萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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残すところ、あと3話です。


時代の無双花

「弓月さま、弓月さま」

「……」

「弓月さま!」

「……!?」

 新太郎は目が覚めた。頭がひどく痛む。思い出した。早乙女美姫が最後の封印を解いたと同時に眩しい閃光と爆風に包まれた。なかば気を失いかけたが自分が宙を舞っていることは分かった。爆風に吹っ飛ばされたのだろう。そしてそのまま意識を失った。その新太郎を呼ぶ声がある。

「弓月さま…」

「…す、鈴香ちゃん?」

「よかった、お気づきになられたのですね」

「いたた…」

 改めて自分の状況を把握しようと思った。鈴香が目の前にいたので、てっきり屋内と思ったが外だった。しかし空の色が異様だ。紫色、そう言える空だ。

「気がついたばかりですまんが、あれを説明してくれ」

 鈴香の兄、京都府警の叶鏡一もいた。

「…?」

「あれだ」

 叶が指す方向を見た新太郎。はるか上空にあるもの。

「……!?」

 それは黒く光る球体であった。さながら月のように京都の空を妖しい光で覆っている。

「な、なんですか、あれは?」

「お前も知らないのか?」

「は、はい…。何が何やら…。いつからあんなのが…」

(まさか封印が解かれたせいで…)

「一昨日の夜からだ。京都を揺るがすような轟音が聞こえたと思えば、突如京都は闇に覆われた…」

「闇…」

「夜の暗さとは明らかに違う、不気味なほど漆黒に覆われた闇…。朝になっても太陽が上がらなかったが、そのかわり紫色の空となっていった」

「それで私とお兄ちゃんが倒れている弓月さんを見つけることが出来たのですが…」

 恐怖のあまり鈴香が震えている。無理もない。新太郎だって、こんな不気味な空は初めて見る。そしてあの不気味な黒い球体も。

「弓月さま、いったい何があったのですか?」

 不安そうに新太郎に訊ねる鈴香。

「…ごめん、僕にも詳しいことは分からないんだ」

「鈴香や町の人たちはどうなってしまうのでしょう…」

「それは…。でも京都の町は新撰組が必ず守るから心配しないで」

「先の轟音は、その新撰組から発したらしいな」

「はい…」

「…ふむ、お前がここまで吹っ飛ばされたのも、それに関することか。詳しく聞きたいところだが…」

「はい、急ぎ屯所に戻らなければ。すべて済んだら必ず出頭します」

「…いいだろう。府警の手が必要ならいつでも言ってこい」

「はい」

「弓月さま…」

 鈴香の目線に腰を下ろす新太郎。

「大丈夫だよ、必ず元の京都に戻してみせるから」

「はい…。あの早乙女様は…」

 鈴香は美姫を姉のように慕っている。新太郎もそれを分かっている。とても今回の変事に大きく関わっているとは言えない。

 しかし美姫が機動新撰組や府警と敵対していることは幼い鈴香も知っている。もしかして美姫が関わっているのではないかと思っている。

「ははは、いくら美姫さんだって普通の女の子だよ。こんなとんでもないこと出来るわけないじゃないか」

「は、はい…」

「美姫さんはね、今は僕たちの味方なんだ。だから大丈夫!絶対こんな悪いことしない!」

「弓月さま…」

 鈴香の頭を撫でニコリと笑う新太郎。

「早乙女様を…守ってあげて下さい」

「分かった」

 

 立ち上がった新太郎は冷静に自分の体を確かめてみた。打ち身は数箇所あるが骨折には至っていない。出血もしたらしいが、すでに自然に止まっている。拳も強く握れる、刀も腰にちゃんとある。戦える。急ぎ帰らなければ。状況がまるで分からない。新太郎は鈴香と鏡一に一礼すると、すぐに屯所に駆けた。体中が痛い。

 どうして、あそこに倒れていたか分からないが、おそらくは美姫が最後の封印を解いたときに発した衝撃によって吹っ飛ばされてしまったのだろう。封印機が妖しい光に包まれたと同時に意識が薄れていった。倒れていた場所から屯所まではかなりある。衝撃破、爆風いずれかは知らないが、宙に舞って吹っ飛んだならば生きているだけ僥倖と云えるだろう。

 それにしても、何と禍々しい空なのだろう。空一面が濃い紫色で流れる雲は不気味なほどに黒い。その空の向こうにある漆黒の月。途中ですれ違う人々も、その漆黒の月を不安そうに見つめる。ある老婆などは数珠を持ちナンマンダブと唱えていた。

 勇子くんたちは無事だろうか…。ああ、そういえばそろそろ源内さんたちと月に一度の遊郭に行くころだったな、そんな余裕は全然ないが、もしこれから敵の首魁テトラグラマトンと戦うのであれば腹を括るためにも、いつものあの子に会いたいな、そんなことを思いつつ新太郎は駆けていった。

 

 屯所に着いた新太郎、中庭に駆けていくと

「弓月くん!」

「山県さん」

 山県有朋がいた。おりょうと善後策を講じていたらしい。

「良かった、無事だったのかね」

「はい、何とか。山県さんは」

「私も勝さんも何ともない」

「良かった…」

「とにかく、おりょうさんやお嬢さんたちに姿を見せて上げなさい。あの謎の光の柱が上がったと同時に君の行方が知れず、みな大層心配しておったのだから」

「分かりました」

 改めて空を見つめる新太郎。

(町も真っ暗になったこと以外は特に変化はない。かつて慈慧さんが言っていた『魔都』とやらには、まだ至っていないのか…。そう思いたい)

 本部前に行くと

「新太郎!」

「勇子くん!良かった無事だったんだね!」

「そ、そりゃあ私の台詞だよ!」

 よほど心配だったのか、勇子は新太郎の胸に飛び込んで泣きすがった。

「ゆ、勇子くん?」

「生きていたんだ…。良かった…。良かった…」

「そ、そんな、たった二日いなくなっただけで…」

「…封印機のあった地下室から、天井までブチ抜かれてあった」

「え?」

「私もその光の柱は見た。ものすごい轟音と共に空に突き抜けた…」

「そうなんだ…。僕はもうそのころには意識がなかったからね…」

「誰も口にはしなかったけれど、新太郎が肉片一つ残さず吹っ飛んだのじゃないかって…」

「勝手に殺さないで欲しいな」

「だったら、早く戻ってこいよ!私、どんなに悲しかったか…。ぐすっ」

「ありがとう…」

「さあ、みんなにも無事な姿を見せてやれよ。土方も沖田も喜ぶぞ」

「二人も無事だったんだね。良かった」

「新太郎さん!」

「弓月さん!」

 本部に入ると薫と歳絵も歓喜して新太郎のもとに来た。

「よくご無事で。弓月さんの采配無しにテトラグラマトンに挑むのは困難ですから助かります」

「もう素直じゃないなぁ土方さんは。新太郎さんが消えちゃった時は物凄く慌てていたのに」

「お、沖田!」

「ひゃあ!」

「こらこら仲良くしろよ、あははは」

 照れて薫を叩く素振りをした歳絵をなだめる勇子。そして、おりょうに歩んだ新太郎。

「長官、ご心配おかけしましたが弓月新太郎、帰還いたしました」

「よくご無事で。ケガはない?」

「ありがとうございます。特に問題はありません。しかし、あのあと何があったのです?」

「…美姫さんがサンダードーンの幹部と姿を消してしまったのよ。京都が闇に包まれたのは美姫さんたちが姿を消して間もなくだったわ」

 

「おそらく美姫殿はあの黒い球体の幹部たちと共にいるはずじゃ」

「じ、慈慧さん」

 薫の師匠、慈慧が新撰組本部に訪れていた。事の重大性から慈慧も重い腰を上げるしかなかったようだ。

「慈慧さん、あの黒い球体は何なのですか?」

「あれはテトラグラマトンの魔力じゃ。ついに彼奴が復活しようとしている」

「…慈慧さん、そのテトラグラマトンが復活したら京都はどうなってしまうのですか?」

「…京都が持つ、もう一つの顔『魔都』に姿を変えるじゃろう」

「魔都…」

「先日にも話したが、もう一度語ろう」

 勇子、歳絵、そして薫も改めて慈慧の話を聞く。

「もともと、この京都は日本でもっとも魔力を帯びている土地なのじゃ。かつての京都は、その魔力の悪しき影響によって魑魅魍魎や物の怪が跳梁跋扈しておった。皆はこの地を恐れたが、中にはこの地を手に入れ、そこに眠る魔力さえ手に入れようと考える輩がいた。その者たちにより、この地は日ノ本の都と定められ、人間は大いなる力を得た」

 雨が降り出した。窓に風にあおられた雨が当たる。

「しかし魔力は人の心を堕落させることに、その者たちは気づいておらんかった。そのため多くの時の権力者たちは堕落し、新たにその魔力を求める者と争いを始める…。争いは人が堕落させるのに拍車をかけ、そうして堕落した者同士でまた争いが起きる…。その繰り返しじゃった」

「「…………」」

「人に憑いた悪しき心を陰陽師が祓い、早乙女家の先祖はその特殊な力で、この地を浄化した。そうやって先人たちは、再び人間に悪しき力が及ばないように『浄都』を作り上げたのじゃ。京都が本当の意味でこの国の都になれたのは、先人たちのたゆまぬ努力のたまものと云うわけじゃよ」

「では…サンダードーンは京都に眠る魔力を手に入れようとして」

 新太郎が言った。

「そうじゃ…。そしてあの黒い球体はテトラグラマトンの魔のチカラそのものじゃ。あの中に十六年前に封印したテトラグラマトンがいる」

「やはり、あの中にいるのか」

 と、勇子。

「彼奴が完全に蘇ってしまえば、その強大なる魔力の影響を受け、浄化の手は及ばなくなる。さすれば京都は悪しき都に姿を変えてしまう…。それが『魔都』の正体じゃ」

「そんな…。じゃあ町の人たちはどうなるのです?元の京都に戻すにはどうすれば…」

「もちろん…。テトラグラマトンを倒すしかない」

「「倒す…」」

「彼奴を倒すには、球体の内部に潜り込み封印することが必要じゃ。しかも封印は早乙女家の血を引く美姫にしかできん。おまけにテトラグラマトンの力の影響で魔物の力も増幅しておる。それほど彼奴の力とその影響は大きい。儂の言う意味が分かるか?」

「…倒すのが容易ではないということですね」

「ふむ…。今は源内殿と球体の中に潜り込める方策を練っているところじゃ。みなはいったん休むと良かろう」

「分かりました。…ところで勝先生は?」

「今朝一番で大阪に向かい、そこから船で東京に向かったわ」

「東京に?」

「新太郎さんのこと、大変心配されていたけれど、もはや京都だけの問題じゃねえって、急ぎ東京に戻りました。政府に今までの出来事すべてぶつけて、日本一国あげて立ち向かうべきと訴えると…」

「それは…」

「ええ、危険だと私も歳絵さん、山県さんも止めたわ。でも、ここで働かなきゃ俺は竜馬や西郷さんに合わせる顔がねえ、と言われれば止めようも…」

 明治政府の内部にもサンダードーンは食い込んでいる。訴える意見が笑われて失脚するだけならまだしも、暗殺の手が及べば…。

「大丈夫よ。勝先生は、あの動乱の京都を行きぬいた方なのよ。まだまだ新太郎さんに心配してもらうほどじゃないわ」

「は、はい」

「とにかく、今はお風呂に入って休みなさい。こんな時だからこそ休息も大事な任務よ」

「分かりました」

 かつてない強大な敵に挑む、勇子、歳絵、薫、新太郎はそれぞれの思いを抱きながら天国荘の自室に戻って云った。一息入れた新太郎は風呂に向かったが浴室に入ってみれば竜之介が先客でいた。

 

◆  ◆  ◆

 

「竜之介、お邪魔するよ」

「に、兄ちゃん!」

「足はついているよ、さっき戻った」

「良かったの~。まっこち心配したぜよ」

 体を流して湯船に入る新太郎。

「ふう~」

「ははっ、まこと気持ちよさそうじゃの」

「ははは、ところで、もうケガはいいのか?」

「なんちないきに、薫の陰陽術で治っちょるき」

「そうか、風呂に入る前に僕も施してもらえばよかった。熱い湯がしみるよ」

「今回はドジ踏んだきに…。サンダードーンに踊らされてしもたがじゃ」

「もうよせよ、相手が一枚上手だっただけだ。誰のせいでもない」

「ありがとな」

「でも単独行動はいただけないな」

「ああもう、その点は反省しているきに勘弁してくれちゃ、さっきまで歳絵姉ちゃんにコッテリ油しぼられたんじゃけ」

「ははっ、ならもう僕から言うことはないよ」

 ふう、と顔を洗う新太郎。

「と、ところでの兄ちゃん」

「ん?」

「兄ちゃん、あの三人のうち誰か嫁にしようと考えている女はおるんか?」

「は?」

 ずいぶん飛躍した話になったのに驚く新太郎。

「どうしたんだよ」

「いや、三人とも兄ちゃんが好きなようじゃき。だから兄ちゃんが俺の恋路の最たる敵さんじゃ」

「……」

「もし、嫁にしたいと思う女が一緒なら決闘じゃな」

「ま、待て待て、僕はまだ嫁にしたいとか結婚とか考えていないよ」

「ホントか?」

「…僕はすべて片付いたら大学に復学して、卒業したらカンパニーを立ち上げるつもりだ」

「カンパニー?」

「僕は商人としては誰の下にもつかないし、使われる気もない」

「ほえ~。確かに兄ちゃんは破たん寸前の新撰組を見事に立ち直らせたうえに潤わせたきにのう…。げにまっこと、すごい商人になるかもしれんのう」

「お嫁さんを迎えるのは、そのカンパニーの仕事が軌道に乗り、勝先生の世話にならずとも母と妻子を食わせていけると思えたときだよ。まだまだ先だ」

「へえ…」

「コホン、湯煙がむせるな。初めて人に話したよ、こんなこと」

「兄ちゃんなら大きな商人になれるぜよ」

「ありがとう、それにしても竜之介が嫁にしたい子って誰?差し支えなければ…」

「薫じゃき」

「薫くんか」

 半魔族、そんなことは二人とも関係ない。薫を嫁にしたいと竜之介が言った時点で、薫のすべてを受け入れると竜之介はすでに示している。新太郎もそれはすぐに分かったことだ。

「どこに惚れたの?」

「そうじゃの~。とにかく可愛らしいの」

「それは分かる。あの我が儘ぶりも何か憎めないよね」

「特につるぺったんの胸がええきに」

 そういう趣味あったか、笑い合う新太郎と竜之介。

「薫が俺の求婚を渋ったら援軍頼むぜよ」

「ははっ、どうかなぁ…。僕はそっちの方はからっきしだから恋の援軍なんて務まるかどうか」

「けんど、兄ちゃんの大望が商人とはなぁ…」

「ただの商人じゃないよ、父と同じくらい大きい商人となるんだ」

「父と同じくらいか。俺は親父と同じっちゅうわけにいかんの~」

「何で?」

「俺は政治家になる」

「へえ…!」

「ほれ、親父は西郷さんに『窮屈な役人になるがは性に合わん』言うたじゃろ?」

「うん、聞いているよ」

「じゃけんど俺は政治家に、いわば親父の言うた『窮屈な役人』になるがじゃ。政治家にならにゃ国は動かせんきにの」

「なるほど親父と同じと云うわけにはいかん、と云うのはそういうことか…」

「へへっ、俺も初めて人にこんなん話したの。兄ちゃん、背中でも流すぜよ」

「ああ、頼むよ」

 新太郎の背を流す竜之介。

「そういや、そろそろ月イチの楽しみじゃったんじゃがの~」

 竜之介も来たるべく最終決戦の前に馴染みの娘に会いたいようだ。

「僕も行きたいけれど、源内さんは解析から離れられ…いやいや、それ以前にこんな異変起きていれば遊郭自体が営業していないだろうな。変わろう」

 竜之介の背中を流す新太郎。

「でも、行こうか」

「え?」

「源内さんには悪いけれど…」

「うひひっ、兄ちゃんも好きじゃの」

「確かに体は少し疲れているけれど、癒しと云うのも欲しいし…」

「それは道理じゃ」

「先の通り営業していなかったら、あきらめて帰ってこよう」

 

◆  ◆  ◆

 

 風呂から出て、いそいそと本部から出て遊郭に行く新太郎と竜之介。

「兄ちゃん、さすがに朝帰りはまずいきに。することしたら、さっさと帰るぜよ」

「そうだね。歳絵くんにまた怒られる」

 島原遊郭に着いた新太郎と竜之介。意外にも営業はしていた。しかし、いつもは人通りの多い島原がなんと閑散としているものか。

「だいぶ京都から人が出て行ったんじゃの…」

「無理ないよ。いかに物の怪に慣れている京都の人たちでも、さすがにこの空じゃ」

「俺は逆に、この異変を勝手に世の終わりと思い込んで、死ぬ前に女子を~ッと云う男たちでここがごった返しているんじゃないろうかとも考えていたんじゃが」

 

「そりゃ儂のことかの?」

「「えっ?」」

 それは長崎屋の権蔵だった。

「これは長崎屋さん、意外なところで会いますね」

「ふん…」

「おっ、じいさん、久しぶりに俺たちに喧嘩売る気かいの」

「よせよ竜之介、長崎屋さん、すでに誰かに叩かれた後みたいだぞ」

「そうじゃの~。見事なモミジが頬にあるわ。なんぞ変態じみたことでもしようとしたんじゃろ?」

「かあ~ッ!最近の若いもんは年寄りを労わる心がないんか?」

「で、長崎屋さん、そりゃ儂のことか、と云うのは?」

「ふん、その若いのが言う通り、儂はこの世の終わりと思い込んだ。と云うて京都で生まれ育った儂は京都から離れられへん。ならばこの世の名残に島原で若い娘を抱きまくったると思って来てみれば…」

 これだ、と自分の左頬を指す長崎屋。

「万の金銀を積まれても、アンタみたいな腰抜けにくれてやる体はないと、まあこの通りや」

 大笑いしている新太郎と竜之介。

「ふん…。ああまで言われたら最後まであきらめるわけにゃいかん思ってな。そんで出てきたところにお前さんたちがいたというわけや」

「いや~じいさん、久しぶりに腹の底から笑ったぜよ」

「息が苦しくなるほどまで笑うことないやろ。で、お前さんらは?」

「まあ、笑っておいてなんじゃが、俺たちもあまり変わらんぜよ」

「はい、僕たちも大事の前に、したいことをしておきたいと思ったわけで」

「さよか、ヤケになっとった儂とは違うの。ここは儂の太っ腹を示したいとこじゃが」

「無用ぜよ、じいさん。女遊びだけは奢られるわけにゃいかんち。女に失礼じゃきに」

「その通りです。お気持ちだけ頂戴します」

「ふむ、二人とも、女遊びのあとはキッチリ仕事せえよ。京都の民として応援しとるで」

 

 馴染みの遊郭に入っていった新太郎と竜之介。やり手ババが出てきて

「あらまあ坂本様に弓月様」

「女将さん、いつもの子をお願いします」

「はいはい、雪奈もそろそろ来ないかなと首を長くしておりましたよ。坂本様も同じく」

「ああ、葵を頼むぜよ」

 一月ぶりに雪奈に会った新太郎。

「雪奈さん」

「新太郎はん、ああ、待っておりましたえ」

 情事に入る前、雪奈の膝枕に横になる新太郎。

「なんだ、長崎屋さんをぶっ叩いたの、雪奈さんか。あっははは!」

「はい、この世の名残になんて抱きついてきたから、ひっぱたいてやりましたわ」

「でも…。長崎屋さんみたいに、今の異変をこの世の終わりと思ってしまった人は他にも何人か…」

「おりましたな…。でもウチはそんなん我慢ならんのどす。生きるのをあきらめてしまった男になんぞ抱かれたくありまへん」

「紫色の空は不気味に違いないが、とにかく朝がこないと云うのは人の心を蝕んでいく」

「そうどすな…。お天道様が見られないと云うのは正直落ち込みますえ」

「まだ二日三日だからいい。これが一年二年続けば、京都から人はいなくなる」

「……」

「何とかしなくちゃな…。僕ら新撰組が」

「ならば活力を体に仕込んでいかにゃなりまへんなぁ」

「うん、だから来た」

「ではウチを存分に堪能しておくれやす」

 雪奈との情事のあと

「…今日は泊まっていってくれへんのどすか?」

「うん、敵は待ってくれないから」

 羽織を着て、刀を腰に差す新太郎。

「新太郎はん」

「ん?」

 三つ指立てて、新太郎に頭を垂れた雪奈。

「ご武運をお祈り申し上げますえ」

「ありがとう」

 遊郭の出口で竜之介と再び合流して屯所に戻っていく新太郎。その新太郎の背中を見つめる雪奈。

「死なんといて…。新太郎はん…」

 新太郎は詳しいことは言わなかったが、それこそ死を覚悟した戦いに行くのであろうことは雪奈にも分かった。戦う前、わずかばかり癒してあげることしか出来ない自分が悔しい。無事を願うしかなかった。

「神様、新太郎はんを守っておくれやす…」

 

 翌朝になった。主なる者は源内と慈慧に呼ばれて本部地下室に行った。今までなかった異様なものが地下室にある。

「ここは…」

「そうだ新太郎くん、最後の封印はここで解かれた」

「なんですか、この深そうな黒い穴」

 それは地面ではなく、空中に穴の入口が浮いていた。説明を続ける源内。

「おそらく、封印を解いて放出された魔力の影響かと思います。これと似た穴が京都の至るところで発見されています。たぶん、この穴を使って京都の地に眠る魔力を吸い取っていると思われます」

「じゃあ、上手くいけばこの穴から球体の中へ?」

「普通では穴の入口に弾かれてしまいますが、侵入の糸口はこれしかありません。しかし、今のままでは侵入は出来ません」

「では、どうすれば?」

「まず機動パトカーの動力を直結して臨界まで高めたエネルギーを結界発生装置に送ります。その結界発生装置の共振により、理論的には一時的に侵入可能な状態になるはずです」

「じゃあ、効果が得られるのは一瞬なんですね?」

「はい、しかも現状では一度中に入ったら出てこられない可能性が高いのです…」

「「……」」

「でも私たちが行くしかない…」

 勇子が言った。

「俺も行くぞ」

「俺もっす!」

 つばめ組、田中右近と鈴木左近も加勢することを決めた。おりょうが

「源内さん、機動パトカーのエネルギー充填はいつ終わりますか?」

「今夜には」

「みな、今夜作戦を決行いたします。それまで心の準備をしておくように」

「「了解!!」」

(今夜か…。ならまだ行ったことがなかったあそこに行っておくか)

 本部地下室から出ていった新太郎は自室に戻って私服に着替えた。玄関で草履を履いていると

「あっ、新太郎さん、どこに出かけてくるのです?」

 薫が呼びとめた。

「ん?ああ清水寺に行ってこようと思って」

「清水寺ですか?」

「うん、今さら神頼みする気はないけれど、よく考えれば京都に来てから一度も行っていなかったからね。ちょっと行ってみようと思って」

「私も行っていいですかぁ?」

「えっ?」

 薫に背を向けて財布の中を確認している新太郎。

「だーいじょうぶですよ!参道の茶屋でせびろうなんて考えていませんから!私もお小遣い持っていきますし」

 やがて勇子、歳絵、竜之介、猫丸も加わって清水寺に行くことに。右近と左近は指名手配中なので留守番だ。清水寺に到着前に参道のあちこちの店に立ち寄り、一向に進まない。

「おぅお!この饅頭美味しそう~!」

 ふかしたての熱い饅頭を美味しそうに頬張る勇子、勘定を支払う様子がないので、仕方なく新太郎が払っている。

「この牛鍋屋、一度来たかったんだ~ッ!!」

 と、新太郎に目をキラキラさせて訴える勇子。

「竜之介、いくら持っている?」

「昨日の女遊びがたたり、いくらもないっちゃよ」

「弓月さん、心配無用です」

「歳絵くん」

「今日くらい羽を伸ばしてきなさいって、おりょうさんからお小遣いもらってきていますので」

「さすが土方さんです!さあ牛鍋、牛鍋!!」

 大喜びして勇子と共に店に入って行く薫。

「やれやれ、それにしても参道すべての店が普通に営業しているってのは正直驚いたなぁ…」

 新太郎の言葉にうなずく竜之介。

「参拝客も相変わらずの多さじゃ。この異変に神頼みと云うわけじゃろのぉ…」

『オヤジ!特級和牛肉をじゃんじゃん持ってきてくれ!』

 豪気な注文の主は勇子だ。

「まったく、あの人は。弓月さん、私たちも負けずに食べて今宵の活力に」

「そうだね歳絵くん」

 改めて全員店に入って行った。

「はい、アーン」

 牛肉を一人一人の式神に食べさせてあげる薫。

「んまーい!」

「薫、僕にも僕にも!」

「もう順番順番、お肉はたくさんあるから大丈夫!」

「はい、新太郎、アーン」

「えっ?う、うん」

「なんちて」

 肉を自分の口に入れてしまう勇子だった。ドッと席が笑いで湧いた。

「お肉ばかり!少しは野菜も食べて下さい近藤さん!栄養が偏りますよ!」

「おいおい土方、どんぶり飯五杯もペロリと平らげているヤツが言っても説得力ないぞ」

「そりゃそうじゃ、あっはははは!!」

 結局、牛鍋屋でドンチャン騒ぎをして清水寺に行く時間が無くなったと云うオチだった。頭を掻いて新太郎

「仕方ない、参道から本殿の方角に向いてお願いごとでもしようか」

「そうしましょう…。まったく誰かさんの胃袋ときたら底なしなんだから…」

 と、勇子にチクリと嫌味の歳絵。

「まあ、いいじゃねえかよ。こんなん一年に一度あるかないかなんだからさ」

「そうですよぅ、でも本当に美味しかったなぁ」

「薫、すべて片付いたら一緒にここに来るぜよ」

「え…?」

「ホント、美味かったもんな!」

「うん」

(ほう…)

 何となく空気を察する勇子だった。

「しかし、願いごとか。給料上げてくれってトコか」

「近藤、願いごとは人に聞かれると叶わんと云うニャ」

「ほ、ほんとかよ猫丸!そういうのは事前に言ってくれよな!」

 

 屯所に戻った一行、自室に戻り羽織、鉢がね、手甲を装備する新太郎。一通の書を書いた。東京で帰りを待っているであろう母に宛てたものだ。

(もし僕が帰らずとも、悲しむに及びません。誇りに思って下さい。僕を生んでくれて、貧しいながらも豊かな愛を下されたお母さん…。僕はお母さんとお父さんの子であることを誇りに思います)

「ふう、いざ文面にすると言葉が出てこないな…。さて、そろそろ時間か」

 傍らに置いていた刀を握り、立ちあがった。

「新太郎…」

 ドアの向こうで勇子の声がした。

「勇子くん?」

 ドアを開けた新太郎。

「いま行こうとしていたんだ。一緒に行こうか」

「うん、その前に頼みが一つあってさ」

「なんだい?」

「手を繋いでくれないかな…」

「……」

「な、なんだよ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して!」

「うん、喜んで」

 互いの手をギュッと握った新太郎と勇子。笑みで見つめ合う。

「ありがと、気合い入った!さあ、行こう新太郎!最終決戦の地へ!」

「了解!」

 

 本部地下室、おりょうと源内、そして右近と左近が待っていた。すでに準備完了している。勇子、歳絵、薫はすでに機動武具を装備し、新太郎、竜之介、猫丸も現時点で考えられる最高水準の装備である。普段は気流し姿の右近と左近も装備を固めている。最終決戦に挑む気合いが感じられる。

「これが新たな封印機です」

 源内が示した封印機、今までの封印機より大きいものだ。

「テトラグラマトンを倒した後、これを使い封印して下さい」

「一個だけか?」

 勇子が訊ねた。

「先の戦いでは二十もの数に分けたのだろう?大丈夫か?」

「はい、何とか改良しました。これ一基で大丈夫です」

「しかし、その局面に至るまで美姫さんを何とかこちらの味方につけなければなりませんね。我々では封印が出来ません」

 と、歳絵。右近が答えた。

「そのために俺と左近がついていく。何としてでも説得する」

「とにかく封印機が一基だけと云うことは失敗が許されません。皆さん、気合い入れて行きましょう!」

 薫が檄を飛ばした。

「「おうっ!!」」

「おりょうさん、すべて準備整いました」

 源内が報告

「分かりました」

 一歩前に出て、整然と並ぶ新撰組隊士に述べる。

「今回の任務は決死の覚悟で臨む必要があります。互いの道を繋げられるのは、ほんの一瞬です。仮に中に入って敵を倒して封印出来ても戻ってこられる保証はありません。今回の出動は長官の判断で強制はいたしません。出動を拒否される人は今のうち申し出て下さい」

「私の覚悟は最初から決まっています」

「誰かがやらなければならないことです」

「みんなと一緒なら…任せて下さい!」

 勇子、歳絵、薫が応えた。

「ビッグになるには避けられん戦いぜよ!」

「行くんだニャ」

 竜之介、猫丸も応えた。

「僕は機動新撰組の参謀であり勘定方です。僕がテトラグラマトンとの戦いに立ち合い、詳細な報告が出来ないと明治政府に報酬を請求できませんから」

 ドッと笑いが起きた。

「はっははは!しっかりしてやがんな新太郎!」

「ふふっ、機動新撰組には実に頼りになる勘定方がいて助かります」

 勇子、おりょうが新太郎の言葉に微笑む。士気は上がり、竜之介が添える。

「魔物なんかぜーんぶやっつけて、明治政府がびっくりするくらいの報酬ふっかけてやるぜよ!」

「「おおおおおッ!!」」

「みんな、気合い入れていくよ!」

 勇子の言葉に円陣を組んだ。互いの剣を掲げ

「必ず京都を救う!そして無事に帰ってくる!」

「「おおおおおッ!!」」

「いざ行かん!萌えよ剣!!」

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