萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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弓月新太郎

日本激動の時代『幕末』

京都の治安は乱れに乱れ、日々名もない浪士の屍が埋め尽くした時代。

そんな京都の惨状を憂いて立ちあがった男たちがいた。彼らは背中に『誠』の一文字を背負い、自らの心と行動を戒めながら京都の平和と日本の未来を憂いつつ剣をふるっていたのである。そんな彼らを人々は尊敬と畏怖の入り混じった声で『新撰組』と呼んだ。

 

しかし、徳川幕府に従う新撰組は明治新政府軍との戦いに敗れ、箱館五稜郭の戦いで副長の土方歳三の戦死と共に消滅していった。

 

明治の世となり、しばらく平穏が保たれていた京都に、魔の力が及ぼし始めた。今や京都は夜ともなると大量の物の怪が跳梁跋扈し、さまざまな事件を引き起こす魔の都になってしまったのである。

物の怪には実体はなく、警察に出来ることは逃げ惑う市民の誘導だけであった。この惨状を見かねて、時の実力者、勝海舟は自らの愛弟子である坂本竜馬の妻おりょうを長官に据えて物の怪退治の専門部隊を結成した。時は明治十五年、西暦一八八二年。機動新撰組の誕生である。

 

◆  ◆  ◆

 

 ここは東京の慶応大学の一室に幕末の雄、勝海舟がいた。明治政府の実力者である。京都において機動新撰組を任せているおりょうから届いた手紙を読んで大学にやってきて一人の若者を呼びだした。

 

 勝のかつての同志、弓月陽一郎の息子で新太郎と云う若者であった。当年十七歳。父親が優れた商人であったので彼も商人を志しており経済学を学び、実に優秀と聞いている。勝は後見と云う形で弓月家を支援しており、大学に入れたのも新太郎の優秀さもあるが何より勝の援助も大きい。新太郎が子供のころは『新太郎』と勝は呼んでいたが大学生になると『新太郎さん』と一個の男として認めるように呼んでいる。

 

 また剣の方も勝の紹介から千葉佐那子に学び、北辰一刀流の使い手でもある。免許皆伝までは至っていないものの千葉の鬼小町と称された佐那子をして『優男なのに竜馬さんのような豪快な剣を使う』と認められている。その新太郎が通う慶応大学に訪れた勝海舟。

「新太郎です」

「おう、入りなよ」

「失礼いたします」

 書生風体の若者が勝のいる部屋に入ってきた。

「勝先生、お久しぶりです」

「おう、お母さんは元気かい」

「はい」

「うん、ところでな新太郎さん」

「はい」

「京都に行ってくれねえか」

「え?」

 前口上もまったくない。唐突な申し出に驚く新太郎。

「きょ、京都?」

「知っての通り、京都はかつてあんたの父上が商売を営んでいた場所だ。今そこには、おりょうさんと云う女性がいるんだが、ちょいとあんたに助けてもらいてえんだ」

「おりょうさん…?」

「特殊警察『機動新撰組』の長官だ」

「特殊警察『機動新撰組』…」

「お前さんにそこの隊士になってもらいてえ。紹介状はこっちで用意するから詳しいことは向こうで聞きな。ここで机上の学問より、京都で生きた知識と経験をその身に叩きこみな。よっぽど有意義だぜ」

「はあ…」

「もちろん、その間大学は休みってことで手続きしておくぜ。そこでの役目が終えたらこちらに戻って復学すりゃあいい」

「勝先生がそうおっしゃるなら従います。でもなぜ僕が?」

「先方が経理に長けたものを所望している。新太郎さんは経済学をここで学んでいるが、そろそろ実地で手腕を試してみてはどうだい?」

「実地で…」

「ああ、新撰組は結構な財政難と聞いている。その立て直しができりゃあ、親父さん以上の商人になるのも夢じゃねえ」

「はい、分かりました」

「そうだ、父上の形見のアレを忘れずに持って行くようにな」

「アレって…刀のことですか?」

「そうだ、今の京都は何かと物騒だ。刀は必要だぜ」

「物の怪が出ると聞きましたが本当なのでしょうか」

「本当だ。物の怪が出るのは夜間のみと聞いている。いいかい、京都には昼に着くよう調整して行きなよ」

「はい」

 選択の余地も与えられず、新太郎は京都に行くことになった。

「参ったな…。いや、これも修行だ!」

 

◆  ◆  ◆

 

 少し戸惑いつつも新太郎は汽車と船を乗り継ぎ京都に着いた。

「京都か…。死んだ父さんはここにいたんだな…」

 かつて父の陽一郎は京都の豪商だったらしい。勝や母からそう聞いた。しかし陽一郎は新太郎が生まれて間もなく亡くなっており、かつ財産も陽一郎が生前に使い果たしていたので弓月家は屋敷も手放さなければならず、雇っていた使用人も離散していった。かつ明治政府は弓月家の土地を次々と没収していったので、みるみるうちに弓月家は衰退していった。それに手を差し伸べたのは陽一郎と同志だった勝海舟であり、東京へ引っ越したあとは勝の援助で暮らしていた。大学を卒業したら立派な商人となり恩返ししたいと願っていた新太郎。

 

 だが、その前に頼みごとをされた。機動新撰組の隊士になってほしいと。断ることは出来なかった新太郎だった。京都駅を降りて、勝から渡された地図を見ながら機動新撰組の屯所に歩いた。

「しかし時間の都合とはいえ夜に到着してしまうとはなぁ…」

 物の怪は夜に跋扈していると聞いた。だが京都駅から新撰組の屯所まではそんなに遠くない。今まで物の怪を見たことがなかった新太郎は京都の実情をなめていた。歩いて十分ほどならばと一人で夜の京都を歩きだした。

「失敗だったかな…。京都駅を出て間もないのに誰とも会わない…」

 と、思っていると

 

「ん?」

 突然、小道から巨大な蜘蛛が現れた。

「うわっ!」

 新太郎は驚いた。初めて目にする物の怪である。敵意の籠った目、獲物を狙う妖蜘蛛の目、体躯的には新太郎の半分ほどだが初めて物の怪を目にする新太郎には十分すぎるほどの恐怖であった。

 物の怪が跋扈する京都に来るのだ。廃刀令は出ているが当然武器の用意はしてある。新太郎は勝が言った『父上の形見を忘れるな』と指したその刀を包みから出して構えた。剣の切っ先が震える。これは敵を恐れてのことではなく北辰一刀流特有の刀の揺れだ。

 

「物の怪とは云え生き物! 目と目の間、眉間を突ら抜かれれば生きてはいまい!」

 突きの一撃は正確に妖蜘蛛の眉間を捕えた。しかしまるで強固な岩を突いたようで何のダメージも与えられない。

「物の怪の皮膚の硬さ?いや違う、何か変だ!うわ!」

 しかし妖蜘蛛の攻撃は容赦なく新太郎の肉を裂く。鋭い爪、毒もあるかもしれない。

「いつ……!ちくしょう!動きから仕留めることは難しくはないのに!」

 

 どんなに太刀を妖蜘蛛に入れても岩か鉄を切っているようでラチがあかない。なぜこちらの攻撃はすべて弾き返されるのか理解できない新太郎。明らかに生物の皮膚の硬さではない。何かあるのだ。物の怪の体の周りに見えない壁があるようだった。つまり新太郎の太刀は妖蜘蛛に触れてもいないのだ。

 しかも新太郎の太刀は刃こぼれも何もない。ただ硬いものを斬り損じているわけではないのだ。しかしそれを解明する術はない。妖蜘蛛の攻撃を三度も食らうと新太郎は倒れた。

「くそ、僕はここで死ぬのかな…。嫌だよ、まだ恋もしていないし…」

 

 意識が薄れるなか、こちらに迫る機械音が耳に届いた。二つの眩しい電飾、それが物凄い勢いで向かってくる。そして新太郎が見たこともない鉄の乗り物が目の前で止まった。鉄の乗り物から桃色に白いだんだら模様の羽織を着た女が出てきた。

 

「やれやれ、よそ者か? こんな時間に京都を一人で歩くなんて」

 妖蜘蛛は女に標的を移して迫った。しかし

「はいはい、雑魚に用はないのよ」

 持っていた太刀で簡単に切り捨てた。

「ど、どうして君の刀は物の怪を斬れるの?」

「そりゃあ我が機動新撰組の誇る科学者源内さんの…って、おい!」

 新太郎は気を失っていた。

「ちっ、蜘蛛の毒にやられたな。仕方ねえ」

 女は新太郎を鉄の塊、機動パトカーに乗せて新撰組屯所へと走った。

 

◆  ◆  ◆

 

 さて翌朝。

「ん、んんん……」

「おっ! 起きたか」

 目覚めると昨日自分を助けてくれた女が自分の顔を覗き込んでいた。

「こ、ここは……」

「新撰組の屯所『天国荘』だ」

「し、新撰組の?」

「調べさせてもらったぜ。アンタ、勝海舟の紹介でウチに入隊しに来た男だろ」

「え、うん、そうだけど」

「私は機動新撰組局長、近藤勇子だ」

「局長…近藤……って、まさか君はあの近藤勇の?」

「ああ、娘だよ」

 近藤勇と云えば泣く子も黙る新撰組局長。その近藤勇の娘がこんなに美人とは信じられない新太郎。

「いや、光栄です。あの近藤勇のご息女に出会えるなんて」

「ぶぁっはははは!ご息女はやめてくれよ!で、お前は」

「あ、僕は弓月新太郎。君の言う通り勝先生の紹介で機動新撰組に入隊することになったんだ」

「ふうん」

「君が局長なんだね。新米ですが、よろしく」

「今んとこ、私とお前だけだぜ。新撰組」

「え?」

「まあ、詳しくは長官のおりょうさんに聞きなよ」

「分かりました局長」

「むずがゆいな、勇子でいいよ」

「じゃあ勇子くんでいいかな」

「ああ、いいよ。じゃあ長官の部屋に案内するよ」

「うん」

「長官はおりょうさんと云う。女と思って侮らない方がいいぜ。おりょうさんはあの坂本竜馬の女房だ。肝っ玉座っているからな」

「さ、坂本竜馬の妻!?」

「ああ」

「どうして幕末では敵同士だった坂本竜馬と新撰組の縁者が一つ屋根の下に!?」

「そんなに不思議か? 考えたことなかったな。あ、この先階段だから気をつけろよ」

 昨日、蜘蛛に切られた足の傷を思って言っているのだろう。言葉づかいは男のようだが思いやりのある女性なんだなと新太郎は思った。やがて天国荘一階のおりょうの部屋に着いた。

 

「近藤です。新入隊士の弓月新太郎を連れてまいりました」

「どうぞ」

 近藤と共に部屋に入った新太郎。

「機動新撰組長官、兼この天国荘の管理人であるおりょうです。勝先生から話しは伺っています」

「弓月新太郎です」

 さすが幕末の風雲児である坂本竜馬の心を掴んだ女、美貌もさることながら貫録さえあった。静かに微笑んでいるだけでも新太郎は気圧される思いだ。

「昨日は大変な目に遭ったようね」

「はい、まさかあんな化け物に襲われるとは思いませんでした」

「そうね…。物の怪は本来この世界の住人ではないわ。だから姿は見えても触れられない存在…。でも何らかの原因で長い時間こちらの世界に留まっていると、実体化してしまうの…」

「そ、そうなんですか」

「このことについて勝さんから何も聞かされていないのかしら?」

「はい、詳しいことは何も」

「やっぱり、そんなことではないかと思っていたわ。それじゃあまず何から話そうかしら?」

「では……どうして京都に物の怪が出るようになったのですか?」

「実は…そのことはまだ詳しいことが分かっていないの。しかし京都がそんな跳梁跋扈な町になるのを見かねて私の亡き良人の師である勝先生が物の怪を専門に倒す組織である機動新撰組を作ったの。私たちが出来ることは物の怪が実体化して人を襲わないように、向こうの世界に還してあげること。その役目を新撰組が一手に引き受けているのよ」

 想像を越えた話に息を飲む新太郎だった。

「あと新撰組はきちんと武器の使用許可もいただいているんだけど…そちらの詳しい話は、あとで源内さんの方から説明してもらうといいわ」

「源内さん?」

「エレキテルを発明した平賀源内から数えて四代目の源内です。新撰組の設立の時からご協力いただいている発明家兼お医者さんよ。電気の力を使って物の怪を倒す機械があるのだけれど、これを源内さんが作って下さったの」

「新撰組はたくさんの人の力を借りて成り立っているのですね」

 おりょうは苦笑して新太郎の言葉に答えた。

「他人事みたいな言い方ねぇ…。どんな組織も社会も人の力が集まって成り立っているわ」

「は、はい…」

「あなたのお父様だって」

「父のことをご存じなのですか?」

「一度だけ……お会いしたことがあるわ。この土地も、あなたのお父様が所有なさっていたものを払い下げていただいたのよ」

「そうだったのですか…。あの、それで僕は何を」

「新太郎さんには勘定方をお願いいたします」

「勘定方?」

「伺っています。慶応大学経済学部主席だとか」

 ヒュウと近藤は軽く口で笛を吹いた。

「そりゃあすげえや」

「幕末時のように京都守護職に召し抱えられてはいませんが、我らは政府高官の勝海舟先生により組織された一団で、政府より十分な報酬を得ていますが、やはり物の怪と対する装備を整えておくにはお金がかかるものですし、隊士の給与もございます。どうしても算盤に明るい人が欲しかったのです」

「分かりました。務めさせていただきます」

「あとで帳簿を見せます。これからよろしくお願いしますね」

「はい」

「そうねぇ…。新太郎さんには現場にもどんどん出てもらいますから、役職は勘定方兼参謀見習いと云うことでどうかしら?」

「参謀……見習いですか?」

「ええ、早く見習いの肩書きが取れるよう頑張ってね」

「が、頑張ります!」

「勇子さん、新太郎さんを源内さんのところへ」

「その前に」

「なんです?」

「新太郎の腕を見たいのですが」

「勇子さん。彼は病み上がり、足を怪我しているのですよ」

「お言葉ですが、敵さんがこちらの都合を考えてくれますか」

「やれやれ、新太郎さん、どうですか?」

「僕はかまいません。むしろちょうど良かったです。僕も勇子くんの腕をもう一度見たかったのです」

「言うね、じゃ道場に案内するよ」

 

 この当時はまだ男尊女卑の風潮が根強い。新太郎の言葉が少し嬉しい勇子だった。道場に着いた勇子と新太郎。

「経費節約で防具類はない。木刀でやるよ」

「結構」

 手合わせに立ちあうおりょう。黙って勝負を見守る。新太郎の木刀の切っ先が揺れる。構えも確かなもの。

(北辰一刀流か…。しかもかなりの腕だ)

 さすがは近藤勇子、新太郎の剣の腕を見抜いた。

(しかし、まだ道場剣法の構え…)

 新太郎も勇子の構えを見つめる。

(天然理心流か…。やはり父上の流派を使うのだな……)

 

 現段階で正面から戦っても勇子には勝てないと思った新太郎。何故なら勇子は実戦経験が豊富で自分には千葉道場で積んだ修業だけで実戦はない。道場剣法しか知らない東京のボンボンに実戦を知る女がやってきそうな洗礼。つまり剣道の型にはまらない攻撃だろうと思った。

 突進する勇子、横なぎの鋭い一閃を放ち、それを新太郎が木刀で受け止めると勇子はそのまま体をしならせ新太郎の首に強烈な回し蹴りを浴びせた。派手に吹っ飛ぶ新太郎。しかしちゃんと受け身を取っているのが気に入らない。新太郎が回し蹴りの直撃を食う時、自ら飛んで衝撃を逸らしたことに勇子は気付いた。

「やるじゃねえかよ」

「君こそ」

 ニッと笑う勇子と新太郎。続けて二合三合と撃ちあう勇子と新太郎。木刀とはいえ双方とも使い手である。直撃すれば骨が砕け肉は裂ける。頃合いを見ておりょうが

「それまで、引き分けとします」

 と、手合わせを止めた。

「これ以上は夜の巡回に支障をきたします。本日より互いに剣の稽古を積んで切磋琢磨なさい」

「はい」

 

 新太郎が木刀を引っこめたので勇子も引いた。

「男なんだから、女の私の剣くらい軽くかわしてほしいものだね」

「ははは、物の怪と対するに男も女もないじゃないか」

 男尊女卑の風潮が根強かった明治でこんなことを言う男は珍しい。

「ふうん、大したことないくせに女を見下す馬鹿が多いなか、新太郎は珍しい男だね。腕は立つのに女に礼儀正しい」

「それは僕の剣の師匠が女性だからだよ」

「そうなのか?」

 あの強さが女の指導によるものとはと、同じ女である勇子も驚いた。

「僕の剣の師匠は千葉佐那子さんなんだ」

「あ、あの千葉の鬼小町!?」

 佐那子の父の定吉は明治になりほどなく没して、兄の重太郎は東京を離れて警官となっている。坂本竜馬に操を立てることを誓った佐那子。結婚はせずに千葉道場の跡地で整体業を営んでいた。そのかたわら佐那子は勝海舟の要望で弓月新太郎に剣を仕込んだのだ。千葉の鬼小町と呼ばれるのは伊達ではなく、新太郎は毎日生傷が絶えなかった。しかし決して修行から逃げ出そうとはしなかった。一日とて休まなかった。

「とにかく強くてね。手取足とり教えるのではなく立ちあって覚えろと、毎日傷だらけで……あっ!」

 おりょうの方を見て口を押さえる新太郎。クスッと苦笑したおりょうは

「いいのよ新太郎さん、私の前だからと佐那子さんを語るのを遠慮しなくて」

「おりょうさん…」

 

 千葉佐那子は坂本竜馬の剣の師である千葉定吉の長女であり、千葉重太郎の妹である。竜馬が千葉道場で修行している時に婚約をしており竜馬の実家坂本家も佐那子を妻と認めている。竜馬の死後も独身を通し、竜馬から贈られた着物の袖を生涯大事にした。歴史家は佐那子を正妻、おりょうを愛人と位置付ける時もある。

「そりゃね、私も若くて分別がなかったころ嫉妬に任せて佐那子さんを罵ったこともある。だけど時間も経ち……今では同じ殿方を愛した者同士として親しみも感じています」

「維新の風雲児、坂本竜馬も罪な男だな」

 と、勇子。

「しかし千葉の鬼小町直伝の腕か。道理でつかえるはずだぜ」

「ありがとう」

「おりょうさん、新太郎の腕は合格です。今夜からでも巡回に」

「そうね。じゃ勇子さん、物の怪と戦うについては源内さんから教えてもらわないと。お連れしてくれるかしら」

「はい」

 立ち去る二人の背を見るおりょう。

(竜馬さん…。まさか私の前に佐那子さんの剣を使う若者が現れるなんてね。こうして人と人の縁は繋がっているのね……)

 

 おりょうは機動新撰組の長官に命じられた時、勝海舟に『佐那子さんの方が相応しい』と一度辞退している。佐那子自身が剣の使い手であると同時に、若き日嫉妬に狂い佐那子を罵ったことを激しく悔いていたからであった。自分は細々と暮らしていければいいと思い長官の席を譲ろうとした。しかし勝は

『確かに才覚は佐那子さんの方にあるかもしれねえが、人の上に立つ器量となりゃあアンタの方だぜ。アンタ海援隊の女将さんとして立派に務めていたじゃねえか。だから竜馬は安心して国事に奔走出来たんだよ』

 さすが勝海舟、人選を気まぐれではやらない。おりょうはその命令に従い長官になった。苦労ばかりだが充実している。

「あの人の愛した京都を守らなければ!」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて、改めて新撰組屯所を勇子に案内される新太郎。ちなみに屯所は新撰組隊士の宿舎の『天国荘』と『本部』二つ合わせて総称される。その建物は隣接しており、隊士は緊急招集一つでいつでも本部司令室に向かう。

 本部内を案内され、新太郎は研究室に案内された。見たこともない機械が並んでいる。

「ここは研究室だ。おーい源内さん、きよみ!」

 何やら二人で組み立てていた青年と若い娘が作業を中断してやって来た。

「やあ勇子くん」

「源内さん、この男が新入隊士の弓月新太郎だ」

「弓月新太郎です」

「初めまして、平賀源内です。機動新撰組に必要な武具を作っています」

「じゃあエレキテルのチカラで物の怪を倒すと云う…」

「その通りです。あと医者もやっています」

「私は渡瀬きよみ、源内先生の助手兼看護婦を務めています」

「よろしくお願いいたします」

「でも元気になって良かったわねぇ。ここにかつぎ込まれた時は気を失っていたから心配したわよ」

「あ、ありがとうございます」

「源内さん、あれを」

 と、勇子。

「うむ、きよみくん、あの装置を」

「はい、先生」

 きよみから渡された棒の形をした機械を新太郎に見せる源内。

「源内さん、これは?」

「これは『結界発生装置』と言います」

「結界発生装置?」

「京都に来て一度物の怪と戦ったと聞きました。戦ったのは妖蜘蛛と云い、北辰一刀流の使い手ならば本来瞬殺できる物の怪です。しかし君は手も足も出なかった」

「はい…」

「すでにおりょうさんが言ったと思いますが物の怪は本来この世界の住人ではなく、姿は見えても触れられない存在…。しかしあちらからのダメージはもらってしまう」

「はい、驚きました」

「それでこれの出番です。勇子くんが妖蜘蛛をすんなり斬れたのはこれを使って実体化させたからです。簡単に言えば同じ土俵に物の怪を上げたわけです」

「……?」

「ははは、使い方は本日の見回りの時にでも勇子くんに聞くと良いでしょう。これが新太郎くんの結界発生装置です」

 装置を渡す源内。

「物の怪は一定のダメージを受けるとこの世界に留まっていられなくなり向こうの世界に帰っていきます。しかしこの装置は数が少ないので絶対になくさないでください。それと云うのもその装置は先代の発明品で私ではまだ作り方の分からない箇所もあるのです」

「分かりました。大切に使わせてもらいます」

 大切に装置を握った新太郎。

「今日が初陣ね、新太郎くん」

 と、きよみ。

「はい」

「無理をしないでね。怪我をしたらすぐに医務室にやってくるのよ」

 源内も添えた。

「新太郎くん、敵とは云え命ある物の怪を殺すことは気が重いかもしれないが実際のところ我らは今まで物の怪を殺してはいない。先のとおり一定のダメージを与えると煙のように消えてしまうのだ。だから思い切り戦いなさい。殺生はしていない。殺すのではなく還すのだ。妙な仏心を出せば君自身は無論、仲間たちも死んでしまうよ」

「あ、ありがとうございます! 源内さん!」

「うん、では夕食の時にまた」

「はい」

 新太郎と勇子は去っていった。きよみが

「優しい、源内先生」

 源内をからかうように言った。

「そ、そりゃあ勘定方の彼と仲良くしなけりゃ研究費に支障があるじゃないか」

「素直じゃないなぁ」

「さ、武具の研究を続けよう」

「はい」

 

 本部のロビーを通りかかると

「おっ、その兄ちゃんが噂の新入隊士だな」

 一人の少年が駆け寄ってきた。

「おう竜之介」

 と、勇子。

「新太郎、紹介するよ。彼は坂本竜之介、おりょうさんの息子さんだよ」

「おりょうさんの? じゃあまさか坂本竜馬の!?」

「ああ、息子じゃき。よろしくな兄ちゃん」

「さ、坂本竜馬に息子がいたの!?」

「もっとも俺は親父の顔はフォトグラでしか知らんきに」

「あ、ごめん。変なことを言っちゃって」

(近藤勇の娘と坂本竜馬の息子が一つ屋根の下で……。こりゃ驚いたな)

「俺は親父が京で暗殺されたあとに生まれたきに。母ちゃんと共に勝先生の援助で京に暮らしておったが、二年ほど前書置き残して上海の方に旅に出て、んでつい最近戻ってきたばかりじゃきに」

「へえ、じゃあ僕と似た境遇だ。僕の家も勝先生の援助で暮らしていたんだ」

「じゃあ同じ養父を持つ兄弟のようなモンじゃきに。げにまっこと頼むぜよ兄ちゃん!」

「こちらこそ、しかし二年前と云えば君は十四かそこらだろう? それなのに一人で上海に行っちゃうなんてすごいな」

「まあ気がついたら家を飛び出していたわけじゃ。いつまでも勝先生に甘えてちゃいかん。俺が母ちゃん一人くらい面倒みなきゃとな! 上海で一旗あげて帰ってこようと思ったが……ちゃちゃちゃ、うまくいかんかったわ。あっははは!」

「しかしこうして君は生きて帰ってきている。それだけでも大したものさ」

「まあ帰ってきたはいいが、母ちゃんにこってりアブラしぼられてのう。そんでまた知らん間に母ちゃんは機動新撰組の長官に据えられていたし、これからはしばらく母ちゃんの助けになろうと決めちょる。新撰組の隊士にはなっちょらんがな。あっははは!」

 

「竜之介~」

「お、猫丸、こっちだ!」

「い?」

 竜之介に走ってきたのは巨大な猫だった。

「で、出たな物の怪!」

 思わず腰の太刀を抜きそうになった新太郎。

「ガーン、ひ、ひどいニャ…」

「あっはははは!」

 勇子と竜之介は腹を抱えて笑った。

「新太郎、そいつは竜之介の相棒で猫丸と云うんだ。物の怪とは違う。妖怪だ」

「ど、どう違うの?」

「猫丸に触れてみな」

 恐る恐る猫丸に触れる新太郎。

「触れられる……」

「それが違いさ。妖怪はこちらの住人でこうしてヒトとも意志の疎通が出来る」

「こ、言葉も話せるのか……」

「理解したかニャ?ニャー(私)は化け猫だニャ」

「い、いや、ごめん。今日来たばかりで」

「猫丸だニャ。竜之介とは上海で知り合い、深き愛と友情で結ばれているニャ」

「弓月新太郎です。よろしくね猫丸」

「新太郎かニャ、まあ慣れていないので今回は許しんたろう…。なんちゃって、ぐひ、ぐひひひ……」

 

 ヒュウウウウウウウ

 

「…………」

「猫丸は駄洒落が大好きなんだ」

 と、あまりに下らない駄洒落が逆におかしい勇子が笑いながら言った。

「そろそろ夕食だニャ。竜之介、ニャーは調理場に行くニャ」

「ああ、私も手伝うよ。じゃ兄ちゃん、晩飯の時な」

「うん」

 その日の夕食は新太郎の歓迎を含め、食事そのものは質素だがおりょうの心の籠った手料理と大勢と食べる美味があった。新太郎は満足し、部屋に帰った。夜の作戦会議のあとに京都の町を見回りする。新太郎は与えられた新撰組のだんだら模様の隊服を着てハチガネを頭に締め、腰に刀を指して部屋を出た。普段は温和な男だが、やはりそのいでたちから気合いが入るのか顔も引き締まる。

 機動新撰組、勘定方兼参謀見習い弓月新太郎、初出動である。




起動新選組萌えよ剣は明治時代の時代考証を完全に破壊しておりますので、その点はご了承願います。たまに私の似非歴史知識なども入りますけど、基本的にストーリーはゲームストーリーに忠実に書いていきます。
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