萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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止まらぬ暴走

『ギャオオオオッッ!!』

 京都の夜空を裂かんばかりの雄叫び、八岐大蛇がその巨体で勇子、歳絵、薫に迫る。

 意識の戻った新太郎、竜之介、そして右近と左近。

「どんな刀と鎧を装備しても、あんな怪物に叶うはずがない…」

 右近は太刀を支えに立ち上がる。左近が

「何をするつもりっす?」

「術者の姫を止めれば消える…」

「兄ちゃん」

 竜之介も右近に同意。

「そうだな竜之介、八岐大蛇は勇子くんに任せ、我らは美姫さんと、いやあの男と対しよう…」

 マルケシュヴァンを攻撃目標とした。

「いくらなんでも、あの優男が八岐大蛇より強いということはあるまい」

「油断はするな右近、人間の姿は優男でも正体は大蛇に匹敵する怪物かもしれないぞ」

 完全とは云えないが、薫の陰陽術によって体力が回復した新太郎たちは刀を構え術者の美姫に狙いを定めるが、その美姫を護衛する男を先に倒さなければならない。マルケシュヴァンもそれを読み取り、美姫の前に立つ。

 しかし、予想外のことが起こる。八岐大蛇の腕が裂け、複数の首もすでに流血著しい。八岐大蛇が苦痛と云える絶叫を上げている。勇子たちの圧倒的な優勢である。

「紗姫殿が蘇ったがごとくの強さ…。しかもそれが三人…」

 マルケシュヴァンの笑みが消えた。美姫も後ずさる。

「こんなアホな…。八岐大蛇云うたら、日本神話に登場するほどの竜のなかの竜…。人間が太刀打ち出来るはずがあらへんのに…」

「あれが機動剣と機動甲冑…。十六年前の戦いでプリンセス美姫の母上、紗姫殿が纏いし武具。我らサンダードーンはあれを纏った紗姫殿に敗れたのです…」

「母さまの武具…」

「それがプリンセス美姫の前に立ちはだかるとは皮肉なことですな…」

(…母さま、ウチが間違っていると?)

 

「我ながら驚くな…。これが機動武具の力…。源内は天才だぜ」

 全身に力がみなぎる。大蛇からの攻撃に対して、まったくダメージがないと云うわけではないが、その防御力たるや鉄壁。

「十六年前に機動武具を使いし紗姫殿は、その強さに溺れぬ強い精神力をお持ちでございました。近藤さん、沖田さん、ゆめゆめこの強さに溺れてはなりません」

 戦闘中なのに相変わらず冷静な歳絵であった。

「そうですよね。サリーヌやテトラグラマトンはもっと強いのでしょうから」

 薫が添えた。まさにその通りだ。優れた武具に頼り、自己研鑽を怠った者の末路は歴史が証明している。

(これなら、これさえあれば母上に勝てる)

 そう一瞬思った薫も歳絵の言葉で気持ちを変えた。新太郎たちもマルケシュヴァンに襲い掛かった。優男と思えば強い。丸腰であるため武器は持っていないが格闘術がすさまじい。新太郎、竜之介、右近、左近四人がかりでも息を乱さずに対している。

「なんて皮膚をしとるんじゃ、刃がまったく入らんぜよ…」

 自分の剣術では無理と思った竜之介は後方に下がり、太刀を収めて背中のバズーカを構えた。いやな隊形を取られたか舌打ちするマルケシュヴァン。

「弓月、斬撃は効かない。突き技主体で行くぞ」

「よせ、あの素早さではよけられてしまう。突きで体が伸びた時に一撃を食らうぞ」

「どうしました。もうお終いですか?」

 美姫の前を微動だにしないマルケシュヴァン。倒すどころか動かすことも出来ない。

「背中に美姫さんを抱え、ヤツは動くことが出来ない。離れた瞬間に竜之介のバズーカが美姫さんに飛ぶからな…」

「撃つなよ!」

「心配ない右近、足元に撃って気絶させるだけだ。無論当てない」

「ふむ…」

(申し合わせてもいないのに行動が分かるのか…。さすが今まで共に物の怪や魔物と戦い続けただけはあるな…)

「美姫さんの前から動けないと云うのが我らの勝機となる。竜之介、右近、左近」

「「おう」」

「作戦を説明する」

 いたってシンプルな作戦であった。竜之介がバズーカで砲弾を撃つ。美姫の安全を考えて受けざるをえない。マルケシュヴァンならば爆竹が当たった程度かもしれないが、目くらましにはなる。そこへ新太郎、右近、左近が駆けると云うものだ。

(何か、考えましたね…)

 各々の目からそれを読み取るマルケシュヴァン。

「いっちょ派手なん行くぜよ!!」

 その言葉と同時に新太郎、右近、左近が散った。竜之介のバズーカが炸裂。

「ちっ」

 砲弾を素手で打ち砕いたが爆発は起こる。一瞬視界が遮られる。そこに襲い掛かる三人。

(上!)

(中!)

(下っす!)

 新太郎がマルケシュヴァンの顔、右近が腹部、左近が足を狙った。さすがマルケシュヴァン、新太郎と右近のすさまじい突きの一撃をかろうじてかわしたが、左近の体当たりを受けて両足を取られて倒れた。

「味なまねを!!」

「もう離さないっす!覚悟するっす!」

 マルケシュヴァンが倒れた、その刹那にもう新太郎と右近は刀を突く構えを見せていた。もうサンダードーンに対して妥協点はない。倒さねば、殺さねば京都は、いや日本が滅ぼされるのだ。容赦する気はない。

「「覚悟!!」」

 マルケシュヴァンの両の目が光る。牙が延び、鮮やかな金髪が逆立つ。サリーヌが放った衝撃波と同じものだ。サリーヌは手のひらから放ったがマルケシュヴァンは全身から放ったのだ。新太郎、右近、左近は吹っ飛んだ。

「「うわあああッ!!」」

「まさか、この技を引きずり出すことになるとはね…。しかも機動の武具を纏っていない人間に…」

 ゆっくり立ち上がるマルケシュヴァン。

 同じころ、八岐大蛇と対峙していた勇子たち。こちらは圧倒的に勇子たちの優勢である。

「ここは私が引導を渡しましょう。近藤さん、沖田さん、下がってください」

 精神統一をする歳絵。

「これで決めます」

 歳絵の機動剣は長刀である。それを小枝のように振り回した後に添えた。それと同時に八岐大蛇に疾駆。

「飛龍霧氷斬!!」

 八岐大蛇は断末魔の叫びと共に消えた。美姫の召還するのは魔物ではなく物の怪である。ある程度のダメージを与えれば自然と消えていく。八岐大蛇は今の美姫が呼べる最強の物の怪である。それが倒されてしまった。今まで苦痛にのた打ち回ってまで得た母の力が通じなかったのだ。

「う、うそや…。こんなはずあるはずないわ!」

「プリンセス美姫」

「マルケ…」

「ここは我らの負けです。退きましょう」

 新太郎たちは何とか退けたマルケシュヴァンだが、八岐大蛇を倒した勇子たちが今度は自分に襲ってくる。とても勝ち目はない。

「封印機はどないすんのや!最後の一つを得れば、もう負け…!」

 突如美姫の顔から血の気が引いた。

「…おぐっ!」

 激しい嘔気に襲われて嘔吐する美姫。八岐大蛇を召喚したツケ、いや今までの過剰なパワーアップのツケが回ってきたようだ。

「あぐっ、い、痛い…。頭が……割れるようや…」

「プリンセス美姫、早くしないと!」

「ダメや、動けへん…」

 立つことも出来ず、美姫は倒れた。呼吸が荒く体が震えている。

「異常な発汗…。それと激しい悪寒か…。今日封印機を解けば間違いなく…」

「い、痛い…。体中が痛い…。あ…ぐ…」

 勇子たちが駆けてきた。

「覚悟しやがれ色男!」

「ちっ!」

(彼らは美姫を殺すまい…。ならば今は!)

 スッと姿を消したマルケシュヴァン。勇子の太刀は空を切った。

「くそっ…!」

 歳絵と薫も来た。倒れる美姫の顔に機動剣を突きつけた薫。

「勝負ありです。私たちの仲間を傷つけた貴女をけして許さない」

「…ふん、挑んで来た者を倒しただけや…。何が悪いんや…」

「新太郎さんや右近さんは貴女を助けようとしてここにきたのです!それをあの仕打ち、許せません」

「なら…はよラクにしいや…。体が痛くてかなわん…。ちょうどええわ…」

「よい覚悟です…。近藤さん、良いですね」

「……」

 歳絵の問いに答えず、倒れる美姫を見つめる勇子。

「手を下すのはつらいでしょう。私が彼女の介錯をいたしますので…貴女は見ない方がいい」

「…いや、私がやる」

 機動剣を収めて太刀を抜いた勇子。

「…美姫、私たちを裏切るのはいい。敵味方なんだから当たり前のことだ。だがお前は」

「説教なんぞ聞きとうないわ。はよ殺せ」

「…そうかよ。ならせめて私の手で介錯してやるよ」

 マルケシュヴァンに吹っ飛ばされた竜之介は気を失っている。右近と左近がいたら確実に止めているだろうが彼らも今は気絶している。新太郎は辛うじて意識があった。同じく倒れる美姫と目があった。美姫はフッと笑った。まるで別れを告げるかのように。

「や、やめ…」

 勇子が美姫の首を刎ねようとしている。止めなくちゃ、そう思うが新太郎の体が動かず制止できるほどの声が出せない。美姫の首に太刀の切っ先を突きつけた勇子。少し震えている。目には涙も浮かんでいる。まさかこんな結末となろうとは。

 

 ふと幼き日の情景が浮かんだ。勇子と美姫が育った武州多摩、農村の丘。ワルガキにいじめられている少女がいる。

「やーい、変な訛り女」

「居候女~」

 近所のワルガキに京訛りと田中家の食客としていることを笑われた。

「ウチ、変な訛りちゃうもん…」

 反論しながら泣きべそをかいている美姫。

「言ってるそばから変な訛りでしゃべってら、あーはっはっは!」

「やーい、やーい」

「ぐすっ、うえーん」

「てめえらぁぁぁぁ!!」

 木刀を持った鬼のような女童が突進してきた。

「げっ!近藤の暴力娘だ!」

 逃げようとしたが、アッと云う間に追いつかれてボコボコにされたワルガキたち。

「くちょ!覚えてろ!」

「ぐすっ…。勇子ちゃん、おおきに…」

「またいじめられたら私に言えよ!」

「うん…」

「美姫もたまにはガツーンと言い返せよ。京訛りの啖呵って一度聞いてみたいし」

「ほんと?」

「さっそく練習だ、デカい声で言ってみろよ」

「うん、すぅ~」

 息を吸い込み

「なめたらいかんぜよ!」

「…美姫、そりゃ土佐訛りだろ?」

「え?そうなん?」

「はっははは!」

 

 幼年のころからの親友を殺す時が来ようとは…。勇子は太刀を握りながら、巡り合わせた残酷な縁を呪っていた。

「なにをためらっておるんや…。ウチの首には賞金もかかっておるで…。府警に首をもっていき、もらったゼニで美味いモンでも食いなはれ…」

「くっ…」

 太刀を置いて美姫を無理やり起こした勇子。胸倉を掴んで思い切り叩いた。

「このバカ女が…!」

「……」

「なにがお前をそこまでさせたんだよ!いいじゃねえかよ母親より弱くったって!」

「……」

(やはり斬れませんか…。いや、これで良いのかもしれませんね…)

 歳絵は太刀を収めた。

「どうしました沖田さん」

「…何か羨ましいと思って」

「え?」

「私には、幼いころからの友達っていませんから…」

 勇子から顔を逸らす美姫、美姫のアゴを掴んで自分に向かせる勇子。

「目を逸らすな!」

「……」

「サリーヌをぶっ倒したいのなら、堂々と私たちに手を貸せと言えばいいだろ!たとえ昨日まで戦っていたつばめ組であっても、この国がどうなるかの瀬戸際のケンカなら私たちは喜んで加勢したぞ!何でも一人でやろうとするのはな、強いんじゃなくて他人に弱さを見せられない腰抜けだ!」

「ウチは…」

 

「てめえらぁ!!」

 夜空から禍々しい一喝が響いた。月を背に翼をもつ異形の者が現れた。アダルである。いつもの人間の姿ではなく、最初から正体を現している。

「よくもキスレヴをやってくれたな!」

 怒りのあまり完全に我を失っていた。それだけに早い、虚を突かれたので迎撃もとれない。勇子に狙いを絞っているのが視線で分かる。美姫を巻き添えにすまいと勇子はとっさに美姫から離れて機動剣を構えた。空中から鷹のように襲いかかってくるアダル。勇子に鋭い爪が振り下ろされた。一本爪が折れて弾き飛んだ。それが美姫を向かった。

「しまっ…!」

 辛うじて立っている美姫に避けられるはずもない。いや意識も朦朧のため刃とも云える爪が自分に飛んできているのも分かっていない。その美姫の顔に鮮血が散った。

「え…」

「ぐっ…」

 新太郎が美姫を庇うように抱いて助けた。しかし新太郎の背にはアダルの爪が刺さっている。

「し、新太郎……」

「よかった…。無事で……」

 崩れ落ちるように倒れた。

「あ、あ、ああああああ!!」

 絶叫する美姫。呆然とする歳絵と薫。勇子にもすきが生じた。それをアダルにつけこまれて一撃を受けた。機動甲冑を着ていなければ勝負は終わっていたであろう。

 倒れる新太郎にすがる美姫。

「アホッ!言ったやろ!そんなん仲間を助けることにはならんのやって!」

「は、はは…」

「なんでや、なんでウチのためなんかに!」

「意外だね…。僕のために泣いてくれるんだね…」

「…新太郎」

「泣き顔もきれいだけれど…。昔の元気な顔の方がもっときれいだと思うよ…」

「……」

「まだ間に合う…。戻れるよ…。元気な美姫さんに…」

 気を失った新太郎。

「新太郎―ッ!!」

「どいて!」

 美姫を退かせた薫。新太郎の容態を確認して丁寧に爪を抜いた。血が吹き出た。背で爪を受けたのは新太郎の英断と云える。戦い慣れている彼のとっさの判断だったに違いない。前で受けていたら即死であったかもしれない。

「腹部より上で良かった。肺には至っていないみたいだし助かる!」

「ホ、ホンマか?新太郎助かるんか?」

 涙をポロポロ落として薫にすがる美姫。ついさっきまでの気丈な美姫は微塵もない。まるで最愛の恋人の重傷に泣く、ただの気弱な女であった。そんな美姫に薫は少し驚いた。

「泣いているヒマあったら止血して!!」

「ど、どうすりゃええんや?」

「これだから、いいとこのお嬢さんは!いい?傷口にきれいな手拭いを当てて圧迫するように押し続け…」

 しかし美姫も新太郎の体から鮮血が吹き出たのを見て気を失ってしまった。

「役たたず!」

(なによ新太郎さんたら、私にはあんな優しいこと言ってくれたことないのに!ぷんぷん)

 応急処置用の焼酎を傷口に注ぎ、陰陽術を詠唱した。

「急急如律令!!」

 一命は取り留めそうだ。ホッとしたか勇子と歳絵はアダルに集中した。

「よくもウチの参謀に重傷負わせてくれたな」

「ありゃお前がやったんだろうが!」

(これはアダルの言い分が正しい…)

 歳絵は思った。

「う、うるさい!いくぜ!」

 八岐大蛇さえ退けた機動武具フル装備の勇子と歳絵にもはやアダルが叶うはずがない。キスレヴを殺したと我を忘れるほどの怒りを抱いて襲いかかったが、もはや敵ではなかった。アダルの爪すべてが砕かれ、袈裟がけに斬られた。

「くそっ…!」

「ふん、いつも自分より弱い者としか戦わないお前などこんなものだ。私たちは誠の旗を背負って自分より強い者と戦い続けていたんだ!」

「覚悟はいいですね」

 歳絵が留めの一撃を構える。アダルは翼で爆風を起こした。今までの勇子たちなら吹っ飛んでいたかもしれないが、さながら動かざるごと山の如し、微動だにしない。しかし少しの目くらましにはなった。アダルの姿は勇子と歳絵の間合いから消えていた。

「はぁ…はぁ…」

 人間の姿となって傷を押さえて立つアダル。

「この後に及んで逃げるな!」

 勇子がすぐに襲いかかったが

「紗姫の剣と鎧と三つ…。もはや俺に勝ち目はねえか…!」

 瞬時に使い魔を呼んで勇子にぶつけ、そのすきにアダルは逃走した。

「あのヤロ!ワルモノならワルモノらしく正義の味方に討たれやがれ!」

「いつもならば煙のように姿を消すのに、今日は普通に逃げましたね…」

「ふう、ここで仕留めておきたかったな…。あいつ、私たちがあのキスレヴを殺したと思いこんでいるうえに手負いだ。厄介な獣となるな…」

「まさに…」

 太刀を収めてハッと気づいた勇子と歳絵。

「新太郎は!」「弓月さんは!」

 倒れる新太郎に駆け寄った。薫の応急処置も終わっていたらしい。傍らには美姫が倒れている。気絶したまま体が震えている。美姫の額に触れる歳絵。

「すごい熱ですね…」

「土方、養源院に封印機を回収する旨を伝えてくれ。それと沖田、もうお前の陰陽術も枯渇していそうだから無線で源内と猫丸を呼んでくれ。源内には現地治療してもらい、猫丸にはリヤカーで負傷者を搬送してもらう」

「「了解!」」

「世話焼かせやがって美姫、一つ貸しだよ」

 

◆  ◆  ◆

 

 サンダードーン基地、マルケシュヴァンが一連の流れをサリーヌに報告していた。

「申し訳ありませんでした」

「美姫と最後の封印機を奪われましたか…」

 ふふっ、と不敵に笑うサリーヌ。

「やるじゃないの敵さんも」

「しかし、これは容易ならざること、たとえ一つであろうと、それが欠ければテトラグラマトン様は復活いたしません」

 と、サイヴァ。

「奪いにいけば良いだけのこと」

「恐れながらサリーヌ様、屯所に封印機と美姫を入れると同時にカツが陸軍と府警に正式な護衛要請をしたとのことです。屯所の建物は無論、庭まで今は結界発生装置が作動している状態とも情報が入ってきております。ともなれば陸軍と府警の持つ銃火器を突破するのは至難かと存じます」

「カツに先手を打たれましたか…。確かに銃火器は恐ろしいけれどもそれは何とかなる。問題は機動武具を纏う三人の小娘ね…。八岐大蛇さえ圧倒的に倒したとなれば、小娘たち三人でおそらく今の私と互角かそれ以上の強さでしょう…。テトラグラマトン様さえ復活すれば私も本来の力が出せるゆえ勝てる。だが今の段階で小娘たちと正面から戦うのは避けたいわ」

「では彼女たちを屯所に不在とさせて、それから封印機と美姫を強奪する、作戦としてはそれで行きますか」

「大きなエサが必要ね…。確か新撰組には化け猫もいましたね」

「はい、大陸(中国)出身の化け猫が」

「ならば、美姫のあれに間違いなく気づくでしょう。サイヴァ、マルケ、耳を」

「「はっ」」

 

 機動新撰組の屯所内の医務室、ここに美姫は横になっていた。つい昨日までおりょうも横になっていたが、今は天国荘の自室に戻っている。源内の手術と薫の陰陽術により、ほぼ治癒していたからだ。

 美姫は新太郎の出血を見て気を失ったまま、そのまま目覚めなかった。その美姫を見つめながら今後の方策を話し合う新撰組の面々。田中右近と鈴木左近もいる。

「出来ればもっと施設が揃った大きな病院に連れて行って入院させたいが」

 源内が申し訳なさそうに言うと

「気持ちだけで。姫は府警にも追われる身ですから」

 年長の源内には礼儀正しい右近だった。

「右近、頼みたいのだが」

「なんだ近藤」

「私と土方、沖田は屯所を離れられないし新太郎はまだケガがある。かといって竜之介と猫丸だけに夜の巡回を押し付けるわけにはいかないし…結界発生装置を渡すから、悪いが頼まれてくれないか」

「ああ分かった、頼まれたぜ。左近もいいな」

「了解っす」

「それにしても封印機はどうしますか。当面屯所内に厳重に隠したものの、いつかサンダードーンは奪回に来ましょう」

 と、歳絵。

「美姫さんのことも奪いにくるでしょうね。開けられるの彼女だけだし…」

 医務室の窓から外を見る薫。

「悪いけれど、正直言って陸軍や府警がサンダードーンの攻撃を防げるとは思えません。封印機と美姫さんを奪回するためなら母う…いえサリーヌも本気で攻めてくるだろうし…」

「なるべく早いうちに封印機をどこかに移さないとなりませんね…。いっそ国外にでも」

 歳絵が言うと

「壊すってことは出来ないんすか?」

 左近が源内に訊ねた。

「かなり頑丈だから無理だね…。それにその拍子で中身が出てしまったら本末転倒だ。ここにある封印機が最後のものであるのならば、危なっかしくてとても出来ないよ」

「で、源内、美姫の容体はどうなんだい」

「かなり衰弱しているね…。熱は解熱剤で下がったから目覚めても良いものなのだが…皆目その気配がない。休ませておくしかないよ」

「頼む近藤、俺と左近で巡回でも何でもする。だから目覚めた姫に無体な仕打ちは…」

「分かっているよ右近、確かに養源院では斬ろうとも思った。でも結局できなかった。それが正しいことだったのかは知らないが…」

 

「臭うニャ」

 いきなり猫丸が言った。

「何がじゃ猫丸」

 その場にいた者みんなが自分の衣服の匂いを嗅いでいるが

「美姫が臭うニャ」

「姫をくさいと言うか!」

「待ちたまえ、猫丸、その臭いとは何だい?」

 源内が訊ねる。

「んー。言えば魔物の臭いかニャ」

「「魔物の臭い…?」」

 顔を見合う勇子たち。今まで魔物と戦ってきたが、そんな臭いは知らない。何より何故人間の美姫からそんな臭いがするのか。

「ニャー(私)には確かニャことは言えニャいが、封印機のなかにテトラグラマトンの魔力も詰められているニャら、解放した魔力が美姫をこんなに衰弱させたのニャ。だから美姫から魔物の臭いがするのニャと思うニャ」

「そうとなれば…美姫さんが目覚めないのも、その魔力ゆえかもしれない…」

 源内が言うと右近

「そんな!それでは姫はずっと眠ったままだと言うのか!?」

「そんなことサンダードーンが許さねえだろうな…。あいつらにとっちゃ美姫の体がどうなろうと知ったこっちゃねえ…。無理にでも目覚めさせて封印機を開けさせる…。そうなりゃ今の美姫じゃ体が持たない。命を落とすかもしれない。テトラグラマトンは復活し、それを封じる力を秘める早乙女家の姫は死ぬ。大した悪だくみだな」

 勇子の言葉に沈黙が流れた。

「とにかく美姫と封印機をサンダードーンに渡さないことじゃな。ところで猫丸、美姫から出てる魔物の臭いっちゅうのは覚えたがか?」

「…?覚えたニャ、それがどうしたニャ?」

 

 やがて医務室での話も終わり、夜の巡回となった。竜之介、猫丸、右近、左近で出た。

「ほえ、右近の太刀筋も見事じゃな」

「当然だ。俺は近藤より強い(たぶん)」

「美姫が元に戻ってもウチで働いてくれると助かるのじゃがの~」

「俺の剣は姫に捧げしもの。今回はたまたまだ」

「ははっ、そうか。さて、本日に妖気レーダーに映った物の怪と魔物は倒したきに。屯所に帰ろ…」

「竜之介…」

 猫丸が何かに気づいた。

「見つけたがか?」

「間違いないニャ」

「何だ?」

 竜之介の様子に気づいた右近。

「悪いが、俺たちは別の道から行くきに」

「お、おい!」

 竜之介と猫丸は突然走り去った。左近が

「どうしたんすかね?」

「俺に聞くなよ」

 翌朝、そして昼になっても竜之介と猫丸は帰ってこなかった。気になった源内は馴染みの遊郭に行き、竜之介が来ていないか訊ねたが来店はしていないと云う。はや夜の巡回前の会議となった。新太郎も出席した。歳絵が

「弓月さん、もう大丈夫なのですか?」

「うん、薫くんの陰陽術のおかげだよ」

「でも良かったですぅ、臓器や骨にも傷がなくて」

「運が良かったんだよ。でも気を失ってしまったけど」

「だが新太郎、二度とあんなことするなよ」

「え?」

「敵であれ女を見殺しに出来なかったと云う新太郎の男気は私にも分かる。だが美姫も言っていただろ。あんなの仲間を助けることにはならない。助けられた女は一生悲しむ。それは残酷なことだぞ」

「……」

「お前は明治の日本で二番目の剣客なんだからよ。女を助けたうえ、自分も無傷で済む芸当をしろ」

「分かった。次からはそうするよ。ありがとう勇子くん」

 しばらくして、竜之介と猫丸がいないことに気付いた新太郎。

「そろそろ巡回の刻限と思うけれど…竜之介と猫丸は?」

「昨日の巡回からそのまま行方がしれないのよ」

 おりょうが答えた。心配そうである。

「また上海でも行ってしまったのかしら…」

「いや、おりょうさん、この危急存亡の時にそりゃあねえだろう…」

「勝先生の申す通りです。何か独自で調べに行ったかもしれない。とにかく巡回は僕と右近、左近で出よう」

「弓月、お前はもう大丈夫なのか?」

「ああ、十分に戦え…」

 作戦室のドアが開いた。竜之介と猫丸である。

「み、みんな…」

 傷だらけである。猫丸が竜之介を背負っていた。

「竜之介!」

 おりょうが駆け寄った。

「サ、サンダードーンの基地を見つけたぜよ…」

「本当か!」

 驚く勇子に手書きの地図を手渡す竜之介。

「猫丸の鼻を頼りに足取りを追ったんじゃ。東山に空中要塞を下ろしちょった…」

「それでお前たち見つかって、魔物に襲われて傷を…」

「俺に見られたとなりゃ、もう飛び立ってしもうたかもしれんが…。まだそんなに時間は経っていないきに…。だから」

「分かった、もうしゃべるんじゃねえ竜之介」

「勝先生…」

「よくやった。おりょうさん、敵の居場所が分かっているんなら…」

「ええ、防備を固めるだけじゃ後手に回るだけ。我々から攻めるのが得策でしょう」

「よし、新太郎さん、勇子くん、歳絵くん、薫くん、行ってもらえるかい」

「「はいっ」」

「あとの者は屯所の番だ。それじゃ、おりょうさん」

「機動新撰組、出動!!」

 

 急ぎ東山に駆けて行く新太郎と勇子たち。

「まったく竜之介ときたら無茶しやがる。単独行動はいけねえぜ」

「ははっ、局長としては隊規の乱れとならぬため引き締めないとね。お、そこ左だよ」

「戦う時はみんなで、それが新撰組です。快癒後に私から竜之介さんにこってり油をしぼらせてもらいます。手柄と差し引きゼロでは示しがつきません」

「ぶう、土方さんは石頭ですぅ」

「ははは、そろそろ徒歩で近付こうか」

「「了解」」

 竜之介の地図に従い、目的地に進む新太郎と勇子たち。

「屯所からここまで結構距離はあった。竜之介を背負った猫丸が追撃を避けながら帰ってきたとなると竜之介が空中要塞を発見してから、およそ三時間というところかな歳絵くん」

「私もそのくらいの時間と思います。正直、まだ駐屯しているとは考えにくいのですが…」

「うん…。しかし今はこれしか手がかりがないからね…」

「しっ!」

 勇子が空中要塞の一部を見つけた。

「まだいやがったぜ…。のんきなものだな」

「大きい~。本当に軍艦ですね~」

 と、薫。

「問題はどうやって中に入るかですが……どうしました?弓月さん」

「しまった…!どうして気がつかなかったんだ!」

「どうした新太郎?」

「みんな、急ぎ屯所に戻るぞ!」

「何を言うのです、敵城を目の前にし……!」

 歳絵も新太郎の言葉の意図を察した。

「そ、そういうことでしたか!」

「何だよ、二人だけで分かるように話さず、私たちにも説明しろよ」

「勇子くん、これは僕たちを誘い出す罠だ!サンダードーンはあえて竜之介に空中要塞の場所を見つけさせて新撰組の主力をここに集めさせたんだ!」

「何だと…!それじゃヤツらの狙いは」

「屯所の封印機と美姫さんだ!」

「近藤さん、急ぎ退却です!空中要塞に殴りこむ機会はまたあるやもしれませんが、屯所内にある封印機と美姫さんを奪われたらおしまいです!」

 急ぎ反転して屯所に戻る新太郎と勇子たち。この判断は一つの英断も含まれていた。空中要塞の中は対機動新撰組用に罠に満ちており、魔物も多く配備されていた。突入していたらどんなことになっていたか。サリーヌの策は封印機と美姫の奪回、そして新撰組主力の殲滅であった。

 しかも空中要塞にはサイヴァが守将として残っていた。新太郎の迅速な判断が仲間たちを救ったと云える。しばらくしてサイヴァに報告がもたらされた。空中要塞の周囲に新しい人間の足跡が四人分あったということを。

「大魚を逸しましたか…。まあ、こちらの待ち伏せは付録のようなものとはいえ残念なこと。ヨウイチロウ、お前の息子も中々やるな。はっははは…」

 

 屯所に着いた新太郎。門前には陸軍兵、府警、そして…。

「に、兄ちゃんか…」

「竜之介!」

 竜之介、右近、左近が倒れていた。

「悔しいきに…。俺がヤツらにハメられたんじゃ…」

 勇子たちが出るやいなやサンダードーンは攻めてきた。この時に竜之介は謀られたと悟った。何とか母のおりょうと勝、源内やきよみと云った非戦闘員を安全な場所に匿い、そして自責の念か右近たちと共に立ち向かった。陸軍と府警の銃火器もあってか魔物は掃討出来たものの…

「サリーヌとマルケシュヴァンが乗り込んできた…」

 息も絶え絶えに右近が言った。左近は気を失っている。

「俺たちのことはいい…。姫を…姫を頼む弓月…」

「分かった。勇子くん」

「ああ、乗り込んできたなら手間が省けたぜ。サリーヌと色男を生かして返さない」

「そうです。サリーヌめ、私たちを怒らせたことを後悔させてやる」

 気合いを込める薫。

「参りましょう」

 歳絵が言うや、四人は乗り込んだ。庭の中央、サリーヌが立っていた。沖田琴の姿であった。

「ふっふふふ…。その様子では途中で私の策を見抜いたようですね…」

 一緒に来たと云うマルケシュヴァンがいない。たぶん美姫のところだ。

「以前のようには参りません。今さら沖田さんの母の姿をして我らの心を惑わすのは時間の無駄。本来の姿になっていただきましょうか?」

 サリーヌに薙刀を突きつける歳絵。

「別に薫の心を惑わせているわけではありませんよ。娘の仕事先を訪ねるのですから、この方が良いと思っただけですわ」

「お前なんか、もう母と思っていない!」

 新太郎と小声で話す勇子。

「新太郎、時間が惜しい。ここは私たちに任せて行きな!おそらく封印機のところだ」

「分かった」

「あら、むざむざ行かせるとお思いですか」

「問答している暇はない。私が隙を作る。行け!」

 疾駆する新太郎の前に立ちはだかろうとしたサリーヌに攻撃を加え、そして新太郎の背を守るように間合いを詰めた歳絵と薫。本部に入っていく新太郎。

「あらあら、追い詰められた人間とは厄介なものですね…。ではいいでしょう…」

 魔力の光に包まれるサリーヌ、正体を見せた。黒い翼が大きく広がる。金色の体毛に覆われた異形の者。

「天戒のサリーヌ参上…」

 

 医務室にすでに美姫はいなかった。大急ぎで地下に安置してある封印機のもとに駆ける新太郎。

「はぁ、はぁ」

 地下室に着いた。美姫がいた。マルケシュヴァンもいる。いま最後の封印機が解かれようとしていた。マルケシュヴァンに進路を塞がれる。

「おっと、大人しくしてもらいましょうか」

 刀を振り下ろすが、竜之介、右近、左近と共に四人がかりで倒せなかったマルケシュヴァンに敵うはずもない。返り討ちにあい、剣を杖に何とか立っている。

「み、美姫さん!」

「…良かった新太郎、もう体ええんやな…」

「やめるんだ!それを解いたらどうなるか分かっているのか!」

「…堪忍な新太郎…。ウチ、もう自分が抑えきれへん…」

 封印機の蓋が開き始めた。

「やめろおおおおッ!!」

(新太郎…)

 封印機が禍々しい光に包まれた。そして轟音と共に天に伸びて天井を突き破っていく。サリーヌと対している勇子たちもその光を見た。

「あっははは!ついに最後の封印が解かれたわ。我らのテトラグラマトン様の復活!」

「なんだと……!」

「遅かった…!」

 ガクリと膝を落とす歳絵。

「ついに我ら魔族がこの国を支配する時がやってきたのよ!はっははははは!!」

「まだだぁ!!」

 サリーヌに斬りかかる薫。しかし、その前にサリーヌは薫の首を掴んだ。

「ぐっ…!!」

「そろそろお暇させていただくわ。主君復活となれば色々と仕事もあってね…」

「サリー…ヌ!」

(く、くるしい…)

 薫を鞠のように放り投げて、高笑いを残してサリーヌは去っていった。

 

 天に伸びる光の中に美姫はいた。意識が薄れて行く。

(新太郎…さいならや…。大好きやったで…)

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