サンダードーンの基地、セバトとテベトの敗北がサイヴァにより伝えられた。
「そうですか、討たれましたか」
指揮官の席に座るサリーヌは冷やかに返した。
「はい、サリーヌ様にあれだけの大口を叩いておきながら何たる体たらく。所詮二人で一人前の者。当然の結果とも言えましょう」
サリーヌの側近であるサイヴァもまた冷やかに言った。
「しかし、機動新撰組に封印機を回収されてしまったのは我らにとり誤算で、大きな痛手となりかねません」
「いずれ取り返すゆえ無用の懸念です。それよりサイヴァ、あの件はどうなりましたか」
「はい、すべて順調に運んでおります。しかしサリーヌ様、明治政府に技術を供給して本当に良いのですか?」
「あれぐらいのものなら西洋の技術者なら作れましょう。あんな欠陥品より機動新撰組が使っている装置の方が優秀なくらいです」
「ヘッ、それでまたいくら儲けたんだよ」
銀髪に皮ジャンパーの魔の者、アダルが嫌味交じりに言った。アダルと一緒にいる者がいる。半裸の武人で名をアブと云う。大きな獣に変化して敵を襲う戦闘狂の魔物でアダルとは友誼をかわしている。
「アダル、難しいことはアブ分からない」
「いいんだよ、こいつらの賢しらな悪知恵の意味なんか分からなくてよ」
「口を慎めアダル!」
サイヴァは衝撃波を放ったが、それをアブは容易に受け止めた。
「アダル、俺の友、攻撃するならサイヴァも許さない」
「よしなさい、サイヴァ、アブ」
「はっ…」
「サリーヌ、俺退屈、そろそろ機動ナントカと戦わせてほしい」
「…いいでしょう。おって命令を出しますので出撃に備えなさい」
「絶対だぞ」
アブは引き下がった。アダルはまだいる。
「サリーヌ、なぜ陸軍なんか京都に呼んだ」
「機動新撰組に圧力をかけるためです。すでに明治政府には機動新撰組の行動を監視するよう伝えてあります。しょせんは私設集団、国家権力には逆らえないでしょう」
「あんなもん呼びやがって!弱い奴らが群れてんの見ると虫唾が走るぜ!そんな回りくどいことをしねえで封印機を取り返すと同時に新撰組を叩きつぶして京都を奪えばいいだろうが!」
「駄目です。人間を侮るなと何度言えば分かるのですか。いま我らが大挙して新撰組を含め京都を襲えば、ことは大きくなり、必ず西洋や大陸の能力者も我らの存在を知るでしょう。早乙女紗姫のような者が何人もやってきては我らも旗色が悪くなる。いまは表立って動かず水面下で策を行うことです」
「…女狐が!」
忌々しそうに捨て台詞を吐き、アダルは去った。
「…サリーヌ様、あれでは陸軍を攻撃しかねません」
「まあ、そうでしょうね。それならそれで別にかまいません。それより美姫の方は?」
「今回の件を除いて順調に封印を解除しています。また、解除時に放たれるテトラグラマトン様の魔力が彼女を蝕み始めたようです」
「具体的には?」
「めまいと頭痛、ここ数日は水しか受けていないとマルケシュヴァンより報告がありました」
「世話がやけますね。我らの医師を派遣させて美姫の体を持たせるように言いなさい」
「はっ」
「マルケシュヴァンには引き続き封印を解き続けろと伝えなさい」
「承知しました」
◆ ◆ ◆
給料日、新太郎は源内と竜之介と島原遊郭に行った。新太郎が指名する遊女は決まっている。やり手婆も心得ている。
「弓月様は雪奈でしたな」
「はい」
「ではどうぞ」
雪奈もそろそろ来るころだと思っていたようだ。新太郎が指名したと聞き、来るまでの間に香を焚き、自らも艶っぽい服を着て化粧も入念にし、新太郎が来るのを待った。
「雪奈さん」
「新太郎はん、会いたかったどす~」
会うやギュウと抱き合う二人。
「うふ、もうナニが元気になって」
「この日のために額に汗して働いているんですよ」
「一月に一度の自分へのご褒美どすな。さあ今宵もウチを堪能しておくれやす」
若くて筋骨隆々の新太郎は精力もまた絶倫である。新太郎が満足したころ、雪奈はまた腰を押さえて苦笑していた。
「相変わらず、お強いこと」
御椀に水を入れて新太郎に差し出した。
「ありがとう」
雪奈は新太郎に寄り添った。
「この傷は先月にはありしまへんどしたなぁ…」
胸板にある傷を愛撫する雪奈。
「はは、くすぐったいよ」
「でも背中に一つの傷もないのはさすがどすなぁ」
背中の傷は剣士の恥と言われている。
「まあ、今まで運がいいことにね」
「しかし新太郎さん、新撰組の中でいい仲になっている子っておらへんのどすか?」
「いい仲と云うのは男女の仲のこと?」
「そうどす」
「それはいないな。みんな仲間だから」
「新太郎はん、男前なのに。よう近藤はんらほっておきますな」
「彼女たちも僕を男と思う前に、戦う仲間と見ていると思うよ。それより…」
「あら、また元気になってはる」
雪奈は再び新太郎を抱き寄せた。
◆ ◆ ◆
翌日、機動新撰組に客が来た。長崎屋の主人権蔵である。長官のおりょうに会った。
「おりょうはん、京都に陸軍が乗り込んできよったが何をする気なんやろ」
「私にも分からないのです。陸軍はむろん、府警からも何の情報も来ないので」
「新聞社も圧力をかけられておるらしいのぉ。掲載の記事はどうでもいいことばっかりや」
「我々としても困っています。長崎屋さん、お寺の破壊の時と同様に何か情報がございましたら」
「ええでっせ。機動新撰組が関わると見た情報はお伝えしましょ」
「ありがとうございます」
「で、本日もその一環で参った次第なんですがな」
「はい」
「陸軍を率いているのは山県有朋らしいのですわ」
「まさか…陸軍卿自ら出てきたと?」
山県有朋、長州藩出身の維新志士で明治になってから軍人、政治家として活躍し、やがて内閣総理大臣にもなる人物だ。
「部下の軍人ではなく山県自ら出てきたところが何やら重大性を匂わせますな」
「その通りです」
「でな、おりょうはん。その山県と副長はんの父上は因縁がありましてな」
「…箱館戦争ですね」
「そや、箱館戦争で山県率いる奇兵隊と土方歳三率いる新撰組は何度も戦っとる。時に勝ち、時に負けと一進一退。しかし結果は土方が一本木関門の戦で奇兵隊にハチの巣にされて討ち死に。それで終わりや」(架空戦史です)
「当局の歳絵が陸軍卿に害を及ぼすと?」
「何せ父の仇やからな。あんな男でも娘には大層愛されているようや」
「分かりました。軽率な振舞いはしないよう注意しておきます」
「それがええですやろ。ほな儂はこれで」
長崎屋が帰ったころ、新太郎たちが帰ってきた。
「おはようございます。新太郎さん、竜之介さん、源内さん」
天国荘の入り口を掃除していた薫が出迎えた。
「おはよう薫くん」
「朝帰りとはやりますねー」
「ははは、じゃ私はこれで。昨日は一睡もせずに張りきったから眠くて」
源内はあくびしながら天国荘に入っていった。
「俺もじゃき。げにまっこち、あの女眠らせてくれんきにの~」
竜之介もあくびしながら入っていった。
「うふ、新太郎さんは眠っているのですかぁ?」
「いや僕もあんまり。昼まで少し横になるよ」
「じゃあお昼に一緒に甘味処屋に行きません?で、私にあんみつを御馳走してもらいたいんですぅ。今月早くも金欠なんですよぅ」
「え?きゅ、給料でたばかりじゃないか」
「いいじゃないですかぁ。ねえ新太郎さぁん」
「悪いけれど、昼はおりょうさんと銀行と府庁に行かなくちゃならないんだ」
「ええ~。一緒に行ってくれないんですか~。ぐすっ」
泣きだした薫。
「ちょ、ちょっと薫くん、こんなことで泣かないでよ」
「だって、だって新太郎さんが一緒に甘味処屋に行ってくれないんだもの~。えーんえーん」
「こ、困ったな。じゃあ今日は無理だけど明日は…」
「十五にもなってつまらないことで泣くのではありません!」
歳絵が天国荘の出入口を通りかかり、薫に怒鳴った。
「え…」
「泣くと心が乱れます。自分だけではなく周囲に悪影響を及ぼします!一時の感情に流されるような者は新撰組に必要ありません!」
呆然として歳絵に怒鳴られる薫。
「と、歳絵くん、どうしたの?」
「弓月さん、あなたもです」
「え…?」
「サンダードーンの脅威が迫り、我らは毎日薄氷を踏む思いの戦いをしていると云うのに女遊びとは!」
「そ、それは…」
「たった今、竜之介さんと源内さんにも言ってきました。自覚が足らないと!」
薫と新太郎を鋭い目で睨み、歳絵は去っていった。
「こ、怖かった…」
と、薫。
「参ったな…。どうしたんだ歳絵くんは…」
◆ ◆ ◆
その夜の巡回、新太郎、歳絵、薫で出たが歳絵は鬼気迫る戦いぶりだった。
「てやぁ!」
「歳絵くん、薫くんの補助なしで行っては駄目だ!」
「必要ありません!」
しかし魔物もそう甘くない。雑念ある太刀など通用しない。あっさり歳絵の太刀はかわされ
「しまっ…!」
『おいらの雷で黒焦げになっちゃえ!!』
式神白虎の雷が魔物に直撃した。
「ぎゃあああ!!」
間一髪で薫に救われた歳絵。しかし薫も朝のことを根に持ち、プイと顔を逸らしたままだ。
「ふん、力は持っていても心は子供のようですね」
「ちょっとぉ!礼くらい言ってもいいんじゃないですかぁ!」
「よしなよ!レーダーにはまだいくつも魔物か物の怪の表示がついているんだ!仲間割れしている場合じゃない!」
「…すいません」
「はぁ~い」
巡回は無事に終わった。しかし
「歳絵くん、何かあったのかい?朝の言動といい今夜の戦いぶりといい何か変だよ」
「弓月さんには関係ありません」
「何よ、その言い方!新太郎さんは土方さんを心配しているのに!」
「大きなお世話です」
天国荘にスタスタと入っていく歳絵。
「何よ、士気を下げているのは土方さんじゃない!んもー腹が立つぅ!」
地を蹴る薫。
「勇子くんが立ち直ったと思えば、今度は歳絵くんがご機嫌斜めだ。女の子ってのは疲れるなぁ…」
◆ ◆ ◆
さて、翌日の朝。新太郎が屯所前を掃除していると立派な軍人が歩いてきた。護衛兵を連れている。高い身分の軍人なのだろう。ほうきを止めた新太郎。
「ここが機動新撰組の屯所かね?」
「はい、そうですが」
「私は陸軍卿の山県有朋と云う者だ」
「あ、あなたが山県有朋陸軍卿!」
「責任者と話がしたい。取り次いでもらえないか」
「は、はい!」
新太郎は本部へと駆けて長官室に行った。
「おりょうさん、新太郎です」
「どうぞ」
長官室に入り、おりょうに報告する新太郎。
「山県有朋陸軍卿がお見えです」
「山県さんが…。そう、ついに来たの…」
「おりょうさん、陸軍卿に会ったことがあるのですか?」
「竜馬さんと一緒に何度かね。分かりました。通して下さい。近藤局長、そして新太郎さん、貴方も立ちあいなさい」
「分かりました」
「なお」
「え?」
「歳絵さんには山県さんが来たことは知らせないように」
「なぜです?局長を呼応するなら副長…あ!」
新太郎も山県と土方歳三に因縁があることを思い出した。
「そういう理由です」
「分かりました」
新太郎は山県を案内したあとに勇子を呼びに行った。
「陸軍卿自ら来たって?」
「そうなんだ。で、おりょうさんが局長の勇子くんも呼んでくるようにと」
「重大な話みたいだな。分かった。で、土方は?」
「勇子くん、歳絵くんのお父さんと山県さんは」
勇子も思い出した。
「そうだったな…。土方歳三は箱館戦争で山県有朋に討たれたんだよな…」
「歳絵くんのここ数日の不機嫌もそれが原因だったのかもしれない。どこからか父の仇である山県有朋が京都に訪れることを知り心が乱れて…」
「親父の仇か…。とにかく軍の偉いさんを待たせられない。行こう」
長官室に行く勇子と新太郎。
しかし、内密にしておこうと周りが思えば思うほど、当人の耳に入ってしまうもの。廊下の角を曲がりかけていた歳絵は新太郎と勇子の話を聞いてしまった。下唇を噛む歳絵。
「……」
長官室に入った新太郎と勇子。
「失礼いたします。機動新撰組局長、近藤勇子です」
「同じく勘定方兼参謀見習い、弓月新太郎です」
「こちらに」
「「はっ」」
おりょうに促され、二人は長官室のソファーに座った。
「陸軍の山県である」
改めて山県に頭を垂れるおりょうたち三人。
「実は明治政府が召した二人の外国人の消息が京都で途絶えた。その外国人は科学技術の向上のため、政府が高値で呼応した者であった」
「二人の外国人ですか」
と、新太郎。
「そう、双子の科学者だ」
勇子、新太郎は顔には出さないがテベトとセバトのことと分かった。
(まさかとは思ったが…サンダードーンは明治政府に潜入している)
背筋に寒さを感じた新太郎。
(テベトとセバトを倒したのは我ら機動新撰組、しかし、彼らが魔族だからなんて言っても信じてはもらえない。だんまりを通すしかない)
政府にその二人を討ったのは機動新撰組と知られたらどうなるか。いまは何を言っても信じてはもらえない。今はこの事実を秘しているしかない。
「兄弟は政府にある技術を供給したあと、京都に拠点を置きたいと望んだらしい。その技術を試すには物の怪が跋扈している京都が一番と云う申し出からだった。しかし、兄弟はその京都で消息を絶った」
「つまり、京の治安を守る私たちのせいってことですか」
と、勇子。
「政府の中には、もはや機動新撰組に任せてはいられないと云う意見も出ている。それゆえ我々陸軍が出向いてきたと云うわけだ」
「一つ、よろしいですか?」
新太郎が挙手した。
「なにかね?」
「物の怪は刀や銃で倒せません。どう対応するのですか」
「それが先の科学者が明治政府にもたらした技術だ。結界発生装置と云う機械、すでに政府が自力で開発に至っている」
結界発生装置があれば刀による斬撃も鉄砲の銃弾も物の怪や魔物に効く。
「結界発生装置を政府が…」
「勝さんが立ち上げた組織、かつ物の怪退治に大いに貢献してくれている機動新撰組。多少の予算はかさんでも政府は目をつぶってきた。しかしこれからは京都の物の怪退治は陸軍が行うことになる」
「では我々、機動新撰組は…」
「解散と云うことも視野にいれておくことだ。無論、今まで京の治安を守ってきた君たちの働きは評価している。それゆえ部下ではなく私が自ら通達に来たと云う…」
長官室のドアがいきなり勢いよく開けられた。
「先に消えるのは貴方の方です!」
刀を抜いた土方歳絵が怒りの形相で山県を睨んだ。
「山県有朋…!父上の仇!!」
「な…っ!?」
「覚悟!!」
刀を振り下ろす歳絵の両手を掴んだ勇子。
「やめろ!」
憎悪に満ちた目で勇子を睨む歳絵。
「離して下さい!近藤さんに私の気持ちは分かりません!」
「分かる!私だって明治政府に親父を斬首されたんだ!」
「ならばどうして止めるのですか!」
「今さら陸軍卿を斬って何になる!お前の親父が生き返るわけじゃないんだ!」
すでに新太郎も山県の前に立ち、歳絵の一撃に備えている。
「くっ…!」
強引に勇子の手を振りほどいた歳絵。憎悪に満ちた目を山県に向けて、長官室から走り去った。
「陸軍卿!」
「あ、いや大丈夫だ、おりょう殿。しかし今の娘は…」
「私の部下の土方歳絵です…。申し訳ございません。私の監督不行き届きです」
「土方?もしや土方歳三の…」
「はい、娘です」
「…そうであったか、あの男の…。ははは、土方の娘なら私を仇と云うのは当然だな。では近藤と云うこの娘さんも」
「…はい、私は近藤勇の娘です」
驚いた山県
「なるほど、新撰組と云う名前は伊達ではないということか」
「申し訳ございません。私の責任です」
深々と山県に頭を下げるおりょう。
「気にされるな。今回の訪問は非公式のもの。私も不問にしよう」
「しかし、それでは」
「土方歳三に対する礼儀と考えて下されればいい」
「山県さん」
と、勇子。
「何かね?」
「父と戦ったことはあるのですか」
「ない、だから生きている」
「…」
「不思議なものだな。あれから時を経て、近藤と土方の娘に会おうとはな」
ふう、と一息ついて山県は席を立った。
「ははは、私もせいぜい寝首をかかれないよう注意しよう」
屯所から立ち去った山県有朋。屯所の門前で待機していた馬車に乗り陸軍本営で戻っていった。山県を見送るおりょうたち。
「驚いたな。まさか山県さんを討とうとするなんて」
と、新太郎。
「しかし気持ちは分かるよ。私の親父も同じようなものだから」
勇子が答えた。
「土方歳三が山県有朋に討たれたってのは有名な話だしな。局に迷惑がかかる、でも父の仇も討ちたい、そんな葛藤から、ここんとこ土方は塞ぎ込んでいたんだろう」
「山県さんは寛容な態度を示したけれど、このまま何の処罰もしないのでは局内に示しがつきません…」
おりょうが言った。サンダードーンの戦いを思えば歳絵くんが抜けるわけには、と新太郎は喉元まで出かかったが、それは引っ込めた。旧新撰組ならば切腹の罰を受けても不思議ではない歳絵の行いである。個人の優れを優先して組織の束ねを忘れては、その組織は終わりだ。
◆ ◆ ◆
さて、そんな一騒動があった日であるが源内から朗報も入った。開発中の『機動剣』を試験的に実戦に使える段階に来ていると云うことだ。源内の研究室に呼ばれた勇子、薫、新太郎。二振りの刀を勇子と薫に見せた源内。
「この日本刀タイプの刀が勇子くんのだ」
「どれ」
柄を握ってみる勇子。
「手にちょうどいいや。私の手の形を入念に描いたのはこのためなんだね。しかも」
刀には紋章のように大きく『虎』と赤文字で書いたあった。
「いいねぇ、この虎の文字」
「ははは、勇子くんの太刀は父上と同じく『虎撤』だからね。私の方で入れておいたよ。で、どうだい」
「うん、何か力が湧いてくるようだぜ」
「良かった。それは機動剣と勇子くんの体が共鳴している証なんだ。機動剣は特殊な太刀で、設計図から作成してみて女性にしか使用出来ないと判明したんだ。かつ女性なら誰が使ってもよいと云うわけではない。作る段階で設定した女剣士にしか効果は得られない仕組みとなっているんだ」
製作中、源内は勇子、歳絵。薫に何度か協力を願い、各々の武技を記録して刀身に記憶させている。まさに機動剣は近藤勇子・土方歳絵・沖田薫のために生まれる剣なのだ。
「へえ、ますます愛着が湧いてくるな。これなら現在研究中の必殺剣も撃てるかも」
まるで恋人を得たように新しい愛刀を振る勇子。
「私は鶴の文字ですか」
薫の機動剣は西洋風のもので両刃である。
「うん、薫くんの太刀は紅鶴の太刀だからね」
「鶴かぁ…。源内さん女の子が喜ぶツボを心得ていますぅ」
「そ、そんなんじゃないよ。ははは」
「でも近藤さんの言うとおり、何か力が湧いてきます。早く試したいです」
「その機動剣には『結界発生装置』の理論も組み込まれている。今までと違い電池の心配もないよ」
「まさに鬼に金棒だな。源内、いい仕事だよ」
「ありがとう勇子くん。あと勇子くん、歳絵くん、薫くんには太刀だけでなく、機動の甲冑も作ってあげたい」
「「機動の甲冑?」」
「そう、魔物に対するには、それなりに防具も必要だろう?」
「そんなの出来るのか?」
「設計図は先代のがあるし、今まで分からなかった点も先の封印機で解明している」
「何で源内さんのお父さんはそんな強力な武具を作ったのですか。しかも女性のみ使用可とは…」
と、新太郎
「元々機動の武具は先代源内が美姫さんの母上のために作ったものなんだ」
「美姫のお母さんに?何のために」
勇子が訊ねた。
「すまない、詳しくは分からない。設計図に『紗姫殿装備』と書かれていただけだからね…」
「美姫さんのお母さんに必要なものだったわけか…」
「だから新太郎くん」
「え?」
「機動の武具の設計図は女性用しかなくてね」
「はあ…僕と竜之介のはないわけですか」
「申し訳ない」
「いえ、勇子くん、歳絵くん、薫くんの武具があれば」
「心配するな新太郎、作ってもらった分、私たちが働くからよ!」
「そうですよ新太郎さん、近藤さんの言うとおりですよぅ」
「あとは歳絵くんに試してもらいたいのだが…いつ謹慎が解けるか分からないし、ともあれ今日の巡回から試してみてほしい」
「「了解!」」
新たな武器、機動剣を持って源内の研究室から立ち去りかけたところ、源内は新太郎だけ呼びとめた。
「なんだろ新太郎さんだけ」
「野暮言うな沖田、たぶん遊郭に行く日程を決めるんだろ。しかし早く使いたいぜ機動剣!」
研究室の片隅に行き、ヒソヒソと話す新太郎と源内。
「そうですか、通りましたか!」
「ああ、東京から先日連絡が入ったよ」
「お手柄ですよ源内さん!」
「ありがとう、近日中に屯所に来ると云うことだ」
「これは御馳走を作らないと!」
「私は二重の楽しみだよ。来るのは私の兄弟子でね。厳しい人だったから、やっと認めてもらえたようで。ははは」
夜になり、さっそく巡回で機動剣を試してみた勇子と薫。
「てやぁ!」
「えいっ!」
機動剣はすさまじい威力を発揮した。自分で使って驚く勇子と薫。
「近藤さん、これ」
「ああ、すげえ威力だ。まさかこれほどとは」
だが、一つの戦闘を終えると機動剣の刀身から光が消えた。壊れたのだ。
「あれ?」
「え~もう故障ですかぁ」
二振りの機動剣を眺める新太郎。
「どうやらそうみたいだね」
専用の鞘に機動剣を収める勇子。
「源内にゃ悪いが、これじゃ実戦に使えないよ」
「まったくですぅ」
「まだ試作と言っていたじゃないか。失敗は成功のなんとやら。結論はまだ早いよ。源内さんだって、みんなを助けようと懸命なんだから」
「それもそうか、おい沖田、間違っても『これ失敗作です』なんて言いながら機動剣を源内に返すんじゃないぞ」
「わ、分かってますぅ。現に機動剣はすごい威力を出したんですもん」
「ならばいい。さて、それじゃいつものように巡回を続けるよ」
「「了解」」
巡回は終わり、天国荘に戻ると、きよみから土方の処分が勇子たちに伝えられた。給金は向こう三ヶ月減額のうえ、おりょうの許しが出るまで出動禁止の処分であった。
「仕方ない、当分土方抜きでやるしかないな。サンダードーンの脅威が迫る今、土方の穴は痛いが今回の土方の軽挙に何の咎めもないのでは局内に示しがつかない。おりょうさんも辛い決断だったろうな」
ふう、と一つため息を吐いて勇子は部屋に戻っていった。新太郎も部屋に帰り、一風呂浴びた後、ラウンジで本を読んでくつろいでいた。
「新太郎さぁん」
薫が声をかけてきた。新太郎の前に座る薫。
「どうして土方さんはあんなことをしたのですか」
「あんなことって?」
「陸軍卿を殺そうとしたことですよぅ。新太郎さんもその場にいたんでしょ?」
「うん…。歳絵くんは本気だった」
「たとえ陸軍卿を討って仇を取ったとしても、お父さんが生き返るはずわけでもないのに、おかしいですよ」
「そうと分かっていても、やらずにいられなかったのだと思うよ」
「親の仇討ち、私には分からないですねー」
「薫くんのお父さんは確かご病気で」
「はい、そう聞いています。しかしたとえ土方さんのお父さんと同じように明治政府に殺されたのだとしても、あの時代では仕方のないことです。別に仇を取ろうなんて思いませんよぅ」
案外冷めている薫の言葉に少し驚く新太郎。
「お父さん…沖田総司は娘の私のことなんてどうでも良かったみたいだし」
「いや、娘のことをどうでもいいと…」
「そうだ新太郎さん、ちょっと付き合ってくれませんかぁ。今日は星がすっごく綺麗なんですよぅ」
強引に天国荘の屋上に連れていかれた新太郎。薫は自分のお気に入りの場所に歩いた。どうやら星を見に来るのは一度二度ではないようだ。また星は薫の言うように本当に綺麗だった。
「星か…。そういえばしみじみ見つめることなんて数年なかったな」
「新太郎さん、こっちこっち!」
お気に入りの場所に新太郎を手招きする薫。薫の隣に座った新太郎。
「よく星を見に来るの?」
「たまにです。近藤さんや土方さんもたまに来て見ていますよ」
「そうなの?」
「あ、新太郎さん、そんなに驚くと怒られちゃいますよ。近藤さんや土方さんだって、まだ十七の乙女なんですよぅ。綺麗な星を愛でる気持ちはありますぅ」
「そ、そうだね」
「でも私は夜が嫌い、そして夕焼けはもっと嫌い」
「どうして?」
「子供の頃から夜は何か闇に吸い込まれそうな、独りぼっちの私が消えていってしまいそうで怖かったんです」
「…」
「そして母が私を捨てた時は皮肉なほどに綺麗な夕焼けの時でした。どんなに呼んでも振り向いてくれず、夕暮れの中に消えていきました。捨てるくらいなら生まなければ良かったのに…だから私は夜と夕焼けが嫌いなんです」
「つらい思い出がよぎってしまうからだね」
「はい、でも今は平気なんです。ここには新太郎さんやおりょうさんと言った仲間、いえ家族がいるのですから」
「家族か、そうだね僕らは家族なんだ」
「ずっとずっと、みんなと一緒にいられたらなぁ…」
星を見つめる薫。新太郎は機動新撰組が解散ということになっても帰る家が東京にある。しかし薫にはない。ここが唯一の薫の居場所なのだ。
「でも、どうして今日、僕を誘ってくれたの?」
「うふ、それは新太郎さんで考えてください。うふふっ」
◆ ◆ ◆
処分を受けた夜、歳絵は一枚の写真を見つめていた。父母の写真である。だが一部が破けており、母親の顔は分からない。父の顔を見つめ、そして目を閉じる。
「父上…」
幼い自分を抱いている父の笑顔、幼い時ゆえに記憶の片隅にある思い出だが、歳絵にとっては大好きな、そして尊敬する父の姿である。母の顔も、名前さえも分からない。いつか千葉佐那子が聞かせてくれた女性が母と思う。しかしどんな人だったのか。歳絵の養父とも言える榎本武楊も土方の妻には会っていないので伝えられるはずがない。いつも気丈に振る舞う歳絵だが、彼女とて十七の娘。父母は恋しいものだ。山県を討とうとしたのも、父母のいない寂しさを自分に与えた元凶して憎んでいたからかもしれない。
許せない…。山県さえいなければ私と父母にはもっと幸せな生活があったはず…。