「歳絵くん、おはよう」
朝、洗面所に来た新太郎、先に顔を洗っている歳絵と会った。
「おはようございます、弓月さん」
顔をタオルで拭きながら歳絵
「聞きました。先日は大変な戦いだったとか」
「ああ、アダルと獣人と戦ったこと?」
「はい」
「そうだね…。府警が来てくれなければ全滅していたよ」
「そんな時に天国荘の中で大人しくしていなければならなかった私が悔しくて」
「でも修練は続けていると聞いたよ」
「当然です。いつ現場に戻っても良いように」
二人のいる洗面所に
「あ、いたいた。土方さん、新太郎さん」
薫が来た。
「なんだい薫くん」
「陸軍卿が来ました」
「山県さんが」
歳絵をチラと見た新太郎と薫。
「……」
「陸軍卿がみんなに話があると」
「…?では私もですか?」
「はい、土方のご息女も、そう仰ったそうです」
長官室に向かった新太郎、歳絵、薫。
「新太郎です」
「どうぞ」
入るとおりょうと山県が立っていた。勇子と竜之介、猫丸は先に来て待っていた。山県と歳絵の目があった。山県を睨む歳絵。山県は意に介さない。
「陸軍卿、みんな揃いました」
「ふむ」
山県が立ったままなので全員立ったまま聞いた。
「先日の化け物との戦い、報告で聞いた。西洋の技術者が提供した結界発生装置はとんだまがいものであり、そして壊滅させられたと」
己が鍛えた陸軍の不甲斐なさに自嘲するように笑う山県。そして新太郎に訊ねた。
「弓月くん、君に問う。この機械を提供し、そして京都に行き消息を絶った外国人の兄弟、君は知っているのではないか」
おりょうを見た新太郎。言ってもかまわない、おりょうの目がそう言っている。
「…その兄弟はテベトとセバトと云い、その正体は魔物です」
「……」
「そして我々が討ちました。消息が途絶えるのは当たり前です」
「そうか…。政府は魔物に踊らされ、あんなまがいものを高値で買わされたと云うわけか。馬鹿な話だ…」
「結界発生装置が無ければ魔物を我々と同じ土俵のうえにあげられないばかりか、一方的に攻撃を受けてしまうのです。陸軍卿の部下たちが敗れたのも無理はありません」
「そうか…。だが」
「だが?」
「政府が私に申し出てきたのは今回の事件を極秘裏に処理せよという指示だけであり、しかも私がまだ報告をしていなかったのに、すでに政府上層部は今回の事件を知っていた。軍が壊滅に追いやられたと云うのに、かつ京都がこんな不穏な状況であるにも関わらず上層部は君たち機動新撰組の解散を正式に通告してきた!」
懐から通告書が入っているであろう封書を出し、そして床に叩きつけた。
「正直、政府の意向はにわかに信じがたいものばかりとなっている。聞かせてほしい。日本の軍事を担う身で何をのんきなと思うであろうが、君たちはどこまで掴んでいるのか」
「陸軍卿、残念ですが陸軍卿ご自身が敵と繋がっていないと云う保証はないのです。それをお話するわけにはまいりません」
「……」
おりょうの強気の言葉に驚く新太郎たち。山県は特に激せずおりょうを見つめたままだ。おりょうは続ける。
「勘違いなさらないで下さい。あの噂を真に受けてこんな態度を取っているわけではないのです」
幕末時、竜馬を暗殺したのは幕府側ではなく、竜馬によって成されたという大政奉還・王政復古により武力倒幕を押さえられた薩摩と長州と噂された。加えて山県は振り上げた拳の行きどころを奪われ『坂本は勤皇と佐幕もハッキリしない、どっちつかずの卑怯者』と激しく罵ったと云い、竜馬、そして共に暗殺された中岡慎太郎が頭領を勤めていた海援隊・陸援隊の者たちは黒幕を山県と噂した。おりょうはそれを真に受けて、良人を暗殺した卑怯者と憎んでいた。(架空史です)
しかし時が経ち、ただの噂にすぎないことを真に受けて人を恨み続けるのは不毛。いまだ誰が坂本竜馬を暗殺したかは不明だが私には愛する息子竜之介がいると考え直し、今でも虚報飛び交う竜馬暗殺の犯人については聞いても知らぬ顔をするようにしている。
「言えることは明治政府の中に我らが戦っている者たちがいるということ。それも極めてずる賢い。これ以上私たち機動新撰組が政府の出先機関として存在するのは限界のようです」
「どうすると言うのかね」
「是非もありません。私たちはこれより株式会社として新撰組を立ち上げ、政府から離れて独立独歩でやっていきます」
「……」
「一度始めたことです。お偉いさんに言われてハイそうですかと旗を収めれば、私はあの世の良人に会わせる顔がありません」
「私が何とかする」
「え?」
「政府の機関と云う名目を外れれば、君たちは刀を持つことも許されなくなる。府警との繋がりも絶たれ、魔物との戦い以前に逮捕されてしまう。今まで京都を守るために命がけで戦ってきた君たちをどうしてそんな目に遭わせられるか」
「陸軍卿…」
「私とて勝さんに合わす顔がない。いや、泉下の坂本や彼女たちの父上にも」
次の瞬間、おりょうたち機動新撰組は目を疑った。山県が頭を垂れている。しかもその正面にいるのは歳絵だ。
「私の力が足りなかったゆえだ。申し訳ない。しかし、その上で君たちに頼みたい。助けてほしい。虫のいいことは分かっている。国を救うため力を貸してほしい。我らでは魔物に打ち勝つことはできない!」
「陸軍卿、それは当局の弓月が言ったように結界発生装置が偽物であったがゆえで」
「…おりょう殿、身内の恥をさらすようだが先日の戦闘のあと、陸軍を脱走するものが続出した。あんな化け物と戦えないとな。しょせん徴兵で集めた者は義務で戦っているに過ぎず、相手が自分よりはるかに強いと知れば逃げる。しかし君たちは違う。京都を守るため父上たちの誇りであった誠の旗の下に集った。陸軍は『義務』機動新撰組は『誠』我ら陸軍が君たちにかなうはずがないのだ…」
「…山県さん、顔を上げて下さい」
静かに歳絵が言った。
「……」
「父を討った貴方が軽々しく頭を下げるところなんか見たくありませんでした」
「歳絵くん、いくら何でもそれは失礼だぞ」
新太郎の叱責を聞かず、そのまま続ける歳絵。
「どうしてそんなことが出来るのです。私は貴方を殺そうとしたのですよ。あなたにとって陸軍とはそれほどに価値のあるものなのですか」
「…では君は亡き父上に『父上にとって新撰組はそれほどに価値のあるものなのですか』と聞けるのかね?」
「……!」
「土方も私も国を思う気持ちは同じだ。これでは答えにならぬか」
「…言われなくても京都は私たちが守ります。父の誇りであるこの京都を!帰ってください!」
長官室を走り去る歳絵。
「申し訳ありません陸軍卿」
歳絵の態度を詫びるおりょう。
「いや、なんの」
姿勢を戻した山県。
「おりょう殿、貴女たち機動新撰組が戦っている者たちが政府に入りこんでいると聞けただけで十分。そんな命令は私の名誉にかけて遂行する気はないゆえ、今後も隊の務めを続けてほしい。機動新撰組の存続は必ず私が認めさせ、無論、今まで通り報酬も出す。安心してほしい」
「分かりました」
「おりょう殿、出来れば土方の息女に今度ゆっくり話したいと伝えてくれまいか。敵将からしか見えない土方歳三もある。それを話しておきたいと」
「必ず伝えます」
山県は新撰組屯所から去っていった。とにかく機動新撰組の存続は成った。緊張から解けて長官室内で姿勢を崩す隊士たち。
「ああ、よかった!」
安堵のため息を出す薫。
「それにしても母ちゃん、あの山県有朋に一歩も引かないなんて、げにまっこと、たまるかよ」
「うふふ、私も内心汗かいていたけどね。ところで新太郎さん」
「はい」
「歳絵さんの様子を見てきてくれる?先の山県さんの言葉も加えて」
「分かりました」
歳絵の部屋に行った新太郎。
「歳絵くん、弓月だけど」
「…開いています」
「入るよ」
「何か」
「山県さん、帰ったよ。一度歳絵くんとゆっくり話したいって」
「…話すことなんかありません。父上を殺した男など会いたくもありません」
「…敵将からしか見えない土方歳三もある。そう言っていた。自分が見た土方歳三を娘である歳絵くんに話したいのだと思う」
「…弓月さん」
「ん?」
「山県さんはどうして私に頭を下げることが出来たのでしょう。そこまでして軍を守りたかったのでしょうか」
「…それはきっと軍じゃなく、仲間のためだったんじゃないかな」
「しかし、いくら任務のためとはいえ他人のため下げたくもない頭を下げるなんて」
「新撰組の隊士が幕府閣僚を怒らせたことがあった。威張ってばかりいる腰抜けの幕閣で落ち度はその幕閣にあったというのに」
「…?」
「だが君の父上は悔しさを堪え副長として、その幕閣に土下座して謝った。怒りに任せて斬るより、よほど男らしいと思わないか」
「……」
「純粋に仲間を守りたかったから出来たんだよ。君の父上も、そして山県さんも」
「…私は今まで仲間と行動することも、仲間を助けることも、すべて任務と思ってやってきました」
「それじゃ自分の感情や意思は二の次ということ?」
「父上はそのせいで選択を迫られました…」
自嘲するように静かに笑う歳絵。
「…?」
「いちいち個人の感情を優先しては組織と云うものはまとまりません」
「でも感情のない人間では他人を思いやることは出来ないじゃないか」
「感情の赴くまま行動すると後で取り返しのつかないことになるのです。私は山県さんへの憎悪の念が押さえきれず感情に任せて向かっていきました」
「歳絵くん…」
「新撰組が解散となったら…それは私の責任です」
「感情を表に出すのは当たり前じゃないか。それに解散の話が出たのだって歳絵くんのせいじゃないよ」
「箱館戦争…。父が一本木の戦場に赴く時でした。私は感情を堪え切れずに泣きだしてしまったのです。いつもなら父上に抱きしめてもらったら泣きやんでいたのに、その時は泣きやまなかった…」
土方歳三はその一本木の戦いで戦死している。
「…何かを察していたのかもしれないね」
「父上はいつまでも泣きやまない私を気にしていました。どこか痛いのか、苦しいのか…。寂しがらせて済まない…。そう思いやってくれました。でも出陣の刻限は迫り、後ろ髪引かれる思いで出陣した父上は戦場で持てる力を発揮することが出来なかった…」
当時の歳絵くんは二歳か三歳じゃないか、そう新太郎は言いたかったが飲みこんだ。そして長崎屋に罵られた時、どうして歳絵が涙一つ見せなかったのか分かった。泣くまい、そう思っているからだろう。
「私が泣いたせいで父上は…」
「…歳絵くん、そんな思いをもう二度としたくないから、今も泣くのを我慢しているの?」
「何を…。私は我慢などしていません。それに私はもう泣かないと決めたのです。あの時だって…私が泣きさえしなければ父上は無事だったのです!」
「だからと言って、いま感情を抑えたら、それこそ大切なものを失うことになるんじゃないかな。ここで僕たちが『新撰組を守りたい』と云う気持ちを表さないと新撰組は本当に解散してしまう。そしたら今まで歳絵くんが新撰組を大切にしていた気持ちも嘘だったと思われてしまうよ」
「そ、それは…」
「みんなは新撰組を守ろうとしている。自分の気持ちに正直に従っているんだ。新撰組の仲間たちが大好きだから」
「自分の気持ち…」
その時だった。
「おーい新太郎くーん」
源内が新太郎を探している。
「弓月さん」
「うん、僕はもう行くよ」
「ありがとう、弓月さん…」
「いや、ははは」
歳絵の部屋を出ていった新太郎。
「自分の気持ち…」
窓を開け、空を見上げてフッと笑う歳絵だった。
「源内さん、どうしました?」
「うん、機動剣についてだが」
新太郎は源内の研究室に行き、伝票の山を申し訳なく差し出された。
「すまない、こんなにかかってしまった」
しかし、新太郎は笑って受け取った。源内の後ろには完成した三振りの機動剣があるからだ。まったく源内はずるい。新太郎は機動剣製作の前に
『初めは失敗を重ねてもかまいませんが、都度改良のメドを立ててから次の工程に入って下さい』
と、要望している。つまり金がかかることは承知の上なのだ。
「これは僕の方で清算しておきます。それで本日からでも?」
「いや、もう少し調整をしたいんだ」
「分かりました。ははは、みんな喜ぶぞ!」
夜になった。夜の巡回は新太郎、勇子、薫が出る。竜之介と猫丸も別方面を担当する。陸軍の夜警はたった一日で終わることになり、再び機動新撰組が市内すべてを回る。魔物や物の怪も強くなってきたし、アダルもまたいつ襲ってくるか分からない。謹慎中の歳絵を除いてすべて出動だ。
源内は新太郎と竜之介に筒状のものを渡した。
「源内さん、これは?」
「信号弾だ。この導火線に火を着ければ一方の班と屯所への合図となるうえ、この妖気レーダーにも反映されるスグレものだ」
「源内さん、すごーい」
「ありがとう、薫くん」
「よし、勇子くんの装備、異常なし」
「じゃ新太郎のを確認するよ」
◆ ◆ ◆
各々装備と道具の確認を終えて京都の町へ歩いていった。物の怪と魔物が出てくる。勇子たちは力を合わせて立ち向かう。
「隼の太刀!てやあ!」
「連続斬り!」
『大地の恵みを与えるよ!』
勇子と新太郎が攻撃し、薫は式神を呼んで体力の回復や攻撃補助に入る。
「ふう…。新太郎、竜之介が担当した方は?」
妖気レーダーを確認。
「だいぶ妖気は消えているね」
「竜之介さんはバズーカ砲がありますもんね~。いいなあ」
「しかし沖田、バズーカ砲の反動は結構きびしいぜ。お前が使ったらない胸が余計に引っ込んじゃうんじゃないか」
「もう、近藤さんの意地悪」
「ははは、それじゃ屯所に戻りながら道すがら会う敵を倒していこう」
「「了解!」」
そして京都御所に差し掛かった時だった。暗闇から一人の男が現れた。
「やっと見つけたぜ」
「「アダル…!!」」
なぜレーダーが反応しなかったのか。
「俺ほどの魔族になると気配を消せるのさ。その妖気レーダーで俺がいるのを察して逃げられたらたまったもんじゃないからな」
明らかに今までのアダルと違う。余裕めいた雰囲気が一切ない。
「もう俺に油断はない。死んでもらうぜ」
即座に正体を現したアダル。そして使い魔も二体召喚。その使い魔もかなりの妖力だ。新太郎の後ろに隠れていた薫がマッチで信号弾に火を着けた。閃光が上空に放たれ轟音を響かせる。
「何をしやがった」
特にアダルは動じる様子はない。
「信号弾で仲間を呼んだだけだ」
「そうか、今までなら来るのを待っていてやったが…もう俺はそんな寛大な男じゃないのでな」
「ふん、相次ぐ惨敗にサンダードーンで居場所がなくなってきたのか?」
と、勇子。
「なんだと、このアマ!」
「図星かよ。組織ってのは魔族でも色々大変なんだねぇ…。こっちも色々と大変なんだぜ。聞いてくれよ。給料は安いわ、長官は恐ろしいわでもう胃が痛いことばっかりでよ~」
「続きは地獄で言え!」
洞窟での戦いでは刃の峰で攻撃し、先のアブには本気で戦うことはさせなかったアダル。倒した後に勇子たちを楽しむためだ。だが今回は完全に殺すつもりで来ている。左右五本ずつ、合わせて十本の鋭い爪が勇子を襲う。使い魔も二体は新太郎と薫を襲う。一対一でアダルに敵うはずがない。勇子は懸命に防ぐ。
「ちっ、変態のくせして一応は強いじゃねえか!」
「お前が弱いのよ!」
「言ってくれるじゃねえか!」
新太郎はやっと対していた魔物を倒し、次に薫を襲っていた魔物を斬った。
「ありがとう新太郎さん!」
「急ぎ、僕らに回復と防御力上昇を!」
「はいっ!急急如律令!」
式神白虎が出た。
『大地の恵みを与えるよ!』
続けて玄武が出て
『僕の堅い甲羅に刃が立つかな~ッ!!』
三人は回復して防御力が上がった。しかしアダルは強い。勇子と新太郎二人がかりでも攻撃を防ぐのがやっとだ。後方にある薫は必死に援護。そして陰陽術を詠唱している時、新太郎と勇子の隙を一瞬ついて薫に向かったアダル。
「「しまっ…!!」」
「厄介な術を使いやがって!真っ先に仕留めるべきだったぜ!」
「ああっ…!」
そのアダルの顔面にバズーカ砲の砲弾が直撃。竜之介と猫丸が駆け付けた。
「ぐおっ…!」
並の物の怪なら即死の竜之介愛用のバズーカ砲、アダルは顔面を押さえた。
「待たせたぜよ!」
アダルがひるんだ隙に猫丸は体を球体にして突進した。
「ウニャニャニャニャーッ!!」
「二度も同じ手を食うか!」
アダルは力任せに猫丸を蹴り飛ばした。夜空に勢いよく飛んでいく猫丸だった。
「ウニャーッ!後は任せたニャーッ!!」
アダルの後方から勇子たちが襲いかかっている。しかしアダルは剛爪を振り、三人の太刀を弾き飛ばす。
「ふう、加勢と言っても一人か」
少し息は荒いが、まだアダルは冷静である。戦い慣れている。しかも竜之介のバズーカ砲の弾丸はさっきアダルに撃ったのが最後のものだ。竜之介は愛刀の陸奥守吉行を抜いた。
「兄ちゃん、作戦は」
「薫くんに後方支援を任せ、僕たちは攻撃に集中するしかない」
「そうだ、新太郎、竜之介、三段行くぜ」
「「了解!!」」
『三段』とは三人が縦列隊形に並び、先頭が攻撃してすぐに退いて、中堅も撃って退き、そしてしんがりが撃つ。しんがりのあとは先頭が一回転して戻り、しんがりが退いた後に斬りかかる。その繰り返しをして強敵を仕留めると云うものだ。弓月新太郎が考案した対サンダードーン用の必殺攻撃だ。徹底して訓練が積まれている。勇子、竜之介、新太郎が縦に並び、ただちに攻撃開始。
今まで出てきた手強い魔物はこの攻撃を防ぎきれなかった。しかしアダルは
「味な真似をするじゃねえか!」
と、まったく効かないわけではないが致命的な一撃は与えられない。
「ひゃははは!せいぜい気張りな!疲れて回転が止まった時が最後だ!」
さしものアダルも三段攻撃に突き入る隙がないのか、攻撃を受けきっているが反撃はしない。しかしアダルの言う通り疲労で回転が止まれば最後だ。しかも薫の陰陽術を発動させる力が枯渇。最悪の事態は重なった。四人の持つ結界発生装置の電池切れが間近なのだ。警報が鳴動した。
「全員一太刀!」
とっさに新太郎が合図した。退却直前に全員で一斉に撃つ。その時の隊列順で攻撃場所も決まっている。竜之介が上、新太郎が中、勇子が下に渾身の一撃を叩きこむ。
「ぐおっ!」
さしものアダルも転倒、そして
「新太郎!」
勇子が目で合図。
「分かった!」
新太郎がアダルへ煙玉を放った。
「退却だ!」
「「了解!!」」
「逃がすか!!」
新太郎がしんがりを守る。バラバラに逃げて捕捉されたら終わりである。機動新撰組の退却は全員でと決まっている。
「絶対に戦闘状態に入っては駄目だ!何も出来ずにやられるぞ!何が何でも逃げろ!」
しかしアダルは空を飛べる。逃げ切るのは難しい。その時だ。勇子たちの前に二つの電飾が見えた。
「機動パトカーぜよ!」
勇子たちの前で止まった機動パトカー。降りて来たのは歳絵だ。
「遅れて申し訳ございません」
「それどころじゃないぜ土方!」
アダルは追いついた。もう勇子たちの結界発生装置は電池切れ。アダルの剛爪を太刀で受けることさえもう出来ない。空から鷹のように襲いかかってきたアダル。
「死ねえぇ!!」
歳絵が機動パトカーのボンネットにあがり跳躍。
「たゆたい流るる水のごとく…。土方歳絵、参ります!!」
アダルは歳絵の持つ薙刀を見た。
「そ、それは紗姫が使っていた…!」
「一刀両断!!」
自慢の剛爪は十本のうち六本が砕け、アダルは吹っ飛ばされた。
「ぐあああッッ!!」
「うそ…」
あぜんとする勇子。着地した歳絵は
「近藤さん、沖田さん、機動パトカーの中に貴女たちの武器があります」
「「え!」」
急ぎ車中を見ると確かに二振りの刀があった。
「完成したのか!」
「源内さん、いい仕事~ッ!!」
「これさえありゃアダルなんて目じゃねえぜ!新太郎、竜之介!」
「な、何だい?」
「あとは私たちに任せな。お前らは寝ていてもいいぜ!」
「大きく出よったの姉ちゃん」
つい機動剣が完成したのだ。信号弾を受けた新撰組本部は急きょ歳絵の謹慎を解き、機動剣三振り預けて歳絵に援軍に行かせたのだ。
吹っ飛ばされたアダル、歳絵の一閃を受けた両手がしびれて動かない。
「な、なんだと…!」
「いくぜアダル!」
勇子、歳絵、薫が機動剣を装備して眼前にいる。
「三振り…!紗姫の使っていたあの武器が!」
機動剣の切っ先をアダルの顔に突きつける勇子。
「言ったな、女は必死になって戦えと。負ければ犯したうえで殺すと。今まで何人の人間の女をなぶり殺しにしてきた?」
「私たちの太刀はそんな女たちの怒りの太刀と思いなさい!」
「何だか分からないけれどそういうことです!」
すぐに勇子、歳絵、薫は三段の隊形になった。両腕が動かないのでは防ぎようがない。勇子たちの動きは早い。勇子と歳絵の一撃が続けて入った。
「ぐおおおッ!!」
機動剣の一閃は並大抵の破壊力ではない。アダルはついに膝を屈した。
「とどめです!覚悟なさい!」
薫がアダルの首を捉えた、その時だった。突如アダルは消滅した。虚しく空を斬る薫の太刀。
「あ、あれ?」
「ちぃッ!またかよ!」
地を蹴る勇子。
「これではキリがありませんね。いかに追い詰めても勝負を高いところから見ている者に寸前で連れ去られてしまう…」
薙刀の石突を地につけてため息をつく歳絵。新太郎と竜之介もその場に来た。
「また連れ去られたか…。しかしニサンやテベトとセバト兄弟の時は決着がついてから連れ去ったのに、どうしてアダルだけが」
「我らに三度も後れを取ったのに、まだ利用価値があるということかもしれませんね。サンダードーンの首魁はやはり残酷な奸智の持ち主のようです」
と、歳絵。
「しかしすげえな、機動剣、これなら今考えている必殺剣も実現できそうだよ!」
鞘に入れて頬ずりしている勇子。
「本当です。源内さんは大したお方ですね。しかしアダルは『紗姫が使っていた』と申していましたね」
「美姫さんの母上とアダルは戦ったと云うことかな。しかもあの恐れようは相当紗姫さんにやられたと見える」
と、新太郎。
「だとしたら、私は美姫が貪欲に力を欲する理由が分かってくる」
「勇子くん、それは?」
「美姫には物の怪を召喚する力がある。それだけでもすごいが、もしかすると早乙女家の娘の力はそれだけじゃないかもしれない。偉大な母親に比べて弱い自分に劣等感を抱いているとしたら…」
「なるほど…。だとしたら悲しいですね。母上と同じくらい強くありたいと云う気持ちが彼女の体を蝕むとは」
「そんなに同情することはないですよ土方さん、母親が偉大、誇れると云うだけで幸せです。私の母は最低の女でしたからね。ふふっ」
話が親のことになると相変わらず薫は覚めているものだ。そんな薫の横顔が何か悲しいものに見えた。
「ところで新太郎さん、源内は甲冑も開発中と聞きましたが」
「資金不足なので、今は中断しているよ」
「ふうん、でも今はこれで十分です!ね、近藤さん土方さん!」
「ああ、これ以上望めばバチあたるぜ」
「この武具の攻撃力に慢心せず、ますます修行を積まなければなりません」
「なあ、もう帰ろうぜよ、腹減ったきに」
竜之介の腹の虫が鳴った。笑い合う隊士たち。そんなころ猫丸がやっと戻ってきた。
「うニャ~。六条まで飛ばされたニャ~」
「「ははははは!」」
◆ ◆ ◆
サンダードーン基地
「よく、おめおめと戻ってこられたものだなアダル」
「サイヴァ…!てめえが回収したんだろうが!」
「…ほう、ならばあのまま首を刎ねられた方が満足だったのか?」
「敗れた以上はそんなこと覚悟のうえに決まっているだろうが!そんなに俺をなぶるか!」
「サリーヌ様のご指示だ。仕方あるまいが」
そのサリーヌはアダルを冷え切った目で見つめていた。
「今度は俺も油断せず挑んだ。それで敗れたのならば魔族の戦士として死すべきであったのに、なぜ回収したサリーヌ!」
「ただの気まぐれよ」
「ふざけるな!」
理由を話すのも億劫がる態度にアダルは激怒。
「あっははは、相当頭に来ているようねアダル…」
水色の髪を流す美女が現れた。赤いボディ・コンシャスを着ている。乳房は大きく腰はくびれ、鮮やかな曲線美を見せる女だった。
「キスレヴ…」
アダルはこの女の色香の虜となっている。
「ねえサリーヌ、次は私に行かせてよ。新しい新撰組がどんなやつらなのか興味があるわ」
「…魔力を取り戻しつつあるとはいえ、テトラグラマトン様の復活なしに我らの真の力は発揮されない。それを待たずに動けばアブのように思わぬ油断で人間に殺される。それともそこの負け犬のようにおめおめと帰ってくる?」
「サリーヌ!てめえ!」
「はあ…。アダル、これ以上私に貴方を失望させないでほしいわ」
「キ、キスレヴ…」
「女はね、器量の小さな男には興味ないのよ。アンタはその強さを誇っていればいいの」
「ふん、強さか。キスレヴも物好きなことだ」
「皮肉をどうもサイヴァ」
「キスレヴ、油断するなよ…」
「ふふっ、新撰組の首並べてセックスを楽しみましょうアダル」
キスレヴは姿を消した。
「キスレヴ…」
「お前のような獣でも恋人は大事なのねアダル。ふふ…」
「…サリーヌ、いつも貴様の思うどおりになると思うなよ。せいぜい悪巧みに精を出すがいいぜ。ケッ!」
アダルは去っていった。
「サリーヌ様、どうしてアダルを助けよと?いつまであんな態度を許しておくのですか。あいつは組織の統制を乱します」
「あんな男でもテトラグラマトン様の復活には必要なのよ。色んな意味でね」
「はっ」
「それより美姫の様子はどうなの」
「変わらず封印機の解除に精力的らしいです」
「ふふふ…。そろそろ美姫も封印を解くたびに体が蝕まれると気づいているはず」
「何故、そんなにしてまで力を欲するでしょう」
「私を殺すためよ」
「え?」
「だから初めて美姫の前に現れた時に力を見せて、母親に比べればゴミ以下と侮辱してやったわ。私に負けて悔し涙さえ流してね。あの女、必ず私を殺してやると思っているはず」
「恐ろしい方ですね。あえて自分を憎悪させ、その感情を利用するとは」
「ふふっ、それにしてもアダル、悪事に精を出すことだな、ですか。ふふっ、愚かな。魔族が悪事に腐心しなければ何の意味があるというのかしら?あっはははは!」
次回のお話では私の他作品『二本松少年隊-秋に菊が咲くころに-』の主人公、酒巻武良がゲスト出演いたしますが、特にその作品を読んでいなくても支障はございませんのでご安心ください。