独裁者の聖杯戦争   作:マルルス

17 / 18
十六話 恐怖と失意

連邦が引き上げていく所をセイバー陣営は見ていた。

歴史と優美を感じさせる城の一室でアイリスフィールが魔術で写す水晶玉でランサー陣営とアサシン陣営が謎の勢力によって滅ぼされる所を…。

 

それらを見ていたセイバーの真のマスターである衛宮切嗣は冷や汗を流れ戦慄していた。

 

(ケイネスともかく、言峰綺礼… この聖杯戦争における最大の怪物がああも簡単に…!

言峰を仕留めたのはあの代行者達…一体どういう事なんだ…!

あの謎の部隊は聖堂教会に所属する奴らなのか…? くそ…! 何にしても情報が足りない…! このまま戦えば確実に敗北する…。

何とかして奴らの事を知らなけばならない! )

 

当初、切嗣はこのアインツベルン城に籠り相手陣営を攻めて来る事を待っていた。

そしてランサー陣営が攻めてきた事は予想通りだったがアサシン陣営…言峰綺礼まで来ることは予想していなかったがそれでも対策は取っていた。

万全状態で迎え撃つはずだったのが突如、謎の部隊が現れランサー陣営とアサシン陣営を攻撃。

結果、ランサー・アサシンの二陣営は敗北した。

 

切嗣にとって言峰綺礼は今回の聖杯戦争における最大の異物にして脅威だった.

それがあっけなく死んだ…。 あの男と同じく()()()()の手によって…。

ケイネスは大口径の重機関銃であっという間に粉砕された。

 

今や切嗣の脅威は死亡した言峰綺礼ではなくなりあの謎の武装勢力になっていた。

更に厄介な事にあの未だに正体が知れずクラスも不明な首無し騎士に()()()()()()が謎の勢力の従っていた事だ。

埠頭での戦いぶりにあの二騎のサーヴァントはどれも自身の駒であるセイバー相手に互角また匹敵する実力の持ち主だ。

ランサーの消滅で消えると思っていたがあのバーサーカーは埠頭で見せたように相手の宝具を己の物にする能力でそれを使ってランサーの不治の呪槍を未だに現界させている。

そのためにセイバーの右手は依然と治ってない…。

 

(最悪な状況だ…!

右手が使えない為に切り札であるセイバーの宝具は放てない…

マズい…。 何かもが手詰まりになりつつある…! どうすればいいんだ…!)

 

もしもあの武装勢力が攻めてきたどうすればいいのか…?

訓練された人間が相手でもセイバーなら難なく蹴散らす事が出来る。しかし相手は馬鹿じゃない…。

そうなったら向こうもサーヴァントを繰り出してくるだろう…。 今のセイバーは右手が封じられて宝具が撃てない…つまり戦闘能力が一段と下がっている。

それに対して相手は万全の状態だ。それもニ騎もだ。

戦闘になったら相手はあの首無し騎士とバーサーカーの二騎をセイバーにぶつけてくるかもしれない。そうなったら最優のセイバーだって長くは持たない…。

敗北の可能性は非常に高い。

もしくは首無し騎士かバーサーカーの一騎をセイバーの相手にさせてもう一騎をマスターである自分を差し向けるか…。

勿論、切嗣にはサーヴァント相手に戦えるわけがない。

考えれば考える程、自分達がどれだけ危険な状況なのが分かってしまう…。

それでも切嗣は何とかしてこの状況を乗り越えるために必死に考えを巡らせる。

 

「・・・ ・・・嗣! マスター!聞いているのですか!! 何故、目を合わせてくれないのですか!」

 

セイバーの叫ぶ声によって切嗣は思考の世界から現実へと戻ってきた。

一体なんなのか思いながらも切嗣はセイバーを見なかった。

 

「ッ…! マスター! 今すぐ討って出るべきです。奴らを逃がしてはなりません!

このまま放っておけば取り返しのつかないことになる気がするのです!

ですから…!」

 

セイバーだって何も何も考えずに言っているわけではない。セイバーはこのままあの武装勢力を逃がしたら手が付けられない存在になる…。

どういう事なのか言葉に詰まるが彼女自身の直感が鋭く大きく告げているのだ。決して逃がしてならないのだと…。

だからこそ必死に自分のマスターに伝えているのだ。

しかし…

 

黙殺… 切嗣は決してセイバーに目を合わせず話すこともない

切嗣の態度にセイバーは怒りをこみ上げていた。

このままでは不味いとアイリスフィールは急いで切嗣に話しかける

 

「き…切嗣…! セイバーの話をちゃんと聞いてあげて…! 彼らをこのまま逃がしていいの!

セイバーの言う通りに出るべきじゃないの…?」

 

「それは出来ないよアイリ。君も見ただろう?

ケイネスどころかあの言峰綺礼が呆気なく倒されたんだ。

更に奴らはサーヴァントをニ騎も従えている。そんな奴ら相手に右手が使えず宝具も撃てないセイバーを向かわせるなんて愚の骨頂だよ。」

 

切嗣はセイバーではなく妻であるアイリスフィールに話しかける。

 

「切嗣!! 貴方は!!!」

 

今まで抑えてきた怒りが爆発したのかセイバーは切嗣のコートの襟を掴みかかった。

 

「セ…セイバー!!」

 

アイリスフィールの悲鳴が部屋に響いた。それを無視してセイバーは切嗣に怒りと不満を言葉にだした

 

「召喚以来、貴方は己のサーヴァントである私に一向に目を合わせず話しかけようともしない!!一体私の何が気に食わないというのですか!!!

私だって状況は見えています! だからこそ奴らを逃がしてはならないと進言しているのです! このまま逃がしたら取り返しのつかない事になると私の直感が告げているのです!! 」

 

セイバーの鬼気迫る言葉に切嗣はただ冷めた目でセイバーを見ていた。

 

「セイバー!! 落ち着いて!!」

 

アイリスフィールはセイバーを宥めようと近づきセイバーと切嗣の間に割ってアイリスフィールは入り二人を引き離した。

 

「切嗣!貴方もいい加減にして!! セイバーだって私達のように心があるし感情があるのよ!

なのにそれを全部無視するなんて一体何を考えているの!」

 

流石のアイリスフィールも切嗣のセイバーの対応の仕方に我慢が出来なかった。彼女は切嗣とセイバーの二人の顔を見合わせる。

 

「今、私達はとても危険な状態なんでしょ? だからこそ私達は互いに協力して団結しなくてはならないのよ。

でもこれじゃあ勝てる戦いも勝てない… それどころか自滅して終わりよ。そうでしょ…?」

 

マスターである衛宮切嗣とサーヴァントであるセイバーは正に水と油の関係だ。何かの拍子で決裂してしまう危険性が高かった。 故にアイリスフィールは二人の間の緩衝材になる事を選びそして今その役目を果たしている。

彼女の言葉に切嗣とセイバーは頭を冷やす。アイリスフィールの言う通りだ。こんな事ではとてもじゃないがこの戦争に生き残るとなど出来はしない…。互いに相成れない関係でも最低限の協力しなければならない。

セイバーは自分の浅はかさを二人に謝罪する。切嗣は一言謝り部屋から出ていきこの日の作戦会議は終了した。

 

 

 

 

それからしばらくしてアイリスフィールはテラスに佇む切嗣を見つける。ただ何か様子がおかしかった…。

アイリスフィールは一体どうしたのか思い彼に近づき声をかける

 

「切嗣…?」

 

アイリスフィールも声に気付いたのか切嗣は彼女の方に見向きする。その顔をみたアイリスフィールは息を呑んだ。

なぜならその表情はどうしようもなく恐怖に震えていたからだ。それは10年間共にしてきた愛する夫の見た事もない表情だった。

そして切嗣はアイリスフィールを強く抱きしめた。その腕からは大きく震えていることも分かった…。

 

「怖いんだ…。 最大の強敵だった言峰綺礼が死んだいうのにその言峰を上回る相手がいるという事に…。

奴らの何者なのか一体どれぐらいの力を持っているのか何もかも分からないんだ…。

今回は奴らは攻めてこなかったけど次は間違いなく攻めて来る…。

そうなったら僕はどうやって戦えばいいのかも分からない…!」

 

それは切嗣が初めて妻であるアイリスフィールに見せた弱さだった。

自分に世界というものを教えてくれて生きる意味を教えてくれた切嗣。

そんな最愛の夫が小さな子供のように怯えて震えていた。

 

「切嗣…。」

 

アイリスフィールはそんな切嗣の為に優しく抱きしめた。

 

「大丈夫よ。 貴方は一人じゃない…。 私もいる。舞弥さんもいるしセイバーもいる。

私達が力合わせればきっと切り抜けられるわ。だから…そんなに怖がらないで切嗣。」

 

慈愛に満ちた表情で自分を優しく抱きしめてくれるアイリスフィールに切嗣もまた先ほどと違い優しく抱きしめ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻

 

冬木市に拠点を構えてるアーチャーのマスターである遠坂時臣は自室で悲痛な面持ちでアンティーク調の椅子に力なく座り込んでいた。

 

「神父… それで綺礼は…。」

 

『霊器盤でアサシンの消滅、そして先程アインツベルン城の周囲のにある森の中で綺礼の…息子の遺体が発見された。』

 

ある魔術を使った連絡器に言峰綺礼の実父である言峰璃正は悲しみと失意に耐えるような声が流れる。

 

「何という事だ…!」

 

時臣はズキリと痛む頭を手で額を覆った。予想外の事態だった。

何しろまだアサシンは残る陣営の情報を調べなければならないというのに脱落してしまったのだ。

戦いにおいて情報は何より重要な存在…。情報があるとないかで大きく違うのだ。

本来ならアサシンに全て陣営の情報を集めその情報から敵陣営の対策を取り相手を撃破していくはずだったがそれが出来なくなってしまったのだ。

時臣は大きなアドバンテージを失ってしまった事に必勝を期した戦略がガラガラと崩れていく感覚を感じた。

時臣は失意と焦りと同時に弟子である綺礼に怒りが沸き上がっていた。

 

「神父。綺礼は何か貴方に言っていませんか?」

 

『いえ…。 アレは私には何も…』

 

「そうですか…。こうなった以上、仕方がありません…

作戦の練り直しが必要だ。また後で連絡を」

 

「わかりました…。」

 

そう言い璃正は連絡器を切った。

時臣は目を瞑り深いため息をついた。

 

「綺礼… 何故、私と神父に何も言わずに何という浅はかな…!」

 

そう言って苛立ちを晴らすかのように机に拳を握った手でダン!と叩きつけた。

勿論、綺礼には綺礼なりの考えがあったかもしれないがせめて師である自分や父である璃正神父に一言入れて欲しかったのだ。

代行者なりの流儀があったかもしれないがいくら何でも勝手に過ぎる…。そのせいで作戦を練り直す必要が出てしまった。

 

(落ち着くのだ…!私はなにをやっている? 【どんな時でも優雅たれ】の家訓を忘れたのか!

綺礼とアサシンを失ったのは痛いが私は最強のサーヴァントであるギルガメッシュがいる。

かの王の力ならどんな相手でも勝利を掴むこと出来る…!)

 

そう考え時臣を苛立ちを抑え作戦の練り直しを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、時臣を通信を終えた言峰璃正は失意と悲しみに暮れながら椅子に座っていた。

 

「綺礼…」

 

呟くのは一人息子である名前だった。

息子は年老いた後から授かった神の恵みだった…。

綺礼は愛する子であり自身にとって喜びであり自慢であり誇りであった。

それが失ってしまった…。璃正自身は息子が聖杯戦争に参加する以上は最悪な事が起きる事も覚悟の上だった。

勿論 綺礼も覚悟していたはずだ…。

しかしそれでも息子を失うのは耐え難いものだった…。

 

「私は…間違っていたのかもしれない…!」

 

父として聖杯戦争の参戦を止めるべきだったのかもしれない。例え盟友である遠坂の要請でも…!

そうすれば綺礼を失わずの済んだのかもしれない。

 

(馬鹿な…! 何を私は何を考えているのだ…。 このような考えなど綺礼への侮辱だ!)

 

()()の為にただひたすらと苦難の道のりを歩んできた息子への冒涜そのものだ!

そのような考えを持ってしまった璃正は己を恥じた。

 

(綺礼…! お前の死は決して無駄にはせぬぞ!)

 

必ず遠坂の勝利へと導く! 決意をした璃正は涙を拭い疲労した肉体を休めようと床に就こうした時だった。

 

「うん?」

 

部屋からけたましく電話の着信音が鳴り響く。

こんな時に… 仕方なく璃正は電話を取る。

 

「もしもし?」

 

『璃正神父! 私です… 神田です…!』

 

神田仁平(かんだじんぺい)

聖堂教会の一員で璃正の部下である男だ。

 

「神田君か… どうしたのかね?」

 

『神父! すぐに()()()を通って|()()()()()()()に避難してください…!』

 

その言葉に璃正は顔が強張る…。その言葉が出るという事は…!

 

「どうした! 何かあったのか!」

 

一体どんな事態が起きているのか神田の聞こうとするが…

 

『時間がありません! ()()は徹底的にやるつもりです…!

明日の夜に詳しくお話します。楽園《エデン》で落ち合いましょう』

 

「待ちたまえ! ()()とはなんだ! 神田君…! 神田!」

 

しかし電話が切られたのか返事はなかった。

 

「一体どうなっているのだ…?」

 

璃正の言葉に答える者は誰もいなかった…。




明けましておめでとうございます。
できれば31日に投稿したかったのですが気力が付きて年が明けてからの投稿になりました

相も変わらず遅筆ですがこれからもよろしくお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。