ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第六十二話 「マザー」

人どころか生物の気配すら感じられない見渡す限りどこまでも続く砂だけの世界。シンフォニアの北部に位置する広大な砂漠。その中心に巨大な城と自然があった。あまりにも砂漠には不釣り合いな光景。もっともそれに人々は気づくことはない。何故ならその城は蜃気楼という名の結界によって秘匿されているのだから。

 

それがダークブリングマスターであり、魔石殺しの二つ名を持つアキの隠れ処。この時代においてあってはならないイレギュラーの塊だった。

 

 

『ふむ……まあ今はこんなところかの……』

 

 

アキに負けず劣らずのイレギュラーであるシンクレアの一つ、マザーはまるでスポーツを観戦するような空気でそう言葉を漏らす。魔王城から少し離れた場所にある競技場、もといコロシアムに今マザーは陣取っている。野球で言うなら解説席のような場所に魔石がぽつんとあるのは傍から見ればシュールなことこの上ない。しかしそれを突っ込める人物はここには存在しない。そもそもこの魔王城には人よりも魔石の方が多いのだから。そんなマザーの視線の先には二つの人影がある。一つはダークブリングマスターであるアキ。アキは息も絶え絶え、疲労困憊。必死の形相でデカログスを握りながらもう一つの人影に斬りかかっていく。だがそれを悉く弾かれ、いなされ、躱されてしまう。どころか反撃を受け何度も地面に吹っ飛ばされては再び挑んでいく。誰がどう見てもアキに勝ち目は全くない。にも関わらずアキはあきらめることなく挑み続ける。いや違う。あきらめる云々ではなく、それはアキにとってはある意味日常であり珍しいことではない。何故なら

 

 

(レイヴマスター……やはり剣聖の頂は伊達ではないということか……)

 

 

今アキが戦っている相手は剣聖シバ・ローゼス。もっとも本物ではなくイリュージョンによって再現しているだけの幻。にもかかわらずアキは文字通り手も足も出ていない。今のアキは決して弱いわけではない。間違いなくキングを超え、この一か月でさらに著しい成長を遂げている。しかしそれでも一太刀すら浴びせることができない。幻であり再現であるため、本物には及ばないはずの存在であってもその強さ。だが今はそれだけではない。

 

瞬間、一際大きな金属音が響き渡る。剣と剣がぶつかり合い、弾ける剣戟の音。幻相手ではあり得ない、現実の証。

 

 

(まさかここまで効果があるとはの……ラストフィジックス様様じゃの……)

 

 

これまでマザーはずっとイリュージョンの幻相手にアキの修行を行っていた。だが所詮は幻。ゲイルとの修行を境としてそれ以上の効果が見込めなくなりつつあった。その解決策自体はマザーも持っていた。

 

一瞬の現実(リアルモーメント)

 

その名の通り、幻を一瞬だけ現実のものとするDB。それとイリュージョンを併用することで限りなく本物に近い剣聖を再現することができる。それができればゲイルとの修行をはるかに超える、これ以上ない修行が可能になる。だがそれを実現するには二つの難問があった。

 

一つがDBの力の消費量の問題。リアルモーメントはその名が示すように一瞬しか能力を発揮できない。正確にはDBをもってしても一瞬しか実体化させることができない。いうならばそれは無から有を生み出すようなもの。理に反するDBであってもそれは同じ。それを持続し続けるにはシンクレアを以てしても贖え切れないほどの力が必要となる。マザーであってもそれは叶わなかった。だが今は違う。

 

 

『ね、ねえマザー……そろそろいったん休憩してもいいんじゃないかしら? ほら、もうかれこれ半日以上ぶっ通しでリアルモーメントしてるんだけど、流石のあたしも干からびてきたっていうか……あれよ? 決してサボりたいわけじゃなくてあたしはただアキのことが心配でってきゃあっ!? 止めて!? 本物じゃなくてもTCMは止めて!? 助けてマザー!!』

 

 

絶賛アキの胸元から救難信号という名の悲鳴を交信してくるバルドル。この時代に来てから修行時にアキはバルドルとラストフィジックスを身に着けながら行うことになっている。散々役立たず扱いされているバルドルだが腐ってもシンクレアの頂点。その証拠にバルドルは他のシンクレアとは比べ物にならないほどのエンドレスの力をその身に宿している。その量は他の四つのシンクレア全てを合わせたものを凌駕するほど。そのことをうっかり喋ってしまったバルドルはめでたく魔力タンク、もといDBタンクとしての役目を獲得。これによって一瞬の現実を引き延ばすことが可能に。バルドルにとっては悪夢のような現実。

 

 

『がんばってバルドル! あたしもこわいけど、ちゃんとがんばるから!』

『さ、流石ねラストフィジックス……眩しすぎるわ。でもやっぱり怖いものは怖いのよ!? っていうかあたしがここにいる意味なくない? 力の供給だけならあたしもマザーのところにいてもいいんじゃ』

「ごちゃごちゃうるせえぞバルドル!? 集中できねえだろうが……へっ?」

『あ、お兄ちゃんくびきられちゃった。でもだいじょうぶだよ、あたしがいればお兄ちゃんはむてきなんだから! ……あれ? お兄ちゃん?』

『……アキ、また気絶しちゃってるわよ。もう何度目か分からないわねー。流石はレイヴマスターの剣撃。心を折るなんてお手の物ってカンジ?』 

 

 

まるで目の前にいるかのような騒ぎの中、またもアキはシバの一撃を受けて気絶してしまう。もはやここ最近の風物詩となりつつある光景。そう、これがマザーが目指していたDBによる修行の到達点。実際に質量をもった幻、シバとの修行。それによって得られる経験はかつての比ではない。しかしその代償がこれ。実在する剣によって体を斬られる恐怖。ラストフィジックスによって物理無効が為されているといっても斬られた事実がなくなるわけではない。あのハードナーですらシバの一撃によって心を折られてしまった。何より今アキが相手にしているのは全盛期のシバ。それを考えればいつ剣を握れなくなってもおかしくないレベルの修行なのだがマザーは決して止めることはない。甘やかすことはできない、と。マザーとしては少し手心を加えようかと魔が差したものの、この力があれば幻のシバを戦力として数えれるのでは、などという他力本願のアキのヘタレっぷりによって見事に霧散した。無論マザーとてその手は考えたが様々な理由から実用には耐えないと判断したのだが、思考が似通っているのは主従の証といえるのかもしれない。

 

もっともこの修行方法を思いついていながらもアキが傷つくのを忌避し、ラストフィジックスが手に入るまで行わなかったというだけでマザーがどれだけダダ甘なのかは推して知るべし。

 

 

(バルドルの奴のことはいいとして……ひとまず流れには乗れた、といったところかの)

 

 

雑念という名のバルドルを振り払いながらマザーは思案する。この時代にやってきてからの一か月の流れ。リーシャとの出会いから同居。蒼天四戦士であるクレア・マルチーズとの接触。プルーの保護。自らの主ながらよくここまで因果に絡まれるものだとマザーは感心するしかない。だが生活基盤も修行場も確保できた今、必要最低限の目標は達成できたとマザーは結論付ける。これで最低限なのかとアキが聞けば突っ込まれること間違いなしの評価だがマザーの厳しさからすれば及第点というだけで価値がある。

 

 

(修行の工程はについては……まだ何とも言えぬな。かつての……今の時代のジェロであれば恐らくもう相手にはならぬだろうが、これは言えぬな。あやつのことじゃ。調子に乗るに決まっておる。いや、バルドルの奴の方が調子に乗るかもしれん)

 

 

今のアキであれば今の時代のジェロであれば問題ない。そうマザーは結論付ける。油断も慢心も何もない、ただ客観的な観測者としての結論。現在のアキはかつての四天魔王を超えたといっていい。ジンの塔での死闘を超えた経験、日常的な六星DBの操作、そしてリアルモーメントを使った剣聖シバとの修行。その全てが繋がり、このひと月で実を結びつつある。唯一ウタについては戦気があるため今のままでは一歩及ばないが、あとひと月もすればアキも戦気を習得できるはず。だがそれでもマザーの安堵には程遠い。

 

 

(大魔王ジェロ……か。バルドルではないが、叶うのなら避けたい相手じゃの)

 

 

マザーの脳裏には絶望がはっきりと浮かぶ。見る者全てを震え凍てつかせ、絶望させる大魔王。もっとも大魔王となったジェロをマザーは直接見たことはない。それを目の当たりにしているのはバルドルのみ。だがその伝聞のみで他のシンクレアたちが戦慄するほどの出鱈目ぶり。どんなに低く見積もっても全盛期の、全てのレイヴを一つにした剣聖シバを上回っているはず。今のままではアキとシバ、二人がかり戦っても敗北することを本気で考えるほどにはマザーは絶望していた。ある意味でジェロはアキと対となる存在。もう一人のダークブリングマスター、魔石殺しといっても過言ではない。そして時間は刻一刻と迫っている。

 

 

(アキの奴が持っている知識と我の記憶が確かだとすれば、猶予はあと二年……いや、一年あるかどうか)

 

 

アキにとって、自分たちにとっての絶望の日まで最短で一年ほどしか残っていない可能性がある。それまでにアキはマザーが先に挙げた三つの課題を達成する必要がある。そのどれもまだ達成には程遠い。恐らくこのペースでは間に合わない。それはもう分かっている。故にあとはアキの実戦での成長を見込むしかない。ようするにいつも通り出たとこ勝負。マザーができるのはそこに至るまでの尻叩きだけ。マザーはため息をつくしかない。結果は分かり切っているのにまるで人間のように右往左往し、翻弄されている自身の醜態に。朱に交われば赤くなる。ようするに主同様、自らもまた本来のシンクレアとはかけ離れた存在へとなり果てたのだろうと。そんな感傷に浸りかけるも

 

 

『あーやっと終わったわー……いつも魔界でジェロの修行に付き合わされたの思い出したわ。やっぱりこれも時空を超えた愛なのかし ……っ!? 何だか寒気が……!? そ、そうよ、マザー! ちょっと散歩にでも行かない? あたしが連れて行ってあげるから! 魔王城の改築で面白いこと考えたの! ぜひ貴方の意見が聞きたくて』

『それは構わぬが……アキはどうした? 姿が見えぬが、まだ気絶したままか?』

『アキならさっきようやく起きて、そのままアナスタシスのところに行くって出てったわよ? アキもマメよねー、まだ一言も喋れてないみたいなのに。やっぱり愛の為せる業なのかしら? あとラストフィジックスはお昼寝中よ。午後の部が始まったら起こしてって言ってたわ』

『ふむ……アナスタシスはまあそうじゃろうな。それで? ヴァンパイアの奴はどうしておる? また悪企みをしておるのか?』

『えっ!? な、何でそんなことあたしに聞くの? あたしは何も知らないんだから! 調停者として約束は絶対に守るのよ? 例えそれがま、マザー……あ、貴方だとしても……う、うぅ……』

『もうよい……語るに落ちておるの』

 

 

目に見えて狼狽し、しどろもどろになっているバルドルを前にしてもはや言葉は必要ない。ヴァンパイアが悪企みしているのは火を見るよりも明らか。マザーとしてはカマかけする必要すらない案件だったのだが戯れのようなもの。アナスタシスはともかくヴァンパイアについては一筋縄ではいかないことは間違いない。アキが目的を果たすためにはどうしてもヴァンパイアの協力が不可欠。故にイニシアチブはヴァンパイアにある。

 

 

(我が奴だとすれば……動くのはまだ当分先。状況が動くとすれば……エリー関連かの)

 

 

マザーは自らがヴァンパイアであればどう動くか予想する。本人は決して認めようとはしないがシンクレアの中ではヴァンパイアの嗜好、思考に最も近いのはマザー。だからこそマザーはほぼ完璧にヴァンパイアの狙いを見抜く。逆に言えばヴァンパイアからすればマザーの狙いもまた筒抜け。ようするに結局全てはアキ次第。同時にアキが乗り越えなくてはいけない壁。シンクレアにエンドレス、大魔王に時間。ついでとばかりにリーシャことエリー。一体アキの前にはいくつの壁があるのか。その高さも厚さも次元崩壊レベル。

 

 

『全く……本当に退屈させぬヘタレじゃの、我が主様は』

 

 

恐らくはアナスタシスを前にして今まさにヘタレっぷりを晒しているであろう自らの主を想いながら母なる闇の使者は動き出す。いつものように。約束された絶望の日を乗り越えるために――――

 

 

 

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