める手を取らざるを得ないかとあきらめかけたその時
「ププ!? プーンプーン!?」
突然プルーが空を駆け始める。いや宙に浮いてしまう。そんな能力まであったのかと驚愕しかけるも当のプルーも困惑し混乱してしまっている。一体何が。
『全く、仕方ないわねー。感謝しなさいよ、アキ? ヘタレな貴方に代わってあたしが何とかしてあげたんだから』
「バルドル? お前どうやってこんなこと」
『聞いて驚きなさい? もう忘れちゃってるかもしれないけどあたしは全てのDBの能力を使えるの! これはスカイハイって言う物体浮遊の能力で物を空中で操ることができる能力なの。極めると使用者自身も自由自在に空を飛べるっていう汎用性の高い力ってわけ。アキってば六星の娘たちに囚われすぎてるって常々思ってたのよねー。あんまりお気に入りの娘ばっかり指名してると嫌われるわよ? ちなみにスカイハイと相性がいいDBはゼロ・ストリームなの! この二人を組み合わせると高速での空中飛行が』
「分かった分かった……とりあえず助かったよ」
渾身のドヤ顔を晒しながらバルドルはそのままDB談義を始めてしまう。そういえばすっかり忘れてしまっていたがコイツは滑るシンクレア、ではなくシンクレアを統べるシンクレア。一応全てのDBの頂点。DBの知識に関してはマザーたちですら敵わない。それはともかくひとまずはこれで一安心。ゼロ・ストリームで血液の流れを操って動きを止めるよりは空中浮遊の方がマシだろう。囚われてしまっている意味ではプルーにとっては同じだが。とにかくこのままの状態でエリー村まで連れていき後はエリーに任せるのがベストのはず。だが自分はすっかり忘れてしまっていた。
『さて、じゃあちょっとお灸をすえてあげましょうか!』
バルドルがバルドルであるその意味を。
バルドルが調子に乗ったその瞬間、プルーはまるでラジコンのように空中を回り始めてしまう。その速度もどんどん上がっていく。目が回ってしまったのかそれとも恐怖からか、プルーも悲鳴を上げてしまっている。まるでいじめっ子にいじめられているような有様。
「っ!? バ、バルドル!? お前何してやがる!? 早くやめろっつーの!」
『何言ってるのアキ? これぐらい可愛いもんよ? アキは知らないかもしれないけどこのちっこいののせいであたしたちさんざん煮え湯を飲まされたんだから! このぐらいの意趣返し当然よ?』
『バルドルのいってることはほんとうだよ、お兄ちゃん? そのこのせいでほかのこたちいっぱいこわされちゃったんだから。バルドルがんばってやっつけて!』
『任せてラストフィジックス! でもやっつけるのは蒼天四戦士と同じで難しいかもしれないから期待しないでね!』
『まるで子供の喧嘩じゃの……』
積年の恨み晴らさでおくべきかとばかりにバルドルはスカイハイの能力でプルーに嫌がらせを慣行。例によって調子に乗っている。しかし倒すのは先のクレアとのやり取りで不可能なことは学習したのか、やっているのはプルーの目を回させるというバルドルらしいみみっちさ。意外なのはそれを応援しているラストフィジックス。だが他のDBたちがプルーによって壊されてしまったのだから当然かもしれない。ラストフィジックスからすれば仲間が壊されてしまったのと同義なのだから。そもそもあまり興味がないのか、それともやり取りが子供っぽすぎるからか。マザーは呆れて静観の構え。自分もまあ仕方ないかと思いかけるも
(いやいやいや!? どう考えてもおかしいだろ!? 何で俺まで仕方ないかなんて思っちまってるんだ!?)
すぐさま正気に戻る。再びげに恐ろしきは自分の慣れ、順応性。DBを壊してきた(これから壊すことになる)プルーなら仕方ないかと一瞬でも思ってしまった自分の異常さ。未来のクレアが言っていたようにDBは善でも悪でもないが、この時代のDBたちは間違いなく悪そのもの。今自分が持っているDBたちならまだしも、王国戦争時のDBたちなら壊されて当然。良くも悪くもダークブリングマスターとして自分が高みに至りつつある証拠なのかもしれないがそれでも常識を忘れないようにしなければ。
「お前らもうその辺にしとけっつーの! そもそも今のプルーはまだ何もしてねーだろうが!」
『まだまだ甘いわよアキ!? あたしたちがどれだけ苦労したか知らないからそんなことが言えるのよ? そもそも共犯だった貴方にだって責任がって痛たたたたっ!? ず、頭痛はやめて!?』
「お前が止めたらこっちも止めてやるよ」
一向にプルーいじめを止める気がないバルドルに恒例の頭痛をお見舞いする。誠に遺憾ながら今更ながらマザーの気持ちがわかった気がする。頭痛を与えるお仕置きが癖にならないよう気を引き締めなくては。だがそんな中
「プーン!?」
「え?」
思わずそんな声を上げてしまう。何とはなしに見上げた空にはこっちに向かって落下、疾走してくるプルーの姿。どうやら頭痛によってバルドルがコントロールを失ってしまったらしい。このままでは落下してしまうと何とか受け止めようとするもそれよりも早くプルーはまるで吸い込まれるように
『……え? 嘘でしょ? 何でこっちに来るの!? アキ何とかして!? っていうか頭痛を止めてくれないとコントロールがってきゃあああっ?!?!』
因果応報。バルドルはそのままプルーの突撃をもろに受けて絶叫する。辺りに木霊する間抜けな悲鳴。あまりにも見事な
『た、助けてアキ!? あたしどこか壊れてない!? おかしくなってない!?』
「……とりあえず物理的には大丈夫そうだな、物理的には」
『だいじょうぶバルドル!? ごめんね、あたしのちからはお兄ちゃんにしかこうかがなくて……』
『ふむ、とりあえず今のそやつにはDBを壊す力はないようじゃの。警戒する必要はないぞ、アキ』
『う、嘘よ!? だってこんなに痛いのよ!? あたしがシンクレアじゃなかったらきっと粉々になってるんだから!』
『偽痛みたいなものじゃろう。トラウマと言ったほうがいいかもしれんの』
心底呆れながらもマザーはそう宣言する。自分が同じ立場だったら間違いなく右往左往する癖にと口から出かけるも寸でのところで何とか飲み込む。とりあえずバルドルの捨て身の献身によってプルーにはまだDBを壊す力がないことが判明。マザーが言うのであれば恐らくは間違いないはず。もっとも細心の注意を払うことには変わりないのだが。バルドルが壊れているのは元々なので何の問題もない。ただ問題なのは
(だ、大丈夫だよな……? っていうか本当に悪いことしちまったな……)
散々な目にあって気を失ってしまっているプルーのこと。とりあえず大きなけがもなく、落下のショックで気を失ってしまっているらしい。恐る恐るプルーを抱え上げるもその恰好は情けないことこの上ない。きっと赤ん坊を恐る恐る抱き上げているような有様のはず。本当なら恒例の土下座をして詫びなければいけないのだがプルーに伝わるのかは分からない。困ったときに頼りになる、というか頼っていたゲイルさんも今はいない。そもそもこの時代にはまだ生まれてすらいない。故に最後の希望を求めてエリー村に瞬間移動するしか自分には手は残されてはいない。その結果がどうなるかももはや語るまでもない。
(これからどうなるんだろう……俺?)
改めて突きつけられる自分の運命に憂鬱になるしかない。
魔導精霊力を持つリーシャ・バレンタインと五つのシンクレアを手にした魔石殺し。そしてプルー。ここにかつての世界滅亡コンビが可愛く思えるようなパーティーが結成されたのだった――――