萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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萌えよ剣

「はぁ…はぁ…」

全員が肩で息をしていた。壮絶な戦いだった。天戒のサリーヌの力は桁違いであった。十六年前、早乙女紗姫が刺し違えて倒した魔王テトラグラマトン。その力をそっくり継承して己が力としたサリーヌ。

全身を金毛に覆い、その防御力は鋼鉄のようで、背中の黒い羽から起こる風は竜巻のようであった。勝てたのが不思議なほどだ。薫の陰陽術はすでに枯渇し、勇子、歳絵、薫が機動武具の力に乗って放つ必殺剣すべてを叩き込んで、ようやく倒せた。

 

「はぁ…はあ…。みんな大丈夫かい?」

新太郎が仲間たちに訊ねた。

「俺は大丈夫じゃが猫丸と左近が気絶してもうたがじゃ。まあ命に別状はないじゃろ」

竜之介が答えた。勇子、歳絵、薫は剣を少し上げて新太郎に示す。どうやら無事のようだ。

「右近、君は美姫さんを…」

「分かっている…」

新太郎に言われるまでもなく、右近はようやく体を起して美姫に歩き出した。目の前で熾烈な死闘があったと云うのに美姫にはまったく視界に入っていなかった。自分のせいで京都を混沌とした魔の都にしてしまったと云う事実。親友勇子、そして愛しい男である新太郎、その二人が必死に自分を思い止めたのに、自分で自分を抑えきれず暴走してしまったと云う悔恨、それが美姫の心を壊してしまった。

「ウチは…ウチは…」

目の焦点が合っていない。憔悴しきった顔、今にも舌を噛んで自殺しそうな様相である。

「姫…」

「……」

右近は美姫にかしずく。

「何というお姿に…」

「……」

「サリーヌは討ちました。姫、お気を確かにされよ」

美姫は右近が目の前にいることも分かっていない。新太郎の持つ最後の回復薬で、ようやく立ち上がることが出来た一行も美姫を見た。封印機を手で軽く叩いた勇子。

「倒したはいいが、封印が出来る美姫があれじゃあなあ…」

「つばめ組の頭目として京都に暗躍していた当時の面影など欠片もないですね…」

ふうっ、ため息をつく歳絵。

 

(聞こえますか)

「「……!?」」

何だ今の声は、互いを見詰め合う勇子たち。美姫には聞こえていないようだ。

(聞こえますか、魔の力に立ち向かう者たちよ…。私は早乙女紗姫)

「まさか、美姫のお袋さんか?」

(その通りです)

勇子の問いかけに答えた紗姫。新太郎が訊ねる。

「教えて下さい、僕たちはこれからどうすれば」

(美姫が封印を行うしかありません。しかしながら美姫は早乙女家の『真の力』を使いこなせるほど心が成長していないのです)

「真の力?」

(ただ物の怪を呼び、操るだけなら今の美姫でも出来ます。しかし悪しき魔の力の影響や異なる世界からの干渉…。欲にまみれた人間同士の争いから京都を守護できてこそ、早乙女家の真の力と言えるのです)

「「……」」

(美姫が、その『真の力』の意味を理解しなければ封印することは出来ません)

「そんな…!それじゃ僕たちにはどうすることも出来ないのですか?」

(美姫に伝えましょう…。手のかかる娘ですが…だからこそ愛おしい…)

 

紗姫の声は途絶えた。現状、自分たちでは打開のしようもないことが悔しくてならない。

「この期に及んで美姫次第かよ…」

改めて美姫を見て落胆する勇子、今の美姫にサリーヌの封印など出来るはずがない。

「酷なようだがやってもらうしかないんだ」

「その通りです。封印が出来るのは早乙女家の力のみなのですから」

新太郎と歳絵が美姫に歩む。勇子が

「無駄だよ。美姫は心を閉ざしてしまったんだ」

「そうかもしれない。でも今、美姫さんに声をかけられるのは僕たちしかいないじゃないか」

「それに魔族に魂を売り渡したと思っちょっとったが、そうじゃなさそうじゃ。魂を売り渡してりゃ、あんな自責の念に囚われるこたないじゃろうにの」

竜之介が添えた。お優しい男どもだ、と勇子はフッと笑い美姫に言葉をかけた。

「やれやれ、おい美姫、お前相変わらず泣き虫だな」

「……」

「私は知っているよ。お前が本当は優しくて思いやりのある女だってこと。鈴香があんなに慕っていたのを見ても分かる。子供の目はごまかせないものな。しかし、そんなお前だって間違ったことをする。まあ今回はちとデカい間違いだったがな。でもな、大変なことをしてしまったと思うなら、落ち込むより先にどうしたら良いのかを考えな。いま京都、いや日本を救えるのはお前しかいないんだぜ」

「貴女とは敵として会いました。そしてこの後もそうなるでしょう。でも今は手を携える時。我が父たちは開国論者であった貴女の父上を斬ろうとしたと聞いています。しかし京都と日本のためと云う大義を選び手を携え、共に巨悪に挑んだのです。娘の私たちもまた志を同じにして立ち上がるときではないですか」

「やってしまったことは、もう戻りません。過ちを犯したと分かったのならば大事なのはこれからじゃないのですか? 肉親のことや生まれを悩むのは…貴女だけじゃないのですよ」

勇子、歳絵、薫が美姫に訴える。竜之介が

「美姫、俺たちがお前の仕事を持ってきてやったがぜよ」

封印機を示した。

「ウチの仕事…」

こんなウチに今やるべき仕事なんてあるのか…。涙と鼻水のあとだらけの顔で封印機を見つめる美姫。この時、母の紗姫の声が美姫に届いた。

(美姫…)

(母さま…。堪忍してくれとは言わへん…。でもウチ、みんなのために働きたい…)

(京女は昨日の天気は口にしないもんや)

(母さま、ウチ、どうしたらええんやろ…。そもそも封印ってどうやってやったらええのんか分からへん)

(お母はんこそ堪忍な…。美姫に大事なこと何も教えてやらんで死んでもうて…)

(大事なこと…)

(でも、たった今…美姫自身が言ったわ『みんなのために働きたい』)

(『みんなのために働きたい』)

(それが早乙女家の真の力や。忘れるんやないで)

(母さま、だんだん声が小さくなっていく…)

(もう時間のようや。ええお友達おるやない、お母はん安心やで)

(母さま…)

(でもな、封印の前にせにゃならんことあるで)

(え?)

(サリーヌはくたばっておらん)

(なっ、なんやて?)

(娘に贈る、最初で最後のもんや、受け取り!)

 

京都、かつて新撰組屯所があった壬生寺、その近くにある旧早乙女邸、もはや空き家だがその屋敷から光の球体がサンダードーン基地に飛んできて美姫を包んだ。

「なっ、なんだ?」

あまりのまぶしさに目を覆う勇子たち。そして次の瞬間、美姫の声が飛んできた。

「あんたら何をしとんのや!サリーヌはくたばっておらんで!!」

それは機動甲冑を纏い、武器を構えた美姫の姿だった。十六年前、母の紗姫が装備していた機動武具が今、美姫を包んだのである。母の武具を纏ったときに喝が入ったか、美姫は京都に暗躍する義賊『つばめ組』頭目の顔となっていた。

 

「友情ゴッコは終わったかしら…」

 

「「…………!!」」

サリーヌがゆっくりと起きだした。ダメージは見当たらない。倒されたと見せて回復したのか、そう思うが

「ふう、ようやくアダルの養分が全身に行き渡ったわ。悪かったわね、今の貴方たちにこの姿は失礼だったわ」

「まさか…」

新太郎を見てフッと笑うサリーヌ。

「そう、元々貴方たちからダメージは受けていない。ごめんね薫、ぬか喜びさせてしまって。ふふふっ」

「母う…いやサリーヌ…。私たちをからかっていたの」

「とんでもないわ薫、私は必勝を期しただけよ。本当はアダルも食った上でサイヴァも食らう予定だったのだけれど、貴方たちにサイヴァはやられちゃったからね。だから私はアダルの養分が全身に行くまで待ち、かつ…」

基地を包むテトラグラマトンの魔力を見つめるサリーヌ。

「魔力と気力の充実を図るため、貴方たちと戦いながら時間をちょっともらっただけよ。必勝のためにね」

だんだんサリーヌの声が変わっていく。低く重く、まるで地獄の底からの叫びのようだ。

「光栄に思いなさい。私は貴方たちを認めている。アダルと違い人間を少しも侮っていない。だから私も真の姿を見せましょう。これが魔王テトラグラマトン、いや魔王サリーヌの真の姿!!」

 

サリーヌが光に包まれる。どんな恐ろしい姿なのか。サリーヌより発される爆風に耐え切りながら不安と戦う勇子たち。

黒い羽は白くなり、全身を覆っていた金毛はなくなっていく。肌が露出したと思えば純白の衣が包んでいく。亜麻色の髪は鮮やかな金髪となり、瞳は宝石のような青色、険しいを露にしていた形相は見たこともないほどの聖少女の顔つきとなっていった。魔王と云うより、天使の容貌である。背も薫と変わらない。

 

「お待たせしました。我が名は真聖のサリーヌ…」

 

戦いの経験のない者ならば『ずいぶんと可愛くなっちゃて』と軽口を言ったかもしれない。しかし勇子たちは『真聖のサリーヌ』と対峙して、針の先ほどにそんなことは思わなかった。途方もない力があの小さくも美しき顔と肢体と凝縮されている。

 

それと同時に驚くのは早乙女美姫の参戦である。まして機動武具を装備している。吹っ切ったのか、顔は凛としている。武器は勇子が日本刀、歳絵が薙刀、薫が双剣であるが美姫は槍である。機動槍とでも云うべきか。

しかし、機動新撰組一行は不思議な高揚感に包まれていた。早乙女家の姫を御輿に巨悪に挑む。十六年前の幕末、新撰組の男たち、弓月陽一郎、坂本龍馬が早乙女紗姫を御輿に戦った時と同じ。

「姫、何と凛々しい姿、右近は感動のあまり涙が出ます」

「カッコいいっす!」

どうやら、つばめ組の面々も気持ちが高ぶっているらしい。もし美姫が母の紗姫ほどの力を持っているのならば、最後の戦いにして機動新撰組が最強の切り札を得ることとなる。

「ほう、紗姫の武具か…」

美姫の姿を見て微笑むサリーヌ。

「ふん、顔もそれなりの面構えになったじゃないの。ふふっ、こりゃあもう『早乙女紗姫の娘』とは呼べないかもね」

「そりゃあ、おおきに」

そのサリーヌの言葉を流す美姫。この時、新太郎がふと気づいた。

「そういえば、どうやって美姫さんは戦うんだ?」

「美姫さんは物の怪を使役できるじゃないですか。こないだは『八岐大蛇』を呼べたし、きっとすごい怪物呼んでサリーヌをチャッチャッと畳んじゃうんじゃないのですかぁ?」

「そんな都合よくいくわけありません」

楽観論を言っている薫を叱る歳絵。

「そうだな、美姫は戦いの経験もそうありゃしないし」

美姫が勇子たちに振り向いた。

「堪忍な、アンタら来る前にサリーヌに喧嘩売ってウチ負けてしもうて、呼べる物の怪が全部サリーヌにやられてもうて。もう物の怪呼べないねん」

美姫の呼んだ物の怪はサリーヌに殺されはいないが、ダメージは結構もらった。もはや召喚は不可能である。

「でも、この甲冑を着て槍を持ったら封印の仕方は分かったで。母さまがこの武具を通じて教えてくれたんや。機動新撰組とつばめ組、今回ばかりは手を組んでウチに封印の好機を作ってほしいんや」

美姫自身が機動新撰組とつばめ組が手を組むと言った。勇子は微笑み、

「まあ、機動甲冑で身を守られていると云うだけで私たちも少しは安心か」

「では美姫さん、巻き添えを食わぬよう下がっていてください」

「やはりサリーヌには私が引導を渡す」

歳絵、薫も微笑み、自らを感奮する。

 

「作戦会議は終わったかしら」

サリーヌは攻撃をせず、静かに立っている。

「この姿になるのは久しぶり、そしてテトラグラマトンの魔力を自分のものにして戦うのは初めてのこと…。私自身、この戦いを楽しみたいと思っている。貴女たちがアッサリくたばるのは、あまりに興がない。あと一時間くらいなら待っていてあげてもいいわよ」

「いや、せっかくの申し出だが、そろそろ行かせてもらうよ。もうアンタの顔は見たくないし、声も聞きたくないんだよ」

唾を吐いて言い放つ勇子。

「ふっふふふ…。さすが親子ね、イサミも同じことを言っていたわ」

「親子二代に渡って続いた戦い、私たちが終止符を打たせてもらいます」

薙刀の切っ先をサリーヌに突き付ける歳絵。

「言っておくけど、負けそうになって命乞いしても許すつもりはないからね」

「ふふっ…。私も許してあげるつもりはないわよ薫?総司の墓前にウジの湧いた薫の生首を置いてあげるからね」

 

「あっ、すっかり忘れとったわ。これなら使えるで」

美姫が槍をあげた。

「天津神、国津神、癒したまえ!!」

なんと一瞬で機動新撰組、つばめ組が失っていた体力は戻り、怪我は全快とは言わないが、ほとんど治癒してしまった。薫の陰陽術も上限まで回復した。

「どや、すごいやろ」

得意気の美姫。驚く勇子たち、右近は

「ううっ、姫が笑顔を取り戻したことが右近何よりの癒し…」

「鰯は生姜醤油が合うっす!!」

「鰯じゃねえ!癒しだ!!」

いつもの漫才に入る右近と左近、体力と気力、そして士気も上がっている。いけるぞ、新太郎は感じた。

「新太郎、きばり」

意外だが戦闘前に美姫が新太郎を鼓舞したのは、これが初めてである。

「分かった」

「近藤はん、今の一回こっきりしか使えん。ウチはもう戦いに参加できん。死んだ気でウチを守ってな」

「任しときな」

力みなぎり、両の拳をギュウと握る。

「つばめ組!機動新撰組!!」

槍をサリーヌに突きつける美姫

「やっておしまい!!」

久しぶりの美姫の下命に右近と左近は嬉しくてならない。勇子も『私たちに命令すんな』と言いながらも嬉しそうだ。

「真聖のサリーヌ、尋常にお相手いたしましょう」

 

「急急如律令!!」

『マサカリ担いだ金太郎~♪ 強くなっちゃえ~♪』

式神朱雀により、全員の攻撃力を上がった。

「いける!式神たちもサイヴァ戦で覚醒したからか、サリーヌに腰を引かせてない!!」

新太郎が各々の特性にあった攻撃を次々と指示していく。一斉に必殺の間合いに入り、斬撃が振り下ろされる。サリーヌは避ける仕草すらしない。

「ふふふっ」

サリーヌの全身が金色に輝いた瞬間だった。

「「うわああああああッッ!!」」

全員が吹っ飛ばされ壁に叩きつけられた。

「美姫が気持ちを吹っ切ったに加えて機動甲冑をつけて参戦…。体力と陰陽術も全快、さぞや士気も上がり、いけるぞと思ったでしょうね…。それを一瞬で打ち砕く…」

高笑いをするサリーヌ。

「こんな愉快なことってないわ!あーははははは!!これがテトラグラマトンの魔力を得た証なのね!」

絶大な力に喜び震えるサリーヌ、十六年前の戦いでは機動武具を装備した早乙女紗姫の前に屈したが、今は四人もの機動武具の使い手を一瞬で蹴散らした。

「これならば京都はおろか日本、いや世界まで飲み込める!私は世界の女帝となるのよ!はあっははははは!!」

倒れる機動新撰組とつばめ組、熱線か、それとも絶対零度に近い極冷の光であったのかも分からない。一瞬で戦闘不能となってしまった。何トンもの衝撃が襲いかかった、そう感じるサリーヌの攻撃だった。

 

「さて、薫…。愛しい娘の貴女を苦しませるのは私も本意でないわ。いま楽にしてあげるわね…」

体が動かない。相手はあまりに強大であった。薫は体に重みを感じた。竜之介が直撃の瞬間に薫を庇っていた。

「りゅっ、竜之介さん…っ!!」

「だっ、大事無いか…」

美姫を庇った右近と左近

「右近、左近…」

「ひ、姫…」

「だ、大丈夫っすか?」

「おおきに…。あんなひどいこと言ったウチを…」

勇子と歳絵を庇った新太郎もすでに動けない状態である。

「ゆっ、弓月さん、だ、大丈夫ですか?」

「新太郎…!」

「な、なんとか…。くっ」

たまらず膝をついた新太郎、刀を杖に何とか体を支える。

「くそっ!」

激痛が走る体を叱咤して立ち上がる勇子。勝機は完全に消えうせたかもしれない。でも退けない戦いだった。腹を括った勇子。しかし

「さあ、薫…。痛くないよう殺してあげるわ…」

薫を守ろうと立ち上がり、刀を構える竜之介。その後にいる薫は

(みんな…。サイヴァの時のように聖獣になれないの?)

思念で式神に訊ねる薫。

((ごめん…))

なれないらしい。そう簡単にあの桁違いの力が使えれば苦労はない。

「なに坊や、邪魔するなら殺すわよ」

「へん、恋女房を守らんで、何が男ぜよ」

「へえ…。アンタが薫の旦那…」

(…似ている…この目)

竜之介の目を見るサリーヌ

(総司に…)

そう頭によぎった時だった。サリーヌは突如頭を押さえだした。

「うぐっ…!こんな時に…!!」

「「……??」」

新太郎が視線で合図

(油断を誘う陽動かもしれない。僕、竜之介、右近で攻撃に入る。陽動でなかった場合は総攻撃!いいね!!)

((了解!!))

激痛走る体を叱咤して、新太郎、竜之介、右近が刀をサリーヌに突きかけた。しかし、それをサリーヌは必死の形相で避けた。

(陽動じゃない…!)

後衛にいた勇子、歳絵、薫に合図を送る新太郎。サリーヌが避けた先に勇子たちの機動剣が襲い掛かる。それも必死の形相でかわしたサリーヌ。ここで怒涛の波状攻撃をすればサリーヌを討てたかもしれないが、機動新撰組とつばめ組はダメージをもらいすぎている。刀を振り下ろすだけで全身に激痛が走るのだ。

「チョコマカと逃げやがって…!」

口内にたまった血をペッと吐き出した勇子。

「ぐぐっ…。出てくるな…。いまお前が出てきて何になる……!」

なおも苦悶しているサリーヌが光に包まれた。なんと最初の沖田琴の姿に戻っていた。

 

 …………

 

「薫…」

「…………!?」

「やっと会えたわね…」

「なっ、何よ、今さら良い母親になって命乞いでもする気なの?」

「分からないの…?」

「だから何が!?」

「私が本当の沖田琴よ」

「「…………??」」

琴はニコリと笑った。その顔、確かに見覚えがある。父の総司の横で優しく笑っていた慈母の微笑み。北野天満宮で茅の輪くぐりをする前、父の総司に抱かれている自分に

『お父さんに抱かれていいわね…』

あの言葉を言っていた母そのものだった。

「ど、どういうこと?」

機動新撰組もだが、つばめ組も目の前の状況が分からない。

 

「説明なら私がしてあげましょう」

マルケシュヴァンが現れた。全員が刀を構えるがマルケシュヴァンは手で制し、

「戦う気はありません」

「マルケ…」

「プリンセス美姫、お似合いですよ機動甲冑…」

「ふざけるな!説明するってのならしてくれ!ワケ分からん!」

と、勇子。

「琴殿もよろしいか」

「はい」

「では説明しましょう。沖田琴はサリーヌに宿る、もう一つの人格です」

「「二重人格!?」」

新太郎と歳絵が驚いたように叫ぶ。

「十六年前、サリーヌは沖田総司に敗北しました。それまで負けることを知らない魔族の戦士であったサリーヌが初めて味わった敗北…。そしてサリーヌは沖田総司を愛してしまいました」

「「…………」」

「琴と云う人間の女となり、やがて沖田の伴侶となり子も出来た。生まれてから、ずっと戦いに明け暮れていたサリーヌにとって初めて得た妻として、母としての幸せな時…。だが別れはすぐに訪れました。沖田が病死したのです」

琴が話を続ける。

「私は良人を亡くしたことに耐えきれなかった。さらに残された心の拠り所である薫とも別れなければならなかった…。あの人の遺言に『慈慧に薫を預けて陰陽術を学ばせよ』そうあったから…」

「「…………」」

「私はサンダードーンに戻る気はなかった。戻ればいずれ薫と戦うことになる。そんなことに耐えられるわけがなかった。でも…サンダードーン次席と云う立場であった私にはそれが許されなかった」

「やがて沖田琴はサリーヌに戻り、サンダードーンの首領となった。しかし、やがて娘と戦うことになると云う現実に苦しみ、そして沖田総司を失った悲しみ…。徐々にサリーヌの精神状態はおかしくなり、そのバランスを保つため、いつしか沖田琴と云う別人格がサリーヌの中に生まれ、そしてサリーヌはより残虐的な女王となっていった…」

マルケシュヴァンが添える。そして琴

「どこで間違えてしまったのだろう…。魔族の女から人間の女となり、最高の良人と娘に恵まれ、家族と幸せに暮らしたいと思っていたのに…」

「……」

涙を流す母の琴を見つめる薫。

「薫…」

「な、なによ…」

「まだ子供の貴女を厳しい陰陽術の修行をさせたこと…本当にごめんね」

「……」

「でもこれだけは分かってほしい。お父さんも、そして私も、薫を心から愛していた」

「い…今さらそんなこと言われても……」

涙と鼻水が止まらない薫。次の瞬間、琴の体が大きく震えた。心臓の鼓動と同時に体が揺れる。

「ど…どうやら時間ね…。薫…」

「は、母上…」

「私は再びサリーヌとなる。いいわね、遠慮なく討ちなさい。お父さんが愛した京都のため!そして誠のため!」

「は、母上ぇ…」

「マルケシュヴァン殿」

「はっ」

「か、かの願い…覚えていますね」

「無論です。ご安心を。必ず遂行いたします」

スッと姿を消したマルケシュヴァン。

「皆さん、娘を頼みます。私の最後の仕事を今…!!」

琴から金色の光が放たれ、温かい陽の光のように降り注ぐ。全回復したのである。

「は、母上!母上ぇーッ!!」

 

やがて…

「ふんっ、あの女…。私に宿る寄生虫の分際で…」

再びサリーヌとなった。金色の体毛に覆われ、黒い禍々しい翼を広げる魔女に。

「まあいい、結果は同じだもの」

真聖のサリーヌとなろうとした。しかし…

「……!?」

変身が出来ない。さきほど機動新撰組とつばめ組を全回復させた琴の術により、大幅に魔力が削られていたのである。

「くっ…」

明らかに分かるサリーヌの動揺、今なら全員で掛かれば討てる。全員が薫を見た。肩を震わせている薫。サリーヌを討つことは母の琴を殺すと云うことである。涙と鼻水が止まらない。唇を噛み、血が滴り落ちた。

「あんまりだよ…。あんまりだよ、こんな再会!どうして私が母上を討たなきゃならないのよ!」

「色々とあるものや…。母の姿を追い求めるあまり暴走してもうたウチ…。そして母を自ら討たにゃならんアンタ…」

「美姫さん…」

「酷なようやが、死んでもらわんと封印はできへんのや」

「……」

「アンタのお母はん、遠慮なく討てと言っていたな…。お互い母親になったことないから、よう知らんけど…娘にそう言う方かて、どんだけつらいか知れんで」

「……」

「薫…」

「竜之介さん」

「お前の悲しみ、俺も背負うきに」

「うん…」

機動剣を抜いた薫

「近藤さん、土方さん!」

「おう」

「沖田さん」

「母のため、京都のため、誠のため!サリーヌを討ちます!!」

「「おおおおッ!!」」

「土方、沖田!」

「「はいっ!」」

「私たちの後ろには何千何万と云う京都の人たちの思いがあるんだ!」

歳絵と薫が応える。

「そして幾千年に渡り刻まれていた歴史がある…」

「みんなの心、母上の心、その思いは決して無駄には出来ない!!」

 

「熱き思いを胸抱き、誠の旗に集いし我ら」

「固き決意を胸に秘め、京の都の悪を許さず」

「みなの平和を胸宿し、正義の刃で一刀両断!!」

「機動新撰組局長、近藤勇子!!」

「機動新撰組副長、土方歳絵!!」

「機動新撰組一番隊隊長、沖田薫!!」

「「機動新撰組、見参!!」」

 

「姫を守る美しきナイト、田中右近!」

「わしは鈴木左近す、鍋には白菜っす!」

「京の未来に一筋の光、早乙女美姫!!」

「「つばめ組、参上!!」」

勇子が全員に檄を飛ばす。

「京都の、いや、この国の命運はこの一戦にかかっている!みんな頼むよ!!」

「「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」

 

「くっ…琴め!私の力を敵に与えるなんて!!」

(貴女自身、望んでいた結末ではないの…?)

「ふざけるな!!」

(いいえ、薫と戦うことが避けられないと分かった時、貴女は己が暴走を、野心を薫に止めてもらうことを望んでいた)

「黙れ!!」

(私たちが心から愛した男…。沖田総司の娘によって討たれることを…私たちは望んでいた…)

「私は総司を愛してなんかいない…。あの男は…私を置いて一人でくたばっちまったじゃないか!!」

サリーヌは必死に抵抗する。外では機動新撰組とつばめ組の攻撃を。そして内では心をえぐられるような琴の言葉から。

「連続斬り・四!!」

「ぐああっ!!」

新太郎の必殺剣がついにサリーヌに致命傷を負わせた。

「総司…」

薫を見つめるサリーヌ。良人総司の姿が重なる。

「どうして…私を置いて死んでしまったの…」

(でも…もうすぐ会えるわ…。最愛のあの人に…)

「もしまだ総司が生きていたら、私…いいお母さんになれていたかな…」

(ええ…きっと…)

地に膝をついているサリーヌ、もはや止めを待つだけである。近藤勇子、土方歳絵、沖田薫はそれぞれの必殺剣を同時に炸裂させた。

「「虎龍鶴・光の舞!!」」

「ぐっ、ああ…!!」

サリーヌは倒れた。しかし、まだ息がある。機動剣を鞘に収め、薫は父総司の愛刀『菊一文字』を抜いた。

「ふふっ…。総司の愛刀で討たれるか…」

「サリーヌ…。いや母上…」

「……」

「最後に聞かせて、父を愛していましたか」

「…もちろん」

「……」

「さあ、討ちなさい…」

「…さようなら…母上!!」

『菊一文字』は振り下ろされ、サリーヌの首は宙に舞った。

「わああああああああああッ!!」

薫は絶叫と言える声で泣いた。竜之介が抱きしめ、その胸の中で子供のように泣いた。新太郎がサリーヌの亡骸に手を合わせると、勇子、歳絵も機動剣を収めて手を合わせた。

「左近、それと猫丸、封印機をサリーヌの横に」

「分かったっす」

「はいニャ」

美姫が左近と猫丸を伴い、サリーヌの亡骸の横に歩んだ。

「嫌な女、許せない女と思っとったけど、戦いが終わると不思議な親しみを感じるもんやな」

美姫は精神を集中、機動槍を上にかかげ

「天津神、国津神…。魔を封じよ!!」

サリーヌの亡骸は胴体、首とも乾いた砂のように溶けていき、封印機の中に吸い込まれていった。

「終わったね…」

と、新太郎。

「ああ、なんか完全に喜べないけどね」

苦笑する勇子。

 

「いえ、貴女たちは勝ちました。誇るべきです」

「二枚目」

マルケシュヴァンが歩いてきた。

「そして、この結末は琴が望んでいたこと…」

「あなた何者ですか?サンダードーン幹部なのに、この戦いでサリーヌに加勢もせず…」

歳絵が訊ねた。

「私はサリーヌではなく、沖田琴に仕えていたのです。いや…愛していたと言いましょうか」

フッ、と笑うマルケシュヴァン。

「では、愛しい女の最期の願いを聞き遂げましょう。貴女たちを無事に京都へお送りします」

マルケシュヴァンの魔力により、その場にいた全員が光に包まれた。

「待て、何年かしたらお前たちサンダードーン、いや魔族はまた京都を襲うのか?」

と、新太郎。ハッとした勇子たち。歴史は繰り返す。現にサンダードーンとの戦いは繰り返されたではないか。マルケシュヴァンは静かに微笑みつつも、それに答えない。竜之介が

「心配いらんちゃ兄ちゃん」

「竜之介?」

「また、どんな魔物や物の怪が出てきても、俺と薫の子供がぶっ倒すぜよ!」

「りゅ、竜之介さん…(ポッ)」

やがて、サンダードーン基地から機動新撰組とつばめ組は姿を消した。それと同時にサンダードーン基地は崩壊を始めた。マルケシュヴァンが自爆装置を押したのである。

「爆発の影響が京都に及ばないよう、出来るだけ高い上空へ…か。琴、最後まで京都と総司のことだけだったな…。私の気持ちに気づいてはくれなかったか…」

さっきまで激戦が繰り広げられていた基地最深部が炎に包まれだした。サリーヌの血が残る床に触れるマルケシュヴァン。

「これでいいのだな…。琴…」

サンダードーン基地は業火に包まれ、やがて爆発した。しかし京都の人々でその轟音を耳にしたものはいなかったのである。

 

屯所に無事に帰ってきた機動新撰組。おりょう、源内、きよみ、そして慈慧が出迎えた。

「みんな、よく無事で!」

歓喜の涙を流すおりょう。すでに薫も泣きやみ、竜之介にピッタリ寄り添っている。勇子がおりょうに一歩進み、胸をはって報告した。

「任務完了いたしました!!」

大仕事をやり遂げた誇りに満ちた顔であった。琴により一度は全回復したが、サリーヌの最後の抵抗はやはり凄まじく、負傷していない者などいない。だが皆、凛とした顔と目であった。

「詳しい報告はあとでいたします。今はみなの治療を!」

新太郎がきよみに頼んだ。

「さあ美姫さんも…。て、あれ?」

つばめ組はそこにいなかった。違う場所に飛ばされたのか、それともすでに帰ったのか。

「準備は出来ているわ。みんなすぐに医務室へ!」

「お願いします。源内さん、封印機を頼みます」

「分かった。さあ、新太郎くんも傷だらけじゃないか。早く治療しなくては」

「母ちゃん、俺薫を嫁にしたぜよ」

母のおりょうに報告する竜之介。薫は顔を赤くしながら竜之介の腕を抱いている。

「そんなの見れば分かるわ。まあ薫ちゃんときたらウットリして竜之介の腕を抱いて!」

「お、おりょうさん…。い、いえお義母様…」

「おかあさま…。うん、悪くないわね。うふふっ!」

「ほう、薫…。すっかり恋する乙女じゃな」

慈慧はニヤニヤして薫に言った。

「ぶう、何よジジイ」

「儂には相変わらずか。それにしても罪のないことじゃ。初めて恋した男が、そのまんま亭主となるとはのう」

竜之介と薫は顔を赤くし

「う、うるさい!ジジイなんて大嫌い!!」

「分かった分かった、ほれ早く医務室へ行け」

 

医務室に向かう勇子たちの背を見ておりょう

「竜馬さん、あなたの願いは本当に叶うかもしれません…。いいえ、きっと叶えてみせます。そのためには、まだまだやらなければならないことがたくさんあります。けれど希望の光は、あなたの願い…新しい時代、新しい世代に受け継がれています。だから、これで終わりではない。これから始まるのね…」




次回、最終回です。
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