萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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千葉佐那子

 この日、機動新撰組の屯所に一人の客がやってきた。新太郎の剣の師である千葉佐那子だった。坂本竜馬、もう一人の妻と言われ彼女自身現在も竜馬に操を立てて独身である。千葉道場はあるにはあるが明治になって父の定吉が亡くなった後に看板を下ろしていた。佐那子は鍼灸や整体の心得があり自宅で開業している。新太郎への剣の指導はその生業のかたわら行っていた。道場は閉鎖、もう弟子は取らないと決めていたのだが勝海舟に要望されては是非もなく厳しく仕込んだ。新太郎以外に弟子はいなかったのだから佐那子は徹底して剣を教えたのだ。そのかいあって新太郎は十七になるころには佐那子を越える剣士となっていた。

 

 その新太郎の師の佐那子がやってきた。天国荘のラウンジで佐那子と話す新太郎。

「そうですか、護国神社に」

「ええ、竜馬さんの墓参にね」

 そう言いながら、新太郎の体つきを見る佐那子。

「うん、稽古は怠っていないようね」

「はい、日々の修行に加えて連日の物の怪との戦い、嫌でも強くなりますよ」

「じゃ、一つ手合わせしましょうか」

「はい」

 

 道場に歩いて行く新太郎と佐那子、途中で勇子と薫に出会った。

「あら、お客かい?」

「ああ、勇子くん、紹介するよ。僕の剣の師匠の千葉佐那子先生」

「この人が千葉の鬼小町!?」

「まあ懐かしい二つ名を。初めまして、千葉佐那子です」

「局長の近藤勇子です」

「一番隊隊長、沖田薫です」

「近藤と沖田…。もしかして近藤さんと総司くんのご息女なのですか?」

「「はい」」

「こう言っては何だけど、あの鬼瓦みたいな面相だった近藤さんに、こんな可愛らしい娘さんがいるなんて」

「父をご存じなんですか?」

「新撰組になる前の近藤、土方、沖田をね。試衛館道場から、よく出稽古に来られていたわ」

「私の父上もご存じなのですか?」

 と、薫。

「ええ、とても可愛らしい男の子でしたよ」

「可愛らしい男の子…」

「あとでゆっくりお茶でも飲みながら。今は新太郎さんと」

「は、はい」

「私たち、その手合わせ見ていて良いですか?」

「ええ、いいですよ」

 

 竜馬の墓参と共に弟子の新太郎の腕がどれだけ上がったかを見るためにも京都に来たのだろう。剣道着を持って来ていた佐那子は道場の一部屋で着替えて出てきた。長い髪を結って凛々しい。千葉道場に通う若者たちの憧れでもあった佐那子。三十代半ばの今は色気漂い美しい。

「この目で鬼小町の剣が見られるなんて…」

 勇子と薫は仕合場の外で並んで正座し、佐那子と新太郎の手合わせを待つ。

「佐那子先生もまた剣の修業は続けているようですね」

「まあ、運動がてらに」

「では」

「遠慮は無用、参りなさい」

 勝負が始まった。最初は形から入る。双方の木刀の切っ先が静かに揺れる。北辰一刀流特有のものである。新太郎と佐那子は北辰一刀流の型を互いに出した。双方まったく同じ動きと太刀筋。勇子と薫は見入った。まるで優美な舞を見ているようだ。

「さて、新太郎さん。そろそろいいわよ」

「はい」

 二人は同時に距離を取って向かい合った。佐那子は

(強い…。東京にいたころとは比べ物にならないほどに強くなっている…)

 弟子の成長が嬉しい。そして

「「はっ!」」

 同時に攻撃を仕掛けた。佐那子の太刀は空を斬り、新太郎の太刀は佐那子の額を捉えて米一粒分の隙間を残してピタリと止まっていた。佐那子は木刀を引いて

「参りました」

 新太郎も木刀を引いて頭を垂れた。

「ありがとうございました」

「ふう、完全に新太郎さんに抜かれてしまったわね。男子三日会わざれば活目して見よってことね」

 勝負は一瞬であったが、けして佐那子が弱いわけではない。毎日人でない者と戦っている新太郎。自然と強くなるのが当たり前である。

 

 しかし、さすがは新太郎の師、見ていた勇子と薫も剣士の血が押さえきれず

「佐那子さん、この近藤も一手所望いたします」

「私も!」

「喜んで」

 勇子と薫も稽古着に着替えて、佐那子に挑んだ。戦闘経験は勇子と薫の方が圧倒的に上だが、さすがは幕末時に多くの剣客と剣を交えた佐那子。剣士同士の戦いにおいては佐那子の方が経験は上だ。力任せにかかってくる物の怪ではない。鬼小町と呼ばれたほどの剣士。勇子と薫は存分に佐那子と太刀を交えた。

「ハアハア…。いやぁ久しぶりにいい稽古出来たなぁ…」

「本当ですぅ」

 疲労困憊だが満足そうな勇子と薫。

「さすがは近藤さんと総司くんの娘さんたちね」

 佐那子も久しぶりに思う存分に稽古出来たことが嬉しいようだ。その時に天国荘の入り口から

「ただいまー」

 と、竜之介の声がした。

「あ、先生。おりょうさんが帰ってきたようです」

 佐那子とおりょうは坂本竜馬を巡っての恋敵、当たり前だが竜馬存命のころは大変な不仲で取っ組み合いの喧嘩もやっているほどだ。しかし竜馬が死んで十六年、そんな不仲も今ではいい思い出だ。

「おりょうさん、元気そうね…」

「おりょうさんには僕から佐那子先生の来訪を知らせておきます。稽古での汗を風呂で落としてからゆっくり会われたらどうでしょう」

「ありがとう新太郎さん、そうさせていただきます」

「沖田、佐那子さんと一緒に入って親父たちのことを話してもらおうぜ」

「はい」

 すっかり佐那子と打ち解けた勇子と薫、三人して風呂場へと歩いていった。新太郎は軽く井戸で水浴びして、おりょうの部屋に行った。

 

「おりょうさん、新太郎です。いいですか」

「どうぞ」

「失礼します」

「どうしたの新太郎さん」

「実は僕の剣の師である千葉佐那子先生が来られています」

「まあ佐那子さんが?」

 まるで大の親友が訊ねてきたような喜びようだった。

「今まで道場で僕と勇子くん薫くんに稽古をつけてもらっていました。お風呂を先にと勧めておきましたので、しばらくしたら」

「そう…。ああ、懐かしいわ」

 

◆  ◆  ◆

 

 あれは幕末の京都、初めておりょうと佐那子が対面した時…。

『京の泥棒猫』

『江戸の女狐』

 おりょうと佐那子が殺意込めて互いを睨みつけている。間にいる坂本竜馬は真っ青になっており

『おいおい、仲良くするっちゅうから、今日の席をもったんぜよ』

『私はそのつもりでした。しかしさっきから、この泥棒猫がすごいイヤな目で私を睨むからです』

 と、佐那子。

『その言葉、そっくりお返しするわ女狐』

『私はね!坂本様の実家が認めた花嫁なのよ!!』

『それがどうしたの?私は命がけでこの人を助けて!負傷が完全に癒えるまでお尽くしいたしました!竜馬さんの窮地に江戸でのうのうとしていたアンタがよく正妻だと言えたものね!』

『言ったわね泥棒猫!表に出ろ!』

『あずま者に負ける京女じゃないわ。上等よ女狐!』

 店の外に出て殴る蹴るの喧嘩を始めた佐那子とおりょう。

『もう勝手にしてくれっちゃ…』

 当の喧嘩の原因である竜馬は現実に目を背けて酒を飲んでいた。

 

◆  ◆  ◆

 

「ふふっ」

 思い出し笑いをしているおりょう。

「何が…」

 急に笑い出したおりょうの顔を見つめる新太郎。

「いえ、昔を少し思いだしてね。私と佐那子さんが竜馬さんに夢中になっていた若いころを…」

「坂本竜馬って本当に大きな方だったのですね。おりょうさんや佐那子先生を夢中にさせるのだから」

「私と佐那子さんだけじゃないわ。どんな女だって竜馬さんにかかっちゃイチコロだったんだから」

「すごいなぁ」

「もう幼女から老婆まで夢中にさせる人でした」

「勝先生も『女にかけちゃ俺は竜馬の足元にも及ばねえ』って言っていましたからね」

「ふふ、あ、そうだ新太郎さん、ちょっと使いを頼まれてくれない?」

「ええ、いいですよ」

 

 一方、風呂では

「え!お父さんが千葉道場に来た道場破りをやっつけちゃったのですか?」

 と、薫。

「ええそうよ、その日は近藤さんや土方さんは来てなくて総司くん一人が出稽古に来ていたのだけど、ちょうどその日に道場破りが来て、それがまあ、べらぼうに強かったの。弟子たちはみんな倒され、父と兄と塾頭の竜馬さんも出かけていて、私が相手をすることになったのだけど…」

「「ふんふん」」

「総司くんが『佐那子さんがやられたら看板を持っていかれちゃう』と庇ってくれてね…。『勝てるわけがない』と私は言ったんだけど『任せてよ』と言って、本当に道場破りをコテンパンに倒しちゃったのよ」

「すごーい」

「その道場破り、あとで分かったんだけれど伊庭八郎だったの」

「天狗のイバハチ!」

 驚く勇子。幕臣で、天狗の異名を持っていた幕末期屈指の剣客である。

「やっぱり沖田総司は強かったんだなぁ…」

「ええ、顔は本当に女の子みたいで可愛かったのに、すごく強かったわ」

「私、父の顔を知らないんです」

「今の薫さんが少し男っぽくなった…そんな顔かしら」

「似ているのですか?」

「ええ、よく似ているわ」

「わ、私の母はご存じなのでしょうか」

 思いきって聞いてみた。薫は母親に捨てられている。顔はうっすら覚えているが名前は知らない。

「ごめんなさい…。知らないわ」

「そうですか…」

「総司くんは晩年江戸の千駄ヶ谷にある松本良順先生の屋敷に匿われ、そこで養生をしていたわ。私も何回か見舞いに行ったんだけど、それらしい女性は見かけなかった。でも総司くんから娘がいるとは聞いたわ。どこにいるの、と訊ねたら京都に置いてきましたと言っていたわ」

「ぐすっ…」

「ごめんなさい、何か悪いことを言ってしまったかしら」

「いえ、教えてくれてありがとうございます」

「さあ、そろそろ出ましょうか」

「「はい」」

 

 湯上りの佐那子を出迎えるおりょう。

「佐那子さん」

「まあ、おりょうさん」

 抱き合って再会を喜ぶ二人。

「元気そうね佐那子さん」

「おりょうさんも」

 一緒にいた勇子と薫も気を利かせてその場を去った。その日の夕食

「あれ、母ちゃんは?」

 夕食の席におりょうがいないことに気付いた竜之介。猫丸が料理してテーブルのうえに料理と飯を置いている。

「佐那子先生と出かけたよ」

 新太郎が教えた。

「佐那子さんて…兄ちゃんの師匠の?」

「うん」

「なんで俺に教えてくれんのちゃ、親父の嫁になったかもしれん人じゃったのに!」

「そうです。鬼小町と呼ばれし腕前の女性なら私もお手合わせ願いたかったのに、弓月さん、近藤さん、沖田さんだけ稽古をつけてもらうとは。何で私に教えてくれなかったのですか」

 父の歳三のことも聞きたかった歳絵は佐那子の来訪を教えてくれなかったことを拗ねていた。歳絵も薫同様に母親の顔と名前も知らない。もしかしたら佐那子は知っているかもしれないのに。

「べ、別に深い意味はないよ。佐那子先生は僕とおりょうさんを訪ねてきて、それで道場に行く途中に廊下で勇子くんと薫くんに会っただけで」

 言い訳する新太郎。

「部屋まで呼びに来てくれたら良かったのに」

 まだ納得しない歳絵。

「まったくぜよ!佐那子さんは俺たちの親父と深い関わりがあるっちゅうのに!」

「まあまあ、そう新太郎を責めるなよ。新太郎、佐那子さんはどのくらい京都に滞在されるんだ?」

 と、勇子。

「そんなに長くはないよ。護国神社に墓参に来ただけらしいから。東京には患者さんもいるらしいしね」

「あちゃあ、それじゃ護国神社まで追っかけるしかないか?」

 佐那子が新撰組になる前の土方歳三を知っていたと聞いた歳絵は

(佐那子さんなら私の母上を知っているかもしれない…)

 

「で、兄ちゃん。母ちゃんと佐那子さんはどこに」

 竜之介が訊ねた。

「先斗町の納涼床だよ」

 鴨川沿いにある料理屋は夏季に川岸に納涼床を設置している。京の風物詩の一つだ。新太郎が席を予約しておいたのだ。料理は美味いが値段も立派。新撰組の面々には敷居が高く、みんな羨ましいと云う顔をしている。

「おりょうさんはいつも僕たちのために頑張っている。十年来の親友が来た時くらいいいじゃないか」

「そうだな、新太郎の言う通りだ」

 いつもの粗末な夕食を食べつつ勇子も笑った。

「おりょうさんに聞いたけれど、今日の店は思い出の店らしいよ」

「母ちゃんの思い出の店?」

「おりょうさんと佐那子先生、何でもその店で竜馬さんを取りあって取っ組み合いの大喧嘩をしたんだって」

 夕食の席にドッと笑いが起きた。

「あっははは!千葉の鬼小町に喧嘩ふっかけるとは、おりょうさんもやるなあ!」

 大爆笑の勇子。歳絵も微笑み

「しかし、そんな二人が今は大の親友とは…人の縁と云うのはいいものですね…」

 

◆  ◆  ◆

 

 夕暮れ時鴨川沿いの町、先斗町。そこの鶏料理屋『夕顔』ここがおりょうと佐那子思い出の店だ。二人が店に入った瞬間、店主は真っ青になった。あの時の二人の大乱闘、一度は竜馬が静めたが、卓に座って座布団が温かくなる間もなく店の中で再び大乱闘を起こした。店の中はメチャクチャになってしまい、弁償した竜馬は思わぬ出費に言葉もなかった。その元凶が再び来店したのだから店主が青くなるのも無理はない。それに気付いたか、おりょうは

「大丈夫ですよ、もう喧嘩なんかしませんから」

 と店主に言い、取ってあった席に座った。

「ここの鶏の水炊きをもう一度食べてみたかったのです」

 料理が来るのを心待ちにしているおりょう。

「しかし、おりょうさんが新撰組の長官になっているなんて」

「そうねぇ、私もあの時は想像もしていませんでした。正直、寺田屋で働いていたころは新撰組大嫌いでしたから」

「当時は嫌われていましたものね新撰組。江戸まで悪評が聞こえてきましたもの」

 

 思い出話に花を咲かせながら鶏肉を頬張る二人。

「ところで…まだ京都に物の怪が出る理由って分かっていないのですか?」

「明治政府や京都府警も原因解明を急いでいるようだけれど、いまだに」

「でも何故竜馬さんは京都が後にこうなることが分かったのでしょう」

「私もまさか現実になるとは思いませんでした」

 

 坂本竜馬は生前におりょうと佐那子に十六年か十七年後、京都の町に夜な夜な物の怪が出るようになるとはっきり明言している。無論、いかに愛しい男の言葉であっても、おりょうも佐那子も俄かには信じられなかった。しかしその予言は現実となったのだ。

「今の事態になって初めて分かったのです。勝先生が私に新太郎さんに剣を仕込ませたのは、こうなることが分かっていたからなんだと。新撰組の血を引く勇子さんたちは幼いころから物の怪を退治できるよう武芸の修行を受けている。彼女たちの父上もこうなることが分かっていたのでしょう」

「そうでしょうね」

「幕末の京都で竜馬さんと新撰組に何があったのでしょう…」

 

◆  ◆  ◆

 

 翌日、佐那子は護国神社に行き、坂本竜馬の墓前に腰を下ろした。

「竜馬さん…」

 最初に竜馬と会った時、佐那子は汗臭い田舎者と思っていた。しかし、いつしかその人柄に惹かれ、そして愛してしまった。坂本家が自分を嫁と認めてくれた時は天にも昇る気持だった。そして知った竜馬の最期。呆然として涙も出なかった。

 それから十七年、佐那子は竜馬の墓前で涙を拭っていた。その佐那子の後ろに

「あの…」

「…?」

 振り向くと綺麗なチャイナ服を着た美しい娘が立っていた。

「千葉佐那子さんですか?」

「…ええ、そうですけど」

「私、土方歳絵と申します」

「貴女が土方さんのご息女…」

「はい、亡き旦那様と水入らずのところをお邪魔して申し訳ございません。どうしても聞きたいことがありまして」

「…分かりました。でも、もうしばらく二人にしてもらえませんか」

「はい」

 

 しばし良人と語りあい、やっと墓前を後にした佐那子。境内で待っていると思ったが歳絵もまた一つの墓標に手を合わせていた。

「歳絵さん」

「あ、はい」

 歳絵が合掌していた墓碑銘を見た佐那子。

「古高俊太郎殿…」

「はい…。父の歳三が拷問のすえ命を奪った方…」

「……」

「許してくれるとは思えませんが、せめて安らかに眠れるようにお尽くししたくて」

 古高の墓碑は他の墓碑と比べて、ずいぶんときれいである。歳絵が頻繁に訪れて御霊を慰めているのだろう。

「私も合掌していいですか」

「はい」

 佐那子も古高の墓碑に手を合わせた。やがて二人で境内に降りて、神社前にある茶店に腰を落ち着けた。お茶を飲んだあと歳絵は切り出した。

「ここまで追いかけてきてすみません。先の通りどうしてもお伺いしたいことがあるのです」

「何でしょう」

「私の母をご存じでしょうか」

「…土方さんの奥さんらしき人は知っています」

「ほ、本当ですか?」

「歳絵さん、貴女のお年は?」

「十七です」

「では…土方さんの奥さんではあっても、貴女の母上ではないようです。何故ならその方は貴女が生まれる前に亡くなっているからです」

「…そ、そうですか」

 落胆する歳絵。

「土方さんと最後に会ったのは新政府軍が江戸城に迫ってきたころでした。住まいがないので道場を間借りしたいと土方さんが云うので」

「はい」

「その時にも奥さんらしい方は…」

 佐那子は何か思い出したように言った。

「でも一人、変な女性がいました」

「変な女性?」

「ええ、京都弁を話す人だったのですけど、千葉家に来て『新撰組の土方はここにおるんか』と随分としつこく聞いてきたのです」

「……」

「政府軍の間者かもと思い、私が『いない』と何度も言うのに退きませんでした。『嘘や、ここに土方はおるんやろ』とすごい剣幕でした。私はその人が土方さんを殺そうとしているとすぐに分かりました。何せ女の一人身でありながら、京都から江戸まで追いかけてきたのですから」

「佐那子さんは、その方が私の母かもしれないと?」

「あくまで可能性です。女の尾行を気付かない土方さんじゃありません。自分を討とうと追いかけてきていることは分かっていたと思います。すべての戦が終わったら討たれてもいい、そう思って好きに追わせていたのかもしれません。歳絵さんのお父さん、そういう潔さがありましたから」

「……」

「仇と追っているうちに、転じて思慕に変わることはありえないことじゃありません。その人がお母さんならば歳絵さんの年齢に矛盾が生じません」

「…私、その人が母と思います」

「なぜ?」

「何か…自分が体験したような気持ちになったからです。必死に土方歳三の後ろ姿を追いかけて行くことを」

 間違いない。その人が私の母上なのだ。不思議な光景が脳裏に移った。馬上の土方歳三の背中をしっかと見つめて離さない、その光景が。母の思いと記憶が娘に継承されていったのか。

「もし歳絵さんの言う通りなら……あのひとは五稜郭まで土方さんを追いかけて…」

 

 歳絵は席から立ち上がり、深々と頭を垂れた。たとえ顔と名前が分からずとも、父と母の軌跡が分かった。嬉しかった。

「ありがとうございます…。お伺いして良かった…」

「お役に立てて良かった。じゃあ私はそろそろ汽車の時間があるので」

「京都駅までお見送りいたします」

 

 京都駅に行くと、おりょうや新太郎、勇子も待っていた。見送りに来たのだ。ホームで別れを惜しむ。

「もうちょっと、ゆっくりしていただれば良かったのですけど」

 京都土産を渡す新太郎。

「出来ればそうしたかったのですけど患者さんが待っているから」

「来年またいらっしゃいな佐那子さん」

 と、おりょう。

「そうですね、今度は大文字焼きに日程を会わせて来させてもらいます」

 そして勇子、歳絵、薫を見て

「東京に帰ったら近藤さん、土方さん、総司くんのお墓に行って、娘さんの成長ぶりを報告させてもらいますね」

「「はいっ」」

「新太郎さん」

「弟子が私を越えて、とても嬉しかったわ」

「先生の指導のたまものです」

「まあ、お世辞まで上手になって」

「佐那子さーん!!」

 竜之介が駆けてきた。ホームにいる佐那子へ寄って

「これ、弁当じゃき」

「まあ、ありがとう竜之介さん」

 愛する竜馬の息子、顔も面影がある。

「今度俺も東京に行くき。親父が学んだ千葉道場、見てみたいもんな」

「いつでもいらっしゃいな。楽しみにしています」

 汽車が来た。

「それじゃ皆さん、見送りありがとうございます」

 

 佐那子を乗せた汽車が出て行く。

「げにまっこと美人ぜよ、よう母ちゃん、あの人から親父を勝ち取ったなぁ」

「ふふっ、そうでしょ?」

 佐那子の乗る汽車に手を振る歳絵。

「ありがとう、来年はお手合わせを願います!」

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